アパートに帰ったのは、夜8時頃だった。ちょっと遅くなってしまった。
車から降りた時、ふと心配になった。
ももちゃんは、まだいてくれるだろうか…
彼女は突然やって来た。だから突然いなくなるような気がした。
誘拐されるとか、そんな事だけじゃなくて…
例えば僕よりも、もっと相応しい預り先が見つかって、そちらに移ってるとか…
もちろん、ももちゃんのためには、その方がいいに決まってる。忘れるな、あの子は親戚の子だぞ。僕の気持ちなんて、どうでもいいんだ。
だけど…
部屋のドアの前に立つと、中から微かに声が聞こえてきた。ももちゃんの声だ。ホッとした。
しかし、なぜか気になって、ドアに耳を押し当てた。
「………うん……そう思うよね……だから、わたしね………そう……………いいかな……ありがとう……」
誰かと、電話で話してる?
お父さんか、お母さんかな。別に気にする事じゃない。
ドアは、ロックされてなかった。
「ただいま」
ドアを開けた。
「おかえりなさい!」
ももちゃんは、元気よく出迎えてくれた。
「遅くなってごめんね。お腹減ったよね」
「ううん、大丈夫。いっぱいお腹減るとね、ごはんがもっとおいしくなるから」
ももちゃんは、ニコニコして文句も言わない。
「ところでももちゃん、部屋のカギ掛けてなかったよ」
「えっ?カギしないとダメ?」
「だめだよ!危ないよ。変な奴が来たらどうするの?」
「心配してくれるの?お兄ちゃん、優しいね」
「いや、普通だよ」
部屋は、ももちゃんの予告通り、綺麗に片付いていた。掃除が苦手な僕には感動ものだ。
「ももちゃん、すごいよ!ありがとう」
「キレイになったでしょ?」
誉められたももちゃんは、素直に喜んでいた。
料理より掃除の方が得意なのは、間違いない。
「ホント、掃除上手いね。約束通り、オムライス作るよ」
「先にシャワー浴びて。待ってるから」
昨日の事を思い出した。
「わたし先に浴びちゃったから大丈夫だよ。ゆっくり洗ってきて」
今日は、あんな事は無さそうだ。いや、それが当たり前だろう。
実際、その日の浴室では何事もなかった。
「おいしい!お兄ちゃん、お料理上手だね!びっくりしたよ」
ももちゃんは、喜んでオムライスを食べてくれた。
こんなに素直に喜んでくれると、僕も素直にうれしくなる。誰かに誉められるなんて、随分久しぶりだ。
ちょっと照れるけど。
ももちゃんといると、灰色だった僕の生活が、カラフルに変わっていく気がした。
「ありがとう。誉めてくれたのは、ももちゃんだけだよ。まあ、僕も独り暮らしが長いから、自然に上達するよ。」
「ずっとひとり?お兄ちゃん、カノジョいないの?」
「いたよ。前にね。でもこんな話し、やめようよ」
楽しい思い出じゃない。避けたい話題だ。でも、ももちゃんは容赦ない。
「ダメ、もっと教えて。別れちゃったの?どうして?」
僕は、ためらいながら白状した。
「それは…彼女が違う男と…」
「それってウワキ?ひどーい!お兄ちゃんかわいそう…」
「昔の事だよ。それに多分、僕も悪かったと思うし…」
「お兄ちゃんは悪くないよ!でも…」
ももちゃんの声の調子が変わった。
「お兄ちゃん、その人とセックスした?」
え?
「ももちゃん…何言って…」
「だって、お兄ちゃん、その人が好きだったよね?好きな人ならセックスするよね?」
「そんな事…」
ももちゃんの口から、こんな言葉が出るなんて…
「ねえ、お兄ちゃん、セックスしたの?」
「しないよ…」
「ホントに?わたしにウソつくの、やだよ」
何だよ、これ。
なんで34歳の男が12歳の女の子に圧倒されるんだよ。まるで、浮気を問い詰める妻みたいじゃないか。
しかし、僕は根負けして言ってしまった。
「したよ…」
「やっぱりね。気持ちよかった?ねえ、どんな感じ?」
「そんなの…子供に話してもわからないよ」
「だって…わたしも、したいもん」
セックスしたいって…この子、言ってる意味わかってるのか?
「わたし…お兄ちゃんが好き…なのにお兄ちゃん、わたしに触ってくれないよね?どうして?やっぱり、わたしが嫌いなの?」
こんなの、子供とする話しじゃない!
話題を変えよう。
「それより、ももちゃんのお父さんの事聞かせてよ。何年も会ってないんだ」
「…お父さんの?」
「ももちゃん達は、今どこに住んでるの?お父さん、どんな仕事してるの?」
「それは、話しちゃダメって、お父さんに言われてるの」
「変だよ。僕に、ももちゃんの事頼んだくせに、自分の事は何も言わないの?」
「知らない!お父さんがダメって言うから!」
ももちゃんは、泣きそうな顔になった。
これ以上言うのは、かわいそうだ。
「わかったよ。ごめんね。ご飯食べよう」
「うん…」
また気まずくなった。うまくいかない…
でも、ももちゃんは、再びオムライスを食べ始めると、機嫌を取り戻した。
「ホントおいしい!」
キレイに完食してくれた。
「お兄ちゃん、また作ってね!」