だからと言って、焦らない奴もすぐに死ぬ。
結局のところ、重要なのは決断力と観察眼なのかもしれない。
翌日。店近郊の廃墟。
俺は日課――射撃訓練に勤しんでいた。
スコープの中央に刻まれた
「……7.2㎝」
誤差は7.2㎝か。今日は意外と風が強い。
ボルトハンドルを引き、撃ち切った.338口径強装弾の空薬莢を排出。
ボルトを戻して次弾装填。
銃口を逸らし、照準補整。
射撃。
「5.5㎝」
微修正。
空薬莢を排出。次弾装填。
少し間をおいてから再度、射撃。
「3.07㎝」
やはり、間をおいて正解か。
ボルトを引く。
排出。
全弾消費。
「……まぁまぁか」
呟き、俺はスコープから目を離す。
「……」
同時に、隣で双眼鏡を覗いていたノルシェがこっちを向く。
「調子、悪い?」
「……多分な」
僅かに苦笑を含ませ、言葉を返す。
銃身の冷却を忘れる、というミスを犯したからだ。
金属というものは熱で膨張、軟化する。当然、金属製である銃身も例外ではなく、太陽光や火薬の燃焼熱で加熱された銃身は極僅かとはいえ曲がり、着弾誤差を生む要因と化す。
狙撃の重要な要因を忘れるとは、まだまだという証拠に他ならない。……まぁ、俺は狙撃主体ではないが。
「……5%」
「そんなに低下していたのか」
5%の実力低下は意外と大きい。
気を引き閉めないとな。新人が入った事もあるし。
「ここにいたんですか……」
なんて思った矢先、タイミングを合わせたように件の新人、フィアが現れる。
「昨日はよく眠れたか?」
「いえ……あまり……」
質問に答えたフィアは眠そうに大欠伸。
「仕事に響く?」
フィアの様子を一瞥し、ノルシェが呟く。
「そうでもないだろ。……最悪、俺やノルシェでどうにかするだけだ」
「……」
肯定を示す、小さな頷きが返ってきた。
大した懸念でもない。
いつものスタイルに戻すだけ。
「あのー……何を話しているんですか?」
結論が纏まったところで、フィアに話しかけられる。
率直に言いたいところではあるが、意欲を削ぐのは気が引ける。そのため――
「訓練方針についてだ」
と、答える。もっともらしい理由だと思う。
「そうですか」
気付いてないか?……一応、保険の為にもう一手打つか。
「……ところで、お前はハンドガン以外は何を使う?」
「…………短機関銃ぐらいですかね。他はあまり得意じゃなくて……」
「得意じゃない?自動小銃ぐらいは使えなければやっていけないだろう?」
フィアの返答に呆れ混じりに言葉を返す。
短機関銃で対応できるのは、50~200mぐらいであり、自動小銃は口径にもよるが、400~700mまでは対応できるからだ。
「反動がキツくて当たらないんですよ」
「…………おいおい」
確かに、小銃用の弾薬は装薬量が多い為、反動も強い。
だが、.45口径の自動拳銃を平然と二挺持ちした少女が言うのは本末転倒も良いところだ。
「はい。……三割当たれば良い方ってぐらい酷いですよ?」
「……距離は?」
「300mです……」
嘘だろ?……一般的な奴なら普通に5割は当たる距離だ。
「……やっぱり、変ですよね…………」
自覚があるらしく、気を落とすフィア。
同時に、
「……セルゲイ」
今まで空気と化していたノルシェに話しかけられる。
「依頼か」
恐らく間違いじゃない。
「肯定。依頼主は都市役員。依頼内容は郊外に位置する廃墟の“魔物”の討伐」
「……またか」
最近、やけに発生数が多いな。
「俺は問題ない。……そっちもだな?」
「肯定」
だとすれば……
「フィア。お前も出ろ」
この依頼を新人研修に利用する。
「はい?」
「依頼だ。……10分以内に準備して店の前に来い」
「え、ちょ、10分っ!?」
驚愕される。
「時間は待ってくれない。急げよ。あと、これをやる」
その様子を一瞥し、俺はある物をフィアに投げた。
「……鍵?」
「お前への支給品が入っている。早く行け」
疑問を払拭させると同時に、掃除を終えたライフルを肩に懸け、立ち上がり――
「あと、4分」
「急げよ」
「4分でなんて無理ですよぉ~!!」
という、フィアの泣き言を聴きながら、屋上を後にする。
二分後。
「よぉ、セルゲイ!ノルシェ!仕事か?」
「あぁ。また、だ」
駐車場に停めた装輪輸送車の銃座に乗り込みつつ、話しかけてきたバーのマスターと世間話。
銃座据え付けの12.7㎜重機関銃の仰角を最大まで上げて、セーフティ解除。ボルトを引いて初弾装填。
数瞬遅れて、輸送車のエンジンがかかり、発進準備が整う。
後はフィアを待つだけ。
「最近は随分と多いじゃねぇか、仕事。過労死には気を付けろよ?」
「今更だな。だいたい、それはこっちの台詞だ。……と」
話し込んでいると、フィアが走ってくるのが見えた。
「……新人か?」
意外そうにマスターが聞いてくる。
「あぁ」
「……お前も大変だな」
「…………まぁな」
含みのある返答が聞こえたが、話を切り上げる事にした。
「早いですよ~先輩~……」
輸送車の助手席に座ったフィア。
「…………Go」
そして、輸送車が発進。
僅か数分の移動で、周囲の景色から繁栄が消え、朽ちかけたコンクリートジャングルに変わる。
(最近、《F》絡みが多いな)
周辺警戒を行いながら、ヘッドセットを装着し俺はそんな事を思う。
《F》は強い常習性と肉体変異性を持つ薬品の一種。
種類により効果と副作用の程度に違いがあるが、基本的には従来の麻薬と同じ役割をなす物とドーピング剤に大別でき、服用者の末路は魔物であることは共通。
今回も恐らく、軽度の魔物化で済んだ人間達が相手なのだろう。……まぁ、魔物化した人間を治療する方法は現時点では解明されておらず、せめて俺達のような掃除屋が介錯してやるぐらいしかできない。
――なんて、いつも考える事よりは、よっぽど重要な事は他にある。
(……フィアをどうするか……)
そう、新人研修の事だ。
話した内容を鵜呑みにするなら、フィアのポジションは射撃精度の問題から、ポイントマン(前衛)となる。
俺はライフルマン(中前衛)、ノルシェはガンナー(後衛)。最悪、フィアを下げて二人で終わらせる。
……結局は、ほぼいつも通りか。
「……目標地点到着」
考えが纏まった所で、作戦地域近郊に着いたらしい。
「了解。フィアも聞いていたな?」
スリングで肩に下げた7.62㎜自動小銃『AA KrG35』の動作確認をしつつ、車内のフィアに問う。
「はいっ!」
「なら良し。……ノルシェはオペレートと支援を頼む」
「了解」
何時もの決まり文句を交わしてガンポートから降り、同時にフィアも車外に出る。
「あの……反動が強いって駄目なんですけど……」
彼女の手には、支給した5.56㎜カービンライフル『CA CW22A3』が握られていた。
「それは反動制御が容易なモデル。……だからと言って他が疎かになってるわけでも無いしな。初心者向けだ」
また、口に出してはいないが、かつて二〇年間の間、都市政府の正式採用銃でもあった上に、悪い評価を受けたのは弾薬だけだった。
「そうなんですか?」
「そうだ」
ライフルを肩に担ぎ直し、周辺確認。
現在地は小高い丘の上。眼下には廃墟群。
射線は限られる。ノルシェの火力支援は保険程度に考えるか。
「……行くぞ」
「了解ですっ」
姿勢を低くし、丘を滑り降りる。
その途中、
『14時方向、距離300。
指示通りの方向に目を凝らすと――――いた。
壊れかかった廃屋の一階。
全長は一般的な成人男性並みだろうか。その右半身は人間の形を保っている。
しかし、左半身はゴム管を束ねたような、針金人形の如き造形。
軽度の半身変質か。
「……確認した。引き続き索敵、可能なら撃破してくれ」
『了解。……
「……聴こえていたな。現在地からは射角が通らない。移動するが、警戒は怠るな」
「りょ、了解」
ライフルを構え直し、掩体を利用しつつ、移動再開。
若干、テンパっているのか、フィアの足音が響く。
「足音は出来る限り抑えろ」
「すみません」
注意して、次の掩体を探すが――
(……無いな)
今現在隠れている掩体は崩れかかった廃屋。その先にあるのは、対象の潜む廃屋と広場のみ。
強襲すれば2体ぐらいは問題無いが、周辺に何体潜んでいるかは不明な今、下手に動けば状況は悪化するだけか。
と、なれば確認だな。
「……ノルシェ」
『何?』
「他に対象は見つかったか?」
『23時方向。距離1000mに3体。全部L型」
(L型……雑魚か)
L型とは、麻薬に近い性質を持つ《F-L》シリーズを服用し続けた者の末路を指す。
このシリーズは身体変質性が弱いかわりに依存性が非常に強く、“魔物”の生産性は高い。
しかし、肉体強化剤ではない為、手強い個体になり得ない。
「排除出来るか?」
『可能。……他は確認できず。注意して』
「了解した」
現状の索敵結果を聞き終えると同時に、背後のフィアが口を開く。
「セルゲイさん……」
「何だ?」
「まだ、行動しないんですか?」
彼女の声には焦燥感がある。
動く気が無いと思われたか。
確かに、現状は何も変わらず、依頼も終わらない。
(リスクは変わらないまま……。対象数は2~10くらいは確実…………)
見る限り、広場はさして広くない。周辺は開けているから、敵味方共に視界は良好。
「…………対象の破壊に移るが、伏兵の可能性がある。今まで通り、フィアも周辺警戒を怠るな」
「了解っ」
指示が通ったところでハンドサインを用意。
「3……2……1……Go!」
三秒後に掩体を離れ、廃屋に向かって走り出す。
今ので向こう側にも気付かれてた筈。
時間は無い。
足を止めず、肩付けしたライフルに装着したダットサイトを覗く。
予想通り、こちらに向かって走る二体の“魔物”。
うち一体の頭部に光点を合わせ、トリガーを引く。
轟音とやや重い
対象は額に穴が穿たれ、後頭部から血飛沫と脳髄の一部がを吹き出して、絶命。
同時にやや後方から響く喧しい速射音。フィアか。
彼我の距離は40m程度。市街地における自動小銃の平均交戦距離内。全弾外す事はないだろう。
そう、結論付けて周辺を見回す。
今のところ増援は見えないが、複数の地響きは聴こえる。
確実に増援は来る。
「
ある程度の連携は可能か。
ならば、問題点は少なくなるが――何だよ、これは。
カバーの為、対象にライフルを向けた俺は呆れる。
ワンマグで大抵の奴は殺せる筈なのに、対象が生きてやがる。
脇腹や左腕が抉れて、血が漏れ、内臓が見え隠れしているけれど。
(……射撃訓練が必要だな)
兎も角、一発、脳天にブチ込んで絶命させる。
『そっちに約15体のL型が移動中。……狙える分は排除する』
「15体か。……了解だ」
通信が切れた直後、響き渡る轟音。
言うまでも無い。ノルシェが扱う対物ライフルの銃声だ。
一定のリズムで後、4回の轟音が響き、視界の端に高々と上がる血飛沫が見える。
残りは10体か。
「セルゲイさん……増援ですよね……」
「なら構えろ」
注意を促し、地響きの聴こえる方向にライフルを向け、フィアもワンテンポ遅れてカービンを構える。
そのまま暫し待つと、
「っ!来ましたっ!」
身体の一部が針金人形の如く変化した人間達がこちらに向かって殺到する。
「見れば分かる」
再びダットサイトを覗く。
(……軌道自体は直線的。上下の動きは大きいか。なら……)
光点を頭部から、その下――胸部へと移し、二点射。
狙い違わす、2発の7.62㎜小銃弾が対象の心臓を貫き、絶命。
対象が跪く頃、俺のライフルは2射目のトリガーを引いている。
続けて3射、4射と気持ち良いテンポでトリガーを引けるのは、一重に相手の動きが単調だからだ。
(……クレー射撃同然だな)
もしくは射撃訓練か。
9射目を終え、残りの一体――フィアの取り分を確認する。
(……馬鹿だな)
無駄に弾薬をバラ撒き、吐き出された5.56㎜小銃弾はバイタルゾーンではなく、対象の末端部に着弾するか、外れる。
……それでも、何発かの銃弾が役目を果たせない事に苛ついたのか、心臓や肺を貫いて、致命傷を与える為、一応数は減っているが。
(弾代が勿体無いし、手を貸――さなくてよかったな)
「ひゃっ!?」
代わりにケリを着けてやろうと、ライフルを構え直した直後、対象が砕け、盛大な血飛沫を上げた。
……ノルシェも俺と同じ結論に達していたらしいな。
「……これで全部、ですか?」
「……分からない。周辺を確認した方がいいな。……ノルシェも頼む」
『既にやってる』
そうして、俺とフィアは周辺の捜索を始めた――
90分後――
俺達はノルシェと合流し、輸送車の停車位置に集まっていた。
「残存変異者はいなかった」
「……こちらも同じ」
「じゃあ……依頼は完了ですか?」
ノルシェと互いの捜索結果を報告し合い、不安そうに聞いてくるフィア。
「……そういうことだ。連絡は移動しながらやっておこう。ノルシェもそれでいいか?」
次の行動を提示すると、
「……」
小さく頷き、輸送車の運転席に着く。
(無言の肯定か。ノルシェらしいな)
俺がガンポート、フィアは後部座席に着くと、輸送車は発進する。
程無くして、市内に入り、人々の喧騒が聞こえ始める。
(……何時だ、今?)
交差点の信号待ちの間、近くの時計屋を見ると、PM.6:30。
もうすぐ晩飯時。となれば、聞こえる喧騒は――
「今日の夕飯、何がいい?」
「蕎麦のカーシャがいいな」
予想通り、晩飯の買い出しや、幼稚園等から帰る家族連れの声だった。
その様子を眺めた俺はいつの間にか、呟いていた。
「…………家族、か」
――はい、第一話(?)終了です。
あらすじと《F》の説明が違うじゃないか、と思った方が多いと思いますが、それについては理由があります。……後々、分かる事なので今は言いませんが。
では、今回はこの辺で。興味のある方は次回もお楽しみに。