無知は恥ずべきものか?
いや、違う。
ある種、意義のあるものだ。……向上する余地があるのだから――
約一時間後、戦闘は終了した。
被害は無し……と、言いたいところだが、戦闘終了後にグラナデが小石に躓いて転んだ。……これは被害とみていいのか疑問だが。
まぁ、彼女らしいのは確かだ。外見自体は小さな女の子なのだから。
で、今は帰投中。
荒野を疾走しているわけだから、凄く揺れる。
「…………」
が、気の緩んだフィアちゃんは助手席で熟睡中。……案外、図太い神経しているね。
心地良い沈黙。
各々が小休止している中、
「なぁ、お前ら。……今回の魔物に違和感を覚えなかったか?」
唐突に、後部座席のタボールさんが口を開く。
「……違和感……ですか……」
「感じなかったよー」
「……どういう神経してるんだ、グラナデ嬢は……。あぁ、別に天樹嬢は責めてねぇぞ。実戦に出てねぇんじゃ、分かりっこないからな」
私も今回の魔物を思い出す。
体毛と苔に覆われた体躯に…………確かに、機敏だった気がする。
「……俺が思うに、あいつらは変種じゃねぇかな?……苔と体毛の生える《F》なんざ、聞いた事がねぇ」
「変種ねぇ……。私はどうでもいいけどね♪」
ミラーを一瞥すると、《AA MW-00》の機関部を撫でるグラナデちゃんが見えた。
「楽観的だな、グラナデ嬢は……。何処の所属だったんだか……」
「第100歩兵大隊……だったかな?」
「…………冗談はよしてくれ」
グラナデちゃんの発言に、タボールさんは吐き捨てるように呟く。
当然の反応だろう。……あの懲罰部隊で生き残れるという事は、一般歩兵最高クラスの実力者である事を示す。
何故なら、兵力差1:100ぐらいの過酷な任務が普通という事実からだ。もはや死地どころか、地獄。
「……そんな化物ばっかの部隊に配属とか……よく無事でいられたな、嬢ちゃん」
「私なんてフツーだよ?セルゲイやノルシェの方が化物だと思う。……あの二人、《第17特殊強襲中隊》の生き残りだから」
何気無く吐き出された言葉。
「それこそ冗談だろっ!?」
しかし、一般の歩兵から見れば衝撃的な事実。
「あの……《第17特殊強襲中隊》って、そんなに凄いんですか?」
……天樹ちゃんには分からないよね。
「あぁ。……正式名称《エリアRos正規軍 第17特殊強襲中隊》。政府直轄の精鋭部隊であり、あらゆる対象を確実に殺す為の部隊。……早い話、正規軍最高戦力群の一つだ」
「まぁ、2年前に壊滅してるんだけどね~」
その通り。
今から2年前に起きたらしい事故によって、部隊長及び、数人の隊員以外が殉職するという出来事があったという。
しかし、公式には事故は起こっておらず、原因は不明とされる。
何があったのかを知るのは、先輩とノルシェさんぐらいか。……まぁ、聞いても答えてくれないだろうけど。
「だとすりゃ、隊長さんは、あの魔物共と殺りあっていたかもしれねぇな。……聞いてみる価値はありそうだ」
「答えてくれるかは、分からないけどねー」
暢気なグラナデちゃんの言葉を聞きながら、私はハンドルを切る。
「――苔と体毛に覆われた魔物?」
「あぁ。普通の魔物より、動きが良かった気がする」
有言実行。
帰投早々、タボールさんが先輩に問う。
その様子を私は部屋の隅で傍観する。
先輩は軽く頭を抱えた後、
「…………見ちまったか。ソイツらはおそらく、“魔獣”だ」
と、答えた。
「魔獣?」
「あぁ。一部の奴は“原初の魔物”とも言うな。発生源はエリアChiやエリアInd等の旧アジア諸国」
「エリアChi?彼処はだだっ広い樹海だろ?」
「……落ち着け。まだ続きがある。……同国家群で作られていた薬――用途は精神安定剤だったと言われているが――が、何らかの原因で変異し、お前らが遭遇したような“魔獣”を生み出した。……後は想像が出来るだろう?」
「……“魔獣”共が増え続け、国家は食い荒らされて自然に飲まれたってとこか」
「……あぁ。今から100年ぐらい前の話だが」
そこで一息。
「もう想像が付くだろうが、魔獣が手強いのは、ヤク自体の効能が強いのは当然として、素体が野性動物である為だ。……当然、モヤシも同然の不良かぶれが素体の魔物より身のこなしも耐久力も上。……今の正規軍は人間と魔物しか相手にしないから分からないだろうが、グリズリーや北極熊、象といった動物が素体の魔獣は、対装甲兵装でも殺りづらい」
「元々、原種すらも狩猟用ライフル――大口径ライフル――で狩りづらい獣……」
ノルシェさんが先輩の言葉を補足するが、
「……さっき、正規軍は人間と魔物しか殺らねぇとかほざいたな、隊長さんよぉ?」
いきなり割り込むアラン。侮辱されたと思ったのだろう。
「アンタら二人も元、正規軍だろうが。……文献の記録でも穿り返してるだけじゃねぇのか?」
敵意剥き出しの言葉。
先輩は溜息を吐く。
「……これだから、餓鬼は嫌いだ。……確かに、俺とノルシェも元正規軍だが、魔獣との交戦経験は嫌という程ある」
帰投途中、グラナデちゃんが言った言葉が真実なら、そうなのだろう。
……いや、アレは真実。
私は思い出す。
《憤怒の再燃》作戦時の無線を。
――喜べ、お前ら。旧《Ъедый・Медвдъ》が増援だぞ。
正確には違う気がするが、そんな感じの言葉だったはずだ。
……と、問題はそこじゃない。発言中にあった、《Ъедый・Медвдъ》という言葉。
この別名を持つ部隊は当事一つ――旧エリアRos正規軍 第17特殊強襲中隊だけ。
あらゆる敵対勢力を殲滅する為に存在したという同部隊なら、その魔獣とも殺り合ったはず。
「ハッ、それが真実だと言い切れるのか――」
「――信じたくないなら、信じなくてもいい。……ただし、それで後悔しても責任は取らない」
「あぁ?」
後はお前次第だ、とでも言うように先輩は談話室から出ていく。
「……何なんだよ、アイツ」
先輩が出ていったドアを一瞥し、吐き捨てるアラン。
「……予想通りか。隊長と副隊長は“元”第17特殊強襲中隊だったって事だ」
それに答えるタボールさん。
「第17特殊強襲中隊?んだよ、その部隊」
「不勉強だな、アラン。正規軍の間ではかなり有名な部隊だぞ」
嘆息し、答えるティグ。
良くも悪くも、第17特殊強襲中隊――《Ъедый・Медвдъ》は有名なのだ。
良く言えば、エリアRos正規軍 最高峰の特殊部隊。
悪く言えば、不吉の数字を背負う非情な殺し屋の集まり。
……とはいえ、アランはこの事を知らないらしい。
「自分に関係のある部隊以外はどうでもいいだろ。……特殊部隊なんざ、前線で命張ってる
故に、馬鹿丸出しの発言をし、無様な声と共に宙を舞う。
これは予想できたのだが、
「戯言をほざくな、アラン。……俺達機甲部隊は血税と人員を浪費するだけの無意味な肉と鉄の壁に過ぎない。……それに比べて、
拳を出したのがミハイルであったのは意外。……感情に左右されない合理的な人間だと思っていたのに。
……いや、堪忍袋の尾が切れただけか。アランが余りにも馬鹿な発言をした為に。
「……殴ることねぇだろ」
「いや、お前は殴られるに値する事をほざいたんだよ。……第13機甲大隊は100番台の歩兵大隊に並ぶ、ゴミ溜めだったからな」
……え?
第13機甲大隊がゴミ溜め?
初めて知ったよ……。
「……それは本当なのか、タボール曹長?」
流石にミハイルも衝撃を受けたらしく、詳しく聞こうとする。
「あぁ。……悲しい事に真実だ。新型主力戦車の初期不良品と、素行の悪い兵士の処分を目的に設立されたらしい。……まぁ設立当事は、だが」
設立当事でも一緒だ。
私が覚えている限りでも、若年兵が信じられないぐらい多かったし、その何れもが口も態度も悪い駄目な
今にしてみれば、確かにゴミ溜めと言われても、違和感が無い。
「……そうか」
話を聞き終えたミハイルは、重々しく言う。
よほど、堪えたのだろうか。
答えは、ミハイルにしか分からないだろうけど。
と、結論付けた直後、
「依頼だ」
見計らったように、先輩が戻ってくる。
「依頼内容は、変異種の討伐。戦闘区域はエリアRos Lim-E近郊。……現地部隊が壊滅したらしく、早急に手を打たなければ、市民が犠牲になる状況だ。出たい奴は挙手」
前回と同じ場所かな……。
なら、
「出ます」
私は手を上げる。
「俺も行こう」
次いで、ミハイル。
「……今回は出るぜ」
アラン。
「……バランス調整が必要ですよね」
エイノ。
この時点で強襲兵2名、重火器射手1名、ドライバー1名。
「……他にはいないか?」
先輩はバランスが悪いと判断したのか、他メンバーにも参加を促すが、誰も挙手しない。
「…………いないか。なら、俺とノルシェが出よう。……各自、対装甲兵装を必ず装備しろ。後――」
先輩が私を見る。
「――ノエルは
つまりは全力で殺れ、という事。
(気合いが入る……)
まだ数日しか経っていないが、久し振りに乗れる、と感じている。
我ながら忍耐力が足りない、と思いながらも準備を始めた。
――数十分後。
『――いやがった』
作戦区域に着くなり、ヘッドセットから聴こえるアランの声は戦意剥き出し。
『《F-M》型300、《F-BC》型20。……新種ではないな』
一方で、ミハイルは勢力の分析。
『大体、そういう奴らは最後に来るものでしょう』
それに同調するような発言はエデル。……随分と呑気なもの。
『どちらにしても、殲滅する事に変わりは無い。俺とノルシェは側面から仕掛けるが――ノエル』
「分かってます」
両手に握る操縦棍を倒す。
自身の搭乗する試作戦車《AD BT28-OFO》の砲塔が旋回。
同時に砲身の仰角も修正。
歪に歪み、変質した魔物達をスコープに収め、
トリガーを引く。
轟音と砂塵。
弾き出された
爆圧と砲弾片。
遠目からでも分かる程、激しく飛散した血肉。
ざっと50は屠ったかな?
『攻撃開始。継続戦力は不明だ、弾薬は節約しろ』
それを口火に、残る友軍が攻勢に出る。
気休めとはいえ、メインモニター右隅にレーダーを表示。
更に、主砲弾薬変更。
照準修正。狙いをデカブツヘ。
砲撃。
血飛沫。
偶然にも直線上にいたデカブツを含め、3体が頭部に大穴を穿たれ、絶命。
再装填開始。
リロードが完了するまでの間に、残りのデカブツを把握。
……8体か。
先輩方は相変わらず、尋常じゃない戦闘力だ。
(……私も頑張らないと)
リロードを終えた砲身。照準修正も終わっている。
後はトリガーを引くだけ、という所で――
『ノエル。弾種を榴弾に変えろ。デカブツの相手は俺とノルシェで事足りる』
先輩から止められる。
何故?
「アウトレンジから攻める方がいいと思いますよ」
疑問を感じた私は、何故か反対していた。
……おそらく、自分の実力を過小評価されたと感じたのか。
『却下だ。雑魚を早急に始末しろ。……面倒な事になりそうだ』
面倒な事とはなんだろう、なんて考えるまでも無い。
新手だろう。……発見者はノルシェ先輩か。
「了解しました」
仮定通りになら、素直に従うべきで、私は仮定を信じる事にする。
レーダーを一瞥。
味方の位置を確認し、照準修正。
砲撃。
リロード。
数十単位で雑魚が赤黒く、汚い蛋白質の塊へと姿を変える。
後数発で、殲滅し終えるだろう。
そう、確信した時だった。
衝撃が私を襲う。
何処からっ!?
レーダーを見るが、敵を示す赤いマーカー前方にしか無い。
が、デカブツの投擲物は此処には無いは――いや、あった。
試作戦車の実地試験が行われたのは、ほんの数時間前。
アレの残骸が散乱しているはずだから。
(……でも、それなら私は生きていない)
340m/s以上で数tの鉄塊がぶつけられたのならば、私は圧死しているはず。
なら、本当に何処からか。
という疑問に、人工音声がヒントをくれた。
――後部装甲被弾、損害軽微。
背後から?
再びレーダーを確認。
本車両の後方にあるのは――
「……え?」
友軍を示す、青いマーカーだった――
以上、第4章でした。
作中で明言されていますが、グリズリーの頭蓋骨はライフル弾を弾く事があるそうです。
狩猟用ライフルとしてはスタンダードな『レミントン M700』は口径7.62㎜。対猛獣なので、扱う弾薬は『.300WinMag』以上でしょうから、軍用バトルライフルの主要な弾薬である7.62㎜Win(7.62x51㎜NATO)では、正確な狙いが必要というわけです。……そもそも、NATO弾で猛獣を狩ろうとする人はいないでしょうが。
今回はこの辺で。
拝読ありがとうございました。