そして、精神を容易く狂わせる。
では、元から狂った者はどうか?
答えは簡単。
後戻りが効かなくなるだけだ――
翌日――
私とセルゲイは市立競技場の地下駐車場に呼び出されていた。
「……では、デモンストレーション地点へと向かいましょう。……乗ってください」
目の前には大型の軍用トラックと、AA社の社員らしい若い男性の姿。
そして、
「……俺達は引率みたいな物らしい」
何故か、グローム達、第1独立遊撃隊も。
「……無いとは思いますが不測の事態の為です」
……この若造が。不測の事態なんて愛人同然と考えるべきなのに。
「保険は懸けておいて損は無いが、その言い分は無視できんな」
案の定、グロームが口を挟んだ。
「無い、とは言い切れん。……余程平和ボケしているのではないか?生半可な気持ちで戦場に立たないで貰いたいな」
続く言葉は辛辣。
下手に場慣れした兵士や、英雄願望に取り憑かれた兵士も厄介だが、それ以上に厄介なのは言うまでもなく民間人。
仮にも教育を受けてはいる……はず兵士は、ある程度行動を予測できる。止められる可能性は低いが。
市民の行動も予測はできても、抑える事は困難だ。生存本能に忠実で、他人の話に耳を貸す気も無く、ただただ逃げ惑うのが関の山だから。
(……だからこそ、戦場には関わらないでほしい。メーカーならば尚更)
私達は、端から友軍の存在を考慮しないに等しい部隊だったが故、余計にそう思うのだろう。
「これは失敬。別に貴殿方を侮辱したいわけではないのですが」
「ならば、余計な事を言うな。……出発だ」
相手の反論を許さず、グロームはトラックに乗り、同調するように私とセルゲイも搭乗。
やや遅れて、社員が運転席に着いて、トラックは発進する。
サスペンションで殺しきれない振動を感じながら、件の40㎜多薬室対物砲《AA PB15MF-L》のチェック。
本体自体の整備は良好。
装着した
40x200㎜ライフル弾装填済みの弾倉も充分にある。
そこでふと、正面を向けば、セルゲイが8.6㎜バトルライフル《AA KrG37》の動作確認中だった。
一瞥する限りでは、彼も問題無さそう。
後はデモンストレーションで撃つ事になる対象が何か、という点か。
(魔獣か……それとも……ただのデカブツの群れか…………)
後者ならば願い下げ。
態々、新兵装を使うまでもない。やらせるならば、そこらの新米狙撃手にでも持たせればいい。
私に持たせるのだから理由は――――
(広告代わり……?)
優秀な兵士の称賛を得た兵装というのは比較的売れやすい。
軍部も、末端の兵も他人の言葉に踊らされる。実に滑稽であり、愚鈍だとも思える。
自ら考える事、実行する事を放棄し、全ては他人任せ。
……かつての母国――社会主義国家の末路――のようだ。
そう、思った時、私は耳に届く、僅かな地響きと、飛翔音。
(……地響きは…………魔獣の?飛翔音の方は……)
同時に肌に感じた僅かな空気の振動。
銃弾?砲弾?
いや、地響きの大きさからすれば、魔物か魔獣。
つまり――
念の為に持ってきていた、14.5㎜対物ライフル《AA PB3》を保持しつつ、トラックの荷台から顔を出す。
(やっぱり……)
こちらに飛来する、赤黒い肉塊が見えた。
あれがただの肉塊だとは思えない。
素早く《PB3》を構え、弾道計算。
各種データを元に、照準修正。
トリガーを絞り込む。
轟音。
撃ち出された14.5㎜ライフル弾は風に流され、肉塊中心のやや右方に着弾。
しかし、大穴を穿ち、肉塊は火の玉と化した。
やはり、可燃性の液体を内包した生体焼夷弾。
魔物/魔獣の標準的な長距離攻撃手段だ。
「チッ……言わんこっちゃねぇな」
銃声を聴き、吐き捨てるようにグロームは呟くと、指示を飛ばす。
「各自、長距離砲撃に注意しろ。当たれば、骨まで焼かれるぞ」
焼夷弾の火炎というのは、比較的鎮火しづらく、骨まで焼く。
ショック死でもしない限り、肉の焼ける悪臭と、耐え難い激痛。加えて、一酸化炭素等による呼吸困難に悶え苦しみながら、ゆっくり死へと向かうしかないのだ。生き地獄、という言葉が相応しいか。
(……どうでもいい事は考えない)
今は、飛来する生体焼夷弾の迎撃が先。
ボルトを起こし、後方へと引き絞る。
続けてボルトを戻し、弾倉内のスプリングに押された次弾を薬室に叩き込む。
照準修正。
発射。
着弾。
爆破。
ボルトオープン。
エジェクション。
ロード。
再照準。
発射。
目に移る生体焼夷弾をただ無心に迎撃し、捌ききれない物は、友軍に任せる。飽くまで私は第一次迎撃役だ。
本来であれば、狙撃用の単発式ライフルでの迎撃など効率が悪く、確実性にも欠けるが、今は仕方無い。散弾や短小弾では威力不足で迎撃できない。
5発目の14.5㎜ライフル弾を撃ち、ボルトオープン。
蹴り出された空薬莢が地面を叩く前に、マグキャッチリリース。
弾倉を抜き、スペアをロード。
ボルトクローズ。
初弾装填。
同時に音を鳴らす空薬莢。
構え直して次の目標を――――近い。
けど、問題は無い。
発砲。
破壊。
爆炎がスコープの視界を黒く染める。
気にせずにボルト操作。
次弾を薬室へ。
(さて……次は……)
五感にやや意識を持っていき、次の迎撃対象を探すが、現在は無かった。
トラックは既にエリアRoS EIの外におり、近くには河川――おそらく、アムール川か。
対岸に鬱蒼と茂る樹海。
おそらくも何も、対象は樹海の中だろう。
そして、私の予想通りならば、先の砲撃を行った奴がデモンストレーションにて、私達が破壊すべき的。……ここまでやられれば、誰だって分かる事だけど。
「さて。お気付きでしょうが、今回のデモンストレーションにて、貴殿方が相手をするのは《F-D》型の過剰摂取個体です」
思案する私を余所に、AA社社員は声高に言う。
大方、予想通りの内容と、
「……グローム氏の言う通り、元は軍の脱走兵と思われますので、取り逃した場合、大惨事は免れないでしょう。……確実な撃滅と、有用なデータの提供をお願いします」
予想はしていた糞みたいな必然を。
「予想通りの状況説明をありがとう。さっさと街に帰れ。結果は俺達が生きて帰ったら直に進言してやる」
「それは困りますね。技術者として、この眼で成果を見てみたいも――」
社員の反論は途中で遮られ、
「死にたいならば好きにしろ。……だが、これだけは言っておく。貴様のように調子に乗ったクソ野郎ほど、物言わぬ髑髏に近い」
吐き捨てるようにグロームが言い、私達に向き直る。
「俺達第1独立遊撃隊が前に出る。セルゲイ、ノルシェは支援を頼む」
紡がれた指示も、ある意味予想通り。
新兵装などという得体の知れない物に背中を預ける、と言えるのは、隊長が私達を知っているからだろうけど、同時に前線に出てくるな、とも取れる。
(……どうでもいいか)
私達の依頼は、飽くまで新兵装のテストと、脱走兵の始末。どうせ、デモンストレーションなど無いのだろうし。
トラックから降り、《PB15MF》のメインユニット、各種砲身と弾薬を纏めたコンテナを背負う。
総重量を考えれば、普段のグラナデ並みで、もはや狙撃手というよりは重機関銃手やらの方がしっくり来る。隠密性など皆無だ。
(……とはいえ、コンテナ自体には迷彩塗装が為されてはいるけど)
気休め程度の価値だろう。
そう思いつつ、先行する第1独立遊撃隊に続き、河川を進む。
通常ならば、ゴムボートなりが必要な所だが、それは過去の話。
河川の所々に、異常発達した植物の蔦や根の道が出来ており、泳ぐ必要は無い。
「過剰摂取個体……ね。そんなヤベェ奴なの?」
「隊長曰く、だがな。まぁ、生体焼夷弾をバラ撒くような長距離砲撃タイプなら、近距離戦に持ち込めれば楽だとは思うけどな」
漏れ聞こえる、彼らの声。
(……そんなに、生温くはない)
過剰摂取個体は、純粋な魔獣の上位個体より多少は弱い程度。しかも、情報通りならば、今回の相手は《F-D》。
ドーピング材系《F》の低級レベルの中では、特に攻撃性が強いタイプだから、油断は出来ない。
「……来るぞ」
やや前方を歩くセルゲイは静かに呟き、8.6㎜バトルライフル《AA KrG37》を構える。
私も《PB3》をコンテナの余剰スペースに格納。
代わりに、5.56㎜カービン《AA KG36K》を取り出し、ボルトコッキング。
直後――
魚型魔獣の群れが襲い掛かる。
(……低級か)
と、思いつつも、構えた《KG36》を数射。
いかな魔物よりは強力な魔獣とはいえ、銃弾を避けられるような個体は余程上位でなければ存在しない。
予想通り、現れた魔獣の大半は、躱しきれず頭蓋に風穴を穿たれ、薄桃色の肉片と脳漿。それに鮮血を飛び散らせて絶命する。
撃ち洩らした個体も、8.6㎜ライフル弾によって、同じく絶命。
「……雑魚の処理も必要だな」
「…………依頼遂行上障害となる個体は。それ以外は弾薬の無駄」
セルゲイの呟きに、いつもように淡々と返答し、奥へと進む。
見れば、第一独立遊撃隊も魔獣と交戦中だ。
流石に、援護は要らないかも知れないが……過信が禁物か。
そう思いながら、私とセルゲイは得物を構え直す。
「クソッ!魚まで魔物化してんのかよっ!!」
「戯れ言をほざくな!喰われるぞ!」
一方で、第1独立遊撃隊の隊員は焦っていた。
彼らとて、エリアRos正規軍の猛者ではあった、何処の国の正規軍でも、魔物や魔獣と頻繁に凌ぎを削るわけではない。
魔物/魔獣との戦闘回数が非常に多いエリアRosでも例外ではなく、精々群れから追放された、所謂“はぐれ”や、元人間の変異体の相手が殆ど。
故に、第1独立遊撃隊の中で魔物/魔獣慣れしているのは隊長であるグローム・ジャールだけだ。
(……喚く暇があるなら、さっさとやれよ)
手にした7.62㎜バトルライフル《AA KrG35-M》の弾倉を交換しつつ、グロームは思う。
不測の事態に弱過ぎる。
やはり、コイツらも所詮は、一般正規軍上がりだ。
(俺の後ろで交戦中のアイツらと比べても仕方無いがな)
掛け値無しで、魔獣/魔物殲滅回数が多かったのは第17特殊強襲中隊――つまり、今は無きグロームの古巣。
生き残りはグロームを含めて三人。他は全員、殉職。隊員数僅か三人の中隊など聞いた事が無い。部隊区分で言えば、よくて“分隊”、普通は“班”だろう。
(だから解体され、左遷されたわけだ)
再び全弾撃ち切り、ボルトオープン。
ロック。
キャッチ、リリース。
マガジンを引抜き、スペアロード。
ボルトコッキング。
部下達は未だに手こずっている。
「急げよ。一ヶ所に固まっていると、良い餌だ。進んで撒き餌になりたいなら別だが」
注意を促し、蔦の道を疾走。
左右の水面から、疾走者を引き摺り込まんとする、大口開けて飛び出す、魔獣達。
馬鹿みたい開けた口に7.62㎜ライフル弾を投入。
(悪いが、材料代が高いんだ。一人1発で勘弁してくれよ)
物言わぬ、深紅の魔獣達に内心で断り、先へ。
対岸まで、後600mぐらいか。
「ぐあぁぁぁぁっ!!」
「言わんこっちゃねぇ!何やってやがる、アブトマット12」
「腕が!俺の腕がぁぁぁぁっーー!!」
「隊長!アブトマット12が腕を喰い千切られましたっ!」
「衛生兵っ!止血器具とモルヒネを持って来い!」
「んな事分かってる!脚を止めるな。腕だけじゃ済まなくなるぞ。アブトマット12の治療は移動しながらでも出来る。援護を頼む」
「「「了解」」」
(俺やセルゲイ達はともかく……。コイツらは大丈夫か……)
不安になるグローム。
この仕事が終わった後は鍛え直さないとな……。
そう思いながら、走る内に、対岸へ到達。
反転し、ライフルを構え直す。
治療しながら移動する部下達を襲う魔獣を射的同然に撃ち続ける。
撃ち漏らしも、すぐに水底へ沈んでいく。
後続のセルゲイらが対応してくれているのか。
(……世話をかけるな…………)
ボルトオープン。
弾倉交換。
ボルトコッキング。
「急げ!!」
弾が無くなる。
後、200mだ。
マトモ(一般正規軍基準)に訓練しているお前らは200mを走り切るのに一分も掛からんだろ?
……まぁ、状況が状況だからな……。5分ぐらいは掛かるかな。
とは思ったものの、実際は2分と20秒ぐらいだった。
「隊長。アブトマット12の処置は終了しましたが、すぐに病院へ行った方が良いです」
「いえ、隊長……俺は……やれ……ます。やります……よ。片腕がありゃあ……銃は撃てる」
そう言って、残った腕で持つ5.56㎜突撃銃《JA BA42》を掲げる、アブトマット12。
「……無理はするなよ」
一応、身を案じてやる事にした――
私の目の前で、片腕を失った一人の傭兵がグロームに宣言している。
腕を喰われたみたいだ。
(……油断するから)
道が細く、両脇は水面なのだから、バランス良く警戒しなければ。
……と、過ぎた事を指摘しても意味は無いけれど。
片腕があれば、銃が扱えるのは確か。……精度は保証できないけどね。
(……ここからが…………本番、だよね)
《KG36》を格納。
デカブツ相手に突撃銃はやりづらい。
だから、取り出すのは新兵装。
《PB15MF》のメインユニットと、通常砲身。
組み立て、マガジンセット。
ボルトコッキング。
初弾装填。
セーフティ、リリース。
「……来るみたいだな」
準備が終わった私に届く、セルゲイの警告。
確かに、私の耳にも、魔獣が原因と思われる激しい振動を感じる。
やはり、デカブツ――
直後、樹海が割れ、目標が姿を現した。
瞬時に距離を取りつつ、私は目標の外観を見る。
全高は8mぐらいか。
形態は四足歩行。
全身から、砲身に似た突起が針鼠の如く突き出している。
巨大なアルマジロみたいなタイプ。
《F-BD》型の特徴ではあるが――
「キサマ…………キサマラ……」
過剰摂取個体ならば、片言でも人語を話すわけが無い。人としての知性も、能力も消し飛んでいる筈だから。
私達を一瞥した魔獣だが、
「キサマハ…………」
何故か、グロームを凝視する。
そして――
「グローム…………ソコニイヤガッタナァァァァアァァアッ!!」
咆哮。
「ブッコロスッ!!キサマハ…キサマラハ……イカシテカエサネェェェェエェェエェェェぇェッーー!!」
同時にバラ撒かれる、生体焼夷弾の雨。
着弾地点の予測は容易だった為、余裕を持って避けられるたが、魔獣の頭部、その側頭に、奇妙な刻印のような物が見えた。
(……《И т 6-3433》?)
Ит……この頭文字が指す物……。
情報通りならば、この魔獣は――
(……そういう事か)
そこまで思い出し、理解した。
Итとは、
つまり、この魔獣こそが、脱走兵――ガリアン・レーヴァの成れの果て。
グロームも気付いたらしく、
「コイツはガリアンだ。……実験台にされたようだがな……」
静かに言い、
「並みの魔獣より手強いぞ。各自、注意しろ!」
仲間へと注意を促した。
同調するように、全員がそれぞれの得物を構える――
――以上、第四話でした。
河川上チキンレースなんぞ誰もやりたくないですね。
というか、冷静に考えれば、全力疾走しながら、止血作業って人間の出来ることではありませんが、彼らも強化個体である上に、正規の軍人ですからね。訓練次第という事で。……どんな訓練だ、という突っ込みは野暮です。
では、今回はこの辺で。
拝読ありがとうございました。