同様に、強欲も罪である。
人間の大罪は七つというけれど、事実で言えば、存在自体が罪だと言える――
翌日――
依頼を完遂し店へと、事務所へと帰還する。
諸々の処理に終われ、全てにケリが着いた深夜。
私はある廃虚の屋上にいた。
セルゲイと私がよく訪れる場所。
「……さて、“子熊計画”についてだったな」
そこで話されるのは、軍上層部の真実――の一端。
予想に過ぎないが、セルゲイに振られた理由も、“子熊計画”に有りそうな気がする。
「順を追って説明していこう。まず最初に質問だ」
「……何?」
「お前は元々、第何世代の強化個体だったと思う?」
世代……。
確か、今の私は第7世代の筈。その前はどうだったか。
「……」
暫し、思案。
第2……は論外。既に役立たず。
第3~4……可能性はあるが、普通に考えて第7世代転化施術に耐えきれないだろう。
第5~6……あり得なくは無いが、仮にそうならば、既に自覚していた筈。
ならば、考えられるのは奇跡にも等しい事象。
「…………真人間?」
普通の人間だったのではないか、という結論を出す。
「外れだ。……軍上層部の資料によると、
だが、事実は違った。
「第1世代?」
しかも、原初の世代とは……。
おそらく、強化個体同士の交配によって産まれる複製個体だろうけど。
「そう、第1世代。……強化個体同士の交配によって産まれる
不審な言葉が混じる答え。
「…………どういう事?」
現行で純正――人間から第1世代となった者――はいない筈で、存在するのは複製個体だけの筈。
例外なんてあるのか?
「俺とお前は人としての道を踏み外した結果……なんだよ」
人の道を踏み外した結果……。
第1世代の発生条件は……特殊強化剤である《A-Type00》に適応する事。
複製個体を産む条件…………強化個体ならびに複製個体同士の交配。
等々、記憶している強化個体の知識を掘り返し、
「…………もしかして」
最悪の結論に行き着く。
「察したか。……魔獣と第1世代複製個体を交配させた被造子。……研究者は
「…………」
今度の結論は間違っていなかった。
半魔化物……。
魔獣と複製個体の子……。
人間の道を踏み外した存在――人間としての生すら奪われた存在が私と……セルゲイ……。
「ただ、第1世代型半魔化物の
……強化個体と言えども、元は人間である。つがいとなる魔獣にもよるだろうが、人間よりも性器容積、射精量が多い場合が大半であろう。……母体が壊れるのは自明の理と言える。
「おそらく感付いたと思うが、半魔化物は文字通り半分は魔獣か、魔物だ。……遺伝子的にな。故に、奇形児……いや、魔獣や魔物が産まれる事もある。……その場合は悲惨だな」
「…………確かに」
人間の赤子は、哺乳類では小さい方に当たるだろうし、大型化が進む魔獣や魔物の子となれば、産道から排出できる可能性は低い。
つまり、帝王切開か……孕んだ子次第ではあれど、食い破られるか。
女性としては非常に嫌な死に方だろう。……妊娠した事が無い自分には想像する事しか出来ないが。
「……話を続けるぞ」
セルゲイの言葉で、逸れかけた思考を戻される。
「第1世代半魔化物は重要な“戦力”足り得る。故に、生産効率を上げたいのが軍上層部の考える事だ。……だが、件の理由により生産効率は悪い。ならば、どうするか……という問いの答えは一つだった。………試験管培養児……つまり、被造子。物心着く前から、俺達の遺伝子を用いた
「……」
軍上層部の考えそうな事だ。別段、衝撃的ではない。
だから、次の言葉に耳を傾ける。
「……ここまでが予備知識みたいな物になるか。……で、本題の“小熊計画”だが、始まったのは今から8年前。俺が第17特殊強襲中隊に入る1年前だ。この前後辺りから、第7世代型強化個体の試験は始まり出したんだが、成功確率が著しく低かった。その理由の大部分は、素体が脆過ぎたからであり、数名の成功例しか確認できなかったという。……隊長とグラナデは数少ない成功例だな。今までの強化個体とは一線を画く第7世代を安定して製造できるようにしようと躍起なった軍上層部が目を付けたのは、俺達――第1世代型半魔化物――。……半ば当然の結論だ。第7世代を除く全強化個体の中で最も頑丈で、生命力が強いからな」
「……その結果、私はあの手術を受けさせられた?」
「そうだ。……義理とはいえ、両親を殺すだけの精神力と決断力があれば、少しは確率が上がるだろうという迷信染みた理由で、俺とお前は親を殺し、転化手術を受けさせられた。……結果は大成功。通常の第7世代よりも、著しく各種機能が高かったらしく、便宜上とはいえ、“第7.5世代”という分類に属された。加えて、転化手術時に、人工的な身体機能の強化も施された為、一種のサイボーグである“薬理工学的強化個体”にもなっている為、正確な分類は“第7.5世代型薬理工学的半魔化物”だがな」
「……“小熊計画”は第7.5世代型薬理工学的半魔化物の製造?」
ここまで聞いて、出た結論。
「結論を出すには早い。焦らなくて良い」
だが、早計だと諭される。
「複製個体というものが、母体よりも完成された個体となって産まれてくる。……俺達強化個体の常識だが、子熊計画とはそういう事だ。……目的自体は単純だな」
解るだろう、とでも言いたげな言葉。
確かに、意味は理解した。
「第7.5世代複製個体の製造……」
「そういう事だ」
セルゲイは肯定し、私の顔を見る。
「もう解っただろ、俺が拒んだ理由が」
「…………私を孕ませるから?」
別に、それも構わないけれど。……セルゲイ相手ならば。
「違う。利用されていたんだよ、お前の人生――いや、心を、精神を。もっと言えば、愛情を軍の塵共の下らない計画の為に弄ばれていたんだ」
「……」
何が言いたいのか……なんて、思わない。
言わんとする事は想像できる。
……でも、ここは口をつぐむべきだと思えた。
「偽りの恋心なんだよ、ノルシュの想いは」
――話を総括するならば、私の想いは虚像。
控え目に表現したところで、政略結婚紛いにしかならない。
とはいえ、だ。
「……だから、何?」
そんな理由で私が諦めるとでも?
確かに、軍上層部に弄ばれていたのは癪に触る。
「今までが虚像でも、感じたのは私。感じた本人が、否定しない物は実像」
「虚像は、虚像だ。どこまで行ってもな。……戦友止まりで良いんだ。その方がお互い、後腐れ無く最悪の事態に対応できる」
「……最悪の事態?」
「第7世代にのみ存在する利点と、致命的な欠点はなんだ?」
「…………利点は《自己進化/適応性》。……欠点は……知らない」
第7世代の利点。驚異的な速度で環境や攻撃等に適応、進化する性質。
だから、私やセルゲイは第7世代以下の強化個体では、まず不可能な行為も可能だ。
でも、欠点は分からない。
セルゲイは嘆息し、口を開く。
「だろうな。欠点は――死後に魔獣化する事だ」
「死後に……魔獣化……」
それは、致命的な欠点。
「しかも、《自己進化/適応性》を持った魔獣としてな。……一撃で仕留め切れないければ、二度と同じ手段で仕留められない、最悪の魔獣になってしまう。この場合の一撃とは、中枢神経を根刮ぎ消滅させるか、全身まとめて吹き飛ばすか。……つまり、だ」
再び、視線が私の目に向く。
『分かるだろう、言ってみな』とでも言いたげな。
「……仮に魔獣化した私達を処理する確実な方法は核弾頭を使う事?」
だから、私は答える。
最悪の事態に於ける、最悪の手段を。
「最終手段としては、だな。耐え切ってしまえば、蹂躙されるだけだ」
「……」
耐え切れる個体はいるのだろうか?
思案。
…………もしかしたら、という個体はいる。誰だとは、口に出さないけれど。
「……まぁ、普通に生きる分には欠点が気になる事は無い。……これは、ノルシェも分かる筈だ」
セルゲイの言う通り、欠点を払拭できる理由は分かる。
「……強化個体は、その能力を行使している状況に限り、テロメアが回復、増長し続ける。……即ち、戦場に身を置き続ける限り、際限無く寿命を巻き戻され続ける」
「そうだ。加えて、肉体が最良の状態に維持され、かつ損傷の度に強化される。通常、能力抑制時はこの性質も抑制され、テロメアの消耗が軽減される程度だが、第1世代と第7世代は例外で、ごく僅かずつだが再生する為、寿命は減らない」
そこまでだったのか。
本当に、私は知らない事が多かったんだな、と実感する。
「俺が知り得る“子熊計画”はこのぐらい。……後は…………予想があるが、そっちも話すか?」
「お願い」
知り得る情報は知っておきたい。
「了解だ。……最初の方で、俺達の遺伝子を用いた被造子が造られている、という話をしたな。……ソイツらだが、おそらく何名か俺達の所に配属される」
第1世代が?
いや、それは無いだろう。政府直轄部隊等に優先して配属される筈だろう。
ならば、何故?
私達の元に配属させる理由は…………あった。
「…………もしかして、保険?」
「御名答。……後詰めだ。生産性は高い方が良いだろうしな」
予想通りだったようだ。
私とセルゲイが交わらなかった場合の、
軍上層部としては、愛情などどうでもよく、第7.5世代複製個体の頭数さえ揃えばいいらしい。
所詮は安全圏で踏ん反り返って、紙面相手に大層な口を叩く老害共。
末端の兵士の事など――いや、今までの経験からすれば、私達は兵士として認識されていない。
私達を無駄死にさせる事に、なんの罪悪感も抱かず、ただ駒が減ったと感じるだけだろう。
だから、平気で倫理観を放棄できる。
(…………早く死に腐れば良いものを)
ただの人間風情が。
何時だってそうだ。
死地に赴くのは、弱者と異端者であり、愚者と賢者は安全圏で戦争を楽しむ。……体の良い余興――見世物――として。
「……話は以上だ。…………他に聞きたい事はあるか?」
でも、今は考えない。
変わりに、紡ぐ言葉は――
「……答えは変わらない?」
質問。
私の想いを受け止めるか、否か。
「…………あぁ。上の思う壺だ」
やはり、変わらない拒絶。
……でも、心の底からの拒絶ではないと分かっている。
(……それで充分)
人格まで否定されているわけではないのだから。
やりようはある。
だから私は、
「……戻るぞ。暫くは留守番組に仕事を回すつもりだが、どうなるか分からない。俺達も休息は取っておこう」
「待って」
屋上の出口に向かって歩き始めたセルゲイを制止する。
「話は終わってない」
「……なんだ?」
セルゲイが振り向く事は無い。
必要が無いと判断したか。
……少し、苛立つ。
自然と左手が動いた。
指先は腰へ。
あるのは、ベルトで固定された大型のホルスター。
収まるのは大型多弾装リボルバー《AA AR10》。
「……何のつもりだ?」
確かな金属音を聴いたせいか、セルゲイは振り向く。
「主張を押し通すだけ」
銃把から手を離さず、セルゲイの目を正面から見据える。
肝心のセルゲイはという、小さく溜息を吐き、言う。
「…………あぁ、そうかい」
互いに、ホルスターから拳銃を抜いた。
「薄々、こうなる気はしていた。……ルールはどうする?」
「使用武器は硬質ゴム弾装填の拳銃のみ。……相手を降伏させるか、戦闘不能にした方の勝ち」
「……強襲中隊時代の近接戦闘訓練か……懐かしいな」
感傷的な台詞。
だが、感傷なんて無い。
その証拠に、僅かな金属音が響く。
安全装置の外れる音だ。
「了解だ。……俺が勝てば、関係は停滞だ」
「分かってる。……その代わり、私が勝てば……」
「あぁ、彼氏になってやるよ。……元々、上層部の良いように扱われるのが嫌なだけで、ノルシェの事が嫌いなわけじゃないからな」
「……そう。良かった」
嫌悪感と不快感しかない交際にはならないなら。
心置き無く、本気で想いをぶつけられる。
「……さて……宵が明ける前に終わらせよう」
「当然」
短いやり取りを最後に、私達は口を閉じ、神経を尖らせた――
――以上、造られた“アイ”でした。
今話で語られたのがセルゲイとノルシェの過去であり、強化個体の概要でもあります。
しかし、まだ肝心な事は書いていませんけどね。
そちらは薄々気付いている方も多いでしょうが、本編で語られるのはもう少し先です。
世界観の根幹に関わる事なので。
次回は盛大な痴話喧嘩みたいなもの。深夜にやる事ではなく、近所迷惑も甚だしい事ですが、スラムならば問題無いとも言えます。
では、今回はこの辺で。
拝読ありがとうございました――