終わりにしよう、創られた幻想を。
終わりにしよう、創られた恋心を。
そして築こう、私の想う……“本当”を。
本当の……真実の想いを。
創造しよう、私の意思を!
先に動いたのはセルゲイだった。
瞬時に3発の9㎜ゴム弾が撃ち出され、私の前頭葉目掛けて空を切る。
だが、当たる事は無い。
見えているという事は、避けられると同義だから。
横っ飛びしつつ、牽制代わりに二射。
当然、当たらない。
牽制だから構わないが。
回転したシリンダーの先端から空薬莢が排出され、コンクリートとぶつかって、澄んだ音を響かせる様を尻目に、私は廃墟の屋上から転げ落ち、
振り子の如く下層に飛び込む。
着地と同時に、コンクリートを蹴り、地表へと跳躍。
転がって衝撃を殺しつつ、再着地。
《AR10》を構え直し、サイドステップ。
擦過する9㎜硬質ゴム弾頭。
反撃に一射。
避けられる。
(……やはりね)
安直な狙いでは当たらない。
全力の1%以下の能力しか解放していないとはいえ、銃弾の軌跡ぐらいは見える。
だから、必然的に――近接格闘戦か、超長距離からの狙撃等でしか無力化は出来ないだろう。
「っ!」
バックステップ。
直前までいた地点が陥没。
「このぐらいは避けられるな」
陥没地点から立ち上がりながら、セルゲイは言った。
比嘉の距離、5m程度。
「……当然」
言葉と共に、三点射。
避けられる。
なら――
《AR10》を横に傾け、速射する。
所謂、反動を利用した流し撃ち。民間人は馬賊撃ちと勘違いするけれど。
計12連射したが、これも当たらない。
(……想定内)
強装弾でも無い限り、亜音速程度の拳銃弾は、そうそう当たらない。
《AR10》を腰のホルスターへ。
後は徒手格闘で応戦しよう。拳銃の距離じゃない。
軽く拳を握り込み、肩幅で脚を開く。
体勢を整えたセルゲイも、同様に構えを取る。
互いに摺足で距離を詰めつつ、出方を窺う。
残り、3m。
まだだ。
一息に詰められる距離だが、一息も時間があれば、準備時間としては充分。
残り、1.7m。
まだ遠い。
1.4m。
もう少し。
1.1m。
あと少し。
80㎝。
(今っ!)
地を蹴る。
セルゲイも、蹴っていた。
行動は同時。
互いに振り絞った右腕。
右ストレートか……いや、違う。
右腕はフェイクだ。
「ぐっ……!」
「っ……!」
鳩尾に食い込んだ左ボディブロー。
距離を取り、体勢を立て直そうとするが、セルゲイは攻勢に出る。
左ジャブ。
――サイドステップ。
右フック。
――斜め左前へショートステップ。
左ニーキック。
――サイドステップ。
回避し、左脚を軸として逆廻し蹴りを叩き込む。
「甘いぞ」
腕で防がれる。……当然か。見え透いた反撃だから。
「っ!」
代わりに繰り出された右ローキックを食らう。
真人間ならば、足首が折れていただろう……なんて、考察する暇は無い。
続けて、二段廻し蹴りが来るので、防御しつつ、バックステップ。
「蹴りばかり?」
地に足が着いた瞬間、前方へショートダッシュ。
回避は終わっている。
「ぐっ……」
がら空きの背骨へ飛び膝蹴り。
「まだ、ある」
すかさず肩を掴み、追撃で三発膝を入れ、両手を胴へ。
「オマケ」
投げっぱなしジャーマン・スープレックス。
立ち上がろうとして――
「っ!?」
今度は私が胴を掴まれ――
「っ!!」
パワーボムを食らう。
お互い、完全に殺す気に等しい投げ技をかけた事になる。事実、受け身を取るのが遅かったら頸椎が折れていた。
「今のは殺す気だったな……ノルシェ」
「……手を抜くのは、諦めだから」
距離を取り、仕切り直す。
(……手を抜くのは諦め、か)
ノルシェから距離を取った俺は、先程の会話を思い出す。
彼女にとって、これはただの決闘ではないのだから、ある意味当然か。
(……死力を尽くした戦いの後に芽生える愛情でも狙っているのか?)
陳腐で、下らない理論だ。大昔の少年漫画ぐらいだ、そんな理論が通用するのは。
(力で捩じ伏せ、従わせる。……それがこの世界の規範だろ?)
完膚無きまでに敗北させろよ、ノルシェ?
思案終了。
宙を薙ぐ脚を避け、
「っ!?」
反撃に膝蹴り。……直撃。
「ぐはっ……!?」
だが、顔面に肘を食らう。
人体構造上、最も威力が出せる(寸勁等の特殊なものを除く)のは肘と膝である。
普通の軍人の肘打ち自体、殺傷能力が充分にあるもの。第7世代強化個体の肘打ちともなれば、魔物すら絶命させられる。……マトモに受けたなら。
今回はなんとかモロに食らわなかったが、口の中が切れた。
「追撃」
「ごふっ!?」
続けて繰り出された右フックはモロに鳩尾へ。
骨が、内臓が軋み、数本の血管が内出血を起こす。
痛みは……耐えられる。
なら――
「調子に……乗るなよっ!」
腹部にめり込んだノルシェの腕を掴み、
「っあ!?」
頬に向けて、右フックを返す。
マトモに受けたらしく、怯む。
好機。
右手を肩へ。
右膝は顎。
「ぐぅ……っ!」
一発。
「ごっ……!?」
二発。
「……あ゛っ!!」
三発。
何度も。
何発も。
ノルシェが降参するまで。
ただ、膝蹴りを叩き込む。
顎。
鳩尾。
顔面。
胸部。
しかし、ノルシェは倒れないし、降参もしない。
お互い、耐久力が異常なのは想定済みだが――
「ごふっ!?」
鳩尾に衝撃。
両手に込めていた力が緩む。
「
ノルシェの口調に、旧公用語が交じる。
……完全にキレた合図。
「隙を晒す方が……悪――がはっ!?」
「
更に、膝蹴りが入り、
「ぐはっ!?」
顎を蹴り上げられた後、脳天に踵が落下。
地面にめり込まされ、数㎝地面が陥没。
(……本当に、第1世代以下なら死んでるぞ……)
耐えられる事自体が異常者の証だと、再認識。
立ち上がろうとして、
「……
背中に乗られた。
本当の馬乗り。
「そんなわけない…………か」
「がっ!?」
毛髪を掴まれ、地面へ顔面強打。
「
ピザ生地でも練るように、何度も顔面を叩き付けられる。
当然、眼下は血の池。
折れた歯の欠片等も散乱する。
それでも、
(意趣返しか。なら……)
やり返そう。
「
「っ!?」
肘打ち。
背中に感じていた重みが消える。
体勢を立て直し、怯んだノルシェの腹部を蹴り飛ばそうとし――
「ぐっ……!」
「っ!」
相討ち。
ノックバック。
「……」
「……」
互いに無言。
もう……言葉は要らないのだろう。
(……もし、そうならば俺はそれに則ろう)
言葉の代わりが痛みならば。
諦めさせるには、心をヘシ折るには……相手の土俵で、得意分野で完膚無きまでに……
(お前の為だ。……終わらせてやる)
だから、俺は拳を握り込んだ。
偽りの恋に終焉を。
――悪意混じりの愛に終焉を。
(……流石、セルゲイ)
体勢を立て直し、正面に位置するセルゲイを見据える。
互いにそれなり以上のダメージは受けているが、行動に支障は無い。
(……でも……そろそろ終わらせたい)
僅かだが、空が赤色に染まり始めている。
もうすぐ、黄昏。
制限時間。
(……次の攻防で……おそらく決めてくる)
少なくとも、距離を取ったセルゲイの顔を見る限りは、そう思える。
(まぁ、同感だから良いけれど)
決着を着けよう。
拳を握り直す。
脚は肩幅で。
摺り足。
出方を窺う。
セルゲイも同じ。
円を描くように、移動する。
「……来ないのか、ノルシェ?」
「安い挑発は要らない」
見え透いていた。
「……セルゲイこそ、余裕なの?」
「どうかな?」
言葉を聞く限りは、余裕そう。
飽くまで、表面上だけど。
(……考えるだけ、無駄)
今は……目の前の状況が先決。
距離は2.2m程度。
まだだ。
緊迫感と閉塞感の円舞曲。
距離、1.3m。
ここで、セルゲイが前方へのショートダッシュ。
私は、斜め前方へのステップ。
攻防が始まる。
セルゲイは左脚を軸に急制動。
正対し、再び疾駆。
同時に、引き絞られた右腕。
正拳突きか、右コークスクリューあたりか。
どちらも、マトモに受けたら危険。
(殺られる前に潰す)
距離を確認して、身体を捻り――
「Ура!」
ミドルキック。
狙いはセルゲイの頭。
「そう来るか」
だが、防がれる。
「余裕そう?」
ならば、連撃だ。
蹴りを防いだ腕を軸にして――
「ぐおっ!?」
セルゲイを地に伏せつつ、跳躍。
空中で身体を捻り、
「
胴回し蹴りを叩き込む。
「チッ……!」
これも、防がれるが、衝撃でノックバック。
好機。
「……
片足をセルゲイの首に絡ませ、
「
「ぐあっ!?」
顔面に膝蹴り。
続けて、両足を絡ませ、
「
バク転の要領で、地面にめり込ませる。
フランケン・シュタイナーと呼ばれる投げ技の一種。
でも、まだだ。
着地。
立ち上がりかけたセルゲイの両足を、足払いで刈り取り、
脚のバネを利用した、飛び膝蹴りを顎に叩き込みつつ、
「Ура!」
「がっ!?」
肩を掴んで、頭突き。
体勢を変え、腹に乗りつつ、右腕で首を掴み――左手は貫手。
「ごぶあっ!?」
地面に着地。マットはセルゲイだ。
吐血が顔を紅く染める中、左手を一閃。
「……私の勝ち」
――したが、眼球の数㎜上で止める。
本気で殺る気ならば、既に頭蓋骨もろとも、脳味噌に風穴を開けていた。
「……そうだな。…………俺の負けだ」
セルゲイも理解しており、何処か遠くを見るように言う。
「一応聞くけど……身体の調子は?」
頬の鮮血を拭いつつ、セルゲイの上から離れる。
「問題無い。むしろ、調子が良いくらいだ」
立ち上がりながら、答えられる。
「…………ドM?」
が、私が出した結論はセルゲイへのマゾ疑惑。
本当ならば、間接技のレパートリーを増やさなければいけないだろう。
「……おい」
まぁ、億分の一くらいの確率だけど。
……しないけど。
「冗談」
「笑えないな」
それについては同感。……なら何故言った、と言われそう。
「……笑えない冗談はさておいて」
仕切り直すように言い、セルゲイと正対する。
「殴打した後で言うのも難だけど…………
――私を、とまでは言わない。野暮だ。
「……あぁ。それが“決まり”だったからな」
やはり、遠くを見るように言われる。
(…………子熊計画のせいか)
忌々しい。
けれども、今は結ばれた事を喜ぶべきか。
顔には出さないけど、ね。
「……嬉しそうだな、ノルシェ。口許が緩んでいるぞ」
「っ!?」
……冗談だよね。冗談の筈だ。
「だらしない顔はせめて他人がいない場所でしてくれ」
「…………そうする」
背後に向き直る。
ここは他人がいる場所の近く。
それも、最低の他人がいる場所の。
「おい、例の雌豚と色男だ」
「雌豚じゃねぇ、雌ゴリラと蚊蜻蛉だろう」
「……お前、“タチ”だったのか?」
「何だっていいだろ。“殺る”か、“犯る”かの違いだ」
寝起きで機嫌が悪いらしい、スラム街在住の塵達がいた。
空は黄昏。
「……彼女が出来て早々、社会不適合者によるリンチ会場にご招待……か。災難だな」
「……同感」
互いに塵達を一瞥し、ホルスターに収めていた得物に手をかけた。
「現状の装備は?」
「《AR-9》、《AR-10》、《AR-11J》が各一挺とブーツナイフ二本。そっちは?」
「《AP4》が改造品を含めて二挺。後は戦闘用ナイフが一本だ。……お互い、手抜きだったようだな」
自嘲気味な答え。
「同感……」
だから、私も自嘲気味に呟き、臀部付近の大型ホルスターに収めていた大口径リボルバー《AA AR-11J》を左手、右手で《AR-10》を抜き、《AR-10》はシリンダーオープン。
空薬莢と残弾を排出し、
シリンダークローズ。
《AR-10》は納銃。
ハンマー、コック。
「準備はいいな?」
「問題無い」
「……了解だ。……さて――少し騒がしい、目覚しの時間だ」
「…………総員起こし?」
間の抜けた掛け合いをしつつ、行動開始。
近くの廃虚に入り、中にいたならず者を蹴り飛ばし――
「
転倒した所で、顔面を踏み抜く。
出来たのは、頭部に赤い華が咲いた死体。
折り畳んでいた銃身、銃床を展開。
スコープのカバーも外し、構える。
照準修正。
トリガーを絞り込む。
撃針が弾薬底部の雷管を打撃。
発生した火花によって、発射薬が爆縮。
14.5㎜の弾頭が押し出され、旋条で回転が加えられて撃ち出された。
瞬く間に着弾し、血の華が咲く。
同時に、複数の“噴水”も出来上がった。
二射目――――発射。
結果は確認せずに、移動開始。
「ここにいたか、雌豚ぁっ!!」
「ブチ込ませろぉっ!!」
「たっぷり可愛がってやるぜぇっ!?」
が、進行ルート上に、数人のならず者。
私に気付き、血迷った目で走り寄って来る。
《AR-11J》をホルスターに戻し、代わりに《AR-10》を抜き様に、三射。
「「「ぐあぁあぁぁっ!?」」」
着弾。
絶叫を上げて、のたうち回る。
(やはり効くか)
撃ち込んだのは9㎜口径のキャニスタースラグ。
跳弾の危険性が低い弾種の一つだが、軟目標に対する殺傷能力は非常に高い。
何故ならば、軽量で脆い被甲の弾頭内に少量の爆薬と鳥撃ち用の散弾。点火用の着発信管を内包しているからで、着弾すれば、対象の体内を無数の散弾が抉る。
傷の酷さはホローポイントやソフトポイントに匹敵する。
……いずれ、出血死するだろう。
のたうち回る塵を無視して、次の狙撃ポイントへ。
《AR-11J》に持ち換え、スコープを覗く。
照準修正。
発射。
轟音。
血飛沫。
修正。
発射。
移動。
(残りは……10人か)
移動しつつ、広場に見えるならず者の数を確認。
すぐにカタが着く数だ。
(次の狙撃地点で最後……にしても良いか)
考えが纏まった所で、第三狙撃地点に到着。中にならず者がいたが、全員の頚椎を折るのは容易い事だった。
で、三度目の狙撃に移ろうとしたが――広場にあったのはならず者の死体だけ。
(……セルゲイが終わらせた?)
だとすれば、ここにいる必要は無い。
《AR-11J》を納銃。
代わりに《AR-10》を抜き、廃墟から出て――左側面に肘打ち。
「ごぶっ!?」
顎が砕けたならず者が、地面をのたうち回る。
「……
射殺。
「ここ――ごぶあっ!?」
「ぐふぁあっ!?」
「ぐあっ!?」
野次馬か何かのように、出てくるならず者をクレー射撃の如く、射殺していく。
「Блин, надоело」
呟き、撃ち続ける。
そして、装填数分を撃ち切ると、ならず者側も
「……生きてるな、ノルシェ?」
代わりに、セルゲイが出てきた。
「……この程度では、死ねない」
抑揚無く答え、シリンダーオープン。
リロード。
「そうだな。……お互い、この程度では死ねないな」
「……同意」
自嘲気味に言い合い、私は《AR-10》を納銃。
「…………帰るか」
「……」
セルゲイの問いに首肯し、帰路に着く――
――以上、《奔流たる想いを》でした。
……端的に言うと、今話はノルシェの告白、或いは口説き文句と、いつものスラム街。
正直、夜の営み(殺)という状況か。凄まじく痛い打撃の応酬でしたが、一発でも、鍛え上げた軍人が粉砕骨折して、胴体泣き別れレベルの威力。
…………因みに、アレでも互いに0.01%程度の能力しか解放していない上に、手加減しています。
次回は本気でイチャコラ…………できるといいな。プロット的には無茶かもしれないけど。
尚、作中に出てきた《キャニスタースラグ》という弾薬は実在しません。似たような弾薬に、《グレイザーセフティスラグ》という物はありますが。
…………っと、本編自体についてはここまで。
次に、今話は推奨BGMが複数用意しています。最も、曲ごとに大きく印象が変わりますし、かけるタイミングも違いますが。
・R.G.B...
→前書きの時点からかける事を推奨。本編からかけると、前奏のせいもあって、盛り上がりに若干かける。
・星の加護を受けし者
→前書きの時点からかける事を推奨。本編からかけても比較的悪影響は少ない。
・It Has To Be This Way
→本編から、或いはノルシェの「…………そうする」からかける事を推奨。
・Theme of CRYSIS CORE『疾走の戦域』
→本編からかける事を推奨。