言ってしまえば、そんなもの。
どうにかなるさ、どうにかするさ。
若いんだから、うまくいくさ。
人を好きになるなんて、初めての事だ。そもそもこの気持ちが恋なのかさえ、まだ確定していない気もする。なにもかも手探りで、進む先は霧がかって良く見えない。それでも私は、この気持ちに正直になりたい。
大喜くんは私を救ってくれた、そして今も私を支えてくれる大事な人だから。
蝶野さんに申し訳ない、猪股家の面々に顔向け出来ない。そう思って尚、自分を抑えきれそうにない。
好きになった理由はたくさんあるような、でも一つもないような。それでも張り裂けそうな胸の奥で、鼓動は確かに告げている。この人が好きだ、と。
伝えたい、そうしないと――
でも、だ。大喜くんは私なんかを好きになってくれるだろうか、そう考えると不安になってしまう。そして手足を絡め取られ、私はまた進めなくなっていく。大喜くんは、壁一枚向こうにいるのに。ほんのわずかな勇気が出れば、それで済むのに。
どうして、こんなに面倒なんだろう。
男の子は騒がしいから苦手だし、バスケで忙しいから関わってる暇がなかった。一応愛想だけは良い人間だから、当たり障りなく過ごしてはいるけど。
気がつけばワンパクで逞しい子に育っていた私は、惚れた腫れたと華やかな日々を送るようになった友人たちとは全然違う。どうにも根がガラッパチというか雑把というか、そういう細やかで繊細な思考は向いていないのだ。
だから最初は、これがどういう気持ちかさえ認識できなかった。大喜くんを大事に思えど、そういう感情を向けている自覚さえ最近まで無かったくらいだ。
だけど、でも。蝶野さんと大喜くんが近付いていくのを見ていて、生まれて初めて胸が苦しくなったのを覚えている。そこにいてほしくない、とまで思ってしまった。
そこでようやくこの想いが、恋と言うものだと知ることが出来た。……まあ自分では上手く表現できなくて、花恋に助けてもらったけれど。
振り返ってみれば、私はそもそも大喜くんが好きではあったんだ。毎朝体育館で会うようになった時期から、練習熱心な可愛い子がいるなーとは思ってたし。同居しはじめてからも大喜くんは私を気遣ってくれて、お陰で居心地の良い日々を送らせてもらっている。でもそれが色恋沙汰に繋がるとまでは、予想していなかった。由紀子さんやうちの母親はどう考えていたんだろうな、その辺。
借り物の部屋で悩んでいると、階段を上がる足音がドア越しに聞こえてきた。どうやら大喜くん、お風呂上がったみたいだな。
――もし、もしも。今部屋を出て大喜くんに想いを伝えたら、どうなるかな。
ふと芽生えた小さな悪戯心は、思った以上の速度で胸の内に燃え広がっていく。
そうだ、それで良いじゃないか。このまま拗れても面倒だ、フラれるにせよなんにせよ早い方がいいに決まっている。人間恥じゃ死なない、多少気まずくなったって大した事じゃない。日頃考えない程の勢いで理屈が組まれ、それが背中を押してしまう。あれだけ重かった手足は柵から解き放たれ、不安感さえ何処かへ飛んでいく。
私がドアを開けたまさにその瞬間、丁度大喜くんは自分の部屋のドアノブに手をかけようとしている所。話しかけるには、格好のタイミング。
「え、あ……。千夏、先輩?」
突然出てきた私に驚いたのか、そのままの姿勢で固まる大喜くん。そこへと向き直り、私は拳を握りながら覚悟を決め直す。
さあ、言おう。後でぶつとも殺すとも、たった一言言わせてくれればそれで良い。
「好きです」
たった四文字の言葉が舌を蹴って跳ね上がり、唇の間を押し退けて一気に飛び出していった。
言うべきことは、これ以外に無い。どう解釈されようが、もうどうでも良い。
大喜くんは困惑した顔で僅かに呻くと、そのまま崩れるようにへたれこんだ。そこから数分、あるいはもう少し長い時間固まって、そして――。
「あ、の。……部屋で、話しましょう」
半開きになっていたドアへ、転がり込むように吸い込まれていった。
大喜くんの部屋にはちょくちょく入るけれど、こんなにも緊張するのは初日以来かもしれない。風呂上がりで男子の部屋へ、って考えてみたら物凄く危険な事をしているんだと途中で気が付いたけど、どうにか平生を装ってジャンプを借りて行ったんだっけ。あの時は何を話したっけ、忘れてしまった。
ま、それは良いんだけどね。
大喜くんが複雑そうな表情で何やら考え込んでいるし、こっちの方を気にするべきだろうな。あの後部屋に入った時点であれこれブチまけてしまったから、どうも情報が混線してるっぽい。言った本人でさえよく分かっていないんだから、大喜くんが全部呑み込むのは大変な筈だ。
「えーとあの、整理するとですね。千夏先輩はその、……俺を、その……好きだと思っておられると」
「うん、むしろそれ以外に何も言ってないと思うんだよね」
後は大喜くんの気持ち、それだけ。私はどんな結果であろうと受け入れる。そりゃあ蝶野さんと私を天秤にかけたなら、結果は考える必要もないだろう。私をのせた秤が跳ね上がって、そこで御仕舞い。
それで良い、それが良い。
そう思いながら待つこと、暫し。
「それは、とっても光栄――です。でも、」
ああ、でもか。光栄だけど、そういう事か。背筋を冷たいものが伝い、ぞわぞわと悪寒が昇ってくるのが分かる。逃げ出したくなる弱い自分を力尽くで抑え込み、私は身体をこの場に留める。これは必要な痛みだ、逃げるな。
分かりきっている結果がやって来る、それだけだ。
「千夏先輩は、男バドの……帰国子女の人が好きなんじゃないんですか。菖蒲――守谷マネが、そう言ってましたけど……」
「え"?」
男バド、帰国子女。ひょっとして松岡くんの事を言ってるのだろうか。確かにまあ、友達として仲は良いかもしれない。ただ、ねえ。あのノリがどうも合わないというか、距離をおいていればそれなりに楽しいんだけど近くにいると面倒なんだよね。ワガママで図々しい、典型的な陽キャだもん。
菖蒲ちゃんは一体何を思って大喜くんに余計な事を吹き込んでくれたんだ、こんな誤解をさせないで欲しい。ただ、だ。そんなバカを聞かされたお陰で緊張は少しだけ解れてくれた、それに関しては菖蒲ちゃんの功績だな。今度一発ひっぱたくくらいで許してやろう。
私は改めて大喜くんに向き合い、口を開く。
「それは、違うよ。私が好きなのは大喜くん、です」
繰り返しになるけどそう言って、再び大喜くんの反応を待とうとする。……けれども、さっきのような長い沈黙は訪れなかった。
ややあって返ってきたのは、短い言葉。
「俺も千夏先輩が好き、です」
その視線は熱を帯び、私を焼いて余りある。まさか、そう来るとは。大喜くんも私を、そう思ってくれていたとは。
いや、そう言えば大喜くんはずっと私に好意的だった。それがそういう意味だとは思ったこともなかったけれど、だとすると……気まずいかも。
看病しようとしてうっかりベッドに押し倒しちゃったり、先輩面してあれこれ世話を焼こうとして失敗したり、そんな事している裏にそういう感情が交錯していたとか、何て言うか気まずい気まずい。
気まずいけれど、まあ――良いか。
その辺は大した事じゃない、大事なのはひとつだけ。
「そっか、そかそか。お互いそうだったのか、それは――良かった良かった」
難しいことは考えない、シンプルに行けば良い。私たちは、それで良いんだろう。
「でも良いんですかね、俺なんかで」
「大喜くんだから、良いんだよ」
一体同じやりとりを一晩で何回したか、それさえ分からないまま気がつけば朝が来ていた。その中で知ったのは、大喜くんの想い。同居前からずっと、私を好きでいてくれたという事。そんな風に誰かから慕われるなんて、考えた事もなかった。思えば私も相当に鈍かったんだな、本当に。
そして蝶野さんとの事。彼女が大喜くんを好きなのは事実だし、告白もされたけれど――「先輩が好きだから」と言ったらしい。ただ蝶野さん的には「好きでいられればそれで良い」そうで、断ってはいるけどそれを認めてくれていないんだとか。
まったく持って、やれやれだ。
そんなこんなで一睡も出来なかったけれど、朝練だけはサボれない。私の夢のために、そして大喜くんのために。これからも好きでいて欲しいから。
いつも通りに大喜くんより先に猪股家を出て、歩きながらあれこれ考えてみる。
――案ずるより産むが易し、ってこういう事なんだろうな。
それにしても、だ。先輩後輩でも同居人でもなく、これからは晴れて恋人同士、なのか。
こそばゆいし照れ臭いけど、それ以上に嬉しくてしかたがない。
あーでも蝶野さんに一応謝らないといけないか、あっちにしてみたら掠め取ったようなものだろうし。それに菖蒲ちゃんを殴らないといけない、今日は忙しいな。浸っている暇は無さそうだ。
頑張ろう、私。
菖蒲ちゃんにボディブローかましたり蝶野さんに頬を叩かれたりしながら日々は過ぎ、やって来た週末。
私たちは久し振りに、あの水族館へと来ていた。いわゆる一つの、デートというやつだ。
前に来たときはそんな関係ではなかったけど、今日は違う。手を繋いで笑いあい、楽しい時間が過ぎていく。そう言えばあの日は無遠慮な発言を謝ろうとしていたから、そこまで熱心に展示を見られなかったんだっけ。
その分も含めて楽しんだ帰り道、私は大喜くんの手を引いて駅裏の路地を歩いている。ある目的のために。
一応道くらいは調べたけれど、来たことは無いから迷ってないか不安だ。まあ、大丈夫だろう。
ややあって辿り着いたのは、何処か妖しい雰囲気を纏った建物の前。ファッションホテルとかラブホテルとか色々名前はあるけど、まあ――
緊張を圧し殺し進もうとする私に、大喜くんが小さく抵抗した。
「あ、……の。ここ、その……」
その顔は赤く染まり、瞳には困惑の色が涌いている。そりゃそうだろう、私だって立場が逆だったら怖いし無理だ。
でも、だけど。
私は大喜くんを愛したい、大喜くんに愛されたい。その想いは、止められないから。
「私、ね。大喜くんと、……したい、です」
そう、私はあれからそう想い続けている。でも猪股家でそんな事は出来ない、それこそ追い出されかねない。
そうなると、こういう所を使うしかないのだ。
不意打ちみたいなことをしているのは分かっているけれど、だからってこれ以上我慢するのは辛いから。
「……良いんですか、俺なんかで」
もう何回聞いたか分からない、その言葉。それを聞いた私の答えは、一つしかない。
繰り返してきた通りに、私は微笑む。
「大喜くんだから、良いんだよ」
間接照明の淡い灯りに照らされ、二人並んでベッドに腰かけて。視線の先には大型モニタ、そこに映される成年向けの映像。私たちは要するにその、……アダルトビデオというモノを鑑賞中。
そう言えば観たことないな、こういうの。中等部の修学旅行で、渚のバカがノリでペイチャンネル付けくさった事はあったけど。……あの時は音量絞らなかったから速攻でバレて、同じ部屋の私たち揃って叱られたんだよね。
……しかしまあ、強烈だなこれは。
「あー……スゴいねぇ、大喜くん」
「ぇあ、……はいっ」
大喜くんはさっき以上に真っ赤になって、落ち着きなく腰をモゾモゾさせている。……うんまあ、そういうことなんだろうな。
小一時間前勢いで入室し、ぎこちなく初めてのキスをして――私は大切なことに気付いた。気付いてしまった。
それを放っておく訳にはいかないから、シャワーを浴びつつ私は大喜くんに問い掛けてみる。
「ね。……あの、さ。その……えっちって、どういう風にするの?」
そう、私は「この先」をまったく知らなかったのだ。と言うかキスだって最初は鼻打ったし二回目は歯が当たって大喜くんの唇ちょっと切れたし、三回目で漸く上手くいったという体たらく。私だって義務教育は受けてきたしそれなりに知識はある筈なんだけど、だからって実戦に活かせるわけじゃ無さそうだ。日本の性教育は間違ってるんじゃないかな、こういう時に使える知識が欲しいのに。
「……いやあの、俺童貞なんでさっぱり……です」
どうやら大喜くんも、詳しいことは知らなそう。でもまさかこれも勢いで、とは行かない。身体を壊したりしたら一大事だ。
と、言うわけで。現在私たち二人は、「お勉強」の真っ最中。
しかし、なあ。もっとロマンティックな行為かと思ってたのに大分エグいぞ、これは。そっと隣を見ると、大喜くんの――オトコノコは映像のと余り変わらない大きさに見える。モザイク入ってるのと比べても仕方ないけど、これは……入るのかな。それに触ったり舐めたり、咥えたり……。さすがに難しいんじゃないだろうか。
うーん、お手本にするには上級者向け過ぎるな。流れは分かったけど、再現はできそうにない。
まあ、良いか。こればっかりな気もするけど、どうせ私たちなんだから上手く出来なくても良いんだ。
必要なのは、愛し合う事なんだから。
脚を拡げた私の前で、跪くような姿勢の大喜くん。視線はその先にある、私のオンナノコへ注がれている。それを感じながら私は、普段するように――オナニーをしてる所。やり方は分かったから、後は解して入れやすくしたい。でも、大喜くんに触らせるのはちょっとだけ――怖い。だからこうやっているわけだけど、どうしよう。いつもよりずっと、気持ちいい。
誰にも見られたくない浅ましい姿を、よりにもよって一番大切な人に見せ付けている。そんなとんでもない事態が、気絶しそうなくらいに気持ちいいのだ。それに大喜くんも、私のこんな姿をみて興奮している。それはもう、見てすぐに分かるくらいに。
ビクビクと震え先端から透明な液を垂れ流すオトコノコは、まるでこう言っているように見える。早く入れさせて、と。大喜くんの表情からもそれは明らかだけど、でも。するべきことは、しないといけない。
私はオナニーの手を止め、ベッドサイドに置いていた小さなビニールの包みを破いてその中身……コンドームを取り出した。
「えっと、確か……習った筈なんだけど、なあ……」
なにしろ授業を真面目に受けたことなんか無い私だし、保体は副科目だからそれこそ記憶から飛んでいる。それでもどうにか、おっかなびっくりオトコノコにゴムの皮膜を被せていく。愛しているから、必要なんだ。これからもずっと、愛し合う為に。
にしても、実際触れてみるといよいよイメージと違うな。硬くて熱くて、まるで……まるで…………なんだろう。思い付かない。
これが入るのかー……、裂けたりしないと良いけど。
「ん、これで良い……かな。じゃぁ……来て、ね」
ビデオで観たように身体を倒して脚を開き、膝を抱えていく。想像すると潰されたカエルみたいでまぬけだけど、えっちの時はこれがスタンダードらしい。正常位ってくらいだから、そうなんだろう。
ベッドがギシリと軋み、私へとのし掛かってくる大喜くん。その手で支えられたオトコノコが、私の入口に触れクチュリと音を立てた。
「そ、こ……かな。そのまま、ゆっく……りっ!?」
なるべく静かに来て、と言おうとした私の声はでも、最後まで紡げず口のなかで消えてしまう。大喜くんが一気に、入ってきたから。
骨盤がミシッと言った、いや腰が壊れた。そう感じるくらいに、強い衝撃。
お腹の中が、大喜くんで一杯になっている。入口から行き止まりまで、その全てが大喜くんの
「ごめん、なさぃ……! でも俺、もう、止まらな……!!」
最奥まで達したオトコノコは一度抜けるギリギリまで下がり、次の瞬間には再び奥を突き上げてくる。その繰り返しでぱちゅんぱちゅんと激しい音が上がり、肌に触れるシーツの質感はどんどん湿っていくのが分かった。
大喜くんが気持ちよくなってくれるのは良いんだけど、ちょっと待ってくれないかな。そう言おうにもそんな余裕はなく、そして――大喜くんの身体が大きく震えた。
これは何なのか、それを教えてくれたのは大喜くんのオトコノコ。薄いゴム越しに感じるのは、何かが迸る様子。
「……大喜くん、お射精しました、か?」
へなへなと崩れ落ちながら頷く大喜くんは、ちょっと申し訳なさそう。そのわりに勢いよく出てるけど、これが普通なんだろうか。
でも、それを咎める気はしない。
良いじゃないか、これで終わりって訳じゃない。まだまだ時間はあるんだ、構わない。
もっとしよう、もっともっとしよう。
愛されたい、愛したい。その為に、来たんだから。
「先輩、もう、無理で……す……」
グッタリと踞る大喜くん、でもそのオトコノコはまだ元気そうに見える。相変わらず一回の射精でコンドームはパンパンに膨れ、今にも精液で突き破られそう。もしこれを着けていなかったら、すぐにでも妊娠してしまいそうだな。まあ、そんな事しないけど。少なくとも卒業までは、ね。
……しかし大喜くんがヘバるのも当然かもしれない、さっきからノンストップだし。
私も私であちこち痛いし、喉もガラガラだけどさ。三回目辺りから慣れてきて喘げるようになったのは良いけど、声の調整が効かなくて効かなくて。
そろそろ終わりにしないと、明日が大変かもしれないな。授業はともかく部活をサボるわけにはいかない、そんな事してたら大喜くんに愛想つかされてしまうかもしれない。
明日も明後日も、頑張ろう。
でも、もう少しだけ。そう想いながら、大喜くんを抱き締める。
「まだ時間あるから、さ。それまでこうしてて良い?」
えっちは気持ちいいし、お喋りするのも良いだろう。だけど私は今、こうして体温を感じていたい。
もしかしたら、こっちが本番なのかな――セックスって。動けなくなるくらい疲れて、そして抱き締めあうのが一番の目的だったり。
ああ、落ち着くな。これはスゴく、安らいでしまうな。
大喜くんもそう思ってくれたんだろう、私を抱き締め返してくれた。
伝わる鼓動と体温は、私を幸福感で包んでくれる。
幸せすぎて、泣きそうだ。
こんな幸福が、この先も続くんだ。私たちはずっと、愛し合うんだ。
これ以上の幸せは、きっと無い。
ああ、ああ――幸せだ。