今日は宿泊先に戻り、そして墓参りに行くと言う雪。
ゴウトの希望でライドウは、彼女を尾行する。
結果、彼女に関する様々なことを知ることが出来た。
雪の孤独と寂しさ、そして情熱を知り、彼女の心に寄り添いたいと思うライドウ。
だが心を通わせ、抱き合ったその夜、雪は姿を消した。
『二月十四日までに、なるべく多くの人を連れて帝都を離れて下さい』との言葉を残して。
※かなりオリジナル色が強い作品です。そういうお話が苦手な方はご注意ください。一応、元ネタを知らなくても読めるように書いたつもりですが、不明な点が御座いましたらお気軽にお尋ね下さいませ(՞ . .՞)✨
明告鳥の鳴き声に、ライドウが目を覚ます。
「おはようございます、ライドウ様。顔を洗ったら朝食にいたしましょう」
先に起きていた雪が、湯を張った桶と手拭いとを渡してくれた。
「ありがとうございます」
洗顔を済ませ、朝食の席に着くライドウを、雪はうきうきとした様子で持て成した。
「昨夜のお鍋の残りで、お味噌汁を作りましたの。それと、おこげのついたおにぎり」
『初めて握ったので、歪ですが』と申し訳なさそうに差し出されたおにぎりは円形で、確かにカタチは凸凹しているようだが、中に入っていたおかかの塩気がとても美味しい。味噌汁も、魚介や野菜の出汁が良く出ていて、味に奥行きがある。
「雪さんは、料理上手ですね」
「本当ですか? ふふ、嬉しい」
ゴウトにはねこまんまが入った器と、削りたての鰹節を小皿に持って渡している雪。ゴウトの喰い付きもいいようで、彼女の頬はずっと緩みっぱなしだ。
「……さて。ライドウ様とゴウトちゃんは、どうぞごゆっくり。わたくしは少し出掛けてきますね」
「ご用事ですか?」
「ええ、ちょっとホテルに戻らなくてはならなくて。あと、お墓参りにと」
「分かりました。お気を付けて」
「はい。早く終わりましたら鳴海様への昨日のお詫びもありますし、事務所に寄らせていただきますね」
微笑み、会釈して雪が家を出た直後、ゴウトは『たん……!』と卓の上に乗った。
「……ゴウト、行儀が悪い」
「ええい! 左様なこと言っている場合ではないわ! 彼女の後を尾けるのだ、錠平!」
「雪さんの後を?」
「そうだ。さすれば彼女が何者なのか、少しは知ることが出来るだろうが!」
「気が進まない」
「むっ、そう言うでない……! 彼女の心の内を知れば、我も安心することが出来る。どうか、頼まれてはくれまいか」
相棒にそうまで言われては断ることが出来ず、ライドウは急ぎ身支度を整え、雪の後を追い駆けた。
* * *
──結論から言うと、尾行は成功した。適度な距離を保ちつつ、彼女の部屋の前まで来くことが出来た。しかし、当たり前だが扉は閉まっている。悪魔なら入れるが、彼女には視えてしまう。
八方塞がりで、『どうしたものか』とゴウトが唸っていると、杖を突いた白髪の男がこちらに向かってやってきた。
「錠平、隠れるぞ」
頷き、ゴウトと共に廊下の曲がり角へと身を移すライドウ。そこから様子を窺っていると、男は雪の部屋へと入っていった。
「今のは……雪の祖父だろうか」
「かもしれない」
「ふむ……しかし、どうしたものか」
どうやって中の様子を窺うか話していると、今度は赤毛の男と茶髪の男がやってきて、彼等も雪の部屋を訪ねていく。
「彼等はいったい……」
「どちらも外国の者であったようだが……ともあれ、中に入れぬなら仕方がない。男達が出てきたら、そちらを追おう。追跡用に悪魔を一人、出しておいてくれ」
「分かった」
ライドウは頷き、ゴウトの指示に従った。
* * *
「ミスター千葉、あなたの希望通り、投下するのは今月の十四日に決まりました」
「おお……それは何よりじゃ! ようやく我が一族の悲願が叶うというもの……!」
「……ふぅむ。我が国に取っては都合の良い話だが、日本人であるあなたが何故、帝都を焼け野原にしようだなどとお考えに?」
「逆臣共を一掃粛清し、吾が君に新国家を樹立していただくためよ」
「確か……新皇と言いましたか。その方と我が国とは、良い関係を築きたいものですね」
通訳を介して行われる、老人と赤毛の男との遣り取りを、雪は沈痛な面持ちで聞いていた。そうして苦痛な時間が過ぎ行き、男達が去った頃、たまりかねて雪は老人に話し掛けた。
「ご当主様……! 本当にそんな、恐ろしいことを……?」
「恐ろしいじゃと? はッ! 全てお主の予言によるものではないか」
「っ! わたくしは、ただ……視たままを口にしただけで……」
「そうよ、お主が下した予言の悉くが正確であったが故に、両国共いま開戦すれば勝てるという儂の虚言を信じ込んだ」
「いいえ、開戦……それ自体は虚言でなく事実です。ただ、"今"ではないだけで……」
「ああ、そうじゃったな。お主が"その未来"を視たことにより、米国は今、この時代に置いて、油脂性爆弾の開発を成功させたんじゃったのぅ」」
老人の、『くつくつ』と低く笑う声が脳裏にぐわんぐわんと響き、雪は立ち眩みを起こしてその場に膝をついた。
「おっと……その身体、大事にしてくれねば困るぞ? ……時は満ちた。いよいよ吾が君にお越しいただくのだからな」
「承知、しております……」
「ならば良い。我が一族への恩に報いよ」
「……はい」
* * *
半刻ほど前に、外国人と思しき二人の男が雪の部屋から出て行った。『後程、事務所で合流しよう』と言ってゴウトとポルターガイストとが彼等の後を追って行った。
残されたライドウは未だホテルの廊下におり、雪か老人かが出てくるのを待っていた。
「…………」
尾行だなどと、私生活を覗き見するようで気が咎めるが、それでゴウトが『安心する』と言うのであれば、付き合う他ない。だが、『無為に時が過ぎていく』と眉を顰めていると、部屋の扉が開き、中から雪と老人が出てきた。
二人に気付かれないよう後を追うと、老人は車に乗って去って行き、雪は彼を見送った後、そのまま街を歩きだした。
ライドウはモー・ショボーを管から出し、ゴウトが雪の素性を知りたがっていることから極力早めの報告をと思い、調査後は事務所に戻り、ゴウトに話すよう言い添えて、彼女に老人の追跡を頼んだ。そして自分は雪を追い駆ける。
* * *
雪の歩みに沿って進んでいくと、彼女は不意に、とある場所で足を止めた。──平将門公の首塚である。
「何故ここに……」
あまりに意外な場所で立ち止まるので、思わずライドウは声を漏らしてしまった。
「……ライドウ様?」
ぱちりと雪が目を瞬き、寄ってくる。
「偶然ですね。今日はこの辺りでお仕事ですか?」
「……ええ、まぁ。雪さんは?」
「わたくしは朝方お伝えしました通り、お墓参りですわ」
ライドウにそう返した後、雪は将門公の墓に向かって手を合わせた。そして目を閉じたまま、訥々と話しだす。
「……二十五年前、わたくしはここに捨てられていたそうです」
「……え?」
「将門公のご命日に、千葉家のご当主様がここにいらして……彼がわたくしを拾い、育ててくれましたの」
将門公の子孫と言えば相馬家が有名であり、千葉一族は天正時代に歴史の表舞台から姿を消したと言われているが、東日本へと離散して各地に強い地盤を造り、繁栄を続けてきた。雪はその一族の長に、拾われたのである。
「ご当主様はその日のことを、将門公のお導きだと話して下さいました」
悪魔が雪の存在を、千葉氏に知らせようとしたのか、彼女の周りにある石や花、お供え物等が宙に浮いていたらしい。それを見たからこそ、彼は雪を連れて帰る気になったのだ。雪がただの赤子であったのなら、そのまま捨て置いたことだろう。
「…………」
ライドウは雪の話を聞き、どう返せば良いのかと思案に暮れていた。
──縁があり、拾われて助かった。それ自体は良いことなのだろう。赤子の命が救われたのだから。しかし、語る雪の表情が悲しげで……それ故、何も言えないままでいた。
「ごめんなさい、こんな話……楽しくありませんよね」
黙していたことで誤解させてしまったかと、ライドウは首を振った。そして彼女の心に寄り添うべく、『自分もそうだ』と話した。
「捨てられたわけではありませんが、俺も早くに親を亡くしているんです。だからあなたの寂しさは、少し分かるかもしれません」
雪を見詰め、そっとその手を握り締めるライドウ。
「ライドウ様……」
繋いだ手から、彼の温もりが伝わってくる。雪はその熱を離さぬよう、絡めた指に力を込めて、ぽつりと小さく呟いた。
「わたくし達まるで、寒い寒いと言い合って身を寄せている、子兎のよう……」
寂しげに響く声。彼女の指は、頼りなげに震えていた。