※この作品はR-18です。

名残の雪   作:天城 悠理

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■第八話 『別離』 <後編>

「……ん」

 いつの間に寝入ってしまったのか、目を覚ますとそこは雪と過ごしたホテルの一室であった。だが彼女の姿は見当たらない。

(どこに行ったんだろう……)

 とにかく自分はゴウトと合流しなければならないため、ライドウは『事務所に戻ります』と紙に記し、そのメモをテーブルの上に置いてホテルを後にした。

 

           * * *

 

 外は夕暮れ。

 ライドウは『すっかり遅くなってしまった』と、謝罪しながら事務所に入った。

「おう。ライドウ、お帰り。……なぁ、その、大丈夫?」

 軽く手をあげ、出迎えてくれた鳴海の言葉に首を傾げる。

「大丈夫とは?」

「あー、ほら……雪さんのことだよ。遠距離になっちゃうみたいだけど、落ち込んでない?」

「……え?」

「え……って、何? もしかしてライドウ、雪さんに何も聞いてないの?」

 相変わらず鳴海の言葉の意味が分からず、ライドウは困惑に眉を顰めた。

「……ごめん。俺、余計なこと言っちゃったかな。……あ、でも、ライドウに伝えてって言われてることあるから……本当にごめん! ちゃんと話、させてもらうよ。なんかすごく大事なことみたいだからさ」

「…………」

「雪さんだけど、用事が済んだから家に帰るって……挨拶に来てくれたんだ。『急でごめんなさい。大変お世話になりました』って言ってたよ。……それでさ、伝言なんだけど……二月十四日までに必ず帝都を離れて欲しいって。なるべく多くの人を連れてって」

「……帝都を?」

 雪との急な別れに衝撃を受けていたライドウだが、彼女からの伝言を聞き、冷静さを取り戻す。

「いったいどういうことです」

 そう言葉にしたところで扉が勢いよく開き、ゴウトが中へと入ってきた。

「錠平! 戻っていたか!」

「ゴウト、雪さんが──」

「その雪だが、修験地獄に入っていった」

「……修験地獄に? 何故?」

 修験地獄とは、日本国家に反意を抱いたまつろわぬ神々の禁固の場であり、その地下深くにはアマツミカボシや平将門といった強大な霊が封じられている。だがそこは、当然のことながら誰でも気軽に立ち入れるような場所ではない。

「サマナーでない雪さんには、印形の儀が行えない」

「そうだな、彼女には無理だ。だが――ここに来た雪をポルターガイストと共に追ったところ、彼女はラスプーチンと共に行動を開始し、そして修験地獄に入っていったのだ。金次第で何でも引き受けるダークサマナー、恐らく奴が雪に手を貸し印形の儀を行ったのだろう」

「恐らくとは、ゴウトにしては曖昧なことを言う」

「仕方ないだろう! ポルターガイストのレベルでは中を探ることは適わず、二人が出てくるのを待っていたのだ」

「……それで、二人は?」

「続けて追おうとしたが、尾行を撒かれてしまった」

 ゴウトが悔しげに歯噛みしたところで、モー・ショボーが彼等の間に割って入った。

「ね~! そろそろ報告していい?」

「ああ、頼む」

 彼女に雪の部屋から出てきた老人の後を追うよう頼んでいたことを思い出し、ライドウは頷いた。

「うーんとね、あたし……あのおじいさんのこと追い駆けてたんだけど、車に乗られて面倒くさくなっちゃったから、途中でもう帰っちゃったの。でもね、はい! これ。車のナンバーってやつ、控えておいたから」

「でかしたぞ、モー・ショボー! 雪の行き先に繋がるかもしれぬ」

「ゴウトのほうは?」

「ああ、あの赤毛と茶髪の外人か? 彼等は米国大使館に入って行った」

「大使館?」

 雪と米国大使館との繋がりが、さっぱり見えてこない。ただ、思えば彼女はここでタヱと会った時、西洋風の挨拶──握手をしていた。それは外国人との遣り取りに、慣れているからのように思える。

 修験地獄のほうは、彼女が墓参りをしていたことから平将門公に何か関係があるのではと。そんなことを考えていると、鳴海が珈琲を淹れてくれた。

「ライドウ、俺なんかには分からないけど……何か色々と問題があるんだろう? でもさ、そういう時こそ気持ちをゆっくり落ち着けようぜ。……ちょっといい豆、使っといたからさ」

 鳴海は普通の人間なので、ゴウトの声が聞こえなければ、悪魔の姿も見えはしない。だが、元は陸軍で密偵をしており、軍部や政府筋にコネを持っている彼は超国家機関ヤタガラスの傘下で、ライドウの監査役を任ぜられている。

 故に霊的な現象には深く理解があるため、彼等の話し合いの邪魔にならないようにと、自室に下がることにした。

「俺、そろそろ寝るけど何かあったらいつでも起こしてよ? ライドウ」

「ありがとうございます」

 鳴海の気遣いがとても有難く、ライドウは素直に礼を述べてソファーに腰を下ろし、考えをまとめることにした。

「ゴウト」

「なんだ?」

「雪さんは二十五年前、将門公の墓の前に捨てられていたそうだ。そして公の子孫である千葉氏が彼女を連れ帰ったらしい。俺等が彼女の部屋の前で見た老人は、恐らく千葉の当主だろう」

「成程。それと修験地獄を繋げれば、何となく彼女の目的が見えてきそうだ」

「将門公復活? だが、米国大使館は?」

「それは分からぬ。だが公の復活は確かだろう。修験地獄から出てきた彼女はもう、雪ではなかった。あの凍てつくような覇気……あれは将門公だ」

 数ヵ月前、ゴウトはライドウと共に修験地獄九九九階層で彼と会っている。故に、まだ粟立つ肌の感覚、そして記憶も鮮明だ。

「……ゴウト、彼女はいったいどうなる?」

 ゴウトに尋ねるその声が震えており、ライドウは自身の緊張と強張りとを知った。そんなライドウにゴウトは、銀座のミルクホールという店に彼を誘った。そこでは我等が同僚、デビルサマナーが集い、情報交換をしているからだ。

「錠平。うぬが落ち込んでいてどうする。彼女のことを想うなら、行動あるのみだ」

 

           * * *

 

 追跡にと出していた悪魔を管に戻し、ゴウトと共にミルクホールを訪れたライドウ。まずは店主に尋ねてみようかとしていると、『あら、ライドウ君』と聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「珍しいわね、こんな時間に。もしかして、何かあった?」

 勤め先から近いせいか、色々と情報を入手しやすいせいかは分からないが、ここの常連であるタヱが話し掛けてきた。

 ライドウは先日、事務所でもらったクッキーのお礼を改めて述べた後、事の経緯を簡単に彼女に説明した。

「なんと……それはミステリアスねぇ。風のように現れて、風のように去って行く美女。しかも日にちを指定して、帝都を離れるよう告げていくだなんて……なんだかすごく予言めいてるわ。私断然、興味が湧いてきちゃった……!」

「予言……だがいったいその日に、何があるのか……」

「将門公の命日でしょ?」

「え?」

「雪さん、将門公のお墓参りに行っていたそうだし……関係があるとしたら、そうなんじゃないの?」

 タヱの言葉に、ゴウトとライドウは顔を見合わせる。

「成程、将門公の命日か。だがその日までに帝都を去れとは、その理由はやはり分からぬな。……錠平、タヱに何か思い当たることはないか、聞いてみてはくれぬか?」

「分かった」

 ゴウトに頷きを返し、ライドウはタヱに雪が残した予言について尋ねてみた。

「う~ん、予言……予言ねぇ……。あ、そうそう! 予言と言えば、前にも話したけど今の流行りは日輪の巫女様よね。日米交渉が難航している昨今、彼女の託宣を待っている人は多いわ」

 日米交渉と聞き、ライドウの中で、何やら雪と繋がるものがある。

(それは──)

「米国大使」

 ゴウトがライドウの思考の先を告げる。

「将門公の命日。そして、雪が残した予言めいた言葉と日輪の巫女。それらいずれも、無関係ではないと感じるのは我の考えすぎか?」

 ゴウトの問いにライドウは、『分からない』と返した。正確には『分かりたくない』だ。

 ラスプーチンという悪名高きダークサマナーと行動を共にし、将門公をその身に降ろして謎の予言と彼の命日を紐付かせ、姿を消した雪。

 彼女が日輪の巫女だとすれば、彼女の予言を元に政治を行っていると噂される現首相と、彼女と米国大使の関係とは?

 言うまでもないが首相は我が大日本帝国の人間であり、米国は交渉が拗れれば敵国となる存在だ。いわば対極にある国家間を行き来する理由とはいったい何なのか。

「……分からないことだらけだ。とりあえず、千葉氏と話がしたい」

 モー・ショボーが千葉家の当主が乗る車のナンバーを控えてきたので、そこから住まいを割り出せるはずと、ライドウは探偵らしい考えを口にするのだが、ゴウトは静かに首を振った。

「……錠平よ。この件が国家にかかわる事態だとすれば、もう内輪の話では済ませられない」

 国体保持を目的とする組織であるヤタガラスへの報告が必要だと、そうゴウトがライドウに説いたところで『それには及びません』と、厳かな声が響く。

 振り向くとそこには、ヤタガラスの使者がいた。

「……そちらから出向くとは、珍しいこともあるものよ」

「急を要する事態でしたので」

「急を?」

「ええ。……十四代目葛葉ライドウ」

 顔を覆面で隠した女性の口元が動き、ライドウは姿勢を正して『はい』と答える。

「貴方に指令を下します。アカラナ回廊へと赴き、赤子である日輪の巫女の命を奪いなさい」

「……!」

「日輪の巫女。彼女が紡いだ運命の糸は、いずれ"この世界"に置いて訪れる事柄ではありますが、それは"今"ではありません。間違った歴史は正さなくてはならないのです」

 『雪の命を絶て』との、あまりに直接的な下命に、ライドウがいつまでも声を失ったままでいると──

「ヤタガラスの御名の許、貴方に帝都の命運を委ねます。我等の総意に応えると信じています。十四代目葛葉ライドウ」

 ヤタガラスの使者はそう言い置いて、煙が空に消えるが如く、その場から立ち去った。

「……い、今の綺麗な人……何者!? 何やら物騒なことを言っていた気がするけどでも……ライドウ君の周りは本当に不思議なことと、不思議な人がたくさんよね!」

 『うん、やっぱり興味深い!』と爽やかに言ってのけるタヱの笑顔が救いになり、ライドウはまだ自分を保っていられた。

(護らなければ。この人も、鳴海さんも、そして帝都に住まう全ての人々は勿論、雪さんのことも)

 日にちを指定し、帝都から離れろと言うからには、その日に何か良くないことが起こるのは、自明の理であろう。ライドウは決意を新たにして、アカラナ回廊へと向かった。

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