自身が所属する機関により、日輪の巫女である雪の抹殺命令が下されたライドウ。
それに応じる気はなく、あくまで彼女を救い出すため彼は時を渡っていく。
※かなりオリジナル色が強い作品です。そういうお話が苦手な方はご注意ください。一応、元ネタを知らなくても読めるように書いたつもりですが、不明な点が御座いましたらお気軽にお尋ね下さいませ(՞ . .՞)✨
アカラナ回廊へと続く道がある、異界・筑土町の丑込め返り橋に辿り着いた頃には日が変わっていた。
「……ライドウ、大丈夫か?」
「大丈夫とは?」
「……雪を、斬れるのかということだ」
「それなら問題ない。俺は帝都も雪さんも護る」
そうかつて、東京ステーションホテルでの戦闘があった際に吐いた台詞の"母様"の部分を"雪"に変えて、きっぱりと断言する。
そしてライドウは、アカラナ回廊に足を踏み入れた。
* * *
作戦というほどでもないが、要は千葉家の当主に赤子である雪を拾わせなければ良いのだと、そう考えて白い階段を登っていくライドウ。
程なく目的としている、二十五年前へと繋がる柱に辿り着いたが──そこに行く手を阻む者がいる。
「来ると思っていた。若きデビルサマナーよ」
そう発する声は雪のもので、妖しいまでの艶やかさ、肉感的な体つきは変わらないが、髪を総髪にし、黒いスーツを身に纏っている。そしてその手には細身の長い刀が握られていた。
「将門公……」
「左様。そして、貴様が何をしに来たのかは分かっている。──抜け」
柄に手をかけ、真っ直ぐにライドウを見据える将門公。軽く構えて立っているように見えるが、その実、隙がない。だが、例えあったとしてもライドウに彼を斬る気はなかった。中身が将門公であっても、身体は雪のものなのだから。
「……雪さん、起きて下さい。そして、どうか俺の話を聞いて下さい」
「雪を呼び覚まそうとしても無駄なことよ。この者は我が巫女、我が娘、我が女。貴様のものではないわ」
ライドウを睨めつけながら、じりじりと距離を詰める将門公。斬る気はなくても防戦するため、刀を手にする必要があるだろう。
「……くっ」
愛刀である赤口葛葉を鞘に収めたまま、構えるライドウ。その腑抜けた様を見て将門公が眦を上げる。
「我を相手に、抜かずに勝てると思っているのか。随分と舐められたものよ」
「そんなつもりはない。ただ雪さんを傷付けたくないだけだ」
「……愚かな。貴様にも成すべき道があるだろう。帝都の守護者、十四代目葛葉ライドウよ」
「俺は、帝都も雪さんも護る」
「ならば抜け。そして貴様の正義が我の修羅を上回ると言うのであれば、止めてみるがいい……!」
言うと同時に将門公は一歩前へと踏み込み、ライドウとの間合いに入った。そして一片の迷いもなく斬り掛かる。
「……ッ!」
後ろへ半歩飛ぶ。一瞬、ライドウの方が速かった。しかし続いて薙ぎ払われた刀身が、彼の胸を掠める。
生前、不安定とされる馬上で軽々と剣を振るい、多くの敵を討ち取ってきた将門公に取って、地上での戦闘は児戯に等しい。その上、今は鎧も兜も身に着けてはいないため、身軽なものだ。
「ッあ……!」
「錠平……!」
「今一度言おう、葛葉ライドウ。抜刀せよ」
「……何故。あなたは帝都を見守ると、前にそう言っていた」
数ヵ月前、帝都に異常現象が相次ぎ、それにより発生した森羅万象の負の力が将門公の怨念に吸い寄せられてしまい、彼は自身を御せずに暴走してしまった。
その際に、彼の現身である相馬という男がライドウの前に現れ、将門公の荒御霊を鎮めるよう依頼してきたのだ。
そして事を成した後、将門公は『今後はまた変わらず、この帝都を見守っていくつもりだ』と言った。
なのに何故、雪を依り代として復活し、帝都破壊を目論むのかと不思議でならない。
ライドウは素直に、その思いを彼にぶつけた。
「納得がいかない」
「……貴様に使命があるように、今ここに立っているのは我一人の意思ではない。我が一族の総意と知れ……!」
言うが早いか振り下ろされた剣は、ライドウの肩を斬り裂き、辺りに鮮血を散らした。
「い゛……ッ!」
「錠平! もう良い、抜け! 抜いて戦うのだ……!!」
刀を鞘に納めたままでいるライドウは、どう考えても不利な状況にあり、彼の身を案じたゴウトが声を荒げる。だがライドウは頑なに防戦一方を貫いており、刀傷が幾つも増えていく。
とは言え公も、相手が抜刀しないため、『丸腰の相手を斬るは武人の恥』との思いで加減しているのだろう。斬るだけで突いてはいかない。しかし、それでも全身切り刻まれればやがて失血死は免れぬというもので、ライドウは強い眩暈に襲われ、がくりとその場に膝をついた。
「…………っ」
「……戦う気がないと言うなら仕方ない。己の甘さを悔いて死ね」
『埒が明かぬ』と将門公は、険しく眉を寄せながら、切っ先をライドウの首筋へと突きつけた。
(っ……、雪さん……)
「錠平ッッ!!」
ゴウトの悲痛な声を聞きながら、目を閉じ最後の刻を待つ。だが、いつまで経ってもその瞬間は訪れず、ライドウは目蓋を開いた。
「……?」
開き、その両の眼でしっかりと事の次第を目にしているにもかかわらず、ライドウは何が起こっているのか理解できはしなかった。
──ぽたり、ぽた。生温かな、赤い雫が、ライドウの頬を濡らす。
「……、様……」
目の前に、雪の笑顔がある。彼女が戻ってきたのだと、嬉しくなり、ライドウは彼女に手を伸ばした。だが、彼女の身体は崩れて落ちた。
「雪さん……!」
慌てて彼女に駆け寄り、抱き起したところでようやくライドウは事態を飲み込む。雪が自身の首筋に刃を当て、そして滑らせたのだ。
「雪、さん……」
パックリと開いた傷口から、止め処なく濃い血液が溢れ出す。彼女を支えるライドウの手も、アカラナ回廊の白き床も、真っ赤な色に染まっている。
(すごい量だ……)
大事な人の生命が危いと、顔面蒼白となるライドウ。その腕の中で雪……いや、将門公が口を開く。
「ッ、あと一歩のところで……何たる無念……。桔梗も……雪も……何故、女というのは、いつもこう……」
雪が完全な依り代と成り得なかったのは、"穢れ"によるものだ。それがなければ彼女は完璧な器となっていたことだろう。だが公は、恨み言を言いつつも、どこか晴れやかな顔でいる。自分もまた、やはり帝都の守護者でいたかったのだと、ライドウはそう思った。
(良かった……。だが、今はとにかく雪さんだ。彼女を助けないと……)
自分も出血量が多いため、足元が覚束ないが、『そんなこと構っていられない』と、雪を連れて外に出ようとするライドウ。
しかし一滴一滴落ちる血は、着実に彼女の命を奪っていき、彼の腕の中で冷たくなっていく。
「雪さん……、雪さん……!」
名を呼び、揺さぶると、雪は薄っすらと目蓋を開き、その瞳にライドウの姿を捉えた。そしてもう感覚のない手で彼の頬にそっと触れて──
「幸せ、でした」
その言葉と、花が咲くような笑顔を残し、命を散らせた。
「でした、なんて……そんな過去形、嫌ですよ……。雪さん、ねぇ、雪さん……起きて下さい。雪さん……」
先程のように揺すってみるが、今度は雪の反応が一切なく、そのため強く揺り動かしていると、『やめてやれ』との声が掛かった。
「……ゴウト」
「ゆっくり寝かせてやるといい」
「だが、このままでは死んでしまう」
「……!」
ライドウは雪の死を受け入れていないのだと知り、ゴウトは彼をとても不憫に思ったが、それでも言わなければならなかった。『赤子である雪を抹殺せよ』と。
「……錠平、うぬは行かねばならない。二十五年前の、雪の許へと」
『二十五年前』という言葉を聞き、ライドウは自身の当初の目的を思い出す。
(……そうだ。時を遡り、雪さんと千葉氏の出会いを防げばきっと、彼女はこんな目に遭わなくて済む)
未だ温もりを残す雪の身体をそっと横たえて、ライドウは過去へと飛んだ。
* * *
空間移動した先は、将門公の首塚。千葉家の当主が来るより早い時間に飛んだ。しかし赤子の姿は見えない。
「……っ」
血を流しすぎたせいで眩暈が酷く、足が重い。『だが麻痺しているわけではないのだから動ける』と自分を鼓舞して、ライドウは彼女を探した。
そう広い場所ではないため、幸いすぐに雪の姿は見付かった。彼女は籠の中に納められ、その籠はまるで人の目から隠すように墓の裏に置かれていた。
きっと彼女をここに捨て置いた者は、彼女に生き延びて欲しくはなかったのだろう。
そして彼女を見るに、その願いは叶いつつある。雪降るこの寒空で乳もなく、赤子が長く生きられるはずもなく、彼女は今にも息絶えようとしていた。
(……これなら彼女を、人目に触れぬ場所に移しさえすれば事は済むだろう)
雪に想いを寄せる相棒に、手を汚させずに済むとゴウトは安堵したが、ライドウは『千葉氏でない誰かに託す』と彼女を抱き上げようとした。
「ま……待て、錠平! 彼女を誰にも渡してはならぬ!」
「何故? このままだと雪さんは死んでしまう」
あくまで雪を救う気でいるライドウに、やはり誤魔化しはきかないだろうと、ゴウトは言葉を飾ることを諦めた。
「……雪はここで、死なねばならぬ。僅かでも帝都壊滅の可能性を残してはならないのだ」
「彼女を育てるのが、千葉氏でなければ大丈夫だ」
「……錠平。運命と宿命とは違う。それは分かるな? そしてもし、これが宿命であったとしたら、どのような道を辿ったとしても、必ず彼女は千葉家の者となる。そう決まっているとすればどうか?」
「そんなのは、ただの可能性だ」
「左様。可能性だ。その可能性を断ち切れと、我はそう言っているのだ」
「……馬鹿げたことを」
「錠平! うぬは帝都の守護を任された者ぞ! その使命、忘れたか!」
「嫌だ」
「錠平!」
「嫌だ……!」
最後はとうとう、ライドウも声を荒げた。ゴウトの言い分は分かる。だが、相手が雪でなくとも、どうして罪もない赤子を屠ることが出来よう。しかしゴウトにも、譲れぬものがある。
「錠平! うぬの判断で何千、何万の帝都の民が命を落とすやもしれぬのだぞ!? 将門公の件は、先ほど雪が解決してくれた。だが彼女の予言を忘れるな。彼女の託宣は、"もう下されている"のだぞ……!」
「ならその前に戻ればいい」
「いくら過去を変えたところで、これが宿命であればいずれ帝都壊滅へと辿り着く。故に元凶を絶つ他ないと、そう言っておる! いい加減、聞き分けよ!」
「……ゴウト、雪さんのこと……元凶だなんて本気でそう思っているのか?」
「……ッ」
ゴウトの雪に対する思いは──憐れな娘、だ。誓って言うが、彼女の死など露ほども望んでいない。だがそれでも、葛葉ライドウ初代である自分は、十四代目である錠平以上に帝都の安寧を重んじている。嫌な言い方をすれば、一人の命を犠牲にしても、他の多くの命を救いたいのだ。
(……許してくれとは言わぬ。恨んでくれていい)
ゴウトはライドウの代わりに、この任務を遂行してくれるであろう並行世界の雷堂を呼びに行こうとした。だがそこでふと、横切る影がある。
「ん……?」
顔を上げると、そこにはライドウに似た少年がいて、彼は雪が納まる籠を抱き上げた。
(この少年は、いったい……)
「……君は?」
目を瞬くゴウトとライドウに、少年は会釈した。そして──
「業斗童子。そして父様。母様は僕が連れて行きます」
その声が二人の耳に届くと同時に世界は暗転し、眼球を墨で塗り潰されたかのような真の闇に包み込まれた。
* * *
気が付くとライドウは、現世の丑込め返り橋に立っていた。
「どうした? 錠平」
「どうしたとは?」
ゴウトに問われて尋ね返すライドウの頬に、何やら伝うものがある。
「……何を泣いているのだ」
「……分からない」
「分からない?」
「雪を見ていると、何だか胸が苦しくて……」
(大切な何かを……忘れているような気がする……)
* * *
──消えゆく世界に取り残された二人は、もう遥か遠く
──悠久の彼方へ
──想いは彼等に届かない
──まだ祈っているし、願っているけれど……