猫探しを依頼した女性が『まだ見付からないの』と泣いて事務所を訪ねて来た。
鳴海からその猫は、『女性に取って家族も同然』と聞かされた雪は、急ぎ外へと探しに出る。
そして猫を見付けたはいいが、彼女は冬の冷たい川に飛び込んでしまった。
無茶をする雪を心配し、眉を寄せるライドウ。
思えば彼女は、ゴウトに付けられた爪痕に対しても無関心であったなと、雪のことが気になっていく。
※かなりオリジナル色が強い作品です。そういうお話が苦手な方はご注意ください。一応、元ネタを知らなくても読めるように書いたつもりですが、不明な点が御座いましたらお気軽にお尋ね下さいませ(՞ . .՞)✨
日が変わり──
「昨日は何も話さず終わってしまったではないか」
と、真顔になるゴウト。
「ゴウトがメザシに釣られたから……」
「ええい、我のせいにするでないわ! うぬも嬉々として大学芋を頬張っていたではないか!」
「…………」
「……とにかく今日こそ、ジャックフロストのことを尋ねるのだぞ? 良いな?」
「分かった」
頷き、ゴウトを連れて一階の事務所へと降りるライドウ。勤勉なもので早くも雪は通勤してきており、鳴海に珈琲を淹れていた。
「おはようございます、ライドウ様。ライドウ様も珈琲、いかがですか? 淹れ方を鳴海様に教わりましたのよ」
昨日『何でもしてみたい』と言っていたが、それがまた一つ叶って嬉しいのか、雪は上機嫌なようであった。特に断る理由もないため、ライドウが『いただきます』と答えようとしたところで──バンッ!!
盛大な音を立てて扉が開き、豆腐屋の女将が入ってきた。
「ねぇ、鳴海さん! リリーちゃんはまだ見付からないのかい!? もう一週間になるよっ……。ごはんだって、まともに食べてないかもしれない……」
顔を覆って泣き出した女将を見て、女の涙に弱い鳴海は慌てて『大丈夫ですよ!』と彼女の肩に優しく手を置いた。
「うちのライドウが、必ずリリーちゃんを見付けだしてくれますから。ね? どうか泣かないで」
「……リリーちゃん?」
「ええ、女将さんに取って家族同然の猫でしてね」
不思議そうに小首を傾げた雪に、事情を説明する鳴海。それを聞いた彼女は──
「家族……」
神妙な顔でぽつりと呟き、踵を返して事務所を後にした。ライドウとゴウトも、慌てて付いて行く。
* * *
冬の葉が落ちる街の通りを、並んで歩く三人。気が急くのか、雪の足取りは少し速い。
「ライドウ様、リリーちゃんの特徴などお聞かせ願えますか?」
「白いふわふわとした毛並みの猫で、赤いリボンのついた首輪をしています」
「成程……それは目立ちそうですね。聞き込みをすれば、すぐに見付かりそうなものですが……」
それはライドウもそうだと思った。しかし一週間経っているのだ。毛並みが雨風で汚れていて、一見して気付かない可能性がある。ともあれ先日、ゴウトが彼との距離を詰めた。故にその場所へと、足を向けてみることにした。
* * *
「あら、ここは……」
牛込め返り橋に差し掛かり、雪が目を瞬いた。
「……この間ゴウトが、あなたに怪我をさせた場所ですね」
『すみません』と改めて謝罪するライドウに、雪は笑って『気になさらないで』と前と同じ言葉を吐いた。
「それより、リリーちゃんを探しましょうか」
言うなり雪は唐突に、近くにいたネコマタに声を掛けた。
「ねぇ、あなた。この辺で白い毛並みの猫ちゃんを見なかった? 赤いリボンの首輪を着けている子なのだけど」
「おや、人間に話し掛けられるとは……珍しいこともありんすなぁ」
「いけなかったかしら」
「いいえ、姐さん。……赤いリボンの首輪の、白猫ちゃんをお探しで?」
「ええ」
「それならさっき、あちらでお見掛けしたような?」
ネコマタが指さしたのは桟橋付近で、雪は彼女に礼を述べた後そちらに向かった。
「……ゴウト」
「うむ」
二人が会話していたことに、ライドウとゴウトは驚きを隠せなかったが、『今は猫の捜索に専念すべき』と、彼女の後を追った。
* * *
(……リリーちゃん!)
ネコマタの情報提供は正しかったようであり、幸いすぐに探し猫を見付けることが出来た。
「ライドウ様、ゴウトちゃん……! いましたわ……!」
目的の達成を目の前にして昂奮気味な雪ではあるが、リリーちゃんが驚いて逃げぬよう、小声で話している。
「…………」
頷き、彼女の意識が集中するほうへとライドウが目を遣ると、確かにそこにはリリーちゃんがいたが、彼はクルリと背を向けて、歩き出していた。
「……っ!」
『逃げられる……!』と気が焦り、白猫に飛び掛かる雪。しかし彼は機敏な動きでそれを避け──たまでは良いが、勢い余って川へと落ちてしまった。
「ニャッ!? ニャアアアッ……!」
「ああ……ッ!?」
リリーちゃんを追って身を翻し、川に飛び込む雪。
「雪さん!?」
「雪!?」
ライドウとゴウトの二人が何やら叫んでいるが、冬の川の水は氷るように冷たい。故に『早くリリーちゃんを引き上げねば』と、彼等に構ってはいられない。
「リリーちゃん……!」
叫ぶと共にしっかりと、濡れ鼠ならぬ濡れ猫を抱き上げる雪。パニックになった彼に引っ掛かれるが、それでも強く抱いて離しはしない。
「よしよし、大丈夫よ。すぐにお母様のところに連れて行ってあげますからね」
そう宥めるように声を掛けながら階段へと移動し、ライドウとゴウトの元に戻る雪。
雪の突飛な行動に驚いた二人だが、彼女の寒さに震える姿を見て、探偵事務所に急いだ。
* * *
「リ、リリーちゃん……? リリーちゃん……!!」
事務所にはまだ女将がいて、雪が抱く自身の家族の姿を見て、彼女は『わんわん』と泣き声をあげた。
「あぁ……あぁ……、お嬢さんが見付けてくれたんだねぇ……。こんなにずぶ濡れになって……ありがとう。ありがとう……!」
「いいえ。大事なご家族を見付けることが出来て、何よりですわ」
雪は女将にリリーちゃんを手渡し、目を細めた。そして礼が尽きない様子の彼女と白猫とを見送ったあと、ホッと安堵の息を吐く。
「……見付かって本当に良かった」
「良くないです」
『これにて一件落着』と言った風情の雪に、ライドウは首を振った。
「そのままでは風邪を引きます」
彼女の手を取り、自室へと連れて行く。
* * *
「あ……あの、何やら気分を害してしまったみたいで……ごめんなさい」
怒気を孕んだ様子のライドウに、謝罪する雪。しかし彼はそれに答えることなく、湯を張った桶と手拭い。そして寝巻として使っている、自身の浴衣を彼女に渡した。
「男物ですみませんが、取り急ぎと言うことで。着替えてください」
そう言い置いて、部屋を後にする。
(わたくしが川に、入ってしまったから……)
彼の意を察して着物を脱ぎ、湯で泥を落とした後、雪はライドウの寝巻に袖を通した。瞬間、青く爽やかな香りがふわりと辺りに漂った。
(ああ……これは……)
きゅっと袖を掴み、鼻先を軽く触れさせて息を吸い込む。
「……ライドウ様の、匂い……」
嗅いでいると落ち着くような、胸の小鳥が騒めくような。相反する想いが雪の中でせめぎ合う。
(……わたくし、どうしてこんな気持ちに……? もう一度あの方に会って話してみたいと……そうずっと思っていたから……?)
戸惑いに眉を寄せる雪だが、部屋にノックの音が響くと共に、心が平静に戻る。
「着替えは済みましたか?」
「ええ」
「では、失礼しても?」
「どうぞ」
そう雪が返すと扉が開き、ライドウは入るなり彼女の腕を掴んだ。
「っ、ライドウ様?」
「……また傷が」
「え?」
見ると、確かに腕に朱色の線が幾つも走っていた。先程、リリーちゃんが暴れた際に付いた傷だ。
「ああ……でも見た目ほど痛くはありませんのよ。それにこれは、自分がしたことにより生じた傷ですから。問題ありません」
そこまで言われては返す言葉もなく、ライドウはその話を終わらせ、雪への疑惑について問い質すことにした。
「ところで雪さん」
「はい」
「あなたは昨日、ジャックフロストに菓子をくれましたね? そして先程は、ネコマタと話していた。あなたは視える人ですか?」
「はい。ですが、デビルサマナーでもダークサマナーでもありません」
「……その言葉をどこで?」
「悪魔から。彼等は昔からわたくしの、お友達ですの」
そう言って笑う雪はどこか寂しそうで、ライドウが言葉に窮していると、ゴウトが『友達とは?』と尋ねかけた。しかし雪に反応はない。
「……ふむ。どうやら彼女に、我の声は届いていないようだな。勿論、聞こえぬ振りをしているという可能性はあるが……とは言え現段階でこれ以上、疑えるだけの材料がない。ない……が、彼女の言葉が真実であるという確証もない。故に注意を怠るなとしか言えぬな……今は」
雪はライドウの指摘を全て認めはしたが結局、何も分かりはしなかった。
* * *
夕刻になり、濡れた着物が乾くと雪は帰って行った。ライドウが『送る』と申し出たが、『お忙しいでしょうから』と丁寧に断られた。
「…………」
自室に戻り、綺麗に折り畳まれた寝巻を目にする。先ほど彼女に貸していたものだ。雪は『洗って返す』と言っていたが、汚れたわけでもないしとライドウは遠慮した。
(何だかいつも、気を遣わせてしまう……)
などと思いながら何気なく寝巻を手に取ると、沙棗花の甘く神秘的な香りに身を包まれた。
(これは、彼女の……)
……馨しく、くらりと眩暈のくる匂い。そんな、彼女そのものと言うような香りに鼻腔を擽られ、ライドウは何やら胸に疼くものを感じて──
「雪さん」
そうポツリと呟いた。すると後ろから『はい』と、応じる声がする。
「……!」
「はい、ライドウ様。……はい」
ライドウの黒耀の瞳を、ジッと見詰める雪。ライドウもまた、彼女の瑠璃色を帯びた瞳を見返したが、呼ぶともなしに呼んだ声が届いてしまい、気まずさに顔を背ける。
「っ……」
「……扉が開いていたもので、ごめんなさい。帯留を忘れて、取りに来ましたの。……入っても、よろしいかしら?」
「……ええ、どうぞ」
相手を見ぬまま、答えるライドウ。雪はもう一度『ごめんなさい』と謝罪した後、ベッドの上に転がる雪華の帯留を手に取り、退室した。しかし、彼女が去っても居心地の悪さは消えず、ライドウは顔を覆い、深々と息を吐いた。