『元恋人に脅迫を受けているため、婚約者の振りをして、彼を撃退して欲しい』との依頼が入り、その役を担うライドウ。
刀を手にした男が、ライドウに切り掛かっていくのだが、間に雪が割って入る。
幸いライドウが、その場を上手く収めはしたが──ゴウトが付けた深い爪痕。
冷たい川に、迷いなく飛び込んでいく様。
そして今日は、刃物を持つ相手の前に立ち塞がり、と。
ここまでくると、さすがに彼女は自分の命などいらないと思っているのだということに気が付き、ライドウは『もう事務所に来ないで欲しい』と冷たく雪を突っ撥ねた。
悔恨の念に駆られながら、雪が宿泊先であるホテルに戻ると、そこには彼女が『当主様』と呼ぶ老人がいた。
彼は日輪の巫女である雪に、『巫女気が薄れるような行いは許さんぞ』と言い置いて、その場を後にした。
※かなりオリジナル色が強い作品です。そういうお話が苦手な方はご注意ください。一応、元ネタを知らなくても読めるように書いたつもりですが、不明な点が御座いましたらお気軽にお尋ね下さいませ(՞ . .՞)✨
一夜明けて──
「おはようございます。鳴海様、ライドウ様、ゴウトちゃん」
何事もなかったかのように、元気よく事務所に顔を出す雪。昨日教わったばかりの珈琲を淹れ、『どうぞ』と微笑む。
「いやぁ~、雪さんは物覚えがいいですねぇ。珈琲、とても美味しいですよ。な? ライドウ」
鳴海に問われて頷くライドウ。葛葉の里で修行に明け暮れていた頃は、飲み食い出来れば何でも良く、故に味の良し悪しなどよく分かりはしなかったが、最近は色んな店に連れて行ってくれる鳴海のおかげで、少し分かるようになってきたた。
「ところで今日の仕事だけどライドウ、とある女性の護衛を頼みたい」
「護衛?」
「ああ、まぁ"普通の依頼"なんだけど……聞いた感じ、ちょっと放っておけない内容だったものでね」
"普通の依頼"とは、デビルサマナー向けの仕事ではないという意味だ。ともあれ何やら事情があるそうなので、ライドウは続けて話を聞くことにした。
「桜爛女学院の学生さんが婚約されたそうなんだけど、昔の恋人に『結婚したら殺す』と脅されているらしくてね。禍根を断って欲しいとのことだ」
「警察には……」
「分かるだろう? 良家のご息女の婚約だし、事件を公にはしたくないんだよ。他の探偵事務所を当たるよう言っても良かったんだけど……娘さん、小さい時から知ってる子でね。その子に泣かれちゃうと、やっぱりさ」
「…………」
「つまり、親のほうは世間体を考えてのこと。でも娘さんは元恋人を想って大事にしたくないらしい」
そこまで聞いてライドウは『成程』と返した。鳴海とはそこそこ長い付き合い。故に、何だかんだで情に弱い彼の性格を、さすがにもうよく分かっているからだ。
「で、俺はどうすれば?」
「昔の恋人を呼び出し、娘さんと婚約者の三人で話をしようということになってるからライドウ、お前には彼女の婚約者を装って貰いたい」
「場所は?」
「人気を避けるため、伊坂屋の奥で待ち合わせしてるから、上手いこと袋小路に誘い込んでくれ」
「分かりました」
そこまで黙って聞いていた雪だが――
「あのっ、わたくしが男装して婚約者に成りすますというのはいかがでしょうか」
不意にそんな、突拍子もない事を言い出した。。
「……いや、何でもやってみたいというその意欲は買いますが、この仕事は危険です。今回はライドウに頼みましょう。ね?」
「……ええ、そうですね」
そう言いはするが、意気消沈した様子の雪を見て鳴海は申し訳ない気持ちになり、彼女にも仕事を与えることにした。
「雪さんは良ければ、おつかいをお願い出来ませんか? 金王屋で珈琲豆と、富士子パーラーでケーキを買ってきて貰えればと」
「分かりました。では、行って参りますね」
「お願いします。あ、ライドウ。お前もそろそろ行って貰っていい? 大丈夫?」
その問いにライドウは頷きを返し、雪と共に外に出た。
* * *
金王屋の前で雪と別れた後、目的地へと向かうライドウ。伊坂屋と平和会館の間に位置するしだれ柳の下に立つ女学生が、小さく頭を下げてきた。
「鳴海探偵事務所の方でしょうか?」
「はい」
「ああ……来て下さってありがとうございます。もうすぐ彼が来るかと……」
言われて女学生と共に暫し待つと、若い男が近付いてきた。そして男は一気にライドウとの距離を詰め、ギョロリと目を剥き、彼を睨んだ。
「……こいつが婚約者か」
「っ、ええ……そうよ……。どうかもう、私のことは諦めて下さい……」
「嫌だ! 僕と一緒に逃げてくれ! 君を愛しているんだ!!」
「ッ……!!」
男に言い募られ、女学生は嗚咽を漏らした。彼女もまた、男に対して未練があるのかもしれない。だが涙を拭いた後、きっぱりと相手の申し出を断った。
「……ごめんなさい。私はこの方と……一緒になります」
「そんなっ、どうして……!?」
「結婚は……お互いだけでするものではないと、そう思うからです。お互いの家のことも、大事だと……」
似たような話をライドウは、蟲を使役して暗殺を行う槻賀多家の者から聞いたことがある。彼女もまたそう言って、『一族のために』と嫁いでいった。その時のことを少し、懐かしく思い出していると──
「こいつさえ……こいつさえいなければッ!!」
逆上した男が小太刀を手に、切り掛かってきた。瞬間──
「やめてッ……!!」
叫び声が響くと共に、男が突き飛ばされた。
「ッ!?」
声に驚き、目を見開くと、雪が男に馬乗りになり、腕を押さえ付けていた。
「お二人共、逃げて下さい……!!」
「は、離せ! 離せぇぇぇッ!!」
男は不自由ながらも手を振り回しており、刀の切っ先が雪の胸元を掠めている。
「雪さん!!」
「雪……!」
慌ててライドウとゴウトが男に飛び掛かり、彼の手を捻り上げて小太刀を落とさせた。
「ッあ……!」
痛みに男が呻くが、離すわけにはいかない。ライドウは空いた手で彼の背に銃口を押し当て──
「……彼女に近付くな。次は容赦しない」
そう低い声で脅し、掴んでいた腕を離した。
「くッ! そんな脅しに乗ると思うか!?」
──バンッ! 男の声を遮るように、彼の足元に銃弾を一発撃ち込む。
「……ひッ!」
地面に穴が開き、さすがに人としての生存本能が物を言ったのか、倒けつ転びつしながら男は、ようやくその場から去って行った。
「っ、ぁ……」
目の前での銃撃戦に怯える女学生にライドウは、『もう大丈夫です』と声を掛け、それから雪の手を引き歩き出した。
* * *
「ラ、ライドウ様……! あの、わたくし余計なことをしてしまって……本当にごめんなさい……!」
黙したまま歩き続けるライドウに、謝罪する雪。実は先程からずっと謝っているのだが、彼は歩を止めてはくれない。
「ライドウ様、もう邪魔立ていたしませんから……どうか許してください……」
「錠平! 彼女も悪気があったわけではないだろう。……もう許してやれ」
そんなゴウトの後押しがあったせいか、雪の声が涙まじりになってきたせいかは分からないが、ようやくライドウは足を止めて口を開いた。
「違う」
「……え?」
「俺が怒っているのは、あなたが自分の命などいらないと、そう思っているからだ……!」
「っ、そんなことは……」
「ないとは言わせない」
強い口調で否定され、雪は顔を俯かせた。そんな彼女にライドウは──
「……もう事務所には来ないで欲しい」
言って背を向け、その場を後にした。
* * *
「……錠平、言い過ぎたと、後悔しているのではないか?」
ゆっくりとした足取りで歩きながら、ゴウトが言う。
「…………」
「……うぬが感情的になるとは、珍しいこともあるものだ」
優しい響きを持つ声に、ライドウは素直な思いを口にした。
「彼女は……頬に傷を受けた時も、腕に負った時も……そんなことはどうでもいいと言うかように、無頓着で……」
「うむ……」
「そしてさっきは……下手をすれば死んでいた。だから……」
「……そうだな。うぬの判断は正しい。だが……これでもう最後。二度と会えぬはツラいと、そう思っているのだろう?」
その問いにはライドウは、『かもしれないし、違うかも』と曖昧に言葉を濁した。
* * *
雪がホテルの部屋に戻ると、白髪の男がソファーに腰掛けていた。
「……ご当主様!」
「雪よ、お主……どこに行っていた?」
「……食事を摂りに、出ておりました」
「嘘を吐くでない! 儂は朝からここで待っておったのだぞ!」
激昂し、老人は杖で雪を打った。その痛みに雪が小さく呻きを漏らす。
「ッ……」
「雪! お主、日輪の巫女などと呼ばれて浮かれておるのではないか!?」
「そのようなことは、決して……!」
「我が一族への恩、そして自身の使命、忘れたか!!」
「いいえ! ご当主様、いいえ……!!」
怒りに肩を震わせる老人の言葉に、雪は激しく首を振った。
「……ふん、まぁ良い。どうせ来週までの命だ。それまでは好きにさせてやる。だが、巫女気が薄れるような行いは許さんぞ。分かったな?」
「はい、肝に銘じます……」
雪は目を伏せ、頷いた。