一夜明け、雪はライドウが借りたという部屋に連れて行かれて、そこに残される。
彼の真意を量り兼ねるし、身体も痛むが、日輪の巫女である彼女に取って、目下の懸念事項は自身の巫女気だ。
それが薄れていては、自分を拾い、育ててくれた当主に申し訳が立たないとの思いで、まだ悪魔が視えるかどうか確認するため外に出る。
程なくすると妖精に出会い、『霊力は保てている』と安堵する雪。
その夜、訪ねてきたライドウに迫られ、雪は強く拒むことが出来ずに、彼を受け入れてしまう。
※かなりオリジナル色が強い作品です。そういうお話が苦手な方はご注意ください。一応、元ネタを知らなくても読めるように書いたつもりですが、不明な点が御座いましたらお気軽にお尋ね下さいませ(՞ . .՞)✨
閉じた目に朝日が眩しく、雪が小さく呻きを漏らす。
「……ぅ」
ボンヤリと白く、霞む視界。しばらく待つと眠気が去り行き、それに伴い辺りが明瞭に見えてくる。
(ここ……は……?)
旅館を思わせる部屋の造りに、首を傾げながら身を起こすと、腹部にずくりと疼くような痛みが走り、顔を顰める。
(っ、お腹が……痛いみたい……?)
腹部に手を当てた瞬間、雪は昨夜のことを思い出した。ライドウに果てても果てても気を遣らされ、やがて意識を失ったのだった。
「ッ、わたくし……ああ! 何てことを……!」
『巫女気はどうなったのか』と蒼くなっていると襖が開き、ライドウが部屋へと入ってきた。
「目が覚めましたか?」
「っ、は……はい、あの……っ……」
想いや言葉を交わし、納得の上で身体を重ねたわけではない。故に彼とは気まずいばかりで、雪が顔を背けていると──
「着替えて下さい。帰りましょう」
言われて自分が浴衣を着ていることに気付き、雪はライドウが着せてくれたのだと察して赤くなる。
「……っ」
「下で待っています」
再び襖が閉められ、雪は気恥ずかしさに震える指で着物を手に取り、身に纏おうとするのだが、足腰が立たず、上手く袖を通すことが出来なかった。
(何てこと……)
服を着る。ただそれだけのことが出来なくなるほど、足腰が弱っているのかと思うと自分が情けなくなり、雪は涙を滲ませたが、ライドウを待たせているため極力急いだ。そして下に降りて行くと──
「ライドウちゃん、あのねぇ……男と女のことにあまり口出ししたくはないけれど……女の人に乱暴しちゃ駄目よ? 優しくしてあげないと、ね?」
そう竜宮の女将がライドウに説教していた。
「あ……っ、あの……! いえ、わたくしが……色々と至らないばかりで……申し訳ございません……。お部屋も……その、汚してしまって……」
慌てて『私が悪い』と申し出るが、羞恥に唇が戦慄いてしまう。しかし懸命に自身を奮い立たせ、雪はいつもの自分を取り戻した。
「大変失礼かと存じますが、こちら受け取っていただけますでしょうか」
『お掃除代に』と金子を渡す雪。だが女将は笑って首を左右に振った。
「いいんですよ、お姐さん。そんなの鳴海さんにツケておけば。それより……大丈夫ですか? 足腰が立たないみたいですが」
「っ、ええ……大丈夫です」
女将の言葉で昨夜の激しさが脳裏に蘇り、再び頬を紅潮させる雪。そんな彼女の腰を支えるように抱いて、ライドウは表に出た。
「お世話になりました」
「本当に……あの、ご迷惑を」
「いえいえ、気にせずまたいらして下さいね」
挨拶を交わしながら、女将が呼んでくれた車に乗る二人。暫し待つとゴウトがやってきて、空いた席に腰を下ろした。
* * *
車内では誰もが無言で、時間だけが過ぎていき、何故か車は筑土町でなく深川町で停まった。
「あの……ここは……?」
タクシーを降り、雪が目を瞬く。ライドウはそれには答えず、『付いてきて下さい』と歩を進めた。
「…………」
何が何だか分からないまま、ライドウの後に続くと彼は長屋の一室へと入っていき──
「ここを借りました。良ければここにいて下さい」
それだけ言ってゴウトと共に去って行った。
「……え、ま……待って下さい! それはいったい、どういう意味ですか……!?」
訳が分からず、慌ててライドウを追おうとするが昨夜の余韻で足がもつれてしまう。
「あ……っ!」
ふらついただけで転ぶようなことはなかったが、顔を上げると既に二人の姿はなく、雪は途方に暮れた。
(ここはいったい……どこなのかしら。それに、ライドウ様はどうしてわたくしにここにいろと……?)
昨夜から、『どうして、どうして』と疑問ばかりだ。ともあれ今は、自分が只人になってしまったのか知ることが最優先事項で、雪は覚束ない足取りながらも外に出て、悪魔の姿を探した。
(誰……か、どうか……わたくしの、お友達……)
縋るような思いで町を彷徨い、川沿いまで来ると──
「ねぇ、あなたってばどうして泣いてるの?」
ふわりと羽をはためかせ、ピクシーが声を掛けてきた。しかしすぐに『なんてね』と。
「私の姿なんて視えるはずないか」
カラカラと、楽しげに笑った。
「視えて……いるわ……。ああっ、視えている……! 良かった……本当に、良かった……!」
視えるということは、巫女気は失われていないのだと安堵の息を吐き、雪はさめざめと泣き伏した。
「やだっ、どうしたの!? 視えてるみたいだけど……怖いの!? だとしたら、大丈夫よ? 私、意地悪したりしないから……!」
雪が蹲り、声を押し殺すようにして泣いてしまったのは自分のせいだと思ったピクシーがオロオロしていると、ハンチング帽を被った金髪の青年が、突如として姿を現した。そして何故かピクシーは姿勢を正し、緊張に身を硬くした。
「ご婦人。泣かなくていい。君の願いは……叶いはするだろう」
「……あなたは……」
青年を前にすると凍るような寒さに襲われ、ぞわりと肌が毛羽立ち、冷たい汗をかく雪。それが何故なのかと考える暇もなく、彼が話を続ける。
「君の力は、君や君の周りの者が思っているよりとても強く、故に穢れを受けたところで、只人となることは決してない」
「…………」
「君の願い通り、君は"彼の者"を、その身に降ろすことが出来るだろう。しかし、神の器たらんとするその願いは、昨夜のことが"切っ掛け"となり、僅かにカタチを変えてしまうかもしれない。だがそれこそが、君の"真の願い"であるのかもしれないね」
「わたくしの、真の願い……?」
「それは彼の、願いではないかもしれないが」
青年の言葉は妙に神懸かっていて、『これは真実である』と心に訴え掛けてくる。
「彼とはいったい、誰の事をおっしゃっているの……?」
その問いに青年が答えをくれることはなく、彼は背を向け、去って行った。
「っ、待って下さい……!」
雪が救いを求めるべく、彼へと手を伸ばすと──いくつかの言葉と、美しくも禍々しい天使の姿が脳裏に浮かんだ。
「コキュートス……、裏切り……? そして……」
そこまで呟いたところで──
「人の身で深淵を、覗くことなかれ」
短い声が聞こえると同時に、意識が墨で塗り潰されたかのような真の闇に囚われる。だがそれは一瞬のことで、雪はすぐに世界の色を取り戻した。
「……ッ、今のは……いったい……」
何が起こったのか。そして彼の正体も分からず、ピクシーに尋ねてみようとしたのだが、もうそこに妖精の姿はなかった。
(……何だか白昼夢を見てしまったみたい)
雪は狐につままれたような心地で、その場を後にした。
* * *
「鉄平。いい加減、話してもらうぞ。うぬはいったい彼女をどうするつもりでいるのだ」
「…………」
「わざわざ深川町で家を借りたのは、鳴海への配慮なのだろう。だが、借りてどうする? 彼女を囲い者にする気か?」
「…………」
「……うぬはまさか、我の"霊力継承のための繁殖"という言葉を鵜呑みにしておるのではないだろうな? あんなものは何の根拠もない、ただの戯言ぞ……!」
「…………」
「ええい! いつまで黙っておるのだ!!」
事務所に戻るなり懇々と説教を垂れるゴウトだが、ライドウは一言も発さずにいた。見兼ねた鳴海が二人の間に割って入る。
「ライドウ、ゴウトちゃんさ……ずいぶん鳴いてるけど、お腹空いてるんじゃないの? 今日は暇だし、休憩取ってきてくれていいよ?」
「……いえ、大丈夫です」
「そう? ま、鰹節ぐらいならうちにもあるけどさ」
「…………」
「なぁ、ライドウ」
「?」
「雪さんがいないとうち、ホント静かだよね。依頼も彼女がいなきゃ受ける必要もないし」
「…………」
「早く元気になって、明日には来てくれるといいよな」
「はい」
鳴海には、雪は体調不良で休むと話してある。実際、まともに歩けはしないほど痛手を受けていたので、少し保養が必要だろう。
だが、『夜までには元気になってもらいたい』とライドウは胸中で漏らした。