※この作品はR-18です。

名残の雪   作:天城 悠理

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■第七話 『苦痛』 <中編>

 街明かりが灯り始めた頃、ライドウは約束通り雪の許を訪ねた。

「あら……ライドウ様、お帰りなさい」

 嬉しげに笑み、迎えてくれた雪であるが、出掛けようとしていたみたいで手荷物を持っている。

「もう遅い時刻ですが、いったいどちらへ?」

「お風呂に行こうかと思いまして。ライドウ様もご一緒にいかがですか?」

 ここ深川町には大國湯という銭湯があり、そこはこの家を紹介してくれた、関東羽黒組の若頭である佐竹という男のお気に入りの場所で、彼の手下が多く出入りしている。

 しかし義理人情に厚い彼等が一般客である雪に絡むとは思えないので、ライドウは問題ないと判断し、彼女の誘いに乗じた。

「いいですね。行きましょうか」

 

            * * *

 

 雪と共に大國湯の暖簾をくぐったが、出てきたのはライドウの方が早く、彼は表で彼女を待っていた。そんな彼に関東羽黒組の三下が話し掛ける。

「ライドウのだんな、見ましたよ! ずいぶんと色っぽいイロ(情婦)をお連れでしたね! 年上の女は包容力があってたまらんでしょう?」

「可愛い人ですよ」

「へ……? 可愛い……?」

 上品で、蕩けるような色香を放つ雪は、誰がどう見ても『可愛いと言うより綺麗だろう』と、男はライドウの言葉に首を捻る。

 そうこうするうち、待ち人来たり。雪が出てきたのでライドウは『温まりましたか?』と彼女を出迎えた。

「はい……って、あら、ライドウ様! てっきり先にお戻りになられているかと……長湯してごめんなさいね? すっかり冷えてしまったでしょう……」

 慌てて雪は、ライドウの肩に、自分が着ていた羽織を掛けようとした。だがライドウはそれを断る。

「いけません、湯冷めします」

「家まですぐそこですし、大丈夫ですよ」

「油断は禁物です」

「ライドウ様こそ」

 などと押し問答が続き、相手が一歩も譲らないのでライドウは、『ならこうしましょう』と彼女の肩を抱いた。

「これなら互いに、暖かいでしょう?」

「っ、はい……」

 はにかんだ笑みを浮かべる雪を見て、男は『こりゃあ確かにそうだ』と頷いた。

「でもこう言っちゃあ失礼かもしれませんが、ライドウのだんなも可愛いですよ。笑ってるとこ、初めて見ました」

「! ……ありがとう」

 『可愛い』と言われて驚いたライドウだが、悪い気はしなかったので、礼を返して雪を連れて家へと帰った。

 

           * * *

 

 大國湯から戻るといそいそと、雪が夕飯の支度をしてくれた。

「さぁ、どうぞ、ライドウ様。召し上がって。ゴウトちゃんにも魚を取り分けてあげるわね」

 野菜や豆腐、魚介が煮える鍋の中から鱈を取り出し、小皿に入れて冷ます雪。それから解して、ゴウトに差し向けた。

「冬の鍋、いいですね」

「近くにお住いの奥様に教わりましたの。実はお料理するのはこれが初めてのことでして……それなら鍋が簡単だからと言われて」

「成程。初めての料理は楽しかったですか?」

「はい、とっても! 色んなことをしてみたいと思っていましたし、それにこうして三人でいると……何だか家族みたいで」

 幸せそうに笑みながら雪は、ゴウトの背を優しく撫でた。

「その三人の中だともしかして……我は子供ということだろうか。うぬ等よりずっと年上なのだが……」

 などと悪態を吐きつつも、悪い気はしていない。雪に二心なしと確証を得た訳ではないが、それでも彼女が悪人であるとはゴウトもまた思えないのだ。

(どうにかして彼女の素性を知ることが出来ると良いのだが……)

 彼女のことで分かっているのは名前、宿泊先、旅行の目的、独り身であると、それだけだ。しかもそれらいずれも、真実であるという裏付けはない。『にも拘わらず傍に置くとは、鳴海も錠平も警戒心が足りない』とゴウトは思う。思うが自分もまた、彼女を信じたい気持ちがあるのだ。

(全く……こんな気苦労、我ばかりか……)

 和やかに食事を進める二人を見て、ゴウトは溜息を吐いた。

 

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