私と葵君が付き合っていた時のことを少し話そう。
葵君はよくグラビア雑誌やエッチな動画を教室で友達の柚斗君と見ているような子だった。
付き合っていなかった頃は、公共の場でそういうの見るのはいい気がしないな~とは思っていたくらいで、それほど強い悪感情は抱かなかった。
だから付き合い始めてからの自分の心境の変化には驚いた。
葵君が私以外の女性の裸を見て興奮している事に、今まで感じた事のないような不快感を抱いたからだ。
私は恋愛において潔癖すぎるんだろう。
そもそも葵君が気になった切っ掛け自体が、漫画の登場人物のように人間離れした造形に惹かれたからだったし。
男の子はそういうのを見るものだというのは知っていたので、最初は我慢して見て見ぬふりをしていた。
それが爆発したのは私と葵君が初めての性行為を終えてからだ。
体を重ねる事で私と葵君の心の間にあった壁が消え、より深く葵君を愛するようになった。
するとどうだろう。
葵君に対しての独占欲も抑えられない程に育ってしまい、なんとか他の女へ向ける全ての感情を私の方へ向かせたいと思うようになった。
だから私は自分で撮った写真や動画を送ることにした。
葵君の要望を聞き、自分でも考え、出来るだけ私自身で葵君を満足させようとした。
葵君はそれを喜んでくれ、気を良くした私は一杯エッチして、会えない時は自分のエッチな写真を送る。
だけどある日、葵君がスマホのロックを解除した時に、消し忘れたらしいエッチな動画が表示されるのを私は見てしまった。
「私だけじゃ駄目なの?」
と葵君に伝えたら申し訳なさそうな顔でこう言った。
「セックスとオナニーは別腹っていうか……」
凄く嫌だった。
でもきっと男はそういう生き物で、これは仕方のない事なんだろう。
葵君の体は女の子だけど心は男なのだから。
「ごめんよ……許して……もう見ないから……」
うなだれながら謝る葵君に私はため息をつきながら、
「まあ……しょうがないか……いいよ見ても」
結局私は葵くんが私以外のエッチな物を見る事を許した。
葵君はお肉が好きだ。
今まで料理なんてしてこなかった私だが、葵君のために弁当を作り始め、葵君に渡すようになった。
たまに失敗してあまり美味しくない出来栄えでも葵君は美味しいと言って食べてくれる。
その葵君の優しさに私の胸はキュンとなり、同時にこの優しさに甘えていてはいけないと反省して料理の探求は怠らないようにした。
お母さんに料理を習い、インターネットで動画を見てどんどんレパートリーを増やしていく。
葵君が私の料理に喜んでくれることにハマってしまい、私のお小遣いのほとんどがお弁当の食材費に消えてしまう月もあった。
まあ衣食住は親が出してくれるし、生活に困るわけではなかったのでそれが苦になったことはないけども。
そういえば金欠といえばそれは葵君も同じだったな。
葵君はデートの時は頑なに私にお金を出させなかったので、お互いにお小遣いが底をついて一緒に嘆いたのはいい思い出だ。
私は自信がない。
そのせいか好きだと言われると少しの間は安心できるけど、ふとした拍子に葵君の気持ちが冷めてないだろうかと不安になってしまう。
私のような背が小さくて胸もない女が、本当に葵君の心を独占できてるんだろうかと。
我ながら面倒臭い女だったと思う。
でも数年の交際でそんな不安も徐々に消え、いつの間にか私は葵君の愛を疑うことはしなくなっていた。
幸せな日々が続いていた。
狂ったのは一つの疑問を持った時からだ。
ある日、私は葵君の伸びてきた角に頭をコツンと軽くぶつかったとき、葵君がサキュバスだという事を思い出した。
サキュバスは幼い頃は普通の食事のみで生きていけるが、ある程度成長すると男の精がなければ生きていけなくなる種族だ。
男の精液が必要になるのは個人差があるが、中学生から高校生くらいの年齢が多いらしい。
まさかもう私が知らないだけで誰かの精液を飲んでいるんだろうか?
年齢的に十分ありえる。
私の葵君が男のものを咥えている?
想像しただけで目の前が真っ赤になるくらい嫉妬した。
せっかく葵君が私を愛してくれる事に疑問を抱かなくなったのに、また私は葵君を疑うのか?
葵君に精液はどうしているのかを聞くまでは数か月かかった。
だけどこの迷いは良かったと思う。
その数ヶ月は私の頭は冷えさせる期間としては十分だったようで、葵君がもし誰かの精液を飲んでいても、生きるために仕方がない行為なんたから受け入れようと思えるようになっていたからだ。
相手は多分柚斗君かな?
一番仲がいいし。
彼ならいい人そうだし、まあいいかな?
そう許す気持ちができたからこそ、葵君に直接その事を聞くことができたんだと思う。
「そんなわけないじゃん! 気持ち悪いわ!」
「でも……葵君はサキュバスなんだよね? 体は大丈夫なの……?」
「あ~まあ俺は心が男だからかな? なんか律とのセックスで十分なんだよ」
「え……でもサキュバスはインキュバスとは違うから女からは……」
「詳しい事はわからん!」
葵君は私に嘘をついていた。
馬鹿な男の子らしい見栄とか、私に対する裏切りが後ろめたかったとかそういう理由なんだろう。
馬鹿な私は葵君の言葉を信じてしまった。
だから葵君が柚斗くんから精液を貰ってるとあとになって言ってくれた時、裏切られたと思ってしまった。
一度私は聞いたのに……嘘をついてずっと平気な顔して私と付き合っていた。
今思えば自分から言い出したってことは平気じゃなかったんだろうけど、裏切られたとショックを受けた私にはその事に思い当たる余裕がなかった。
葵君が嘘をついた。
人は誰だって嘘を付くものだ。
優しい嘘、悪い嘘、悪戯な嘘、大抵の嘘を私は許せたはずだ。
でもこの嘘だけは許せなかった。
私が葵君を愛しているということを、葵君は信じてくれなかったということだからだ。
心の弱い私が不安になりながらも信じ続け、やっと揺るがないと確信できた私の愛情。
この数年の月日で葵君にも私に対して同等のものが育まれていると信じていた。
そんなの私の勝手な妄想で、気持ちの押し付けでしかないんだろうけどね。
私が葵君に聞いた時は私の愛は変わらないと信じられなかったんだろうけど、彼の方から言ってきてくれた時は、このくらいでは私の愛情が揺るがないと確信してくれたんだろうな。
完全に揺るがない愛だと信じられるまでの時間が、少しだけ違っただけの話だ。
葵君と別れてから色々考えて、心に整理がついた。
『会って話がしたい』
だから会いたいという葵君のメッセージを受け入れることができたんだと思う。
インターホンが鳴り、玄関の扉を開けると、門の外で葵君が立っていた。
私の家は二階建ての一軒家で、インターホンが柵の外にある。
インターホンは玄関の方にもついていて、よく遊びに来ていた葵君はいつも柵の中まで入ってきて玄関の方のインターホンを鳴らしていた。
「なにか用?」
「……ごめん」
小さな声で謝りながら葵君が頭を下げた。
心に整理がついていて、葵君が謝ってくれているはずなのに心がざわつく。
なんでだろう。
「許してくれないと思うけどせめて謝りたくて……」
「うん……もう過ぎた事だしいいよ……」
少しの静寂が流れる。
私からそれ以上いう事は無いし、この話は終わりなんだろうか?
そう思って葵君に帰ることを促そうと口を開きかけた瞬間、葵君がもっと大きく頭を下げた。
「ごめんなさい!」
「……うん……」
鼻をすする音が聞こえる。どうやら泣いているようだ。
別に謝られなくても許していたし。
いいって言ってるのになにがしたいんだろうと思う。
「嘘ついて! ごめん! 俺の糞みたいなプライドで……嫌われたくなくて嘘ついて……」
「もういいよ……仕方ないって今ではわかってるから……」
泣きながら深々と頭を下げる葵君の姿に居心地の悪さを感じる。
もやもやする。
「もう謝らなくたって大丈夫だって……」
雪が降り始めた。
寒いしもう家に入りたい。
そう思った私は葵君を安心させるため、笑みを少し顔に張り付ける。
「これからは友達としてよろしくね」
「律……」
よろしく。
私はそう言うと葵君に背を向けて家の中に入った。
葵君が何か言いかけてた気がするけど、それを拒絶するように私は扉をしめた。
「はぁ……」
扉に持たれかかり、どっと疲れた体を支えた。
私はなんで最後まで聞いてあげなかったんだろう。
「なんで私なんかと付き合ってくれたんだろうな……」
自分が嫌になる。
なにが葵君をもう許しているだ。
許している人間がこんな態度はしない。
「もう帰っちゃったかな……」
帰ってほしくない気持ちまである。
本当に私は醜い。
「はぁ……」
自己嫌悪で泣きそうになる。
「俺を好きでいてくれてありがとう!!」
「……え……」
扉越しに葵君の叫ぶ声が聞こえてきた。
「俺のわがままにいつも付き合ってくれて凄い嬉しかった!」
「……うん」
「弁当いつも美味しかった!」
「……うん」
「俺は……律の事がすっげぇ好きだった!」
「…………うん」
一度失ってしまった私の好きという感情は戻らない。
でもなぜか私は声をあげて泣いていた。