僕達は20歳になった。
季節は一月。
慣れない革靴とスーツとネクタイに窮屈さを覚えながら集合場所に向かってコツコツと歩く。
風が冷たく寒いが、天気は僕たちを祝福するように快晴だ。
集合場所である文化会館に到着すると、そこにはスーツや袴を着た男達や、晴れ着姿に紅を引いた女性達が続々と集まっていた。
あちこちから「久しぶり」と再開を懐かしむ声や「似合わねー」という茶化しに笑う声が聞こえてくる。
僕はキョロキョロとあたりを見回し、待ち合わせをしていた人を探していると、綺麗でよく通る声の癖に粗雑な言葉が聞こえてきた。
「うるっせぇなあ! あやまってんだろ?!」
聞き覚えのある声に思わず笑いそうになりながら、声の方に歩みを進めると、思った通り、スーツを着た葵と赤を基調とした鮮やかな振り袖を着た日比野さんが式場の前で言い争っていた。
「葵君凄い顔で泣いて謝ってきたよね?」
「おい! そんなに泣いてない……って何回それ言うんだよ!」
「それは葵君の態度次第かな?」
日比野さんはどうやら昔別れた後の、葵との仲直りの時の様子を話しているようだ。
葵は語気は強いが少しバツの悪そうなので、どうやらこの喧嘩は日比野さんが優勢なようだ。
「二人共おはよう!」
「あ、おはよう柚斗君」
「おう柚斗」
僕はそんな二人に元気よく挨拶した。
二人がしていたのは喧嘩というよりじゃれ合いだったようで、気にする様子もなくこっちに向き直って挨拶してくれた。
「いやーそれにしても………」
日比野さんがマジマジと僕の事をつま先から舐めるように見てきた。
慣れない服装だし、何かおかしなところがあったのかな? と思いながら次の言葉を待つ。
すると日比野さんはウンウンと頷いてから言葉を続けた。
「柚斗君かっこよくなったねー」
「え……そう? ありがとう」
日比野さんは赤い紅を引いた唇でニコリと笑った。
日比野さんの背は僕の記憶の通り、相変わらず低いのに幼さが抜けた綺麗な微笑みだった。
女性に褒められた僕は少し照れくさくて、誤魔化すように頬を掻きながら自分が思った事も素直に口に出すことにした。
「そういう日比野さんも綺麗になったね」
「そう? 化粧してるからかな?」
「振袖も良く似合ってるよ」
「ありがとう。柚斗君もスーツ姿似合ってるよ」
そうやってお互いを褒め合っていると、日比野さんと言い争いをしていた筈の葵が割って入ってきた。
「俺は?」
「葵君は相変わらず可愛いね」
「俺もスーツなのに……」
ガクッと肩を落とす葵に、日比野さんはクスクスと笑った。
「じゃあそろそろ友達が待ってるから私行くね」
「へいへい……また連絡するわ」
「またね」
結局葵と日比野さんは連絡は取りあっているが別れたままだ。
葵の方はあわよくばよりを戻そうとしているみたいだが、日比野さんの様子を見る感じ中々険しい道のりになりそうだ。
さて、今日は成人式だ。
高校を卒業し、皆就職したり大学に行ったりでバラバラになっていた人達が集まる日。
周りを見ればうっすら小学生のときの知り合いの面影を感じる人や、ハッキリと同級生だと分かる人もいる。
たった2年か5年長くても8年程度の、これからの長い人生を考えれば、少しの時間しか離れていないにも関わらず懐かしさを感じる。
そんな懐かしさを覚えた僕は、まだ自分が20歳で大人になったという実感がイマイチしない若造のくせに、と自分に少し可笑しくなった。
まだ成人式まで時間があるため、残された僕と葵はいつものように少し雑談をしていると、一人の男が遠慮がちに話しかけてきた。
「お……おはよう……」
「あ、蓮!」
僕は久しぶりに直接会った友人にいつもよりほんの少しだけ大きな声で名前を呼んだ。
「あ……」
「その……久しぶり……」
そんな僕に対して遠慮がちに話しかけてきた男の姿を見て葵は固まった。
彼は僕も葵も良く知る人物だ。
小学校の頃、同じグループで毎日遊んでいたが、葵に振られて不登校になり、最後は転校してしまった
「えっと……元気か?」
蓮の姿を見て固まる葵に、蓮があたりさわりのない質問を投げかけた。
僕と蓮は不登校の後もゲームを通じて交流があったが、葵とは関りを持っていない。
あの日からもう10年以上経った。
もう僕たちにとってそれは遠い過去で、当時の記憶で覚えてる事のほうが少ないだろう。
だけど今この瞬間、僕の目には葵と蓮はその時の子供の姿に見えた。
「うん……めっちゃ元気!」
でもそれは一瞬の目の錯覚で、二人はスーツを着た姿をしていた。
「柚斗から話は聞いてるぞ。格ゲー上手いんだって?」
「まあほどほどにだけどね」
「お前のせいで俺は柚斗に全く勝てなくなったんだぞ」
最初はぎこちなく、ぽつりぽつりと話をつなげていく。
ぎこちないが、会話が続いていく。
お互いが会話を続けようと努力している証だ。
「……」
「……」
会話が途切れた。
ほんの少しの無言の時間のあと、二人ともが意を決したように大きく口を開くが、お互いが何かを言おうとしているのを察してまた口を閉ざしてしまう。
「先にどうぞ」
それを察した蓮が先に葵が何を言おうとしたのかを促した。
同級生なのに少し硬い言葉遣いになってしまう蓮に僕は思わず笑ってしまうが、二人はそんな僕に気付く様子はない。
葵が促されるまま口を開いた。
「そのーなんだ……あの時は酷い振り方してごめん」
あの時の謝罪だった。
葵の言葉を聞いて石渡はあっ……と小さな声を漏らした。
「いや! こちらこそ……学校行かなくなるとか当てつけみたいなことしちゃってごめん」
多分蓮も謝ろうとしていたんだろう。
あちゃーとバツの悪そうな顔で葵に謝りかえした。
「いやいや……もっといい断り方あったと思うし……」
「いやいや当然だって……お前の事なんもわかってなかった俺が悪い」
お互いがぺこぺこと謝りあう。
お互いが苦労した。
お互いが傷ついた。
でも今は相手が悪いとは思っていない。
蓮は学校に行けなくなったし、その事で葵は周りから孤立した。
起こったことは悪い事だ。
きっと当時は色々思う所があったはず。
でも彼らはただ正直だっただけで、悪い事をしたわけではないんだ。
それを今では理解できるんだろう。
「式が終わったら三人で遊びに行かないか?」
葵が提案する。
「いいぞ。ゲーセンとか?」
「いいね。実はゲーセンってあんまいったことないんだよ」
僕と蓮はそれに賛同した。
成人式のあとに遊ぶ約束をした蓮は、葵と連絡先を交換した後に、見つけた別の友人のところへと向かっていった。
成人式が始まり、偉い人達の挨拶が始まった。
偉い人の肩書きは、市長だったり議員だったりするらしいが、特に政治に興味がない僕達はその顔に見覚えがなく、興味を引くような話でもないためヒソヒソと葵と雑談をする。
「なあ金貸してくれ」
「何に使うの?」
「俺今バイクの免許取ろうとしてるじゃん?」
「うん」
「でもバイクがないんだよ」
「うん」
葵は居酒屋でバイトしており、バイクに乗るためにお金を貯めてるのはずっと聞いていた。
「そんで今の貯金じゃ欲しいバイクにはちょっと足りないんだよ」
「うん」
「だから頼む金貸してくれ」
葵が静かに手を合わせて頭を下げてきた。
天使の輪ができた頭とつむじを眺めながら僕は無感情のまま答える。
「いくら?」
「5万」
「絶対やだ」
5万は大金だ。出せないことはない額だが、はいそうですかと言えるような金額じゃない。
生活に困っていてとかなら貸すのに躊躇はしないが、今回はただの趣味のための物だ。
葵は義理堅い性格なので絶対に返してくれるだろうが、甘やかすつもりはない。
「頼むよー」
「それくらいなら来月には貯まるでしょうが」
「免許取ったらすぐ乗りたいんだよ〜」
「頑張りな」
「……
葵は取り付く島も無い僕の様子を見て、急に猫なで声になった。
「……どっちの意味?」
「言わせないでよ♡」
「あざとい……」
「うっふん♡」
葵はそうわざとらしく口で言うとバチンと下手くそなウィンクを決めてきた。
「駄目」
「チッ!」
これは葵なりの色仕掛けなのだが、本性をあらわすのが些か早くないだろうか。
昔は女扱いされたら怒ってたくせに、今ではこうやってふざけて一人称を変えて色仕掛けしてくることがある。
本人の意志とは裏腹に絶世の美女に育ってしまった葵だが、ちゃんと中身は男のままなのにだ。
そのことについて以前に男としてのプライドはないのかと聞いた時は、
『使えるもんは使わねぇとな。どうせヤることはヤるんだし』
と笑いながら開き直っていた。
絶世の美女とはいえ、僕はもう見慣れているから効かないが、他の男にはきっとガチ恋間違いなしなほどに効果てきめんだろう。
一応補足すると、葵も他の男にやったらどうなるかは自覚しているため、僕以外の前ではやらないらしい。
とはいえ葵は目立つため、きっと今の下手くそなウィンクを見てしまった男は何人かいるだろう。
確実にこのあと葵のもとに連絡先を聞くために男が集まるのが予想されるため、面倒くさくてため息が出た。
「じゃああれだ……何でも好きなコスプレ着てやる。その上でセックスでどうだ?」
「……」
「お、反応したな? じゃあ……」
僕はヒソヒソ声とはいえ、式の最中だというのにセックスという言葉を発したことに絶句しているのだが、葵は久しぶりに色仕掛けが効いてると思ったようだ。
葵がスマホに目をやってスクロールし、何度かスマホをトントンと操作し、何やら調べはじめた。
1分にも満たない時間で、葵はなにか目ぼしい検索結果を見つけたようで、おっと言う声を漏らした。
「どれがいい?」
そう言いながら僕にスマホを見せてくる。
そこには安っぽいコスプレが表示された大手通販サイトの一覧が写されていた
こんなんが好きなんだろ? というニヤニヤとした葵の顔がウザったい。
「駄目」
「えぇー」
そんなやり取りを何度かしたが、結局僕が折れることはなかった。
葵も本気ではないようで、ふざけていた様だし。
それから少し時間が立ち、最後の偉い人の話は終盤に入っていた。
会話が尽き、しばらくボケっと話を聞いていた葵がまた話しかけてきた。
「俺さ……今でこそ慣れたけどさ、最初は精液が気持ち悪くて飲んだあとゲロ吐いてたんだよな」
「え、そうなの?」
「そうなんだよ。腹減ってる時はサキュバスとしての本能なのかなんとも思わないんだけど、あとで冷静になった時にすげー自己嫌悪に陥ってたんだよな~死んでやろうかと思ったこともあるし」
葵は何を思い、このタイミングでこの話をしようと思ったんだろうか。
葵の声はとても軽いが、深く思い悩んだであろう事は想像に難くない。
だけど僕は葵と同じように軽い口調で質問する。
「今はどうなの?」
「流石にもう慣れてなんとも思わない」
「そんなもん?」
「そんなもん」
思った通り葵は既に乗り越えた問題らしい。
「当時はすんげー絶望したけど、慣れちまった今となってみれば悩むほどじゃないんだよなー」
時間は残酷に過ぎていく。
悩みがあろうとなかろうと。
「ふ~ん……」
「あ、彼女作りづらいのは面倒かも」
「なんだよそれ」
時間は平等だ。
時間が解決してくれることがあれば、より厄介になることもある。
僕達はただ進むことしかできない。
立ち止まっているようでも、それはすこし形を変えるだけだ。
「そう言いながらなんだかんだ彼女作ってんじゃん」
「そうだけどよー」
小学生、中学生、高校生、そして今。
葵と僕の関係を示す言葉は変わっていない。
友達で、照れを捨てて言えば親友だ。
ただセックスをするだけ。
ほとんど聞いていなかったが、市長らしきおじさんの壇上での締めの挨拶が聞こえてきた。
『成人、おめでとうございます』
なぜかよく聞こえた最後の言葉、僕からも葵に送ることにした。
「成人おめでとう……葵」
「ん? ありがとう。柚斗もおめでとう」
よくわかっていない葵に僕は笑った。
僕達は大人になりはじめた。
おしまい
これで完結です。
遅筆にも関わらずここまで読んでいただき本当にありがとうございます。
一応これで完結ですが、気が向いたときに時系列バラバラの番外編でエロ書きたいなとか思ってます。