僕が思うに葵は、体が女だからこそ男らしいというキャラであろうとしている。
その最たる例がボクシングだ。
「やっぱり男は強くないとな!」
葵が言った言葉だ。
気付いているだろうか。自分が【男なら】という言葉を多用しているという事を。
高校生になった僕達は今もボクシングを続けている。
葵は持ち前の運動神経の良さも相まって才能を開花させつつある。
葵は僕より圧倒的な速さで技術を吸収し、本人の強い希望で早々に練習試合を行った。
対戦相手は女。
葵は男とやりたかったようだが、あくまで体は女のため試合となるとジムが認めてくれなかった。
対戦相手に不満はあったようだが、それでも初めての試合という事で、葵が本気でトレーニングに取り組んだ試合だった。
僕達が所属しているジムには男しかいないため、女子のいる他所のジムに行っての練習試合だった。
相手はボクシングを始めて一年の葵より遥かに経験豊富な格上の相手、胸を借りる戦いだったのだが、練習とはいえ葵は勝利した。
お互いが死力を尽くし、持てる全てで競い合うという行為を初めて体験した葵は、よりボクシングの魅力に嵌ったようだった。
俺達の会話と言えばボクシングの話題ばかり。
「昨日の試合見たか?!」
「もっと腹斜筋とか使えば……」
「新しいシューズ欲しいなぁ……バイトするか……」
等々……さらには格闘ゲームをして僕が勝ち越していると
「だあ! クソ! 外行こうぜ! ミット持て!」
という始末だ。
友人が夢中になれる物を見つけたことは素直に喜ばしいと思うが、それに付き合うのは中々骨が折れる。
そう思ってしまう僕は葵とは違ってボクシングを嫌いではないにしろ、夢中というほどではないみたいだ。
「あと10秒!」
「ああっ! ああっ! ああっ!」
僕がストップウォッチで数を数えている間、葵がサンドバッグを絶え間なく殴り続ける。
残り時間はあと10秒、ずっとサンドバッグを本気で殴り続けた事で既に体力は底をついているようだが、それでも無理やり腕を動かし続けてサンドバッグを殴る。
葵は限界を越えてなお体を無理やり動かす苦痛を紛らわすため、叫び声を上げて顔をゆがませる。
「1! 0!」
「だああっはあ!」
最後の一発を叩き終えた葵は精も魂も尽き果てた様子で床に倒れ込んだ。
大の字になっているため、胸が大きい人専用のスポーツブラで抑えているとはいえ、抑えきれない胸がフルフルと揺れている。
そんな葵の姿を、トレーニングをしているジムの男たちがチラチラと盗み見てくるが、僕も人の事を言えないため何も言えない。
「お疲れ、休憩あと20秒だよ」
「ぜぇ……ぜぇ……」
葵はそんな周りの様子に気付く様子もなく、トレーニングの間の短い休憩で少しでも回復に努める。
葵が試合を経験してからというもの、ボクシングの練習への熱の入り方は明らかに違った。
元々真面目に死ぬほどきつい練習をしていたが、今はそれ以上に自分を追い込んでいるように見える。
今まで体の問題で持て余していた闘争心の発散ができて楽しくて仕方がないらしい。
「休憩終わり。はい立って」
「だぁああ!」
葵は短すぎる休憩時間に苦悶の表情を浮かべるが、動かない体を理性でねじ伏せて再びサンドバッグに向かった。
少々学業を疎かにしているようだが、それ程夢中になれるものに出会えたからだと考えるとそれもいい事だと思う。
それに対して僕はあくまで葵の付き添いで、熱くなることなく程々にボクシングをしている。試合なんてもってのほかで、プロを目指して本気でトレーニングしている人達が集まる時間帯の中で、僕の存在はあきらかに場違いだ。
ここは本来僕のような腑抜けが踏み入れていい世界じゃない。
僕がここに来ることを許されているのは、葵という貴重な女子がボクシングジムへ来るための条件だからだ。
肩身は狭いが葵のためにも受け入れるしかない。
こうして葵は本気でボクシングを続けている。
「あ~今日もキツかったわ~」
「そうだね~」
夕方。
朝から続いていた練習が終わり、着替えを終えた僕達はジムを出た。
葵の服装は上下黒で白いラインの入ったジャージで、火照りを冷ますためなのか、いつもは首元までしっかり閉じているジッパーを開けて中の白いシャツをはだけさせている。
長く伸びた影、赤くなった道、風が吹くと、隣を歩く葵からアルコールとシトラスの香りが吹き抜ける。
葵から漂う香りは、僕と同じ汗拭きシートによるものなのだが、葵からするというだけで自分とは全く違う甘い香りのように感じるのはなんでだろう。
練習で追い込んだ体を引きづる様に歩く葵を盗み見る。
元々短髪だった髪が、最近サイドを刈り上げる髪型に変わったため、首筋から耳の形までが良く見える。
ほぼ毎日顔を合わせているため、成長に伴う葵の見た目の変化はわからないが、葵の唇や鼻といった顔の造形を見て綺麗だと思う事が増えた。
分からないだけで確実に変わっているんだろう。
葵も僕も。
そんな僕の視線に気付く様子もなく、葵はスマホを取り出してしきりにメッセージを送っている。
ということは十中八九、今日は精液がいらない日だ。
「このあと律のとこ行くことになったわ」
「そうなんだ」
予想が当たった。
葵は恋人である日比野 律と会う約束を取り付けたようだ。
日比野さんの家は、僕と葵の家の丁度中間くらいのところにある。
そのため、葵の足は自分の家を通り過ぎ、僕の家まであと10分というところの分かれ道まで伸ばされる。
これもすっかり習慣となっていた。
葵が日比野さんと予定がない時は、一緒に葵の家か僕の家に行き、日比野さんと予定がある時はこの分かれ道で日比野さんと合流する。
今日もその習慣通り、分かれ道にくると背の低い女の子がスマホを見ながら待っていた。
「お待たせ、律」
「こんにちは日比野さん」
「葵君!」
葵の声にスマホからパッと嬉しそうに顔を上げた女の子は日比野 律、葵の彼女だ。
丸顔で丸くて大きな眼鏡をかけており、決して太っているわけではないが、スタイル抜群の葵と並ぶとややふっくらしている。
薄く化粧がなされているようで、唇はプルリと綺麗な薄桃をしていて、髪はオタクの女の子らしく肩まである髪を青いインナーカラーを入れ、さらには青いネイルをしている。
中学生の頃は大きな眼鏡も相まって可愛らしいけど地味だった女の子が、縛りの緩い女子高の影響なのか、彼氏である葵の影響なのかはわからないが随分変わったものだ。
日比野さんは嬉しそうに葵の腕に抱き着くと、「早く行こ!」と言いながら葵の腕を引っ張った。
日比野さんは僕をチラリと見たが、特に僕との間に会話はない。
「じゃあ柚斗。悪ぃけど律と帰るわ」
「OK。またね」
バイバイと手を振る葵と日比野さん。
無言で手を振る葵と日比野さんのネイルは綺麗に短く整えられていた。
腕を組みながら背を向ける葵と日比野さんはとても幸せそうだ。
◇
俺は食べても食べても腹が減る。
柚斗を帰らせた俺は、胸を圧迫する煩わしい服を全て脱ぎ捨て、ベッドに仰向けに飛び込んだ。
口内に残るえも言えぬ精液の香りと、胃袋が一杯になった多幸感に包まれた俺の体は、まだ満たされていない欲求があると熱を帯びている。
俺の種族であるサキュバスは食欲と性欲の境界がとても曖昧で、食欲を満たすために精液を飲めば性欲が高まり、下半身が酷く疼いてしまう。
栄養としての精液の接種は口からでも行えるが、もっとも吸収効率がいいのは腟内のため、より良い方法で精液を接種するよう本能に刻まれた性質らしい。
そもそもそんなところで栄養補給するように創るなと神様を殴りたくなる。
俺はベットの上で寝返りをうって仰向けになると足を広げた。すると股からあるはずのものがなく、代わりに存在する割れ目からニチャリと音がなる。
こうなってしまう自分の体への恨みと、これから訪れる喜びに期待しながら股座へとそっと指を伸ばす。
最近やっと縦に筋が入った腹筋の上を這い、未だ無毛の下腹部を経て丸い膨らみの根本へと到達する。
ズクンッと甘い痺れがお腹まで走った。
「ふぅっ……くぅぅ……」
まだクリトリスを潰すようにしっかり触ることはせず、クリトリスの側面を指で回すように撫でる。
「ああ……律……」
俺は妄想する。
妄想の中で恋人の日々野 律が俺に生えたペニスの前で膝まづき、大きく口を開けて咥え込む。
唇と舌でペニスを擦り上げ、出来るだけ奥まで咥えさせる。
クリトリスをキュッと指で挟みグニグニといじる。
ペニスをねっとりと根元から裏筋を、敏感な先端まで舐め上げてもらう。
熱く張りつめたクリトリスを人差し指で上から押し潰す。
律は俺の反応を上目遣いで確認しながら、ペニスを手で支え、亀頭を下の裏でヌラヌラと刺激する。
クリトリスをタンタンと人差し指で叩くようにして刺激する。
全身が痺れて体がグッと反りかえった。
足の指の間にギュッとシーツを掴みこまれ、ピンと足先が伸びてシーツが引き伸ばされる。
押し寄せる快感に下腹部に存在する子宮がギュッと縮まって耐えようとするが、子宮に快楽が纏わりついて縮んだまま戻らなくなる。
脳まで突き抜けるような快楽、俺は絶頂した。
食欲を柚斗の精液で満たし、その影響で膨れ上がる性欲をオナニーで満たす。
どうしようもないサキュバスの体を満足させた俺の体から、さっきまでの熱が嘘のように引いていく。
サキュバスの本能の影響から一時的に開放された俺の思考は、俺の行いを男として理解する。
俺は裸のまま部屋を飛び出し、トイレへと飛び込むと、すぐに便座をあげてしがみついた。
「うぅおぇぇ……」
やってしまった。
最近は慣れてきてしまい頻度は減ったが、性欲と食欲が収まった後、嫌悪感で嘔吐してしまうことがある。
空腹の時は自分から柚斗の精液を求めてイチモツを咥え込むのに、冷静になるとその行為が気持ち悪くなる。
俺は口に手を当て、必死に胃袋から出ようとする精液をとどめようと我慢する。
一瞬、口内まで精液が逆流してしまい、口一杯になった精液が唇から少し飛び出してしまうが、唇をギュッと引き結んで精液を閉じ込め、もう一度飲み下す。
ここで精液を全て吐き出してしまうと、また体が空腹を訴えて俺の思考にサキュバスの本能が精液を食べろと訴えかけてきてしまう。
嫌悪感と空腹。
どちらも俺自身が感じて行動している事なのに、あまりにも感じ方に差があって、もう一人の自分が存在している様な気さえする。
でも確かに俺自身の意志だ。
洗面所で口をゆすぐときに鏡に映った俺の顔は、どう繕っても女のものだが俺の顔だ。
自分が男じゃない事を呪いはするが、この顔で生まれ育った以上、これが俺だという意識はある。
柚斗は俺の体に欲情している。
勃起している以上当たりまえの話だが、俺が少し体を揺らせば柚斗の目線が胸にいくし丸わかりだ。
俺が男の目線を集める容姿だというのは幼い頃から自覚している。
男が俺の体を性的な目で見ているかどうかは、サキュバスという種族の特性なのか、たとえ視界の外からでもわかる。
俺が薄着で外に出れば全身に視線が突き刺さり、その視線の主がどこにいるか、どこを見ているのか全てわかってしまう。
その証拠にボクシングジムでシャドウをしていると、鏡越しに他の男たちが皆俺を見ている。
それに比べれば柚斗は見ない様に頑張っている方だ。
吐き気がする。
それでも俺はボクシングをしたかった。
ジムの皆が俺をどう見ているのかなんて最初から分かっていた。
でも男はそういうものだし、その上で出来る限り男として扱ってくれているのならそれでいいと思った。
あまり高望みはしない。それが出来ないことはわかっている。
強くなって、汗を流して、一番になりたい。
勉強じゃ駄目だ。
全身を使って、死力を尽くして相手に勝ちたい。
どうしてもその経験を味わいたい。
そのためには俺に欲情していようが柚斗が必要で……
いや、これは親友に対して感じていい感情ではない。
俺達は利害じゃなくて本当に友人のはずだ。
だから俺は行為が終われば何もなかったかのように装う。
柚斗に対して嫌悪感を持ちたくないのなら、別の男を見つければいいと言われるかもしれないが、それこそ俺の精神が耐えられない。
自分が男だと仮定して考えてみて欲しい。
知らない同性のちんこを毎日しゃぶるなんて地獄以外の何物でもない。
あまりそう言うのを気にしない人間がいるのは知っているし、そういう風俗という職業についている人がいるのも知っている。
俺はそういう人たちを否定する気は一切ないが、俺自身はそういう事をしたいと思わない。
それならまだ柚斗の方がましだ。
もし俺が嫌がっているそぶりを柚斗が感じ取ってしまえば、優しいあいつの事だ。
きっと精液提供をやめてしまう。
そうなってしまえば俺に残されるのは、そこら辺の知らない男の精をねだる未来だ。
それだけは嫌だ。
「葵」
「おう! 今日も俺の家来るだろ?」
だから俺はいつも通り柚斗を誘うしかない。