※この作品はR-18です。

性同一性障害ドスケベボディサキュバス   作:タナん

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サキュバスが精液を吸収する手段は主に二通りあるが、経口より女性器からの方が吸収効率が良いとされる。

 もう意味がないのにサンドバックを叩く。

 

 俺が何をした。

 

 隠していたのが悪いのか。

 

 サンドバックを叩く。

 

 仕方ないだろ。

 

 死ぬんだから。

 

 サンドバックを叩く。

 

 隠しとけばよかったのか?

 

 黙っとけばよかったのか?

 

 サンドバックを叩く。

 

 誰が悪いんだ?

 

 柚斗か?

 

 律か?

 

 こんな体に産んだ母親か?

 

 サンドバックが揺れる。

 

「くそ……」

 

 わかってる。

 

 誰も悪くない。

 

「……」

 

 誰も悪くない。

 

 わかってる。

 

 

 通学のための電車のホーム。

 階段を下りて少し歩いた所にある乗り場にいくと、いつも通り柚斗がいた。

 

 階段を降りてすぐの乗り場で電車に乗ると、すし詰めという程ではないが人が多いため、こうして少し外れた場所から乗り込むようにしている。

 

 この乗り場から乗れる車両は大抵座席が一、二席空いているくらいの人数しかいないという事を発見した時は、ゲームの裏技を見つけた時のようで、柚斗と小さく喜んだものだ。

 

「……おう」

「おはよう」

 

 長い付き合いだし、一々朝の挨拶に気合なんて入れない。

 ましてや俺も柚斗もボクシングジムに通っているため、練習の疲れで朝は眠そうにしていることが多い。

 

「? 葵もしかして調子悪い?」

「……元気だよ」

 

 にも拘らず柚斗はそう言った。

 

「そう……」

「…………」

 

 会話が途切れた。

 静寂……というわけではない。ホームにいる人達は誰も喋っていないが、朝の鳥の鳴き声と、聴覚障害の人へ向けた鳥の鳴き声を模したスピーカーの音が聞こえる。

 曇った天気も相まって、とても静かに感じる。

 

 まあいい。

 いまさら話が途切れたら気まずい関係というわけでもない。

 スマホを取り出して動画サイトを開いてみる。

 

 格闘技解説、ボクシング試合映像、筋トレ、バイクツーリング、音楽系。

 今日はお気に入りに登録してあるチャンネルのチェックがまだだったので、更新された見ていない動画が沢山ある。

 

 どれにしようか。

 

 ーー対ーー解ー

 ー筋ーー日ーーー割ーー

 ーーーリンー

 

 どれにしようか。

 画面を下へスライドさせる。

 

 ……スライドしても動画一覧が変わらなくなった。

 いつの間にか更新された動画の一覧を全て見終わったらしい。

 正直どんな動画があったのか覚えてない。

 

 スマホをポケットに仕舞う。

 動画見る気分になれない。

 

「……」

「……」

 

 俺は日比野 律と別れた。

 

「っ!」

 

 つい数日前の出来事だ。ふとそのことを思い出してしまった。

 胸が締め付けられ、鼻がツンとする。

 駄目だ。忘れないと。

 

 これから今から学校へ行って、授業を受けて、ジム行って……

 まだ朝だ。やらないといけない事がたくさんある。

 

「なあ……」

「ん?」

「サボらね?」

 

 気が付くとそんなバカな事を言っていた。

 断られるに決まっていると思った。

 柚斗は大人しくて真面目だ。

 学校をサボったことなんて俺の知る限り無い。

 でも柚斗は目を真ん丸にしながらも……

 

「え? わかったいいよ」

 

 あっさりと承諾した。

 

「……いやいや学校あるだろ」

「いやいやって葵が言い出したんでしょうが」

「まさかOKすると思ってなかったっていうか……言ってみただけっつうか……」

 

 柚斗は戸惑う俺を他所に、出口の方へ向かう階段へと歩き出した。

 

「お……おい……柚斗……」

「早く行こ」

「おう……」

 

 俺から誘ったはずなのに、なぜか先を行く柚斗。

 

「お前……」

「ん?」

「いや……なんでもない」

 

 こうして俺と柚斗は学校をサボることになった。

 

 制服に袖を通しているのに、同じ制服を着た生徒達の流れと逆を行くのは新鮮で、すこし不安だった。

 そういえば俺も両親に黙って学校をサボるのは初めてだな。

 

 

 

 

 

「さて何しようか?」

「何ってお前何か考えがあったんじゃないのかよ」

「葵がサボろうって言い出したんじゃん」

「本気じゃなかったって言ったろ?」

「えーじゃあ……ゲームセンター……とか?」

「まあ……どこでも」

 

 特に断ることもないため、ゲームセンター行きを了承する。

 家庭用ゲーム機版の格闘ゲームソフトを買うまではたまに行っていた場所だ。

 最近は家で出来るようになった上、いろいろ忙しくてあまり行かなくなっていた。

 

「なんか久しぶりだね」

「練習あったからなあ……」

「とりあえず対戦しよっか」

「おう」

 

 まだ時間が早い事もあり、店内はガラガラでいつもの格闘ゲームに人はおらず、貸し切り状態だ。

 俺達はお互い向かい合ってそれぞれの筐体に座り対戦を始めた。

 

 俺はインファイトに持ち込んで、一気にHPを削るキャラを好み、柚斗は遠距離から攻撃してHPを少しづつ削るキャラを好んで使う。

 俺と柚斗の腕はほぼ互角。

 キャラの相性としては俺が使うキャラの方が有利のため、勝率は俺の方が高い。

 

「ん?」

 

 だが一回戦目はボロ負けだった。

 

 見たことのないコンボ、今までやってきたことない前と後ろどちらからくるかわからない攻撃になすすべがなかった。

 

「あれ?」

 

 近寄れば勝機はあるはずだ。

 そう思い、しっかりガードを固めて隙をついて近づこうとするが、柚斗の連続攻撃がいつ終わるのか分からず、強引にガードを下げて近づこうとしたが攻撃を食らってコンボで沈められる。

 

「おい! なんだそれ! なんでそんな強くなってんだよ!」

「いや~それが最近師匠が出来たんだ。キャラ対策教えて貰った僕に、葵じゃ勝ち目はないよ」

「マジかよ~……くそっもう一回だ!」

「100円の無駄だと思うよ」

「ぜってぇしばく!」

 

 ニヤリと柚斗に挑発された俺は、両替機で1000円を崩してきて台の上に積む。

 柚斗にあんなに勝ち誇られたのは初めてだ。

 

 負けること自体はいいが、なんとかニヤ付いた顔に一矢報いたい。

 

 攻撃パターンさえわかれば隙が見えてくるはずだ。

 俺は一度目を瞑り、柚斗がどんな動きをしていたか脳内で反芻させて対策を練る。

 

「よし、俺が一回でも買ったらジュース奢れよ!」

 

 100円玉が10枚、あと10回チャンスがある。

 それだけあれば一勝くらい出来るはずだ。

 

 俺は100円を筐体に投入し、レバーを握った。

 そして……

 

「負けた……」

「僕の10連勝ってことはジュース10本?」

「うっ………………お前が勝ったら奢るとは言っていない。あくまで俺が勝ったらお前が奢れってことだ」

「理不尽な……」

 

 俺は屈辱の10連敗を喫し、危うく10本ものジュースを奢るところだった。

 1本150円としたら1500円。

 もうほとんどお小遣いが残っていない俺には致命的な金額だ。

 だが幸いにも、柚斗は俺の屁理屈を追求することはなく、もう次は何をするか考えているようだ。

 

「いつの間にあんなに強くなってたんだよ~」

「ボクシング始めてから葵はたまにしかやらなくなったけど、僕は続けてやってたからね」

「練習した後よくゲームとかやる気になるな」

「僕は試合するつもりないから、葵ほどキツイ練習してないからね」

「はあ? そこは真面目に練習しろよ……」

 

 俺が死ぬほどの思いをしてるのに、なんでも柚斗は遊んでるらしい。そのことにすこしイラっとして俺は柚斗のわき腹を小突いた。

 負けっぱなしは癪だ。なんとか別のゲームで柚斗を負かしたい。

 何かないかとゲームセンター中を見回すと、サンドバックが吊るされた筐体を発見した。

 

 パンチングマシーンというやつだ。

 備え付けられたグローブを嵌めてサンドバッグを殴るとパンチの強さに応じてスコアが上がるというシンプルなルール。

 

「次はあれやってみようぜ」

「パンチングマシーンか……」

「勝った方がジュース奢りな」

「いいけど……」

 

 柚斗と違って俺は試合をすること前提で真剣に練習している。

 これなら勝てるはずだ。

 

「よっし!」

 

 結果は僅差で俺の勝ちだった。

 

「やっぱ葵はすごいね」

「まあ素人じゃねえからな!」

 

 柚斗はあまり悔しそうにしていないのが癪だが、昔からそういうやつなので仕方がない。

 勝ち負けにそれほど固執せず、のほほんと相手を称える。

 

 こういう性格だからボクシングを習っていても試合に出たいとはならないんだろう。

 

「なに奢ってもらおうかな~」

「ねえ君達何してるの?」

 

 コーラか、ポカリか? と思案していると。

 

 後ろから男の声でそう話しかけられた。

 

 またナンパかとゲンナリしながら俺は振り返った。

 

 こうして知らない男から話しかけられることは、残念ながらよくある。

 

「学校はどうしたの?」

「……やべ」

 

 こんな時間な上に、男子の制服着ていても声をかけてくるなんて相当面倒臭いやつに違いない。

 そう思ったのだが、声をかけてきたのは一目でそれとわかる青い制服、警察だった。

 

 聞いたことがある。たしか真昼間に学生が歩いていると補導されて親と学校に連絡されると。

 

「あーえーと今日は休校で……」

「じゃあなんで制服なの?」

 

 咄嗟に口からデマカセを言ってみたが全く通じない。

 

「……葵」

 

 柚斗が俺を小さな声で呼び、俺と目を合わせたあと目を外の方へチラリと動かした。

 その意味を理解した俺は思わずニヤリとしてしまう。

 

「その制服はって! おい! 待て!」

 

 俺と柚斗は警察に背を向けると走り出した。

 警察から逃げるなんてどうかしてる。

 

 しかも制服のままだし、絶対学校に連絡がいく。

 柚斗は兎も角、俺は特徴的だし特定されるに違いない。

 

「やっべ! ははっ! 俺警察から逃げてる!」

「これ絶対母さんに怒られる!」

「もうこのままジムいっちまおうぜ!」

「こんな時間から練習するの!?」

「お前俺に負けたんだから鍛えなおしだ!」

 

 でもどうせ怒られるなら堂々としてようと思った。

 そう思えたのは柚斗が遊びに連れ出してくれたからだろう。

 

 

 葵はたまに仮病で学校を休むことはあったけど、それに僕を巻き込むことは今まで無かったし、親にも言わずサボることはなかったと思う。

 だから声の感じでなんとなく体調が悪いのかなと思っていたけど、サボろうと言われた時、なにかあったんだなと思った。

 

 うまく言えないけどいつもと違う様子の葵に何かしてやりたい。

 それが学校をサボるというのは、あまり褒められたことじゃないのかもしれないけど、自発的に何かすることのなかった僕を葵がいつも誘ってくれるように、僕も葵をどこかへ連れ出したかった。

 

 そして学校をサボった結果、いつもより早い時間からキツいボクシングの練習を行うはめになってしまった。

 とことん自分の限界を越えた追い込みを体にかけるため、僕も葵も一切余裕はない。

 歯を食いしばり、練習に耐え、ただ必死に練習に打ち込む。

 

 ジムの責任者である館長からは、学校に行けとは言われなかったが、学校をサボったということでいつも以上にしごかれてしまった。

 そしてなんとかヘロヘロになりながら練習を終えると、いつの間にか練習を抜けていた葵が、館長がいる事務室から出てきた。

 

 次の試合の話でもしていたのか思い、こちらに近付いてくる葵に声を掛けようとしたが、その表情にかける声を失った。

 葵は眉間にしわを寄せ、歯を食いしばっている。

 

 僕の前で立ち止まった葵が、僕の言葉を待つことなく、早口に今あったことを伝えてきた。

 

「俺にジムやめろってよ」

「……………………え?」

 

 その内容はあまりに突然で、意味を理解するのに少し時間がかかった。

 

「葵!」

 

 僕が固まっている間に、葵が走り出し、外へ飛び出した。

 どういうことかわからないが、とにかく追いかけないと。すぐに僕もボクシングシューズから靴を履き替えないまま追いかけた。

 

 練習で追い込んだため、体が悲鳴を上げるが、それを無視して葵を追いかける。

 

 人の間を縫いながらなんとか葵の背中を追いかけているうちにポツポツと雨が振り始めた。

 

 葵が立ち止まるまでどれくらいの間追いかけていただろうか。

 

 葵が来たのはロードワークをよくしていた自然公園だった。

 山を切り開いて作られた公園は芝生に覆われ、池や木々に囲まれた自然豊かな場所だ。

 普段はお年寄りや、運動目的の人がいるが、すっかり雨が本降りになっている上、もう暗くなりかけているため、周りには人気がない。

 

 何があったのか直ぐにでも聞きたかったが、僕も葵も息を切らせているため暫く無言で呼吸を整える。

 

「……」

「……」

 

 僕が追いかけてきているのには気づいていたんだろう。

 雨の中、後ろを向いたままの葵は、俯きながら声を絞り出すように話しだした。

 

「最初は俺に角が生えてきたからって言ったんだ……角に当たったら俺も相手の拳も危ないからって……グローブとかさ……破れるからって……」

 

 葵が手で自分の髪をクシャリと掴んだ。

 後ろ向きのためその場所は見えなかったが、最近大きくなり始めた角の生えたところだと思う。

 

「でもそれだけでさ……納得いかないじゃん……だからさ……辞めたくないから……試合は組まなくていいから練習だけでもって言ったんだけど……」

 

 角は典型的なサキュバスの特徴の一つだ。

 角が生えないサキュバスもいるらしいが、葵はそうではなかった。

 

 サキュバスであることをあまり周りに知られたくなかった葵は、できるだけヤスリで角を削って目立たないようにしてきたが、最近は成長するにつれ大きくて堅くなる角を隠すのは難しくなっていた。

 

 でもそれだけならジムをやめさせる理由にはならない。

 葵のような特徴のある人だけの特別な階級もあるし、練習だけなら問題ないはずだ。

 葵もそう思ったのだろう。

 だから葵は辞めたくないと言ったんだと思う。

 

 本当の理由を言わないことが館長の気遣いだということに気付かずに。

 

「そしたらさ……ジムの奴らが俺に欲情して練習にならないからやめてくれって……」

「それは……」

 

 それは葵に最も効く理由だった。

 

「でも……まあ……わかってたけどな……わかってたから言うとおりにした」

 

 そう言った葵の肩から力が抜け落ちた。

 代わりにそれを聞いた僕の頭にカッと怒りが湧く。

 

「そんなのおかしいじゃんか!」

 

 館長は葵がサキュバスだと知っていた。

 そういうの織り込み済みで受け入れてくれたはずなのに絶対におかしい。

 葵みたいな頑張ってる人がこんな理不尽な目にあっていいはずがない。

 

「説得してくる」

「やめろ!」

 

「なんで!」

「もういいんだよ!」

「なんで……」

 

 もう僕には何も言えなかった。

 

 こうして葵はまた諦めた。

 いや取り上げられたと言った方がいいか。

 

 僕は葵の悩みを知っているし、その体について不憫に思っているけど、心のどこかで葵が女で良かったと思う自分もいる。

 葵がちゃんと男として産まれていたら、葵の世界はより幸せだったはずだ。

 

 もし葵が男の体で生まれてきていたら……サキュバスでさえなかったら……

 

 でもその世界の僕と葵は、きっとたまに話す程度の友人止まりだったろう。

 

 葵が幸せなはずの世界に僕はいない。

 

 でも、もし神様が葵をサキュバスじゃなくて男にしてくれるのなら、葵を男にして欲しいと願う。

 

 僕は寂しい。けどそれ以上に葵に好きに生きてほしい。

 それぐらい僕にとって葵は大事な存在なんだ。

 

 僕達はどうしたらいいんだろうか。

 

 葵がこちらを向きながら声を絞りだした。

 

「……お前は……やめるなよ」

「え?」

 

 思わず漏れ出た僕の言葉を聞き、葵が大声を上げた。

 僕の肩をガシッと掴んで眉間にしわを寄せる。

 

「やっぱりやめるつもりだったろ!」

 

 たしかにそうだ。葵が辞めるのなら僕もやめるつもりだった。

 

 そもそも僕は葵のために、ボクシングジムに通っていた。

 葵の母は多分男避けのために僕と通うならという条件を付けたんだと思うし、葵がいなくなったボクシングジムに通う意味が見つけられない。

 辛い練習も真面目にしていたけど、それは全て葵のためだ。

 試合をしたいとも思わないし、葵が辞めるのなら僕も辞めようと思っていた。

 

「お前は俺と違って普通なのに! なにが不満なんだよ! なあ!」

 

 葵の叫びと共に頭に衝撃が走った。

 衝撃で外れた視線を葵に戻すと、拳を振りぬいた葵がいた。

 どうやら殴られたようだ。

 

 僕はどうしていいのかわからず、葵の次の行動を待つ。

 だけどそれは葵の逆鱗に触れてしまう行動だった。

 

「何で!」

 

「何で……殴り返さないんだよ……」

「何でって……」

「俺が女だからか!! あぁ?!」

 

 違う。と即答できなかった。

 パンチングマシーンで僕は手加減をした。

 僕より頑張っている葵の記録を簡単に抜いてしまうから。

 

「やっぱりかよ……」

「ちが……」

 

「お前も同じなのかよ!!」

 

 ボロボロ泣きながら葵は悲痛な叫びをあげた。

 葵がまた殴りかかってきているが、なぜか体が動かなくなり、ボディブローが肝臓に突き刺さった。

 

「うっ……!」

 

 こうやって感情を剥き出しにしていても、繰り出される葵の拳は基本を忘れていなかった。

 こんなときでもボクシングの動きが出るのは、葵が必死に練習を積み上げてきた証だ。

 

「プールに行ける!」

 

 殴られる。

 

「ボクシングが出来る!」

 

 頬を。

 

「痴漢に合う事もない!」

 

 腹を。

 

「生理に悩まされることもない!」

 

 葵のフックが僕の頬を直撃した。

 口が切れたのか血の味が舌の上で広がる。

 蹴り足、腰、肩、拳、全てが連動した一撃だ。

 

 葵の手にはグローブがはまっておらず、僕はヘッドギアをつけていない。

 

 でも僕はまだ立っていた。

 

 失神できない。

 

 それはこの一年で成長期を迎えた僕と葵の、決定的な男女の体格差ゆえだ。

 

「舐めてんじゃねぇ!」

 

 痛い。

 葵が僕を殴り続ける。

 

 僕はいっそのこと失神したかった。

 

 だから葵の拳を受け続けた。

 

「はぁ……はぁ……はぁ……」

 

 いつの間にか僕は地面に倒れていた。

 葵は息を切らせながら僕を見下ろしていて、その拳には血が滲んでいる。

 

「俺が女だから殴り返さないのか?」

「違……う」

「じゃあどうしてだよ……殴られっぱなしで悔しくないのかよ……お前は……」

 

 痛い。頬が腫れて話すのも億劫だ。

 何も話したくない。でも今話さないと僕が葵に一生残る傷をつけてしまう。

 

「葵は……」

 

 だから僕は頑張って、勇気を出して口を開く。

 

「僕のヒーローだから……」

 

 こんな青臭い事、本人に喋りたくない。

 

「葵は……僕をいつも知らない世界に連れていってくれる。」

 

 でも本当に思っている事だ。

 

「スポーツなんて嫌いだったし、人付き合いが苦手な僕には本当の友達なんて居なかった」

 

 こんな状況なのに顔から火が出そうだ。

 

「葵と友達になってからだよ。僕の人生が楽しくなったのは……」

 

 葵を想い、だからと続けようとする。

 

「意味分かんねぇ」

 

 だから葵といる時間を大事にしたい。そう続けようとした僕の言葉を葵は遮った。

 

「なんなんだよ……クソ……」

 

「お前……俺の事女として見てるだろ……」

「っ?!」

 

 心臓が跳ねあがった。

 

「俺の胸、よく見てるもんな。視線でわかるんだよ」

「それは……仕方ない事で……」

 

 そうだけど、そうじゃない。

 僕が伝えたいのはそうじゃない。

 

「そうか」

 

 覇気のない返事。

 葵がまた何かを諦めたんだとわかった。

 

「お前も俺が男じゃ無いっていうんだな……」

「そんなことない!」

 

 葵がしゃがみ込み、僕のズボンへと手をかけた。

 

「葵……こんなところで……」

「黙れ」

 

 葵が地面に倒れた僕のハーフパンツを引き摺りおろした。 

 地面に倒れているため尻のところでハーフパンツが引っかかるが、葵は強引に引っ張ってスラックスを下げた。

 

 雨の降っている屋外で精液を飲もうと動く葵を止めたいが、痛みで体を動かすのが億劫で、絶望で体を動かすための意思が湧いてこない。

 

 突然、僕の視界が真っ暗になった。

 

 葵が上着を僕の顔に投げつけたらしい。

 雨に濡れた布の中に感じる甘い香りは葵のものだ。

 

 僕はなんとか腕を動かし、顔にかかった上着を持ち上げた。

 

「え?」

 

 あまりの光景に、驚いて声が出てしまった。

 

 見えたのは黒い雨雲を背景に、僕を跨いで立つ、何も着ていない女性。葵だった。

 

 初めて見る葵の体はすごく綺麗だった。

 

 縦に割れたお腹。

 

 片手では大きすぎてこぼれ落ちるだろう胸。

 

 キレイな桜色の乳首。

 

 綺麗に肉のひだが割れている女性器。

 

 こんな状況なのに、僕は痛みも忘れて魅入ってしまった。

 

 自分を男と言う葵の体は、皮肉にも女性として完璧だった。

 

「ほらな」

 

 葵が自嘲するように笑った。

 

 葵が僕の跨いだ状態でしゃがみ込み、大きくなった僕のペニスの上に降りてくる。

 

「駄目だ!」

 

 何をしようとしているのか理解した僕は叫んだ。

 

 それは駄目だ。

 

 今まで役得だと性欲に流されることはあった。でもセックスは、一線を超えてしまうのは違う。

 

 葵は僕のヒーローだ。

 

 何時だって葵は怖がる僕の手を引いてくれ、新しい景色を見せてくれた。

 人と話すのが苦手だった僕に友人を作るきっかけを与えてくれ、苦手だったスポーツが本当は楽しいものだと教えてくれた。

 

 もし葵が居なければ僕の人生はとても詰まらないものになっていたはずだ。

 

 かけがえのないこの出合いは、葵が男だから起きたんだと思う。

 もし葵が心の底から女だったら、僕とはただのクラスメイトで町中で見かけたら挨拶くらいはするけど、それだけの関係だったと思う。

 

 僕は今の葵が好きだ。

 心が男の葵が好きなんだ。

 

 だから駄目だ。

 そんな事を。

 男を捨てるなんてことは。

 

 さっきまで動くのも億劫だった体を一気に起こし、僕は本気で葵を押しのけようとした。

 

 ぶちゅっ。

 

 でも遅かった。

 

 まるでペニスがそのものが、精液と化して葵の中に溶け出すような感覚。

 我慢をしようと思う暇すらないほどの快感に、あっという間に葵の中に精液を吸い取られてしまった。

 

 葵が僕に覆いかぶさると唇を強く押し付けられ、ガチッと歯と歯がぶつかった。

 痛いキスの瞬間は一瞬で、柔らかな感触を感じる間もなく、葵の唇が僕から離れた。

 

 葵の唇が切れたようで、唇と歯が赤く染まっている。

 

 葵は滲み出た血を唾と一緒に横に吐き捨て、汚れを拭き取るかのように手で唇を拭った。

 

「ほらっ喜べよ。俺とセックスしたかったんだろ」

 

 雨の中、僕と葵は初めて繋がった。

 

「ははっ……すげぇ……体中に精液が染み渡るみたいだ」

 

 葵の頬を伝うのは雨だけじゃない。

 

「俺……なんで今まで我慢してたんだろうな……」

 

 僕が奪ってしまったのは処女だけじゃない。

 

 

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