泡沫の花屋 作:濡れ鴉
寒さがこたえる季節、寒寒しさも、一段と深まって、雪。
空は、灰色に塗りたくられて、粉雪の様な雪が降り注ぐ。
真っ白な世界で、気高く咲き誇る椿が、ある。
深い緑の葉が若々しさを、雪に見劣らないほどの白い花びらは純潔という言葉が、最も似合う。
十二、きっかり咲き誇る椿の花は、穢れをしらず、純粋に、ただただ、咲くことが美徳、そう知らしめている様でもある。
雪の白さに似た透き通る様な白い番傘を差した、黒一色の着物に身を包んだ青年が、その美しい白を穢すように、
ザク ザク ザク ザク
と足跡を残していく。
濡れ鴉の様なしっとりした髪は左目を隠し、右側の髪を流す様に耳に掛ける。
顕になっている右目は、漆黒の、いや、闇の様に深い黒。その丁度、目の下辺りに小さいがほくろがある。泣きぼくろ。
穏やかそうな顔だが、無表情故に、切れ長の目と眉が、頑固そうにも見える。
白椿の前、青年は、一つ一つを確かめる様に、椿を数え、数え終えると下唇横一線、指を這わせて、その手で口元を隠す。
にやっと、僅かに怪しい笑みが漏れた。その目は、何処か見惚れて、うっとりとしている。
「十二、咲けば、ひと月始まり、十二回れば、夢も現(うつつ)。白も、赤に染まりましょう。私の夢も、その時、叶う。叶えましょう、与えましょう、貴方の夢は、真は、何処?」
ちりーん
小さくも美しく、そして凛とした鈴の音が、一つ。
「おや、お客様だ。では、行ってきますね、八重(やえ)さん」
その時、椿が、にこりと微笑んだ、そう、見えた。
「いらっしゃいませ。何を、お探しですか?」
「え?......君は、何処から?...いや、その前に、此処は?」
「此処ですか?此処は、夢と現の狭間。貴方様は、夢を見ているとでも思って下さって、結構ですよ」
「随分と...いや...夢なのだから、いいか。で、君は何者だ?」
「おやおや、人に名乗らせる前に、ご自分が名乗ったら、如何です?」
「あ、あぁ...そう、だね。俺は、樋渡 薺(ひわたり なずな)。で、君は?」
「私ですが?私は、この花屋の亭主、言ノ葉 綴(ことのは つづる)です」
「ことのは、つづる...面白い名前だね。ジョーク、みたいだ」
「...まぁ、夢ですから、如何様にも貴方様のお考え通りに」
「はっ...まぁ、いいや。で...え?...ちょっと、待て、さっきは何もない白い空間だったのに、今はなんで、古民家みたいな、それにすごい花の数...何がどうして...おい!お前、何をした!」
時が、動き出す。
青年だった男も、年相応、皺が、白髪が、体付きさえも衰えて見える。
「ですから、夢ですと。夢は現実では起こりえない出来事が、夢の様な出来事が起こるのが、夢です。不思議なことも、不思議ではないのです。ただ、貴方は呼ばれたのです」
「呼ばれた?誰に?」
「私に、ですかね」
「なんのためだ!」
「私の願いを叶える...いや、貴方の願いを叶えて差し上げるため、でしょうか」
薺はふっと、馬鹿にしたような笑みを吐き捨てた。苛ついた様な目付きで、ズボンの前ポケットに両手を突っ込んで、綴に少し近づく様に前屈みになる。
「俺には...叶えたい夢、そんなものは、ない」
綴が首をゆるりと少し傾ければ、長い髪がさらさらと流れて、隠していた左目が顕れる。
闇よりももっと深い混沌の様な、光は見えない、そんな瞳。
薺の目と重なり合って、初めて、薺はこの男を、怖いと、恐怖で、視線をサッと外した。
「...まぁ、立ち話もなんですから、中に入りましょう。折角のご縁ですし、お茶でも飲んで、お話しませんか?」
何故か、二人は店の外、雪が降る中に突っ立っていた。頭、肩は白く、化粧されている。
急に、ブルブルと寒さを感じて、不本意だが、薺は綴の提案にのった。
透明の大きなガラスが嵌った引き戸から入って、だだっ広い玄関、そこが店になっている。
先程は、埋もれそうなほど花があると感じたが、一つ一つきちんとバケツに入って綺麗に陳列されている、普通の花屋だ。ただ、こじんまりとした古民家で、煤けた内部、出入り口から一面ガラス張りで、古い旅館の様にも思える。床が石畳で、ひやっと冷気を発していたもので、ここも寒いと、薺は両腕を両手をクロスして察する。
玄関を抜けると、一段上がって畳が広がる。 石の足置きがあって、そこで履き物を脱ぐ。
開けられたままのガラス戸から、綴に習って入り中へと恐る恐る進めば、部屋の中心には長方形の使い古された江戸火鉢があり、やっと暖が取れると、行儀悪くも、その近くでドカッと胡座を描いて座る。
火鉢がパチパチと炭を焚き、そこに五徳、その上には鉄瓶が注ぎ口から湯気を出している。暖かそうだと、鉄瓶の近くへ両手を伸ばす。
パタン
戸が、閉まる音がする。
手はそのままに、上半身だけ後ろを振り向けば、後ろ手で戸を閉める綴がそこに立っている。
前にいたはずの綴がと思ったが、
夢なのだから、どうでも良いか、
そう思い始めた。
俯いていた綴の口角が僅かに上がるが、顔を上げた瞬間には、穏やかな顔付きへと戻っている。
綴は足音なく近づいて、薺の横に静かに正座で座る。
「寒いですね、薺さん。こう寒いと、人肌が恋しくなりませんか?」
綴は、火鉢に刺さった火箸を持つと、炭を幾つか足していく。
「ふっ、あんたも好きもんなんだな。綺麗な、女みたいな顔をしても、男は所詮、男か」
グサっと火鉢の中の砂に、火箸を差し込む。
「...まぁ、そうでしょうとも。好いた女が側にいなければ、心が寒々しく、こたえる...こう、寒い日は特に」
「...なんだ、あんた...好きな女がいるのか?」
「ええ、もちろんです」
「そうか...」
「薺さんは、どうなんですか?」
「俺か?俺は......どうなんだろうな。好きになる女は、決まって、年上。それは、結局、小さい時に亡くなった母親を求めているのか、恋しさゆえに、埋められなかった、与えられなかった愛情を欲しているだけなのか。経験は何度もした。体を重ねた回数は、少ない。若いのもいたが、俺が落ち着く先は、年上の女。なぁ、俺は、本当に好きで、女を抱いていたのだろうか?欲望の末か?はたまた、やはり、母親恋しか?歳を重ねて一人でいると、そんなことを考える。なぁ、あんたは、どう思う?」
「私ですか?...私は、貴方ではないので、分かりません」
「はっ、冷たいねぇ」
悲しげに瞼を下し、出していた手を引っ込めると腕を組んで脇の下へ入れ、背を丸めて頑なな姿勢を、薺はしている。
「なら、一人だけ、過去に戻れるとしたら、全てを賭けてもいいくらい、抱きたいと、そう思う女はいたのですか?」
薺は、クククと低く、悲しげに笑う。更に頑なに、背を丸め、巨大な団子虫の様にも見える。
「これは、夢ですよ。他人の目など、常識など、関係ないのです。何故、“隠す”のですか?」
「お前、俺の“何を”知ってる?」
恫喝するような、低い低い薺の声。それは、“怒り”を孕んでいる。
「さぁ、なんでしょうね。ただ、貴方が此処へ来たのは、誰よりも、“強い想い”があるからとしか、言いようがありませんね」
薺は下を向いていた顔を少し上げて、腕の少し上、そこから目だけ出して、睨み付ける様に、綴をじぃーいと、見ている。ただ、その瞳の奥には、縋るような、少年の輝きがある。
優しくも、妖艶な笑みを浮かべた綴は、すすすっと、薺に寄り添う。
「私なら、ひと夜の夢、叶えて、差し上げられますよ?本当は、欲しくて、欲しくて、喉から手が出るくらい、狂おしい夜に、一人侘しく、諌めていたのでしょう?」
薺の耳元で、ねっとりと、唾液混じり、吐息混じりに、囁く。
薺の目が充血し、薄らと涙が滲む。ぐっと、隠れた先で、下唇を噛む。一言、発して仕舞えば、“狂う”と、薺は本能的に分かっていた。だから、我慢するしかなかった。
「夢を我慢して、人生でも我慢して、何が面白いのですか?大丈夫、貴方が恐れていることは、“ことが済めば”、夢が覚めたと同じ、“白紙”なのですから。溜め過ぎは、身体に良くありませんよ、ねぇ?」
綴の手には、着物と同系色の羽織があって、そう女が誘う、悪魔的な妖艶な響きを息を吹きかける様に吹き込み、甘く囁いてから、その羽織を、薺の大きな背中を舐める様に指先でなぞり、羽織らせ、両肩をグッと、爪でも立てるかの様に強く掴む。
「素直におなりよ」
ビクッと小さく肩を振るわせた薺は、下の高まりが抑えられずに、獣の様に、はしたなく叫んだ。
若々しく、訪れた時の様に、肌も髪も姿勢さえも美しく蘇る。
ズルズルと、畳に前屈みで倒れていく。雪だるまが、熱で溶けた、そんな風にそこには水溜まり。
だが、綴の姿はなく、水溜まりなど何処にもない。
「いってらっしゃい、薺さん。良いひと時を、良い方と、存分に...」
ちりーん
悲しげに、儚げに、ただ、何処か情熱的な、鈴の音が一つ、響き渡る。
「...さむ...たくっ、これだから...」
「これだから?」
「...え?」
薺はガバッと掛け布団を剥いで、上半身を勢いよく起こし、声のした方へ、恐る恐る、顔を向けた。気持ちが込み上げて、息が荒いのにしづらく、鼻も詰まり、目頭が熱い。
「明香莉(あかり)さん...どうして」
「どうしてって、薺が、風邪を引いて仕事を休むって、電話くれたんでしょ?」
「...え?電話?」
「そう。貴方も若い、若いと思っていても、一年、一年、歳を取るのね。気をつけなさいよ、身体が資本の仕事なのだから」
会話に聞き覚えがあって、薺は混乱し、状況が飲み込めない。
それもそのはず、彼女、明香莉はもうこの世には、
“存在していない”
のだから。
一つの布団、横にはサイドテーブルに、少し暗めの灯りのテーブルライトが置かれ、香炉が照らされている。
香炉には灰が盛られ、中に⾹炭団が斜めに顔を出し、その横には、淡い黄色の梅の形をした印香。印香からは、蠟梅の香りが漂い、甘くフルーティなのに、どこか清潔感を感じる。
空薫(そらだき)を教えてもらったのは、明香莉からだと思い出して、涙が静かに流れた。
「...どうしたの?」
紛う事なき、明香莉の声。何故、彼女はいるのか、何が、起きているのか、薺にはまだ、理解できず、ただ、はたはたと静かに涙を流すだけ。
見かねた明香莉は、距離を詰め、そんな薺をそっと優しく包み込む様に、抱きじめた。明香莉の胸に、丁度、耳があたる。心臓の音が、ドク、ドクと聞こえ、部屋に漂う蠟梅の香りと同じ、いや、もっと強く甘い匂いが、明香莉からして、薺はやっと、安心して瞼を閉じる。
「...薺、仕事、辛くなった?」
背に回っている明香莉の手は優しく、ぽん、ぽんっと規則正しく、あやす様に叩いている。それは、母が、子をあやす、それだ。
「...いえ...」
それだけ言って、眉を寄せ、薺はゆっくりと目を開ける。ぼやけた視界の中、万華鏡みたいに映る世界は、夢の景色みたいだと感じ、ああと、綴の言葉を思い出した。
夢か、
そう納得すれば、不思議な事など一つもない。
ただ、この温もりと、聞こえてくる息遣い、聞こえる声が、妙に“リアル”で、仕方ないのだ。
薺は、だらんと垂れた二本の腕を持ち上げ、なぞる様に明香莉を手を取り、距離を取る。ただ、握りしめた明香莉の手は、硬く結んだまま。
下を向いていた顔を、ゆっくりと明香莉の方へ向け、目を、明香莉の目に、一直線で重なる様に見つめた。
「... 明香莉さん」
「...何?」
呼べば返ってくる、それだけで、胸が張り裂けそうで、ツンっと鼻の奥が痛い。
もっと、実感したくて、握っていた手を離して、明香莉の顔を覆う様に下顎からなぞって、掌から感じる感触の生々しさと、温かさと、そこにある、ぷっくりとした唇が、少し開いた口が、薺の男を焚き立てる。
重ねる唇は、初めは優しく、だが、我慢できずに、その息遣いと同じ、荒々しく、舌と舌が重なり合って、口内を犯していく。
唾液が、くちゃり、くちゃりと音を立てて、溢れるほどに、口端から床へと、ぽたり、ぽたりと垂れていく。
バン!!
強く、明香莉に拒絶されて、薺は布団に仰向けで倒れる。
でも、それも、わざとであり、明香莉の腕をしっかり握り締め、明香莉もろとも倒れ込んだのだ。胸の中の明香莉を見下ろして、明香莉の戸惑う顔をじっと見つめた。
「...駄目よ、分かってるでしょう?」
あの時と、一緒の言葉が返ってきた。だが、何を迷うことはあるのかと、可笑しくて、くくくっと、小さくだが声を出して笑ってしまった。
「...変よ?」
そう言われて、薺は、もうとっくにおかしくなっていると、思った。
だから、夢だ、そう言い聞かせて、本能のまま、明香莉を今度は押し倒し、のしかかった。
そこからは、本能のまま、明香莉が何かを訴えかけても、耳には入ってこなかった。
ただただ、明香莉が欲しくて、邪魔な衣服、全てを破り捨てて、念願だった白い、明香莉の柔肌を、掌で感じ、きつく香る匂いに、くらり酔い、躾のなっていない犬の様に、身体という身体の隅々までを、舌で舐め回す。
明香莉の悩ましげ漏れる声に、興奮して、薺は、痛い痛しく下腹部押さえる。
息遣いは激しく、何故か涙が止まらず、懇願する様に、明香莉を見つめた。
ポタリ、ポタリ、明香莉の肌にシミを付ける。
明香莉も、観念した顔で、涙を静かに流す。
子供の様に、泣きじゃくる薺を、明香莉はもう一度、優しく包み込む。
「...好きにしなさい」
薺は、己の高まりを剥き出し、己の唾液でベトベトになっている、蜜壺へ、強引に深く貫いた。
明香莉から、小さく悲鳴が漏れる。
優しくしたいのに、サドスティックに火が付いて、強く打ち付けてから、そのまま腰を動かした。
ゆっくりと、上下に擦り合わせ、内の締め付けに、歓喜を覚える。
下品に歯が見えてしまう様に笑みが溢れるが、声は出ない。
ひゅー、ひゅーと喉がなり、言葉にならないが、満ち満ちて、もう、止めることはできなくなった。
汗ばむ肌と、汗ばむ肌が、吸い付いて、ねっとりと重なる。それさえも、不快には思わず、むしろ、余計にエロティズムを生む。
激しく、激しく、明香莉の悲鳴も、次第に甘美な声に変化する。
もっと、もっと、もっと。
獣になった気分で、気持ちよさが頂点に達するまで、動き続けた。
ピクッと身体が小さく跳ねて、それは訪れる。
絶頂。
躊躇なんてものは、微塵もなく、明香莉の中で、薺は果てた。
念願叶った薺は、頬が桃色に色付く明香莉を眺めて、満足そうに瞼を閉じた。
薺の顔は幸福に満ち満ちて、だが、時というのは残酷で、時が動き出せば、老いはまた、訪れる。
「薺さん、薺さん!」
いい夢を見ていたのに、起こすのは野暮だと目を覚まして、五月蝿そうに肩を揺する綴の手を払う。まだ、目が光に慣れていないのか、薺は眩しそうに眉を寄せている。
ふわぁぁと豪快に欠伸をして、目を擦り、頭を掻いてから、顔を洗うみたいに手で一度擦った。視界がクリアになり、やっと、綴に視線を合わせる。
「...なんだ、お前か。はぁぁ......気持ちいい、心地いい、“夢”を見てたはずなんだが、お前の顔を見た途端、忘れたじゃないか。ったく、もっと気を利かせて起こせよな」
「ははは、それは失礼致しました。そろそろ、お戻りになられた方がいいかと思いまして。夜も更けて参りましたし、奥様が、心配なさいますよ?」
「あ?櫻が?あぁぁぁ...そうだな、そういえば、今日は早く返ってこいって、言ってたっけな。...おいおい、今何時だ!」
「十八時に、なるところです」
「...そ、そうか。まだ、それほど遅くもないな」
「ええ、まだ、これくらいなら、怒られはしないと思いますよ」
「...お、おう。じゃ、じゃあ、帰るとするか。綴、ありがとう、な」
「何がです?」
「......なんだったか...忘れた...俺も、歳か...」
そう言って、薺は静かに涙を流した。その涙は、床に落ち、そこにある椿の花に、滴り落ちた。
だが、次の瞬間、椿は何処にも見当たらない。
「おいおい、俺はどうしたんだよ。なんだか“分からん”が、ほんと、おっさんになったから、涙腺緩くなったんかねぇ〜」
寂しく呟いた薺は、手の甲で涙を擦り、少し赤くなった目を、綴に向ける。
「そうなんじゃ、ありませんか?」
「おい、綴、お前、お得意様に対していくらなんでも失礼だぞ!」
「いやいや、薺さんが奥様にお花を贈りたいとか、甘いこと言うからですよ。無精髭のおっさんが、惚気なんて、似合いませんよ?」
「おい!惚気てねーだろ!ただ、たまには花の一つでも買って、そうだ、ご機嫌取りだよ!と言うか、お前、花はどうした!」
「もう...やだな、お渡ししたばかりですよ、そこに」
「は?...あ、あ?あぁ...本当だな、すまん」
「いえいえ。ですけど、奥様には優しくしないと、逃げられますよ」
「...あ...あぁ。そうだな、今日は、すっきりした気分だ、しょうがない...綴の言うこともたまには聞いてやるか」
「ええ、二度と無くさないように」
「は?俺は、何も無くてないぞ?俺の初恋は、櫻だしな。俺は、こう見えて、一途なんだ」
「...ええ」
「じゃ、行くな!」
「はい、お気をつけて」
薺は、包装紙に包まれた蠟梅を抱え、晴れた夜空、帰って行った。
そこは相変わらず、白い世界。
そこを、綴は、遠慮なしに足跡を付けていく。
ただ、降り注いでいた雪は止んで、空は、満天の星空。
月明かり、照らされているのは、白椿。
いや、一つだけ、真っ赤に咲き誇って、キラキラと輝く、赤い椿。
「...成就しましたね、お互いに...ただ、彼の記憶には、あの方の記憶は、一切残っていませんが。......こんなに綺麗に咲くのですから、彼の“初恋”は、とても純真だったのでしょう。こちらこそ、ありがたいこと...ですね、八重さん」
そこには誰もいないし、返事もない。
けれど、一人、綴は、にやっと不気味に笑った。
「後、十一......早く...私も、八重さんに会いたいなぁ」
赤く咲き誇る椿を眺めながら、うっとりと酔いしれた様に、恋人に囁き掛ける、その時の様に呟いた。