※この作品はR-18です。

泡沫の花屋   作:濡れ鴉

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2月 チューリップ

 チョコレートの匂いが漂って、むせるくらいで目が覚める。

 まだ冬真っ盛り、肌寒くて、匂いがというよりは寒さに身が震えて目が覚める。外はまだまだ、雪化粧か雪の絨毯か。

 古い家屋であるから故に、隙間風が入るのは必然か。それでも、木の雨戸を閉めなかった方が要因で、より寒さを感じるのかもしれない。

 綴は布団から上半身を起こしてぶるっと身震いをして、布団の上にある羽音に袖を通す。

 朝は得意な方ではないが、こう凍えるほどの寒さでは二度寝というのも無理があり布団から抜け出す。ガラス戸の近くまで静かに近寄って、外を覗く。ここからあの椿が見えるのだが、一つだけ真っ赤に咲き誇った椿は毅然としていて、雪がちらつこうとも雪に埋もれることはない。

 手が悴んで、はぁーっと息で温めて椿をずっと見ていた視線を布団へと移す。少し離れただけなのにひんやりと冷たく重そうに見え、仕方なく押し入れにしまいこむ。

 また、椿の方へと視線を移せす。

 

 ちりーん

 

 「おやおや」

 

 窓の外を見ながらそう呟いた綴は、にっと口角を上に上げた。

 

 「十二、咲けば、ひと月始まり、十二回れば、夢も現(うつつ)。白も、赤に染まりましょう。私の夢も、その時、叶う。叶えましょう、与えましょう、貴方の夢は、真は、何処?さぁ、お客様をお迎えしないと...ねぇ、八重さん」

 

 小さく掠れるくらいの声で呟いて、綴はその場を後にした。

 

 

 「いらっしゃいませ」

 

 綴が、挙動不審な男に声を掛ける。真っ黒な服装、フードを被って両手でそのフードを持って顔を隠すようにしている。顔ははっきりとは分からないが、痩せこけて目が窪んでいる。血色も、良いとは言えない。

 

 「...こ...こ...は?」

 

 「此処ですか?此処は、夢と現の狭間。貴方様は、夢を見ているとでも思って下さって、結構ですよ」

 

 「夢?...」

 

 はははと悲しい掠れるような笑いを漏らしたその男は、夢ならと小さく独り言を呟いてフード取って一息、おどおどしながら綴を伺うような目線で見ている。

 

 「何を、お求めでしょうか?」

 

 綴るは静かにそう言って、静かに微笑んだ。男はその笑みが眩しいとでもいうのか、視線を逸らして地面をきょろきょろと所在無げに忙しく動かしている。上着の裾を両手で握り締め、視線を外したままでいる。

 

 「此処は、なんだ...僕は、なんで...」

 

 おやっと少し不思議そうな顔をした綴は、男をじっと見つめる。下から上へと舐めるように、ゆっくりと観察するように見た。

 

 「...外は、寒くありませんか?私は、この花屋の亭主、言ノ葉 綴(ことのは つづる)と言います。折角出会えたご縁、中へお入り下さい。身体も、温まりますよ」

 

 男は迷いながらも、急に吹いた風に体が冷えて身を縮こませる。このままでは凍死しかねないと、男は小さく頷いて店の中へと入っていった。

 中は沢山の花で埋め尽くされていて、むせ返るほどの花の匂いに甘く酔いしれる前に鼻を摘んだのは、その男。ぶるぶると身を震わせながら、早くこの場を離れたいと思うばかりに足早にその場を立ち去った。

 

 男は奥の畳に部屋に通され、大人しく江戸火鉢の横に体育座りをし両手で足を抱えて縮こまる。

 パチパチと小さな音を立てる火鉢をぼぉーと眺め始めた男の横で、綴は江戸火鉢に付いている小さな引き出しから煙管を取り出す。丸めた刻みタバコを火皿に詰め、小さなマッチ箱を取り出すと箱をずらして一本、マッチを取り出してすりかわに擦り付けて火を付けてから、遠火で刻みタバコに火を付けた。

 刻みタバコから煙が上がって、吸口から綴が一口吸ってゆっくりと煙を吐いた。その様子を先ほどからじっと黙って、男は見ている。いや、魅入っているという方が正しいかもしれない。

 綴はそんな男をちらっと横目で伺い、煙管をすっと男へと差し出した。

 

 「一服どうですか?落ち着きますよ?」

 

 「...い、いや...僕は、タバコは吸わないから」

 

 言葉とは裏腹、吸口を食い入る様に見つめている。

 

 「大丈夫ですよ、此処は夢。何も我慢することなんて、何一つないんですよ」

 

 はいっと言って、男の下唇に吸口を押し当てる。煙管を吸うのは初めての様子で、戸惑った様に口を小さく開けて唇を小さく震わせながら這わせて口付けする様にちゅっと下品に音を立てて吸った。

 すっと吸って、上手く吐き出せずに咳き込んでいる男を見ながら、綴は冷静に江戸火鉢に煙管を静かに置く。それから、擦り寄って男の背中を優しく上下に摩る。

 男は変な気分になって、咳き込んでいるのに気持ちが良くて、涙目なのにそれさえも心地よくて喉を両手で押さえた。

 

 「我慢せずに全て吐いてしまえば、楽ですよ」

 

 後ろ手から男の背中を抱える様にすっーと手を回し、唇が付くか付かないかのぎりぎりのところ、男の耳元で囁く。

 男はごくっと唾を一つ飲み込んで、小さくも忙しなく左右に目を動かしては、もう一度抱えた足に爪を立てて我慢している。

 

 「大丈夫。責める人は、此処には何処にもいないんですよ。解放してあげなさいな、ね」

 

 吐息混じりの囁きは、悪魔の様な甘美な魅力があって、男は辛抱たまらんとでもいう様に自分の下唇を舌で舐めた。

 

 「夢に夢揺られ、さぁ、素直におなりよ」

 

 男は両手で強く自身を抱きしめると、これでもかというほど目を見開いて、口はだらしなく半開き、あまつさえ少量だが涎が流れる。

 はぁっと艶かしく息をもらした男は先ほどの不健康にやせた顔付きから一変、生き生きと艶の良い青年へと若返る。そこから、男は身体を傾けて横になり膝を抱えてゆっくりと目を閉じる。

 ゆらり、ゆらりと男は蜃気楼の様に消えて、そこには何も残らなかった。

 

 「いってらっしゃい。良いひと時を、良い方と、存分に...」

 

 ちりーん

 

 響きはどこまでも悲しく、虚しい鈴の音が響いた。

 

 

 はっと、男が目を覚ました時には自宅のベット上。何故、と思うがこれは夢なのだと思い直す。眠っていたなら人の温もりがある布団も、冷え切ってもう一度寝ようとは思えなかった。

 ベットから出て、部屋を出る。顔がごわごわする様な気こち悪さで、洗面所へと向かった。

 向かった洗面所では、すでに男が使っていて、顔を洗った後なのか備え付けのタオルで顔を拭いている。

 洗面所の男を見つけると、明らかに嫌な顔をした男は一旦部屋に戻ろうとするが、その男と目が合ってしまい立ち止まった。

 

 「響二(きょうじ)...」

 

 タオルで顔を拭き終わった男は響二を見つめながら、ぼそっとそう呟く様に言った。

 

 「響一(きょういち)、そこ使うから」

 

 響二はそれだけ言えば、響一を追い出す様に洗面台の前に立つ。洗面器に両手を付いて、目の前の鏡、自身の姿を見て眉を顰める。

 響二は、響一と一卵性の双子である。ただ、兄の響一は外見も中身共に優秀で、それに比べ劣化品でもあるかの様な響二。

 一卵性であるから顔はそっくりなはずなのだが、響一は影のある色男と評されるのに、響二は陰湿な男と評される。身体つきも、響二はがりがりとまではいかないが痩せ細って、響一と比べると猫背なのもあって見窄らしく見える。

 それが、世間様の響二の評価であった。

 一時期は、目に掛からないくらいの黒髪ショートヘアーでラフな同じブランドの色違いという同じ様な格好をしていたから、二人揃って女子受けが良かった。

 だが、高校に入学した頃には雲泥の差。それは、いくら見掛けを一緒にしても、社交的なしっかり者の響一と、コミニケーション障害で人付き合いが苦手な響二では仕方ないこと。

 時というものは残酷で、はっきりと違いを示してくるのだ。響二は、それに耐えられなかった、ただそれだけのこと。

 響一は髭もすっきりとして整えられていかにも好青年であるが、鏡の中の響二は無精髭に目の下にはくまがくっきりと浮かんで、少し腫れぼったい目元が陰湿そうなのである。

 それもそのはず、響二は不登校で家に篭りきり。高校三年には上がれたものの、響一との親や周りからの比較する目に耐えられなくなり、春が過ぎる頃には家から出なくなった。

 乱暴に蛇口を捻れば滝の様に流れる水の中に手を突っ込んで、衣服が濡れるのも構わずに乱暴に顔をボロ雑巾で強く拭くように顔を洗う。

 ジャージャーと大量の水が流れても構わずに、また洗面器に両手を付いて俯く。慌ただしく、ぞんざいに自身を扱ったせいで息が乱れて、ゼェゼェ言いながら、時折、何かを吐き出したい衝動で嗚咽が漏れる。

 キュっと、蛇口を捻る音がする。目を隠すほど長くなった髪から響二は、横よりは少し後に立って蛇口を閉めた響一を覗いた。

 

 「母さんに、またどやされる...あまり水は出しすぎない方がいい」

 

 蛇口から手を離して少し後ろに下がった響一を、片手で顔を拭って顔を上げると鏡越しに響一を睨む様に見ている。

 

 「はいはい、ご忠告どうも」

 

 小声で呟いて、響一を片手で退けるといつも通りに自室に戻ろうとした。

 だが、今日は違った。響一に、腕を掴まれたのだ。

 響一は何故か響ニと同じフード付きのジャージを見に付けていた。いつもは、シルクの母親が選んだ上等なパジャマを着ているし、外へ出かける時はきっちりとアイロンの掛かった制服か、清潔感のある少し大人めの服装である。ジャージなんてものは、高校に上がってからは体育か部活動くらいでしか見ない。

 

 「......離せ」

 

 「...ちょっと、話をしないか」

 

 「今更、何で話をする必要がある?それとも、これ以上、俺を惨めにしたいのか?」

 

 響一は静かに首を振って、睨む響二を悲しそうな目で見つめている。

 

 「違う。もう、“今日だけ”、だから一緒に来てくれないか?」

 

 「...今日だけ?」

 

 「ああ。そしたら、もう二度と邪魔はしない」

 

 響二は怪訝そうな顔をして響一を見るが、ただ悲しそうな表情が見えるだけ。バツが悪くなって、響二は顔を背けると小さく頷いた。

 

 

 頭が痛い。

 そう思った時には、部屋は真っ暗闇で、何が起こったかも思い出せない。

 どこかぶつけたのかというほど頭がズキズキして、外傷がないか頭や身体を確かめた。特に表立って、外相があるわけではなさそうだった。

 響二は寝転がっていたのを、上半身だけ起こして壁に背を預けた。

 ぼんやりとしながら目を凝らして辺りを伺えば、目が慣れてきたのか幾らかは見える様になった。

 どこかのビルの一室なのか、いや廃ビルなのかもしれないと思ったのは、何もその部屋には無いからだ。ただ、ど真ん中に大きな黒い荷物らしきものがあるのは確認できた。

 段々気持ちが落ち着いてきて、壁に手を付きながらよろよろと立ち上がった。

 先ほどから、真ん中の荷物が気になって仕方ないのだ。

 でも、見たくないとどこかで思う反面、それを確認したいという好奇心が拮抗して、好奇心が勝った。

 頭痛は治りつつあるものの、全く無くなったわけではなくておぼつかない足取りで、荷物へとゆっくりと足を少し引き摺る様な歩き方で近づいて行った。

 近くに寄れば寄るほど、心臓の音が煩く、スピードも早くなっていく。辞めればいいのに、そんな時ほど度胸があるのはきっと下世話なのだと心で嘲る。

 もう後一歩行けば、荷物の横。

 もう、考えない様になんて言葉は失った。

 そこには、そう、気づいていた、もしかしたらこれに気付いた時から。

 

 “死体”

 

 顔なんて確認する必要はなかった。それは響一だと、はっきりと分かるのだから。

 そう思った瞬間、生ごみかドブ川いやそんなのは生優しい、言葉では表現しにくいほどの嗅いだ瞬間に胃の中のものが激しく逆流して吐き出して抑えきれないと言った方がいいほどの悪臭。

 あいにく、響二は吐き出せるほどの何かを胃に溜めていなかったから胃液が溢れても、口を押さえれば我慢んできた。

 そんな状態なのに、足がすくんだのかその場から離れられずにドスンと腰を抜かして地面に尻餅を付いた。目には涙が溢れるのに、どうしても顔を見なければという衝動が起こる。

 嫌だという心の叫びとは相反して、首は誰かが無理やりそちらに向けさせる。

 虚な目の響一と目が会った瞬間、響二は固まった。それでも目を閉じることは許されず、目は窪みきり頬はこけて肉が膿んでただれ、中の人間の白い骨が見えてしまっている。

 シューティングゲームのゾンビの様に溶けた皮膚がなんて現実味がないものとは違い、テレビなどで見るからびたミイラに近いものがあった。ただ、そこまで乾燥しているわけでもなく、肉質的な生々しさはまだ残っている。

 幸い、不思議ではあるがウジがわいていないだけ、ましというもの。

 恐ろしいその光景に、声を出せずに涙と鼻水と涎が流れて、それでも収まり切らずに、あまつさえ失禁してしまう。

 

 恐ろしい、恐ろしいと頭に中がその言葉で埋め尽くされた時には、目が覚めた場所に這いつくばって戻っていた。体育座りで足に顔を埋めて、自分からも異臭をするのも厭わずにただただ、そこで小さく捨てられた子犬の様に震えていた。そうして何日も過ごして意識が混濁して、いつしか恐ろしさよりも起きていることに限界が来た時には意識を失って横に倒れた。

 

 

 「響二、響二?」

 

 片腕が痛いと思って、閉じていた目を開く。そこには響一がいて、驚きに言葉を失う。

 

 「歩きながら居眠りすると、怪我するぞ」

 

 そう言われて、怪訝そうな顔をする響二。それはそうだ。そう言って今は元気に喋っている人間が、先ほどまで死体だったのだから。

 あれは夢かと思う割にはリアルで、こんなに胸糞が悪く目を閉じれば瞼の裏にでも焼きついているのかというほど、鮮明に思い出せる。

 なら、今が夢なのかと思った瞬間、思い出したのだ。

 

 夢、もちろん、夢なのだと。

 

 なんだと緊張が解けて、響二は一息ため息を漏らしたら楽になった。

 

 「...寝てないから。ただ...ちょっと、考えことしてただけだ」

 

 適当なことを言った割には、響一は信用した様でそれ以上は何も言ってこなかった。

 

 「...で、何で腕、掴んだままなんだ?」

 

 ふと今も痛みがある腕を見ながら響二はそう言って、離してほしくて繋がっている腕を小さく振った。

 

 「...それは駄目だ」

 

 「何故?」

 

 「逃げるから」

 

 「逃げないし。ここまで来て、何を逃げる必要がある」

 

 「...でも、今は駄目だ。着いたら、離す」

 

 ガンとして譲らないので、響二の方が折れて大人しく腕を掴まれたままの不自然さを抱えたまま、あのビル、廃ビルへと着いた。

 

 「ちょ...」

 

 あの光景がチラついて、響二は足がすくんで立ち止まろうとする。

 

 「逃げないって、言ったのはそっちだけど?」

 

 「...別に、そういうんじゃないから」

 

 響一にそう言われれば、意地っ張りな響二はそう言って歩みを止めることは不可能、今更逃げることも許されない。

 

 ビルの中に入っている階段を登ろうとするのを一旦、静止させた響二。流石に、階段はこの体制では登れないからと思ったからだ。

 

 「逃げないと言った」

 

 「普通に考えて、こんな体制で登れないだろう?頭大丈夫か?」

 

 嫌味っぽく言っても、響一は顔色一つ変えず動じることはない。

 

 「なら、先に登って」

 

 逃すつもりがないのか、うんというまで腕は掴まれたままだ。断れる雰囲気が微塵もなく、頷いて響一よりも少し前に出る。すると咄嗟に、響一は真後ろに回った。

 響二はやれやれとしかたなさそうに、階段を登って行った。

 

 「おい、どこまで登るんだ。このままだと、屋上じゃないのか?」

 

 響一に後ろから押される形で、ここまで登ってきた。あの部屋へと続く道は階段を登っては行けないと理解して、ほっとした反面、違う得体の知れない不安が襲ったのだ。どうするつもりなのかが、全く分からないからだ。

 

 「屋上でいい」

 

 「...あっそ」

 

 屋上に鍵は不用心にも掛かっておらず、すんなりと外へと出られた。そう言えば、この廃ビルに入るのも鍵はかかってないし、よくよく考えてみればここまで来る途中、誰とも会ってないのだ。

 

 そしてまた、夢なのだから当たり前かと思い直す。

 

 ドン

 

 外に出た瞬間、響一に背中を押された響二は無様にうつ伏せに倒れる。意識はあったから、受け身は取れても普段から運動していない人間に上手くできるはずもなく、若干クッション代わりになったというだけで、強く身体を打ちつけたのは言うまでもない。

 

 「...何すんだ」

 

 「“最後”、そう言ったはずだ。それに逃げないと、響二が言ったんだろう?」

 

 「そう言う意味じゃ...」

 

 響一は遠慮なしに、うつ伏せのまま動けない響二に追い被さった。

 

 「...ちょ、お前何して...やめろ!」

 

 声を上げても聞く気がない響一黙ったままは、響二の耳裏を唾液をたっぷりとべろりと舐めた。こそばゆさと、気持ち悪さ、でもどこか心地よいと、相反した感情で響二は小さく身体を震わす。

 響一は顔色を変えず、ただ高揚した様に頬は赤く、響二の胸元に手を回すとジャージのジッパーを力付くで下げる。寝そべっているので、上手く下げれずに破壊したというのが正しい。下まで行けば、もう遠慮もなく中のTシャツも力付くで破いていく。

 あらわになった響二の貧弱な身体を貪る様に、響一は手のはらで優しく胸元撫でて、敏感な先端を撫で始めた。初めは嫌がっていた響二のそれも、身体は男である。快楽にはあっさりと流されて、それは主張した様に硬くなる。

 気分を良くした響一は、響二の耳を甘噛みして甘い吐息を吹きかけ、そこから舌でナメクジが這うようにゆっくりと首の後ろを舐めて、いやらしく音を立てて口づけを落とす。そこから、手と一緒に下へ下へと口付けて行くが、前ははだけたがジャージをまだ羽織ってる状態。邪魔になり、一旦動作をやめる。

 響二は、快楽に支配されながら恐怖と闘い、そして、その停止された瞬間、ほっと胸を撫で下ろす。

 だが、それは安堵の時間ではなく、さらなる恐怖を生んだ。

 上半身をそんな怪力なのかと疑うほど、簡単破り捨ててしまったのだ。継ぎ目があるからとか、そんなことで解決できるそういう感じではなかった。明らかに変で、響二に跨っているのは獣かと思わざるを得ない。

 もうそこからは、恐怖で、だからといって逃げれる状態でもなく、諦めという言葉が一番似合うだろうか、響二は響一のなすがままだった。

 震える響二を見下ろす響一の目と口元は、甘美に酔いしれていてだらしなく垂れ下がっている。興奮して息が荒く、誠実さは全く微塵も無くなって、ある意味、獣そのものと言ってもいいかも知れない。

 ただ、触れていくその動作は繊細で、甘噛みして、強く吸っては跡を残していく。萎えていた突起を、時間を掛けてまた硬くする。

 はぁ、はぁ、息遣いももっと荒いのに優しい愛撫なのは響一が我慢しているからなのは明らかで、顔を真っ赤にしているのは響二だけではない。ただ、響二は上半身真っ赤で、あちらこちらに鬱血痕が散らされていた。

 悲鳴が甘ったるい声に変わった瞬間、響一はジャージ越しに下で猛々しく盛り上がっている突起を両手で包み込むと、激しめで上下に擦り上げた。

 初めは、響二は痛みの方が勝って苦痛の叫びだったが段々とお互いに感覚がとれ、時間を重ねると息も合って、甘美の声と先走りの独特の匂いとぐちゃぐちゃといやらしい音を立てはじめた。

 あとちょっとでいけると響二が思った瞬間に、響一は動きをピタッと止めてしまう。焦ったさに身を捩る響一を、舐める様な視線で見てから、少し腰を浮かせた響一は一気にジャージとパンツをずりおろし、靴に引っ掛かった時点で手を離し足首を拘束、尻よりも少しずらして腰を下ろした。

 響二の尻を揉みしだいて、菊が咲くそこへ撫でる様に上下に優しく撫でる。この頃には、響二は何も考えられずになすがまま。

 響一は菊を広げて、舌から唾液を垂らしながら中を舐めまわし始める。丁寧に、丁寧に、ほぐれていくのをうっとりした目で響一は眺めている。

 どれくらいか、長い時間、水音がし出すくらいには辛抱たまわないという様に、響一はジャージとパンツをおぼつかない手で引き摺り下ろしていけば、猛々しく痛々しく反り立ったそれを広がった穴へと強引に、一気に押し込んだ。

 響二は身体が電撃で撃たれた様な痺れ、だらしなく口から涎が溢れる。

 それからは、はぁはぁと気持ちよさに酔いしれている響一の独壇場。激しく上下に腰を振って、打ち付ける。

 くぐもった声から、蕩けた様な甘い喘ぎ声に変わった響二。

 

 二人はもう、獣そのもで、獣として激しく快楽を貪った。

 

 

 でも、終わりというものはあっさり来るものだ。

 

 疲れ果てて目が覚めたら時には、何がどうなっているかは分からないが破られ脱がされたジャージがそのまま身に付けられていた。ただ、身体中から臭う異臭は、痴情のそのものだと分かる。

 しかも、屋上のベランダの向こう側に立っているのだ。下を思わず見てしまえば、ものすごい高いわけでもないが、落ちたらただではすまないことくらいは分かる。

 恐怖で足がすくみ、足を滑らせたら終わり。そう思うとゾッとして、金網にしがみつくしかできない。

 

 「大丈夫か?」

 

 「は?」

 

 横には、響一がいた。

 

 「行けそうか?」

 

 「どこに?」

 

 ふっと笑った響一顔は、悲しい感じがした。

 何かをわざとらしく押すように、風がふっと吹いた。普通なら何ともなくても、こんな足場の悪い場所では致命的。

 動揺もあって、身体が揺らいで足を滑らしそうになった。

 

 おしまいだ。

 

 そう思った瞬間、強く引っ張られて戻される。響一が、引っ張り上げていた。

 

 が、

 

 ゆっくりと、何故か、その時はスローモーションで、響二の代わりに響一が落ちていくのが見える。手を伸ばせば、助けられるかと思ったのに、響二は金網から手を離せずに見送った。

 

 ドン

 

 呆気なく、実に呆気なく、響一は地面に叩きつけられて血の海へと浸かった。

 

 ドクドクドクドク

 

 心臓が喉を突き破って飛び出てしまうのではないか、そう思った時には意識はなくなった。

 

 

 すんすんっと何か、変な臭いがすると目を醒めした。目の前には、糸切れた人、肉の塊。

 まだ、形は崩れてはいないが腐敗は少しずつは始まっているのか、それとも別臭いなのか。

 やつれた無精髭が生えたその小汚い男は、何処かで見たなと思っても、今は思い出せない。

 

 ただ、滑稽だと、つくづく思う。

 

 解放されたと思えば、笑いが止まらなくて、思考が吹っ飛ぶくらいひとしきり笑ったら意識がブツっと途切れた。

 

 

 「響一さん、響一さん。雪も止みましたし、そろそろ行かれた方がいいのでは?」

 

 トントンと肩を叩けれて、響一は体育座りで眠ってしまったことにはっと気づいて、顔を上げる。

 

 「...あ、あぁ...すっかり、眠って...すまない」

 

 「いえいえ、いつものことですから」

 

 「...はは、全く俺も、幾つになっても...しっかりしないとな。今度、結婚するんだよ」

 

 「そうですか、それはおめでとうございます。ということは、あのお花は奥様になる方に、ですか?」

 

 「あ?......いやいや、あれは...弟の“響二”に」

 

 「そう言えば、お墓参りに行くって言ってましたね」

 

 「ああ...結婚の報告に......ケジメかな」

 

 「そうですか」

 

 「長いしたな。じゃ、俺は行くな」

 

 「はい、またご贔屓に」

 

 響一は白いチューリップの花束を抱えると、すっきりした様な顔で店を後にした。

 

 

 「ふふ、ふふふ。本当に、面白い。人間は追い込まれると、簡単に垣根を飛び越えてしまうものですよね、八重さん。それだけ強い想いというのは、力を生むのでしょうか。さて、後、十ですよ、八重さん。はぁ、でも、こうして語りかけても、八重さんの温もりは肌に感じるのに、声は聞こえない。これはある種、あの彼の“片思い”と一緒かも知れませんね。これは、そうですね...ほろ苦い、あのチョコレートそのもの。そういえば、そういう季節ですからね」

 

 二つ目の真っ赤な椿が色づいて、庭を窓の外を眺めながら綴は袖で口元を隠しながらくすくすと小さく笑う。

 そして、雪に埋もれることない気高い椿達に魅入られる様に、うっとりと眺め続けた。

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