………2023年の書初めがこれってマジ?
「──────精神へ直接3大欲求を挿入する実験を──────」
「──────だが現状では肉体へのフィードバックを観測することは──────」
「──────問題ない。そのためのVRアバターなのだから──────」
(──────だれ?何を言っているの?ここは………何処なの……?)
まどろみのようなふわふわとした半覚醒状態でミトはその声を聞いた。
欲求の挿入?フィードバック?分からない。
分からないけれど、なんだか嫌な予感がする。
その場から逃げようと、せめてこの虚ろな状態から目を覚まそうと手足に力を入れるミト。
しかし、どれほど力を込めても指一本たりとも動かない。SAOの麻痺状態だってここまでプレイヤーを拘束する事はしなかった。
右腕は緩慢にだが動いたし、ささやく程度であれば声も出せた。
けれどこれは違う。
全身が石膏で固められたかのように動かない。目も何も見えない。確かに目を開けている筈なのに一切の光が瞳に届いてこない。
聞こえるのは、こちらを値踏みするような不快な会話だけ。
(なんなのよ……これ)
声を出すこともできないので仕方なく心のなかでミトは呟く。何もできなくとも、せめて情報くらいは欲しい、と唯一機能している聴覚に全神経を研ぎ澄ませる。
「──────ん?被検体103番の脳波に動きがあるな。どうやら覚醒しているらしい」
「──────ならこの会話も聞いているだろう。丁度いい、第3ラボへ送ってくれ。アバターもつけた覚醒状態で、だ」
「──────オイオイ大丈夫か?そこまでしたら確実に記憶に残るぞ。隠蔽工作が難しくなるんじゃないか?」
「──────問題ない。記憶操作研究班が、任意の記憶削除に関する技術を完成させ始めている。証拠隠滅は容易い。
「──────なるほどな。オーケー、103番を送る。やりすぎて壊すなよ」
「──────壊れたら壊れたで、使い道はあるさ。それに…………」
不穏極まりない会話を続ける声の一つはそこで言葉を区切る。
そして、愉快でたまらないと言った様子を隠すことなく言い放った。
「どうせ300体もいるモルモットが一つつぶれるだけだ──────」
*********
「ここは………」
目を醒ましたミト最初に見たのは、一面真白な部屋だった。
いや、正確にはそれが部屋なのかどうかミトには判別がつかなかった。なにしろ、そこには壁と呼べるものが無く、一見すれば何処までも果てなく続いている様に見えるのだから。
「体は、動くわね」
辺りを見回して、次いで自分の体に目を落とす。自分でもちょっとどうかと思うくらい白い肌。流石に健康に悪いと思って続けている日々のエクササイズのおかげで細い体は、親友に言わせれば感嘆に折れそうで怖いらしい。
そんな体を覆うのは、丈の短い浴衣に似た検診衣のような衣服だ。
肩口から前へと流れる神は、黒に近い紫。
服装をのぞけば、毎日嫌になるほど鏡でみた自分の姿だ。
けれど、それはここが現実世界であることを示すわけではないとミトは知っている。
僅かな肌の凹凸、浮き出る血管の色、或いは微かな体臭。そういった気にも留めないような雑多な情報が、ここにはない。
今ミトが見ている自分の体は、本物ではなく、けれど本当の肉体上に思い入れのある心の器だ。
即ち──────。
「SAOの中なの………?でも、あのとき確かに…………」
──────私はゲームクリアのシステムアナウンスを聞いたはずだ。
そこまで考えて、ミトはハッと息をのむ。確かにゲームクリアを告げる声を聞いた。慌てて店を飛び出てみれば、街に居たプレイヤーが次々とログアウトしていくところだった。
彼女自身、青い光に包まれてアインクラッドを去った筈だ。けれど──────。
「その先が思い出せない………?」
ミトはその後何をしていたのか。本来なら、病院なり収容施設なりのベッドの上で目を醒ます筈だ。
なのに何故、こんなところに居るのか。そもそもここはどこなのか。
優秀なミトの頭脳が不可解極まりない現状を理解しようとフル回転する。
そして、一つの答えにたどり着く。
「別のゲームに閉じ込められた………?」
「それはちょっと違うかな~?」
「………ッッ!?誰ッ!?」
無意識にこぼれた独りごとに返答されてミトは跳ね上がる。
振り向いた先には、生理的な嫌悪感を感じる悍ましいモノがいた。
「ようこそ、ボクのラボへ。まぁ君が来たのはもう1か月以上前なんだけど、こうして話すのは初めてだからね」
「何を……言っているの。ここは何処!?私をどうするつもり!?」
「なに
実験、観察。明らかに碌でもない単語が目覚める直前の記憶を呼び起こす。
「──────ッッ!まさか、貴方たちは………ヒトの心を操る研究をしてるっていうの………!?」
「へぇ。さっきの会話を聞いてるとは知っていたけど、それだけでその答えに行き着くとは。君は随分と優秀らしいね」
「お世辞なんて聞きたくない!私をここから出して!こんなこと、絶対許されないわよ……!」
目の前の触手怪物が自分に何をするつもりなのか。現実であれば鳥肌が立っているであろう感覚に足を震わせながら、ミトは気丈に叫ぶ。
殺気すらこもる少女の視線を受けて、しかし触手の化け物はやれやれと首をふった。
「そこまで気付いていながら、『ここから出せ』とは。優秀ではあるが、少し想像力が足りないね。…………そもそも君が目覚める遥か以前から、君の脳髄は我々の手の中だよ」
言いながら、触手は周囲に浮かべた無数のホロウウィンドウの一つに手を伸ばす。
「やめっ………………ッ!?」
瞬間。ミトは喉の渇きを覚えた。
否。それは全く別の欲求だった。あまりに唐突で脈絡が無かったせいで、体が、脳が錯覚を起こしたのだ。
事実それは喉よりずっと下。心臓の鼓動を超えて下腹部から疼くように訴えかけてくる。
「…………なに、これ……?」
あまりに不自然、明らかに虚構。作られた仮初の衝動なのは明確だ。にもかかわらず、ミトの体はその欲求に苛まれる。
「う~ん。脳波的に発情してるのは間違いない。その割には反応が薄いなぁ。コイツがこういう性質なのか、もっと単純に、不自然な情動に脳が混乱しているのか。………まぁいい。じっくりやろう」
触手が再びウィンドウに触れると、奇妙な感覚は嘘のように消え去った。
頭の中をキーボード一つで操作されている事実にミトが恐怖していると、膝をつく彼女の隣にもう一つのアバターが現れた。
「っ、誰?」
ミトの誰何の声にアバターは答えない。代わりにそれを呼んだであろう触手が答えた。
「ああ、それはただの置物だよ。君の反応を確認するのに使う実験器具さ」
「………こんなので、何が分かるっていうのよ」
「それをこれから確かめるのさ」
ピッ。軽い電子音と共に、またしてもミトの中に人工の欲求が発生する。しかし、今回は先程よりも随分と弱い。弱いが故に不自然さや違和感も少なく、ミトはそれが”ナニ”であるか理解出来てしまった。
「……………これ、は」
「気付いた?ボクが君に植え付けているのは、性的欲求。ようはムラムラするっていう衝動だね。人工的に発生させたそれにたいして人間がどんな反応を示すのか、それを見たくて君をここに連れてきたんだ」
「下衆野郎……!!」
「ははっ凄い顔。美人が台無しだぜ?」
ミトの罵声を嘲笑って触手はウィンドウを操作する。
そのたびに少しずつ自らの性衝動が強くなるのをミトは感じた。
(嘘でしょ……!?こんな、ことって……)
鼓動が加速し、血流が暴れるのが分かる。自分を弄ぶ職種への怒り以外の要因で赤くなる頬と荒くなる息を隠すように口元へ手をやると、ソレが目に入った。
「…………ぁ」
不自然に隆起した衣服。テントを張る、などと比喩されるのは知っていたが、こんなにも、その、形が分かるものなのか……?
そんな疑問を抱きながら、ミトの視線は隣に横たわるアバターの、下腹部へと吸い寄せられる。
そこには、ミトの物とは少し違う男性用の診察衣を押し上げて存在を主張する剛直があった。
「男性器に強い興味を示すが、手をだす程ではない……か。もう少し強くしてみるか」
「………ッ!……くぅ……」
ミトの脳内で欲望と理性がせめぎ合う。目の前の逸物が欲しい。今すぐあの邪魔な布切れを剥ぎ取って、ぐじゅぐじゅに濡れた淫華に突き入れたい。
そんな欲求がミトの中で渦巻いている。けれどそれは偽物だ。偽りの情動だ。ミトを弄ぶあの触手によって植え付けられただけの紛い物の筈だ。
「はっ、はっ、はっ」
──────なのに何故、私はこのアバターの陰茎に涎を垂らしているのか。
「ははっ。舌をだして息を荒げて、まるで狗のようだな」
──────聞こえない。私を嘲笑う男の声も、私の喉から響く喘鳴も、早鐘の様に鳴る心音さえ。
欲望を遮る全ての音を無視して、ミトは造り物の肉棒に口付けた。
ジュルリ。ジュプリ。卑猥な音を立ててミトは頭全体を上下する。そのたびにすぼめられた口からアバターの剛直が覗いては消え、消えては覗く。
数回出し入れするだけで、アバターの陰茎はミトの唾液によっててらてらと卑猥に輝くようになった。
「ふむ。植え付けた性衝動に対する反応としては概ね予想通りか。次は性感だな」
「……くっ、ふぅ……!」
触手の男が再びホロウウィンドウを操作すると、ミトは息を漏らしながら腰を反らした。
ビクリと弾ける様な弓なりのあと、服に隠れたミトの脚を溢れ出た愛液が伝っていく。それを見て初めて、ミトは自分が下着の類を付けていないことに気付いた。
「今度は……なに…?」
くしくも、唐突な絶頂がミトを正気に戻した。とはいえ未だに欲棒を欲する衝動を残っているし、さらに正体不明の快感が身を震わせている。
「なに、今度は君の脳に直接オーガズムを発生させただけだ。その様子を見る限り、正常に作動しているようだね」
「ふざけ、ないで……!私は、イッてなんか……………んはあっっ!」
「別に絶頂だけでなく、快感そのものを与えることもできるんだがね」
ミトの言葉を遮るように、膣の奥底を突かれたような触覚、快感が彼女を襲う。
男が手元のパネルをタップするたびに、深しの逸物に突き犯される感覚がミトの中で弾けた。
「あっ、あっ、あっ、これ、止めて…………おかしく、なるぅ………!」
「客観的に見ると、独りで腰を振ってよがり狂っていると言うのは、些か滑稽だな」
「う、るさい……!さっさと、止めなさい……!」
「はぁ。ここまで予想通りの実験結果では面白みに欠けるな。必要なデータは取り終えたことだし、少し遊んでやろうか」
そういうと男は、パネルを操作し、いつの間にか出来ていた扉へ向けて歩き始めた。
「んあっ………待て、何処へ行く気………!?」
「研究室に戻るんだよ。3時間もすればまた様子を見に来るさ。………ああ、さっき君の性感帯───乳首、クリトリス、Gスポット、その他諸々に対して継続して性的刺激を与えるように設定しておいた。加えて絶頂──オーガズムを禁止するオマケつきだ。精々楽しんでくれたまえ」
「嘘でしょ………待って、解除して……!そんなの………耐えられるわけが……………ああっっ!」
「耐えられずに壊れてくれれば、少しは面白くなるんだけどね。期待しているよ。301番ちゃん」
転移結晶でも使ったかのように研究者の男が消えた後には、全身を襲う快楽に喘ぎ狂うミトだけが残された。
*********
そして、3時間後。
「──────ん、はあああああああっっ♡♡♡はあっ♡あっ♡んんっ♡」
戻ってきた男によって、絶頂封印を解除された瞬間、ミトは獣のような嬌声を上げて果て狂った。
悪魔に取りつかれたかのようにビクンビクンと跳ね回り、ドロドロに溶けた喘ぎ声が白い部屋に響き渡る。
美しかった顔は汗と涎にまみれ無残な有様へと変わっている。
「あへ、あ、は、へぁ……もっと、あ、おちん、ぽ♡……へあ………」
もはや言葉ですらない音の羅列を涎とともに口から漏らしながら、ミトは剛直をいきり勃たせて横たわるアバターに跨った。
「はっ、ん、しゅごいぃぃ……。おまんこグリグリされてりゅぅ………あはぁっ、Gスポット、イイっ!」
「あ、またイくっ、またイっちゃうぅぅ……!お願いっ、もっと突いてぇ!私を、イカせてぇっ!」
ビクンッ
一際大きく弓なりに腰を反らし、ミトは達する。そのまま仰向けに倒れ込み、だらしなく相好を崩して気絶した。
「…………やれやれ、唯一の予想外がこれとは。しかし、性感がヒトを廃人にすると分かった事は大きな成果と言えるか。」
ミトの有様に首を振りながら触手姿の研究者は独り言ちる。そんな彼の目の前で、ミトのアバターにノイズが走り、消滅した。
「脳波検出異常でアバターが消えたか。最早、アレが人間として目生きられないだろう。…………処分してやるのが情けというものか」
ピッピッ。いくつか階層を潜ってホロウウィンドウを操作する。
最後に認証用のパスコードを打ち込んで実行ボタンを押した。
「さらばだ。君はいい被検体だったよ、103番」
全てのウィンドウが閉じる瞬間、トップウィンドウには『マイクロウェーブ出力コード実行』と表示されていた。
次の日、ニュースの一面には、デスゲームクリア後も昏睡していた17歳の少女がナーブギアによる脳破壊で死亡したという見出しが踊っていた。