本人たちが楽しんでいれば、それが一番。
笑って転んで悩んで、嬉しい楽しい毎日。
本当の始まりは、ここからだから。
人を好きになるのは、直感だと思う。理屈は幾らでもあるようで、でも一つも無いかもしれない。確かなのは今の気持ち、それだけなのだから。
だからこそ俺は、雛にああ言うしかなかった。付き合えない、と。雛を嫌いな訳じゃない、一緒にいて楽しくない訳じゃない。でも俺たちの「好き」は全く別で、交わることは有り得ない。こんな不毛な関係を続けていくのは、雛にとっても俺にとっても良くはないんだ。例えもう元に戻れないとしても、今よりは幾分かマシだろう。
俺が好きなのは千夏先輩で、雛じゃない。それを突き付けた以上、俺もこのままでいてはいけない。ここでウジウジしていたら、それこそ雛を傷付けただけで終わってしまう。
断られたら気まずい、千夏先輩の負担になりたくない、そんな事を理由にして立ち止まるのはもう止めよう。起こってもいない事に怯えるな、俺。
そうやって自身を奮い立たせ、雪舞う初冬のある日。俺は千夏先輩に、想いを打ち明けた。
「先輩、好きです」
言い終えてやって来たのは、ほんの少しの後悔と奇妙な達成感。そして、千夏先輩からの抱擁。
「ありがとう。私も大喜くんが、好きです」
昼間でも風が冷たい屋上で、俺はため息を一つ。
それを横目で見ながら匡のやつは、スマホを離さない。親友が悩んでますアピールしてんのに、その反応はなんだよ。メガネ割るぞこんにゃろうめ。
まあ、言わないことは伝わらないんだ。それが当たり前だろう、普通のことだ。
雰囲気だけで伝えようったって、そりゃダメだわな。
「匡ー、最近千夏先輩がさぁー……」
「聞かんぞ。ノロケ話なんか一切聞かん、バカップルに関わりたくない」
せっかく話しかけても大上段というかなんというか、匡はアッサリと言い放つばかり。
そういう風に言われては、どうにも話が出来やしない。傍からしたらただのノロケにしか聞こえない、というのは本当だから。
なにしろ今の俺の悩みと来たら、一つなのだ。『千夏先輩の押しが強すぎる』という、ただそれだけ。
告白を終えてその数瞬後に初めてのキスをして、その時に気が付いた。あれ、この人俺を
窒息するくらい激しいキス、背骨が折れるかと思うほど強くなった抱擁……と言うか最早サバ折り。
その上先輩は重心を俺に預けて倒れ込んだ、――
背中が沈み込んだ瞬間、僅かな隙を突いて俺は戒めを解き転がるようにベッドから逃げ出していた。
いや、いやいや。いやいやいやいや。なんだこの急展開は。
告白までどれだけ悩んだか分からないのに、そこから先が速すぎる。
「大喜くん、逃げなくて良いよー。私も経験無いけど、花恋とか夢佳に
満面の笑みで俺を再び捕まえようとする千夏先輩、その目には一点の曇りもない。本気だ、この人本気だ。
そりゃあ、そういう事に憧れはある。憚りながら何度か千夏先輩を
だけど、でも。
「いや、あ……のっ。そういうの、俺たちにはまだ早いんじゃ……?」
「えー、でも菖蒲ちゃんとか小学生の頃からしてたって言ってたよ。男の子とも女の子とも、クラスの殆どの子と「仲良し」になったって」
あのマネージャーは何者なんだよ、小学生は犯罪だろ絶対。いやそれはこの際どうでも良い、今考えるべきは現状をどうするかだ。
千夏先輩のフィジカルは、俺よりずっと上だ。さっきのように隙を突くことが出来なければ、確実に負ける。でもこの距離で、それが出来るか。
考えている間にも千夏先輩は服を緩めながら迫ってくる、逃げ場が無い。
「えぁ、の、下に母さんたちいるんですよ……っ。聞かれ……っ」
苦し紛れに口にした一言、でもそれはどうやら好手だったようだ。
千夏先輩は口元に手をあて、何やら考え始めたから。
「そうだねー……、ちょっと不味いかなぁ。て言うか恥ずかしいかな、さすがに」
全力で押し倒しにかかっておいてそんな事を言うのか、と思いはすれど口にはしない。気が変わられたら大変だ。
刺激しないようゆっくりと距離を取り、それでも俺は警戒を緩めない。この人は何をするかわからない、常に気を張っていないと危ない。
「んー……じゃあ、
笑顔で手を振る姿に気をとられた、その一瞬の隙を突く形で先輩はインステップ。俺を間合いに捉えキスをすると、そこから踵を返して部屋を出てっていまった。
……明日、か。明日もかわせるだろうか、あの人のオフェンスを。
無理かもなぁ、と自嘲しながら俺はベッドに倒れ込む。疲れすぎて、死にそうだ。考えるのはそれこそ、明日にしよう。
それが余りにも甘い見積りだったと知ったのは、翌朝の事。
ちょっと寝過ごしたせいで千夏先輩は既に朝練へ出ており、朝の食卓に付いたのは俺一人。
夕べの出来事があるから顔を会わすと気まずい、でもどうせ学校へいけばいるんだよな。とは言え練習をサボるなんて出来ないし、と朝食を平らげながら平行して朝の身支度をしていると、母さんが神妙な顔付きで俺の前に紙箱をスッと出して一言。
「私は別に構わないけど、向こうに悪いから避妊はしなさいね」
……朝の雰囲気とはそぐわないその台詞にまず驚き、手元の箱を見て更に驚く。それがなんなのか、義務教育はとっくに終わってる俺が分からない訳はない。所謂一つの避妊具……コンドームの大箱が、そこにあった。
「千夏ちゃんがね、さっき降りてくるなり「おはようございます、息子さんを下さい!」って元気に言ってきてね……。昨晩ベッドで迫ったけど断られたから、製造元として手を出す許可が欲しいとかなんとか……。あと卒業したらお嫁に来ます、とも言ってたわね」
なんなんだあの人、朝っぱらからそんなことしてたのか。何処まで必死なんだ、一体。
そして変なところで真面目だな、いや真面目でもないのか。
「まあこんなので良ければ熨斗付けてあげちゃうけどさ、でもさすがに今子供とか出来ると私が春架に怒られるのよ。とりあえず結婚するまでは、ちゃんと着けてなさいね」
こんなのって何だよこんなのって。あんた自分の子供をなんだと思ってんだ、そんなお中元みたいに。
まあそりゃ、結婚したいと思ったことはある。好きだから、そうなりたいと願っていた。
でもまさか、こんな速度で来るなんて。
……しかしまあ、何処からこんなもんが出てきたかは考えないようにしよう。親の性事情なんか知りたくない。そして呆然とする暇も無い、もう行かなければ。
ああ、気まずい。
気まずい気まずいじゃ済まない、と俺が痛感したのはその日の昼だった。
朝練はさすがにトレーニング室へ籠って、千夏先輩とは顔を会わせていない。特に連絡も来てないけど、これは「帰ればいつでも会える」ってのが理由なんだろうな。スゴい勢いで外堀を埋められていく、それに翻弄されながらも平生を装っていた俺は昼休み、雛に思いっきりひっぱたかれた。と言うか、殴られたのだ。
「……おめでとう、大喜。あーいや猪股くんって呼ぶね、
怒りモードの雛は、言いながらも拳を緩めない。その理由が理由である以上、俺としては抵抗もできそうにないのが辛いな。
やりやがったな、千夏先輩。外堀どころか内堀まで埋めやがった。家康かあんたは。
母さんに続いて、雛にも交際を宣言したようだ。あの人は雛が俺に告白した事なんか知らない筈だし、単に自慢感覚で話したんだろう。
なんて厄介な人だろう、悪意がない分始末に悪い。
「覚えてなさいよ、あんたらの子供が産まれたら「私が本当のママだよ」って吹き込んでやるからね!」
どうしよう、それは普通にやめて欲しい。いやそうでなく、まず殴るのをやめてくれ。
そんなこんなで、昼休みが終わるまで俺は雛にひたすらボコられ続ける事になってしまった。
あの後昼間の傷がまだ癒えないまま部活中も守屋マネにいぢめられ、針生先輩にまで本気で心配されるくらいにボロボロの状態で帰宅した俺。
その上待ち構えていた千夏先輩にのし掛かられて、抵抗もへったくれもない俺は流されるようにそのまま――結ばれてしまった。
まあ、そういうのが嫌だとかそんな事は勿論ない。どころか死んでも良いとさえ思えたくらいだ。……自分から跨がったくせに千夏先輩は痛い痛いと俺を蹴りまくるし、馴れてきたらきたで声を抑えもせず喘ぐから、冷や冷やさせられたけど。
それはそれで良いんだけど、問題はその後だったんだ。
千夏先輩が普段見せているストイックな求道家な顔、そんなのは単なる仮面でしかないと俺は思い知らされた。あれ以来もう物凄い勢いで、俺に甘えまくるのだから。
『練習で胸がこったなぁー、大喜くん揉んでー』
『大喜くん大喜くん、お姫さま抱っこで部屋まで連れてって』
『大喜くんがちゅーしてくれないと、勉強する気出ないー』
……こんなのが四六時中、だからなあ。更に驚くのはこの人、外面は今も尚完璧だということ。毎日活力に溢れ文武両道を体現し、女子バスケ部を牽引するスーパーエースで居続けている。俺は毎晩搾り取られて休む暇もなく、現状維持で精一杯だと言うのに。なんでああも超人なんだ、規格外過ぎる。
とは言えそれを匡に相談したってさっきみたく「またバカップルの片割れがノロケ話聞かせやがる」って顔するだけだ、どうにもならん。
ああ、愛されるって幸せだけど大変だな。
誰に愚痴ろうと愚痴るまいと、時間が止まることはない。いつだって夜は来るし、そうなれば千夏先輩も遠慮なく俺の部屋へとやって来る。
「えへへー、今日もしましょうねぇー」
可愛く笑う千夏先輩はとても眩く愛しいけど、俺大丈夫かな。そのうち枯れそうで怖い。千夏先輩にリードされっぱなしだから消耗するんだろうし、こっちがペースを掴めれば何とかセーブも効きそうだけど。
でも俺からあれこれ言ったら、がっついてるみたいで幻滅されるかも。ここはやっぱり千夏先輩に任せて……
「っ、……!」
そこまで考えて俺は、先輩に気付かれないように唇を噛み締めた。何勝手な事を考えてるんだ、俺は。直接言われてもいないのに、まだ何も起きてもいないのに、怯えてどうする。そんなのは止めようと、合宿の夜に誓ったじゃないか。俺が千夏先輩が、好きなんだから。
「あ、の千夏先輩。えーと……今日は俺からしても良いですか」
退かれても良いし嫌だと言われても良い、黙って我慢するよりは。言わないことは、伝わらないんだ。
千夏先輩は少し考えるような顔をして、そして。
「そうだね、いっつも私が乗ってるもんね。たまには攻守逆転も面白そう」
にっこりと笑うその顔は、天使のように綺麗だった。
ベッドに寝転がり、大きく脚を拡げた千夏先輩。その全てが、丸見えになっている。意外と濃い陰毛もそれに隠された併せ目から僅かにはみ出した肉の襞まで、全て。
まじまじと見たことは無いけど、こんな風になっているんだな。
「えーとあの、……拡げて見て良いですか?」
「んーまあ、良いけど優しくね」
言われるまでもないです、とゆっくり押し拡げていくと、露になるのは薄いピンク色をした肉の隘路。蠢くそこを、更に掻き分けていく。奥から溢れる蜜は粘度を増して絡み付き、噎せるような女子の匂いを醸し続ける。それでも俺は止まらない、止まれない。
全て知りたい、全て見たい。千夏先輩の、奥の奥まで。
指先で割り開いたその奥、もっと――そう思いながら進もうとした指はでも。
「それくらいにしてね、大喜くん。あんまり見られたら、さすがに恥ずかしいよ」
恥じらう千夏先輩の手で止められ、引き抜かれてしまった。支えを失った孔は一瞬閉じようとしたけれど、弄りすぎて弛緩したのか口を開けたままになっている。まるで俺を、誘うように。
「大喜くん、入れられるかな? やっぱり私が上になろうか?」
「い、いえ大丈夫ですっ」
自分からするのは初めてとは言え、さんざんしてきたんだから多分いける筈だ。
ヒクヒクと物欲しげに震える孔へと先端を押し当てると、薄いゴム越しにも千夏先輩の熱さが伝わってくる。毎晩感じている、でも決して飽きる事の無い愛情が。それを味わいながら腰を進めていくと、襲ってくるのは今までに無い快感。
自分の意思で、自分のタイミングで身体を動かす。自分の為に腰を振る、この能動的な快感はこれまでのセックスとは違いすぎる。
必死で動き続ける俺を励ますように千夏先輩も声を上げ、もっともっとと俺を急き立てる。二人の喘ぎがシンクロした、次の瞬間。
「あ、あぁ、あー……っ」
脊髄を貫く快感の稲妻が駆け抜け、それで漸く俺は自分が射精していると気が付いた。それでも身体はフワフワしたまま、かろうじて先輩を抱き締めてキスしながらも、俺は余韻に耽ろうと目を閉じようとした――のだけれども。
「ん、スゴかったぁ……。大喜くんからってのも、良いねえ……」
嬉しそうに囁きつつ千夏先輩が身を捩らせたせいか俺はずるりと膣内から抜け落ち、その虚脱感が意識を引き戻してしまった。
もっと繋がったままでいたかったな、なんて思ってみたりもするけど、すぐにそんな余裕は無くなってしまう。
まだまだ足りないと言わんばかりに、にゃまりと笑って千夏先輩が跨がろうとしてきたから。
いつの間にやらコンドームは付け替えられているし、ヤル気満々なのは確かみたいだ。
第二ラウンドは攻守交替か、まあこっちの方がしっくり来る。
捕食者の笑みを浮かべる千夏先輩を見上げながら、俺は思う。もう一戦、頑張らせてもらおう。その後は、終わってから考えれば良い。
千夏先輩が好きだから、愛してほしいから。
夜はとっぷりと更け、そろそろ眠らないと明日が大変な時間。あれから一戦どころか何戦も繰り広げて体力を使いきり、ぜーぜーと荒い息を吐きながら俺はベッドに転がる。……まあそうなると、隙ありとばかりに千夏先輩は乗っかって来るんだけど。さすがに今日はもう辛い、でも千夏先輩に限界を知られるのは癪だ。頑張ってるよ、俺は。
千夏先輩は俺から抜け落ちたコンドームを口にくわえて弄んでいる、……いやよく見ると中身を飲んでしまってる。栄養補給のつもりなんだろうか、まさかそれが疲れ知らずの理由なのか。この分だともう一回とか言い出しそうだし、息を整えて備えた方が良さそうだな。
――と。ベッドサイドをまさぐった手が空を切り、俺はふと身体を起こしてそして、気が付いた。
あの日母さんがくれたコンドームの大箱が、いつの間にやらカラッポになっていたことに。確か1グロス入りだったから、144枚使ったのか。よくもまあ、そんな回数身体を重ねあったもんだ。そしてそれがほぼ全て千夏先輩手動というのが、我ながらちょっと情けないかも。男の子としては、もっと甲斐性を出していかないといけない気もする。
まあでも、これは切り上げる口実にはなるな。
「あー……もう使いきったし、今日はこの辺で」
「んー……そうだねぇ。もう何回かしたかったけど仕方ないか、明日も朝練あるし。私はともかく大喜くんって、最近疲れが残ってるみたいだもんね」
いやまだまだ満足してなかったんですか、あんたは。それにこっちは青息吐息なのに、明日の朝練に使える体力が余裕で残ってるなんて。やっぱり栄養補給の成果なんだろうか。
にしても、この先どうなるんだろう。バスケ引退して栄明も卒業したら、もうリミッターが無くなるんだよな。
そうなったら俺、生きていけるかどうか分からん。
だけど、でも。それはそれで、幸せなんだろう。
先の事なんか分からないし、分からない事を気にしても仕方ない。
俺は全力で千夏先輩を愛そう、千夏先輩に愛されよう。それで良い、それが良い。