「エーベン、エーベン……あった、エーベンホルツ。これだ」
人事情報の閲覧ページにログインし例のオペレーターで名前を検索すればすぐに出た。
種族や出身、能力測定結果に鉱石病の感染状況など……。俺の人事部のアカウントなら個人の割と込み入った情報まで見る事ができる。例えばロドスに来るまでの経緯や感染経緯さえも。デリケートな問題がある場合の為に中間管理職程にもなればそれなりの閲覧権限が与えられている。
けれど彼のプロフィールから分かる事は。
『リターニアのヴィセハイムの音楽学校に通っていた大学生』
『不幸な事故により感染』
『勉学を中断しロドスへ』
なるほど。確かに可哀想な経歴だ。だが感染者になる経緯で幸運に救われた人間など一人としていない。
しかも彼の出身はリターニアだ。その他多くの国々と比べれば、感染者でもまだ真っ当な生活ができる。おまけに、大学に通っていただと? プロフィールからして彼は貴族ではないようだが、それでもリターニアの平民の中で息子を大学に通えさせられる家庭がどれだけあるというのか。振る舞いや言葉遣いからも察せるが、よほどの上流階級の出らしい。
「チッ」
思わず打った舌打ちに、自分の眉間に皺が寄っていた事にも気がついた。
別に彼がただ一人のオペレーターであるというのなら、こんなにも俺の気に障っていないだろうが、だが彼は、なぜか、ドクターに深く気にかけてもらっている。
『エーベンホルツはここに来るまでで深く傷ついてるんだ。君としても仕事に関わるから少しじれったいかもしれないけど、少しだけ多めに見てあげてくれないかな』
そう言って俺に微笑んだドクターの、バイザーの向こうの目は、俺への労いではなく、エーベンホルツの為の慈愛によって細められていた。
俺だって感染者だ!
酒瓶に手が伸びて、そのままグラスに注いでいった。暖房をつけていない部屋の空気で温められていないウイスキーはストレートでも舌に冷たさを運ぶ。そのまま喉を通過するアルコールの熱さを感じてから、たっぷりと息を吐いた。
ずるい。
もっと同情させてくれればよかったのに。俺はプロフィール画面を閉じて端末を放り出し、代わりにもう一度グラスを掴んだ。
◇ ◆ ◇
キャプリニーの青年の後ろ姿は点在する街灯と細い月のみに薄く照らされた道の中にあった。黒衣がコツコツと石畳に靴音を響かせながらどこかへと歩いて行く。
許し難い彼の後を追う。
彼は、エーベンホルツは、ただでさえドクターから優しさをその身に受けているにも関わらず、飽き足らず、聞くに堪えない皮肉を彼に浴びせた。
ドクターは笑って流して許していたが、俺の中の怒りは到底鎮められるものではなかった。
許せなかった。ドクターが許したとしても。
俺が許せなかった。
石畳の響きに早足に歩く俺の靴音が加わった。
どこかへと、あくまでゆっくりと歩く彼に追いつくのは簡単だった。怒りを滲ませて鳴る音が近づいているのに気付いたのかエーベンホルツは振り向いた。
振り返った彼の顎を殴る。横殴りの勢いでよろめいたエーベンホルツは、目を回しながらも素早く右手でアーツロッドの杖を抜いた。左手に輝くアーツの煌めき。
だがその光が放たれるよりも先に俺の拳がエーベンホルツの角の先を強かに打った。
キャプリニーの角は顎やこめかみに並ぶ急所だ。支点と作用点が角の付け根ごく近くにある以上、角の先を動かせば脳を激しくシェイクさせる。
「ぐぅ……っ」
今度こそ平衡感覚を失ったエーベンホルツは杖先をでたらめに空に振りながら、腰から地面にどすんと落ちた。左手のアーツも暴走を避けるためか彼自身の操作によって霧散した。
「落ち着いてんな」
角を掴んで路地裏まで引きずっていく。足腰の立たなくなったエーベンホルツの爪先がカリカリと石畳をこすり、左手が俺の手にしがみ付くもさしたる抵抗ではない。そのままひきずって俺たちの姿は路地裏の影に消えた。
「お前は分かってるのか?」
暗がりの中、光は道から漏れ入る街頭と僅かな月明かりのみ。彼の中に残る平衡感覚の喪失のためか、仄暗さの中で見下ろした彼の瞳は互い違いにさまよいながらも苦悶に顔を歪め俺を睨め付けた。
「分かってるか、だと?」
「あの人が俺たちオペレーターに注いでいる愛情とも言える優しさについてだよ。あの重責と多忙の中で一人一人を気にかけている事がどれだけの事か……」
「ふん」
角を俺に掴み上げられているにも関わらず、彼自身に染みついたふてぶてしい態度は消えない。鼻を鳴らして灰色の瞳が一組、俺にピタリと焦点を合わせた。
「貴様とてドクターの親切でここに来た一人だろうに、その人間がこうも愚かな蛮行に及んでいると知ればさぞ悲しむだろうな」
「知ったような事を……身勝手な言動で彼の恩に仇で報いているのは誰だと思っている」
「私に思う所があるようだが、その前に貴様自身の行いを鑑みるべきだとは頭が回らないのか?」
「……っ、どの口が!」
角を更にぐいと上げて、差し出された首に俺の
蛇の舌のように軽やかにエーベンホルツの髪を弄ぶ尾の先に反し、首に巻きついた
「くふ」
小さく漏れ出た息を最後に、その口は言葉を紡げなくなった。エーベンホルツの両手が尾にかかり、その指が尾を引き剝がそうと掴む。
だが無意味な抵抗だ。
その繊細な細指は音を奏でるには秀でていようとも膂力が全く足りていなかった。尾と首の間に指をねじ込むことも、僅かな隙間を生むことさえも叶わなかった。絞められる首が苦しげに唾を飲み込もうとする喉の動きが、尾の鱗を通して、伝わる。
俺を睨んでいた瞳が酸欠で震え始めた。焦点を失って、再びふらふらと動きだす。
さぞ苦しいだろう。失神させるだけなら頸動脈を圧迫させてやるだけの数秒で苦しみもせずに気を失うが、喉も潰すように絞めているから話は別だ。喉仏を強く押し込まれるだけでも、その苦痛は頸椎をそのまま折られる事を連想せずにはいられないほどに、痛く、恐ろしい。
表情が苦悶に歪み、それでも悲鳴を上げられない時間が続いたが、ガクンと、エーベンホルツの肉体が急に重みを増した。
足が立たなくなったのだ。
尾にかかっていた指からも力が抜けて、さっきまでの
尾を離すついでに路地裏の奥へと放れば、青年の軽い肉体は糸の切れた人形のように横たわった。光が逃げ出したような暗がりの中で彼の純白のスカーフと、同じぐらい白い手と顔だけが薄ぼんやりと浮かんでいる。
俺はエーベンホルツを仰向けに戻していた。
何をするつもりだったのか、どこまでするつもりなのか曖昧になっていた。
彼の上に跨っても、まだ目を覚ます気配はない。
俺はずっと自分の中に眠っていたのであろう嗜虐性が目覚めている事に気が付きながら、スカーフを毟りとり、シャツを上着ごと剥がし、最後に残った服のその上から牙を突き立てた。
種族多様な先民の中でも牙が特徴として現れているのは珍しい。だが俺は牙だけでなく、毒腺も備わっていた。
牙が布を裂き、肌を貫き、血管から注入した毒液が血流に乗り全身へ回る様を想像しながら嚙みつく。しっかりと流し込んだ事を実感しながら口を離せば、穴の開いた布地の向こうで白い肌から、ぷくりと血が出てきていた。
暗がりの中では色合いさえ曖昧なその滴を親指の腹に押し付けて目の前まで指を近づけてみればそれは赤く滲んでおり、やはり血だった。
「いま、なにを……」
「もう覚めたのか」
視線をエーベンホルツに戻せば、まだ碌に頭も回らないだろうに彼は嚙み跡を手で抑えて俺を睨み上げていた。
「命まで獲るような毒じゃないさ」
「毒……!?」
一瞬だけ見せた怯え、すぐに弱さを隠そうと再び睨み上げるエーベンホルツ。
彼が嚙み跡を抑えながらも、その原因たる俺を睨むだけで、跨る俺をどかせることも出来ないでいる現状。
この哀れでか弱き青年を見下ろしながら俺の胸中に生まれた感情は憐憫や後悔ではなく、得も言えぬ悦びだった。
「きさまは……ぉ……」
開かれた口は悪態を吐くためだったか。だが彼が言葉を紡ぐよりも、既に毒は素早く身体を回っていた。
神経毒。神経伝達を阻害するだけのこれは内臓組織などを破壊したりはしない。筋肉の弛緩により量が過ぎれば横隔膜が麻痺して呼吸困難に陥る可能性もあるが、それほどの量も投与していない。
手足や口に一時的な麻痺をもたらすだけで、特殊な措置をせずともしばらく放っておけば後遺症もなく回復するだろう。
だが少なくとも今はエーベンホルツの四肢と口は麻痺し、幼児ほどの力もだせず、怒りを噴き上げる彼の精神は肉体という牢獄によって自由を奪われていた。
俺の身の内側から声高に主張する獣欲を抑えつけるのは、もう我慢の限界だった。ズボンを下ろして現れた男根は区別のつかない欲望をごちゃ混ぜにして注ぎ込まれたように固く大きく、張り詰めていた。
何をされようとしているのか、徐にも理解したらしい。俺をどかそうと脚に手がかかるも、やはり毒のせいで痺れた手は腿を撫でるだけ。
より鋭くなるエーベンホルツの眼光を受けても、むしろ余計に何かがそそられるだけだった。懸命に動くエーベンホルツの両手をひとまとめにして彼の頭の上に抑え込む。逃げようとする右手と左手は俺の片手に囚われ、もう抜け出せなかった。
続いて空いた俺の手がエーベンホルツの顎にかかった。彼の口を押し広げようとするも、彼の意志によるものか肉体の反射によるものか、閉じよう閉じようとするせいでもどかしく、緩やかであった。
それでも遂に開かれた口の中で、湿度を孕んだ舌が僅かな光を受けて
エーベンホルツの意志がどれだけ反抗を見せていても、濡れたそこはどうしようもなく無防備であった。
そして侵犯をゆるした。
怒張した一物が彼の口から熱と湿り気を受け取る。毒により緩やかにしか動かない舌は逃げ場を求めるが、それがむしろ舐め取るように竿の表面を這った。
さらに侵入。喉奥へ。
肉体も意識も、もはや制御不能だった。エーベンホルツの胴に跨っていた腰はすで浮いていて、代わりに尾が彼の身体を押さえつけていた。口を開けさせていた手は今では頭に添えられていて、受け入れさせようと俺の方へと引き寄せていた。
鬼頭がエーベンホルツの喉奥に触れて、反射で彼がえずいた。肺が息を吐き出すと共に、喉の肉が収縮して陰茎を締め付ける。
異物を吐き出すための肉体の反射は、しかして意味をなさずむしろ逆効果であった。締め付けによりさらに強く抉られた喉は更に吐き出そうと収縮しようとばかりしていた。
彼の喉から溢れる醜いえずきとギュウギュウと与えられる締め付けに、俺の獣欲は歓喜の叫びを上げていた。
腰を引けば空気を求めて喘ぐように息を吸い、そこに深く打ち込めばくぐもった声が漏れた。
反復される単純な抽挿に反して返ってくる応答の必死さと激しさに、とめどない快楽が湧き出てくる。
俺は壊れたように腰を動かし、掴んだ彼の頭を動かしていた。
彼がえずく度に粘着質な唾液が分泌されて水音を激しくさせるのが、また一段と夢中にさせた。
一度目の射精までそう時間はいらなかった。肉に包まれた自分の脈動を感じながらエーベンホルツを見下ろせば、彼の顔に浮かぶ怒りと苦しみに歪む表情。
そして涙。
彼の怒りをあざ笑うように身体が否応なしに流す涙を見た時の、頭から股までを貫く槍のような快感。再びの絶頂。我先を急ぐように精液が喉へ吐き出され続けた。
二度分の精液をたっぷりと吐き出し、吐精の勢いが収まってもなお張り詰める事を止めない一物を引き抜けば、嚥下を拒んだ精液と分泌された唾液が白濁した粘液として糸を引いた。
糸を引く滴、というよりも塊と呼ぶのが相応しいそれは、ボトリと彼の頬に落ちて端正な顔を汚した。
とめどない欲望が再び俺の奥底から湧き出すままに、俺は再び彼に苦痛を強いた。