ディストピアにおける家畜の日常 作:家畜選抜AI
――俺が高校に復帰してから3日間が過ぎた。
とりあえずは皆も今まで通りに接しようとしているみたいで、男性時代に近い学校生活を送っていた。
基本的には中学生の時と変わらず和馬達と馬鹿騒ぎしている――毎日だ。
「おーす」
「はよー」
「おっす拓海」
「拓海くんおはよー」
朝、教室に入って中の奴らに挨拶してみれば、クラスの奴らから挨拶が返ってくる。
「こんな時間に登校とかいい身分だなぁ?」
「うるせー、ちゃんと間に合ってるんだからいいじゃねーかよ」
まぁそれ以外のヤジも返ってくるわけだが……。
隠しても仕方がないか……俺は毎日、遅刻寸前の時間に登校しているのだ。
……だってしょうがないだろ? 俺が今住んでいる寮は、校庭に隣接した場所に建っている。それこそ部屋から出て5分もあれば教室までたどり着けるのだ。
できるだけギリギリまでぐーたらしていたいというのが人の性(さが)というものだ。
窓際の後ろから二番目、自分の席に着いてみれば、早速中学時代からの友人達が集まってきた。
「昨日のアレみた?」
「おー、ヤバかったよなー」
「確かにヤバかった」
「な? ヤバイよな」
「ヤバイヤバイ」
中学の頃から変わらない……今まで通りに見える毎日。
だがこんな日常が、俺にとっての平穏が、崩れそうになっていた……。
座っている俺の周りを取り囲む様に立ち、見下ろしながら俺に話しかけてくる野郎共。
――俺にはその視線がどこに向かっているのか何となく分かってしまっていた。
最初の頃、皆は努めて俺の目を見るようにしてくれていた。そして偶に胸に視線が行くのはしょうがないと、俺も男だったのだから理解はできると、できるだけ気にしない様にしていたのだ。
……だが今では、皆が皆俺の顔越しに胸を見ようとしているのがあからさまに分かってしまう。
……何がいけなかったのだろうか? 俺が見逃し続けていた事で箍が外れてしまったのだろうか?
俺は今まで通りの笑顔を顔に貼り付け、馬鹿騒ぎを演じている。
野郎共の視線が俺の身体を撫でる度、この日常という薄氷が割れてしまうのではないかという……そんな緊張感を持って過ごしているのだ。
「昨日裏サイトでめちゃくちゃ抜けるVRAV見付けたんだよね」
「ほー、どんなのか教えろよ」
「」
元男として解らなくはないが正直俺の周りで話すのはやめて欲しい。
「そういや拓海、その身体になってからオナった事とかあるん?」
「確かに気になるな、やっぱ男の時とは違う?」
(おい流石にその質問は不適切だろ!)
ギラギラとした情慾を隠しきれていない目がこちらを射抜いている。どう答えるのが正解なのだろうか?
会話のない空白の時間が過ぎていく。
間違えてはいけないと本能が警鐘を鳴らしているが、俺には正解が分からない。
ジリジリとした緊張感が身を包んでいく。
「…………ッ」
そんな時、和馬が唐突に話に割り込んできた。
「あー、そういや2限の数学の宿題やってねーわ。誰か見せてくんね?」
「いや……実は俺、お前に見せてもらおうかと……!」
「ふっ……残念だったな?」
「威張る事じゃねー!」
(サンキュ、和馬……)
この薄氷が割れそうになる度、和馬がこうして話題を逸らす様に助け船を出してくれるのだ。
……だから今のところは、何とかなっていた。
授業は順調に消化されてゆき、現在やっと四限に差し掛かったところだ。
今日の四限は体育であり、俺がこの身体になってから初めて受ける体育でもある。
正直腹が減るこのタイミングに体育を持ってくるのは拷問だと思うのだが、時間割がそうなっている以上どうしようもない。
体育をするにあたって当然運動着に着替える必要がある。
女子達は教室を出て更衣室へと向っている。そして男子は更衣室へ行くのを面倒臭がり教室で着替えようとしていた。
――そんな中、俺は男子の頃の癖で他の野郎共と一緒に着替えようとしてしまっていた……。
ブレザーを脱ぎ捨て、窮屈に胸を締め付けているカッターシャツのボタンを外していく。
「ふぅ……」
幾分胸元が開放されことでやっと一息つけた。
「――って!?ちょっとまったぁあああッ!?」
教室から出ていこうとしていたはずの小暮唯(白ギャル)が叫びながら凄い勢いで戻ってきた。そしてそのまま俺の腕に組み付き、俺の動きを妨害してくる。
「何やってんのアンタ!?」
「ん? 見ての通り着替だけど……」
「場所を考えなさいよ!?」
「周り……?」
男の頃の癖で教室で着替ようとしていたのだが、そういえば今の俺の身体は女なのだった。
恐る恐る周りを窺ってみれば、チラホラと視線を逸らす男子達の姿が――
「〜〜〜ッ!?」
前は上半身裸であっても大丈夫だったはずなのに、何故だか今は、あまりの羞恥に胸元を隠してしまっていた。
「うぅ……」
身体を隠す様にしゃがみ込んでしまう俺。
だが小暮は、そんな俺の肩にブレザーを被せ、庇いながら立ち上がらせてくれた。
「アンタはこっち!」
多分、女子更衣室に向かっているのだろう。
小暮が支える様にして俺の腕を引き、一緒に歩いてくれる。
(小暮ってギャルなのに面倒見良かったんだな……)
俺は失礼な事を考えながらも、その温かさに感謝するのだった。
更衣室までの道中、小暮は振り返りこちらを見ると、真剣な眼差しで俺と視線を合わせてきた。
「アンタも一応は女の子なんだから気を付けなくちゃダメじゃない!…………そ、その……ア、アレに使われるのが嫌なら尚更ねッ!」
「ごめん……」
小暮は涙目状態の俺を慰めつつも叱ってくれる。
これは本当に俺の事を心配しているからこその言葉だろう……。
(中学の時は近寄り難くてあんまり関わってこなかったけど、認識を改めなくちゃいけないな……)
――そして現在……何故か俺は、更衣室で女子達に囲まれていた。
元々の性別の事もあり、見た目が女であっても流石にまずいだろうと、教員用の更衣室を使うつもりだったのだ……だが、気付けば俺は女子更衣室の中にいた。
「うわっ何だその胸!? 反則だろ……」
「私よりちっちゃいのに、腰の位置が同じだと……?」
「ウェスト細ッ!?」
連れ込まれた後、せめて視界には入れまいと壁の方を向いていたのだ。だが、服を脱ぎ始めると何故か女子達が俺の周りに集まってきた。
(何かオオカミの群れに放り込まれた気分だ…………ってぇ――!?)
「うひぃっ!? な、なに触ってやがるうぅっ!?」
「おぉ……ここもなかなか……」
「や、やめっ……!?」
女子達も一応は俺の事を女の子扱いしているみたいだが、やはり性転換した身体には興味があるようで、こうして素肌を突き回されている。
(どうしろってんだよ!?)
相手が女子とはいえ、こう複数人に囲まれてしまうと若干の恐怖心が湧いてきてしまう。俺にとって女の子というのは未知の存在なのだ。知らないというのは恐怖を誘う。
それに、今の俺の身長は151cmで、対する女子4人の身長は少なく見積もっても150cm台後半以上……こうやって囲まれ視界を塞がれてしまえば、流石に圧迫感を感じてしまう。
(――というか近いんだよッ!?)
視界いっぱいに広がるのは、中学時代から知っている女子達の下着姿。
童貞の俺としては刺激が強過ぎる。
「あー? 拓海くん照れてるー?」
「ち、近ぇんだよ……!」
「ふふっ、可愛い〜♡」
どうにかしようと周りを見渡せば、顔を真っ赤にしている小暮と目が合った。
「助けてくれ小暮!」
「えっ!?」
小暮は近くにいつつも俺に手を出さなかったし、さっきは俺の事を思って叱ってくれた。だからこの状況をどうにかしてくれるんじゃないかと助けを求めたのだ。
小暮の後ろに回り込み、その身体を盾にするようにして相手を牽制する。
「ちょ、ちょっとぉ!?」
「お、お前らな!? 今は女の身体とはいえ、元男の俺相手にはしたないぞ!?」
「あ~あ、逃げられちゃったかー」
「ちょっとイジメすぎちゃったかな?」
「もうやらないから怒んないでってば」
「ほ、本当だな……?」
「ホントホント」
口ではこう言っているがちょっと信用しきれない。
「ごめん小暮、お願いできるか……?」
「もうっ、しょうがないわね!」
俺は小暮に頼み込んで背後を守ってもらいつつ、壁を見ながら着替えるのだった。
体育……今回はマラソンである。
正直言えばダルいのだが、健康的な生活を送るためにAIが算出した必須授業なのだ。サボる事は許されない。
ちなみに女子の数が少ないため、効率化を図り男女混合だ。流石に走る距離は違うのだが。
そういう意味では女の子になってよかったのかもしれない。
嫌嫌ながらもスタートラインに立ち、その時を待ち……スタートの号砲が鳴ると同時に走り出した。
(ッ!?)
そして直ぐ、拓海は自分の身体の変化に気が付いた。
拓海が男だった時、割と運動は得意な方だったのだ。その時と同じ感覚で走っているのだが何故か思うように身体が動かない。
……性転換処置をした時に、同時に女性として必要な知識や動作を頭にインプットされていたのだが、経験を伴わなかった分、甘く考えていたのだ。
故に――
(こんなに揺れるだなんて聞いねーぞ!?)
身体を動かす時はスポーツブラを着用した方がいいと頭では解っていたのだ。しかし胸を締め付ける感覚が息苦しく、どうも着ける気にならなかった。更には運動する時に胸がどの様に振る舞うのか想像すらしていなかった。
そして今日、拓海は着心地や楽さを重視してカップ付きキャミソールを選んでしまっていたのだ。
拘束が少ない分、動けば揺れる。ごくごく当たり前な事だった。
(くそっ! 滅茶苦茶痛ぇっ!)
堪らず両手で胸を押さえつけ、どうにか揺れないようにしながら走り続ける。ペースが一気に落ちてしまった。
そうしてしばらく走っていると、後ろから声がかかる。
「(ちょっとアンタ!? 下着はどうしたのよ!?)」
「(キャミだけで大丈夫だと思ったんだよ……ッ!)」
並走する小暮は周りに気を遣ってか、小声でありながらも叫ぶという器用な方法で話しかけてきた。
「(アンタ馬鹿じゃないの!? その胸で抑え無しとか運動できるわけないじゃない!?)」
「(うるせー!! 男の俺がそんなの知るはずねーだろうが!?)」
小暮の言っている事は拓海のインプットされた知識からしてももっともなのだが、何故か拓海としては認められなかった。その常識を認めてしまったら本当に自身が女の子なのだと認めてしまう様な気がしたからだ。
「なんで女の子数日目のアンタが私達の誰よりも胸が大きいのよ!?」
「知らねぇよ! 遺伝的にそうなっちまったんだからしょうがねぇだろ!?」
声を抑えることも忘れ、ワーワーギャーギャーとヒートアップしていく二人。
何人かの男子はそんな二人の会話を盗み聞き、何を想像したのか前屈みになって走っていた……。
俺は小暮と並んで走りながらも、心の内では悪態をつかずにはいられなかった。
(なりたくてこんな胸になったわけじゃないんだってーの)
計ったわけではないが、持ち上げた感じ胸だけで3kgくらいはありそうなのだ。それが自分の身体を軸に縦横無尽に跳ね回るのだからその動き辛さは分かってもらえると思う。
(こんな事なら、何種類かあった下着類を一度は着てみてちゃんと予習しとけばよかったぜ……)
しかし後悔は先に立たないもので、結局最後までその格好のまま走るしかなかったのだった……。