ディストピアにおける家畜の日常 作:家畜選抜AI
どれだけの時間が経ったのだろう? 外の様子を窺い知る事ができない車に乗せられた私は、この見知らぬ場所に連れてこられたのだ。
「――ではこちらに」
そのまま職員に前後を固められたまま、建物の中の小さな応接室まで誘導される。
中に入ってみると、一人の女性が座っていた。
(よかった、女の人だ……)
まだ20代位だろうか? 思っていたよりもだいぶ若い。
私は促されるまま、その対面に腰を下ろした。
「はじめまして、貴女を担当する事になった林萌海よ、よろしくね」
「……藤咲愛香ともうします」
挨拶もそこそこに人畜について説明が林さんによってされている。
そのほとんどは思わず顔を顰めてしまうものばかりだった。
しかし人畜は社会に必要だからこそAIによって選択され、生み出される。
だが選ばれた本人が就労できない場合、近い条件の人員を別で補充する必要が出てくる――つまりはその家族や親戚に矛先が向いてしまうのだ。
だからこそ、家族が大切であるのなら自分の意志で、説明を聞いた上で、この契約書にサインしなくてはならないのだ。
――結局私は、家族を捨てる事はできず、契約書に署名してしまったのだ……。
そして林さんに着いて長い廊下を歩くこと数分、両開きのドアの前までたどり着いた。手術室の出入り口にありそうなヤツだ。
その威容に気圧されていると林さんはドアを開けながら私に話しかけてきた。
「ここでの作業が終わったら次は別の人が担当しますので次はその人の指示に従ってくださいね」
「え……? 別の人になるんですか?」
(林さんは優しいし、できれば最後まで担当して欲しいんだけど……)
「一応我々にも守秘義務とかもありますし、身体改造の前後で同じ人が担当しても問題はないんですけどね」
「…………?」
「そうですね……改造の前と後とは姿形が違うじゃないですか? そうして見た目の一貫性が無くなる事で人畜となった人の個人情報保護をしているという面もあるんですよ。先程も言った通り最後まで私が担当しても法令上は問題無いのですが、うちは所長の方針で別人が担当する事になってるんです」
「……なるほど」
確かにそのとおりだ。
守秘義務があるとはいえ絶対ではない。知っているのだから口が滑る可能性はゼロじゃないのだ。
就労後、久しぶりに会った友達や近所の人に自分が人畜をやっていたのだと知られていたら軽く死にたくなる。
それに高校に戻った時、もし同級生の男子に知られていたら、それこそ性の捌け口として襲われかねない。
そういった危険を防ぐには物理的に知らない状況にした方がよいという判断なのだろう。
「分かりました……」
「ん、いい子ね――じゃあこっちに」
先に入っていった林さんに呼ばれて自分も小走りで追いかける。
ドアを抜けて中へと入る。
部屋の広さは結構ある。体育館の半分くらいだろうか?
そして、そこにはよくわからない機械がいくつも並んでいた。
「私の指示に従ってね」
「はい」
「じゃあ先ずは……服を脱いでね?」
「え?」
「ん? 検査の邪魔になるので服を全部脱いでくださいね。服はこちらで預かって就労後に返却しますので」
「いきなりそんな事言われても……」
流石にコレはない。脱衣所でも無いこんな広々とした場所で裸になるだなんて……。
だが、なかなか動かない私に業を煮やしたのだろう。林さんが厳しい口調で私に命令してきた。
「脱ぎなさい、指示に従ってもらえないなら男の人を呼んで無理やり脱がせる事になるのだけど」
それは絶対に嫌だ。
今より沢山の、それに男の人に見られる、あまつさえ無理やり身体に触れられるだなんて……。
それに家族を人質に取られたようなものだとしても、契約書にサインしたのは自分なのだ。今更拒絶なんてしたら酷い事になるのは目に見えている。
私はゆっくりと、卒業式から着ていた制服のを脱いでいく。
「うん、いい子よ」
私はスカートを落とし、スカーフを取り、セーラー服を首から抜き去った。
……下着姿で手が止まってしまった。
「ちゃんと全部脱ぎなさい」
そんな私に容赦なく追い打ちがかかる。
だが、手が震えてうまく指が動かないのだ。
「…………思春期なのだから恥ずかしがるのも無理はないわ。でも、決まりは決まり。従ってもらわなきゃ困るわ」
「…………」
私は黙っている事しかできない。
そんな私を見かねたのか、林さんは唐突に何かを話し始めた。
「でもまぁ……貴女は運が良い方よ? うちに搬入されたんだもの」
「?」
「この施設では受け入れていのだけど、普通は部屋に二人きりだなんてありえないもの。他の施設だと大抵の場合は研修医が何人も勉強しに来てるし、中学高校の子たちが社会学習として見学に来る事も多いのよね」
「それは……」
想像してみる。
この部屋に沢山の人達が滞在している。そんな人々が注目しているのは私。
例えば、施設の職員達はちっとも言う事を聞かない私に対して苛ついた表情を向けてくる。研修医は実験動物を見るような目で、見学に着ていた同じ年頃の男女は好奇の視線、欲望を孕んだ視線、もしくは侮蔑した様な視線を向けてくる。
そんな中私は、無理やり服を脱がされ、拘束され、ありとあらゆる検査、辱めを受けるのだ。
……とても、耐えられそうにない。
「昔は医者が一人一人確認していたのだけれど、人畜の需要拡大に伴って検査、測定は機械化及び自動化されたの。中には趣味なのか、未だに自分の手でも検査測定する人もいるみたいだけどね」
「…………」
ふと困った様な顔をする林さん。
「それはそうと……この施設で手に負えない場合、他の施設にお願いする事になるのだけど――」
「嫌……ッ!?」
「なら、分かるわよね?」
最早、私に選択肢は残っていなかったのだ……。
……………………
…………
……
林さんは白衣でちゃんとした格好をしているのに、その後ろで私だけが裸の状態で後に着いていく……。
惨め過ぎて涙で視界がボヤけてしまう。
二人だけしかいないとはいえ、そのままいたる場所を連れ回され、裸のまま検査を受けさせられる。
その様子はさながら家畜とそれを引く飼い主の様だった。
「ようやく最終検査ね。ここが終われば後は人畜になるためのポット入るだけよ」
そう言いながら林さんに連れられて来たのはヒト一人がスッポリと入ってしまえる球状の機械の前だった。
「この機械で貴女の身体データを計測、記録するの」
私は誘導されるがまま、その機械の、球体の中へ入っていく。
球体の内側は無数のカメラやセンサーによって覆い尽くされていた。
「じゃあ身体を隠さずに立っててね。脚は肩幅に開いて両腕も平行に上げて動かない様に」
「……はい」
指示に従って立っていると、周りの機械がゴウンゴウンと重苦しい音をたてながら動き始めた。
(――あぁ……私の身体の隅々までもが、今から記録されちゃうんだ……)
聞いた話しではこういった機械は最新の技術が詰め込まれているらしい。
一般的に出回ってはいないが、最新の撮影装置は風景を撮った時にたまたま遠くに写っていた人を拡大していけば、それこそその人の毛穴、表皮組織まで高画質で拡大する事ができるらしい。空気の揺らぎも何のそのだ。
そしてもう一つの重要なものは3Dスキャナーだ。体表面はもちろん、人体に害の無い素粒子を使って体内も走査、記録できるらしい。精度もカメラとそう変わらないだろう。
それにその他細々としたセンサー類。
そういった物が惜しむ事なくふんだんに使われているのがこの機械なのだ。
――こうして遺伝情報から体組織、骨格、細胞の一つ一つまで、私のほぼ全てが丸裸にされ、記録されてしまったのだ。
この情報を持ってそれなりの設備がある場所に行けば、私の身体そのものな肉人形が量産できる事だろう。
再現できないのは私の記憶や精神くらい――それだって私の生体端末からアウトプットすればどうなるか分からないが……。
「――お疲れ様、これで全ての検査、測定は終了よ」
林さんは「よくできました!」と言わんばかりの笑顔でこちらの事を褒めちぎってくる。さながらペットに対する飼い主みたいに。
「あの……記録されたデータは……?」
「ん? あぁ……安心して? 改造後の身体データは閲覧フリーで公開しているのだけれど、改造前の身体データは上位権限がないと基本的に閲覧できない事になってるから大丈夫よ。ここの局長と担当者である私くらいしかまず見れない設定だから」
「そう、ですか……」
「それにしても……うーん、まだ成長しきってないのもあって、しっかり改造しないと就労に差し障りが出ちゃいそうね……」
「えっと、どういう事ですか?」
林さんは中空を見つめて頭を捻っていた。多分、生体端末に表示された情報を読んでいるのだろう。
「うーん、依頼者はマスクされてるから何処に出荷されるのかも分からないんだけど、先程発注されてきた仕様書の肉体性能だけ見てみると、とても性処理用の人畜とは思えないのよね。これじゃあまるで一般人みたいなの」
(肉体を大きく弄られるのは怖いし、私としてはそれでいいのだけど……)
「容姿については発注書通りにしないと流石にマズいんだけど、こちらで危険だと判断した場合、中身についてはある程度変更できる権限があるから安心してね? キモチヨクお仕事できるようにしてあげるから!」
「あの、そこまでしていただかなくても大丈夫です……」
自分が自分じゃなくなってしまう様な改造は御免被る。
「ん……? あぁ! 戻った時の心配をしているのね!」
「いえ、そうではなくて……」
林さんは何を勘違いしたのか、独りでに喋り始めた。
「名前、藤咲愛香。生年月日2XXX年2月14日。性別女性。身長149cm体重43kg。スリーサイズは上から76/57/79で最適カップサイズはA65。総じて同じ年頃の女性と比べて小柄で未発育、幼さの残る体付き。性器の発達具合から自慰は週に2〜3回程度。包皮の上からクリトリスを刺激していると思われる――」
「なっ……!?」
「――また膣の構造は、筋肉や表皮、粘膜の測定値から算出すると、孔の内圧は緊張時、○mmHG。奥行きは74mmで、現時点での開口限界は直径39mmでこれ以上は組織断裂の危険性あり、そして拡張子宮容量は――」
「やめっ――!」
「――といった感じで記録は完璧だからどんな身体に改造されてもしっかり見た目も中身も元に戻せるから安心してね!」
「…………いくらなんで酷いもです」
「あー……なんというか、ゴメンね?」
その後、少しの間ギクシャクしていたのだが、結局その時間は待ってくれなかった。
――私は最後の機械の前に立っている……私の人生をまるっきり変えてしまうその機械の前に。
近くで見てみれば、それは黒い筒の様な物を中心に沢山のチューブやコードが接続されていた。
(この中にも、私と同じ様に人畜になる人達が眠っているのかな……)
ちょうど人一人がすっぽりと入ってしまいそうな筒。周囲が黒い金属の様な物で覆われているため中の様子は全く窺い知れないが、内部では噂に聞く肉体改造が行われているのだろう。
「じゃあそこに立っててね」
「………………はい」
――いよいよ、その時がきてしまった。
下からせり上がってきた透明なシリンダーの中に私は閉じ込められてしまう。……もう、逃げる事はできない。
しばらくして、粘性のある透明な液体が足元から流れ込んできた。
「ひっ――!?」
「安心して! ……肉体改造の触媒や材料として身体の負担を軽減するための薬剤よ。液中でも問題なく呼吸できるはずだからパニックにならない様に」
その言葉を信じてキツく目を閉じ、暴れそうになる身体を固定する。
もう液体は首元まで充填されている……そして顔を通り過ぎ頭の天辺まで。
既に足は地面から離れ、かといって浮かび上がる事もなく、私は液体の中でフワフワと浮いていた。まるで無重力の宇宙の様だ。まだ行ったこと無いけど。
だがそんなメルヘンチックな環境下にいたとしても今の私にはそれを楽しむ余裕なんて無いのだった。
事前に話を聞いてはいても怖くて息を止めてしまっている……しかし息が続くはずがないのだ。
ゴボリと空気を吐き出したと同時に入ってきた液体にパニクってしまう。
だが一瞬の苦しさの後、問題なく呼吸ができる事を理解して、なんとか落ち着く事ができたのだった。
目を開けてみれば液体と透明な筒の向こうに林さんが立っているのが分った。思いの外、いつもと見え方は変わらない。
フワフワと浮きながら林さんを見下ろす私と、そんな私を見上げる林さん。
……しばらく見つめ合った後、私が落ち着いたのが分かったのか林さんが続きを話し始めた。
「異常でも起きない限り変化中の貴女が人目に触れる事は無いはずよ、安心して」
説明を聞きいているのに、何故か段々と眠くなってきてしまった。
フワフワと、浮かぶ事も沈む事も無い液体の中で、私の意識は溶ける様に希薄になってゆく。
シリンダーの周囲、床からせり上がってきた壁によって私の視界は暗闇に閉ざされてしまった。
「おやすみなさい」
(……おやすみ、なさ――)
こうして私は、いつ目覚めるともしれない、深い眠りの中に落ちていくのだった……。