『アオのハコ』
考えても考えても、結果は出ない。
ならばもう、考えない。
そうは思えど、やっぱり何処かで考えては不安になる。
人間万事塞翁が馬、とは言うけれど。

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晴れないアオの響き

 人間万事塞翁が馬、とは言う。為るようにしか為らないというのは分かる、為らないように為ったというのは聞かないし。

 とりあえず一歩踏み出せば良くも悪くも話は動く、そう思って突き進んで結果がこうなった。それは俺にとって何よりも幸福な事で、きっとこれは稀に見る成功例なんだろう。

 だからそう、不満はない。不安ではあるけど、うん。

 こんなに上手く行って良いんだろうか、どこかで揺り返しが来るんじゃないか。何処かに漠然としたモヤモヤが漂っている、落ち着かない。

 悪循環というのはつまり、こういう事なんだろうな。何も考えず猪突猛進で生きてきたせいか、一回悩むとなかなか抜け出せない。

 考えない方が上手くいくなら、それで良いんだけどさ。

 廻りの悪い頭を捻るより、現状を受け入れよう。

 そう思いながら思考を止めて俺は、千夏先輩にキスをする。深く、深く。

 この時間は、今だけはこの人の事だけを考えよう。俺を愛してくれる、俺が愛する、大切な人を抱き締めながらそう思う。

 

 

 起こってもいない事を理由にして躊躇うのは、もうやめよう。千夏先輩に思いを伝えない理由は幾つもあって、でもそれは殆ど俺が勝手にそう思い込んでるだけだ。確かに俺は千夏先輩に気まずい思いをさせたくない、集中を乱したくない、――傷ついてほしくない。だけど本人がどう考えているかなんて、外から分かるわけはないんだ。

 ならば、するべき事はただ一つ。

 決意を込めてドアを開け、進もうとしたその瞬間。俺の足は、さっきまでの覚悟とは裏腹に止まってしまう。

「……あ」

「え"」

 なんの因果かはたまた祟りか。どういうわけか丁度そのタイミングで、隣の部屋から千夏先輩が出てくる所だったのだ。

 これから訪ねるつもりの相手が至近距離にいた、となるとこれはこれで色々肩透かしだ。呼び出す手間が省けたとは言え御膳立てされているようで、なんだか気恥ずかしいし。

 でもまあ、悪い事ではない。勢いは削がれたけれど、その分緊張も解れてくれた。

 しかし、しかしだ。

「えっと」

「あの」

 ……気が合うのか合わないのか、お互いに発声のタイミングさえ被ってしまう。一回こうなると大変なんだよな、出鼻をくじかれ過ぎ。どうもこんな事ばっかりで、間が悪いったら。

 何度か同じやり取りを繰り返し、俺たちは揃って深呼吸をする。千夏先輩が何の用なのかは分からないけど、でも俺の用事は一つだ。言ってしまえ、それで済む。恥で死んだ人間はいない、その筈だ。

 例えまた被ったとしても、言いきろう。聞いてくれなくても良い、笑われても良い。

 偽らざる、俺の気持ちを。

 決心を固めて開いた口から飛び出した一言は、だけど。千夏先輩からの言葉と、空中で衝突してしまう。

 それはたった二文字の、今(・)自(・)分(・)が(・)言(・)っ(・)た(・)の(・)と(・)同(・)じ(・)言(・)葉(・)。

 まるで打ち返されて返ってきたかのように、寸分たがわず同じ音が耳に聞こえて。俺は思わず、もう一度それを口にしていた。

「好き……?」

「……好き」

 コクンと頷いて言葉を返す先輩の頬は、赤く染まっている。

 それは、つまり。千夏先輩が廊下に出てきたのは、俺と同じ理由だったということ。

 余りにも都合の良い、出来すぎた話ではあるけれど。要するに俺たちは、……お互いに想いを寄せあっていた。自分達が気づかない内に。

 なんと言うか俺たちらしい擦れ違いな話に、どちらともなく笑い声が漏れていく。

 顔を見合わせ、二人揃って笑顔のまま。俺たちはそのまましばらく、バカみたいに笑いあっていた――。

 

 なんとも締まらない、間の抜けた告白合戦から一夜。

 先に朝練へ出た千夏先輩を追いかけるように、俺は体育館へと歩き出している。一睡も出来なかったけど、心は充たされたままで。

 あれは夢じゃない、上手く行きすぎてはいるけど現実なんだ。俺たちはお互いを好きで、想いを伝え合った。つまり俺たちの関係は、少(・)し(・)だ(・)け(・)前に進んだと言う事。

 ……隣同士の部屋だからって、そこから急にあれこれしたりはしないけどさ。そこまで都合よく話は進まないというか、そうなられたらちょっと困る。ここからゆっくりと、二人で歩んでいこう。いやまあ俺だって男の子、そういうのに興味はある。だけどそこを押していくのは、なんか違うし。

 千夏先輩って、千夏先輩だから。あの人のペースでいこう、うん。

 それにしても、案ずるより産むが易しって本当なんだな。ずっと一人で迷い続けてたのは、一体なんだったんだろう。

 にしても千夏先輩は、いつから俺を……そ(・)う(・)思っていたんだろうか。もしそれさえも俺と同じだったなら、何処まで俺はバカなんだって話だな。雛と一緒にいる俺を見て、傷ついたりしていたのかもしれない。もっと早く気付けば、もっと早く気遣えていたら。

 ――考えるな、俺。想像だけで解釈するな、それは良くない。過ぎたことは仕方ない、これから先を考えろ。

 これから、だ。ここから変わっていけば良い。色々足りない俺たち二人でも、少しずつならきっと出来るさ。

 志新たに駆け出す足は、いつもよりも少しだけ軽かった。

 

 そして迎えた、関係が変わってから最初の週末。都合よく練習も休みの土曜、俺たちは二人だけで家にいる。

 家族は日曜の夕方まで帰らない、余りにも御膳立てが過ぎる話はなんとなく不穏でさえある。

 何処かへ行こう、とも言わないし言ってこない。二人きりでいたい、そう思うし思ってくれているんだろう。

 どうしてこうなったか、はもう考えない。と言うか覚えてない、いつのまにか同じ部屋にいたから多分色々考えた結果なんだろう。

 ここで何のアクションも起こさないまま、平穏に過ごす事も出来る。でも並んでベッドに腰かけて、ただ沈黙が流れるのは結構気まずい。

 ここでとりあえず何(・)か(・)してしまえば、それで俺たちの関係はもっと進む。きっと後戻り出来ない段階に。

 そうなっても良いのか、どうなのか。迷いはあれど、興味もまたある。

 そしてそれは多分、千夏先輩もの筈。女子のそういう気持ちなんて、俺には推測しづらい事だけどさ。

 だからこそ二人黙ったまま動けない、こんな所も似た者同士なんだな。いや、そうやって和んでどうする。

 悶々とする俺の隣、千夏先輩が小さく呟く。

「あの、さ。……良かったら、なんだけど」

 心臓が高鳴り、胸の奥が熱くなる。なのに指先からは血の気が引いていく、不可思議な興奮。

 俺はどう言葉を返したか、自分でも分からない。分からないまま、俺は頬に千夏先輩の体温を感じている。先輩の手が俺の顔を包み、自分の顔に正対させているのだ。強く捕まれたまま、迫ってくるのは――千夏先輩の顔。視界が全てそれで埋まり、なにも見えなくなって。その瞬間に俺は、確かに唇へと感じた。甘く柔らかな、熱い何かを。

 それが唇の熱だと気が付いたのは、終わったあと。千夏先輩の顔が離れて、ようやくだった。

 キスした、キスされた。その事実が、頭の芯を焼いていく。

「……私は大喜くんと、………………したいです」

 消え入りそうな震える言葉と共に、先輩の手はゆっくりと俺の服にかかっていく。何をしようとしているか、は考えるまでもない。恋(・)人(・)同(・)士(・)で(・)す(・)る(・)こ(・)と(・)、だ。俺はそれを許されるような人間じゃない、でも拒めない。千夏先輩が、望んでくれているから。

 返事の代わりに、今度は俺からキスをする。不器用で不格好だろうけど、それでも。

 身体はゆっくりと倒れていき、ベッドの柔らかさを感じだしたその時だった。

 合わさった唇の隙間から、千夏先輩の声が小さく漏れた。

「…………ね。ここから、どうしたら良いの?」

 

 俺だって男の子だからそういう事のイメージはあるし、してほしい事もある。ただ、それを実際に出来るかと言えば絶対に無理だろう。千夏先輩に嫌われたくない傷付けたくない、それがなによりも怖い。心の中に広がっていく、薄く粘っこい不安。

 だけど、でも。それを乗り越えなければいけない、そうしなければいけない。お互いにこの先を、望んでいるのだから。

 とりあえず仕切り直そう、そう言って背中を向け合い服を脱ぐ間にも、心臓が口から飛び出しそうだ。

「あー……の、ね。私こう言うの全然だから……」

「いや、俺もそうですから……」

 お互いゴニョゴニョと謝罪なのかなんなのか分からない呟きを溢しつつ、それでも服を脱ぎ終えて俺はどうにか息を整えて振り向く。振り向いてそして、……言葉を失った。

 そこにあったのは、一糸纏わぬ姿の千夏先輩。白く美しい、その裸体。神々しささえ感じる肢体に、気が遠くなりそうになってしまう。そしてその顔は、リンゴのように真っ赤だ。

「わ。あー……、そっか。大喜くんって、その……男の子だもんねぇ……」

「えあ、あ、その……ハイ」

 先輩が頬を染めているのは、見ているから。俺が興奮している、という事実を示している箇所を。

 この状況でおとなしくしていてくれるほど、こいつは聞き分けの良い子じゃない。正直恥ずかしいけど、言い訳の仕様もない。

「あえっと、そ(・)れ(・)って……触っても平気? だよね?」

 返事を待たないまま千夏先輩は俺へと右手を伸ばし、そっと指先を先端から幹へと走らせていく。おっかなびっくり指が通った跡をなぞるように、甘い稲妻が駆け抜けていくのが分かる。それに先輩が怖々ながらも好奇心を解放していく様が、もうそれだけで心地良い。

 ――と。

 先輩の左手が俺の右手を掴みあげ、そして。……そして。

「えっと、私のも……ね」

 自らの足の間へと、招き入れた。

 まず感じたのは、ちょっと硬めな毛質。先輩は意外と毛深い、それははじめて知ったことだ。でもそれさえ吹き飛ばす感触が、人差し指に伝わる。湿り気を帯びた、肉の合間に挟まれていく感覚。僅かずつそこに飲み込まれていくと言う、これまで経験した事のない……想像さえ付かない何か。これがきっと、きっと。……オンナノコの内側なんだ。

 千夏先輩の中に、入っている。その状態で、千夏先輩が俺に触れている。それはあまりにも、激しい快感。

 爆発しそうな身体を何とか制し、俺は指先に意識を集中する。まだ足りない、もっともっと知りたい。千夏先輩の全てを、知りたい。頭のなかはそれ一色に染まっていき、目の前が白くなりかけた瞬間。

「ぁ……いた……ぃっ」

 千夏先輩の口から漏れた小さな声が、俺を現実へと引き戻した。気がつけば俺は人差し指に這わせるように、中指まで千夏先輩の中へと侵入させようとしていたのだ。ゾワリと背筋が粟立ち、一気に恐怖が襲ってくる。千夏先輩を傷つけた、痛みを与えてしまった。血が凍りつくような絶望感に苛まれ、ガクリと身体が崩れ落ちそうになる俺。

 でもそんな俺を、千夏先輩の腕が優しく支えてくれた。

「大丈夫、だからね」

 子供をあやすようなその声に、凍てつきそうな心がとろかされていく。

 何処までもこの人は優しくていとおしくて、だからこそ少しだけ怖くさえある。これは全て都合の良い夢なんじゃないか、と思ってしまう。

 ああ、でも。それならばそれで、構わない。幸せな夢に、溺れてしまおう。

 

 ベッドに背を預け、脚を開いた千夏先輩へと俺は自分自身を向ける。

 自分の指で解され蕩けた先輩のオンナノコは、誘うように蠢いて見えた。ここに入ってきて、と。

 その囁きに導かれて俺は、そのまま。

「ん、ぁ……っ」

 千夏先輩の中へと、分け行った。

 最初に感じたのは、強い圧力。閉め出そうとするのかそれとも逃すまいとするのか、とにかくこっちを締め上げてくる。そして伝わる、凄まじい熱量。指で感じた時よりもずっと熱く、そしてさっきとは違って中の壁がうねって絡み付く。まるで細かい襞か何かがびっしりと生えた中に包まれているようで、想像とは全く違う。

 そのうねりに奥へ奥へと引き込まれ、夢中で腰を突き出していく。そこから少しして俺が感じたのは、先端が何処かに当たる感触。ひときわ熱く、柔らかい箇所に。

 ――届いた、んだ。千夏先輩の一番深い所へと到る入り口に、触れている。

 ゾワゾワと溢れてくる形の見えない快感に、俺の腰は止まらない。引いては突き上げ、押し返されて僅かに引き下がってはまた突き上げる。この奥に、行きたい。千夏先輩の最深部、子宮の奥にまで達したい。 

 その思いを抱いた瞬間、背筋に走ったのは冷たい稲妻。激しい快感の電流が、脊椎をかけ降りていく。

 気付いた時には、もう遅かった。

「ぁー……っ、出……っ」

 止められない奔流が尿道を内側から押し広げ、ドクドクと放たれていく。

 一度決壊したものはもう、どうにもならない。ただ千夏先輩にキスし続けながら、その情動に身を任せるばかり。

 意識を刈り取られるような長い長い射精が終わり身体が離れてやっと、俺は今更ながらに自分のしたことを理解する。

 一方的に欲望を押し付けた、自分勝手に気持ちよくなった。千夏先輩を、使ってしまった。こんなにも身勝手に、強引に。

 薄甘い悪寒が胸に立ち込め、少しずつ手足が強張っていく。

 好きだと言ってくれた人に、こんなことをして良かったのか。こんな俺を千夏先輩は、これからも好きでいてくれるんだろうか。

 冷静さを取り戻してしまったせいで、またしても俺はこんな思いにかられてしまう。

 だけどそれを感じ取ったのか俺をそっと抱き締めてくれた千夏先輩の体温が、心の底から上がってくる寒気を溶かしてしまう。

「ありがとう、ね。大喜くん」

 その言葉は優しくて甘い、真意を察しようという意欲さえ奪っていく程に。

 幸せすぎて愛し過ぎて、不安になる。これが本当に現実なのか、と。

 確かめる術も気力もない俺は、ただ千夏先輩の胸に顔を埋めて泣き続ける。この人が変わらず俺を愛してくれることを願って。

 

 

 あれから休日に遠出したり家族の不在を使って何度も身体を合わせ合って、それはスゴく幸せなのに終わるといつも不安になる。千夏先輩は満足してくれたんだろうか、とか今も色々考えてしまうから。

 それに、だ。余裕がなかった最初の時以外はちゃんとゴムを着けてはいるけど、――本当に何もなかったのかは分からない。もしかしたら、と考えると急に気になるから怖い。先輩は今でも自分の事はあんまり言わないし、ひょっとして当(・)た(・)っ(・)て(・)た(・)り(・)したらどうしよう。

 そうは思えど、問い質す勇気なんか有るわけない。それに一回始まってしまえば、なにも考えられない。今日だって悩んだりはしても拒みはせず、こうやって放課後にホテルで「休憩」しているわけだし。そういう所なんだろうけどな、俺。

「大喜くん、そろそろシャワー浴びちゃおっか。あんまり遅くなると、また由紀子さんが心配するし」

 まるで俺の心中を察したかのように千夏先輩はベッドを離れ、ガラス張りの浴室へと歩いていく。その背を見ながら俺も立ち上がり、頭を振って迷いを払う。

 悩んでも仕方ない、止めよう。今こうして気持ちいいんだから、それで良い。

 どうにかなるさ、どうにかするさ。だって、俺たちなんだから。

 ――目を背けているだけだと言われたら、否定出来ないけど。

  




一日遅れましたが、とりあえずどうにか。

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