元の話からはかけ離れた内容になってしまいました。
俺…尾崎誠の人生は、順調そのものだった。
大学を出て、そこそこ良い会社に入った。
仕事の成績で、俺に敵う同期は居なかった。
上司は俺を賞賛していたが、俺は内心上司のことを見下してもいた。
プライベートでは、従順で貞淑な恋人も出来た。
俺の人生は、順調そのものだった。
彼女…佐伯葵が入社するまでは。
佐伯葵は、非の打ち所もなく優秀な新入社員だった。
優秀な新人…期待の新星…彼女への評価は、日を追うごとに高まっていった。
そしてついに彼女は、俺…尾崎誠を超えたと評価された。
…彼女は我が社のエースとして、不動の評価を打ち立てた。
佐伯葵が我が社のエースとして認められていく一方で、俺は次第に落ち目になっていった。
焦った俺は、彼女を再び追い越そうと足掻いたが…為すこと全てが裏目に出てしまった。
「尾崎さんってあんな人だったっけ?」
「もっとクールでスマートな人だったと思ってたんだけど…。」
「メッキが剥がれたってヤツじゃない?」
どいつもこいつも、皆掌を返したように、俺を下に見るようになった。
「佐伯君を見習いたまえ。あっという間に先を越されたな。」
俺を賞賛していた上司からも、こう言われてしまった。
付き合っていた恋人も俺を見放し、去って行った。
俺は荒れた。
このまま何も無ければ、俺は落ちるところまで落ちていただろう。
だが、こんな俺に救いの手を差し伸べてくれた女がいた…。
…他ならぬ、佐伯葵だ。
佐伯葵は我が社のエースだが、入社した最初からエースだったわけじゃない。
はじめのうちは俺が、新人教育担当として佐伯葵を支えていた。
佐伯葵は…葵は、新人だった自分を支えた俺のことを慕ってくれていたのだ。
俺と葵は、愛し合うようになっていた。
葵は、正に完璧だった。
ルックスも、能力も、人格も…そしてセックスも。
どこを見ても、本当に非の打ち所がない女だった。
葵は俺を慕ってくれているし、俺も葵を愛している。
…しかし…。
俺は他ならぬ葵に追い越されて、会社で落ち目になった。
葵は勝者で…俺は敗者だ。
葵は俺を慕っていると言うが…。
…葵の思慕は、敗者に対する勝者からの哀れみに過ぎないのではないか。
俺は葵を愛している…はずだ。
だが…俺の心にはこんな疑念が、どうしても生じてしまう。
…休日の夕方、俺はN市のパブに居た。
賑わう店内を見回し、壁際のテーブルに女が座っているのを確かめた。
俺は女の正面に座り…。
「すみません、相席、よろしいですか?」
女は俺の相席を許し、少しばかり俺と会話をして…俺とホテルに向かった。
俺がこんなことをし始めたのは、葵が入社して俺が落ち目になってしまってからのことだ。
鬱憤を晴らすためか、これで自信を取り戻すつもりでいたのか…。
葵と恋人になってからも、俺はこんなことを続けていた。
もちろん、葵には知られてはいない。
ホテルで。
「ああ、あ!…いいぞ…んんっ…んっ!…もっと…もっとだ…うう、う…っ!」
「お、お…そんなに、おぅ…良い、かよっ…ううう…。」
女は俺のモノを咥え込んで喘ぎ、身悶えていた。
女は悶えていたが、俺の方も堪らなくなっていた。
今回は大当たりだ。
俺はそう思いながら、女に俺自身を突き込んだ。
「んん、ん…イ…キそうだ、ああ、あ!…そのまま、出せ、私の中に出せ、おお…おっ!」
「うう、う…そ、そうかよ…おおっお…中に、欲しいのかよ…んんっ!」
「あ、あ…そうだ…ううっ中に、出せ…んんんっ!…それだけで、私は、イケる…ううっ!」
「おお、お…さ、先に、イケよ…ああ、あっ…イったら、うう、う…お望み通り、中に…んんっ!出して…。」
「うう、うぅ…イ…イク…ッ!…んん、んっ!イって…しまう…ああ、ああ!あ…!」
そこで女は仰け反った、イったらしい。
同時に俺も、堪えきれず女の中に吐き出した。
それは凄まじい快感だった。
「…ふう…。」
イかせて、中に出してやった。
俺はベッドに背中から倒れ込んだ。
やり遂げた。
俺はそう思いながら、余韻に浸っていたが…。
俺が倒れ込んだ時に、イったはずの女はもう身を起こしていた。
「な…何だよ…イッたんじゃ…なかったのかよ…。」
「…ん?イッたぞ?…中に出した時、
「……。」
「それに、お前は今、他の女とした時よりも疲れているんじゃないか?」
「……。」
「それが、私が間違いなくイッた…セックスに満足したという証さ。」
…中に出した時、俺は確かに堪えきれなかった。
他の女とする時よりも疲れていたのも確かだ。
しかし、どうしてこの女はそんなことまでわかるのか?
「しかし…。」
女は言葉を続けた。
「満足はさせてもらったが、お前は随分荒れたセックスをするんだな。」
「……!?」
「鬱憤を晴らすためというのか…失った自信を取り戻すためというのか…。」
「………!!」
女の言葉は…俺の、触れられたくない部分に触れた。
俺は思わず、身を起こして女に手を上げた…。
「大丈夫か?ちょっと手を見せてみろ…。」
「…砕けてもいないし、折れてもいないようだな…。」
「しかし、骨にヒビが入っているかもしれん。一度医者に診てもらった方が良いかもな。…診察代は私が出そう。」
俺は女の顔ではなく、鉄の塊に自分の手を叩き付けてしまったようだ。
俺に打たれたはずの女は全く平然として…女を打ったはずの俺は手を痛めてしまった。
俺は(傍目には)つまらない理由で女に手を上げた。
しかし手をあげて女を痛い目に遭わせるどころか、ただ座っていただけの女に痛い目に遭わされた。
さらに俺に殴られたはずの女から、痛めた手を心配され、医者代を出そうとまで言われた…。
「済まなかった。どうやら言わなくて良いことを言ってしまったようだ。」
…女は俺に詫びを入れた。
「…やめてくれ、アンタに謝られたら…余計に惨めになっちまう。」
「………。」
女の…赤い瞳が、俺を見つめていた。
銀色の髪、褐色の肌、こうして見ると、おそらくは身長2メートルはあるであろう巨体。
…女は人間ではなく、艦娘・戦艦武蔵だった。
武蔵をイかせ、中に出した時、俺は武蔵を…この女を自分のモノにした気になっていた。
だが改めて武蔵の肉体を見ていると…俺はただ、武蔵の中に入ることを許されていただけだったことに気づかされた。
俺は、やはり惨めな負け犬なのだ。
「どうした?」
武蔵は、俺に問うた。
そして、俺は答えた。
「…アンタ、さっき俺のセックスが荒れていると言ったな。」
「鬱憤を晴らそうとするような、失った自信を取り戻そうとするようなセックスだ、と…。」
「俺は確かに鬱憤を抱えているし、自信も失っている。」
「そうさ、まさにアンタの言う通りだ。」
…俺はそのまま、俺が抱え込んでいた全てを、武蔵に話し、吐き出した。
武蔵は俺の…告解に耳を傾けていた。
俺が話し終わると、武蔵は少し考えてから、口を開いた。
「差し出がましいかも知れないが…いや、はっきり言って差し出がましいことだが、私からも言わせてもらおう。」
「そもそもの間違いは、お前が自分のことを『出来る男』だと思っていることと…。」
「佐伯さんを再び追い抜こうと、努力してしまったことにある。」
「お、俺がダメなヤツだって言うのか!?」
「そこまでは言わん。」
「だがお前は、自分で思っているほどに『出来る男』でないことは確かだ。」
「現にお前は、いくら努力しても佐伯さんを再び追い抜くことはできていないではないか。」
「…それに…残酷なことを言うようで、実際残酷なことを言ってしまうが…。」
「…今のお前は、仕事での鬱憤を、行きずりの女にぶつけるようなヤツなんだ。」
少し頭に血が上った。
だが俺が激昂したところで、艦娘・武蔵に敵うはずもない。
頭の血は、すぐに下がった。
頭から血が下がると、俺は自分が武蔵に言われた通りの男だと、自分で納得していることに気づいた。
そう言えば、先程俺は激昂して武蔵に手を上げた。
…しかし武蔵は俺のことを「図星をつかれて女に手を上げるようなヤツ」とまでは言わなかった。
「お前は佐伯さんを再び追い抜こうと、努力してきた。」
「努力しなければ結果は出ないし、報われることもない。」
「それは私も認める。」
「だが、努力しても必ず結果が出るとは限らない。」
「努力というやつは…分の良し悪しに差はあるだろうが…どれも博打なんだ。」
「そしてお前は今、負けが込んでいる。」
「分の悪い博打にのめり込んで、負けが込んでいる。それが、今のお前なんだ。」
「私の見るところ…。」
「少なくとも今のお前に、『出来る男』としての生き方は無理だ。」
「虎には鯱の生き方は出来ないし、鯱には虎の生き方は出来ない。」
「虎には虎に適した生き方が、鯱には鯱に適した生き方が、そして、お前にはお前に適した生き方がある。」
武蔵はまた俺に「お前は『出来る男』などではない」と言った。
だが、武蔵は『出来る男』と『今の俺』を対比するのに、『天才と凡人』とか『神と虫ケラ』とかではなく、『虎と鯱』という言い方をした。
…「お前は『出来る男』などではない」と言われはしたが、俺は武蔵の話をそのまま聞く気になっていた。
「お前は『出来る男』であろうとして、職場で業績を挙げようと努力してきた。」
「…そしてその努力は全て裏目に出てしまっている。」
「お前は職場という賭場で、仕事という博打にのめりこみ、カネどころか人生をドブに捨てている。」
「だからまずお前は、博打を止めなければならない…職場から、賭場から少し離れなければならない。」
「とは言え、仕事が上手く行かないから会社を辞めます…というのは流石に拙かろうから…そうだな…。」
武蔵は少し考えてから、続けた。
「一つ、欠勤しない。二つ、遅刻しない。」
「三つ、俺に任せてください、とは言わない。」
「…こんなところかな。」
「俺に任せてくださいとは言わない…って。」
「何か拙いか?」
「いや、『出来る男』じゃなかったとしても、俺だって社会人の端くれだ。」
「社会人として、そんな気構えで仕事に臨んでしまって、本当に良いのか…って思うんだが。」
「俺に任せてくださいと言い続けて、お前はどうなった。」
「……!!」
「しつこいようだが、仕事で業績を挙げようとすることは博打だ。」
「ツキに恵まれない時に、自分から進んですることではない。」
「心や命を荒ませてまで、するようなことではない。」
「そもそも仕事は、生きるためにすることだ。」
「生きることを犠牲にして仕事にのめり込むなど、本末転倒も甚だしい。」
そもそも仕事は、生きるためにすること。
生きることを犠牲にして、仕事にのめり込むのは本末転倒も甚だしい。
…言われてみれば、当たり前のことだ。
俺はいつから、こんな当たり前のことを忘れていたんだろう…。
「ところで、お前はジムに通ったりネトゲってヤツを嗜んだりしているのか?」
「え…?あ、ああ、通っているジムもあるし、ネトゲもいくつかやってる、が…。」
「そのネトゲだが、オフ会ってやつはやっているのか?」
「ああ、時々、な…。」
「そうか、なら人間関係については、職場の人間関係よりジムやネトゲでの人間関係を優先することを奨めておこう。」
「え?」
「職場の人間とは私的に付き合うな。飲み会などの誘いも、原則として断れ。」
「…ちょ、ちょっと待ってくれ、何でそこまで言われなくちゃならないんだ?」
「命令形で言ってしまったが、あくまでも奨めているだけだ。難しいなら、どうしても抵抗があるなら、これは聞き流してくれて良い。」
「…だが職場の人間は、お前が…落ち目になった時、掌を返すようにお前に対する態度を変えたのだろう?」
「そして、お前が佐伯さんに追い越された時、お前の上司は『佐伯君を見習いたまえ』とお前に言い放ったのだろう?」
「お前はそんな連中と、会話や酒を心から楽しむことが出来るのか?」
「…もう職場は、生きるためにカネを稼ぐためだけの場所だと割り切った方が良い。」
「職場の上司や同僚も、書類や業務メールの類だと思った方が良い。」
「それよりジムやネトゲで親しくなれた人たちがいるのなら。」
「その人たちと、より親しくなっていった方がずっと良いのではないか?」
「不愉快な人間にはできるだけ近づくな。」
「そして、できるだけ愉快な人間の近くに居ろ。」
「…それから、恋人でもない女の肉体で鬱憤を晴らすのは止めておけ。」
「生き辛さをを取り除く手段としては全く的外れで、無意味だ。」
「だいたい、お前には佐伯さんという恋人がいるではないか。」
「…今しがた俺とヤッてたアンタが、俺と葵の仲を心配するのかよ。」
「お前の心配をしているんじゃない。セックスで絆が途切れるというのは、私が嫌なんだ。」
「佐伯さんが私の
武蔵の言ったことには、ちょっと意味がわからないところがあった。
…と言うか、夫って…俺とのセックスは武蔵にとっても浮気だったのかよ。
こんな話をしてから、俺たちはホテルを出た。
ホテルの前で、別れ際に武蔵はこう言った。
「嫌なことから逃げるのは卑怯だ、と言う者はどこにでも居ることだろう。」
「だがそもそも嫌なことというのは避けるべきことであり、逃げるべきことだ。」
「現実の中で生きている限り、避けることも逃げることも出来ない嫌なことは、確かにある。」
「ならばせめて、避けられることは避け、逃げられることからは逃げなければなるまい。」
「嫌なことから逃げるのは卑怯だという言葉は、人を追い詰め、嫌なことに縛り付ける。」
「嫌なことから逃げるのは卑怯だという言葉は、私に言わせれば、ヤクザか詐欺師が使う言葉だ。」
「だからお前は、何かから逃げることを恥じてはならん。」
「逃げるのは卑怯だと言って人を追い込む奴らの方こそが、恥を知るべきなのだ。」
戦艦武蔵を起源に持つ艦娘・武蔵が、逃げるということを肯定するのは意外な感じがした。
…だが、武蔵の言葉を聞いて、少し心が軽くなったような気もした。
「…と、ビッチが何か偉そうなことを言ってしまったな。」
「お前とのセックスは良かったが…まあ、もう会うこともあるまい…さらばだ。」
それから俺はこの武蔵とは会っていない。
行きずりの女を引っかけるのも、この日を限りにやめた。
欠勤しない。遅刻しない。俺に任せてくださいとは言わない。
俺は武蔵に言われたことを実践してみた。
…本当に、楽になった。
それで、それまで俺は本当に無理をしていたってことが自覚できた。
俺は今まで、何をしていたんだろう?
同僚や上司と、仕事以外の話をするのもやめてみた。
…何も困らなかった。
それどころか、却って仕事が楽になったような気もする。
代わりに、ジムやネトゲの友人たちと過ごす時間を増やしてみた。
みんな良いヤツらだとは思っていたが、共に過ごす時間を増やしてみると…。
…みんな、今まで思っていたよりもずっと、本当に、本当に良いヤツらだった。
本当に、俺は今まで何をしていたんだろう?
「逃げるのは卑怯だと言って人を追い込む奴らの方こそが、恥を知るべきなのだ。」
武蔵はこう言っていた。
だが今までのことを振り返ってみても、俺に直接「逃げるのは卑怯だ」と言ってきたヤツは居ない。
俺を追い込んだのは…俺に努力することを、分の悪い博打を強いてきたのは…他ならぬ俺自身だ。
もしかして武蔵は、自分を追い込み苦しめてきた自分自身の愚かさを恥じろ、と言いたかったのだろうか?
今となっては、もう確かめようもないことだが…。
いずれにせよ、俺は少しだけ楽に生きられるようになった。
佐伯葵とは…葵とは、交際を続けている。
交際自体は順調…だと思う。
だが…。
葵は勝者、そして俺は敗者。
葵からの愛情は、敗者に対する勝者からの哀れみにすぎない。
…バカな!
今の俺には、そんなことはもうどうでも良いはずだ!
なんで俺は、今さらこんなことを…!
俺はこのくだらない疑念を振り払いながら、葵との交際を続けている。