ファミリーレストランで、毎朝モーニングを食べるのが私の習慣です。
フライパンでベーコンエッグを焼くくらいなら、私にもできるのですが、妻を亡くしてからというもの、朝起きて独りで食べる食事というのに、物悲しさや侘びしさを感じるようになり、駅前にあるファミリーレストランに入ったのがきっかけでした。
もっとも、私に連れがいるわけではありません。
ファミリーレストランに行っても、独りで食べる朝食には変わりはないのですが、家の外の空気を吸いたい気分になるのです。
もともとが朝寝坊の性格でしたので、退職をすると、それに拍車がかかるようになりました。
のろのろと重そうに寝床から起きて、散歩がてらに駅まで歩くので、ファミリーレストランに入るのは、早くても朝の九時半を回っています。
当然、ピークの時間も過ぎていますから、窓際の席を悠々と独占することが出来るのです。
人の流れも落ち着いた駅前のロータリーを見おろしながら、トーストとベーコンエッグを食べ終えると、セルフサービスのコーヒーをお代わりして、長々と居座って新聞を読むのです。
毎日、同じ席に座って、毎日、同じメニューを食べるのですから、きっと偏屈な年寄りだと思われているかもしれませんが、私としては、なんとなくそうしているだけなのです。
毎日、同じことを繰り返している方が、気が楽なのだと思います。
もっとも、それが偏屈という事なのかもしれませんね。若い頃の私が、私のような年寄りを見たら、偏屈な年寄りだと思うことでしょう。
実を言えば、もう一つ、私がそのファミリーレストランに通うのには理由があります。
それはウェイトレスさんです。
容貌は若く見えますが、歳は四十に近いかもしれません。左手の薬指には指輪をしているので、人妻であることは間違いないようですが、ちょっと感じのよいウェイトレスさんがいるのです。
こういう店というのは、一から十までマニュアルで決まっていますから、どの客にたいしてもロボットのように決まりきったセリフを言うものですが、彼女だけはちがいます。
「ベーコンエッグのセットですね」
私の顔を見ると、いたずらっぽく笑って、そう言うのです。
ネームプレートを見て、彼女の名字が青山だということは覚えてしまっていましたが、なれなれしく青山さんと呼ぶようなことはしませんでした。
青山さんは人妻ですし、私の娘と同じくらいの年頃です。彼女をどうこうしようなどとは考えていませんでした。
毎朝、気持ちがよい彼女の笑顔を見ているだけで、私は癒され満足していたのです。
しかし、ちょっとしたきっかけから、私は彼女と深い関係を持つことになったのです。
私の若い頃の夢は絵描きになる事でした。
しかし、父に、
「絵描きで食っていけるわけないだろう。何を考えているんだっ!」
と猛反対されてその夢は潰(つい)えてしまいました。
一時期は父を恨んだこともありましたが、今では父の意見に従って会社勤めを選択したのもよかったのだと思っています。
勤めていた会社を手堅く無事に定年退職し、今では悠々と年金暮らしをすることが出来ているのですから、悪くない人生だったのだと思います。
唯一の誤算というか、予想外のできごとは、妻の早すぎる死でしたが、そればかりはどうすることも出来ません。
もう絵筆を取ることはありませんが、今でも絵を観るのは好きなのです。ですから、ときおり美術館に足を運ぶのです。
その日、裸婦という絵画で有名なお目当ての画家の展覧会に行きました。
そこで青山さんとばったりと出くわしたのです。
「あら・・・・・・」
先に彼女の方が私に気がついてくれたのです。
毎日、顔を見ているのですから、私が誰かすぐにわかったのでしょう。
しかし、彼女は私の名前を知らないので、なんて声をかけてよいのか、迷っている様子でした。
「奇遇ですね。青山さん」
「名前を憶えていてくれていたんですね」
「毎朝お世話になっています。香川と申します」
こうして私は青山さんと知り合いました。
ネームプレートには書かれていない下の名前も、挨拶のなかで優美であることも教えてくれました。
「いつも朝早くから大変ですね」
「いいえ、主婦の暇つぶしですから」
最後の一枚の絵を観覧すると、そんな話をしながら、展覧会場をあとにしました。
「どうですか。コーヒーでも・・・・・・。おごりますよ」
彼女と、もう少し話がしたいという気持ちがなかったと言ったら嘘になりますが、その時の私は、歩き疲れていたので、腰を下ろして休憩したいというのが先でした。
それでも、傍に女性がいれば誘わないわけにはいかないような気がしました。
「遠慮しないでいいですよ」
「それじゃ、お言葉に甘えさせてもらってもいいですか」
そうして、私は青山さんと一緒に喫茶店に入りました。
展覧会の会場で出会ったのですから、同じ趣味があるということです。ですから、自然と会話も弾みました。
瞬く間に時間は過ぎていきました。
「そろそろ夕飯の支度をする時間かな」
私は青山さんに気をつかってそう言いました。
「大丈夫です。うちの旦那、今日は帰ってきませんから・・・・・・あ、すいません。香川さんの方がお忙しいんですよね」
「いや、僕は暇な老人だよ。なんだったら、一緒に夕食でも食べに行きませんか?」
「そうしましょうか」
青山さんはあの笑顔で、にっこりと笑いました。
「何が食べたい?」
すると彼女は、自分の勤めているファミリーレストランの名前を言って、それ以外と答えてまた笑いました。
「じゃ、決定。出ましょうか」
ふたりは寄りそって喫茶店をあとにした。
つづく