『アオのハコ』
勝ち負けはあれど、意識しているかはまた別の話。
どっちにしても違う人間になるわけでなし、遺恨さえ残らなければどうにかなるもの。
まあ、それが難しいのだけど。

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中編なので、少し短めです。ええ、予定通りですよ?


アオく連なる夏の陽に -中-

 一体何が起きたら、こんな事になるんだろう。真っ直ぐな瞳で真正面からフラれたり、かと思えば色々と翻ったり入れ替わったり。短期間にあれこれとありすぎて、余りにも現実感が無さすぎる。いっそ夢でも見てるんじゃないか、とさえ思ってしまう。

 でもまあ、夢であれ何であれ幸せではあるから良いかもしれない。少し前の私ならきっと、そうは思えなかったけど。

 同情も施しも願い下げ、誰が相手だろうと引くことなく立ち向かう。そうやって突っ張りながら生きてきた日々が、いっそ懐かしい。

 大喜を独り占めする事は出来ないし、大喜の一番にもなれないだろう。でも、それは些細な事だと気が付いた。好きな気持ちは、曲がるものじゃないし張り合うものでもない。胸に抱いていれば、それで良いんだ。伝えあって、受け止めあって。それで良い。

 あの冬の日に、千夏先輩がそれを教えてくれたから。……素直に感謝する気には、あんまりなれないけどね。

 

 

 耳を疑う、とはこの事か。正月休みに突然押し掛けて来た千夏先輩の口から出たのは、まさにそんな感じだった。

 要約すれば、一言。大喜と結ばれた、という所謂ノロケ話。

 以前私は千夏先輩に一方的に「大喜に告白しました」と宣言した事はあった、そう言っておけばきっと遠慮してくれるだろうと。先手を取った時点でこっちの勝ちなんだから、引き下がってくださいと。しかしまあその後見事にフラれ、でもまだ希望を残したいから千夏先輩には顛末を伝えていなかったけど――。まさかその隙に、そう来るとは。

「……で、千夏先輩はわざわざ勝ち誇りに来たわけですか。ずいぶん悪趣味なんですね」

 崩れそうな膝を根性で維持し、それでも私は平生を装う。私にだって意地がある、負けたからって負けたままでいられない。

 引き下がるな、折れるな。た(・)と(・)え(・)大(・)喜(・)自(・)身(・)に(・)望(・)ま(・)れ(・)な(・)く(・)て(・)も(・)、私は自分の気持ちを捨てたくないんだ。

 初めて好きになった人だから。

 私が闘う覚悟を決めた、その時。千夏先輩はまるでそれを見越したかのように、涼やかな声で言い放った。

「私は大喜くんが好き、だけど――蝶野さんとも仲(・)良(・)く(・)したい。同じ人を好きになったんだから、きっとそうなれる」

 その言葉は明らかに場違いで、メチャクチャで。まるで子供のワガママとしか思えない、勝手なもの。

 何を言ってるんだ、この人は。そんなの有り得ない、と言うか無理だ。大喜は千夏先輩しか見ていない、私なんか見てくれない。だから私たちは、対立するしかない。それ以外に、何がある。

 でも、だけど。

 も(・)し(・)も(・)、(・)そ(・)う(・)な(・)れ(・)た(・)な(・)ら(・)。傷つけあう事なく、一緒に穏やかに過ごせるなら。それは確かに、幸福なのだろう。

 そう思って僅かに警戒が緩んだ刹那、視界にあった千夏先輩が一瞬――揺れた。

 何かが起きる、と身構える暇すら与えられないまま。インステップでこちらに急接近した千夏先輩は、何を思ったのか。

 その唇で、私の唇を塞いでしまったのだ。

 柔らかく暖かい感触がまず伝わり、そして漸く脳が理解する。キスされた、と。硬直する身体を抱き締められ、深く深く。

 抵抗しようにも手足が頭に従わない、瞳さえ自由にならない。全身が千夏先輩を受け入れようとしているのを、腹が立つほど止められない。

 気が付けばしゅるしゅると脱がされ、私は千夏先輩に組み倒されていた。

 まさか、こんな事になるなんて。そうは思えど、胸の高鳴りが強まっていく。今ここで千夏先輩に抱かれたら、私はどうなるんだろう。その期待で。

 

 千夏先輩の舌が私の臍を掠めて降りていく、その光景。肌を合わせて伝わってくるものより、胸の奥から沸き上がる熱はずっとずっと強い。

 蕩けた頭は完全に思考を放棄してされるがまま、どんどん高度を下げていく先輩の頭を見送るだけ。

 そうしている間に先輩の手は私の太股にかかり、そっと脚を拡げさせ。そのまま――顔を埋めてしまった。

「蝶野さんって、さ。自分でも――したりする?」

 息を私(・)に吹き掛けながら、千夏先輩はとんでもない事を平然と聞いてきた。

 そりゃあ私だって高校生だし好きな人もいるし、人並みにならし(・)て(・)る(・)とは思う。他の人たちがどうしてるかなんて知らないし知りたくないけど。

 でもそんな事、言えるわけがないじゃないか。

 どう答えたら良いか分からずモジモジしていると、不意に何かが私(・)に押し当てられた。その熱い何かは誘うように動きまわりそして、……そして肉の裂け目を掻き分けて内側へと入り込み始めたのだ。そこまで来て漸く私は、それが何なのか分かった。それはさっきまで肌の上をはい回っていた、千夏先輩の舌だ。

 ゾワリと一瞬背筋が粟立つも、それを上書きするような正体不明の感覚がやって来る。自分が触れたこともない内壁を、他人の舌が押し広げていく。きっと千夏先輩の口のなかには、私の味が広がっている。羞恥と背徳感、そして得体の知れない快感がない交ぜになって止まらない。

 たちまち視界が白く染まり、身体が震え意識が飛びかける。普段はここまですることは滅多にない、大体は抱き枕に身体を擦り付けて感じながら、ある程度まで来たら後は余韻に浸るだけ。気持ちよくなりすぎるのは、怖いから。

 なのに千夏先輩は、舌の動きを緩めてはくれない。もう止めてと言おうにも、口から溢れるのは喘ぎだけだ。

 余りにも激しい快感が押し寄せてそこから降りられない、降ろしてくれない。蠢く舌の感触に加えて更に押し込まれて来るのは、多分――指だ。千夏先輩の指は舌よりも深く私を抉り、まるで先に目が付いているかのようにピンポイントで感じる場所を次々と探り当てていく。いや、触れられた所から熱が注ぎ込まれ、新しい快感を植え付けられてるのかもしれない。

「う"ぁ、ぎっ……、うあ"ぁー……」

 獣のような吠え声を上げながらも、暴力的な快感は収まることを知らない。

 やがて脳が過負荷に耐え兼ねて停止するまで、止まる事を知らない快感の暴風が吹き荒れ続けた――。

 

 どれくらい経っただろうか、意識が戻ったときには窓の外はすっかり暗くなっていた。私も千夏先輩も、一糸纏わぬ姿のまま。全身は汗やら何やらでドロドロになり、息も絶え絶えではあるけれど。千夏先輩は私が気絶してからも、一人でし続けたんだろうか。よくもまあひとんちで。

 しかししてしまった、最後まで。誰ともしたことがない事を、一通り。

 恋人同士ですることを、全部。

 ……良いんだろうか、これは。千夏先輩はこんな関係を受け入れていられるんだろうか、どうなってんだこの人。

「私はさ、別に大喜くんを独り占めする気はないよ。蝶野さんにも大喜くんにも、そうなってほしい」 

 能天気な理想論をブチ上げるその顔は、朗らかで幸福感に満ちていて。……余りにも、アホな感じだ。そもそも千夏先輩は、それで良いのか。独り占めしたくないったって、自分が好きな人を――別の人とも付き合わせるとか正気の沙汰じゃない。

「それに大喜くんは皆のもので、だからこそ譲り合って大事にしないといけないんだよ」

 いや、そんな公園のベンチみたいな事言わないでほしいんだけど。

 あー……そうか、そうだった。この人基本、バカなんだ。そうでなかったら、こんな事考えるもんか。

 にしたって、どうやって大喜を納得させる気なんだ。先輩への気持ちを貫くために私をフッたのに、それを覆せるんだろうか。その辺は曲がらなそうなんだけどな、大喜はとにかく不器用な上に迸る程バカだ。あのバカを心変わりさせるなんて出来そうもないけど。

「大喜くんは私(・)が(・)頼(・)め(・)ば(・)言(・)う(・)こ(・)と(・)聞(・)く(・)だ(・)ろ(・)う(・)け(・)ど(・)、問題は由紀子さんなんだよね。私が押し倒したって知ったら、絶対怒るだろうし」

 まあ、そうでしょうね。信じて預かった友達の娘が、自分の子供押し倒した上二股を強要しようってんだから。由紀子おばさんに追い出されるんじゃないかな、千夏先輩。そうなったらそうなったで、……いやまあ困るか。そんな状態で大喜とどう過ごせば良いんだか、見当も付かないし。

 やれやれ、だ。もう私が協力するしか無さそうだな、これじゃ。

 

 

 そこから泣いてすがって歯茎を剥いて、必死に由紀子おばさんを説き伏せて。私たちは強引に、この歪な関係を認めさせてしまった。そしてそうなった以上、大喜も折れざるを得ない。私は大喜の一番になれないし、千夏先輩も大喜一人を愛せない。私は私で、負けた上に情けをかけられるという屈辱を味わって。三人がそれぞれ損をし、それでどうにか形が付いた。強引ではちゃめちゃで、不道徳きわまりないけど。

 まあ、そんなこんなで。私たち三人は、今日も揃ってベッドの上にいる。……一緒に住んではいないけど、ね。それはさすがに怒られたから、卒業してからのお楽しみ。千夏先輩も千夏先輩で由紀子おばさんに釘を刺されてるから、私がいないときに大喜を独占するような事はしてない……筈。多分。メイビー。先は越されたものの、私も大喜と結ばれたわけだし文句は言わないけど。

 そんなおかしなトライアングルを描きながら季節は過ぎて、今年も燃えるような夏がやって来た。千夏先輩は今回のインターハイで引退、つまりは大事な時期ではあるのだけれど。あるのだけれど、どうも普段通りにふにゃふにゃしているのが不思議だな。まあ勝っても負けても悔いはないんだろう、自分の実力を出し切った結果ならば。まあ私も私で頑張らないといけないけどね、今度こそ一位だ。三位のままで終わってたら格好がつかない。

「ね、大喜くん。去年行ったあの民宿にさ、三人で行こうよ。同じ日に、ね」

 一戦終えてへたばっていた大喜にキスしながら、千夏先輩が聞き捨てなら無い事を言う。待て待て、なんのお話ですかあんたら。

 去年の夏って言ったら、私が告白した時期じゃないか。そんな時にコソコソなにしてたんだか、この人は。

 そもそも大喜を押し倒したり私を襲ったり、どうもやり方が不穏なんだよね千夏先輩。一体何者なんだか。

 まあでも、その辺を問い詰めるのは今度で良いか。三人で何処かに出掛ける予定なら、それはそれで楽しそうだ。そっちの話をさせてもらおう。

「千夏先輩千夏先輩、詳しく聞かせてくださいよー」

「うん、あのね――……」

 

 

 

<続く>

 

 

 

 




ちゃんと続きますよ?
大喜くんのお話でシメる気なので。

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