なんでも許せる人向け
朝に着替えたばかりの服が、一瞬で台無しになった。
前髪の先からぽたぽたと雫を落としながら、ドクターは入室した部屋の主に白い瞳を向ける。
白衣を着た浅黒い肌の女性は、椅子の上で足をばたつかせ、身をよじりながら、腹を抱えて大笑いしていた。
「あっはははははははは! 水も滴るいい女だな、ドクター!」
「トゥイエ……まあ、そんなことだろうとは思っていたよ」
ドクターは溜め息を吐きながら、着込んだ防護服を見下ろした。
トゥイエはロドスのオペレーターの中でも気難しい方だ。なかなか自室から顔を出さず、不愛想で、人付き合いもかなり悪い。
一応、直近で医療部に赴いて健診と鉱石病の治療を受けたことは確認しているが、念のために会いに来た。杞憂で済んだようだが。
体を折ってヒーヒーと笑い苦しむトゥイエは、心配するまでもなく元気そうだ。出会いがしらに水を顔面めがけてぶっかける類の悪戯も健在。問題があるとすれば、頭から腰の辺りまで派手な放水を食らった自分の身だろう。フードの中まで水浸しになって、中の服も肩と背中が濡れてきている。
トゥイエはひとしきり笑うと、その辺にあったタオルを投げて寄越してくる。雑に洗濯されたせいか、少しごわごわとした布で顔を拭いていると、社交性皆無で有名なトゥイエはドクターをすんなり自室に招き入れた。
「で、今日は私に何か用か? それとも、単にオフだから様子を見に来ただけか?」
「オフだから様子を見に来た。元気そうで何より。……それで、私をずぶ濡れにしたその機械は、新作?」
「ああ。フォリニックとソーンズの奴が、薬物を戦闘にどうのとくだらないことを話していたからな。派手にぶちまけてやればいいだけだ、と教えてやろうと思ったのさ」
部屋の扉から少し離れた位置に設置された、機械の固定砲台らしきものを得意げに目で指し示す。
太い足、分厚い円盤状の設置部分。砲台の上部には逆さになった大きなシリンダーが四本取り付けられ、僅かに見える中身の色から類推するに、一番大きな一本の中身は水だろう。残り三本は、やや不気味な蛍光ピンク。
フードを外し、髪を拭いていたドクターは、嫌な予感がしてピタリと手を止めた。なぜか機嫌良くチョコレートを口にしているトゥイエを見て、低い声で尋ねる。
「……まさかとは思うけど、この水に何を混ぜた……?」
「ほう、わかるようになってきたか。お前とも、なんだかんだ長い付き合いだしな」
トゥイエは僅かに椅子を回し、肩越しにニヤリと怪しい笑みを見せてくる。
嫌な予感が現実のものだと察した時、ドクターは脳に電気を流されるような感覚と共に、脱力してその場にへたり込んだ。
頭、肩、腹。水に濡れた箇所が痺れて、熱を持ち始める。体が上手く動かせない。
両手も床に落ち、打ちひしがれた令嬢のようになってしまったドクターの顔を、席から立ったトゥイエが研究者の顔で覗き込んんだ。
「効き目が出始めたか。予想より少し早いが、まぁ個人差だろうな。気分はどうだ、ドクター?」
「トゥ、イエ……? 一体、何を……」
「心配する必要はない。毒ではないし、後遺症が残るわけでもない。ただ…………ふふっ、思ったよりも良い顔をするな」
何故だか少し嬉しそうにしたトゥイエは、ドクターに肩を貸して立たせ、自分のベッドに仰向けで寝かせる。
なすすべのないドクターは、疑わしげに細めた目を驚きに見開く羽目になった。トゥイエが急に上着と服を脱ぎ、半裸になったからだ。
「な……」
「何を驚いている? ロドス一番の物知りでも、こういうことには疎いのか……?」
そう言うと、トゥイエはドクターの体にうつ伏せで圧し掛かった。顔がキスでもしそうな距離にまで近づき、ひと房垂れた銀の髪がドクターの耳をくすぐる。
ドクターは自分の心臓が跳ね、脳が燃えるように熱くなるのを感じた。
頭から湯気でも出ているのではないかと思うほどの熱。トゥイエの方は特に何も感じていないのか、ドクターの口元からマスクを剥がし、耳の下から頬骨のラインを指でなぞる。
ビリビリと電気が這うような感触に息を飲み、思わず目をつぶるドクターの顔は、熟れた林檎のように真っ赤だった。
「いい効き具合だな。やはりお前ほど肌が白いと、経過がわかりやすくていい。ドクター、今何を感じてるのか言ってみろ」
「……体が熱くて、動かない……。一体、なんの薬を盛ったんだ……?」
「媚薬だ」
さらりと告げられ、ドクターは絶句する。
トゥイエはその表情が面白くて仕方がないとばかりに顔をほころばせた。
「他に痺れ薬も混ぜているがな。というより、痺れ薬の方がメインで、媚薬はおまけだ。しかし、ぶっかけたのは失敗だったか……お前の顔の雫が汗だか薬だか判別がつかない。ふぅむ……」
数秒考えた末に、トゥイエはドクターの頬をペロリと舐めとった。
頬を濡らす唾液と生暖かく湿った舌の感触が、電磁警棒で殴られたかのような痺れをもたらし、頭を真っ白に染め上げる。
神経の奥深くを熱いものがなぞり上げ、耳や脳にまで響き渡った。
ドクターは突然の感覚に息を飲み、目を白黒させる。びくっと跳ねかける体の動きは、圧し掛かったトゥイエの肢体にまで伝わる。トゥイエは唇を舐めて、満足そうに頷いた。
「汗だな。うん、正常に効いている。ドクター、自分が発情しているのを実感できているか? ドクター?」
「っ……」
異様な刺激に半ば放心していたドクターは、瞬きを繰り返して飛びかけた意識を正気付ける。
どうにか首だけを動かして、トゥイエを見つめた。顎骨の付け根あたりから首の側面、肩の先までをツツ、と滑る彼女の指がもたらす、くすぐったいような、むず痒いような、つい身じろぎをしてしまいそうになる感覚に耐えながら。
「トゥイエっ……流石に、これは以上はっ……」
ぞくぞくと背筋を震わせながら絞り出した言葉は、短く耳に吹きかけられた息によって封殺された。
なんとか声こそ押し殺したものの、体はびくついて強張り、下腹の奥が熱く収縮するのは止められない。ドクターをいとも容易く黙らせたトゥイエは、ドクターの上着の前を開き、手際よく剥いで行く。
ドクターが何か言いかけるたびに、耳への甘噛みや首筋へのキスで抗議を甘い我慢の声に変えられる。薬の影響でまともに体を動かすことも出来ないまま、ドクターはインナーを首元まで、ボトムスを膝まで脱がされ、あられもない姿にされてしまった。
白いコットン生地の下着に包まれた、慎ましやかに膨らんだ胸と、健康というには肉も脂肪もやや足りていない腹を、トゥイエの手のひらが確かめるように愛撫する。
「ふうん、私が言えたことでもないが、案外色気のないものだな。私と違って男女問わず言い寄られているのだから、もう少し気を遣っているものかと思っていたんだが」
ドクターは羞恥に息を飲む。なんとか手を動かし、引き上げられたシャツだけでも下ろそうと思うが、相変わらず手は痺れて言うことを聞かない。それどころか、指を動かすたびに、体を芯から震わせるような甘い稲妻が腕を駆けあがり、脳幹に突き刺さる。身じろぎをするだけでどうにかなってしまいそうだ。
眉根を寄せ、目をぎゅっとつぶり、奥歯を噛みしめて愛撫と薬物の感覚に耐えようとする横顔を、トゥイエの悪戯っぽく光る瞳がじっと見つめる。トゥイエは指を立ててドクターのへそ周りを三周撫でると、人差し指を胸元まで滑らせる。
白い下着と柔肌の隙間に爪の先が入り込んだところで、ドクターは呻くように訴えた。
「っ……あっ、待ってくれ、トゥイエ……そこは、だめっ…………っっっ!」
下着に侵入した指が乳首をつねり上げるとともに、電気を流されたかのように体が跳ねる。
その反応が末端までを刺激し、不随意な動きによりさらなる快感をフィードバックして、何度も目蓋の裏を真っ白に塗りつぶしていく。
トゥイエはびくっ、びくっ、と声なき声を上げて悶絶するドクターの姿を楽しみながら、緩急や角度をつけてドクターの両の乳首を刺激した。
時にはタイミングをずらして、時には連続して畳みかけるように。計算された手技と媚薬により性感帯と化した部位から絶え間なく送り込まれる激しい電気信号の濁流に、ドクターは完全に意識を飲み込まれていた。
出来るのは、体をビクビクと痙攣させながら力なく首を振ることだけ。そんな姿をじっくりと観察していたトゥイエは、ひとつ頷くと最後に両の乳首を同時に、痛みを感じるギリギリの力を込めて引っ張りながらこねくり回した。
「あ゛っっっ――――――――――っ!!」
ドクターは背中を弓なりにのけ反らせ、ピアノ線をぴーんと張り詰めさせるような長い快感に支配された。
脳に快楽の槍を深々と突き立てられたまま、永遠のように引き延ばされた時間感覚の中、長い長い絶頂を味あわされる。ようやくトゥイエが指を放し、背中をベッドに沈み込ませた後も、絶頂の余韻はしつこく、ドクターにべったりとへばりついていた。
「はっ、はっ、はっ、はっ……」
小さく浅い呼吸を繰り返しながら、すっかりのぼせ上がった顔で喘ぐドクターを尻目に、トゥイエは身を起こしてベッド脇に挟んでいたクリップボードにサラサラと何かを記入していく。
しばらくして、やっと快感が引いてきたのかドクターは薄く目を開いた。真珠のような白い瞳が上気しきって、涙にぬれて潤んでいる。
まだ口を利けるほどには回復していないのか、恨めしそうにじっと見つめてくる眼差しは、むしろトゥイエの胸の奥を狂おしく掻き立てた。
「良い顔だな。私もこういうのは初めてだし……そもそもお前以外にする気は全くないが……少し不安だったんだが。楽しめてもらえたようで何よりだ」
トゥイエはクリップボードを投げだすと、ドクターに圧し掛かって紅色に染まった頬に手を当てる。
荒い息を吐きながら、どこか哀願するような眼差しで見つめてくる表情は、普段のドクターのそれとは大きくかけ離れている。この顔を撮って見せてやったら、面白い表情をするオペレーターはさぞ多いことだろう。ケルシーなど、どんな顔をするものか。
―――ま、“これ”は私だけのものだがな。
―――どいつにも、くれてやる義理はない。
ひっそりと意地の悪い笑みを浮かべながら頬を撫でまわしていると、ドクターはやや呂律の回っていない舌を動かして抗議してきた。
「うっ……。もう、いいか……? 充分のはず……」
「何を言ってる、ここからが本番だろう。こっちもようやく、出来上がってきたようだからな」
トゥイエはそう言いながら、下腹部めがけて滑らかな愛撫を下ろしていく。その先には当然、灰色の染みが出来たショーツ。
「ま、待って……まさか、嘘だろう……!?」
「ほう、こっちは初めてか。お前、そういうのには疎そうだし、予想はしていたが」
「トゥイエっ、冗談に、なってない……! それ以上は……本当に、怒る……!」
「その顔で言われても、説得力がないな」
「やめ、許しっ……!」
次の瞬間、ドクターの声は張り詰めた嬌声に変わる。
これまでもたびたび悪戯と称してドクターにぶっかけてきた媚薬入りの水と、それが生み出す微かな反応と所作を元に組み立てた、トゥイエの特別なプレイプランは、結局ドクターが酸欠で気を失うまで終わらなかった。