0.
──後悔しているか?
と、誰かに聞いて欲しかった気持ちはあったのだろう。
遥か過去の出来事であり、遠い地平の向こうに横たわる、戻らぬ青春の逡巡に、目に見える箱庭が世界の全てであってほしいと願っていた、未熟極まる
『正義の味方』
この、たったひと言から香る甘き匂いに惹き寄せられ、どうしようもなく焦がれ、かくて、それが陽炎に違いないのだと、滴る
甘っちょろい戯言と自嘲する。
盲信の果てが、大抵ろくでもないことなど承知の上だった。
心が如何に思っていようも、口は皮肉を吐く。
青臭い理想を嫌っていると取り繕うために、そのように動く。
いつしか、ニヒルに口角を上げるのが日常のひと角を占めるようになった時、オレの人生は取り返しのつかない蜘蛛の糸を渡った。
──ある女の死。
犠牲となった人々の墓前に集う人々の背に、本物の悲しみが張り付くのを見て、オレの心は砂塵の城が波風に攫われるように崩れていく。
どこで間違ったのか?
いや、最初から間違えていたのか?
理論から結論へと至る過程にあって、前提条件がズレていた時ほどの悲劇はない。
問題そのものがズレているのだから、いかに推論や仮定が緻密で精妙であろうと、第三者から見れば、それはただただ間違いでしかないのだから。
だとするなら、オレの人生は
荒唐無稽な理想に、身を滅ぼしてなお縋る己の身姿は、いつしか正道を外れて歪んでいる。
求める正義の陽炎すら瞳の中から消え失せた時。
オレはヒトの世を護る『守護者』として、完成していた。
1.
カルデアへの通信を終えて、私の役目は終わりを告げた。
届いているのかさえわからないノイズと砂嵐の画面越しに、手を合わせて祈りを捧ぐ。
電子世界と化したセラフィックス。
『ある女』の画策によって深海に沈みゆく孤立した世界。
私は全てを『神』によって聞いていた。
ある時、唐突に私の前に現れた、自らを全知全能と謳い上げる神は、セラフィックスが辿る末路を私に見せつけた。
目を疑う光景。
秩序と人間性の崩壊した世界。
その渦中で、『神』は言った。
私こそが、この事件を解決する糸口となるのだと。
カルデアへの定期連絡──それを成せるのは、あの世界では私だけだった。
神は、絶望に沈む私に、『生きなさい』と言った。
優しく、諭すように、何があっても私が生き延びることを望んだ。
その日、私は混乱する内面を隠し、仕事に励んだ。
嘘だと思えなかった。
地獄のありさまは、神の全能によって網膜に焼き付けられていた。
人々が、私への期待と不安を餌に私に群がり、他者が慰めものにされる隣で、ベックマンの作った秩序団体によって手厚く保護されている光景。
生きたまま焼け落ちる人の臭いが、肌に染みている。
私は覚悟定まらぬまま、夜を越えた。
そして、事件が起きた。
副所長のアルミロに呼び出され、彼にこの世界が時間の断層に落ちたことを知る。
彼は、この絶望的な状況において、しかし、恐ろしく落ち着いているように見えた。
腹を括っていた。
不安に揺らぎ、心身ともに不安定だと教える光を目に灯しながら、その視線は太くて強い。
避けられぬ地獄の到来を、覚悟していたかのようだった。
私もそこで、ようやく覚悟を決めた。
その光に、アテられたのだろう。
時間層がズレたために、定期連絡を入れるために費やした時間は数十年。
人の原子構造そのものが電子化しているからか、肉体的な摩耗は少なく、また時間がズレているという不可解は、肉体には経過時間ほどの老化を齎さなかった。
死体が残らず、ブロック状に解けて世界に溶け入る様子は、人の心理の枷を緩めてしまったが、私はヒデヤス所長を処したベックマンが、アルミロ副所長を手にかけるのを自らを盾に止めていた。
結果、私と彼は生き延びた。
結果、私は人々の期待の依存先となり、アルミロはベックマンに監禁された。
ひとり、またひとりと消えていく中、私は耐えていた。
『神』の言葉を守るために。
そして、BBが現れ、サーヴァントたちが召喚され、『ある世界の聖杯戦争』を模した催しが開催された。
聖杯戦争を盛り上げるためか、あるいは監督役なのか、BBと似た顔をしたアルターエゴたちもSE.RA.PH内を徘徊し、いよいよ人間が生きる場所は無くなっていた。
私は、死を覚悟した。
私がその覚悟を固めた時、心身ともに摩耗しきり、もう、管制室には両手で数えるほども生き残りがいなくなっていた。
ようやく、定期連絡を行える時期である。
誰もが生への諦めを漂わせていた。
……ベックマンただひとりを除いて。
私もそうだった。
ただ、このまま死ぬのは嫌だった。
このまま、誰にも気づかれずに、死体すら残さずに死にたくなかった。
だから、唯一の安全圏たる管制室を飛び出し、通信機器の生きているエリアに走った。
誰にも止められなかった。
ベックマンも、もはや私の生死には興味がなかったのだろう。
八つ当たりのひとつ、私には向けられない。
そして、片っ端から通信機器を稼働させた。
全ての回線をカルデアへ繋ぐ。
どれもこれも、やはり、生きているとは言い難い。
それでも、私は通信機器がその命を終える瞬間まで、SOSを出し続けた。
今、この時しかない。
私たちの存在を教えられるのは、カルデアの回線が、向こうからこちらに向けられている、この瞬間しかない。
そして、全ての回線が閉じ、通信機器は音もなく静まり返った。
沈黙が支配する中で、私は膝を折った。
涙は、不思議と出てこなかった。
外に出た。
驚くほど、足は軽い。
私は、やるべきことをやった。
使命感、達成感。
あるいは、私の心を満たすものは、耳触りの良い小綺麗な言葉たちだろう。
だが、それでよかった。
「ああ……」
呟く言葉。
久しぶりに喋った気がする。
向こう側に、犬のような、ロボットのような怪物が見える。
こちらに近づいてくる。
それは、私の死である。
「ようやく、終われるんだ……」
私は、向かってくるロボットを抱きしめるように両手を広げた。
どうか、痛くないようにして欲しい。
どうか、一瞬で殺して欲しい。
無意識の行動だった。
死を受け入れるほど、私は削れ切っていた。
しかし、ロボットの怪物は、私の目の前で真横に吹き飛んだ。
激しく横転し、配線やらパーツをめちゃくちゃに千切らせながら、怪物はSE.RA.PHへと還っていった。
「いやあ、危なかったばい」
快活な声であった。
暗雲を掻き分ける晴天のそれであった。
大きな男が、私の前に立っていた。
黒のタンクトップに作業服のパンツ。
腰に、脱いだ上着を巻き付けている。
作業用のゴツいゴムブーツを履いて、オールバックの金髪。
右眼に縦三本の、爪痕があった。
すん、とした、懐かしい油の臭いをうっすらと纏っていた。
「あ、あなたは……?」
セラフィックスのスタッフに違いない。
だが、私はその顔に見覚えがなかった。
通信士トラパインは、生き残っていたスタッフ全員の顔を明確に覚えているわけではない。
それでも、その男が自分の知らぬ男であることはひと目でわかった。
管制室の奥で、ただ死を待つだけだった男たちとは、そもそも存在感が違う。
冗談でもなんでもなく、肌のハリが良い。
身に纏う雰囲気も肉肉しく熱っぽい。
イキイキと無邪気な表情も──彼らは、とうに失ったものに違いないからだ。
男は、トラパインの言葉に後頭部を掻いた。
また、つん、と油の匂いがした。
「あ〜。本ッ当に、おいの記憶は消えとっちゃね。世知辛か〜……」
す、と男は左手を差し出した。
それは、握手を求める動きであった。
友好を示す、
ちら、とトラパインは男の手を見た。
太くて、長くて、分厚い手は、柔らかさに満ちていた。
「おいは、『ゴウ』ちいいます。一応、セラフィックスに勤めとりました」
「あ……その……」
トラパインは恐る恐る、手を握り返した。
──あったかい。
握られているのは手だというのに、分厚くて大きなものが、トラパインの心や身体まで包み込んでいるようだった。
に、と男が笑った。
安寧を見透かされているような笑みであった。
「トラパインさんじゃろ? おいは、あんたば護れちゃ、ある男に言われとってね」
「えっ?」
「ホントはそげな余裕もなかとばってん……命の恩人に言われちゃあしょーんなか。護っちゃるけん、しばらく傍におり」
「え、あの……ど、どういうことなんでしょうか……?」
戸惑いを口に出すと、ゴウはにっ、と笑って言った。
「おいは、この事件が誰のせいで起こったのか、大体しっとーとよ」
「────えっ!?」
「そんで、あんたが頑張って、今日まで生き延びとったことも、しっとーよ」
「…………!!」
言葉を失った。
心も呆然と。
ひとりだと思っていた。
ずっと。
誰も、自分の心労など、知るはずもないと思っていた。
『神』に告げられて、アルミロに言われて、ベックマンに利用されて、ただひとり耐え忍んだ数十年だった。
みんな、自分のことに精一杯で、このことは、
理解してくれるはずもないと思っていたから。
時間がズレている。だから救援を遅れるのは数十年後だ、という情報が漏れると、私は私を期待の目で見ていたスタッフたちに、真っ先に始末されると思っていたからだ。
ベックマンが、怒りに飲まれないはずはなく、それを許すはずがない。
あのセラピストは、スタッフの心の支柱だった。
ある意味 ベックマン以上に人望を集めていた。
それは、もはや信仰に近かった。
神を愛するように、誰もが彼女を愛していた。
彼女は誰も彼も相手をし、その心も身体も潤して満たし──巧みに、次なる飢餓を与えていた。
その実トラパインも、その手にかかっていた。
幾度も、幾度もである。
それでも、微かな希望を紡ぐために、自らの命を紡ぐために、
「あんたはすごか人ばい。『神』さんも感心しとらっしゃったよ」
「あ、そ、その……わた、私の……」
「あんたの苦労は無駄じゃなかよ。ありがとうね」
「────……!!」
トラパインは崩れた。
糸が切れた。
それは、心にずっと、張り詰めていたものだった。
堰を切ったように、涙が溢れた。
救われた──救われたんだ。
自分のやってきたことを、ちゃんと見ている人がいた。
理解されていた。
ただ、それが、嬉しかった。
ゴウはしゃがみ込んで、丸くなったトラパインの背を、その太い手で優しく撫でた。
2.
「すみません、みっともないところを……」
「よかよか。涙が枯れとらんちゅうこつは、あんたはまだ人間ちゅうこつばい!」
「…………」
ゴウに先導され、トラパインはSE.RA.PHを進んでいた。
道中何度か怪物に襲われたものの、ゴウはそのパンチやケリの一発で、彼らをことごとく破壊せしめた。
その破壊力は人間のそれではなかった。
しかし、魔術師らしい大仰な術式も道具もゴウは持っていない。
どういうことなのか理由を尋ねると、ゴウは苦笑いしながら、
「今んおいはね、実は、世界最強の人間になっとーとよ」
と力瘤を作って言った。
冗談めかした言葉遣いであったし、どういう力の原理かはわからなかったが、ゴウの膂力はトラパインには頼もしいものだった。
「どこに向かっているんですか?」
とトラパインはその背に尋ねた。
ゴウはくる、と顔を向けて、
「礼拝堂にね」
と短く返した。
トラパインの背筋を、恐怖が駆け上った。
礼拝堂?
あのセラピストがいた場所ではなかったか。
おずおずと理由を追求すると、ゴウは、
「カルデアと合流しろって、『神』さんに言われとっとよ」
と返した。
ゴウ曰く──というより、『神』曰く、この事件は既に結末が決まっているのだという。
カルデアはこの事件の黒幕に辿り着き、それを妥当し、世界は元の姿を取り戻すのだという。
「ばってん、死にたくなかろ?」
ゴウは続けた。
そこに辿り着くまでに、要するに生き残っていなければならないのは、カルデアのマスターとそのサーヴァントのみ。
あとは誰が生きようが死のうがどうでもいいのだという。
つまり、
「カルデアと合流した方が、生き残ったままエンディングを迎えられる確率が上がる……ということですか?」
「ウィ、そういうこつよ。いくらおいが『世界最強の人間』ちゅうても、さーばんととか、その……黒幕を相手に全戦全勝できる自信はなか。その辺は、そーいうこつのプロらしいカルデアと組んだ方がよかろち思ってね」
「……あの、ゴウさん」
「なんやん? どげんした?」
「その、ゴウさんは、この事件の黒幕を知ってるんですか……?」
「……そげん聞こえた?」
「いえ、その……あの『神』さまから、何か聞いていないのかな、って……」
あの神は、自分のことを全知全能だと言っていた。
本当にそうなら、この事件の真犯人も、聖杯戦争を模倣して引き起こした黒幕も知っているのではないか。
召喚された膨大なサーヴァントたちは皆理性がない。
しかし、敵意は間違いなくあり、サーヴァントを見つけてはそこかしこで戦闘を行なっている。
召喚された以上、彼らには
しかし、セラフィックスはあの事件以降、電力供給は限られており、サーヴァントを大規模召喚するほどのリソースはないはずである。
立ち上る数々の疑問。
いくつかわかることは、これだけのことをしでかした黒幕は、只者ではないということ。
そして、その全容を掴んでいるとすれば、やはりあの『神』もまた、看板に偽りのない能力を持っているだろうということ。
ゴウはんん〜と首を傾げて。
「それは、えとね、単純には言えんとよ」
「というと?」
「誰が悪いのか、こんがらがっとって、よーわからんとばい。セラフィックスをこげな風にしたんは、獣だか悪魔だかそげなヤツばってん、じゃあそんヒトば悪に染め上げたんは、まじなんたらのゼパなんとかちゅうヤツで、でもそいつがここに来たんはまり、まり……ナントカのせいらしくて……」
言葉を選んで、脳内でこんがらがってしまったのか、頭を沸騰させるゴウに対し、トラパインは静かに顔を俯かせて、思考に耽る。
原因は複数?
獣? 悪魔?
ゼパなんとか?
まりナントカは……まさか、ロード・マリスビリー!?
「とにかく、そこらへんのことは、カルデアと合流してから彼らとしてくれち。おいはバカじゃけん、ムズかしかこつはなーんもわからんけん」
「……あの、じゃあ、ゴウさんは何をするためにセラフィックス……SE.RA.PHに?」
ゴウは立ち止まった。
神妙に目を閉じた。
自らの内面に訴えかける表情であった。
何かを探すように、視線を持ち上げた。
トラパインを見た。
「おいは、『人助け』ばすっためばい」
に、と笑って言った。
どこか、寂しそうな表情だった。
3.
「何が入っててほしい?」
ぶしつけにそう尋ねたのは、太い男であった。
『
三人の魔導科学者と顔を合わせて、彼らは立ち話もなんだと席に着いた。
机や椅子を用意したのは──というより、その場で
何も無い空間に、彼が顔を向けて顎をくい、とあげた。
指をタクトのように振るう。
それだけで、空気中の粒子が集まって、机と椅子となった。それは、目の前でさりげなく行われた、奇跡であった。
三席並んだ簡素な椅子に、長机。
共に木造りで、色は白だった。
彼と、サーヴァントたちは並んで座った。
エミヤだけは、両腕を自然のままに垂らしてその背後に立っている。
デザインが簡素なのは勘弁してね、と男は言った。
だが、座ってみればこれが。
ふかふかのクッション付きの椅子であり、なかなかたまらなく座り心地が良い。
向かい側に、魔導科学者の三人が並んで座る。
そこまできて、対面する六人に向かって彼が聞いた言葉がそれであった。
男は手に、いつのまにか大きめのティーポッドを持っていた。
それに視線を集めるように、ゆらゆらと軽く上下に揺すっている。
どこから出てきたのか?
老学者がニヤニヤしながら男に尋ねると、男はに、と笑ってちゃめっ気たっぷりに、『最初からそこに』と答えた。
俺は、それを掘り出しただけさ。
そうも言った。
男が指を鳴らすと、テーブルの上に白無地に花で枠線をかたどったクロスがかけられた。
ご丁寧に、六人それぞれにデザインの違うカップまで現れた。
机の両脇には、花瓶に挿した花まで用意してあった。綺麗な花だったが、なんという名前なのかは分からない。この世の美しさではないし、この世にある形をしていなかったからだ。
ただ、机を引き締めるように挟まれていると、不思議と食卓の景観を破壊せぬ程度に自己主張は乏しくなっていた。
神の計算による調和が、そこにはあった。
「ここ、テラスにでもしようかね?」
とまで男は言い出したが、三人の科学者は
、流石にそれは……と遠慮した。
「さて、何飲む? 俺はコーヒー飲むけど」
揚々と、男はティーポットから自身のカップな内容物を注ぎ始めた。
それは、確かに黒々としたコーヒーであった。
老人が言った。
その口調は、その顔は、興奮を隠しきれていなかった。
メガネの下で、その眼が好奇心で燃えるようにギラギラと輝いているのが、手に取るようにわかる。
口角が無意識に吊り上がり、ふるふると揺れていた。
男はそんな視線を意に介さず、目線を斜め上にむけて、指を折り曲げながら、ええと、と言った。
「パッと出せるのは水と、コーヒーと、お茶と、レモンティーの紅茶と、オレンジジュースと、ジンジャーエールぐらいかな……?」
あ、オレンジジュースは百パーセントのやつね。
あと、ミルクティーとカフェオレも、最近作れるようになったんだっけ?
「まいったなぁ、もっとメニューを豊富に用意しとくんだった」
指を折り切って、カウントを終えた。
「ワシはコーヒーを貰おうかの」
砂糖とミルクをマシマシでの、と続けた。
濃くて目が覚めるモノを、とお願いした。
老女は紅茶を、メガネの不健康な女性は、オレンジジュースを頼んだ。
「そっち三人は?」
玉藻とネロが目を合わせて、何かを合図しあった。
目線を男の方へ向けて、玉藻の前が、
「では」
と。
「せっかくですし、私はお茶でお願いしますわ。玉露、いけます?」
「余は紅茶でレモンティーの、身体に染み込むようなモノを頼むぞ」
「はいはい、了解いたしやした。で、エミヤくんは?」
つい、と最後に男が視線を投げると、エミヤはいかにも苦々しく眉を顰めていた。
目の前の出来事に、あるいは吐き気を催しているようであった。
「……お茶を頼む」
男がティーポッドから、そのまま全員分、それぞれの飲み物をカップに注いだ。
中身を入れ替えることは一度もしなかった。
全員、そのまま、注文したものが入っていた。
「ちゃんと、飲めるやつだからね」
念を推すように、男が言った。
湯気漂うホットコーヒーを手に、老人はもう、楽しくて楽しくてしょうがないと、腹を抱えて笑っていた。
「いやはや、水をワインに換える程度は朝飯前ということか……!!」
「なんだったら、小石をパンに換えようか?」
ケラケラ茶化すように笑いながら、ついでに、と男が言う。
まぁ、と付け足す。
「その程度なら、何もなくても作れるがね」
と、また指を鳴らすと、テーブルの上に出来立てのパンがざくっと盛り上がったバスケットが現れた。
いやはや、と老人が言った。
「あっぱれだのう」
しかし、と、どこか納得いかぬ顔であった。
「いつか見てみたいと思っておった奇跡も、いざ目の前にすると、こう……あっけないものじゃな」
バターと、とりどりのジャムまで、男は用意した。
モリモリとパンを食べながら、六人+ひとりは話をする。
明太子ガーリックバターにネロがごりごりと齧り付いていた。
ベーコンロールを乗せた揚げパンを、エミヤが苦心の表情で口に運ぶ。
玉藻の前は粛々とお行儀よく、砂糖を塗しただけの菓子パンを食べている。
どれもこれも本物であった。
バスケットの中身は、すぐにカラッポになった。
「サンドイッチもあるよ。まだ食べる人いる?」
続いて差し出されたのは、ツナとタマゴとハムマヨネーズのそれである。
サーヴァントの三人はありがたくいただいた。
科学者の三人もまた。
なんだかんだ長い時間ここに閉じ込められていたおかげで、思うより腹は減っていたのだった。
食べながら、話を進める。
老科学者は、神の名を尋ねた。
「『ゴロー』」
と男は言った。
「『ゴロー』?」
と聞き返すと、うん、と男は頷いた。
「俺の名前は色々あんだけどね。とりあえずそれでいいや」
「日本人か?」
「まあ、そうだった時期もあるかねェ」
意味深に視線を逸らし、ぐ、とコーヒーを口に含む。
「なぜこの世界に?」
「それは、うん。俺よりアンタらの方が詳しいんじゃなくて? この世界、いるンだろ? 俺以外の『
「あら、やっぱりバレちゃってるわね」
「でも、あの『神』と比べるなら、あなたはだいぶ人間らしいですね……」
「土台が違うからねェ」
ご馳走様、と『ゴロー』は手を合わせた。
誰に対するそれなのだろう、と丸メガネの魔導科学者は思った。
「まあ、色々聞きたいことはあるンだけど、とりあえずこっちの経緯を話すのが先かね?」
「カルデアのマスターが、既にセラフィックスに
「この子たちを連れてきたって意味じゃあそうだね」
『ゴロー』は淡々と話始めた。