1.
ゴウとトラパインは、着々とSE.RA.PH内部を進んでいた。
時に怪物に襲われては撃退し、時にサーヴァントに襲われては逃げながら。
礼拝堂への道筋をまっすぐに進んでいく。
怪物は、ゴウの相手にはならなかった。
彼の張り手一発、あるいは拳骨の一撃。
怪物たちはそれだけで、木っ端微塵になって果てまで吹き飛んだ。
サーヴァントは流石にそうはいかなかった。
彼らには話し合いの席に着くような理性はないようだが、戦いに向ける才覚はそのままのようで、向かい合えば巧みな戦術、戦技を繰り出してくる。
ゴウはその膂力で言えば、下手をせずとも彼らの多くより上のようなのだが……当然に戦士でもなければサーヴァントに匹敵するようなレベルの英傑でもないために、戦いをうまく運ぶことが、てんでできなかったのだ。
だから、サーヴァントに見つかったらトラパインを小脇に抱えて、逃げの一手である。
その踏み込みが音の速度を超えるというサーヴァントを相手に逃げ切れる足の速さと、逃げる途中で剣を喰らおうが槍を喰らおうが、矢に撃たれようがピンピンしているゴウの
その理由を問うても、ゴウは誤魔化す様に笑って、『神』のおかげだと言った。
そうして、二人は礼拝堂にたどり着く。
電子化したセラフィックスの中で、この建物だけが、物質世界に存在していた時と同じ形と同じ色、同じ匂いに同じ大きさのままであった。
それはすなわち、トラパインにとって異様極まる光景であった。
「ついたねぇ」
その異様を前にしてなお、サクサクと歩む、ゴウの足取りは軽い。
トラパインが遅れて後に続いた。
と、ゴウの足が止まった。
足を止めて、視線を追う。
そこに、刺々しく厳しい鎧に身を包んだ、騎士然とした男が立っていた。
ひと目で、サーヴァントだと分かった。
「……何者か?」
しかし、槍を携える手はそのままに、騎士が投げたものは、落ち着きのある言葉であった。こちらの様子を、反応を伺おうとする、理性から生じた言葉。
しかし、その眼光は鋭く、その身体から発せられる闘気は、ひりひりとトラパインの肌を焼いた。
まさしく槍のような鋭利な殺気を当てられて、膝が笑いそうになる。
一方で、ゴウは能天気に笑っていた。
「見てわかるじゃろう、セラフィックスの生き残りばい」
「──なに?」
「おいはゴウ、こっちは通信士のトラパイン。カルデアと合流すっためにここに来たとよ」
「…………」
騎士の──ウラド三世の目が怪訝に細まる。
ゴウの言葉を吟味していた。
きっと、理解できない言葉なのだろう。
普通に考えて、セラフィックスの生き残りがいることは当然ありえないことで。その生き残りが、カルデアのマスターが礼拝堂にいる……と知っていることも、あり得ないことだ。
自分たちはきっと、何者かの罠と思われていても仕方がない。
それでも、嘘ではないのだ。
信じてもらうしかない。
「あの、信じてもらえませんか……カルデアに信号を送ったのは、わ、私なんです……」
「…………」
ウラドは視線を落とし、トラパインに合わせた。
どこか狂気の色を残したくすんだ光が、目と眼を通して心まで射抜く光線となって放たれているようだった。
ごくりと、喉が鳴った。
正直怖かった。
ウラドは目線を軽く伏せて、言った。
「邪なものではない、か。入るがいい」
「い、いいんですか……っ!?」
「神の社は迷い子を拒まみはせん。……尤も、ここは果たして本当にそうか、まだわからんのだがな……」
刃先を下ろしてウラドは半身を引いた。
作られた道を、二人は歩いた。
入る前に、トラパインが顔を振り返して軽くお辞儀をすると、ウラドは丁寧に、軽く、お辞儀を返した。
2.
「あれ? カルデアのマスターくんおらんの!?」
「残念ながらすれ違いですね」
ゴウのあっけらかんとした言葉に、これまた騎士の男──ガウェインはふ、と息を吐いた。
ゴウとトラパインは礼拝堂に入り、一歩踏み出した瞬間には、それを察したサーヴァントに呼び止められた。
二人、前に立つ。
二人とも、鎧にマントという、いかにも中世騎士風な男であった。
ひとりは、金髪のガタイのいい真摯な顔立ちで剣を携える碧眼の男。
ひとりは、長く伸ばした赤髪の、糸目に閉じて、ハープのような武器を構える男だった。
それぞれ、ガウェインとトリスタンである。
「あ、ども、初めまして。ゴウです」
警戒する二人に対し、ゴウは非常にあっけらかんと、能天気に自己紹介をした。
間の抜けた口調であったが、それが却って二人の騎士の警戒心を増幅させている。
ゴウが「あちゃあ」と頬を掻き、トラパインが仕方なく前に出た。
「あ、あなたたちはカルデアのサーヴァントですね!? 私はセラフィックスで通信士を勤めていましたトラパインと申します」
「通信士……? では、貴女がカルデアにあの
「は、はい……たぶん、そうだと思います……」
「……どう見る、トリスタン」
「……嘘は言ってないように思いますね。動揺に軋む音はあれど、少なくとも保身や虚栄のためには見えない」
ポロロン、とハープを鳴らして、トリスタンが言った。
その言葉を頼りに、ガウェインは警戒を一段解いた。
ほ、と胸を撫で下ろす。
生きた心地がしなかった。
少なくとも、トラパインは、である。
そこから、お互いに簡単な身の上話と現状確認を行った。
ゴウとトラパインは今までどうやって生き残っていたのか。
ガウェインとトリスタンは、カルデアのマスターが今何をやり、どこにいるのかを。
そして、ゴウたちはカルデアのマスターがここにいないことを知り、冒頭の会話に繋がるのである。
「アルターエゴて、あのおっぱいものすげーでっかい子とかのことじゃろ?」
「パッションリップのことですね。はい、彼女も今はマスターと行動を共にしています。そして、
「敵やなかとか? アルターエゴっちゅうんは?」
「当然の疑問……しかし、カルデアのマスターはメルトリリスとはサーヴァント契約をしている身なのです。かくいう私もガウェイン卿らに説得されるまでは、ここに召喚されたひとりのサーヴァントでした」
「……ずいぶん人たらしみたいね、カルデアのマスターちゅうんは」
「まあ……否定できませんかね、そこは」
「ガウェインさんたちは、なしてここにおるとや?」
「私たちは、ここで生存者の護衛をしております」
「生存? 生きちょるヤツがおったとや!?」
「ええ。今はニ階の個室で休まれていますが……」
「何人おるん?」
「二人です。ひとりはマーブル・マッキントッシュ女史」
「マーブル……! 生きていたのね……良かった!!」
「知り合いかい?」
「はい……ああ良かった……!」
「レディが二人、積もる話もあるでしょう。よければ後でじっくりお話をするといい」
「はい、ありがとうございます……!」
涙ぐむトラパインに、ガウェインとトリスタンは優しい言葉をかけた。
んで、とゴウは口を挟む。
「あと一人は、なんていうヤツね?」
「はい、もうひとりはアーノルド・ベックマンという方です」
トラパインの心臓は跳ね上がった。
3.
ベックマンがゴウとトラパインと会合した時、ベックマンは額に脂汗をびっしり貼り付けて、声を裏返して猿叫した。
トラパインもまた、信じられないものを見たと目を見開き、ベックマンを見返している。
「は──い、生きていたのか、トラパイン!」
しかし、ベックマンは周囲からの冷ややかな視線を察知すると、すぐさま態度を柔和に変えて、「嬉しいよ」と口に出して、喜んでいる風に取り繕った。
ベックマンの言葉に、トラパインは小さくはい、と言って頷いた。
「君が通信士として使命を全うしてくれたおかげで、こうしてカルデアからの救援が来てくれたのだ! 感謝に絶えないとも!!」
大袈裟に手を広げて宣うベックマンに対し、トラパインはその目を見ることを妙に嫌っていた。
とうかされましたか、とガウェインが口を挟むと、ベックマンは、
「ああ、彼女も大変な目にあってきたんだ。言葉に出せないほどにね……どうか察してやってはくれないかな?」
としたり顔で返した。
「で──そっちの男は誰だい?」
「あ、おいはゴウです、ベックマンさん」
「私は、君のような男はセラフィックスで見たことがないが……」
「そりゃあそうでしょう。おいはセラフィックスの下級労働者ですけん。秘書官のベックマンさんとは顔も合わせられんでしたもん」
「ふうん……確かにその作業服は、セラフィックスの労働者の着用する指定のものだが……」
ベックマンは、じっとりと、ねぶる様な視線で猜疑心を露わしていた。
ゴウはたまらないと言った様子で頭を掻き、まいったまいったと苦笑いをした。
「最初ん爆発が起きてから、おいは何人かと管制室とは別の場所で固まって凌いだったんですよ」
「別の場所ぉ? 怪しいなあ……今のこのセラフィックスに、管制室以外に人が生きれる場所があったとは思えないが……?」
「そやけん、こっちに逃げてきましたとよ」
「…………」
「トラパインとは、その道中でバッタリ鉢合わせたとです。おいの仲間はみんな道中で怪物とかにヤられちまったけん。せめてこん人だけは助けたかち思うてですね……」
結論的に、嘘は言っていない。
少なくとも、ゴウには本心からトラパインを護り、救う気持ちはある。
それが、たとえこの場の話題に出さぬ、『神』との約束故であったとしても。
「マーブルさんはどげんしとります?」
「……あ、ああ。か、彼女は今、
「ほえータフなんじゃねえ、マーブルさんて」
にこにこと笑うゴウと、愛想笑いのような、歪な笑みを浮かべるベックマン。
ガウェインたちが、その不自然さを見抜けないはずはなく、礼拝堂内部には、奇妙な空気が漂っていた。
4.
「この世界が、ひっでえ事態に遭遇してんのは知ってるよ」
『ゴロー』は、淡々と言った。
三人の魔術学者は、ほうほうと頷いた。
「時間の外から──過去と未来を俯瞰して、ちびっとだけ見てたからねェ。細かいとこまでは知らんが、だいたい、何かやべぇことが起こってんのはわかってるさ」
「ふむ、お主の見つけた異常──それは、この世界に先んじた『
『ゴロー』は
肯定が多分ではあるが、同時に少量の否定の意を内包させる動きであった。
「あー、言い方が悪かったねぇ。ちゃうのよ。正確に言えば、この世界線の
「『深淵』?」
「そう。要するに二〇一五年辺りから二〇三〇年辺りまでが真っ黒塗りされてて、時間軸の外から隔離された時空になってたのよ」
「……ふむ、して『
「『ゴロー』だよ爺さん」
ポリポリと、『ゴロー』は頬を掻き、顎な手を添えてうむむ、と悩み素振りを見せた。
「まあ言わんでもわかるだろうけど、この世界にいる
「邪神の類ということかね?」
「そうね、おれの予想通りなら、そいつは生まれ持っての全能神。ヒトの色形をしてるだけの、根っからの神さ」
「……なぜそんな化け物が、この世界にいる?」
冷や汗を一筋垂らしながら、エミヤが言った。
『ゴロー』はくる、と椅子の背にもたれかかりながら振り返り、
「わからん」
と短く答えた。
「わからんのか!?」
「ネロちゃんよ。神の行いは意味を
「あら、一理あるわね。神話は綴られた出来事に対する解釈と認識で多面性を持つワケだし……」
「オババの言うとおりじゃわい。神の為されることの、その意義と本質を問うのは愚問じゃ。あくまでヒトの世にある連中こそが、神の行いに『こうだろう』と意味を後付けしてようやく、神と人の世界を同じ次元に共存させうるものよ」
魔術学者の言い分に、うんうんと深く頷いて、『ゴロー』は続けた。
「俺、気になってね。この世界に寄り道することに決めて──こっちの時間に降り立つ途中で、彼らとごっつんこしちまってさぁ」
彼ら、とは、もちろん玉藻、ネロ、エミヤのことである。
「人にぶつからないよう、誰にも気づかれねえようにと、時間外領域の量子空間を通ったのに、それが却ってアダになっちまってなぁ」
「ふむふむ、なるほどのう。そっちの三人はカルデアのサーヴァントか。道理で振る舞いが理性的なわけじゃわい」
「ということは、連絡はちゃあんと届いてたのね。やるじゃない、トラパインちゃん」
魔術学者のオババがパチパチと手を叩く。
『ゴロー』の言うこと成したことに対するつっ込みは多すぎたが、それはまだ後で。
聞きたいことが多すぎるが、今は一旦話を聞くべきと態度を沈めていた。
「とにもかくにも」
と、ぶり返した怒りに拳を握るのは、玉藻の前であった。
「私たちは……あのBBとかいうお邪魔虫ひつまぶしのおかげでマスターとはぐれてしまったのですわ! ゆるすまじ! BB!!」
「おうとも! すぐにでもマスターと合流したいところだが……腹が減っては戦はできぬ!! おかわりだ!!」
「おまえは食い過ぎだ、腹八分目にしておけセイバー」
漫才の様なら掛け合いに、『ゴロー』はなんとなし、朗らかにからころと笑う。
「それで、『ゴロー』よ。おヌシはなんのためにここに来たのじゃ?」
「いやぁ、ごっつんこしたそこの玉藻サンが、どうやら天照大御神の……分霊か分体か、絞り捨てられた残滓かは知らんが、関係者というか本人というか、そんな感じでしょ?」
「遠縁の親戚の友達のお母さんの従姉妹みたいなノリね……」
「だいたいあってんじゃね?」
「……ちょっと、今。遠回しに私のこと搾りカス呼ばわりしませんでしたか?」
「してねぇよ!? 言葉のアヤだよ!?」
いや、まあさ。
と『ゴロー』は続けた。
体系的には、俺とは無関係の神だけどさあ。流石に、ひとつの神話体系の頂点に座すお方だもの。
無碍に扱うこたぁ、関係構築におけるマナー違反じゃない?
普通に考えてさ。
聞けば彼女ら、BBとかいうのにジャミングされて、ここに来るはずがコースアウトさせられてたらしいじゃないの。
だから、せめて俺がタクシーがわりと、彼女たちをここまで送り届けたんだよね。
「そしたらよ、この世界……時空そのものが電子化されてる上に、彼女たちそもそも魔力を外付けしてもらわないと、存在を保てないって言うじゃない。だから、俺が擬似的に魔力を回してあげて、一緒に行動してんのよね」
「つまり、仮契約を交わしておると言うことか?」
「そういうコト。俺がさっきまで(仮)マスター(仮)マスター言われてたのも、あながち間違ってねえってことさ」
不祥不詳と苦笑い。
『ゴロー』はコーヒーのおかわりを注ぐ。
「だからまあ、玉藻サンたちと一緒に、ここに来たのは成り行きだよ」
「……なぜオレを見る」
「いや、なんとなく……んで、エミヤたちのハナシを聞くに、どうやらここは、その……あんまりよろしくない方向で、尋常ならざる秘密が眠ってるそうじゃないか」
ず、とコーヒーを口づけた。
口調は軽いものの、声質は芯を持ち、魔術学者たちを真っ向から見据えていた。
端的に言って、
「ところが、エミヤや玉藻サンらは何が起こってるのか知らねえときた。だから、まず、事情を知ってそうな御三方の元に参上した……ってカンジだ」
「……それは勘かね? それとも全能者故に、最適解を踏まんとワシらを捕捉したのかね?」
ずずっ、と『ゴロー』はコーヒーを飲んだ。ひと口でカップがカラになる。
下唇をグッと持ち上げて、顎を少し持ち上げて、それを口の中で転がし、味わい。飲み込んでから、ふぅ、と細い息を吐いた。
遠巻きに見ても、それはただならぬ熱を持っていた。
そして、老科学者の言うことには、あまり興味なさげに言った。
「俺たちは、あんまり大袈裟に、全能の類は使わんことにしてるよ」
念じて創る程度はするがね、と続ける。
人様の世界に、自分の世界を広げるような真似はしないよ。
とも言った。
なぜかね、と老科学者が聞いた。
「少なくとも
よそ様の世界に赴いて──『今この瞬間から、こっからここまで俺の世界ね!』なんてやってみなさいよ。
速攻戦争起きるでしょ。
人の世も神の世も変わらんよ。
領土の奪い合い、戦争の火種はね。
『あなた』と『わたし』の縄張り争い。
つまるところ、争いのほとんどはそれだもの。
全能者は、その対象が、
『
だからこそ、神々に連なるものは、有り得る自分以外の全ての世界に、常に敬意と節度を示さなきゃならんわけだ。
他でもない『
「この辺の感覚は、玉藻サンとかはわかるじゃない? この世界はテクスチャ理論で現実が構築されてるみたいだし……各々の神話体系が、混ざり合うことなく独立して存在する世界っぽいしね」
「ええ、ええまあ……言わんとしていることはわかりますけど」
「しかし、『ゴロー』の言う通りなら、この世界はあのBBが創り上げたと言うことか? 俄には信じられんぞ」
「そこは、ネロちゃん。たぶん微妙に違うんじゃねぇかな」
「?」
歯切りの悪い答えに、ネロがむ、と唸る。
アホ毛がふりふりと揺れていた。
エミヤがむぅ、と顔をしかめた。
「BBは、オレたちがここに来たことを……察していると思うか?」
エミヤは質問を変えた。
ここに来るまでに、彼らはバーサーカーのクー・フーリン以外にも、幾らかのエネミーとサーヴァントと戦っていた。
前者はともかく後者は中々に激戦であった。もし、この世界の全容を、BBが常に把握しているならば──あれだけ暴れ回った自分達の存在には、とうに気づいているはず。
だが、何も仕掛けてこないのはどう言うことなのか。
「もちろん」
と、『ゴロー』は言った。
「そりゃあ、もう……ずっと見られてると思うよ? なにせ、そのBBとやらからすれば、玉藻サンたちは来て欲しくない警戒要因だろうしね」
「……なに?」
だってそうだろ?
エミヤの話が本当なら、今頃カルデアのマスターとやらは孤立無縁で死んでるだろよ。
だけど、彼は生きてるよ。
いや──彼女か?
この世界だと、どっちだい?
まあいいか。
それより──というより、
「ハナシ聞く限りだと、俺にゃあ、そのBBってのが敵なのかさえ分からんがな」
「ほほう、それは面白い意見じゃ。なぜかね?」
尋ねたのは、老人の科学者であった。
気安く投げかけた言葉は、我々もそれを知りたがっているのだと、暗に伝えてくる。
無理もないことだった。
セラフィックスが電子化してしまった
あの女が現れてから、サーヴァントたちが召喚され、聖杯戦争もどきが始まった。
順序で言うなら、最初にはいなかったBBは事件の黒幕──元凶ではないはずなのだ。
しかし、この世界を構築したのは、全能者の言質によればBBに違いなく、また三人の天才たちですらその意見は合致していた。
彼女の思惑は今ひとつ掴めていない。
彼女の正体も、未だ不明である。
えっとねぇ……と男は言葉を溜めた。
頬杖をついて、言葉を選んでいる様だった。
「まず、カルデアの敵なんだったら、やり方が回りくどいわ。カルデアをぶっ壊すなり、マスターをぶっ殺すなりしたいなら、初手でやりゃあいいじゃねーか」
玉藻サンたちの言葉通りなら、BBってのは、カルデアの施設をハッキングした上で、マスターをここに誘ったんだろ?
その上で、エミヤと玉藻サンとネロちゃんに適正を
「単純に、言動がハナからケツまで支離滅裂じゃねーか。カルデアをぶっ潰したいのか、事件を解決させてえのか、ちんぷんかんぷんだぞ……側から見ると」
「BBが、我々をあえて
「ん? ハナシ聞く限り、そういうことじゃねえの? だってBBとやらは、通信してきた時点でカルデアのシステム全般を掌握してたんでしょ? だったら適正検査ぐれえダマくらかせるわな」
過ぎたる
自分達で検索したんだから、画面上の文字や数字は正しいんだと、自惚れるのは。
聞いたハナシ、カルデアってえのはやたらとブンカク的でセンシン的な組織じゃないの。
まぁ得手してそういうトコは、灯台下暗しな引っ掛けに弱いよねえ。
「では、なぜわざわざ適正と銘打ったあとで、余やキャス狐や無銘を退けるのだ? いや、だいたい検討はつくが……うむ」
「キライだからでしょ、ネロちゃんたちのことが」
「うむ! 納得である!!」
もしくは──、
「根本的に、玉藻サンたちにゃあ来てほしくなかった理由があるとか、かねえ」
じ、とジト目で視線を投げる。
「その辺、なんか心当たりあるんじゃないの?」
「…………」
「ノー・コメントは、コトの真理に辿り着いてると考えてもいいのかねえ、エミヤくんよ」
「……さあ、な。オレ自身、いまいちコトの輪郭を掴みきれておらんのでな」
エミヤの目が、一瞬緩んだ。
刹那の間、不快な色が浮かんでいた。
自身の記憶の中に、何かを想起したがゆえの緩みであり、澱みであった。
思い出し苦笑いとでも言うのか。
微表情にも満たぬ刹那を、しかし男は見逃さなかった。
なにか、味わい深く微笑みながら、そうかい、と軽く頷く。
それ以上は聞かなかった。
「モニター、借りれるかい?」
『ゴロー』はそう言って立ち上がり、仰々しいキーの上を手でなぞり、モニターの下部に掌を押しつけた。
何をする気じゃ?
と老人が聞くと、
まぁ見てな。と短く答えた。
ふ、と『ゴロー』の手を通して機械に光が流入し、モニターにノイズが走る。
それは映像としても、音声としても現れた。
ばちばちと画面が点滅している。
見るに画質の悪いその向こうで、なんらかの映像と音が、浮かんでは途切れていく。
六人が、身を乗り出す。
それに食い入る。
やがて──それがはっきりと、ひとつの戦いを映し出した。
「マスター!?」
真っ先に叫んだのはエミヤであった。
そこに映ったものは、カルデアのマスターである藤丸立香であった。
映像がぐわりとぐわりと激しく揺れ動く。
次に映ったものは、端正な顔立ちの正面顔。
こちらに敵意なく向けられるその顔に、三人は見覚えがあった。
「おお! ガウェインではないか!?」
画面の向こうのガウェインは、藤丸の前の戦線に立ち、
ぬん!
ぬんぬんぬんぬん!
と、気合い一閃。
見事な太刀筋であった。
まごうコトなきガウェインの剣戟である。
ならば、ガウェインは藤丸の味方ということか。
『この炎の筋肉バトルでは、決着がつがないことが判明したな!』
正面ななめ上から、甲高い声がする。
ふんふんと鼻を鳴らす音がする。
しかも、かなり距離が近い。
音が擦れて弛んでいる。
カルデアの三人が、一転して怪訝に眉をひそめる。
聞き覚えのある声であった。
見覚えのある動きであった。
能天気で、奔放で、どこか哲学的なべしゃり方をする……
中でも、玉藻の前の顔は、若干の焦りと六分ほどの怒りすら孕んでいた。
「──はい? ちょ、ちょっと待ってくださいまし! なんで
エプロン姿に大きな爪と肉球。
玉藻の前と瓜二つの顔。
同質の声ながら、玉藻より幾分明快な色に飾られる。
ガウェインと刃を交えているのは、タマモキャットであった。
というか、この映像自体が、キャットの視点のようだった。
でかい肉球のついた腕が、視点越しに端からブラブラと見えているのである。
「マスターくんの近くにいる子の視点を、適当にモニタリングしてるだけなんだが……えらい面白いことになってるねえ」
他者の認識視野の投影だと、『ゴロー』は付け加えた。
「──どこだ?」
聞いたのは、エミヤであった。
真剣な声であった。
「ここは、どこだ? マスターはどこにいる!?」
──どこで戦っている?
これはどう言うことだっ!?
教えたら、今すぐにでも駆け出していきそうな迫力があった。『ゴロー』科学者たちに詰め寄ろうとするエミヤの前に、その大きい身体を差し込んだ。
正面からエミヤを見下ろして、
「ま、落ち着きなさいな」
と言った。
「彼も、すぐに死ぬような状態じゃあないでしょ。それがわかっただけ、めっけもんでしょ?」
「おまえの言わんとしていることはわかるが、それはそれだ!」
キャットの相手をしている騎士──ガウェインは歴戦の勇士。
藤丸を庇って戦闘しているのを見るに、ガウェインは彼が現地で召喚したサーヴァントか、敵だったものを仲間に引き入れたか。
藤丸の護衛として、質実ともに百人力の彼がいることは心強い。
が、エミヤの論点はそこではなかった。
「オレが言いたいのは、ガウェインのことではない!」
モニターの節々に映る、二丁拳銃の男がいた。
色黒で、筋肉質で、白髪で。
人を何人も殺した様な──鋭い目つきの男。
藤丸の隣に立ち、真に護衛のように佇む男こそ、エミヤの不安を駆り立てていた。
だが、『ゴロー』は変わらず、エミヤのその十全の不安さえ受け止めて、落ち着きなさい、と言った。
向けているのは、真黒い瞳の大きな、真摯な目であった。
目と目を、真っ直ぐにカチ合わせた。
引き締まった表情であった。
おちゃらけた雰囲気はどこにもない。
心に、心で訴えかける眼をしていた。
説き伏せるのではなく、抱き締めるような目つきであった。
で──あるならば。
それは、あるいは。
ロマンスの一ページのようなシークエンスである。
エミヤの目の中から、自然と敵意が消えた。静かに、閉じるように、それは心の奥に沈んでいった。
それを見透かし、確認してから、男は静かに微笑んだ。
「よしよし、落ち着いたね。焦る気持ちもよーく分かるけど、焦りはミスを誘発しちまうよ。おまえさんは、俺に言われるまでもなく、その辺……よくわかってるだろう?」
わからなきゃあ、聞けばいい。
答えを知っているヤツに。
「少なくとも
言葉を言い終えるのとほぼ同時に、こつり、と足音がした。
それは、当然現れた。
しかし、最初からそこにいた。
まず目につくのは、おかっぱに近く切り揃えた明るめの紫の髪に、黄色いリボン。
若草色の巫女服じみた衣装に身を包み、その上背は少女のものであった。
下はスパッツだけである。
幼い外見に、しかし扇状的な色気があった。
とろりと広がった大きな瞳は、人を誘い落とす怪しい輝きを放っていた。
「あら、気づかれていたのですね。BBが慌てふためいて私を寄越すのだから、只者ではないと思ってはいましたが……」
瞬間、サーヴァントの三人は臨戦態勢に入る。
──が、三人の科学者と男は、全く、ヘラヘラと笑っていた。
目の前の少女もまた、向けられる殺気もなんのその。
まるで、散歩にでも来たような歩みで、男の前に立った。
「どうも、BBからの依頼であなた方をお迎えに参りました。私、アルターエゴのカズラドロップと申します」
丁寧に笑いかける、その目が笑っていない。
天使のような振る舞いだが、ドロついた空気が彼女の歩く跡に、染み付いていた。