※この作品はR-18です。

少女の見た夢   作:ロウシ

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第四話:パラダイスロスト

 

0.

 

 

 ──くそうっ! どうしたらいい!?

 

 ゴウとトラパインが礼拝堂に保護されてからと言うもの、ベックマンの頭を占める言葉はそれだけであった。

 個室に閉じこもり、ベッドに座り込み、両腕で頭を抱え込んで、指先に力を込めて、歯を、肩を震わせていた。

 

 どうしたらいい!?

 

 それだけが、脳内でひたすら反芻する。

 

 どうしたらいい!?

 

 あの二人──ひとりは名前も顔も知らない男だったが──は、セラフィックスの生き残りだ。

 トラパインめ、まさか、外に出たのに生きているなんて……ッ!!

 理性なきサーヴァントがひしめくSE.RA.PHで、人間が生きていけるスペースは管制室しかなかったはずなのに……! 

 わたしが、そう、作り上げたハズなのにっ……!!

 

 悪運に恵まれたのか、それとも天は自分を見放したのか、ベックマンの胸にこだまする怒りは、彼の妄想の中で容赦なく天に向かって唾を吐きかける。

 ベックマンには、自分を救わず、どころか苦難苦闘を与え続ける神を敬うつもりは毛頭ない。

 それどころか、忌々しく思う。

 ああ、忌々しい!!

 全てにイライラする!!

 だが、それが憤怒となって世界に放たれなかったのは、彼が我慢を覚えているからであった。

 決してヒトのためではなく、自分のために。

 ここで暴れるわけには行かないと、残った理性をかき集めて、かろうじて暴力に手を伸ばす四肢を縛り上げている。

 すると、深層意識に押し込めた怒りとすれ違うように、怒りよりも重く、怒りよりも粘り気のあり、怒りよりも具体的でカタチのない不安と恐怖が、ベックマンの心身を満たしていった。

 

 あのふたりは、自分がやってきたことを知っている。

 セラフィックスで、生(・)き(・)延(・)び(・)る(・)た(・)め(・)とはいえ、人を乏め、貶し、辱め、殺してきたことを知っている。

 

 今の所、トラパインは恐怖を目に浮かべてこちらから視線を逸らし、黙っている。

 あのゴウとかいう下級労働者の男は、気でも触れているのか、この状況下にも関わらずサーヴァントたちを前に、能天気にヘラヘラと笑っている。

 ベックマンの眼に映し出される感情は二人で対極なほどに違うが、そのどちらを見ても、ベックマンの腹の底からまず湧き上がるのは、共通して焦げついた怒りと不安、保身の情であった。

 

 もし、あのふたりが生き延びて、自分の所業を証言してしまえば、輝かしく彩られたはずの未来は暗黒の深淵に堕ちてしまう。

 特殊閉鎖環境故に同情されることはあっても、万が一に罪を背負うことがなくとも、まず間違いなく今以上の地位に昇ることは不可能になるだろう。

  

 “アーノルド・ベックマンは人殺しだ“。

 

 ベックマンのこれからの人生に、それが付きまとうことになる。

 残りの人生を、このたったひと息の言葉が吹き飛ばしてしまう。

 事情を考慮する頭の無い、創造性の欠如した、思慮不足の輩共に白い目で見られて……挙句、そんな輩に後ろ指をさされて『人殺し』の烙印を押されたまま、生き続けるハメになる。

 

 そんなのはごめんだ!

 ふざけるなっ!!

 

 ベックマンは立ち上がり、ベットに振り返ってその脚を蹴り飛ばした。

 電子でできているとはいえ、その手触りや材質は全くもって硬い木材のそれである。

 彼はつま先に生ずる痛みに悶えて身を屈め、再び湧き上がった怒りに不当な情熱を燃やし、心中で叫び出した。

 

 ふざけるなっ!!

 わたしは何も悪くないっ!!

 全部、環境が悪いんだ!!

 こんなところに閉じ込めて、いつまでも閉じ込められて──そうだ、カルデアも、なんでさっさとわたしを助けないんだっ!?

 

 思考が鈍り出すと、怒りの矛先がシームレスに置き換わる。

 あのカルデアのマスター。

 まったく、わたしの言うことを聞こうともしない!

 カルデアのサーヴァントたちも、わたしが正論を言っているのに、マスター贔屓とわたしを悪いものと決めつけて貶してくる!

 あのセイバーも、あのアーチャーもそうだ!

 だいたい、人間の敵であるアルターエゴと組んで、あまつさえそいつが死ぬから助けに行くとは何事だっ!?

 カルデアのやることはわたしたちの救出であって、アルターエゴを救うことじゃ無いだろうが!!

 

「そうだ──!」

 

 ベックマンは、極めて冷静に、彼(・)の(・)中(・)で(・)は(・)道理を通して、極めて論理的(ロジカル)な推移のもとで、ひとつの決断を下した。

 

 そうだ──悪いのは、あの、カルデアのマスターじゃないか!!

 

 わたしが言った通りに、礼拝堂で大人しくしていれば良かったんだ!

 いや、中央への経路を確保できたのなら、大人しく戻ってくれば良かったんだ!!

 わたしを真っ先に助けたなら、なんとかこの空間から脱出する方法を探し出して、離脱すれば良かったんだ!

 サーヴァントやアルターエゴなんて、どうせ化け物だ!

 放っておけばいいだろうがっ!!

 それなのに、それなのにぃ〜っ!!!

 

 拳をベッドに叩きつける。歯軋りがやまない。

 ベックマンにとって、二人の生存者の存在は非常に好ましくなかった。

 好ましくないそ(・)れ(・)とは、自分の後(のち)の人生を脅かすもの──すなわち敵のことである。そして、その好ましく無いリストに、今、カルデアのマスターの存在が立ち上がってきていた。

 ベックマンにとって、カルデアのマスターの印象が、『わたしがすがるものが自分しかないからと、お調子に乗っているクソガキ』へと塗りつぶされていく。

 

 怒りが際限なく湧いて出る。

 それが、とうとう不安や恐怖を上回った。

 彼の目に澱んだ、黒黒とした光が灯る。

 どうしようもない無力感が、かつてはこの場所にて全能の神の如く振舞っていた事実も相まって、余計なストレスとなって精神を蝕んでいた。

 それがある定値を超えた瞬間、彼の心中に「どうてもよさ」が芽生えていたのだ。

 ど(・)う(・)で(・)も(・)い(・)い(・)。

 もう、どうでもいいから、カルデアのマスターだけはタダじゃおかない! 

 どうにでも言い訳できるから、なんとしてでも、トラパインとゴウという男は、ここで殺さなきゃいけない──

 ベックマンの脳内で、彼の基準における自らの正義の証明式が、音を立てて組み上がっていく。

 コトを侵した時、自らが周囲にどのように責められ、しかし、その責苦をどのような言い訳で返せば同情され、感心され、あるいは『さすがはベックマン』『なんという知恵者だ』と褒め称えられるのか、彼の中でありもしない未来(妄想)がシミュレートされ、それは彼の中では確固たる現実へと融和を遂げていた。

 

 ベックマンは薬物を探そうと決めた。 

 確か、まだ、いくらか毒物が残っていたハズだ。

 モルヒネの類はホリイ君に与えすぎて少なくなっていたが、医務室にはまだ、使い所の難しかった、もっと直接的な毒物が有り余っている。

 

 ベックマンは立ち上がった。

 しかし、問題はどうやって医務室まで行くか。

 医務室は管制室の隣の部屋である。

 ガウェインとトリスタンすらカルデアのマスターの元に向かってしまった以上、自分だけで外を出歩いて管制室に向かうのは自殺行為である。

 

 たちすくむベックマン。

 そこに、人影が挿した。

 ベックマンが顔を上げると、部屋の入り口にマーブルが立っていた。

 

 しまった──!!

 

 と、ベックマンは思った。

 今の考えが、うっかり口に出てしまっていたのか!?

 もしや、聞かれてしまったのか!?

 そうだとすれば、マーブルも殺すしか──……

 

「大丈夫ですわ」

 

 瞬時に混乱へ落ちたベックマンを、しかし、マーブルの声は艶やかに掬い上げた。

 それは、彼女の声ではあったが、彼女の声の色ではなかった。

 ベックマンの身体がぴたりと、針金を通したように硬直した。

 下腹部に意識が集まっている。

 彼は、そのたったひと声で、勃起していた。

 

「あ、あ……あ、ああ……っ!?」

 

 ベックマンが人のものとは思えない声を絞り出すと、マーブルは部屋にするりと入り込み、呆然と立ち尽くす彼の胸に滑り込んで、ズボン越しに突起したそれを、指先で擦るように優しく撫でた。

 

「大丈夫ですわ、アーノルド・ベックマン。あなたのやろうとしていることも、あなたの不安も心配も、全て、全て。この私(ワタクシ)が掻き出して、溶かし尽くして差し上げましょう」

 

 ベックマンが恐る恐ると顔を傾けた。

 こちらを見上げるマーブルの顔は、マーブル・マッキントッシュのそれではなかった。

 その色も、その匂いも、その口調も、肉感も、全てが別人のそ(・)れ(・)へとすげ替わっていた。

 

 彼女は、ベックマンを優しくベッドに押し倒した。

 乳房を胸に当てて腰に手を回して、ベルトを優しく解いた。

 

 ベックマンの逸物はこれまでになく、痛みを覚えるほどに腫れ上がり、膨れ上がった。

 ふぐりが汗ばんで煮えたぎり、大量の精液を作り出す音さえ聞こえている気がした。

 

 彼女は彼を押し倒した。

 抱きしめ合い唇を貪られながら、彼女はちら、と横目で出入り口を一瞥する。

 行為へと夢中になりすぎて、ベックマンは当然気づかない。

 

 彼女の視線は、まるで、誰かにその行為を見せつけたいように、見られているコトを確認しかえす目つきであった。

 

 金色の瞳が、卑しく細まって、艶やかに輝いていた。

 

 

0-2.

 

 

 できる限りのことはやったはずだ。

 

 アルミロは自らに問いかけた。

 伽藍堂の廊下を通り抜け、管制塔の外に出た。

 人ならざる者たちが巻き起こした、破壊の跡地で、出来るだけ影になりそうな場所を探して、腰を下ろした。

 

 ひと通りの殺戮と、狂気の中から這い出るように逃げ落ちた。

 振り返る余裕もなく、後悔のいとまもなく。

 ただ、あらんかぎりの力で走ってきた。

 ようやく落ち着いた途端に、忘れていた疲労と恐怖が彼にのしかかった。

 血が沸騰するような気分であった。

 心臓から全身に押し流される血が、煮えたぎった鉄のように思えた。

 足が止まったのは、その重さゆえだった。

 四肢の先までそれが巡って、指先や脚に詰まってしまったようだ。

 重い。

 吐く息が鉄臭い。

 唾液の味が鉄臭い。

 アルミロは、喉奥から這い出た錆びた釘が、舌の上を転がっていると思った。

 おどろおどろしい狂気の波風が、ようやく感じられなくなるほど遠くまで来て。

 ようやく振り返った己の心身は弱りきっていた。

 逆に言えば、ようやく、己の所業を振り返れるほど、狂気から距離を置けたのだった。

 

 だから、自身の裡(うち)に向かって投げかけたのは、慰めの言葉であった。

 しかし、その言葉は、自身の心に棘を生み、それが翻って心臓を貫いた。

 思い出したように酸欠になり、頭の中がぱちぱちと音を立てている。

 細胞の弾ける音のようだった。

 アルミロはふらふらモタつく足で、さらにそこから歩き出した。

 まだ、中央管制塔から、近い。

 気持ちで言うなら、フルマラソンを走り抜いたような実感があるが、見上げたすぐそばにそれは鎮座している。

 ならば、逃げなければ。

 どこに──?

 わからない。

 電脳世界と化したセラフィックスに、安全地帯などない。

 どこを向いても殺意が見える。

 これが戦場というものなのだろうか。 

 個人的な憶測で言わせれば、普通の戦場よりよほどタチが悪いと思った。

 肌をひりつかせる戦いの風。

 電子に変換されても溶けきれない殺意がそこらじゅうに満ち満ちている。

 非日常的な、二〇一七年二月以降の、セラフィックスの日常。

 

 アルミロは、胸ポケットからビスケットを取り出した。

 食べかけで、袋は空いている。

 指でつまめる程度の、小さなお菓子。

 それを口に入れる。

 やはり──鉄の味がした。

 だが、アルミロはありがたく、涙した。

 なにか、自分が知ることもない、考えたこともない小さな世界への感謝だった。

 感謝したくて仕方なかった。

 それが、感謝の気持ちが小さなビスケットに粉乳されて、それを自分が噛み砕いて、食べている。

 ほんの少しだけ、口内に甘さが広がった。

 

 まだ、息は荒かった。

 乾き物ゆえに、口がパサついていた。

 だが、気持ちが落ち着いた。 

 小さな菓子を食べただけである。

 事態は何も好転していない。

 だが、それができることが、喩え用のない奇跡に思えて仕方がなかった。

 あるいは、その、普段はなんでもない行為に、恋しさすら覚えていた。

 アルミロは立ち上がった。

 改めて、その異次元空間に立ち向かった。

 

 逃げなければ。

 

 管制塔から出た理由はひとつ。

 殺されかけたからだ。

 仲間だと思っていた者たちに。

 

 アーノルド・ベックマンが作り出したコミュニティ。

 敵対者への暴力と殺傷を辞さなくなった彼らは、セラフィックスの中で明確な脅威と化していた。

 それでも、しばらくは自分と、自分についてきてくれた者たちで抗った。

 

 拮抗が崩れたきっかけは、ベックマン派が所長のヒデヤス・アジマを殺したことだった。

 

 ヒデヤスは、所長室に乗り込まれ、長い柄のハンマーで側頭部を砕かれたのだった。

 『事態を予見できなかったから』。

 処刑の理由はそれだった。

 一見、筋が通っていなくもなく聞こえる。

 だが、この場合、ヒデヤスを処刑するために擬(なぞら)えた、言い訳に過ぎないだろう。

 その日を境に、ベックマンの派閥が急速に力を拡大する。

 同時に、アルミロが庇っていたスタッフたちから、一層強く恐怖と不安が立ち昇った。

 ベックマン派とアルミロ派のパワーバランスが、一気に崩れ去った。

 

 食い物を隠し持っていたから、

 娯楽品を独占していたから、

 薬を奪ったから、

 そういう理由で、秩序を守るためにと、ベックマン派は人を殺し続けた。

 

 わからなくもない理由ではあるが、人が殺されるにたる理由ではない。

 その目的は粛清である。

 日に日にエスカレートしていく虐殺行為は、その殺意の高さに反比例するように、粛清の理由は自分勝手で粗雑になっていった。

 

 水をこぼしたから、

 声が大きいから、

 道なりに寝ていたから、

 噂話をしていたから……

 

 だから、殺された。

 アルミロは決死で止めた。

 止めようとした。

 身体を張った。

 だが、もはや止めようがなかった。

 アルミロ派のスタッフたちが、ベックマン派に鞍替えしていく。

 気づけば、アルミロ派は数でも、暴力でも、ベックマン派に勝てなくなっていた。

 

 そして、ある日。

 アルミロは自分の庇護下にあるスタッフに襲われた。

 そのスタッフは、バタフライナイフを握りしめて、アルミロに身体ごとぶつかってきた。

 それを躱せたのは、かろうじてである。

 ただの偶然だった。

 他のスタッフたちが彼を押し倒して取り押さえた。

 アルミロはナイフが掠めた腹を押さえてへたり込みながら、理由を尋ねた。

 

 なぜ、狙ったんだ。

 どうして!?

 

 その男は、

 狂ったように泣き、

 鼻水を散らしながら、

 床に肺を潰しながら、

 笑いながら、言った。

 

 ──あんたを殺せば、ベックマンが受け入れてくれるんだ

 

 高待遇で、迎えてくれるんだ。 

 そしたら、今よりずっと、楽になる。

 楽ができるんだ。

 ベックマンに着いた方が、あんたに着いてるより飯が食える。

 理不尽な暴力から、守ってくれる!

 ベックマンに着いた方が、生き残れるじゃないか!!

 男が喋るたびに、歯がカチカチと打ち鳴っていた。

 震えていた。

 己の発する言葉の矛盾に、言いながら気づいている。

 しかし、縋るしかないのだろう。

 彼自身が、恐怖と狂気に侵されていた。

 罪悪感と飢餓感が彼の内部に満ち満ちてしまっていた。

 もう、正気ではなかった。

 

 だから、アルミロは生き残るために、全てを捨てるしかなかった。

 

 もう、あそこに味方はいない。

 その日、その瞬間から、彼は管制室で孤立してしまった。

 大半がベックマン派に移ってしまった。

 娯楽品も食糧も、薬さえも取られてしまった。

 わずかに従ってくれていた──というより、もはや私に縋らなければ息さえできない者たちだけが、私の元に残った。

 

 何もない。

 もう、何もない。

 

 無力だ。

 

 私は、なんと無力なんだ。 

 力がない。

 人を従わせられる力がない。

 私には、あの『神』のような力がない。

 

  外に出ると、BBやアルターエゴ、サーヴァントたちが殺し合っていた。

 それに巻き込まれて、ひとり、またひとりと死んでいった。

 ヒデヤスが殺されてから、二日と経たないうちに、彼らは現れた。

 つまり、それはヒデヤスの死後、天体室が解放され、起動したことを意味している。

 

 誰が──?

 どうやって?

 

 天体室自体が見つかるのは仕方がない。 

 元々、立地的な意味では秘匿性はさほどでもないからだ。

 だが、どうやって起動したのか。

 天体室の起動権限は、自分か、ヒデヤスしか持っていない。

 それも、生体認証でしか起動できないはず──……

 

 そこで、気づいた。 

 気づかなければよかった。

 鼓動が速くなる。

 

 彼らは、ヒデヤスの死体を使ったのだ。

 

 あるいは、ヒデヤスは即死していなかったのかもしれない。

 だが、そこは正直どちらでもいい。

 目の前の破壊の波から逆算できる非人道は、彼らが人ではなく獣(けだもの)へと堕ちた証明に他ならない。

 アルミロは、その事実をひとり抱え込んで、震えた。 

 他のスタッフたちは訳もわからず混乱している。

 まさか、彼らに今更セラフィックスの真実を告げることもできなかった。

 だから、吐き気と、涙と、自責の念に足が止まった。

 

 そこに、気狂いとなったサーヴァント(ヒトならざるもの)たちは、容赦なく凶刃を突き立てた。

 彼らからすれば、わざわざ殺しに来たのでもないだろう。

 技の射線状に、たまたま自分達がいた。

 それだけだ。

 現に、サーヴァントたちは、内蔵と骨を撒き散らして半身が吹き飛んだ死体に狂乱する我々に目もくれない。

 また、戦いに向かっていった。

 

 そして、

 だから、

 アルミロは本当にひとりになった。

 

 自分も、死ぬのだろう。

 『蝿の王』。

 あれが、いかに不可逆な環境であったのか、ようやく思い知った。

 権威主義は、他の力で叩けば崩せるなどと、楽観主義にも程がある。

 そりゃあ、『神』も笑うはずだ。

 滑稽すぎる。

 見通しが甘すぎる。

 

 私のおこないは、間違いだったのか?

 積み立ててきたものは、無意味だったのか?

 

 答えるものはいない。

 いるはずもない。

 『神』はいずこに消えた。

 人も、皆死んだ。

 塔にいるものたちは、もはや人とは呼べない。

 

『──そうですねぇ、その意見には酷く同意します。哀れでちっぽけな副所長さん!』

 

 項垂れるアルミロの頭上から、それは降り注いだ。

 甲高い声に聞こえた。

 少女の声であった。

 ハキハキとした声であった。

 何に対してであるかはわからないが、何かに、期待と楽しみを感じている口調であった。

 

 アルミロは顔を上げた。

 悍ましい表情であった。

 

 見上げるそこに、少女はいた。

 薄紫の長い髪。

 指揮棒を片手に。 

 痴女じみた格好の少女であった。

 天使のような笑みを浮かべている。

 悪魔のような少女が、空中に立ち、アルミロを、見下ろしていた。

 

 

1.

 

 

 『ゴロー』たちの話である。

 

 カズラドロップに先導され、七人はBBの元に向かっていた。

 

 道中、エミヤやネロは警戒心を引き上げている。

 るんるんと軽快に歩むカズラドロップの背中に向けて、伸ばす視線にピリピリとした殺気を滲ませている。

 玉藻の前もまた、ただならぬ空気を放ち、ずっと身に纏わせていた。

 三人の科学者たちは、その警戒心に身を預け、楽にしている。

 『ゴロー』ときたら、無警戒もいいところで、歩きながらあくびまでかます始末である。

 態度は実にあっけらかんとしたものだった。

  

 いくつかの空間を通ってたどり着いた場所。カズラドロップが脚を止めたのは、悪趣味な空間だった。

 まず、部屋全体の色調がピンクである。

 配色のバランスはめちゃくちゃも良いところで、細部どころか大まかにすらグラデーションがなく、壁も天井もベタ塗りこそ至高とばかりに単色で塗りつぶされており、タイル模様が意味をなさない造形の無駄っぷりといい、ストレートに言って幼稚でグロテスクで、悪辣とした空気である。

 鎮静的暖色であるはずのピンクは、その色が本来持つ柔らかさや落ち着きとは縁遠く、これではデザイン性の視点で見ても一部の物好き以外、評価の眼中に入れないだろう。

 

 そして、なにより眩しい。

 光量がこれまた無駄に多い。

 天井から降り注ぐ照明が、部屋の中でピンクピンクと乱反射して、なんと無駄に明るいことか。

 まるで、この小さな世界に、あらゆる影の存在を許さないとでも言うような……よくいえばファンシーさである。

 部屋の内装はいわゆるテレビスタジオのカタチをしているのだが……画面越しにであっても、このケバケバしい色と光の配色光量は目を顰めたくなるチープさがあった。

 目に飛び込んでくる情報がとにかく騒々しい。

 自己主張が激しく、げんなりしてしまう。

 

 毒気相まって肩を落とし、気を抜かれた一向の中で、『ゴロー』だけは真顔で部屋の中をぐるりと一瞥した。

 エミヤは眉をピクピクさせながら、視線を逸らしたくて、しかし堪え、ぐっ、と顔を顰めた。

 ネロと玉藻の前もまた、如何ともし難い苦しみに口を結んだ。

 三人の魔術科学者たちは、やはり常人的なそれとは視点が違うのか、興味深そうに部屋の隅々まで意識を飛ばしている。

 

「なんか」

 

 『ゴロー』が言った。

 

「ちょっと、えっちな撮影とかするスタジオみたいで、ドキドキしない?」

「しない」

「しませんわ」

「せんのう」

「いやねえ、その発想に至る頭が卑猥よね」

「……女性の多い場に、適した発言とは思えませんね……」

「この後に及んで何を言っているのだ。寝ぼけているのかキサマは……」

 

 袋叩きであった。

 ありゃりゃ、と『ゴロー』は後頭部を掻いて苦笑いを作った。

 

「連れてきましたよ、BB……BB? どうかしたのですか? もしかして、もうやられちゃいました? どちらにせよ、人を働かせておいて、反応がないのはいただけませんよ?」

 

 カズラドロップはからころと微笑みながら、部屋の奥へ奥へと問いかける。

 ピンクの空間に吸い込まれるように溶けたそれに対し、足音が──

 

 身構えた。

 三人が。

 感じたのは、殺気の類であった。

 しかし、『ゴロー』が、三人よりも前に出て、そのままカズラドロップよりも、さらに半歩、先に出た。

 その広くて大きな背中を見て、四人は意図を察する。

 

 ──護ろうとしている。

 

 『ゴロー』から香る匂いが変わっていた。

 漂う空気、指先まで隙なく巡る力の質が変わっていた。

 それは、『ゴロー』感情と気構えの機微を明確に伝えてくる。彼は今、自らの力をこのスタジオに湿らせて、彼の前面と背面の空間を区切るように分けているのだ。

 そして、その力は背後にある全てを包み込み、自らの庇護下に収めんとする動きだった。

 

 また、こつん、と足音がする。

 

 乾いた足音であった。

 いやに無機的に響く。

 音源は背後からであった。

 振り向いた。

 そこに──男がいた。

 

「──な!?」

 

 その男の気配は、確かに『ゴロー』の前にあった。しかし、出てきたのは背後である。『ゴロー』の形成した結界を、男はなんなく素通りしていた。

 

 大きな男だった。  

 筋骨隆々としたガタイである。

 太くて締まりのある肉体であった。

 その肉が、室温を上げるほどの熱を持っていることが、一目で分かった。

 しかし、その肉体のシルエットは、奇形じみたバランスからぎりぎりのところで美しさく踏みとどまっている。

 中世時代の絵画に描かれる、バイキングの王たちのように荒々しくも、男らしい見事な肉体美を、服の内に収めていた。

 

 つまり、それは、人心を惹きつけてやまない、怪しい美しさを醸し出していた。

 

 身長、体格は『ゴロー』とほぼ変わらない。二メートルに差しかかる上背だ。

 威圧感のある身長とガタイである。

 しかし、いざ正面に立たれると──不可思議な物言いだが、エミヤたちには見た目より小さく見えた。

 遠近感が狂っているようだった。

 近くにいるのに、男の存在感は、遥か地平の果てから顔を出す、陽光のような距離感である。

 

 そこから、二歩近寄った。

 なぜか、歩み寄る足音が全くなかった。

 先ほどの足音は存在表明のために、わざと鳴らしたのだろう。

 一歩距離が縮まるごとに、騙し絵のようなサイズ感になっていく。

 控えめに言って、ゴリラかヒグマかと見まごうほどの大男であったのに、すっかりその背も体重も半分程度に縮んでしまっている。

 

 だが──その仕草であろうか?

 

 あるいは、清潔感であろうか?

 服の着こなしであろうか? 

 靡く髪や、腰のしならせ方であろうか?

 唇のかすかな動きであろうか?

 近場で見る男の第二印象は、女性的な美しさをもひ(・)ど(・)く(・)内包していた。

 同時に、ここに集う強者(つわもの)たちは、その太く大きな肉の裡(うち)からチラつく深さを覗き込み、驚嘆していた。

 深い──。

 それは、男の存在だ。

 男は、その肉がここにあるのに、まるで底が見えない。

 高いだとか、大きいだとかではない。

 男は崖であった。しかも、穴の底がない。

 断崖絶壁を見下ろした時、このような感想を持つのだろう。男はそこにいながら、吹き抜けの虚空のようである。

 ただ、そこに立って、歩いているだけの男に、言い知れぬ『深淵』が滲み出ている。

 

 そして、『ゴロー』がため息を吐いた。

 カズラドロップを含めた七人は、微かに意識を背後に飛ばした。

 探る気配は『観念した』と語っていた。

 「勘弁してくれ」とゴローは言った。

 頭を掻いている。

 

「やっぱり──『特異点の四人(クイン・テセンス)』かよ」

 

 ゴローが呟くと、対峙する男の目が碧色に光った。それは魔眼のようであり、あるいはそれ以上の何かである。

 美しく人心を惑わす妖気を纏った、人の世にあってはならない輝きであった。

 

「お(・)ま(・)え(・)とは、会うのも初めてだったかな?」

 

 艶かしく口を開いた。

 その声も、思った通り怪しい響きであった。

 

「弟子の方は、見切れる程度に見かけたことがあるが──」

 

 と付け足した。

 緩やかに言葉を紡ぐ。

 それはやはり、緩やかに空気を震わせた。

 甘ったるい声であった。

 砂糖菓子を溶かして煮詰めたような声である。音の到達と共に、甘い匂いが漂ってきそうだった。

 しかして、七人のどうとも身体は動かなかった。

 力が入らない。

 まるで、四肢に力を入れる端から、力という力がこの男の奈落に吸い込まれている心地であった。

 

「話(・)す(・)の(・)は(・)、初めてだなあ」

 

 『ゴロー』は七人をかき分けて前に出た。

 わざと戯けた口調で言った。

 やはり、そう言いながら、動作の節々には強い守護の意図を感じられた。

  

 なら──と、『神』は言う。

 

「もう少し。あと二、三コほど、初めてのことをやってみないか?」

「何をだい?」

「例えば、世界を救うとか──」

「呆れるほどにやったよ、それは」

「では、少女を救うとか──」

「それも、飽き果てるほどにやったねえ」

「例えば──」

「例えば、そうさね、おれがお前をぶっ殺すとかは初めてだねえ?」

「それは叶わぬよ」

「ムリだと思うか?」

「断言できるとも」

「断言しちゃうの?」

「無論だとも、我が友よ」

 

 いつのまにか、時間が止まっていた。

 全ての子物質が停止した世界に、ひと柱の神と、ひとりの全能者がいた。

 人智を超えた言葉は斯様に力を持ち、向き合ってせめぎ合うたびに艶かしい音楽を奏でている。

 ふたりが時間を止めたのは、この場にいるものたちを護るためであった。

 掛け値なしの『神』と『神』の対話は、定命に預かりその領域に依存するものにとっては破滅の訪れに等しいからだ。

 だから、神と神はお互いに目と目を合わせて、視線をがっちり噛み合わせていた。  

 他のものに、お互いの力が及ばぬように。

 睨み合うというよりは、それはお互いの心臓を覗き込み、拘束し合う戦の向きである。 

 当然、お互いに綴る一言一句が、互いの心に死と滅びを願う、薄暗い絶望を流し込もうと牽制しあっている。その力はお互いを認識し合うあらゆる器官を通って心中深層に潜り込み、心を掻きむしらんと踊り狂う。

 

 このやりとりは、知られてはならない。

 まるで、逢い引きの相談をしているようだった。留めきらぬ神々(こうごう)とした力が、二人を中心に渦巻き始めていた。

 物理法則が全て停止しているにもかかわらず、部屋の中が小刻みに揺れているのは気のせいではない。

 揺れ軋んでいるものは、時間に捉われないものでもあった。

 この世界を形成する根幹。

 力場を形成する力。

 原子、電子、亜原子、霊子、魔子。

 あるいは、大源(マナ)と呼ばれる元素でもある。

 あるいは──それらを包括する意味での、重力。

 あるいは──純然たる確率である、量子の振る舞いそのものでもあった。

 二人の発する空間に、この小さな世界が飲み込まれて、色を変えているのだ。

 鍔迫り合う。せめぎ合っている。

 空間を塗り替える、神の力が。

 

「──そこまでです!」

 

 それを止めたのは、この世界の主の眷属であった。

 つまり、カズラドロップであった。

 強く張り詰めた声は、とろけるような普段のそれとは一線を画す真剣さがあった。

 ふたりが視線を外し、彼女を見る。

 カズラドロップは額から一筋、それとわからぬように汗を垂らしながらも、飄々としたら振る舞いを忘れずに心に持ち、この世界の主たるひとりとして、頑とした表情でふたりを睨んでいた。

 屈しないという意気の発露である。

 彼女のこの表情、この声も、普通は誰にも見せないものなのだろう。

 それは彼女自身が、こんな顔で声を出すことができたのだと、驚くものに違いなかった。

 

 神々はさらに深く、彼女を見た。

 そして、苦々しく笑った。

 

 もう、神々しい力の奔流は収まっている。

 形成された力場は紐解かれ、神々の痕跡はSE.RA.PHに混ざることなく消え失せ、二人は改めてふっ、と笑った。

 

「神には、神のルールがあるか」

「世界には世界の。おまえたちの、如何にも人(・)間(・)ら(・)し(・)い(・)感情の赴く未熟は、このわたしとて情景の念を覚えよう。しかし、全能者は有り得る世界全てに、敬意と節度を捧げよと定めたのはおまえた(・)ち(・)だと夢忘れるなかれ」

「おまえさんに説教くらっちゃあ、おしめえだなあ、おれもね」

 

 神が言った。

 神は言った。

 そこにもはや敵意はなく。

 神々とした力は成りを潜めていた。

 カズラドロップはふぅ、と安堵に息を漏らした。

 

 

 時間が動き出した。

 六人は改めて神々と向き合った。

 

 

2.

 

 

「おれの出身については、話したっけか?」

 

 『ゴロー』はエミヤに向けて言った。

 エミヤはああ、としぶしぶ頷いた。

 彼にはまだ、目の前のものたちを全能の神々と信じたくない心があった。

 だが、その力がペテンの類ではなく、魔術師や魔法使いの領域すら飛び越えていることに、もはや疑いが持てない。

 

「神々と戦争をしている世界──だろう?」

 

 『ゴロー』はそうそれ、と頷いた。  

 

 『ゴロー』の言う、出身世界。

 それは、全能者と超越者たちの殺し合いが日常である世界だと言う。

 高次元の命と、超次元の神々が永遠無限に戦争を続けている絶望的な世界だと。

 その渦中で、男は──つまり『ゴロー』は、兵士だったのだと言う。 

 信じられない話ではあったが、それはそれとして、戦争の発生原理を聞くに、エミヤにとっては得心のいく話でもあった。

 

 なんらおかしくない話だからだ。

 神々に等しいといえど、彼らがより集まり、社会性を帯びれば、それは人間社会と通念的に近いものになる。

 つまり、法があり、領土があり、欲望が跋扈する世界ということだ。

 人間が、その心のまま能力だけが膨れ上がったとするならば。残酷でずる賢いという、欠陥を抱えたまま力のみが肥大したならば、スケールの違いはあれど戦争は起きる。

 その心のまま外宇宙に進出するとしたならば、そこで鉢合わせた現地民──つまり、深層宇宙に存在するのだろう神々を廃すべく、殺し合いを行うというのは妙に納得のいく話であった。

 歴史は繰り返す。

 歴史は証明する。

 人間は学ばず、進化はすれど進歩はなく。

 この場における『我(わたし)』と『彼(あなた)』の違いとは、ただ、力の差異はそれはそのまま、住まう世界の規格(スケール)の差でしかない。

 人間というものは、力の有り様で本質を変えない生き物である。

 守護者として、正義の味方として生きてきたエミヤには、腑に落ちる話ではあった。

 その生前の経験から、悲しいことに、彼には、男の語る神々の世界は、とても理解できるものだったのだ。

 

 八人は、BBによって体よく用意されていた、四つソファに分かれて座っていた。

 怪しい男──すなわち、神はひとりで座った。

 ネロ、玉藻の前は並んで座り、エミヤがその後ろに立っている。

 三人の科学者も、並んで座っていた。

 カズラドロップと『ゴロー』が並び、神と対座している。ふたりは体格差がありすぎて、傍目から見ると絵面がおもしろかった。

 この部屋の主たるBBは、未だに姿を現していない。

 エミヤがカズラドロップに尋ねると、「おそらく別件で、忙しく跳ね回っているんでしょうね」と笑いながらの軽口で返された。

 

 ああ──とりすました顔の裏で、焦り狂う顔が早く見たいです。

 

 と腹黒く笑った。

 

「それで、クイン・テセンスとはなんなのだ?」

 

 ネロが尋ねた。

 それは、この神の正体を指しているのだろう。

 男が何かを言う前に、科学者の老人が興奮気味に口を挟んだ。

 

「クイン・テセンス。あるいはクインテッセンス。宇宙を構成するエーテルのことか、統一理論における第五の力のことかのう?」

 

 それは、古代ギリシャにおいては五大元素最後のひとつとされていたものである。宇宙論においては、宇宙におけるダークエネルギー……宇宙そのものを加速させる、第五の力のことであった。

 

 『ゴロー』は、まあ一般的にはそんなとこだね、と言った。

 おれたちの単語として、噛み砕いて言うと──と、続けた。

 

「おれたちの世界で、おれたちの味方側で、戦闘能力で上から数えた四人のことさ。つまり、世界最強の四人を指して『特異点の四人(クイン・テセンス)』。単に『四強(テセンス)』と呼んだりもする」

 

 つまり、神々の世界における、超特異点的存在だね。  

 

 とさらに続ける。

 

 この場合の特異点とは、現実を終わせら(・)れ(・)る(・)存在のことさ。

 深淵、天蓋、超全、虚無の四人。

 言うまでもなく、神々の世でもぶっちぎりで関わり合いたくない、ヤバい連中さ。

 

「こいつは見ての通りで『深淵』だよ。ウチで使ってる尺度として、単一規格に収まる多元宇宙(マルチバース)の『超越者(ビヨンダー)』。それらが無限集合した状態の多元宇宙群(マルチユニバース)を包括する、超多元宇宙をさらにまとめ上げた包括宇宙(オムニバース)における『超越者(ビヨンダー)』の……もう二つほど上の次元で戦争してる、お(・)れ(・)た(・)ち(・)に(・)と(・)っ(・)て(・)の(・)『超越者(ビヨンダー)』ってことさ」

 

 ボケたか? 

 とエミヤが真顔で突っ込んだ。

 『ゴロー』は、わかりやすく言っただけだよ、と返した。

 

「ほうほう、つまりおまえさんは──馬鹿らしい言い方をすると『超・超越者(ハイ・ビヨンダー)』と言うことか! ヒェッヒェ、こりゃあさすがに予想外じゃわい!!」

 

 とは老科学者。

 

「それはつまり……神の中の神(ゴッド・オブ・ゴッド)の中の神の中の神(・オブ・ゴッド・オブ・ゴッド)の中の神の中の神(・オブ・ゴッド・オブ、ゴッド)……みたいなものか? うむ、わからん!!」

「なんだか、出来の悪い音頭(ラップ)みたいですわね……言葉の重箱というか、強い言葉を片っ端から重ねてみました!! みたいな。こんな人形ありましたよね。確か、マトリョーシカでしたっけ?」

 

 とは、ネロと玉藻の前の言葉。

 

「いや玉藻サン、マトリョーシカだとちっちゃくなるじゃん。そこはせめて、大三千世界と言ってほしかったね」

 と負け惜しみ風に『ゴロー』は言った。

 とはいえ、玉藻たちが呆れ果てるのも仕方がなかった。

 語感が馬鹿馬鹿しいのは彼自身認めるところなのである。

 目の前の男たちは異邦の神々であり、たしかに超然とした存在であろう。

 

 だが、その存在の規格(スケール)の強大さに反して、それを表す言葉や彼らの性格、仕草の人間っぽさや滑稽(チープ)さは、三周ほど回ってやはり馬鹿馬鹿しいに落ち着く。

 他のメンツも、気持ちとしては肯定に頷かざるを得ないだろう。

 かくいうそっち側(チープ)な『ゴロー』と神も、その反応には肯定の意を示して苦笑いを浮かべていた。

 男はさらに誤魔化すようにふ、と微笑む。

 恥ずかしそうに、頬が赤く染まっていた。

 

「んで、このお話の着地点はどこよ?」

 

 と『ゴロー』は言った。

 

「まさか、おめえさんほどの怪物が、散歩ついでの暇つぶしに下界にちょっかい出してるワケじゃああるめえ」

 

 と首を傾け唇を尖らせた。

 訝しむ視線は鋭く、やはり殺気に近い力を孕んでいる。

 

 『神』は十分な間をとって、

 

「どうということはない。望まれるがままに、『神』の仕事を成すためだよ」

 

 と言った。

 答えになってねえよ、と『ゴロー』はわざとらしく、嫌味を多分に込めて息を吐く。

 ちら、とエミヤたちを見た。

 彼らは、何のことだと苦々しく眉を顰めた。

 

 神は言葉を綴る。

 丁寧に、優しく。

 決して、それが刃となって彼らに襲いかからないように、柔らかい言葉を選んで。

 

「祈り、願いを受けた。堕ち切った聖者の渇望の果てに、神が君臨し、その者に奇跡をもたらす──何も、おかしなことはない。神の法も人の法も、アラヤなる『この世』の法も犯してはおらぬ。かの『至高者(いとたかきもの)』の教典の在する常世にありて、純然たる神の在り方を示しているにすぎぬよ」

「……ウソつけ。今更下界を覗いて、聖者の願いもクソもないだろう。おまえさんが……」

 

 と、ここで、『ゴロー』はあっ、と目を見開いた。

 気づきの所作であった。

 

「おまえさん、もしかしなくても……おれがこの次元に降りること知ってたな?」

 

 もちろん、と神は嗤った。

 

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