純愛ものには、こんなルールが存在しているように思われます。
NTRモノに登場する間男―――典型的には「僕はラブソングが歌えない」の「佐藤裕一」のような輩―――は、ヒロインにこのルールを踏み躙らせておきながら、自分の手に堕ちたヒロインに対してはこのルールの遵守を求めているように見えます。
だとしたら、こういう間男というヤツは、何と言う「ダブスタクソヤロウ」なのでしょうか。
…あるいは、「純愛もの」の世界の中で暗躍し、「純愛もの」の世界を崩壊させる間男は、「純愛もの」の癌細胞と言えるのではないでしょうか。
私は決して純愛志向の人間ではありません。
何股も架けるような女性キャラに、特に嫌悪は感じません。
(むしろ「砂の薔薇」に登場した「アイリーン・サンダース」のようなビッチキャラには、好感を持っています。)
そんな私ですが、NTRヒロインに対してはどうしようもないほどの嫌悪を感じます。
快楽を求めて、複数の相手を求めるのは確かに勝手です。
それでも、特に非があるわけでもない主人公を大した理由もなく裏切り、一方的に切り捨てる行為は許せません。
まして、そのまま間男に愛と誠を捧げて「純愛ヒロイン面」をするNTRヒロインは、私の目にはこれ以上は無いほど醜悪に見えます。
快楽を求めて、複数の相手を求めるのは確かに勝手です。
でもそれならNTRヒロインは、自分を信じていた主人公の前に「自ら」立って、主人公からの審判を受けるべきなのではないでしょうか。
長々と書いてしまいましたが、例によってNTRへの反感から、またこんな話を書いてみました。
よろしければ、ご一読ください。
(以前書いた話とタイトルが被ってしまいましたが…。)
私…内海美姫には、沢良木一郎という恋人が居る。
一郎さんとは大学時代から交際してきた。
ゼミが同じで、サークルも同じで、よく話すようになって…それでそのまま結ばれた。
大学を出て、私と一郎さんは別々のところに就職したけど、お付き合いは続いた。
そして就職して一年も経たないうちに、私は一郎さんと一緒に暮らすようになった。
一緒に暮らし始めて、態度や接し方が変わる男の話は私もたまに聞く。
でも、一郎さんはどこまでも一郎さんだった。
DVとかモラハラとか、浪費癖とか…浮気とか、そんなものはマスコミの創作なんじゃないの、とすら思っていた。
そのぐらい、一郎さんは一郎さんだった…裏表というものがない人だった。
一郎さんは、そうして私を安心させて、安らがせてくれる人だった。
セックスについても…不満は無かった。
一郎さんは私の求めに快く応じてくれたし、一郎さんの方からも求めてくれた。
私は一郎さんと暮らしていて、何も不満は無かった。
無かった。
でも、私の心には「何か」があった。
陽の中にある陰のような、陰のなかにある陽のような、何かが。
一郎さんと暮らすようになって、二年目。
今年度、私の勤め先に入社してきた新入社員の中に、その人はいた。
五嶋裕一くん。
彼が容姿端麗、眉目秀麗だということは、誰の目からも一目で明らかだった。
ほどなくして、彼が仕事においても、非の打ち所もなく優れているということも、知られるようになった。
誰かと、とりとめも無い話をする時でさえ、彼の知性は覆いようもないぐらいに輝いていた。
こうして裕一くんは、公私を問わず、同僚や上司の心をつかんでいった。
その時までに、裕一くんは会社の誰かと付き合っているようだ、という話も聞こえてきていた。
…そして、その時はやって来てしまった。
勤め先の皆さんと、飲み会に行った時のことだった。
その日の飲み会はとても盛り上がった。
良いお酒を飲めたけれど、それでもずいぶん深酒をしてしまった。
酔いが回り始めた時…裕一くんが私の傍に腰を下ろした。
「内海先輩、珍しいですね?そんなになるまで飲むなんて…。」
「ああ、裕一くん?…そうかな、いつも結構飲む方だと思うんだけど…。」
「こんな…素敵な先輩、見るのは初めてですよ?…先輩って、お酒飲む時、いつもこんな風でしたか?…だったら、僕は今まで何を見ていたのかな。」
「またぁ…おだてても何も出ないわよ?」
「お世辞なんかじゃありませんよ…でも…酔った先輩は素敵ですけど、酔っているっていうのは、何だかちょっと心配ですね…良ければ、僕と話しませんか?」
「そうしようかな…あのね…。」
…そして、一郎さんとの生活には満足しているのに、私の心にある何かが引っかかっているという話をしてしまった…。
そして気が付いたら、私は裕一くんとホテルに居た。
そして気が付いた時には、私は既に裕一くんを受け容れていた。
…裕一くんは、時に激しく、時に優しく、私の中を前後した。
裕一くんが前後するたびに、意識が吹き飛ぶほどの快楽が…一郎さんとの行為では得たことのない快楽が、私の全身を駆け巡った。
これが…セックス?本当の…セックスなの?
私は全身を駆け巡る快楽に悶え、獣のような叫び声を上げていた。
理性も知性も人間性も、その時の私からは消え失せていた。
ただ一匹の雌として、快楽を貪り求めていた。
そして私は絶頂を、意識が消失するほどの絶頂を迎えたのだった。
…事後。
呆けた私に、裕一くんは言葉を掛けた。
「美姫さん…ごめん…。」
「でも、美姫さんの話を聞いていたら…もうこれしかないって、思っちゃったんだ…。」
「美姫さんの心に引っかかってる何かを、取り除きたくて…。」
「そうしたら、僕の方が…夢中になっちゃって…。」
「本当にごめん。」
「…僕は、無我夢中だったけど…どうかな…。」
「心の中に引っかかってる何か…ちょっとの間だけでも、忘れて、くれたかな…。」
私は裕一くんにこう囁かれて、行為の間の、あの凄まじい快感を思い出した。
意識が消失するほどの、凄まじい絶頂を思い出した。
裕一くんとの行為の間、私は確かに、心の中に引っかかっていた何かを忘れていた。
裕一くんとの行為は、私を救い出してくれた…私は、そう信じた、信じてしまった。
「美姫さんを救うつもりで居たのに…もう、僕の方が美姫さんなしじゃ…いられない…。」
…私も、裕一くんなしでは居られなくなっていた。
……それからも私は、裕一くんと繰り返し体を重ねた。
はっきり言ってしまうと、私は裕一くんとの行為に溺れていった。
私には一郎さんが居る、一郎さんが居る、一郎さんが居る…。
でも、一郎さんは裕一くんほどの快楽を、「何か」を忘れさせるほどの快楽を、与えてはくれない…。
そうして私は、裕一くんとの行為という泥沼に、嵌まっていった…。
その日も、裕一くんとの行為のために、裕一くんとの行為に溺れるために、私はN駅近くのパブに赴いた。
「来てくれたんだね、美姫さん…うれしいな。」
「……。」
「どうしたんだい。」
「…一郎さんのことを思い出してしまって…私には、一郎さんが、いるのに…。」
「…それでも、今日もまた僕の所に来てくれたんだよね。」
「………。」
「…美姫さんは何も悪くない。」
「…でも…。」
「…これから何があっても、僕だけは…僕だけは、美姫さんの味方だから。」
私は…一郎さんがいるのに…裕一くんとのセックスに溺れてる…。
裕一くんは…裕一くんだけは、こんな私の傍にいてくれるって…。
「裕一くん…わ、私は…もう、あなたのもの…なのね…私、あなたに…あなたに…。」
…私が裕一くんへの愛と誠を誓おうとしたその時、私の後ろに座っていた客から声をかけられた。
「失礼、それでは貴女は、伴侶を裏切り、切り捨てる形になるようだが…本当にそれで良いのか?」
…ハッとさせられた。
振り返ると、後ろの席には…大きな女の人が座っていた。
私がその女の人の方を向くと、その人も振り返って私の…私たちの方を見た。
大きな体、褐色の肌、銀色の髪、赤い瞳…間近で見るのは初めてだけど、その人は艦娘の…確か、戦艦・武蔵だった。
「な、何なんですか、あなた…いきなり声をかけるなんて、失礼じゃありませんか。」
裕一くんは、この武蔵さんに抗議した。
そして裕一くんの抗議を受けて、武蔵さんは…堂々と回答した。
「無礼については認めるし、謝罪しよう…失礼した。」
「言い訳になるが、興味のある話や
「つい、反射的に口を挟んでしまった…いや、本当に失礼した。」
…言葉こそ裕一くんに向けていたけれども、武蔵さんの目は、私を見据えていた。
どういうわけか私は、武蔵さんの赤い瞳から目を離せずにいた。
「しかし…私も何度か、こう言う場面を、見たことはあるが……一体、どうして、こういうことに…なってしまったのか…。」
…武蔵さんが…私に…疑問を示した…。
……武蔵さんの、声…静かで、穏やかで…心が、安らぐような、声…。
声をかけられた時、ハッとさせられたはずなのに…あれ…?ハッとなんて、させられたかしら…?
それより…武蔵さんに……答え、なくては…。
私は…ことの顛末を、武蔵さんに話し始めていた…。
「なるほど。」
…ハッとさせられた。
いつの間にか、武蔵さんは私と裕一くんのテーブルに移っていた。
ああ、やっぱり私は、さっきも武蔵さんにハッとさせられていたのだ。
どうして忘れてしまったのか?
…いや、それより…どうして私は、この場に居合わせただけの、しかも初対面の武蔵さんに、こんな話を!?
動揺する私を余所に、武蔵さんは話し始めた…。
「事実だけ確認すると、美姫さん、貴女には一郎という恋人がいるが、貴女はそこに居る裕一とも肉体関係を持った。」
「そして裕一とのセックスで満たされた貴女は、今まさに裕一に愛と誠を、そして操を立てることを誓おうとしている。」
「…だがこれは、明らかに貴女の恋人である一郎を裏切り、切り捨てる行為だ。」
………!!
「今貴女は、裕一に愛と誠を捧げる、純愛物語の
「実際に貴女がしていることは、一郎への情愛を捨て、裕一への情欲を取ることだ。」
「情愛を捨てた貴女は、もはや純愛物語の
「情欲を取った貴女は、ただただ肉の快楽を追い求めるふしだらなビッチなのだ。」
…私は…ふしだらな、ビッチ…。
違う…私が…そんなわけ…そんなわけが…。
「ち…違う…違います…私は…そんな…。」
私は反論しようとしたけれど、後が続かなかった。
ビッチなんかじゃないと言おうとしても…私自身、自分が一郎さんを裏切っていることを認めてしまっていた。
「貴女は今、裕一に愛と誠を誓おうとしていたようだが。」
「今まさに恋人を裏切っている貴女の誓いは、信じるに値するのか。」
あ…あ…。
「どう理屈を捏ねようと、どう言い訳をしようと。」
「今の貴女は、愛や絆よりも肉の快楽を選んだビッチなのだ。」
「何てことを言うんだ!」
「…美姫さん、誰が何を言っても、僕は、僕だけは美姫さんを信じるよ!」
「だから…だから…!」
裕一くんが、私に代わって武蔵さんに抗議してくれた。
けれど武蔵さんは、冷酷なほど冷静に言葉を返した。
「口先だけなら如何とでもでも言えるな。」
「美姫さん、貴女自身は如何なのだ?貴女は、今恋人を裏切っている自分自身の言葉を、自分自身を、信じられるのか?」
…信じられない…。
私は俯いた。
…店内は賑わっていたはずだけど、その賑わいを感じられない。
目に光は入っているけれど、耳に音は入っているけれど。
私は重たい暗闇の中に、冷たい静寂の中にいた。
それでも、武蔵さんが私に視線を向けていることだけはわかった。
武蔵さんは黙っていたけれど、武蔵さんの視線は…
「何か言ったらどうなんだ。」
…そう、語っていた。
…でも…。
「…私…どうしたら…。」
私のつぶやきを捉えて、武蔵さんはまた口を開いた。
「貴女は私から『貴女はビッチだ』と言われた時、違う、と言った…言おうとした。」
「自分は肉の快楽だけを求めているのではない、と言うことか。」
「もし、貴女が肉の快楽だけではなく、愛や絆にも重きを置いていると言うのなら」
「裕一に愛と誠を誓う前に、しなければならないことがあるだろう。」
「…それは…?」
「
「捨てられること…って!」
「貴女は一郎を裏切ったのだ、一郎に対して罪を犯したのだ。」
「あまりこういうことは言いたくないが、やはり罪を犯した者は罰を受けなければならない。」
「一郎を裏切った貴女は、一郎に対して罪を犯した貴女は」
「一郎からの罰を受けなければならない…一郎に捨てられなければならないのだ。」
「…………。」
「…一郎に捨てられ、罰を受け、罪を精算した後は」
「貴女はビッチとして、自由に肉の快楽を追い求めれば良い。」
ビッチとして…自由に…。
「…ビッチとして、自由に…なんて、言われても…。」
自由って言われても…ビッチとして、なんて…。
武蔵さんはお酒を少し口に含んでから、続けた。
「先程から偉そうなことを言ってきたが」
「…実を言うと、私自身もビッチだ。」
「求められれば誰にでも…男にも女にも、艦娘にも股を開く。」
「もちろん世間からの評判は良いとは言えない。」
「実際、あいつはビッチだと後ろ指を指されることも屡々だ。」
「だが、誰に何を言われようが、私はセックスが好きだ。」
「セックスの快楽は生きる喜びそのものだ。」
「だから私は誰に何を言われようが、肉の快楽を追い求めている。」
「確かに殆どの相手とは、一度きりで終わってしまうが」
「…中には、こんな私でも良いと、こんな私が良いんだと言って関係を続けてくれる男や女、艦娘も居る。」
「提督がそうだし、同僚の金剛もそうだ、営業所…鎮守府外にもそんな人間や艦娘は結構居る。」
「特に姉さんは…大和は、こんな私を…妻、と呼んでくれるんだ。」
「…私が他の誰かと…例えば、提督や金剛とした後…姉さんはいつも私を押し倒して、貪ってくれる。」
「私を裸に剥いて、全身を撫で回し、舐め回して、中に指を挿し込んで…」
「『あなたは私のお嫁さんなの、あなたは私の子供を産むの』と、囁いてくれる。」
「それだけで、私はもう…。」
そう言った武蔵さんは、少し頬を染めているように見えた。
(武蔵さんの肌は褐色で、色の変化はよくわからないのだけど…そう見えた。)
「…話が逸れてしまったな。」
「まあ…貞女であろうと、ビッチであろうと、満足や幸福を求めることはできるんだ。」
私は…何が不安だったのだろう?何を恐れていたのだろう?
武蔵さんの話を聞いていると、何が不安だったのか、何を恐れていたのか、わからなくなってしまった。
前向きになれたとか、勇気が出たとか言うのとは違う。
本当に不安とか、恐れとかいったものが、何なのかわからなくなってしまった。
本当に何が何だかわからなくなって…私は、ビッチと呼ばれてしまうことを、受け入れる気持ちになっていた。
「さっきから黙って聞いていれば!」
裕一くんが、また武蔵さんに抗議した。
「美姫さんは…美姫さんは、ビッチなんかじゃありませんよ!勝手なこと、言わないでくださいっ!」
「あくまで美姫さんは、ビッチなどではないと?」
それまでずっと私の方を見ていた武蔵さんが、ここで裕一くんの方を見た。
「……そうです!」
「そう言えばお前は、この先何があっても自分だけは美姫さんを信じるし、自分だけは美姫さんの味方だ、と言っていたな。」
「と、当然でしょう!僕は美姫さんを、愛しているんです!」
そして武蔵さんは、裕一くんの抗議に応えた。
「美姫さんはビッチなんかじゃない」
「この先何があっても自分だけは美姫さんを信じるし、自分だけは美姫さんの味方だ」
「お前はこう言った。」
「しかし、美姫さんは一郎という恋人が居る身でありながらお前とも肉体関係を持った。」
「お前がどう理屈を捏ねようと、どう言い訳を考えてやろうと」
「この事実がある以上、美姫さんはビッチだ。」
「そして美姫さんを―――敢えてこう言うが―――堕とし、ビッチにしたのは、他ならぬお前だ。」
「そんなお前が美姫さんに、あなたはビッチじゃない、自分だけはあなたを信じているなどと言っても」
「…この言葉の裡には、自分だけはあなたがビッチじゃないと信じてやる、だから自分だけに愛と誠を捧げろ、という論理が透けて見える。」
「お前は美姫さんを堕とし、ビッチにしておきながら」
「美姫さんが、自分以外の男に流れていくことが嫌なのだな。」
「美姫さんが、ビッチとして自由に悦びを求めることが嫌なのだな。」
「自分だけはあなたを信じている、自分だけはあなたの味方だという言葉は、確かに優しい言葉だ…字面だけは。」
「だがその実、この言葉は相手を縛り付け、相手の自由を奪う言葉だ。」
「お前が美姫さんに見せた優しさなど、所詮は上辺だけの優しさだ。」
「どれだけ上辺を取り繕っても、美姫さんを自分に縛り付けようとするお前の意図は見え透いているぞ。」
「そう言えば、どこぞの皇子様…いや、探偵だったかな…が言っていたな。」
「撃っていいのは撃たれる覚悟のある奴だけだ、と。」
「お前は一郎から美姫さんを奪ったわけだが。」
「お前は美姫さんが他の男に流れて行くことを恐れている。」
「お前は美姫さんが他の男に奪われることを恐れている。」
「それで美姫さんの自由を奪い、美姫さんを自分の下に縛り付けようとしている。」
「奪っていいのは奪われる覚悟のある奴だけだろう。」
「しかしお前には、奪われる覚悟がない。」
「お前は…まあ、その程度の男だというわけだ。」
武蔵さんにこう言われて、裕一くんは…何も言葉を返さなかった。
その様を見て、私の心と頭は冷えて、醒めていった。
同時に覚悟も出来た。
行かなくては。
私は、席を立った。
私が席を立つと同時に、武蔵さんも席を立った。
「武蔵さん?」
「一郎のところへ行くのなら、私も同行しよう。」
「え?…どうして、武蔵さんも?」
「煽るようなことを言ったからには、私も責任を負わねばならん。」
武蔵さんが何を心配しているのか、何となくわかった。
私はここで、裕一くんの方を見た。
…何の感情も感想も湧いてこない。
私はまた武蔵さんの方を向いて、言った。
「…ありがとうございます。」
「でも、ここで武蔵さんに付いて来てもらったら、私は虎の威を借る狐です。」
「私は淫らでふしだらなビッチかもしれません、けど…卑怯者にまではなりたくないんです。」
「この後私がどうなっても、それは自業自得です。」
「ですから、武蔵さん…どうか、お気遣いは、なさらないでください。」
私はこれだけ言うと、武蔵さんにだけ一礼して、そのまま振り返りもせずに店を後にした。
私は帰宅した。
一郎さんは、仕事から帰ってきていた。
私が帰宅したのを見て、一郎さんは驚いていた。
「…今日は帰りが遅くなるんじゃなかったのかい。」
「予定は取りやめたの…それより私、あなたに言わなくちゃならないことが…。」
「…先週、一緒にホテルに行った男のことかい。」
「………!!」
裕一くんとのこと…知られていた!?
「…否定はしないんだね。」
白を切ることも忘れてしまっていた。
いや、そもそも私は、一郎さんに裁かれるために帰宅したのだ。
知られていたなら…話は早い。
「…うん…そう、なの……知ってたのね…。」
「ああ…。」
なんで知っていたのか、なんて訊く気は起きなかった。
一郎さんは、ゆっくり私に近づいて…そっと私を抱きしめた。
「…一郎、さん…?」
「…今日も、あの男と会うはずだったんだろう?」
「………。」
「でも…何があったのかは知らないけど、その予定を取りやめて、俺のところに帰ってきた。」
…俺…?
いつもの一郎さんじゃない…私が知っている一郎さんじゃ、ない…。
「わかるかい?…俺は今、すごく嬉しいんだ。」
「何があったのかは知らないけど…君は…告白をするために、自分から帰ってきてくれた。」
「俺はそのことが、すごく嬉しいんだ。」
「……だから、今から…良いよね?」
…私に、拒めるはずもなかった。
私は一郎さんに導かれて、寝室に向かった。
「あ…ああっ!」
寝室、私は裸にされて、一郎さんに弄ばれていた。
体中を執拗に撫で回され、舐め回されていた。
私の知っている一郎さんじゃない…!
でも…でも…!
まるで、今まで知らなかった私を知ろうとするような…私も知らない私を知ろうとするような…愛撫…!
何があったの…!?一郎さん…!
一郎さんの愛撫は止まらない。
私の知性や理性は、次第に崩れ、溶解していった。
「アイツとはどうだったんだい。」
…時折尋ねられた。
でも…答えられない。
もうアイツのことなんて…アイツ?…アイツって誰のことだったかしら…。
「ああお願い…挿入れて…犯して……メチャクチャにして…!」
もうそれしか、考えられない…。
いくら哀願しても、一郎さんは挿入れてくれなかった。
これ以上耐えられないほど、挿入されたくて、犯されたくて堪らないのに。
一郎さんは私を焦らしに焦らした。
これが、私への裁き、私への罰なのだろうか。
「あああ…ううう…」
…もう何も考えられなくなった頃、一郎さんが私の中に入ってきてくれた。
「あ…ひあああ!ああ!ああ!」
うれしい!うれしい!
この時のことは、この感覚しか覚えていない。
…いや、もう一つ覚えていることは…。
「ああああああああ!イく!イくうううううぅーっ!」
一郎さんの射精を感じて、激しく上り詰めたことだ。
そこから後の記憶は、無い。
…私には、一郎さんという恋人がいた。
だけど…裕一くんとセックスをして、それが凄く気持ちよくて…そのまま裕一くんに心が移りそうになった。
そして…一郎さんとセックスをしたら、もっと気持ちよくて…また一郎さんに気持ちが傾いた。
受け入れる覚悟は出来ていたつもりだけど。
やっぱり私は…そういう女なのだ…。
事が済んだ後、私は一郎さんに包み込まれていた。
「一郎さん…私…。」
「美姫…君はあの時、他の男とホテルに入った…。」
「………。」
「どう取り繕っても、君はそういう女なんだ。」
「………。」
許されるはずがない。
私は覚悟しなければならなかった。
…けれども…。
「でも君は、今日の予定を取りやめて、俺のところに帰ってきた。」
「……?」
「
「…何が…言いたいの…。」
私が問うと、一郎さんはさらに強く私を包み込んだ。
「…君がどんな女であっても、君は今こうして俺のところに居る。」
「そして、こうして俺を受け入れてくれる。」
「君がどんな女であるかなんて、俺にはどうでもいい。」
「俺のところにいて、俺を受け入れてくれて」
「
「俺にとって肝心なことは、これだけなんだ。」
「…一郎、さん…。」
「これからは、何かあったら…いや、何もなくても」
「ちゃんと話し合おう…言葉で、だけじゃなくて…
この日から、私は以前よりも一郎さんと「話し合う」ようになった。
「話し合い」を重ねるうちに、わかったことがある。
それは私と一郎さんが、付き合い始めて、一緒に暮らすようになってからも、お互い何処か遠慮していたということだ。
私も、一郎さんも、お互い何をしていたのだろう?
以来私と一郎さんは、お互い一歩踏み出して「話し合う」ようになった…色々な意味で。
私と一郎さんの「話し合いでの話題」は尽きない。
私はふしだらなビッチ、それは自分でも認めているけれど。
私は一郎さん以外の男の人と、こういう「話し合い」をしたいとは思わなくなっていた。
気が付いたら、裕一くんは勤め先を辞めていた。
一体いつの間に辞めたのか、本当に気が付かなかった。
しかも私がこのことを知ったのは、裕一くんが辞めてから二ヶ月も経ってからのことだった。
親しい同僚からこのことを聞いたのだけど、私には何の感情も湧かなかった。
…私にとって裕一くんは、本当にもう、どうでもいい存在になってしまっていたようだ。
…あの日、私を抱いて、犯して、そして許して、受け容れてくれた一郎さんは、私が知っていた一郎さんではなかった。
そう言えば私が裕一くんとの行為に溺れていた間、私は一郎さんのことをろくに見ても居なかったように思う。
自分のことを見てくれないと言って、恋人の男性に不満を持つ女性はよく居るそうだけれど。
私にはそんな不満を持つ資格はないようだ。
私が裕一くんとの行為に溺れていた間に、一郎さんに何があったのか?
そんなことは、今の私には全くどうでも良いことだ。
私と一郎さんは、間もなく「次の段階」に進むのだから。