母親の知り合い、いや、親戚の、そのまた知り合いの、つまりは全然自分とは面識ののない相手といってもいい。
そんな女性が持ち込んできたのは「いいひとがいるのよ」
つまるところ見合い話だった。
「どうかしら、いいお話だと思うのよ」
婦人の言葉に伊丹は、無言のまま軽く頷いた。
目の前の女性が自分と面識のある人間なら、もう少し愛想良くできたかもしれない。
だが、母親の知り合いの、そのまた知り合い、つまりは自分とは無関係で真っ赤な赤の他人なのだ。
しかも、今日、いや、今が初対面、いや、30分ほど前に会ったばかりだというのに、まるで昔からあなたのこ とは知っているのよと言いたげなな親しげな態度で、席に着くなり、いい人がいるんだけどと切り出してきた。
おい、警察の自分に相談があるんじゃなかったのか。
騙されたと知った瞬間、腹が立ったが、目の前の婦人に腹を立てたところで仕方ないと悟ってしまったのは、短時間の間にあまりにもへらぺらと饒舌な喋りに感心したからだ。
どうやって、この場をやり過ごそうか、いや逃げようかと思ったが。
そんな自分の胸中など知らない相手は自分が返事をしないことに何も疑問すら感じないのだろう。
本当によく喋ると感心してしまうほどた。
親戚には必ずといっていいほど一人や二人はいるであろう お節介なおばさんを前にして伊丹は目の前の珈琲に初めて口をつけた。
「それでね、もうすぐ、ここに来るのよ」
話しが急に飛んだ、相手がここに来る、いや、それ以前にいい人がいるから会ってみない、普通は写真を見せたりとかするだろう。
だが、それもなしだ。
いきなり本人が来ると言われて、伊丹は珈琲と一緒に口から出そうになったで断りの文句を飲みこんだ。
自分もいい歳だ、見合いを勧められてもおかしくはない。
何度か、こういうことはあったのだ、だが、一応自分にも希望というか、好みというものがある。
今まで仕事が忙しいからと、何度か断ってきたが、それは相手の顔、容姿を見てからのことだ。
だが、今回、その手は使えない、どうすると思っていると店内にアナウンスが流れてた。
そろそろ、昼でも食べに行くかと伊丹は時計を見ながら饂飩、蕎麦、どこにするかと考えた。
いや、今日の仕事が長引くなら夕飯は遅くなるかもしれない。
それなら、しっかりと腹にたまる、そう、定食でも食べたほうがいいかもしれないと思って外に出ようとした。
いつもなら二人を誘うのだが、そんな気分になれなかったのは先日の見合いのことがあるからだ。
上手くいかなかったという訳ではない、だが、自分の職業が刑事と知ると驚いて、そこからだ、少しぎこちなくなってしまったのは。
「お仕事、大変ですね」
「ええ、それなりには、美他さんは」
「今は、その、無職なんです」
歯切れの悪い口調に、そうですかと頷いて深く聞くことはしなかったのは、相手の様子から聞かれたくないという感じがしたからだ。
「今、少し忙しくて落ち着いたら、こちらから連絡します」
これは体の良い断り文句じゃないか、そんなことを思いながら、伊丹は目の前の相手を見た。
「は、はい、これ自宅の電話です」
取り出した手帳に番号を書いた紙、それ手渡されて伊丹は不思議に思ってしまった。
わずかな沈黙に相手は気づいたのだろう。
「実は今、携帯、持っていなくてすみません」
そうだ、全ての人間が持っているわけがないだろうと思いながら伊丹は相手に笑いかけた。
自分の胸の中の気まずさを誤魔化すためだ。
だが、別れた後にはっとした、自分の番号を教えておけばよかったと。
今日は遅いから駄目だ、明日、そう、明日こそ電話しよう。
日曜日の見合いから数日があっというまだ。
世間では見合いしても数日、いや、三日、連絡がなければ自然消滅だとか色々な意見がある。
四日目の晩に電話をすると留守電だった。
連絡をくださいとメッセージを入れた、もしかしたら速攻で連絡がくるのではなど期待したが、その日は、いや、翌日もだ。
正直、駄目かもしれないと思った。
いや、もしかしたら自宅の電話にメッセージが入っているのを気づいていない可能性もある。
「先輩、どっか具合でも悪いんですか」
後輩の芹沢に言われて、いつも通りだと返すが、内心、どきりとしてしまった。
気になっているのかと思ってしまう、着信音が鳴らないようにしているが、気になって、つい暇さえあれば右手が胸ポケットを探ってしまうのだ。
このまま連絡がなければ、自然消滅になるかもしれない、そうなったら諦めるしかないのだろうかと思っていた。
その日、昼を少し過ぎた頃、トリオ・ザ・捜一のメンバー、三浦に連れられて人の女性が署内に入ってきた。
「えっ、誰です」
「綺麗というか、美人ですね」
「モデルさん、ですか」
長身の女性は警察の人間でないのは明らかだ、三浦は特命係の一室に向かうと。
「警部殿、紅茶を入れてもらえませんかね」
と声をかけた。
右京は何も言わずポットに熱い湯を入れると女性に笑いかけた。
「紅茶もいいですが、カモミールティーはいかがでしょう」
「は、はい、ハーブティー、好きです」
女性の言葉に右京はそうですかと頷き、カップの用意を始めた。
「ハーブティーですか、珍しいですね」
いつもは紅茶の右京に不思議そうな顔をしたのは亀山だ。
ちらりと三浦を見ながら何か言いたげな顔つきになった。
「あ、あの、いいんでしょうか」
「構いません、迎えが来るまで、ここで待っていてください」
説明した方がいいんだろうなと思いながら三浦は話しを切り出そうとした時だ、おーいと聞き慣れた男の声がした。
「カーメ、亀、んっっ」
明らかに部外者、この場には不似合いな女性がいることに、顔を覗かせたまずいという顔になった。
「伊丹、さん?」
このとき、女が不思議そうに呟いた。
呼ばれて振り返った男は自分を知っていると不思議というより驚いた顔をした、心当たりがないのだ、それに見たことのない顔だ。
服装もだが、真っ白な髪で思わず日本人ではないのかと思ってしまったぐらいだ。
「あ、あのキザクラです」
遠慮がちに名乗る女性の顔を見て伊丹は、ぽかんとした顔つきになった、何故なら、その女性は自分の見合い相手だったのだ。
「おい、三浦さん」
何故、彼女が警察に来ている、偶然、いや理由があるはずだ。
三浦は頭を掻くと女を見た、すると。
「あ、あの、友人が迎えに来てくれると思うと思うので」
ご家族では、言いかけた三浦が言葉を飲みこんだのは右京の視線に気づいたからだ。
頂きますと女がカップを口につけて飲み干す間、右京と亀山は無言だった、そして三浦は珍しく自分にもハーブティーを飲ませてくれと右京に頼んだ。
「カモミールティーは気分を落ち着けるのにいいんですよ、特に女性には」
右京の言葉に三浦は、そうかと頷きながら、ちらりと女を見た、自分とここに来たときより落ち着いているようだと思ったようだ。
「ちょっと、絡まれていてな」
このまま説明もなしに無言でというのは、まずいと思ったのだろう。
「あ、あの、こちらの刑事さん、三浦さんに助けてもらったんです」
「そうですか、でしたら、ココに来るまでも安心でしょう、ベテランの刑事さんですからね」
「は、はい」
右京の言葉に女は、ほっとしたように笑顔を向けると三浦を見た。
そして伊丹は、なんともいえない表情で見ている、何か言いたくても言葉が出てこないというより会話に入れないのだ。
そんな伊丹の様子に気づいたのか亀山が口を開いた。
「ところで伊丹刑事のお知り合いですか、どういうご関係で」
今、二人だけなら、ぶん殴っているところだと思いながら伊丹はちらりと女を見た。
「お見合いしたんです」
続く言葉に伊丹は何故という顔になった。
「無理ないですよね、地毛がこんなだし」
「いや、待ってください」
伊丹は留守電にメッセージを入れたと慌てたように訂正した。
奇妙な沈黙は長くは続かなかった。
「実は留守の間に誰かが、でも気のせいだと思っていたんです」
「気のせい、ですか、何も取られて、いえ、なくなっていないということですか」
右京の言葉に女は頷いたが、どこか心許ない表情だ。
「ストーカーとかですかね、右京さん」
亀山の言葉に女は不思議そうな顔で尋ねた。
「あ、あの、ストーカーって、なんですか」
これには亀山だけではない三浦と伊丹も驚いた。
「つきまといや追跡行為をする人間のことをいうんです、今まではそんなことは」
右京の言葉に、今まで田舎で暮らしていたんですと女は答えた、
「そうですか、では、ご家族も」
右京の言葉に家族はと言いかけたとき、すみませんと低い男の、だが、大きな声が響き渡った。
入ってきたのはいかつい、強面の男性だ三浦よりは年上だろう、男の姿を見てい女は慌てるというよりは驚いて唖然とした。
「う、浦野さん、どうして」
「連絡を貰ったんだよ、LIMAって子から電話がかかってきたんだ、美夜が変な男に」
「お、大袈裟だよ、LIMAちゃん」
「大袈裟、どこが、話を聞いて驚いた、何故、黙っていたんだ、空き巣、泥棒か、とにかく警察なら被害届けを、いや、警察は」
「お久しぶりですね、浦野さん」
男は視線を向け、右京の顔を見るとむっとした顔つきになった。
「あの浦野って人、新聞記者ですか、警部殿の知り合いとはびっくりです」
後輩、芹沢の言葉に伊丹は相づちを打った。
「あの美人さんと凄く仲いいし、一緒にって気になりませんか」
「おまえは馬鹿か」
伊丹は呆れた顔で後輩を見た、彼女は浦野という男と一緒に帰って行った、今日から、彼のアパートで一緒に暮らすようだ。
ストーカーだ、変な奴に狙われている、三浦の話によると街中で絡んできた男がいて自分が仲裁というか追い払ったらしいだが。
「目つきがおかしかった、それにな、あいつ、何か持ってたな」
「はあ、なんです」
ポケットから右手を出さなかった、何が入っていたが確認できなかったが、武器、ナイフ、それとも薬のようなものを持っていたかもしれない、三浦の言葉に伊丹は言葉を飲み込んだ。
「しかし、見合い相手とはな、で、彼女は連絡がないから振られたと」
「いや、それは誤解というか」
「部屋に入った奴が消した可能性があると警部殿は言ってたが」
「そう、思いますか」
「美人、だしな」
いや、今、聞きたいのはそういうことではなくてと思いながら伊丹は三浦を見た。
「にやけてないですか、先輩」
「なんだ、いや、そりゃあ、頼られたら悪い気はしないだろ」
美人だからなとにやける三浦を見て伊丹は呆れた。
(ただのスケベ親父じゃねぇか)
突発的に書いてしまいました。
相棒は初めてです。
伊丹さんの見合い話、一話だというのに結構力が入ってしまいました。