肌色のどんぶりの中には出来立ての粥があった。薄っすらとした白い湯気が立つどろどろの粥は簡素で薄い味付けで、しかしそんな物足りない味わいとは裏腹に栄養価が極めて高かった。それは、この一年で黒花棘が何度も繰り返した料理実験によって編み出した傑作だった。最低限の栄養だけを詰め込み、同時に味には、やはり最低限の保証がある特性の黒花粥だった。
「よし。準備完了っと……」
二つのどんぶりと二つの白のスプーンを黒色のお盆に乗せた棘はそれを持って厨房を出た。外には長い廊下が伸びていた。窓は無く、光源は天井に等間隔で設置されている小さな白の蛍光灯だけだったため全体的に薄暗かった。右の壁際にだけ扉が連なり、右側には何も無かった。
ワイシャツと黒の長ズボンに、その上から白衣を着、ネクタイの類は着けていない棘はお盆を両手で持って廊下をすたすたと歩いた。深緑色のスリッパで冷たい床を踏みしめると、ぱすん、ぱすん、という乾いた音が響いた。棘はそのまま廊下の終点まで向かい、一番奥まった扉を開いた。
そこは十畳ほどの部屋だった。黒の床に白の壁と天井で、壁際には本が詰まった棚が一周しており、中央に病院用のベッドと、その傍に丸いテーブル、丸椅子が設置されていた。テーブルの上にはスタンドライトが置かれていたが光は灯っていなかった。
棘は足で扉を閉めるとベッドに向かった。
「友希那さん。朝ご飯ができたよ」
棘はベッドの上の湊友希那に言葉を投げかけた。掛け布団によって首から下が隠れている友希那は仰向けに寝転んだまま棘を見つめた。その目には何も浮かんでいなかった。思考や感情といった全ての情報を遮断した、無機質の黄金色の瞳だった。棘は粥を乗せたお盆をテーブルに置き、友希那にかかっている掛け布団を捲った。
友希那の身体があらわになった。空色の半そでワンピースを着ている友希那には手足が無かった。手は二の腕の中腹辺り、スカートに隠れている足は太腿の中腹辺りで切断されており、その先端は丸っこい断端になっていた。
丸椅子に座った棘は友希那の両肩をそれぞれ持ち、上半身を起こした。
「友希那さん、おはよう。朝ご飯だよ」
棘が恋する乙女のような煌びやかな笑みを浮かべながら、テーブルの上のどんぶりとスプーンを持ち、中の粥を掬うとそれにふぅ、ふぅ、と吐息をかけて冷ましてから友希那の口に持っていった。友希那は無言で口を開き、粥を食べた。どこも向いていない目には虚ろがあった。
「ね、おいしい?」
棘が訊ねた。自家製の粥について、友希那から直接感想を聞きたいようだった。
友希那は口の中の粥を飲み込んでから無言で頷いた。いつもの薄味だったが、不味くはなかった。
「そっか! まだまだあるから、たくさん食べてね!」
棘が二口目の粥を友希那の口に運んだ。友希那はそれを躊躇わずに咀嚼した。
「ねえ友希那さん。今日はどんな歌を歌ってくれるの?」
「……今日も歌うの?」
「もちろん! 私、やっぱり友希那さんの歌声が大好きだから、たくさん聞きたいな」
棘は三口目を運びながら嬉々として叫んだ。
「そんなに好きなら、どうして私にこんなことをするのよ」
友希那が三口目を咀嚼しながら呟いた。低く、トゲのある声だった。
「そりゃあ、好きだからだよ。愛してる人を独り占めしたいって感情は、そんなにおかしいことなのかなあ?」
「……狂ってるわ。手足を切り落とすなんて」
友希那は自分の断端を見つめながら呟いた。四肢を切断されてそれなりに経つが、未だに自分の手足が無いことに対する強烈な喪失感が脳裡にしぶとくはびこっていた。
「ねえ友希那さん。もうここで暮らして一年になるしさ、友希那さんのことを達磨にしたのは許してくれない? 当時はたくさん暴れちゃって、私も困ったんだよ」
棘は四口目を掬いながら友希那を視た。
「困ったですって? それはあなたが勝手に私に執着したからでしょう? もっとこう、普通に好意を伝えるとか、できないわけ?」
「……ごめんなさい友希那さん」棘はスプーンの動きを止めて友希那の瞳を覗いた。「私不器用だから。友希那さんに愛してるって伝えるためには、これしか思いつかなかったの」
「それも怪しいわよね……」
友希那が棘を見ずに呟いた。
「怪しい? どういうこと?」
棘は止めていたスプーンで五口目を掬いながら友希那に質問した。
「あなたが本当に私を愛してるのかってことよ。そんなの全部嘘で、ただ私でその異常な性欲を解消したいだけなんじゃないの?」
「そんなわけないよ!」棘は友希那の顔をキッと睨みつけた。「私は友希那さんのこと、愛してるよ……」震える声の棘はスプーンをどんぶりに添え、右手で友希那の露出している肩を摩った。その途端友希那には、人間とは思えないほどに冷たい棘の体温が伝わって身体の芯を振るわせた。「この世で一番、ね……」
「ああ、そう……」
友希那は歯切れの悪い声で肯定した。この棘に正常な恋愛能力があるとは思えなかった。異常で狂気に満ちた性欲だけで動いているのだと思っていた。
すると棘は唐突に、何かを決心したような顔つきになった。
「わかった。友希那さんがそんなに疑うなら、これを食べ終わったらまた、証明してあげる」
「ま、またって……。またやるの……?」
「そうだよ。私がただ性欲だけで動いてるだけじゃないってこと、たくさん教えてあげる」
笑みを浮かべる棘は笑顔で六口目を友希那に差し出した。
棘は友希那の食事が終了した後に、ベッドの上で寝そべっている友希那を見つめながら自分用の粥を完食した。
食器を片付けた棘は再度友希那の部屋に向かった。友希那は退室した時と同様の体勢で天井を見ていた。
「友希那さん。それじゃあ、食後の運動もかねて、さっそくやろうか」
黒の長髪を後ろで結んだ棘は白衣を脱ぎ捨てた。さらにその下のワイシャツも脱ぎ、ベルトとズボンも取っ払うと黒のパンツとブラジャーが外気に触れた。棘の体躯は貧相だった。四肢は枝のように細く、あばら骨が浮き出ていた。乳房は無いに等しく、全身の肌はとにかく白かった。相変わらず病的な白さだ、と友希那は思った。また質感も普通の人間とは違い、なぜか消しゴムのようにぶよぶよと硬かった。
下着姿になった棘はスリッパを脱いで友希那が乗るベッドに乗り上げた。笑顔だった。その笑みだけは無垢な少女のようで、可憐だった。棘は四つん這いになって友希那に覆いかぶさるようにすると、細い右腕をワンピースにそっと入れた。友希那は下着の類は着ていなかった。それは棘がすぐに友希那の裸体をまさぐることができるようにするための処置だった。すぐに棘の冷たい指が右の乳首に触れた。棘はワンピースをめくらずに手探りで友希那の乳首を摘まんだ。具合の良い強さで絞ると、その途端友希那に電流のようなものが走った。それはすぐに身体の芯に達し、熱を帯びて全身を焦がした。棘が友希那の顔を見つめながら乳首をくりくりと指先でいじった。棘の『テクニック』は凄まじかった。友希那のツボを心得ていた。友希那はすぐに甘い吐息を漏らして身体をのけ反らせた。たまらない快感に短い手足をばたばたとさせた。
「ふふふ。友希那さん、とっても可愛いよ……」
棘が吐息のように呟くと、次の瞬間その口が迫って来た。友希那は無抵抗でそれを受け止めた。唇と唇が合わさり、かと思えばすぐに棘の舌が侵入してきた。舌は激しく蠢き、友希那の舌はさらうと互いの唾液が混ざった液体が口内が満たされた。窮屈な窒息感が襲うと棘はすぐに口を離した。二人の唇の間には唾液の透明な糸が引いていた。
棘が友希那のワンピースを脱がした。友希那の健康的な色の肌が見えた。友希那の乳房は控え目ではあったがしっかりと盛り上がっており、張りもよかった。
棘は友希那から取ったワンピースをくしゃくしゃに丸めて顔面に近づけた。そこで勢い良く鼻呼吸をした。
「んんんんんっ……。ああっ、良い臭いっ……」
自分の汗が染みついた衣服の臭いを目の前で嗅がれた友希那は、どこからともなくやってくる痒い羞恥心にさいなまれ、すぐに目を反らした。
「この脇のところがっ! ああっ! 最高っ!」
丁寧に畳んだワンピースをテーブルに置いた棘は両手で友希那の乳房を揉んだ。形や柔らかさを素手で確認するように執拗に揉むと友希那が途切れ途切れに喘ぎ声を漏らした。棘の冷たく細い五指が乳房に沈むと、その度に灼熱の感覚が脳に上がってぼうっとした。棘は大きく屈んで友希那の右の乳房を舐めた。蛇のように長い舌の先端で突起の乳首をちろちろと弾くと友希那が大きく喘いだ。この一年間、ほぼ毎日棘に乳首をいじられているためかなり敏感になっていた。棘は右の乳首を舌で味わいながら左の乳首を指でこねくり回した。同時に激しくすると友希那の喘ぎ声がより一層強まった。全身をびくびくと震わせ、腰を突き上げると同時に強烈な電撃が全身を襲った。脳の奥がカッと熱くなり、かと思えば体内に溜まった熱が一気に放出された。
「友希那さん、もうイッちゃった……?」
友希那の乳房から顔を上げた棘は友希那の顔を視た。真っ赤に染まっている友希那は棘から目を反らしていた。
「ふふ。可愛い……」
棘は素早く友希那の顔面に迫って接吻をした。その下では素手が股に伸びていた。友希那のもっさりとした陰毛が生い茂る秘部だった。棘は友希那の顔を見つめながら右手の指で膣口周辺を摩った。友希那の膣はすでにしとどに濡れていた。無理やりとはいえ一度果てているため全身が敏感に冴えわたっていた。棘はにやけながら友希那の膣に指を入れた。その途端友希那の身体がビクンと跳ねた。すでにぬめめっているため棘の指はすんなりと入った。友希那はそれがなぜかとてつもなく恥ずかしいと思った。なんだか棘の指を受け入れているような、恥辱的な感覚だった。
棘は友希那の膣をかき回した。とめどなく流れる粘液が指に絡みつき、ぬちゃ、ぬちゃ、ぬちゃ、と音が鳴っていた。大量の快楽の波が押し寄せていた。友希那は身体を思いっきりのけ反らせて喘いだ。丸っこい断端がせわしなく動き、身体の内から迸る快感に悶えていた。
「友希那さんっ……、可愛いよ……」
棘が友希那の耳元で囁きながらさらに激しく指を動かした。すでに一度達してる友希那の身体は無抵抗だった。全身が敏感になっているにも関わらず棘は指を動かし、その度に友希那は燃え滾る快楽を感じていた。
「だ、駄目っ……」
友希那は赤みを帯びた顔で棘に呟いた。
「駄目じゃないよ。友希那さん、私の指でまたイッて?」
棘は指を動かしながら友希那に接吻した。そして指を膣に押し付けると中で回転させた。口を塞がれた友希那の、言葉になっていない悲鳴のような喘ぎ声が室内に響いた。股から駆け抜ける鋭い快感だった。
「んんっ、んんんんんっ!」
棘が口を離した。唇と唇とが接近していたため、二人の間にはいくつもの唾液の橋がかかっていた。
「またイッちゃったね……。友希那さん」膣から抜いたぬめめっている指を棘は何の躊躇いもなく舐め始めた。「んっ。美味しい……」
「じゃーんっ。これ、なぁんだ?」
下着姿のまま退室した棘は数分で戻ってきた。その手には異物が握られていた。それを視た友希那は絶句した。マイクだった。棘に監禁される前、普通の生活をしていた時、ほぼ毎日目にし、手にしていた音楽用のマイクを棘は握っていた。
「な、なにをするつもり……? まさかここでカラオケ大会でもやるの?」
友希那はトゲのある声で質問した。棘のことを力強くギロリと見つめ、内なる嫌悪感をむき出しにした。
「ふふふ。それもいいかもね。でも今日は違う。これをね……」棘は再び友希那のベッドに乗り上げた。「友希那さんのおまんこに、入れてみようと思うの」
「は、はあ? 入れるっ……?」
友希那は絶句した。入るわけがなかった。しかし棘の目は真剣だった。真面目な光沢と性的な眼光が混ぜられている閃光が瞳の中に充満していた。友希那は逃げ出したくなった。迫り来る恐怖心がこの部屋からの脱出を叫んでいた。しかし友希那は自分の身体を動かすことができなかった。当然だった。今の友希那に手足は無かった。ただ短い断端をばたばたをさせることしかできなかった。棘が眼前に迫ってきていた。友希那は引きつった顔を作って棘とマイクを見つめた。
「や、やめてっ!」
友希那は精一杯の力で叫んだ。
棘はマイクを友希那の眼前に持っていきひらひらと動かした。
「ほらほら、友希那さんの好きなマイクだよ。前はこれを持って何千人って数の人の前で歌を披露したんだよね。私は音楽には疎いけど、いま思い出しても友希那さんの歌声は凄かったなぁ……」
過去の記憶に思いをはせるように呟いた棘はマイクのヘッド部分を友希那の膣口に当てた。その途端友希那にひやりとした感触が現れた。網目のようになっているマイクの丸っこい先端が妙に冷たく、鮮明に感覚が襲ってきていた。
「入らないっ! そんなもの入らないからあっ!」
友希那は短い足をせわしなく動かして抵抗した。球体で巨大なマイクが入ればそのまま股が裂けるかもしれなかった。だから頭をひっきりなしにばたばたと動かして抵抗した。薄紫の長髪がベッドの上で慌ただしく揺れ動いていた。
「いや、ボーカルの命であるマイクをそんなもの呼ばわりは駄目でしょ」
ぶっきらぼうに言葉を放った棘はそのままマイクを友希那の身体に押し付けた。すると硬いマイクのヘッドが膣口を開き、強引に侵入していった。叫ぶ友希那に強烈な痛みが襲った。ごつごつとしたマイクが膣を無理やり拡張し進んでいた。
「痛いいっ! さ、裂けちゃううっ! 壊れちゃううっ!」
「あははは。友希那さんえっちだねぇ……。ほら、もっと奥まで行ってみようかっ!」
棘が楽しそうに友希那の顔を見つめ、マイクをさらに押し込んだ。ぐちゃり、と音が鳴りヘッド部分が完全に膣に入った。すっぽりと埋まっているような見た目だった。想像通り猛烈な痛みが股から全身に駆け抜けていた。脳の思考能力が崩壊していた。
「ほらっ! それじゃあ動かしてみよっか!」
棘が楽しそうに叫ぶと、マイクを掴んで右にぐりぐりと回転させた。その瞬間友希那は股に熱のある痛みが走った。中のヘッド部分が膣の壁を削っていた。股が破壊されていく感覚だった。
「お願い抜いてっ! 駄目っ! こんなの駄目えっ!」
友希那は泣き叫びながら懇願した。
しかし棘は笑みをさらに歪曲させて、楽しそうにマイクを動かすだけだった。
「頑張って! 友希那さん頑張って!」
棘はさらに激しくマイクを回転させた。友希那は手足をばたつかせ、涙の飛沫を散らしながら悲鳴を上げた。断続的に呼吸が停止するほどの痛みだった。
「友希那さん可哀そう……。でも可哀そうは可愛いだから、いまの友希那さんとっても可愛いよ!」
棘はマイクを回転させながら友希那に接吻した。痛みによって激しくのたうち回る舌に舌を絡めた。友希那の唾液を吸い、それに伴ってマイクの回転を速めた。
ごりごりと肉が削られている感覚だった。股が真っ赤に燃え盛り、すでに限界だった。すると唐突に棘がマイクを引き抜いた。友希那は驚いて股を視た。棘が持っているマイクのヘッド部分には友希那の粘液がべっとりと付着していた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「どう? 友希那さんが好きなマイクの味は」
「ふ、ふざけないで……。そんなもの、もうごめんよ」
「そう? 私は結構楽しいけど……」
棘は楽しそうに呟くと再びマイクを友希那の膣口に押し込んだ。
「うぐうっ!」
硬いヘッドが膣口をぐわっと拡張し、激痛を伴いながら侵入していった。友希那は頭をマットレスに押し付けて呻いた。全身の筋肉が引きつり、涙がとめどなく流れた。すると棘のその涙を舌で掬った。頬に流れる一筋の涙を細い舌で取り、じっくりと味わった。股ではマイクが止まることなく回転していた。マイク自体は冷たいのに身体に流れる痛みは猛烈な熱があった。
「痛い! 痛いのおっ! もうやめてっ! お願いっ!」
「あははは。わかったわかった。わかったってば」
棘が笑いながら友希那からマイクを抜いた。完全に友希那の感情を弄んでいた。
「頑張ったね、友希那さん」
棘は友希那の額を撫でると再び接吻した。情熱的で執拗な舌の絡みだった。
「ぷはっ。うふふ。良い子、良い子。頑張った友希那さんはとっても偉い子だよ……。ありがとうね」棘は友希那の頭をゆっくりと撫でながら呟いた。「今の友希那さんは、とっても可愛いよ。前よりも断然、可愛いよ……。うふふ。ふふ……」
棘の低い声が耳元から染み込み、脳裡に侵入して溶けていった。
昼食は棘の特製のサラダだった。
さまざまな野菜が均等に混ぜられているサラダは粥同様に薄い味付けだった。市販のドレッシングではなく塩や胡椒などで味付けされているため、それはサラダというよりは『炒めていない野菜炒め』だった。また、食後には栄養のためにサプリメントを飲んだ。それは友希那だけではなく棘も同様で、五粒ほどを一気に飲み下した。
「さて、友希那さん。ご飯も終わったし、なにしよっか」
ワイシャツに長ズボン、白衣といういつもの出で立ちに戻っている棘は、友希那が乗っているベッドの傍の丸椅子の上で友希那を眺めた。友希那は監禁生活であるにもかかわらず肌のつやが良く、頭髪も腰の位置で切りそろえられていた。それは棘が一切手を抜かずに友希那の世話をしている何よりの証拠だった。
「私は何もしたくないわ」友希那は棘の顔を睨みつけながら叫んだ。「さっさと出てってくれる?」
「またまたぁ! 友希那さんは寂しいこと言うねぇ……。でも知ってるよ。本当は私のこと、恋しく思ってるんでしょ? でもなかなか素直になれなくて、だからそんなふうにトゲがあることを言っちゃうんでしょ?」
「そんなわけないでしょ」友希那は呆れた顔で棘から顔を離した。「私の身体をこんなにして、こんなところに閉じ込めて、その相手を、張本人を、憎んでないとでも? 私はそんなに平和ボケしてないわ」
「そっ、か……」棘は友希那から目を離して虚無を見つめた。友希那に面と向かって『憎んでいる』と言われ、本気で落胆を感じているようだった。
「そうよ。だいたいあなた、学校はどうしたのよ? あなただってずっと自由ってわけじゃないでしょう? 学校側に不審がられたら、それこそ終わりよ。……私にとってはそうなるのが一番良いのだけれど」
「うう……」棘は下を向いて黙った。言葉が出てこないようだった。叱られた女児のような顔の瞳はすでに限界まで潤んでいた。「でも友希那さん、私のこと良い人だって、言ったし……」
「それはもうずいぶんと昔の話でしょう? 確かに、勉強ができて頭の回転も速いあなたを尊敬していたのは事実よ。でも、だからってこんなことが許されるわけじゃないわ。良い? 私は、あなたの下らない性欲のために生きてるんじゃないのよっ!」
すると棘は勢い良く丸椅子から立ち上がった。ガタッ、と音が鳴り椅子が後方に倒れた。友希那は唐突のことに驚いて両肩をびくっと震わせた。
「友希那さん、わかってるよ」棘は友希那の方を視た。その顔には笑顔が貼り付いていた。太陽か、美しい花々を連想できる無垢な笑みだった。「そうやって私を怒らせて、冷静さを欠落させて、その隙にここから逃げようって考えてるんでしょ? でも駄目だよ。全部お見通しだよ」
「……こんな身体でどうやって逃げるっていうのよ」
棘から目を反らした友希那は吐き捨てるように呟いた。
「それもそうだね。あはは」棘は後方の椅子を直すと、再びそこに腰を下ろした。「……でも友希那さん、私は友希那さんの挑発で怒ってはないけど、友希那さんが私に挑発をしたっていう事実は消えてないよ」
「ど、どういう意味よ?」
「お仕置き、しなくちゃね!」
友希那は再び棘の顔を視た。
その顔は、おどけた道化師のように不気味に歪曲していた。
「やめてっ……。お、お願いっ! そっ、それ以外ならなんでもするからっ、それだけはっ、駄目っ……」
両目から涙を流す全裸の友希那は、眼前で大量の熱を放つ『それ』を見つめながら必死に棘に懇願した。『それ』は細長い黒の鉄の棒の先端に円形の金具が接続されており、その円形金具は真っ赤に燃え盛っていた。発せられる熱は黒の鉄製拘束椅子に座らされている友希那の全身の肌をじりじりと刺激し、脳が沸騰するのではないかと思うほどだった。
「駄目だよ、友希那さん。これはお仕置きなんだから……」
棒を握って金具をゆらゆらと動かす棘は真剣な顔つきで友希那を制した。そしてすぐに金具を友希那の腹に定めた。友希那は椅子に繋がれたリードと接続されている首輪が一周している首を無理やり動かして自分の腹を視た。金具と腹の皮膚の距離は三センチもなかった。金具が発する強烈な熱が腹部のちょうど真ん中に当たり、じわじわと内臓まで熱していた。
「だ、駄目よっ……。そんなもの当てたら、本当に……、おかしくなっちゃうわっ」
友希那は震える声を出した。圧倒的な恐怖心が脳裡にのさばっていた。
「だから何度も言ってるでしょ? これはお仕置きなんだから。ちょっとくらい痛くないと」
棘は友希那に向けた金具の先端と友希那の腹を見つめながら平然とした態度だった。
「わ、わかったわ! あなたの恋人にでも、何にでもなるわっ! 一生あなたとここで暮らすっ! だから」
「うるさいよ」
棘が言い捨てると一気に金具を押し付けた。
「ひぃっ!」
円形の熱された金具が友希那の腹に付着し、じゅわ、と音が鳴った。
「あがああああああっ!」
大量の熱が一度に身体に押し寄せた友希那は、椅子の中で身体をのけ反らせて叫んだ。かつての歌姫の久しぶりの絶叫だった。甲高い悲鳴が室内に響き渡っていた。想像を絶する痛みだった。皮膚が焦げ、肉が燃焼し、全身の神経と脳が崩壊するほどの業火の痛みの中に友希那は居た。
「やめてっ! 熱いっ! 熱いいいいっ!」
友希那は短い四つの断端を動かしながら叫んだ。首輪とリードの金具がかちゃかちゃと音を立てていた。
「まだまだ、これからだよ!」
棘はそのまま楽しそうに笑みを浮かべると金具を友希那に押し付けた。ぐりぐりと動かすと灼熱の円形が腹の皮膚を焦がし腹の肉を絶え間なく焼いた。
「死んじゃううっ! 焼け死んじゃうからああっ!」
友希那は泣き叫び続けた。喉が枯れるほどの壮絶な悲鳴が途切れることなく轟いた。友希那は短い手足をばたばたと動かして抵抗したが、椅子に巻かれた拘束具によって脱することはできなかった。
やがて棘が金具を離した。友希那の腹には焦げた円形があった。黒ずんだ肌がじゅくじゅくと呻っていた。
「大丈夫? 友希那さん」
大量の熱と激痛によって全身の筋肉が弛緩した友希那は茫然と自分の腹を見つめた。真っ黒に焦げている腹からは未だに痛みが迸っていた。
「じゃあ、もう一回ね!」
「ちょ、ちょっと待って!」
棘は友希那の制止を振り切って金具をもう一度腹に押し付けた。
「ああああああああっ! ああっ! あああああっ!」
滾る金具が腹にめり込むと同時に友希那は叫んだ。強烈な皮膚が崩壊する痛みが全身に駆け巡っていた。一度目とほぼ同じ箇所が焼かれていた。金具から発する燃焼の鋭い音が、友希那の絶叫と共にまき散らされていた。友希那は必死に断端の手足を動かしたが、胴体に巻き付く黒の拘束具は一切軋まなかった。
間もなくして棘が友希那から金具を離した。綺麗な黒の円形に焦げた腹はひりひりと炎症していた。棘が無言でもう一度金具を押し付けた。その途端友希那が再び絶叫した。砕ける硝子のような、耳をつんざく悲鳴だった。棘は笑みを浮かべながら金具をぐりぐりと動かした。その度に友希那には新しい熱が迸った。全身をがたがたと動かしながらどれだけ叫んでも、その痛みが引いていくことはなかった。
棘が金具を離した。失敗したパンケーキのように漆黒に焦げた腹にはまだ熱が残っていた。すると友希那はぎりぎり残っている意識の中で尿意を覚えた。それは弛緩した筋肉によって膀胱が脆くなったのと、棘に対する恐怖心からくる尿意だった。友希那は歯ぎしりをしながら耐えたが、やがてそれは耐えられないほどのものになった。下っていく尿が一気に放出された。
「うわっ!」
唐突に股間から放物線を描いて飛ぶ友希那の黄色い尿に、棘は飛び跳ねて驚いた。友希那は止まらない尿に羞恥を感じていた。棘の目の前で放尿しているという感覚も鋭い羞恥となっていた。
友希那の放尿は七秒ほどで終わった。床にびちゃびちゃと飛び散った尿からは独特の香りが漂っていた。
「友希那さん……」棘が同情するような顔で友希那を視た。「我慢、できなかったの?」
「……ごめんなさい」
友希那はぶっきらぼうに謝罪した。ほぼ無意識に口から出た言葉だった。
「まあいいや。さて、次だよ」
「つ、次っ?」
友希那は驚いて顔を上げた。棘の言う『お仕置き』はこれだけだと思っていた。
「そうだよ」金具を一斗缶に突っ込んでいる棘は平然とした顔だった。一斗缶には水が注がれているらしく、急速に冷やされた金具は、じゅわあっ、と溶けるような音が鳴っていた。「こんなので終わるわけないじゃん」
「わ、私はもう十分に反省したわ! これ以上、何をするっていうのよ!」
「うーん、そうだねぇ……」
棘は友希那の後方に目をやった。この十畳ほどの室内は壁を一周する棚が置かれており、その中にはさまざまな『道具』が置かれていた。部屋の中央に扉のある壁の方向を前にして置かれている椅子に固定されている友希那は、棘が見つめている方向の壁の棚は視ることができなかった。友希那は必死に思考を巡らせた。棘が次にどんな『お仕置き』をしてくるのか必死に予測した。しかし何も思いつかなかった。皆目見当がつかなかった。はっきり言ってここに監禁されてからの棘の行動は全て『奇行』だった。愛と性欲に狂った奇人の次の行動を予測するのは、例えば荒れ狂う野生動物の次の行動を予測するように難しいことだと思った。
「よし! これにしよう!」
いつのまにか後方の棚に向かっていた棘が叫んだ。そしてすぐに友希那の視界の中に戻ってきた。
その手には木製のバットが握られていた。野球などで目にすることができる一般的な物だった。
「そ、それでっ……、何をするの?」
友希那は震える声で訊ねた。恐怖心が全身の神経に流れ、熱されて痛いはずの腹の奥をひやりとさせていた。
「殴るよ。バットってそういうものでしょ?」
棘は愉快にバットを構えた。そしてすぐに友希那の顔面を定めると、そのまま勢い良く右から左に振った。
「うぶっ!」
バコッ、と音が響き友希那に強い衝撃が襲った。同時に鼻の奥がツンとする激痛が走った。それは脳を震わせ、窮屈な窒息感をもたらした。脳がくらついている友希那は口の中に鉄の風味が広がっていくのを感じた。どうやら口内で粘膜が切れたようだった。
「おりゃっ!」
棘の二発目の強打が襲った。次にバットが当たったのは腹だった。
「おえっ!」
未だにひりひりとした痛みがある腹にさらなる衝撃と痛みが走った。友希那は堪らず呻いた。腹の奥底からひねり出た低音の呻き声だった。
それから棘は友希那をバットで叩きのめした。止まることのない打撃が友希那の全身に振りかかった。腹も頭も全てを殴られた。木製のバットが接触する箇所が急速に腫れ上がっていくような感覚があった。全身に激痛が走り、息をつく暇もなかった。
やがて棘の連撃が止まった。数十回は殴られた友希那は全身が腫れ上がり、ありとあらゆる部位が真っ赤に腫れ上がっていた。
「ふう。さて友希那さん。これはお仕置きなわけだけど、反省とか、したかな?」
バットを肩にかけながら棘が訊ねた。やっと休息できた友希那は炎症している瞼を無理やり開けて棘を視た。棘の目には嗜虐的な鋭い光があった。それは研ぎ澄まされた剃刀の刃のようであり、もし友希那が反省していなかった場合は躊躇無く再びバットで強打するはずだった。
「したわ……」
「何? 聞こえないよ」
「反省、したわ」友希那は明瞭な声で叫んだ。「反省した。だから、もう殴るのはやめてほしい……」
「ふむ……」棘はバットを棚の適当な位置に差し込んで手放した。「わかった。もうお仕置きは終わりにしよう」
その声を聞いて友希那は安堵感が胸中に広がるのを感じた。まだ全身は激痛が流れていたが、これ以上暴力的なことをされる心配が無くなったとわかった途端安心感が脳裡を満たしていた。
「それじゃあ友希那さん。汗もかいたし、お風呂にしよっか!」
見上げると棘が少女のような可憐な笑みを向けていた。
浴室は一般的な広さだった。床は白のタイル張りで、奥まった位置にある浴槽も白色だった。
友希那を抱いたまま入室した棘はすぐに友希那を椅子に座らせた。そしてシャワーを取り蛇口をひねった。すぐにお湯が噴き出し、まず棘が全身を濡らした。全身が濡れると棘はしゃがみ、椅子の上の友希那にお湯をかけていった。加減の良いお湯が身体に触れ、長い髪が湿って身体に吸着した。少しして全身にひりついた痛みが走った。それはさきほど棘にバットで滅多打ちにされたため、ありとあらゆる部位が腫れているようだった。また腹部の円形の火傷痕はそのひりつきがさらに酷く、友希那は呻きながら全身にぬるま湯が滴るのを待った。
友希那は改めて棘の裸体を観察した。棘の身体は病的に白く、病的に痩せ細っていた。四肢は枝のように細く、骨にそのまま皮膚を被せたように見えた。胴にはあばら骨が不気味に浮き、乳房は女性という性別を疑うほどに一切の盛り上がりが無かった。そしてそんな真白い全身と、真っ黒な長い頭髪や目元の隈が対称的に見えた。瞳は魚類の目のように大きくてぎょろついており、不気味で嗜虐的な鋭い光がいつでも浮かんでいた。
「友希那さん?」
棘が友希那の右肩を叩きながら顔を覗き込んでいた。棘の身体に集中していた友希那はハッとして顔を背けた。
「そんなに私の身体が気になる?」
棘が笑みを浮かべながら訊ねた。
「いいえ……。さっさと洗ってちょうだい」
「そう? わかったよ」
棘は微笑みながら立ち上がり、浴室隅に置かれたシャンプーを取り上げた。右手に液体を垂らすとそれを両手で伸ばして泡立て、すぐに友希那の腹に塗った。ぬるついた感触が友希那の痩せ気味の腹を這い、それはすぐに乳房に向かった。友希那の乳房は棘ほどではなかったが貧相だった。友希那自身は自分の乳房について何も思っていなかったが、棘はそんな友希那の乳房を好んでいるようだった。棘の細い指が乳首に触れた。その途端友希那に痺れる刺激が走った。いついかなる時でも棘にいじられているため、敏感になっているようだった。棘の指がさらに乳首に触った。それは明らかに友希那を刺激していた。
「ちょっと、やめてよ」
「ふふふ。なら耐えてみなよ。どうせ無理だけどさ」
棘が泡に塗れた指で乳首を重点的に触った。親指と人差し指で挟み、そのままこりこりと動かした。弱点が弄ばれると友希那は腰を動かして小さく喘いだ。棘の指使いは友希那の乳首の強度を心得ていた。ぎりぎり痛みにならない、ちょうど良い感覚を攻めていた。
「まってっ……、駄目っ……」
「ほら、こっちも……」
棘の左手が友希那の股に伸びた。薄っすらとした陰毛が生えている股に腕を突っ込むと、膣口を優しく撫でた。乳首のとはまた違った、身体の芯に電極を押し付けられたような硬い刺激が全身を貫いた。棘の指が膣に侵入した。膣の肉の穴をかき分けて奥まで入ると、そのままぐりぐりと蠢いた。全身が火照り、呼吸が荒くなっていた。友希那は精一杯の力で快感を押さえていた。このまま棘の指で絶頂するのがなんだか悔しかった。歯を思い切り食いしばり、呼吸を正常に保った。しかしそれを察した棘がさらに激しく両手の指を動かした。乳首を弾き、膣の中を掘った。それによって迫り来る快感は友希那のちっぽけな自制心をどろどろに溶かした。
またイかされるっ、と友希那は思った。火傷している腹の奥に力を入れて耐えたが、とめどなく流れる快感の電撃に、身体の芯はすでに限界だった。
唐突に棘が友希那の身体に覆いかぶさるように接近し、口を耳元に近づけた。
「ほら、イけよ」
棘の低い声が脳裡に轟いた。同時に全身が一気に熱くなった。身体が放電しているような感覚だった。友希那は声を抑えながら棘の指で頂点に到達した。今まで溜めに溜めた快感を全て放出すると、すぐに筋肉がじんわりと弛緩した。友希那はぐったりとうなだれながら棘の身体に寄りかかった。棘の激しい攻めによって手足を動かすことができなくなっていた。
「ふふん。やっぱり耐えられなかったね。でもそれで良いの。友希那さんは私の攻めでたくさんイけば良いんだよ」
棘が半開きの友希那の口に接吻を迫った。すぐに熱のある舌が突き出し、優しく摩るように口内を舐め回すとすぐに離れた。二人の間にはどちらのかもわからない唾液の糸が引いていた。
「それじゃあ改めて、身体洗おうか」
棘はそれから友希那の身体を洗うことに専念した。
手足の無い友希那の全身に素手でボディソープを塗り付け、泡を柔らかいシャワーのお湯で流すと次は頭髪だった。シャンプーを手に垂らすと両手で泡立て、友希那の美しい薄紫の長い頭髪を揉んだ。
友希那の身体を洗うのが完了すると、棘は自分の身体を洗った。手際が良く、友希那を洗った時の半分以下の時間で素早く終わらせた。それは自分で湯舟に入ることができない友希那を少しでも退屈にさせないために棘が効率的な身体の洗い方を編み出した結果だった。
二人は一緒に湯舟の中に入った。最初に友希那を入らせ、その後ろに棘が続いた。二人は少し熱いお湯に肩まで浸かった。友希那は全身の打撲の傷がじりじりと痛んだが、奥歯を噛みしめて耐えた。
「ふふふ。こうしてると、本当に恋人みたいだね……」
後方から棘の楽しそうな声が聞こえてきたが、友希那はそれを無視してお湯の面を見つめた。透明な湯の中に映る自分の身体はやはり四肢が喪失しており、丸っこい断端が四つ付いてるだけだった。友希那は改めて自分の身体を視て落胆した。自分はもう一人で食事をすることも、勉学に励むことも、マイクを持つこともできないのだと考えると重苦しい悲しみの感情が身体の芯から上がって、全身を震わせた。悲しみの感情が炎となって脳に染み込み、身体を重くした。
すると棘の両手が左右から伸び、友希那の身体を包み込んだ。
「……何よ」
友希那は視界に現れた真白い腕を睨んで言葉を吐いた。
「んー? いいや、なんだか友希那さんが悲しそうだったからさ……」
棘がぎゅっと友希那の身体を抱きしめた。棘の体温は冷たかった。湯舟に入っているというのに、その湯の熱に対抗するように鋭く冷たかった。まるで死体のようだ、と友希那は漠然と思った。
「……もし私が悲しそうなら、それはあなたのせいよ」
友希那は前を見つめて呟いた。
「そうなの……? まあ、それもそうか……」棘が逡巡するように囁いた。「なら、ちゃんと責任は取らないとね!」
「そんなふうに思うなら、さっさと私を解放すれば?」
友希那が勢い良く腕を振り上げ、棘の腕を取り払うと同時に後ろを向いた。二人の顔が向かい合った。
棘は笑っていた。艶めかしく、妖艶な雰囲気を含んだ笑みだった。
「それは駄目だよ……。友希那さんはもう私のものなんだから」
「私はあなたのオモチャじゃない」
「オモチャだなんて思ってないよ。……私たちは恋人だ」
「どこが――」
棘が素早く友希那を引き寄せそのまま抱きしめた。友希那に棘の不気味な冷たい体温が流れて身体の芯を震わせた。
「私たちは恋人同時……。だって友希那さんは、もう私が居ないと生活できないんだもの……。うふふ、ふふふ……」
棘の冷たい素手が友希那の背中に這いずり回った。
その鋭い感覚が、友希那の脳裡の奥底にまで響いて刻まれた。
二人はそれから十数分で風呂を上がった。湯冷めをする前に素早く身体を拭き、就寝用の衣服に着替えた。友希那は何着かある半そでワンピースのうち、棘が選んだ深緑色のものを着、棘はいつものワイシャツに黒のズボンだった。
二人は同じベッドに入った。本来一人用のベッドだったが、無理やり二人で横になった。友希那にとっては窮屈以外の何でもなかったが、棘にとっては大好きな友希那とくっつくことができるため極楽のようだった。
「ねえ友希那さん。今日はどんな夢が見れるかな」
棘が友希那の方を見て訊ねた。友希那は仰向けの状態で、その顔は天井を見ていた。
「知らないわよ、そんなの」
「そっか。ふふふ……」
友希那は棘のことがわからなかった。時折、こちらがぶっきらぼうに適当に返事をしても楽しそうに笑っている神経が不気味で理解できなかった。
友希那はすっと瞼を閉じた。さっさと寝てしまおうと思った。
「友希那さん、もう寝た?」
棘の声が暗闇を貫通して聞こえてきた。友希那は答えなかった。
「ねえ友希那さん? もう寝たの?」
棘の甘えるような少し高い声が聞こえてきた。友希那は答えなかった。
「友希那さん? 友希那さんってば。ねえねえ……」
「うるさい」
友希那は瞼を閉じたまま突き放すように叫んだ。その途端棘の声が止んだ。しかし代わりに掛け布団が揺れ動く布の音が鳴り出した。友希那はそっと瞼を開けた。
薄闇の中、棘が友希那に覆いかぶさるようにして顔を覗き込んでいた。
「な、なによ……」
友希那は目を見開いて棘を視た。その目にはぎらぎらとした光があった。それは純然な、しかしねっとりとした性欲の光だった。笑みを湛えたその顔は完全に『スイッチ』が入っていた。
「友希那さん、私たちは恋人同士なんだよ……。だからやっぱり、シよ?」
棘はか細い声を出してから舌なめずりをした。そして勢い良く友希那の顔に迫った。二人はすぐに接吻した。舌と舌とが絡み合い、互いの唾液が口内で暴れまわった。
口を離した棘は友希那のスカートを捲った。友希那は下着の類を履いていないため素肌が露出した。まん丸い二つの断端の間に割れ目があった。棘はその割れ目を右手の指で触った。ひやりとした指の感触はすぐに中に侵入した。膣をほじるように進むと友希那がその快感に喘ぎ出した。
「んんっ……。ちょっとっ……」
棘は夢中で友希那の膣の中を触れた。硬い指先が蠢く度に友希那は身体をよじらせて声を漏らした。友希那の中の構造を熟知している棘は的確な所を攻めていた。全ての弱点を把握されている感覚に友希那は羞恥を感じた。
棘が指を激しく動かした。膣から分泌される粘液で湿っているためくちゃくちゃという水が弾ける音が鳴り響いた。指は根本までが入っていた。友希那は燃え盛る快感に甲高く叫んだ。また棘の指によって情緒を支配されるのかと思うと純粋な悔しさが襲った。しかし股の攻めは止まらなかった。全身に迸る熱のある快感に友希那は一方的に喘ぐしかなかった。膣の中での指の蠢きは予測不可能だった。
やがて思考が停止し、脳が真っ白になると身体が小刻みに震えた。
「んんあっ! ああっ!」
みぞおちの奥の方で何かが炸裂し、その衝撃が外側に向かって流れていった。熱のある激しい衝動が全身の細胞を震わせ、脳を焼いた。
それは快感の爆発だった。友希那は再び棘の指によって快感の頂点に押し上げられてしまった。
「はい。またイッちゃったね……。やっぱり友希那さんは私無しじゃあイけないから、もう私たちは相思相愛だね!」
棘がゆっくりと指を抜いた。その指は粘液でぬめめっており、光沢もあった。棘はその指を躊躇うことなく口に運んだ。指に付着した友希那の粘液を執拗に舐め取った。
指を舐め終えた棘はその唾液で濡れた指を友希那の顔に近づけた。全ての細胞が慌ただしく蠢いたばかりの友希那はくたびれた目でそれを見ていた。すると棘が友希那の半開きの弛緩した口に指を突っ込んだ。口内を無理やり進む指は喉の近くまで迫った。友希那は堪らず呻いた。嗚咽のような声が漏れた。棘の指は友希那の口内で蠢いていた。それは友希那の膣をいじった時よりも激しく、友希那の口内を攻撃するような刺激的な蠢きだった。
「ごがっ! あうあっ……」
「ふふふ。友希那さん苦しそう。でも、とっても可愛いよ……」
棘の指の腹が舌に触れ、そのままぐちゃぐちゃと旋回すると今度は奥歯の辺りを摩った。友希那が再び呻いた。それは嘔吐の時のような濁音の喘ぎ声だった。両目が潤み、鼻孔から粘液が垂れた。指が喉に接近する度に窮屈な窒息感が襲った。酸素を取り込めないことで脳がパニックに陥っていた。
口内を一通り探った後に、棘はようやく友希那の口から指を抜いた。解放された友希那はすぐに酸素を吸った。数回ほど咳きこんだ。
棘は友希那の唾液ですっかり濡れた指を自分の口に入れた。友希那の生温かい唾液を舐めているようだった。
「ふむ。美味しっ」
指を舐め終えた棘はベッドの脇にあるテーブルの上の、ティッシュペーパーを使って自分の指と、友希那の顔を丁寧に拭いた。
「さて、寝よっか!」
棘が友希那の横に寝転び、掛け布団をそっと引き寄せた。布団をしっかりと調節した棘はその中で友希那に抱き着いた。両腕をがっしりと胴に回し、友希那の身動きを拘束するとそのまま目を閉じた。
すぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。友希那はその棘の寝顔を視た。隈が特徴的だったが、その顔はどこかのモデルかアイドルのように整っていた。輪郭はなだらかな美しい曲線で、つり目の形も綺麗だった。鼻梁がスッと通っており、唇の厚みもちょうど良かった。しかし友希那はそんな棘の容姿を目の当たりにしても、ちっとも好感は得られなかった。どれだけ顔が整っていてもその中身に詰まっているのは理解不能で猟奇的な異常者だった。この一年間でされてきた様々な加虐的行為を思い出すだけで吐き気のような嫌悪を感じた。そして同時に友希那は、この異常者からはもう逃げることはできないのだろうと考えた。それはもう自分に手足が無いというのも理由の一つだったが、棘の放つ強烈な独占欲がそう思わせていた。なんだか、例え運良くこの施設から脱することができても、地の果てにまで逃亡しても、やがてはいつもの笑みを浮かべて追ってくるような気がした。
友希那は棘の寝顔を睨みつけた。眼力で人を殺せればどれだけ良いかと強く思った。すると唐突に欠伸が上がってきた。友希那は棘の顔を見つめながら大きな欠伸を吐き出した。脳が就寝を求めていた。胡乱な雰囲気の眠気が脳裡に浮かんでいた。
友希那は目を閉じた。そして必死に、手足がまだあった頃のことを思い描いた。音楽活動は順調に進み、棘ともただの学友として接してる日常を描いた。
記憶の中の棘は、純粋で無垢で可憐な少女だった。
せめて夢の中だけは、温かくあってほしかった。