ある女性が端正の警備部に勤めるまでのお話です。
本編のストーリーには深く関与しませんので、エッチな描写をお望みの方は読み飛ばしても影響ありません。
ーーーーーある女性警備員 視点ーーーーー
私は、小中高と柔道部に所属し、かなりいい所まで進んだことも有る。
だが、オリンピックの選考には漏れる程度で、まあ、よくある話だ。
勉強はあまり好きでもなく、大学へは行かなかった。
柔道4段、それが私の最終段位となるのだろう。
そんな、私が生かせる職場はそう多くない。
精々、警備会社とかそんなもんしかない。
いや、その職業を卑下している訳では無い。
実際にやってみると解るが、頭を使う業務が多いのだ。
しかも体力的にきつい、道路の工事の交通誘導警備、解体作業場の安全確保警備などの、肉体的にきつい物から、施設警備、輸送警備、身辺警備業務などの気を使う警備もある。
私は地元勤務ができるという事で、地元の警備会社に入った。
私は嫌いな勉強も頑張り警備業務検定に挑んだ。
人間認められれば、欲が出るもので、学校でも勉強嫌いで有名だった私が、夜遅くまで机にかじりつき、幾つかの一級と核物燃料警備を除くすべての二級の資格を得た。
そして勤務4年目、私は2度目のチャレンジでついに警備員指導教育責任者の資格を得た。
まだ、21歳の時だ。
これで、私も管理職への道が、と思ったが、世の中そんなに甘くない。
どんなに駆けずり回り仕事をしても、給与はそんなに変わりなく、副隊長になった私は、管理職の末端となっても、そんなに給与は代わり映えなく、書類仕事ばかりが増え、上司は仕事をいかに私に仕事を押し付けるかに血道をあげ、ついにブチ切れた。
今まで、会った事も無い偉い人達が、いきなり出てきて慰留をされたが 「では、なぜ何度も具申しても、何も回答が無いのでしょうか」と言ったら、案の定、責任を擦り付け合うばかり。
「もう結構です。この会社には愛想が尽きました」
退職届と有給休暇届を担当役員の顔に投げつけ、出てきた。
何度か電話が有ったが、社の電話番号は全て着信拒否にしている。
それから、暫く家でふて寝する生活を1週間ほど過ごし、ホントふらーっと立ち寄った書店で小学校時代の友人に出会った。
「詩絵ちゃん? 黒崎詩絵さんだよね!」
そう私に呼びかける人は、凄い美人さんだ。
「確かに私は詩絵ですけど・・・」
「わたし! 私だよ。三田小枝子よ!」
「えっ? あの・・おさげ結った小枝ちゃん?」
「そうよ、懐かしいなあ。ね、時間ある?」
「えっ? ま、まあ・・」
三田小枝子、小学の時のとても仲が良い友達だった。
理由は判らないが、上級生に虐められてた小枝子をかばい、結局は男の子を何人も投げ飛ばし、ガキ大将をギャン泣きするほど泣かせ、2度としない事を約束させた。
それからという物、小枝子は卒業まで、私の友達として居てくれた。
というのは、彼女は端正女学院の中等部へと進学したからだ。
国内でも有数の教育機関で、中学に入るには偏差値が75程度でも危ういと言われる難関だ。
偏差値35の私には縁のない世界だ。
「で、今なにしてるの?」
聞かれた私は正直に答えた、隠したって私にはなんのメリットも無い。
もちろん、今はプー太郎であることもだ。
「そっかあ、大変なんだね」
「そういう小枝子は?」
「もう働いてるわよ。端正女学院小等部が私の職場」
「へっ? 大学辞めたの?」
「やあねぇ、ちゃんと大学出て、博士号取ってから就職したわよ。
今は教師よ、まだペーペーの平だけどね」
「すごいなぁ、頭の悪い私には縁のない世界だわ」
聞くと、飛び級で進学、単位を取りまくり、大学院では論文審査で博士号を取ったという。
しかし、端正の中ではこの程度、ごく普通で有るとの事。
在学中に定時制に通い看護師資格も持っているという。
こっそり年収を聞いてみたら私の今まで貰っていた4倍の年収だ。
確かに今までの私は世の中でも、底辺に近い収入だった、高卒の私と比べるべくもない。
やはり私とは住む世界が誓うと感じた。
「ね、いま仕事してないんだよね、端正に勤めてみない?」
私は、その誘いにほいほいと乗ってしまった。
まあ、今の時期ハロワに行っても、碌な仕事は無いだろう。
まあ、警備会社よりは楽な仕事だと思ったからだ。
聞くと、端正の警備は2つに分かれていて、出入りの門やスクールバスの乗降警備と学院内の警備に分かれて居て、今までは同じ警備会社に委託されていたという。
しかし、内容は教えてもらえなかったが、警備会社の若い男性警備員が問題を起こし、現在は年配の男性警備員と女性警備員で回しているが、どうしても男性では立ち入れない場所が多々あり、足りない手は職員や教員で回しているという。
学院内部の警備を外部委託から内部の警備に切り変えるという。
また、コストは委託の方が安いのだが、学院の建屋内は、機密や情報セキュリティの問題で、内部の警備が必要となり、学院職員としての警備員が必要だという。
何度か小枝子と会い、説明を受け、質問した。
「最初は臨時職員としての採用なの。
そして3か月間端正を担当している警備会社に出向し、訓練を受けて貰うの。
採用後の勤務条件と待遇はこれよ。
あなたの場合、結構資格が有るから、それについても手当が出るはずだわ。
あ、外には出さないでね。後で返却してもらうから」
臨時の給与条件でも、以前の会社の5割り増しだ。
家族に話したらこれは、一生に何回かのチャンスだという。
採用試験の日まで私は、再び体が動く様に鍛え、そして学校の事を調べた。
頭が良いだけでは入れない。学費は普通のサラリーマンなどの収入では、とても払える額ではない。
でも、生徒に実力があれば、返還不要の奨学金、一定期間指定の勤務を行えば、返却が不要になるなどの奨学金など多彩で独自の救済がある。
生徒は良家の子女ばかりでなく政府の要人、高所得者の子女、海外からも多数のVIP級の子女が集まっているらしい。
学院内の公用語は日本語と英語、だから英語も勉強を始めた。
保護者には英語で無いと通じない人も居るからだ。
私にしては、投げ出さず、よくやったと思う。
そして、私は試験をパスした。
家族は涙を流して喜んでくれた。
採用後、私は端正の外部警備を請け負っている警備会社の研修室に居た。
私は4年前に買った一張羅のスーツを取り出した。
袖を通したのは、以前の会社の入社の時と、今回の採用試験、そして、今日の三度目だ。
周りには同期の女性たちが30名ほど。
中には柔道の大会で見かけた様な人も居た。
「では、皆さんの上司となる人をご紹介します」
「えー、いま紹介された大槻真白と言います。
皆さんはここで3か月の研修を終えた後、端正女学院の警備部警備員として勤務することになります。
学内の敷地は広大なため、院内警備は警備部の仕事は多岐にわたり、時には不法侵入者等にも立ち会う必要がでてきます。
そして・・・」
研修の座学は続く。
休み時間に同僚となる周りに聞いてみると、自衛隊の転職組、警察からの転職、珍しいのは消防関係からの転職も居る。
「いやーまさかここで教官に会うとは思わなかったわ」
そう自衛隊からの転職組は言った。
「教官の大槻真白さんて自衛官だったんですか?」
「そそ、私なんかよりずっと雲の上の人。
陸上自衛隊、一等陸尉。自衛隊で2番目の女性S徽章持ちなのよ」
「なにそのS徽章って」
「ガタイの良い男性自衛官でも、泣きが入る訓練を、パスした証明がS徽章。
45キロの装備を背負い、飲まず食わずで72時間山中で想定訓練し、パスした自衛官は8%しか居ないのよ。
脱落者多数、時には死者まで出るの。
そうした中から選ばれるのが特殊作戦群。
いわば日本のグリーンベレーね、ネイビーシールズって言えばわかる?
屈強な自衛官でさえ【化け物】って呼ぶのがこの人たち。
彼女は唯一の女性の特殊作戦群の隊員だったの。
はあぁぁぁ・・またあの地獄の訓練が待ってるのかぁ・・」
自衛官からの転職者が言った。
「そんなに、嫌ならやめれば?」
そう答えたのは、警察からの転職者だ。
「やだ。給料いいんだもん」
「そろそろ時間だよ」
再び座学が続く。
「明日は、実技だっけ。私得意」と元自衛官。
「私はこれでも柔道3段よ。まあ、胸を貸してあげるわ」と元警察官。
「わたし・・なんにも武道したこと無い・・・」と消防からの転職者。
「黒崎さんは4段よね、久しぶり」
「えと・・」
「やっぱり、覚えてないよね。
ま、仕方ないか。6年前に県大会の準決勝で負けた相手よ。
まあ、仕方ないわ、私だって負けた相手は覚えていても、勝った相手は覚えて居ないもの」
翌日、トレーニングウェアで来るか、道着を持っているなら、持って来いという事で、念のため柔道着も持って行く。
「さて、今日は皆がどれだけ動けるか、視させてもらう。
端正での配置にも関わって来るから、本気で頑張る様に。
相手は全員私がする。
柔道、剣道、銃剣道、その他の武術、何でもいい。
ほら、木刀、ナイフや小太刀の木刀も、長刀も有るぞ。
得意な獲物で、掛かって来なさい。
本気で構わん、殺す気で来い。
武道の経験のない者は安全上見学だ。
だが、この3カ月で一定の水準には達してもらうから、のほほんと見ていると後で痛い目にあううからな。
よし、お前からだ」
柔道着の白帯を締めた教官は言った。
「教官。防具を付けてください。危険です」
木刀を持つ彼女は言った。
「当たらなければ、どうという事はない。こい」
「きぇぇぇっ!」
甲高い声が上がる。
「ほう、音波攻撃なら意表を突くには良いが、暴漢には効かんぞ。
さっさと打ち込め」
勝負は一瞬だった。
木刀で上段から踏み込む相手の懐に、一瞬で入り相手の振り下ろす手を左手で押さえ、体を回すと右手のナイフ木刀を首に当てた。
「はい。ワンダウン」
次は柔道3段と言っていた彼女だ、黒帯を締めている。
教官は自然体で立っている。
瞬間、3段が組み合おうと手を振った瞬間、飛んだ。
そう、文字通り飛んだのだ2メートル程。
そして、その後ろをくっつく様に動いた教官の手が動き、瞬時にひっくり返され、腕を決められた。
片膝で首が押さえ付けられている。
「はい、ワンダウン」
起き上がると3段は「もう一本!」と言って姿勢を取った。
「ほう、良い根性だ。評価してやる」
面白い様に、3段が飛んでいく。
「ほれ、ツーダウン」
「もう一本!」
再び3段が空を舞う。
「ほい、スリーダン」
「はあ、はあ・・教官・・コレ・・柔道じゃない・・」
「なあ、暴漢に対して、柔道で来いっていうのか? あんた。
みんなも、よく覚えておけ、相手は鉄パイプや鉄バットかもしれないし、ナイフかもしれない。
長刀を持ち歩くバカは居ないだろうが、手製の銃やマジ物の銃、猟銃の場合もある。
我々はこれに対峙し、生徒を守るのが使命だ。
お前たちが守るのは将来国を支えていく者たちだ。
だから、正採用ではどこよりも給与は高い。
そのかわり、命を懸けて守るべき者がいる。
それが嫌なら、怖いなら出口に退職届が置いてある。
即刻記入し持って来い、そしてそのまま帰って良い。
10分休憩とする!」
こえぇぇぇっ!
怖いよ、なに元自衛官てこんななの?
「時間だ。
再開するぞ。
ほう、次はお前か、久しぶりだな」
「はい! 教官殿! 胸をお借りします!!」
今度は教官もすぐにはワンダウン取れない。
「ふむ、昔の悪い癖も無くなったな。だが、甘い! 」
ズダン!
「はい、ワンダウン」
「ありがとうございましたっ!!」
「よし、次っ!」
私は中央に進み出た。
「おねがいします!」
襟を取ろうとすれば相手の思うツボだ。
対峙した途端、解った。
絶対に勝てない。
どうやっても勝つ手も道も全く見えない。
「どうした、暴漢は待ってくれないぞ。こないなら・・」
その瞬間私は脚を取りに行った。
だが、其処は何もなかった。
掴む脚さえ。
瞬間そのまま、腕を決められ脚が上に持ち上げられた。
身動きが全く取れない。
そう、ピクリともだ。
「ほい、ワンダウン」
「意表をついて相手の動きを止めるのは有効な手段だ。
だが、飛び込む距離と速度が遅いし遠すぎる。
反射神経の良い相手には、こうして避けられ反撃を食らう。
覚えておけ」
「ありがとうございました。」
次は元警官だ。
彼女はじりじりと近づいてく。
「なるほど、逮捕術か。我々には必要な技術だな」
が、結局あっさり拘束され、ワンダウンを取られた。
「教官質問があります」
「なんだ」
「教官の体術はなんですか?」
「私の基本は近接戦闘の技術だ。
相手を確実にダウンさせ、2度と反撃できなくするか【殺す】技術だ。
もちろん、我々は警備員で有る以上、相手を殺してはダメだ、大怪我もダメ。
我々が持つ武器は、相手の戦意を削ぐためのものだ。
だが、相手は死ぬ気で来る、中には死刑に成りたいが為に、凶悪な事でも躊躇いなくやる。
こういう相手が最も恐ろしい、戦争で有れば【死兵】だ。
暴漢や凶器を持った相手に対峙する場合、最低でも3倍以上の力量が無ければこっちが死ぬ。
相手は殺しに来ているからな。
我々が持てる物は、警戒棒、警戒杖、防弾パネル、これだけだ。
まあ、学院内は別の部隊がスタンバトン、ディーザーガンを持っているがな。
この3カ月で最低限の扱いと基本動作、これを叩きこむ。
昼休憩とする、集合は13時。以上」
座学の時間。
居眠りする者も居ない。
「さて、この画像から注視すべき対象は?」
「チャラい格好をした男です」
「周りをキョロキョロしている男です」
「黒崎、お前は?」
「じっとこっちを見ている男ですかね」
「その理由は?」
「保護対象が4歳から5歳の少女だからです。
保護対象の少女は、小児性愛者の格好の獲物です。
この男は、何か事を起こしそうな気がします」
「父親だから見ているかもしれんぞ?」
「いえ、この男は間違いなく、幼女を性的対象として見ています。
その証拠に、この男性の股間が明らかに膨らんで居ます。
男性器が勃起するのは明らかに性的興奮を覚えているからです」
「ん、着眼点は悪くない。
しかし、このような状態で、行動に移す事例は確認されていない。
可能性はゼロでは無いが、非常に犯行に入る確率は低い。
残念ながら外れだ。
注視すべき者はこれだ」
「この女は、周りを見回した後、買い物バックに手を入れ、近づいてきている。
バックや籠に手を入れたまま近づいてくる者は、まず間違いなく凶器を持っている。
視線は子供たちだ。
この画像は、実際の事件の映像で、この後、この女は籠から刃渡り12センチの果物ナイフを取り出し、幼等部の児童に切りかかり、咄嗟の警備員の判断で、間に入り込み自ら刺されながら、防御に成功している。
この女は、離婚により親権を取り上げられ、解離性同一性障害を発症。
思いつめた挙句、幸せそうな、赤の他人の児童に嫉妬、犯行に及んでいる。
警備員は左横腹を刺されながらも、警棒で犯人の右腕を粉砕骨折させ、無力化。
同乗していた幼稚園助教諭により通報。
女は、腹に包丁が刺さったままの警備員により拘束、無力化。
駆けつけた警官により逮捕された。
スクールバスの警護で必要なのは、周囲の保護対象者とその保護者を守ることだ。
犯人を取り押さえる事ではなく、最優先が守る事だと頭に叩き込め。
そのため、最初にバスを降り、瞬時に周囲の要観察対象者を発見できるか否かが重要となる。
どの様な性別、どのような服装であれ、その者の眼を見るべきだ。
半径5M以内に入り込み、保護対象者を注視する者は、危険な者として傾注すべき存在だ。
その様な者を視認した時点で、装備を使用する準備をしなければならない。
この警備員はそれが出来なかった為、間に合わず、己の体を使って保護対象を防御せざる負えなくなった。
その結果がこれだ」
そう言って、教官である上司は、左わき腹を捲った。
其処には5センチほどの傷跡が有った。
「相手を殴打する場合は戸惑ってはならない。
それが、いかなる対象者でもだ。
子供、女、老人、老女で有ってもだ。
相手の頭に当たっても、それは結果論に過ぎない、必要で有れば躊躇なく行う事だ。
この時点では、相手の阻止より排除、つまりいかなる手段をもってしても、相手の無力化を行うべきと私は 今でも思っている。
もちろん、暴漢だけではない。
車が飛び込んでくるかもしれないし、トラックの積載物であるユンボが落ちて来る事だってある。
警護は視覚・聴覚・嗅覚を研ぎ澄ませ、つねに全方位に注意を払う必要がある。
次回からは、この詳細について説明する。
以上、質問はあるか」
「無ければ今週の教程は終了する。解散」
「教官、質問があります」
「なんだ」
「昔、日本の元首相が街頭演説中に手製銃により、射殺された事件がありましたよね」
「2022年の前首相射殺事件だな?」
「はい。あの時、少ないとはいえ、SP及び地元の警官が警備についていました。
それなのに、易々と犯行を許しています。
この敗因は何でしょう」
「簡単な事だ。
凶悪な発砲事件なぞ、起こらないという、思い込みと、警護担当の奢りだ。
それが、あの結果を生んだ。
保護対象者の360度周囲だけでなく、上方や周囲の建物、窓、ベランダ等に注視し安全を確認すべきで、それが確認できない場合は、身を挺して保護すべきだ。
それが、あの事件ではまったくできて居ない。
動けたのは2発目が撃たれた後だ。
そんな警備だから、犯人は易々と近づき犯行に及べた。
僅か5Mという殺害可能距離に入られても、だれも注視し、犯人を傾注している者はいなかった。
しかも、直ぐ近くに居たSPと警官は、一発目の銃声を確認したら、即座に保護対象者を押し倒し、肉の壁になるのが役目だ、それも出来て居ない。
これは、日本にはピストルなどの短銃が、一般人には無いと誤認識していることが一つ。
銃声を危険と思っていないことが一つ。
正しく日本特有の、平和ボケだな。
銃撃戦など無いと、暴力団を相手にしている者以外は思っているのだろう。
これは警察機構が如何に、事例学習の徹底が出来て居ないかと言う事を示す、明確な証明だ。
銃や爆弾は、我々の身の回りの物で、簡単に作れる事を知らないのだろう。
ネットを見れば5分で作り方は解るし、黒色火薬や類似したもっと強力な火薬なぞは簡単に作れる。
銃だって、散弾銃のような物なら作るのは難しくない、ホームセンターで部材は買えるのだ。
それが、かの事件で保護対象者を簡単に死なせてしまった要因だ。理解できたか」
「はい、良く解りました」
研修が始まって、1カ月経った。
私たちは、筋肉痛と戦いながら座学を受け、事例を学び、そして厳しい訓練が為された。
5人が付いて来れず、辞めて行った。
「ねえ、そろそろみんなで飲み会しない?
お給料は出たし、明日、明後日は休日なんだし」
「いいね、で、場所は?」
「あーあたしパス、寝てねるのが幸せ」
「男がいるなら、参加しよっかな」
「冗談。男は要らない。
私、彼氏居るから、男がいるならパス!」
「居酒屋なら行く」
「イタリアンが良いな。なら行くわ」
「海鮮の居酒屋! 行く人は、駅前の居酒屋ゲンの前に、明日18時に集合ね」
特にする事も無いので、誘われたし、出かけてみる事にした。
暫くぶりで化粧し、一張羅のワンピとパンプスを履いて。
よく考えたら、このワンピ初めて着て街に出た。
駅前の居酒屋ゲンには、既に何人かの同僚が来ていた。
「あ、黒崎さん。こっちこっち」
「あ、お疲れ様です」
「うわー、黒崎さんの化粧した姿初めて見た。結構可愛いじゃん」
どうせ私は素顔ブスですよ、ほっとけ元警察官、お前はケバすぎだろ。
「ホントだ、素材は良いんだ」
やかましいわ、元自衛官、テッパチでなぐんぞ。
「待たせたわね。では行こうか」
「はい。教官」
ちょっと待て、いろいろと待て。
これが教官?
このめっちゃ美人の艶やな美人が?
「ま、一応上司ですから。
あなた方が問題を起こすとは思っていませんが、監督責任は有りますらね」
と言った。そう言い切った。
誰だこれ。
「ま、子育てもひと段落した、おばさんも混ぜてね」
子供までいるのか・・と言う事はもちろん男もいるんだ、なんて羨ましい。
「で、教官のお子さんは幾つぐらいなんです?」
「ん? 12と14よ。生意気盛り」
「あの・・教官殿・・」
「嫌ねぇ、今は事忘れなさいよぉ。で、なに」
「ご主人は、あの・・例の・・」と元自衛官。
「なに今頃言ってんのかしら。
そうよ、私の教官だった大槻1尉・・じゃなくて今は1佐ね」
「あのー職場結婚なんですか」もと警察官。
うん、着いていけない・・私はこのままきっと仕事に明け暮れ、年取って独居老人になるんだ。
「・・さん! 黒崎さんってば!」
「あ、はい。ごめんなさい」
「次行くの?」
「あー少し疲れている見たいね。
私もそろそろ、帰らなきゃいけないし、送ってくわ」
そう言って教官は私の腕を引きずり、店から出た。
「どうした? ん? なんか悩み事か?」
「いえ、そんなことは無いんですけど・・」
「よし、ちょっと待って」
彼女はそう言って電話を掛けた。
「体調が問題無いなら、ちょっと付き合ってね。
上手いコーヒーを出してくれるところ知ってるのよ」
そう言ってスタスタと歩き出した。
着いた店は地下にあるバーの様な場所だった。
40歳程の美人のママが居て、客は時間がまだ早いのか私達だけ。
「あら、久しぶりね。まだ弾に当たらないで生きてたんだ」
「相変わらず厳しい言い方だ事。
たまには来てるじゃない。子育てで忙しかったのよ
美幸、いつもの」
「はいはい。で、この娘は新しい恋人?」
「バカ言をいっちゃいけません、部下ですよ部~下」
「はい。お待たせ。フランジェリカよ」
目の前には、濃厚なコーヒーの香り、グラスは広く丸みのあるシャンパングラス。
その中に、ビールみたいに泡が乗り、3粒の挽いていない居ないコーヒー豆。
「これは?」
「まあ、飲んでみなさい」
私は、そっと口をつけ飲んでみた。
トロッとした泡、これは・・卵白? 甘い。
そしてヘーゼルナッツチョコレートの香り、そして濃厚な味と香りだけが引き出された濃いコーヒー。
「なにが入っているかわかる?」
「初めて飲みましたけど・・ベースはエスプレッソ。これは解ります。
それにヘーゼルナッツチョコレート?
この舌触りは・・・?」
「あらあら、私の仕事がなくなっちゃったわ」とママは言った。
「うむ。この店ではフランジェリカと呼んでいるが、正確な名はフランジェリコエスプレッソマティーニという。
1980年代、あるバーテンダーが、飲むだけで、一気に目が覚めて酔っぱらえる飲み物を作って欲しいと若い女性に言われて、バーテンダーが作ったのが始まりだ。
そのバーテンダーが作ったのは、エスプレッソにウォッカをぶち込んだだけだが。
今では色々なレシピがある。
ここのレシピは、ウオッカ、カルーア、ホワイトカカオ、それにエスプレッソコーヒーだ。
まあ、それ以外にも入っているが、タンカレーの瓶が飛んでくるから言わないでおこう。
目を覚ます事と、酔う事、両方のオーダーに躊躇なく答えたバーテンダーの回答だ。
今の迷っている、お前にぴったりのカクテルだ」
「随分と今日は饒舌なのね」
「そういうな。暫くぶりで飲んだんだ」
「ふん。私との時はそんなんじゃなかった癖にぃ~。
昔の彼氏の前でいちゃつくなんて呆れるわよ」
「いや、いちゃついてないだろう」
私はもう一口飲む。
強いコーヒーの陰に、甘いカカオの香り、そして後からヘーゼルナッツやチョコレートの風味。
正直、めちゃ美味しい。
「すみません、もう一杯同じものを、お願いします」
私はお代わりを頼んだ。
「あら、真白、もう落としたの? この娘。
ダメよダメダメェ~って言う世界?」
「いったい何時の時代のギャグよ。
今度はウォッカ少な目で頼む。
でないとこいつが潰れちまう」
「はいはい。ちゃんと送ってくのよ」
「ああ、さっき私の旦那に電話したから問題ない。
帰るついでに家まで送っていく」
「あのっ!・・彼氏って・・げ・・ゲイ?」
「嫌ねぇ。私のお股にはちゃんと天然物の女の子が付いてますわよ」
「でも・・彼氏? ん? んん?」
私は混乱の極みに陥っていた。
それが、酔ったせいなのか、私自身の迷いなのかはわからない。
「このママ、両性なんだよ。
ちなみに私もだ。戸籍上は女だが」
「・・・・・・はい?」
理解できなかった。
話が・・・うん。飲もう。
少し甘めのエスプレッソが美味しい。
「お、おい! そんなにらん・ぼ・・う・・・に・・・・」
私の意識はそこで途絶えた。
「あ~あ、し~らなっと。
ましろちゃん、ダメよ。手籠めにしちゃ」
「するわけなかろう! いや、まいったな」
「ましろちゃんの強さを基準にしちゃだめ、って何度も言ってるでしょ」
「むう・・」
「責任取ってちゃんと回収してね~」
翌朝、普通に自分の部屋で目が覚めた。
うん、ちゃんと着替えて私の部屋だ。
夕べどんな醜態をさらしたか教官に聞くのが怖い。
翌週からまた座学、体術に加わり、各種警備部で使用する武具、機器の取り扱い、出入りの管理方法、基本用語、使用される移動車両の説明が行われる。
「もう、私頭爆発しそぅ・・・」
「レミちゃん、頑張れ。
高い給料の為だ!」
「そういや、黒崎さん以前は警備会社だったよね。
基本的な事知ってるし、楽でしょう?」
「いや、そうでもないよ。
前の会社では1号と2号業務ばかりだし、3号とか4号なんか大手に牛耳られてるからやったこと無いよ。
片交でAバリ担いで走ってるとか、コーン置きと回収とかきついのばっかり。
だから、資格取りまくって何とか副隊長まで上がったけど、全然給料上がんなくてさ、頭来てやめちゃったの」
「でも、給料良かったんでしょ?」
「とんでもない。給料から言ったら、警備会社なんて底辺だよ。
もし、1人暮らしだったら生きてくのが精いっぱい。
そう言う意味では覚える事は無茶苦茶多いけど、ここは天国だよ。
中半も無いし、給料は固定だし」
「ごめん、中半てなに?」
「ああ、こっちこそごめん。
中半て言うのは、天候悪化や資材、機械のトラブルで1日の仕事が半分になっちゃうこと。
でもね、日当も半分になっちゃうから、バイトの人なんか大変だよ」
「黒崎さんて何の資格持ってるの?」
「それって、警備のって事?」
「核燃料警備を除いては2級は全部。
1級は施設警備、交通誘導警備、雑踏警備の3つ。
あと警備員指導教育責任者は施設警備と雑踏警備は持ってる」
「でも大型とかはもってないでしょう?」
元自衛官の娘が言う。
「あ、車? 大型二輪、普通、大型に大特は持ってる。
よくあるのよ、ちょっと動かしておいてくれとか。
ほんとはダメなんだけどね。
でも、動かさないと作業が止まっちゃうなんてこともあるからね。
でも免許なしで公道だと違反になるから取ったの」
「神が居た、ここに警備員の神が居るよ」
「そんなこと無いよ、生活掛かれば」
「全員着席。では講義に入る。その前に、黒崎」
「はい」
「明日から2週間、お前は端正の警備部へ行け。
そこで、佐々木警備司令補に指示を受けろ」
「はい、了解しました」
「教官、黒崎さんが警備部に行くのは何故でしょうか」と元自衛官。
「明日から行う内容は、黒崎が既に知っており、資格も持っている事だ。
よって、お前たちより先行して実地研修を行う」
翌日から、端正の直ぐ横にあるビルに出向いた。
そこで佐々木警備司令補に会い、指示を仰いだ。
「この学院の広さを知っているかい?」
「たしか、東京ドーム113個分かと」
「うん、正解だ。なかなか優秀だね。
今期になって学院は内部警備の大幅な変更と拡張が決定した。
これは幾つか発生した事件に絡むものだ。
この学院の内部だけの警備にどれだけの人員が必要となると思う?
もちろん、スクールバスや外回りの警備は別としてだ」
「・・単一の警備組織という前提なら、最低でも50名ほど。
交代シフト、休暇、その他の要因を入れれば・・70名は欲しい所です」
「ん、良い線行ってるね。
これから1か年で、そこまで増やさなきゃならない。
多くは機械警備が主だが、動くのは結局【人】だ。
特に、我々男性は緊急事態でないと学院内には入れない、去年一度あったがね。
そこで、君ら現在研修を受けている者たちから、各部隊、そして班のリーダーとして担ってもらう予定だ。
今週はこの内藤警備長補に付き研修を実地で受けて貰う」
「了解しました」
なにが大変て、ここはとにかく広い。
今日はざっと午前中は警備関係の場所を案内され、午後からはみっちりとセグウェイに乗らされた。
最初は簡単かと思ったが、予想以上にパワーがある。
しかも、小回りが難しい。
「基本車と同じよ、黒崎さん。カーブで減速するのは一緒なの。
今日中にある程度乗れるようにならないと明日から、歩きよ。
頑張って覚えてね」
優しい言い方だけど、内容はキツイ。
要は今日中に乗れるようになれ、でなきゃお前は歩きでついてこいということだ。
セグウェイに歩いて付いていける訳がない、つまり走って付いてこいと言う事だ。
「うん、そのぐらい乗れれば、何とかなるでしょう。
今日は、佐々木警備司令補に下番報告して上がってていわ」
翌日から校内を回った。
とにかく広い。ただっ広い。
公園、コンビニ、衣類の店舗、各所にある食堂や喫茶店みたいな場所。
ここは街だ、だって上の方には案内板だって上がっている。
自転車でもきついだろう、セグウェイ社はセグウェイの製造を一旦やめたが、ライセンスを日本の会社が買い取り日本セグウェイとして発足、製造している。
しかも、個体電池を搭載し、航続距離80キロ、最高速度50キロだという。
昔のセグウェイには付いていないスピードメーターやパワー計、バッテリー残量計ももちろんついている。
ライトやウィンカー、サイレン、そして青と赤の点滅灯だ。
「今日は幼等部、小等部、高等部を回ったけど、明日は短大と大学の方を回るわね」
そうなのだ、全部回れていないのだ。
実地研修の2週間はあっと居間に過ぎた。
私は再び、警備会社の研修室に戻った。
それこそあっという間に、研修は終わりを迎える。
順に終了証が渡される。
そして端正に出勤した私たちは、管理棟の3階の中会議室に集められ、辞令が渡された。
「黒崎詩絵さん」
「はい」
「端正女学院警備部に配属し、警備士に任ずる」
やった、これで正職員だよ、母さんやったよ。わたしやったよ。
「黒崎詩絵、きみは第一警備隊、第一班の所属だ。がんばりたまえ」
「はい、ありがとうございます」
それからが大変だった。
仕事には不安は無いが、なにせ場所に慣れるまでが大変。
それだけここは広い。
現在は以前学院内を担当していた警備会社の警備さんと引継ぎを行っているところだ。
驚いたのは正門にあるバリカーという装置だ。
非常用のボタンを押すと、0.5秒で20トントラックでも止められる丈夫な鋼鉄の棒が飛び出てくる。
いや、棒というよりあれは"杭"だな。
だって、太さが50cmもある杭だ。
上に乗ってて上げるスイッチを押されたら、数メートルは飛び上がれる。
あくまで緊急用との事で、まるでアニメに出てくるようなプラスチックのカバーと真っ赤なデカいボタンだ。
そして、事務仕事も多い、学院には児童や学生だけが居る訳では無い。
児童、学童、生徒、学生、職員、教員、デリや売店、コンビニの従業員、出入りの業者、営繕職員、臨時の出入り業者、来客など全てのここに出入りする者のID管理の為、専任の職員が多数いる。
まあ、来客などは臨時用のIDを出すのだが、短期でもちょくちょく出入りする工事業者などはちゃんとIDを発行する必要がある。
「では、こちらに名刺をお願いいします。IDが自動で作られますので」
この間、僅か数秒で機械が処理してくれ来客用のIDが作られる。
「お待たせしました。ではIDを首からどうぞ。
学院内は外さない様、お願いいたします」
「ありがとう」
「黒崎さん、交代の時間よ」
「はい。特に異常ありません。現在の入来41と退出17です」
「はい、入来41、退出17確認いたしました」
「では、昼休憩に入ります」
事務所に戻り自分の机に付くと、机の上に3方がミシン目になっている紙が置いてあり、持ち上げると給与明細という文字が目に入った。
今どき紙の明細も珍しいというなかれ、最近給与明細などの情報漏洩が世の中で多発し、電子明細のシステムの信頼性が地に落ちた。
パリパリと丁寧にミシン目を切り、そっと開く。
おおっ!待ちに待った給与日だったのだ。
正職員になっての初給与、ドキドキしながら内容を見て居ていく。
一瞬、こんなに貰ってしまって良いのだろうかと思った。
だって、前の会社で貰ってたよりマジで倍だ、それも手取りベースで。
しかも前の会社で貰えてなかった資格手当がガッツリ付いている。
いや、これ大手さんの中堅より良いよね間違いなく。
いかん、明細に見とれている場合ではない、とっととご飯食べて、次の巡回の準備せねば。
巡回は、人通りの多い朝やお昼、15時は避けて行う。
何故なら、そんな中セグウェイで走行するのは危ない。
このセグウェイはパトロール仕様なので、アームのカバーにでっかく英文字でSECURITYと書かれいる。
中には手を振ってくれる可愛い子供もいる。
とっても可愛い。とにかく可愛い。
何がって制服が可愛い、小等部なんか、どこかのちっちゃいアイドルだ。
中等部や高等部に至っては、まんまテレビに出て踊ってても可笑しくない。
まあ、歌って踊れるかは別として、見た目はそう大した違いはない。
ここの敷地は広く、塀の内側に沿って走る周回路はおよそ12km、歩いて回ったらたっぷり3時間かかる。
これは幼小中高のエリアだけで、一般人も立ち入りできる大学・短大エリアとは壁とゲートで仕切られている。
まあ、一般人であってもIDが無ければ校舎には立入れないが、来客のIDで軽食・喫茶や食堂には入れる。
何度も言うが、ここの生徒は可愛い。
歩きで通学する生徒をパパラッチの様に撮る輩が絶えない。
中には近くの高台から長玉(望遠)を使って、撮る猛者も居る。
まあ、流石にあからさまにスカートの中を盗撮に及ぶ輩は少ないが、あまりに、目に余る者は警察に通報だ。
この3ヶ月間で、この手の盗撮が5件もあり、靴の中に仕込んだカメラ、バッグの中に仕込んで撮る者、ラジコンカーに仕込んで撮る者、一番笑ったのは側溝のグレーチングに入り込んだは良い物の、出れなくなった者だ。
もちろん、全員とっ捕まった。
これだけ厳しいセキュリティの中、忍び込む猛者も居る。
だから、すべての出入りが管理されているの上、定時までに退出が無い場合、アラートが出され、追跡される。
追跡は簡単だ、今いるエリアをセンサーで掴んでいるので、よしんばIDを捨てて移動しても、IDなし通過のアラートが出る。
そうすれば私たちの即応担当者の出番で、フィオフィオとサイレンを鳴らし、赤色と青色のストロボをたいたセグウェイが急行する事となる。
夏のボーナスが出た。
もちろん、最初の3ヶ月は査定に反映されない為、実際には端正に正社員として働いてからの3ヶ月分の査定の為、満額は出ない。
それでもひと月分が支給された。
すげえ、前の会社では絶対にありえない。
家に帰る自転車のペダルも軽い。
そう、いまだに自転車通勤なのだが、雨の日や風の日、最悪なのは朝は天気なのに夕方から雨という天気だ。
最も最悪なのが出勤途中で降られる雨だ。
安いカッパは自転車のサドルバッグに入れてあるが、靴なんかはどうしようもない。
こんなことも有り、私は中古の車を探していた。
それこそ、自分一人なのでシティコミューターで十分だ。
確かに、足の長い小型EVや中型EVは魅力は有るが、そんな時は家の車を借りればいい
。
通勤も買い物もこれで事足りる、私の使用用途は98%までがこれだ。
家に帰って賞与明細をじっくり見る。
「グフッ・ふふっ・・」
女の子が出してはイケない笑い声が漏れる。
母に、ボーナスが出た事を伝え、毎月給与日に家に入れているお金とは別に1月分母に差し出した。
そしたら
「これは貯めても良いし、自分の為に使っても良い。
お金は十分ここいらのアパート代と食事の分は貰っているからね。
これは貴方の為に使いなさい。
それと、年頃の女の子なんだから、服とか化粧品とか色々あるでしょう」
と言って、突っ返された。
完全に藪蛇だ、そんな相手がいたら、休みの日にトレーニングしてたり、家でゴロゴロしてないってば。
もう、中古のシティコミューターを買えるぐらいの金額は溜まった。
お昼は母が作ってくれるお弁当だし、服も自転車だからスラックスだ。
ヒールの高いパンプスなんで無縁の生活なのだ。
小等部は安全の為、自転車通学は認められていないが、中等部からは自転車通学、高等部からはバイク通学が認められている。
短いスカートの制服から盛大に下着ともとれるショートスパッツをひらひらと見せ、通学する者どころか、生パン、つまり下着のままで自転車通学する猛者も居る。
世の男どもが群がる訳だ。
まあ、あまりに無防備だったり生パン自転車などは教職員に見つかれば注意を受けるのは当然だが、この娘達のスカートの中を狙って盗撮を試みる物も居る。
また、盗撮ではない物の、捲れたスカートに見とれての交通事故や、転倒、街路灯への衝突などなど、結構な事故が起こっている。
翌週、私は中古車屋にでかけ、程度の良い二人乗りのシティコミューターを買った。
ちゃんとエアコンも付いている。
エアコン点けると、一気に走行距離が半分になるけど。
まあ、エアコンを使えば通勤が2往復半しか走れないが、毎日帰ってきたら家のコンセントに繋げば朝まで満バッテリーだ。
旧式なため燃料電池でもないし個体電池さえ積んでいない、昔からあるリチウム電池だ。
だから、安かった。
だって、ひと月分の半分の給与で買えたんだから。
職場に行って、IDの登録を頼んだ。
車に積んだ車検証を渡し、通勤路を入力、これだけで登録されたエネルギーが計算され、通勤費が支払われる。
自転車通勤でも支払われたが、そんなに高くない。
だが、案の定通勤時間は伸びた、自転車の方が早いという結論になる。
その代わり、雨にぬれたり髪が風で乱れない、スカートでも問題ないという事だ、私は履かないけど。
うちの制服は通勤時に着る事は許されていない。
だから、学院についてから、更衣室で着替える。
上はブレザー、下はひざ丈少し上のキュロットだ。
それに頭はベレー帽、靴黒のローヒールパンプスだ。
警備の制服と言うのは、所轄の警察にちゃんと届出をして認証を貰っている。
だから、本来通勤などで着るのはご法度なのだ。
肩には職位を示す肩章、左胸には小さなバッジの階級章が付く。
警備士の職制を示すものだ。
既に第2陣の新人が入ってきている。
そんななか私は警備長補への職位となり、班長を命じられた。
部下が4人、私含め5人1チームとなる、軍で言えば小隊に相当する、会社で言えば主任だ。
もちろん給与も上がる。
まあ、面倒な部下の勤務評定というのが年2回あり、頭を抱える事になる。
その日、午後から夕方まで私は初動待機という時間だ。
休憩室とは違い、待機室に詰める時間で何かあると必要に応じて出張る、そんな時間だが基本的には眠る以外なにをしてても良い。
私は、次の警備員指導教育責任者の資格の勉強をして過ごす。
もちろん、勉強する者も居れば、テレビを見て過ごす者、タブレットで本を読む者など様々だ。
「黒崎さん、良く勉強続くね」と元自衛官。
「自衛官だって勉強するでしょ? 昇任試験は有ったでしょ?
こんな空いた時間もったいないじゃない。
それに、初動待機は休憩時間じゃないのよ。
ちゃんとお給料がでている勤務時間なんだし」
「ま、確かに試験勉強はあったけどさ、受けなくても時間たてば3曹までは昇級出来たしね」
「そうなんだ。でも、民間は成績、資格、勤務評価で決まるの。
安穏としてたって、給与は上がんないよ?」
「ね、やっぱり資格は取った方が良いの?」と元警察官。
「この世界、資格無かったら永遠に上がれなくて下っ端よ。
なおさら私は高卒で学歴無いし、頭悪いから人より努力しなきゃならないだけよ」
そんな時、アラートがなった。
すぐさま、ベレー帽をひっつかみ、待機室を飛び出す。
「侵入アラートだ。
現在被疑者はルートに無い職員棟の1F廊下を移動中、既に3名の私服先行警備員が向かっている。
黒崎の班はすぐ現場に向かい現場隊長に指示を請え、以上」
詰めていた警備司令補が指示を飛ばす。
「了解しました!」
私たちは、すぐにセグウェイに乗り、現場の隊長に指示を請う。
でも、サイレンは鳴らさない、まだ初動対応の段階だからだ。
「黒崎の班は2名一組で西と東の出入口を固めて。黒崎は逃亡に備え確保の補助」
「了解」
私はすぐに4人に指示を飛ばす。
「黒崎、無線をインカムに切り替えろ」
「インカムに切り替え」
ポケットからインカムを取り出し、左耳に突っ込み、無線機をインカムに切り替える。
「スタンバイ」
被疑者が部屋のドアを開けたところで、声が掛けられた。
「警備室までご同行願います」
しかし被疑者は、脱兎のごとく予想外のスピードでこっちに向かってきた。
私はとっさに、被疑者の制服を掴み、払腰で投げる。
そのまま、後袈裟固めで右腕をホールドする。
「不審者、確保。15時21分30秒」
「確保確認、15時21分30秒。警備室へ連行する」
被疑者は両手を掴まれ、後ろからベルトも捕まれ歩きで連行される。
「よくやった。黒崎」
「はっ」
鍵を壊されたので、応急処置の為に営繕部が来るまで交代でドアの警備を行う。
初動報告は隊長が行ってくれたが、私も一緒に詳細な報告に上がる。
「ご苦労でした。けがは有りませんでしたか」
「はっ、一瞬逃亡しかけましたが、黒崎が確保しました」
「ん、怪我が無いのは何よりだ。黒崎もお手柄だな」
「はい、ありがとうございます」
それから、20分ほどして警察が到着した。
ゲート警備の担当者が、警察官に臨時のIDを交付し、私もそれに付いていく。
警察官と言えど、警備員としては完全に信用しない。
「では、犯人はここで取り押さえたわけですね」と警察官。
「はい、犯人は逃亡を図り私の方に向かって来たので、取り押さえました。
多分、女性だから何とかなると思ったのでしょう」
「なにか武道を?」
「柔道四段です」
「それはそれは。
でも武器を隠し持ってる場合も有りますから、気を付けてくださいね。
先月も現金輸送車を襲った犯人が、警備員の腿を刺して逃げてますから」
「はい、十分に警戒します」
後日、現場検証が行われ、再び私は立ち会うことになった。
「しかし、女児ショーツですか。
どうすんでしょう、こんなもの」
と私が言うと。
「個人的利用と転売目的だったようですね。
ここの女の子の下着は高値で闇取引されているようです。
現在、犯人の使用していた自宅のパソコン、電子機器を押収し調べています」
犯人は情けない顔で、壊したドアを指さした姿を写真に撮られ。
女児ショーツが入っていた衣装ケースを指さして、また撮られていた。
「はい、今日はこれで終わりです。
後日署の方から窃盗品は返却になりますが、証拠品なものですから、刑が確定した後になると思います。
申し訳ありませんが、暫くは先ですね」
そして、警察は犯人を乗せて帰っていった。
その事件を忘れそうになったころ、犯人は懲役2年執行猶予5年が確定。
他にも余罪を追及したところ、多数の下着、特に女児用が発見されたとの事だ。
男はもちろん会社を懲戒解雇になり、前科が付いた。
現在は保護観察処分となっていることが伝えらえれた。
そのすぐ後、私は警備長に昇格し、隊長補となった。
現在は班を3つ抱えている。
もちろん、大幅に給与もアップし、その年のボーナスで7桁の数字が並んだ賞与明細を見て気を失いそうになった。
来年の住民税がこわい。
いや、もうこれ家族養っていけるよね、そんな相手居ないけど。
そして4年後の今、私はデスクワークに精を出している。
学院の行事予定に合わせ警備計画を練り、それに要する人員と必要な備品、緊急時対応の要員、やることが山積みだ。
また、今年から新人の教育、つまり私が受けた教官の役目も仰せつかった。
この時ほど警備員指導教育責任者の資格を取って置いて良かったとつくづく思う。
だって、教練中の手当てが別途につくんだもの。
その日の夜、私は指令として指令室に詰めていた。
夜間の指令役は、5名の警備司令補と2名の警備司令が交代で詰める。
そう、私は警備司令補として、第一警備隊の指揮を執る傍ら、輪番で詰めている隊員に指示を出さなければならない。
元自衛官の娘も元警察官の娘も頑張ってはいるが、警備長補止まりだ。
だから、資格取れって言ってるのに。
今日も懲りずにアラートが鳴る。
塀のレーザーセンサーに何か引っかかったのだ。
枯れ葉やゴミで発報する場合も有るし、動物の場合もある。
赤外線のカメラ映像を見ると人間だ。
私はすぐにアラートの発令を指示、現場に急行させる。
犯人は塀を登る際は酒瓶コンテナ、俗に言うPコンを積み上げ塀を上ったらしいが、内側に降りる際、足を挫いたようでうずくまっていた。
うん、間抜けだ、降りる時の事を考えなかったのか。
本気でやるなら、ラダーかロープでも用意しろよ。
端正の塀は、内側の方の地面が1mほど低い。
たからPコンを投げ込んでも無事に着地できる確率が低くなる。
夜なので、校内用のゴルフカートに似た車両で迎えに行くよう指示を出し、警察に連絡する。
建造物侵入罪の現行犯だ。
警察が来るまで、私は第一応接室と書かれた実際には確保するための部屋で犯人に聞く。
どうやら、ただ単に入りこみ写真を撮ることが目的だったようだ。
しかもPコンは街の酒屋の倉庫から盗んだようで、それも窃盗罪になる。
今回は特務警備隊をたたき起こす必要は無かったが、この対策を学院側に具申、壁の外側に45度の角度で斜めに鉄板が付けられ、足場を置けない様になった。
ほんと費用は犯人に請求してやりたい。
そうそう、私の車も替わった、今まで頑張ってくれたシティコミューターだが、ついにモーターコントローラがパンク、大陸製の為、部品供給も無く、モーターやコントローラー、ギアなどもごっそり交換するには、車の購入価格の3倍の費用が掛かるらしい。
まあ、安い大陸製だからよく持った方だ。
という事で、中型のSUV型EVに乗り換えた。
もちろん新車だ。
それを即金で買えるお金は持っている、ローンなんか組まない。
一充電で600km走れる個体電池と水素型の燃料電池を積んだ最新タイプ、オプションも付けるとちょっとした高級なセダンが買える価格になってしまった。
流石にフラッグシップブランドは桁が違うし、かといって大型SUVは日本では取り回しがしずらい。
大きくは無いけど、結構な高級車だ。
2年ほど前から元自衛官の娘に誘われ、サバゲーに参加している。
元自衛官だけあって、この時ばかりは私と彼女の立場は逆転する。
彼女は即応予備自衛官として任官しており、年間30日の招集訓練に参加する必要があるが、これを分割して参加している。
もちろん、その日は出勤扱いとなるのは、年間に30日分としては、ソコソコな額が自衛隊から端正に支払れているからだ。
普通の企業では特別有給休暇や勤務免除扱いだがここでは出勤扱いとなる。
彼女は来年結婚し、即応予備自衛官を退官するという。
結婚しても暫くは働くという。
なにそれ聞いていない。
いつの間に相手を見つけ、落としたんだ。
今日は背中から撃ってやる。
嫉妬のBB弾を喰らうがいい。
私のサブアームズはエアコッキングガンだ。
自衛隊で正式採用されているH&K社のSFP9という機種だ。
撃つごとにスライドをコッギングする必要は有るが、気温や湿度による影響も少なく、トラブルも少ない。
それに圧倒的に軽い。
元自衛官の娘に聞いたら、サバケーでは軽くて静かで使いやすいとの事。
メインはH&KのH&K G3 SASモデルだ、これは軽くて取り回しが良い。
大体実銃と違ってソフトエアガンなんて、初速が制限されているため、能力は似たり寄ったりだ。
だから自分の好みで良いらしい。
彼女は50式小銃だが、実銃より軽いという、実銃は装弾すると余裕で4kgを超えてくるというのだ。
BB弾は重い物でも0.3g、片や実銃の6.80x43mm NATO弾は28gも有るという。
30発だと9gと840gの差だ、そりゃ大きいわ。
だから、慣れれば残弾が実銃の場合、ある程度重さで分かるという。
もうすぐ26だというのに私は休日にエアソフトガンを抱えて走っている。
私は何処へ向かっているのだろう。
サバゲーでは元自衛官の娘は気合が入っている。
官給品のドーランで迷彩のカモフラージュメイクを始める彼女。
さすが仕事でやってただけあって、塗り方もどうに逝っている。
季節と場所によって、また、時間によっても違うという。
だから、ドーラン塗った顔でこっち向いて笑うな、怖えよ。
ある日、私は警備司令長に呼び出された。
話を聞くと、水木会の訓練に付き合ってくれないかとの事。
水木会というのは、端正学院内の学生による組織で、正式に理事長直轄の組織だという。
もちろん、我々警備部もその調査対象になり得るわけで、単に子供の【お遊び】と片付ける訳にはいかない。
まあ、やりますよ、出勤扱いにしてくれるのなら。
子供のお遊びに、無給で休日潰して付き合うほど暇ではありませんから、と最初は思っていた。
「すまんが、端正の理事会長からの申し入れなんだよ。
済まないが付き合ってやってくれ。 もちろんその日は出勤扱いとするから」
多分、理事会長から強い申し入れが有ったのだろう。
雇用主のオーダーなら付き合うしかない、これでもサラリーマンなのだ。
接待ゴルフが無いだけマシだろう。
「水木会会長の高園みるくです」
「副会長のプージャ・メノンと申します」
「同じく副会長の藤原綾香ですわ」
「会長代理のアーニャ・ガリツカヤだよ、宜しく」
皆中学生だが、とてもきれいな美人さんだ。
数年したら、絶世の美女に成長する事だろう。
「最初に私たち水木会のご紹介をしますね」そう言って彼女は説明を始めた。
「で、警備部にこのようなお話をするに至った経緯をご説明しますが、多分に外には公開できない物もあります。
ご協力いただける場合は、警備部とご協力いただける皆様と秘守義務契約を結ば差せていただくことになります。
ここまでは、宜しいでしょうか」
「判りました、お話を伺いましょう」
話の内容は簡単だった。
「新しく作ったサバケー場があり、主に屋内での近距離戦闘、特に銃の想定を相手にした訓練を計画してほしいのです。
また、実地の訓練も」
「それは解りますが、日本では銃が規制されてて、そう言う機会は無いのでは?」
「それがそうでもないのです。
某元首相も手製の銃で殺されてますし、世の中では一向に減るどころか増える傾向にあります。
学院内でも絶対銃が持ち込まれないという確証はないのです。
現在日本には非合法の銃は暴力団をはじめとしてその数15万丁、これは警察官、自衛官、海上保安官、入国警備官、麻薬取締官などの合法銃の数に匹敵します。
さらに一般人が持っている猟銃などの合法銃が40万丁にも達します。
もちろんその多くは適正に利用されていますが、決して無視できない事は今までの事件が証明しています。
私たちは、偶発的な事件はどうしようも有りませんが、内部、端的に言って学生や職員に置けるこういった事件を未然に潰したいのです。
私たちのメインは調査です。
しかし、最悪な場合は、もちろん警備部にもお願いしますが、それは【事】が起こってからという事になります。
ここには国外の子女も多数在籍し、扱いを間違えれば国際問題になりかねない子女も多数在籍しています。
私たちも現に何度かそう言った事由から、暴漢と立ち会わざるおえない場面も有りました。
私たちも独自で訓練をしてきましたが、独力では限界があり、こうしてプロの方に教えを請いたいと考えて居るのです」
「でも、ソフトガンでは何の抑止力にもならないですよ、相手が刃物などを持っていたら、無力です。
まあ、物によっては重量があるんで、それで殴った方が早いですけど、ふつうに警棒とかの方が使いやすいですしね」
「ええ、それは理解してます。
私たちのそ装備をお見せしますね、アーニャ、宜しく」
アーニャは持って来た軍用のパラシュートバッグから、防刃ベストやインカム、防刃アームカバー、タクティカルソールを持つスニーカー、樹脂製簡易拘束用ストラップ2本、FASTヘルメット、バリスティックグラス、ケブラー製フェイスガード、タクティカルグローブ、カーボンカップニーガードが付いた防刃タイツ、タクティカルブーツ、最後に最大長54センチのスタンバトンを取り出した。
「私たちの装備は、銃の場合を想定していません。
主に鈍器、鋭利な刃物、身近にある武器となり得る、カッター、果物ナイフ、ペン類などを想定しています。
私たちの装備は二種類あり、有事の際の第一種防装。
皆さんが普段立ち入らない、寮や洗濯場、シャワールーム、更衣室などの事件が想定される立ち入り、そして学院イベントが有れば一般保護者、関係者が学院内に立ち入る際の装備が第二種防装としています。
防装というのは防護装備を意味します。
一方、第一種防装というのは、薬物や飲酒がらみの調査の結果、立ち入りの際、戦闘が避けられない場合を想定した、防護装備です。
実際以前の事件では、被疑者は三名、うち刃物で切り掛かって来た者が2名出ています。
幸い、国内某社に委託し、私達の装備で行う想定訓練を何度か受けていましたので、怪我無く、また相手を怪我させること無く、対応できました。
訓練では、護身術、逮捕術、戦闘救護、夜間想定訓練、危機状況下からの脱出訓練、そしてスタンバトンを使った訓練も行っています。
しかし、何度かその会社とフィールドでの訓練を行ったのですが、相手は元自衛官のレンジャーだったり、警察の特殊部隊に居た人であったりと、まあ、ぶっちゃけ歯がまったく立ちませんし、一般人とは力量がかけ離れています。
そこで、提案されたのが、ある程度腕のある人たちとの想定訓練です。
ケーススタディとして、協力頂きたいのです・・・ふう・・」
アーニャがこんなに長く話したのは暫くぶりで聞いた。
「内容は、理解できました。
しかし、我々が使っているのはポリ盾、警棒ですよ」
「ええ、ですから、一つはナイフ、包丁、カトラリーや身の回りの品を使った暴漢側を、そして最終的には、エアガンを使用し、我々が安全に脱出できる訓練をお願いしたいのです」
「なるほど・・趣旨はわかりました。で、場所は?」
「郊外に不要となった物件があり、其処を借りています。
最終的には取り壊す予定なのですが、まだ十分に強度は有り、其処を改造して、学院の寮や教室、用具室などいくつか似せて作っています。
想定訓練は10回ほどを考えています」
「一度下見がしたいですね。
それと、こちらから出せる人員は、3名ほどになります。
それでよろしいですか?」
「はい、私達もそれ以上の人数は想定していませんので、それで結構です」
「となると、装備はどうしようかしら」
「装備ついては、こちらで全て準備します。
私たちの装備もそれなりに危険ですので、全てダミーを使用し、皆さまの刃物は刃の部分に赤いソフトクレヨンが仕込まれています。
私達がこれで傷つけられれば、サバケーでいう所の【ヒット】扱いとなり、基本動きを止めます。
また、私達の使用するバトンはダミーとして、水性の蛍光黄色インクが出る様になっています。
これが付いたらそちら側が【ヒット】扱いとなり、10秒間動きを止めて貰います」
「わたりました。何日か時間をください。メンバーに話をしてみます」
元自衛官、ま、正確に言えば現即応予備自衛官でもある娘と、元警察官の娘が乗ってくれた。
その子たちと一緒に、顔合わせを行い、打ち合わせを行う。
五階建ての商用ビルと、同じく五階建ての居住用ビルが隣り合った所だ。
端的に言えば"廃墟"だ。
昔此処は集合住宅が立ち並んでいたが、その多くは取り壊され、広い駐車場と大きなフィールドを持っている。
周囲には小さな公園、林が隣接し、小規模な町を形成している。
これほど、大規模かつ本格的なゲームフィールドは無い。
将来的には、民間のゲームフィールドとして開放されるという。
その為、新しく屋根のない建物が作られたり、付随する設備として宿泊施設、キャンプ場、売店、入浴設備、レストランや喫茶、装備やソフトエアガンの売店を持つ、国内有数のゲームフィールドになるらしい。
つまり団地や住宅地がそのままゲームフィールドとなり、現在も建設中だ。
市街戦、野戦、CQCを主体に幾つかのフィールドに分かれ、全体を使用すれば百人単位でのゲームも可能だと言う。
元々は市の所有物件であったが、活性化の為、低額で占有許可が出された。
返却する際には更地にし返す必要があるが、購入するよりはずっと安い。
なによりインフラが元々有ったわけなので、少し整備すれば使えるのは、有難かったのだろう。
将来的には家族でも遊べるように、キッズ専用のフィールドも作らしい。
そして、サバケーとしても転用できる現場の下見を皆で行う。
「ここで、私が惨殺死体になったんだよ。
特殊部隊出身者は化け物だね。
2対4なのに、ナイフだけで10分かからずに全滅だもん。
なんだよ、天井に張り付いているって。
一般人はそんな能力無いって」
アーニャは以前の訓練を思い出してぼやいた。
「こっちも、現役の即応予備自衛官が居るから注意してね」
「クワバラクワバラ。その時は逃げるよ、全力で」
実はみるく達は新装備のテストを兼ねていた。
それはサーマルゴーグルで、対象の熱源を映像として捉えるゴーグルで、有効距離は40mと短いが、十分にみるく達の要求には事足りた。
加えてこのゴーグルには無線機能の他、ジオロケーションの機能も有るので、司令塔役が指示を出せる。
「では、私達が立ちこもって、人質を盾に立てこもっている想定ね」
私は、過去に有った事例から似た様な事例を想定した。
しかし、状況はもっと悪く、人質は拘束され、それを2人の敵が自作の銃で警戒するという状況想定、与えられた時間は突入から2分以内と短い。
「では、状況開始!」
みるく達は事前に打ち合わせてた通り、みるくが解錠と同時にプージャが蜂取りと呼ばれている発煙花火に火をつけ2本投げ込む。
「な、なに?!」
「煙幕~?!」
そして投げ込むと5カウントしクロスエントリーで突入、1人をスタンバトンで無力化。
僅か3秒で、後ろ手に拘束された。
1人が窓際に居たため、外の窓からアーニャが、強化ガラスの窓をロックピックハンマーで粉々にし、窓から手を伸ばしツーダウン、みるくが確保した。
その間に、人質役として捉えられてた黒崎を開放、屋外へ脱出で完了だ。
「ちょっとぉ~、煙幕なんて聞いてないわよぉ~」と元警察官。
「あー、強化ガラス割られるとは思って無かったわ」と現役即応予備自衛官。
「時間は31秒ジャスト。てか、足のガムテどうやって切ったの?」
「これで」とみるくは胸のポーチからハサミを取り出した。
細い針金やトタン板なら切れる、万能ハサミを取り出した。
「でも、あの煙の中でどうやって見てたのよ」
「このゴーグルです」
そう言って、ゴーグルを渡した。
「サーマルビジョン付のゴーグルです。
多少の煙でも視認性は落ちますが、室内では十分な視界が確保されます」
「確かに、警察でもフラッシュバンや煙幕の用意はあるわね。
でもサーマルまでは用意していないわよ。自衛隊は?」と元警察官。
「自衛隊じゃ、個人用暗視装置つまりナイトビジョンは有るけど、そういう特殊個人装備は特殊作戦群だけね。
一班隊員は持ってないし訓練も無いわ」
其処へ見慣れない車が入ってきた。
降りてきたのは警備司令長と私の教官だった大槻警備司令だ。
「やあ、時間が出来たので、見学に来させてもらったよ」と警備司令長。
「結果は?」
「31秒で二名無力化、人質を連れて脱出されました。
オーダーは2分以内だったんですが、突入から18秒で無力化されました」
「それは情けないな。
一応私たちは、これで飯食っとるんだから」
「そうは言われましても警備司令長、煙幕焚かれて周りは真っ白、サーマルビジョン付けて手にはスタンバトン。
勝てませんよ。
それこそフルオートのマジンガンでも持たない限りは」
「ほう、ではそれがそのサーマルビジョンか、見せて戴いても良いかな」
「我々が使った部屋を見てみてください。
まだ、暖かい発煙筒が見えると思います」
「うむ、これは使えそうだな。有効距離は?」
「40m程ですね、それを超えると形があやふやになって熱源の塊や点にしか見えません」
「導入価格は?」
「10万切ってます」
「意外に安いな。
警備部でも塀の監視にサーマルビジョン使っているけど、巡回監視に使えそうだ。
大槻警備司令、何台か導入を検討してみてくれ」
「了解しました」
私たちが着替える間、警備司令長は「少しこのフィールドを見て来る」と言って出かけて行った。
「んー、タイツじゃなくちゃんとしたタクティカルパンツの方が良くない?」と大槻警備司令が聞いてきた。
「最初それも考えたんです。
基本、わしたちは生徒ですからほら、スカートもほぼ同じですよね、裏地は防刃の生地ですが。
一目でわかる様にあえてしているんです。
今日は第一種防装ですが、第二種防装なんて腕のアームカバーと帽子位なんで生徒と代わりありません。
実は学院の中ではこの方が溶け込み目立たないんです」とみるくは答えた。
「でも、それでは下着が・・」
と大槻警備司が言ったとたん、アーニャが両手でペロンとスカートを捲った。
スカートの中が丸見えになる。
「お腹の上までの、防刃のショートスパッツ。
欠点は色が黒と黄色しかない事と夏場はちょぴりムレる事かな。
でも、安全には変えられないしね」とアーニャは説明した。
アーニャは捲ったまま「ほら、ほら」と言って周りに見せている。
「いい加減恥ずかしいから、もう止めた方が良いと思うわぁ」とプージャ。
そこへ、丁度警備司令長が戻ってきた。
「ここは良いですね、我々の訓練にも使えそうだ」
「貸し出しは水木会へどうぞ。空いていればお貸ししますよ」
「それは宜しく頼みます。いや、来て良かったよ」
その後、警備部でも4台のサーマルビジョンゴーグルが導入され、夜間巡回の試験運用が為された。