身体から切り離されているためか、その湊友希那の頭部は一回り小さく見えた。弛緩した唇はだらしなく開かれており、両瞼は半開きだった。覗く黄金色の瞳はすでに濁っており、当然、どこも視ていなかった。長い薄紫色の頭髪はそのままだったが、後頭部の位置でひとまとまりにされており、取り扱いがしやすいようになっていた。
店主は地面に置かれた段ボールの中から友希那の頭部を取り出すと、白のまな板の上に首の断面を下にして置いた。そして店主はとんかちを取り出した。それはこの、屋台という狭い場所の中でも安全に使用することができるように持ち手の部分が短く加工されているものだった。店主はとんかちを友希那の頭頂部に振り下ろした。バチャ、というちょうど西瓜が破裂した時と同じような音が鳴り、友希那の頭頂部が陥没した。崩壊した頭蓋の隙間から薄桃色の脳が見えた。店主は再びとんかちを振り下ろして友希那の頭部を叩いた。グチャリ、と音が鳴ると同時に友希那の頭蓋が崩壊した。
現れたのは脳だった。まだほんのりと薄桃色で、新鮮であることがわかった。とんかちを置いた店主は友希那の頭部を持ち上げ、隣のボウルの方に傾けた。頭部を小刻みに震わせると脳が音を立ててボウルの中に落ちた。店主は友希那の頭部をまな板の上に戻した。
スプーンを取り出した店主はボウルの中の友希那の脳をかき混ぜた。ぬちゃぬちゃぐちゃぐちゃと粘っこい音が辺りに散乱した。脳はすぐに崩壊し、薄桃色のペースト状になった。店主は調理棚から友希那の唾液が入ったペットボトルを取り、蓋を開けてボウルに入れた。若干のとろみがある唾液を十分に入れると、ペットボトルの蓋を閉めて棚に戻した。
店主はスプーンで唾液と脳を混ぜた。数回ほどかき回すとすぐに薄桃色の液体になった。
「すみませーんっ。脳みそくださいっ!」
元気の良い声で店主は振り返った。
屋台の向こう側に女の子が立っていた。紫色の髪をツインテールにしており、フリルの付いた青の水着を着ていた。胸は控え目で、背丈も低かった。
「ああ。ちょうど出来たところだ。待ってな!」
店主は女の子に向かって答えた。そしてボウルを持ち、商品用の紙コップに脳の水を入れていった。なみなみと注ぐと調味料棚から友希那の血の瓶を取り出して数滴垂らし、次に友希那の尿の瓶を取り出して数滴垂らし、ストローを差し、さらに事前に取っておいたシャーベット状の眼球をクーラーボックスから二つ取り出して浮かばせると、女の子に手渡しした。
「眼球はオマケだ」
「え、いいんですか!」
「もちろん。百円だよ」
「じゃあこれでお願いしますっ!」
女の子は百円硬貨を店主に渡した。
「はいよ。ちょうどね」
店主は受け取った硬貨を地面に置いた『売り上げ用段ボール』に落とした。そこには百円や五百円の硬貨が入れられており、落下した新しい百円硬貨がチャリンと音を立てた。
「ありがとうございますっ!」
女の子は笑顔で礼を述べてから去って行った。
そこは平凡な海だった。
夏の季節になれば、海で遊びたがりの多種多様な人間で賑わう、可もなく不可もない海だった。
そんな海の浜で、湊友希那の屋台を始めたのがこの店主だった。
店主の素性は不明だった。これまでどんな人生を送ってきたのか、誰も知らなかった。ただ唯一わかることは、『湊友希那の扱いに長けている』ということだけだった。そして店主は、その長所を生かした仕事をしていた。湊友希那を使ったありとあらゆる料理を、海で遊ぶ客に売っていた。
「す、すみません……。湊友希那肉が欲しいのですが」
女の子が去って約五分後、一人の女性が現れた。黒色の長髪に同色の水着で、大きな乳房に店主は思わず目が奪われた。
女性は控え目な顔色で屋台に顔を出した。
「湊友希那肉ね。うんうん。あるよ」
店主は笑みを浮かべながら答えた。この女性が湊友希那初心者であることを一瞬で見抜いていた。店主は嬉しかった。まだ湊友希那を味わったことがない人間が湊友希那を食らい、その旨さに圧倒されて虜になる瞬間がたまらなく好きだった。
「肉ならね。いろいろ種類があるよ」店主は一枚の厚紙を女性に差し出した。それには湊友希那の部位ごとの味や値段が記載されていた。「部位ごとに値段も違うし、当然味も違う。例えば腕の肉は薄く切るから食べやすい。対して足の肉は分厚くて食べ応えがある。味も濃くて良い。変わり種として内臓ってのもある。腸に指を詰めたやつは人気だよ。心臓は希少価値があるから高いけど、ファンが多い。膀胱は噛み応えがあってそういう意味でも楽しめる」
説明を終えた店主はにっこりと笑みを向け、女性の顔色を窺った。
「さて、どれにする?」
「えっと……。そ、そうですね……。私初めてで……。正直よくわからないんですが……」
「それなら太腿がおすすめだよ」
それは女性の後方から聞こえてきた声だった。
「ジョーさん」
声の主の顔を見つめた店主は、それが顔見知りのジョーさんだったため安堵の心地で呟いた。
ジョーさんは女性に歩み寄り、厚紙の中の友希那の、太腿を指さした。
「友希那の太腿は柔らかくてね、味も良い。値段も手ごろだから、初心者にはおすすめなんだ」ジョーさんは店主を見た。「そうだろ?」
「ああそうさ。お嬢ちゃん、どうだい? 太腿にするかい? ちょうど今なら、とれたてを味わえるよ」
「そりゃあ運が良いっ!」ジョーさんが叫んだ。「お嬢ちゃん、太腿にしな。とれたての友希那は抜群に旨い」
「は、はい……。それじゃあ、ふ、太腿で、お願いします」
「はいよっ!」
店主は勢い良く叫ぶと後ろを向いた。そこには逆さ吊りの友希那が居た。絶命してからまだ時間が経っていないものを仕入れたため肌は鮮やかだった。店主は出刃包丁を取り出すと友希那の右足を摩った。柔らかく、五指が沈んだ。店主は友希那の太腿の位置に包丁を当てた。少し押し込むと研ぎ澄まされた刃が皮膚を切った。すぐに切れ目から血が垂れた。それは色白の肌と対称的な黒みがかった赤色だった。店主は包丁をさらに押し付けた。肉が裂かれ、血の筋が何本もだらりと流れた。店主は包丁を動かして友希那の太腿の肉を削いだ。十五センチほどの肉片が出来あがった。皿を取り出し、その血まみれの肉を置いた。
店主は五枚の友希那肉を取り出した。真っ白だった皿は鮮血で濡れ、真っ赤になると同時に鉄の濃い風味が漂っていた。店主はその香りを嗅ぐだけで食欲が刺激され、腹が低く鳴った。
「ほれ、新鮮な友希那肉だよぉ……」
「あ、ありがとうございます……」
女性はやはり控え目な声色で店主から肉が乗った皿と割り箸を受け取った。
「そ、それで……。おいくらですか……?」
「いつもは五百円ってとこだけど、お嬢ちゃんには良いモノ見せてもらったから、百円で良いよ!」
店主は女性の乳房を見つめながら叫んだ。
「え、ええ……? わ、私、何かしましたっけ……?」
「まあまあ」ジョーさんも女性の乳房を凝視した。「お嬢ちゃんは存在そのものが良いモノってことだよ。ここは好意に甘えときなよ!」
「そ、そうですか……。それなら、ありがたく、お支払いします……」
女性は百円を支払った。その顔にはまだ困惑の色があった。
「あ、あの……、それでこれって、ど、どんなふうに食べればいいんですか……?」
「そのままで行くのが一番いいさ!」
ジョーさんが笑顔で答えた。
「え、そのままですか? タ、タレとかは……?」
「いらんいらん。友希那はそのままが一番美味しいんだ」
今度は店主が堂々と答えた。
「さあほら、食べてみな!」
「は、はいっ……」
女性はそのまま割り箸を持ち、一枚の友希那肉を取り上げて口に運ぶと何度か咀嚼して飲み込んだ。
「どうだい?」
「美味しいです……。なんだか、不思議な味で……。癖になりそうです……」
「そうだろうそうだろう! 友希那肉は奥が深いんだ!」
店主は何度も頷きながら女性のことを見つめた。初めて接する友希那肉の美味しさに身も心も鷲掴みにされている姿を目の当たりにすると、それだけで自分のこれまでの商売が誇らしく感じることができ、とてつもなく嬉しくなった。
「あの、いろいろと、ありがとうございました……。私、これを機に友希那肉の虜になりそうです……」
「おうよ! 友希那肉の楽しみ方は千差万別。お嬢ちゃんも、自分に合った楽しみ方を見つけると良いさ!」
「はいっ! 本当にありがとうございました……」
女性は礼儀正しくお辞儀をしてから去って行った。
「なあ、すごかったな」
店主がジョーさんにひそひそ声を出した。
「ああ。ありゃあ、上物のさらに上。『上の上』だっ……」
ジョーさんが去り行く女性の背中を見つめながら、右手をズボンのポケットに突っ込んだ。すぐに股間の辺りで何かが上下した。
ジョーさんが去った後、十分ほどは客足が完全に無かった。店主ははっきり言って暇だった。海で遊ぶ女子大生の揺れ動く乳房などを視て過ごした。
「あの、すみません」
ぼんやりと遠くを眺めている店主は、その鋭い、まさに氷のような声で我に返った。
「は、はいっ!」
見ると二人の女性が立っていた。茶髪の女性に青髪の女性だった。二人とも髪が長く、当然水着で、青髪の方が棘のある目で店主を見ていた。
「注文、お願いしたいのですが、大丈夫ですか?」
「すみませんっ! すぐに作らせていただきます!」
店主は背筋を伸ばして叫んだ。なぜか、この青髪の女性には少しの威勢も張れなかった。その研ぎ澄まされた冷たい刃のような声を聞いてると、絶対服従をしなくてはいけいないような衝動に駆られていた。
「まあまあ。そんなに厳しくしなくてもさ。店主さん、困ってるよー?」
茶髪の女性がなだめるように青髪の女性に迫った。余裕を感じさせるゆったりとした声だった。
「そうですか? まあ、あなたがそう言うのなら……」
青髪の女性は渋々と言った具合に矛を収めた。しかしその目にはいまだぎらついた光があり、本心では全く納得していないことが窺えた。
「それじゃあ店主さん、私、新作の友希那麺でお願いします!」
茶髪の女性が笑みと共に注文した。
「はい。麺ですね。これは友希那の頭髪をそのまま麺として使うものでして……。その薄紫の色合いと、素朴な味がウリです」
店主はなぜか聞かれてもいないのに料理の説明をした。店主の頭は完全にパニックになっていた。青髪の女性の高圧的な雰囲気に飲まれ、脳裡が熱暴走を起こすほどに屈服していた。
「……味付けに友希那の尿か血を選ぶことができますが、どちらにしますか?」
「血でお願いします!」
「はいぃ……。そ、そちらの女性は、どうしますか?」
「私は唾液かき氷でお願いします」
青髪の女性が注文した。その声を聞いた途端、店主の身体がびくっと跳ねた。本能からこの青髪の女性に恐怖を抱いていた。
「はい。そちらの女性はかき氷ですね。これは生前の友希那から採取した新鮮な唾液を一度凍らせて、出来上がった氷を砕いて作るかき氷ですっ。こちらも味付けとして友希那の尿か血を使いますが、どちらにしますか?」
「そうですね……、では私は、尿でお願いします」
「はいっ……。では尿を使いまして、友希那そのもののガツンとした味、刺激的な風味をぜひご堪能してください」
店主は下を向きながら料理の説明をした。目を合わせることなどとてもできなかった。
「では調理いたしますので、少々お待ちください」
店主は勢い良く後ろの厨房に振り返った。一秒でも早く青髪の女性の視線から逃げたかった。
まずは友希那麺だった。さきほど脳の水に使った友希那の頭部を使おうと思った。
「それにしても、新鮮な友希那が食べられるなんてラッキーだね!」
後方で茶髪の女性の話声がした。
「ええ。この季節になったら、一度は食べてみたいものですからね」
青髪の女性は比較的穏やかな声だったが、やはり店主はびくびくと震えていた。
店主は脳が無くなった友希那の頭部を持ち、ひとまとまりにしてある頭髪を握った。友希那の髪はさらさらとしており素手によく馴染んだ。店主は棚から散髪用の鋏を取り出し、頭部のまとめられている髪を切った。ちょきりちょきりと子気味の良い音が鳴った。
「ね、これ食べたら何しよっか」
「向こうでビーチバレー大会が開かれるようですよ。私たちのような女性も多く参加するとのことなので、一緒に、どうですか?」
「いいね! やっぱりたくさん食べた後は運動だよね!」
切り分けた髪を一度ボウルに移し、そこに水道水を入れて軽く洗った。清潔になった紙を皿に盛りつけ、その上に調味料棚から取り出した友希那の血を垂らして完成した。
次は唾液かき氷だった。
地面に置いたクーラーボックスから友希那の唾液で作った氷塊を取り出し、それをかき氷機に入れた。専用の器を置くとすぐにハンドルを回した。途端にごりごりという音と共に中の刃が氷を削り、その粉のような破片が器に溜まっていった。
「なんだか今年はいつもより暑いよねー。もう、溶けちゃいそう」
「そうですね。実際天気予報などでは、例年よりも圧倒的に気温が高いとのことです」
「暑くなる時期も早まってきてるよねー。そのうち、一年中暑い、みたいになりそう」
「ありえない話ではありませんよ。昨今は、地球温暖化などで季節そのものが無くなりかけているとのことですから」
器の中の氷はすぐに山盛りになった。かき氷機から取り出したそれに、調味料棚から取り出した友希那の尿を垂らし、唾液かき氷が完成した。
「へいお待ち……。友希那麺血味と、友希那唾液かき氷尿味です」
「おおー! 待ってました!」
「ありがとうございます」
二人はそれぞれ料理を受け取った。
「わー! 美味しそう! あ、すみません。いくらでしたっけ?」
茶髪の女性が申し訳なさそうに訊ねた。
「ど、どっちも百円だよ……」
店主が控え目に答えた。それを聞いた二人はすぐに支払いをした。おつりの類は無く、決済は簡潔に終了した。
「ど、どうもぉ……」
弱弱しい声の店主を背に、二人は笑顔で去って行った。