TS娘の鮮度って大事ですよね
魔法少女世界観まわりの設定や描写は割とガバガバなのはお許しください
夏の昼下がり。とある高校の体育館裏にて。
階段に腰かけた体操服の女子生徒は、虚ろな目でただぼんやり一点を見つめる。
視線の先には、制服姿の少女の瞳。中学生、下手すれば小学生にすら見えるその小柄な少女は、体操服女子こと
「今から三つ数えます。するとあなたはさっき見たものを全て忘れ、いつもの日常に戻ります。さん、に、いち――」
カウントが終了するとともに、少女は手を叩く。するといおりの瞳に光が戻る。
「ん……あれ? 私、こんなところで何してたんだっけ……?」
意識は戻ったものの直前の記憶が曖昧なようで、首をひねって考え込む。
「あ~! よかった! 気が付きましたか~! なんや頭がふらふらしてた様子やったから心配したんですよ~。ホラ、最近また暑なってますからね~? 熱中症とかやったらいかんと思て。ちょっと日陰で休んでもらってましたけど、身体の方はなんともないです?」
制服の少女は目を細めにぱっと笑うと、ころころとした甘い声の関西弁でまくしたてる。
先程までのミステリアスな雰囲気はどこへやら。その小動物のような外見と人懐っこい性格から、学年性別を問わず誰とでも5秒で打ち解けてしまうと噂の一年生、
「えっ? あ~、うん。なんともないよ。たぶん」
いおりは胡桃の勢いに少々押されつつも、体調に異常がないことを伝える。何か衝撃的な光景を見てその正体を確かめねばと思っていたように思うが、胡桃の言うように頭がふらついて見えた目の錯覚だったのだろうか。
「それならよかったです。あ、バスケ部の練習はまだギリギリ始まってないみたいですけど……大丈夫です?」
ふと体育館の中の声に耳を傾けると、自身が所属するバスケットボール部のウォーミングアップ前の集合が始まることが声や足音から伝わってくる。
「あっヤバっ! もうすぐ始まるじゃん! ありがとっ。もう何ともないから練習行ってくるね!」
右手を上げて体育館へと駆け出すいおり。胡桃も朗らかな笑みを浮かべ、手をひらひらさせて応えるつつその背中を見送る。
やがて一人になると、胡桃は軽く肩を落とし「ふぅ」とも「はぁ」ともつかない息を吐き出す。
目撃者は残り二人。この仕事も胡桃にとっては簡単なものだが、最近は少々雑に駆り出されすぎではないか。
今回ももっと気を付けていれば目撃者は減らせたはずだ。
「こらぁそろそろビシッと言うとかんとあかんなぁ……」
胡桃は小さな拳をぎゅっと握りしめるのだった。
「お~い! こっちだこっちだ!」
駅前のドーナッツ屋。
胡桃は窓際の席で、自身と同じ制服を着た女子高生・五色咲が腕を振る姿を見つける。椅子に背中をあずけた姿勢により、伸びやかで健康的な肢体、特に同年代の中でも大きめな胸の膨らみが強調されている。
隣のテーブルの男子中学生グループがどぎまぎした様子で自身の胸元に注目していることに気付いた咲は、さりげなく姿勢を正しつつ、勝気な印象の整った顔にニコッとした笑みを作って応える。
一気に顔を赤らめる視線を泳がせる少年たち。それを見て、先程とは対照的にどこか同情的な乾いた笑顔になりつつ、艶やかなセミロングの髪を掻く。
「ま~た初恋のお姉さんになってるやないですか。ちょっと前まで自分の身体に対して“あっち側”の反応してたのに……成長したもんですね、センパイ♪」
胡桃は自身のトレーをテーブルに置き、大仰に感涙するジェスチャーを交えつつ咲の向かいの席に腰かける。
「うぐっ……ったく、別に嬉しくねぇよ」
――「魔法少女」としての素質があるという以外は。
人間が社会生活を営む人間界とは別次元に存在する、動物をマスコット化したような姿の妖精が魔法を使って暮らす妖精界。
妖精界には遥か昔に封印された邪神が存在し、近頃は「ジャアク団」を名乗る妖精たちが邪神復活を目論んでいる。そのために必要な、人間の不幸によって発生する「ジャアクエナジー」回収のために人間界に侵入し悪事を働き始めた。
そこで妖精界はジャアク団に対抗するため、魔法の素質のある人間と契約し魔法少女に変身する力を与え、両世界の平和のために共に戦うことにしたのである。
妖精は人間界で活動する際は外見を人間に寄せたものへと変化させるのだが、いかにも妖精らしいファンシーな原型がベースになるためか基本的に十代までの少女の姿となる。
そんな妖精の力を借りて契約するため、男性が魔法少女となる場合は魔法少女に適した存在、つまり女性の身体と立場へと変わるのである。
――ジャアク団に襲われていたところを成り行きで契約した咲にとっては、完全に事後承諾だったのだが。
こうして五色勇作改め五色咲は、邪神復活を阻止することで魔法少女としての契約満了し、男の身体と立場を取り戻すために魔法少女「フェアリー・フローラル」として戦う日々を始めたのだ。当初は免疫のない女体で送る生活に戸惑いの連続だったが「遠い親戚の後輩」として同じ高校の生徒となった胡桃こと魔法少女お目付け担当妖精・クルミンのフォローもあり、最近はどうにか女子高生ライフにも慣れてきている。
「女の子に慣れるのはええんですけど……センパイ、最近ちょっと油断しすぎやないですか?」
「何言ってんだよ。今日も周りへの被害も最小限で楽勝、“サクッと笑顔のピース☆”だっただろ?」
フローラルとしての決めセリフをウインク付きで放つ咲。魔法少女としての可憐な仕草が板についていることを弄りたくなるところをグッと堪え、話を進める。
「あ~、いや。そっちやなくて……ほら、今日も脊髄反射で変身して案の定変身するとこ三人も見られてましたやん? センパイ正体がバレたら男に戻れんくなって一生女の子のままで過ごすことになる契約ですやん? 個人的にはセンパイは女の子のままでも全然バッチコイのところを公私混同せずに甲斐甲斐しく催眠術でアフターフォローしてくれるプリティー美少女な優しい後輩ちゃんがいますやん?」
「うっ……それはその……ゴメン」
身を乗り出し、三本の指を立てて頬をぷにぷにと突いてくる胡桃に対し、咲はたじろぎつつ謝る。
胡桃としては言うべきことを言ってすっきりした。これで咲は一応は人目を気にして変身するようになるだろう。その効果のほどにはそこまで期待していないが、気を付ける姿勢さえみせてくれればそれでいい。
だが、最近は女子高生生活にも順応しはじめ「ちょっと無防備で守ってあげたくなるけど面倒見がよくて頼りになる男前美少女」という立ち位置を確立して密かな人気を集めている咲の姿に、胡桃は微笑ましくなると同時にどこかつまらなさを感じていた。
女の身体と立場に恥じらう元男を一番近くで愛でつつサポートする役割の旨味が近頃は薄れてきている。
胡桃の中に、ちょっとした悪戯心がむくむくと膨らんでいった。
「そこでや……センパイにはちょ~っとだけオシオキさせてもらおうと思いまして」
胡桃は席を立つと、そのままドーナッツを食べ終わった咲の隣に座って両肩を掴んだ。突然のことに反応できず動揺する咲。
線の細い身体を密着させ、上目遣いの姿勢で咲の顔を見つめる胡桃。
女子高生生活でどうにか女子との密着にも慣れたつもりであった咲だが、本来の姿は文字通りの小動物そのものということもあり、世話焼きたがりの妹分程度の意識で見ていた胡桃が突然放つ色気に不意に心臓が跳ねる。
「いつもウチの催眠を頼りにしてるからには、先輩にもいっぺん催眠を体験してもらいますわ」
胡桃は目を見開き、たじろぐ咲の瞳をまっすぐ見据える。
小さな光の粒が何層にも散りばめられたような琥珀色の瞳。咲はその光を無意識のうちに追っていると、全てを見透かすような瞳の奥に行きつく。視線ともに意識すら吸い込まれるような深い瞳。
やがて咲の思考は無重力の中に放り出される。
「リラックスしてください……今、あなたの意識はあなたの記憶と溶け合っています……私が数を数えるたびに、あなたの歳は一つずつ下がっていきます……」
いち……に……さん……
胡桃のカウントに合わせて、咲の脳裏にはかつての記憶が克明に蘇っていく。
中学最後の運動会でライバルと熱戦を繰り広げたこと。身長が1年間で10センチ伸びて大喜びしたこと。悪友に勧められた未成年お断りのお色気雑誌を意地を張って借りたものの結局1ページも読めずに返したこと。
その全てが当然のごとく男として成長してく身体とともにあった。
よん……ご……ろく……なな
その身体が、数を重ねるごとに小さなものになっていく。男性としての完成に向かう階段を逆行し、少年へと後戻りしていく。
同時に性的な物事への知識は霧散する。異性への興味が漠然としたものになり、興味をもつこと自体の気恥ずかしさが不定形に膨らんでいく。
パチン!
胡桃が手を叩く。すると咲は目をぱちぱちと瞬かせつつ、きょろきょろと周りを見回す。
外見こそ普段の咲そのものだが、仕草や表情にはどこか落ち着きがなく、あどけなさを感じさせる。
「へ……? あれ? えっ!? なにこれっ!?」
そして咲は、全身に猛烈な違和感を抱き始める。
おもむろに立ち上がり、身体を上から下までぺたぺたと触る。長く伸びた髪。高くなった視線。彼女にとっては全てが急激な変化だ。
胡桃は、ほくほくした表情で自身の身体を探索する咲を観察する。
そうだ。これが見たかったのだ。
今の咲は7年前、つまり自分が将来女体化することになるなど知る由もない10歳の五色勇作少年の人格となっている。
男として生きてきたところで突然女に。しかも男子小学生から女子高生に。
魔法少女になりたての頃の初々しい反応を再現しつつ、男子高校生が女子高生になった場合とはまた違ったギャップを楽しめる。
胡桃は我ながら素晴らしい催眠の使い方だとほくそ笑む。
「えっ!? 嘘……お、おれ、スカート履いてる……? それにこ、これって…………お、おっぱい……?」
顔を真っ赤にしながらスカートをたくし上げ、胸に手を当てた状態で固まる咲。その様子を見て見ぬふりの素振りも忘れ固唾を飲んで見守る男子中学生グループ。
まずい。さすがにこれ以上は人目に付きすぎる。
「行きますよセンパイ! あ~、どうもお騒がせしました~!」
二人分のトレーを重ねて左手で持ち、二人分の通学カバンを両肩に掛け、男子中学生グループに会釈しつつ右手で咲の手を引くという一連の流れを速やかにこなしつつ慌てて退散する胡桃だった。
駅前の広場のベンチへと場所を移した二人。
催眠によって魔法少女の契約によって女体化する7年前、10歳の頃へと人格が退行した咲は、胡桃から事情を説明されていた。
「――つまり……おれ、幽霊になってこのお姉さんに乗り移っちゃったってこと……?」
「まぁそういうことやね。いやぁ、えらいこっちゃで~」
青ざめた顔でわなわなと震える咲に対して、胡桃は大げさに肩を竦めて応える。
気が付いたら見知らぬ女子高生になっていたと思い込んでいる咲は、胡桃の「ある時幽体離脱した勇作少年の魂が、咲に憑依してしまった」という説明を信じ込んでいる。
わけもわからず自分が霊体になっていたこと、他人の身体を奪ってしまったこと、美人女子高生の身体を自分が動かしていること。それらの恐怖と背徳感が純朴な少年に一気に押し寄せ、パニックになりかけている。
「ねぇ! どうしたらいいの! 咲さん? に身体を返してあげたいんだけど!」
咲は胡桃の小さな手を取り、半分涙目になりながら縋る。どこか胡散臭い雰囲気を感じるが、自分の中身が別人だということを一目で理解した少女――自分とあまり変わらない年齢にしか見えないが、彼女も女子高生で咲の友達らしい――に今は頼るしかない。
「う~ん。とりあえず幽体離脱は一時的なもんやから、放っといてもたぶん夜には元に戻るやろうから安心してええよ。ただ、ウチらこれから一緒に仲良く遊びに行く予定でなぁ……」
「えっ。でも夜まで元に戻れないんじゃあ……」
「そう。このままでは咲センパイは親友のウチとの約束をすっぽかすことになるわなぁ。キミがセンパイの身体に憑依してる間にウチとの約束を破ったことになってたら……そりゃあもうショックやろなぁ……?」
小学生にとって友達と遊ぶ約束は絶対だ。少なくとも友情を大事にする勇作少年にとってはそうだ。
異常事態による混乱も相まって「事情を知っている胡桃が憑依が解けた後すぐ経緯を説明すればいい」という考えに至らないまま胡桃の言葉に聞き入る。
「そこで! 今日はセンパイの代わりにキミがウチと遊びに行くことにする! それで万事解決っちゅうワケや!」
「ええっ!? ほんとにそれでいいの!?」
「ま、他に解決法もないしな。それとも……」
「ひゃぁ!?」
胡桃は咲の右手を掴むと、そのまま咲自身の胸に押し当てる。
「きれいなねーちゃんの身体を手に入れたスケベ男子は勝手におっぱい揉んだりスカートの中覗いたりしました~、なんてエッチなお話も世の中にはあるらしいやんか? もしかしてキミもそういうことするつもりやったんか~? ちょっと男子~。それはアカンと思うよ~?」
「うぅぅぅぅぅ……わかった! わかったよぉ!」
そのまま自分の手で自分の胸を揉まされていた咲は、すっかり茹で上がった顔で目を回しながら胡桃に従うことを宣言する。
一部のませた男子から胸の大きさを注目されていた、若い女性の担任教師の顔を思い出す。その手の話はどちらかというと苦手だった勇作も「あの胸を揉んだらどんな感触なんだろう」という好奇心を抱いたことは何度かある。
手の平に残る、ブラウス越しの柔らかい感触と確かな重み。同時に胸の方にも触られた感触がしっかり残っている。
「ほらほら行きますよ~。咲センパイ♪」
咲は自分が「きれいなねーちゃん」になっているという倒錯的な状況に未だ混乱しつつ、親友の身体が乗っ取られているというのにやけに楽しそうな胡桃を追うのだった。
「ど、どう……かな?」
「おぉ~~~! やっぱり似合うやないですか! よっ! 清楚系お嬢様!」
純白のひらひらとしたワンピース姿の咲を見て、胡桃は大興奮でスマホのカメラのシャッターを切る。それに反応して咲は弱弱しく手で赤く染まった顔を隠す。
「おぉ! 箱入り娘っぽい仕草でええやないですか! ほらほら、自分でも見てくださいよ!」
胡桃は撮影した写真を咲に見せる。
「こ、これが……おれ……?」
思わずはっと息を呑む咲。そこには、人目を恥じらいつつも夏の避暑地に現れた深窓の令嬢といった趣の美少女がそこにいた。
これが自分の姿であるということに、改めて倒錯的な感情を抱く咲。
大型ショッピングモールに移動した二人は、レディース服専門店で「咲の新しい服を選ぶ」という予定をこなしていた。
もちろん、そんな予定は元々なかった。しかし胡桃にとっては、普段の咲なら断固抵抗する服も今なら思い切り恥じらいつつも着せることができる絶好のチャンスである。
「あ、お代はウチが出しとくから安心しときや。じゃあ次は……これいってみよー!」
「へぇ~! こういうのもええやん! これまた普段とのギャップがたまらんなぁ! 可愛いですよセンパイ!」
「うぅ……なんかフリフリいっぱいついてるし……その……締め付けが……」
縞模様のリボン付き二―ソックスをもじもじと擦り合わせる咲。着圧仕様により女性特有の腿の肉付きが強調され、さらに露出部分にはクーラーのひんやりした空気が通り抜けて頼りなさを感じる。
次に咲が着せられたのは、ダークピンクと黒を基調にした、フリルをたっぷりあしらい全体的に凹凸を強調したデザインの、いわゆる地雷系ファッション。
更衣室内の鏡を見ると、クラスのオカルトや占いが好きな女子が大人になったらこういうの着てそうだなぁとふと思う。そういやヒーロー番組の悪の女幹部が人間界に潜伏時にこんな感じの衣装を着ていたか。
咲は先程とは違った路線で「女子」らしい服を着ていることを自覚し、こそばゆい感情が芽生える。
「ほ~ら、スマイルスマイル~♪」
「えっ? ちょっ!? うひゃははっ! やめっ!」
胡桃はおもむろに咲の脇に手を入れると、小さな手を蠢かせて思い切りくすぐった。突如襲いかかったむず痒さに身体から力が抜ける。
その瞬間、パシャリというシャッター音。
「おっ。ええ感じやん。ぎこちない笑顔がそれっぽくてええですね~」
見せられた写真には、満面の笑みを浮かべる胡桃とふにゃっとした笑顔の咲。
童顔で女子小学生にしか見えない胡桃とのツーショット。
これはもしや「同年代の可愛い女の子と二人でお出掛け」のような構図ではないか。改めて見ると、この咲という女子高生もどこか顔立ちに自分の面影があるような気がしてくる。
人生で初めてのデート。そう考えると、そわそわした気分になってくる。思わず頬を押さえる。
「おやおや~? 美少女になった自分に見惚れてるんですか~? それともウチみたいな女の子がタイプやったりするん? 勇作クン♪」
「ち、ちがうよぉ!」
不意に自分の本来の名前で呼ばれ、慌てて否定する。
「なんや、素直やないなぁ。さて、まだまだセンパイに着てほしい……やなくて、センパイが欲しがってた服はあるからな。まだまだお着換えタイムは続くで!」
「いや~。今日は大満足ですわ~」
「うぅ……おれ……いっぱい女装しちゃった……」
つやつやした笑顔の胡桃と対照的に何かを失ったような表情の咲。二人が店を出たのは午後5時を告げるチャイムが鳴る頃だった。
そろそろ家に帰らないと母さんに怒られるかな。でもこの身体から抜け出さないと帰れないしな。
などと考えていた咲は、ふと下腹部を圧迫される感覚を抱いた。
圧迫感は次第に大きくなっていき、自然と小股になっていく。
「あれ? センパイ、どうしたんです――って、あ~そういうことですか」
「あの……その……ト、ト――」
「トイレですよね? ほな、行きましょか」
顔を真っ赤にしているのは膀胱に力を込めているためか羞恥心故か。
いずれにせよ、ここで粗相をさせるのはいかに人の記憶を消去できるといっても自分自身にシャレにならない罪悪感が残る。そう判断した胡桃は、咲の手を取って近場のトイレへと連れていくのだった。
「って! ここ女子トイレじゃないか!」
「当たり前やないの。キミは今は女の子になってるんやから。それともウチの親友の咲センパイに男子トイレに入らせるつもりなん?」
「わ、わかったよぉ……」
女子トイレの個室内にて。どうにか窮地を脱したことで、調子を取り戻す胡桃。そういや咲の記念すべき初の女体化おしっこには立ち会えなかったなと思い出す。まさかこんな形で再びチャンスが訪れるとは。
「ほら、スカートに気を付けて~。しっかりお尻をつけてな~」
「うぅ……」
異性として放尿するという未知の体験に加え、トイレの仕方をレクチャーされるという性差以前の屈辱的状況に打ち震える咲。しかし間借りしているだけの身体でトイレ失敗など許されるはずもなく、今はただ胡桃に従うしかない。
「は~い、おパンツ下ろしま~す」
「ちょ、ちょっと!?」
「いや、もたもたしてたらセンパイの身体でおもらしすることになるやん?」
「そ、そうだけど……」
胡桃は飾り気のない白のショーツをするすると下ろしていく。すると、少量の陰毛に覆われた割れ目が外気に晒される。
「あわわわわ……な……ない……」
小さくとも確かに10年間連れ添ってきた“相棒”の存在が消えている事実とともに、見ることを固く禁じられてきた禁忌のデリケートゾーンをその目で見る。生まれて初めて見る女性器だ。
「た、たぶん出し方はたぶん男の子とそう変わらんと思うから……その……リラックスして出してな」
胡桃もいざ同性間でもアンタッチャブルなシーンとなると照れが生まれ、目線を逸らしつつアドバイスにならないアドバイスを送る。
そもそも胡桃ことクルミンもまた人間の女の身体を得て数か月。人間に擬態する際にインストールされる人間としての最低限の生活の知識に従っただけで、趣味として積極的に調べているレディースファッションとは違って人に教えられるほどの経験はない。
「ふぁああ!? で、出たぁ!?」
やがて唐突にちょろちょろと水音が響く。咲の戸惑いをよそになおも小水は流れ続ける。
「止まって……早く止まってよぉ……」
未知の性器の内側を擦られるよ感覚に打ち震えつつ、うわごとのように呟く咲。しかしその願い空しく放尿はなおも続く。
胡桃もトラブルがあった際に対処できるように横目で状況を確認しているが、目を手で隠しつつ「あっ」「んっ」などと小さな声を漏らす咲の様子に背徳感が全身を駆け抜け、茶化す余裕もなくただ沈黙するしかない。
「お、終わったの……?」
たっぷり30秒経った頃、ようやく水音が止まった。すっかり放心状態の咲が目線を絶対下に向けてなるものかという動きで胡桃の方を向いて問う。
「あ、あぁ。終わったみたいやね」
胡桃もぎこちなく応える。それを聞くや否や、すかさずショーツを履こうとする咲。
「ストーップ! 女の子はその……出した後、拭くんや。あ、アソコを……」
「へ……」
再びフリーズする咲。高校生時点で女体化した咲こと勇作なら、辛うじて知識として「拭く」ことは知っていた。
しかし、保健の授業での性教育も始まっていない学年の勇作にとっては女子のトイレ事情など知る由もない。
「ど、どうやって……」
「ちょ、ちょっと待ってな。ほら、いくで……」
胡桃はトイレットペーパーを巻き取ると、震える手で咲の割れ目に近づける。
「んあっ!」
「あぁ、ゴメン!」
当然、他人のモノを拭いたことなどない。力加減を誤り、咲は痛みとも痺れともつかない刺激を受ける。
そうして四苦八苦しつつ、どうにか用を足すことができた。
無言で手を洗い、気まずい沈黙とともにトイレを出てくる二人だった。
ショッピングモールを出た二人が目にしたのは、悲鳴を上げながら逃げ惑う人々だった。
人の流れてくる先を見ると、駐車場の一角には自動車を二足歩行にしたような10メートルほどの黒い怪物の姿が。
「ふぉっふぉっふぉ! さぁジャアクロン! お前のパワーを見せてやるのじゃ!」
怪物の肩には、タキシードに身を包んだ銀髪の少女が高笑いしている。被っているシルクハットには「邪」を模したジャアク団のエンブレム。
どうやらジャアク団幹部の一人、ニゲーナが戦闘用魔獣ジャアクロンを召喚して暴れさせているようだ。
「センパイ! 変身や!」
胡桃は咲に魔法少女へと変身して戦うよう呼び掛ける。しかし――
「な……なに……これ…………」
尻餅をつきへたり込む咲。ジャアク団による人間界侵攻が始まったのは咲が魔法少女になったのと同時期。7年前まで記憶が戻っている咲には世界にアニメで見るような怪物が存在することも、自分がその怪物と戦えることも知る由もない。
「せや! 催眠を解除せんと!」
胡桃は恐怖で動けなくなっている咲の元へと駆け寄ろうとする。
そこに、大きな地響きが起こる。地面の揺れによって別々の方向へと吹き飛ばされる二人。
「おっとぉ。逃げ遅れた小娘がおるではないか……」
ニゲーナは、着地の際に足を挫いて動けなくなった胡桃を見つけ、舌なめずりする。
「ジャアクロン! 奴を叩き潰すのじゃ!」
ジャアクロンはニゲーナの声に従い、胡桃に拳を振り下ろす。痛めた足をかばいつつ、辛うじて躱す胡桃。鉄の拳がコンクリートを抉り地割れを作る。
なおも執拗な攻撃が続く。やがて限界が訪れ、倒れる胡桃。
「小娘にしては頑張ったようじゃが。そこまでのようじゃの……やれぃ!」
絶体絶命の状況に胡桃は自らの軽率な行いを懺悔する。咲は男に戻るために危険を覚悟で戦っているのだ。正体がバレないようにする事後処理くらい文句を言わずやるべきだったのだ。
「センパイ、ごめんなさい……」
覚悟を決め、目を閉じる胡桃。
「うおおおおおおおおおおっ!」
ジャアクロンが大きく振りかぶってパンチを繰り出そうとした時、何者かが雄たけびとともに現れる。
突如現れた人影――咲は間一髪のところで拳をすり抜け、胡桃を抱きかかえて駆け抜ける。衝撃波によって駐車場の外へと吹き飛ばされ、転がり続ける二人。その間も咲はしっかりと胡桃を抱き寄せる。
「センパイ! せんぱいっ!」
「よかった……間に合った……」
互いに傷だらけになりながら抱き合う二人。
「センパイ……いや、勇作くん。その、怖くなかったん……?」
「そりゃ怖いよ。あんな化け物見たことないし、めっちゃデカいし暴れてるし……」
胡桃は、咲の擦り傷だらけの手足が震えていることに気づく。
――この少年は恐怖しながらも、割れた地面を越え、自分を助けに来たのか。
「でも、今おれはこの咲さんの身体を預かってるわけだよね。で、胡桃ねーちゃんは咲さんの親友でしょ。咲さんなら胡桃ねーちゃんのことは絶対助けに行くんじゃないかって、自分のことみたいに思ってさ。そしたら、なんだか力が湧いてきたんだ」
その瞬間、胡桃の脳裏に咲――勇作との出会いがフラッシュバックする。
魔法少女スカウトのために妖精界から転送先されてきた胡桃は、ジャアクロンの襲撃から逃げ遅れてトイレに隠れていた勇作に出会う。勇作と胡桃は共に脱出を試みるが、次第に追いつめられる。その時、勇作は身を挺して胡桃を庇い逃がそうとした。
その勇気に反応して、魔法少女としての素質が開花したのだ。
「ありがとう……やっぱりセンパイは大したセンパイやで」
胡桃は咲の目を力を込めて見つめる。
その瞬間、咲の頭にせき止められていた記憶が一気に流れ込む。クリアになっていく思考、どこか違和感のあった身体の感覚が馴染んでいく。
「ったく……タチの悪いイタズラしやがって……」
催眠にかかっていた間の記憶がはっきり残っている咲は、頬を染めつつ胡桃の額を小突く。
「えへへ、スンマセン」
「言いたいことは山ほどあるが……まずはあいつをぶっ倒してからだ!」
二人の姿を見失っているジャアクロンを指し、立ち上がる咲。
「頼んますよ! センパイ!」
咲は車の影に隠れると、誰にも見られていないことを確認した後、拳を握って叫ぶ。
「フェアリー・フローラル! ドレスアーップ!」
咲の足元に桃色の光を放つ魔法陣が現れる。その光の中、咲の姿はフェアリー・フローラルのものへと変わっていく。
学生服はピンクの花びらをイメージしたボリュームたっぷりのドレス。黒いセミロングの髪はブロンドのロングヘア―へと変わっていき、こちらも花びらを思わせるハイライトが散りばめられていく。
変身の際に発生する癒しの波動によるふわふわとした高揚感から、無意識のうちに誰にともなくウインクを飛ばす。それと同時に上に掲げた手には純白のステッキが現れる。
やがて魔法陣の光が消えると同時にポーズを取る。
「サクッと笑顔のピース☆ フェアリー・フローラル!」
ここから先は正体を隠す必要はない。
この世界では、大々的に侵略行為を行うジャアク団に対し、それを阻止する魔法少女の存在もまた認知されている。
――誰が変身前しているのかを知られると各々に応じたペナルティがあるのは当事者しか知らないのだが。
「さぁて。今日はいつも以上に頭がスッキリしてるんだ。大暴れしてやるぜ!」
その後はあっけなく勝負がついた。
ジャアクロンを浄化され、捨てセリフとともにジャアク団のアジトへとワープするニゲーナ。
破壊された駐車場は自動的に元の状態に戻っていく。
「おっと……」
フローラルは足に力を込めて跳躍すると、ショッピングモールの裏口へ。
周りを一通り見回すと、変身を解除した。
「いやー! 今日の勇作少年とのデートは最高でしたよ! どっかの誰かと違って反応が新鮮でめっちゃ可愛いんですわー!」
自宅にて。
リスをマスコット化したような手のひらサイズの妖精――クルミンは、器用にスマホを操作して今日撮った写真を確認する。一枚見返すたびにぐねぐねとした動きをして身もだえし、妖精状態での声は魔法少女の素質がある者にしか聞こえないのをいいことに、家人への迷惑を気にせず「可愛い!」を連呼している。
「この野郎……反省してないのかよ!」
咲が枕を投げつけるが、クルミンはそれを容易く避ける。
落ち着いたことで今日一日の記憶が整理され、こちらも羞恥で身悶えしているところだ。
「今日の服はちゃーんとウチが妖精界から支給されるお給金で買っといたから、着たくなったらいつでも着てええんですよ~? 何ならウチが着てセンパイを誘惑しても……」
「いや、サイズが合わねーだろ。ちんちくりんのお前が着ても」
「んなっ! 合法ロリなのはすぐ人前でふりふりプリティーの魔法少女になりたがるセンパイのアフターフォローに都合がええんです~!」
「このっ! 何だその語弊のある言い方は……! 今日はちゃんと隠れて変身しただろ!」
二人のケンカはその後、ゲーム対決に移行し、僅差で咲が勝利するまで続いた。
その後、スカートの丈を気にしたりトイレで用を足すのに謎の緊張を強いられたり女子との密着でドギマギしたりと、慣れたはずの女子高生生活をやけに恥じらう咲の姿が見られたという。
胡桃はあくまで催眠の後遺症だ、すぐに元に戻ると主張しているが、真相は定かではない。
魔法少女フェアリー・フローラルの戦いはまだまだ続いていく。