Roseliaのメンバーが殺人ピエロと戦う話です!

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Roseliaのメンバーが殺人ピエロと戦う話です!


RoseliaVS殺人ピエロ!

 覚醒した湊友希那は上体を起こし、辺りを見渡した。

 そこは八畳ほどの個室だった。床は白のタイル張りで、壁と扉は黒だった。天井には円形の光源が設置されており、それからは白い光が放たれていた。

 友希那はそんな室内の、中央に位置する簡素なベッドの上に居た。

 なぜか衣服を着ていなかった。当然のように全裸で、分厚いマットレスの上で仰向けで寝かされていた。

 友希那は隈なく見渡した。しかし室内にはベッド以外に何も無かった。友希那は慎重にベッドから降りた。足裏が床に触れると、その瞬間しっとりとした冷たさが脳天まで上がってきた。友希那はそのまま扉に駆け寄った。銀色のノブを掴み、勢い良く回してみた。ノブは抵抗無く動いた。そのまま扉が開いていった。友希那は出入り口から顔だけを出して外を見た。

 そこは廊下だった。

 室内から見て右に長く伸びる廊下だった。左側には伸びておらず、すぐ壁があった。廊下の床は素材不明の白色で、壁は人間の肌のような色だった。天井には等間隔で蛍光灯が設置されていたが、それらから放たれる光はいずれも弱弱しく、廊下内は薄暗かった。友希那はゆっくりとした動作で廊下に出た。

 廊下の壁には等間隔で扉があった。友希那が入っていた部屋の扉と同じ規格だった。友希那はその扉に飛びつくように迫った。そして銀色のノブを回した。ノブは簡単に回った。友希那は扉を開いた。

 そこは友希那が出てきた部屋と同じように、八畳の部屋だった。中央にベッドがあり、そこには誰かが寝ていた。

(紗夜、ね……)

 そこには氷川紗夜が仰向けで寝ていた。自分と同様に全裸であり、それなりに肥えた乳房に股間には空色の陰毛が茂っていた。友希那は紗夜の肩をゆすった。真白いマットレスの上で、紗夜の身体と長い頭髪が揺れ動いた。

「紗夜、起きてちょうだい、紗夜」

「う、うーん……」

 紗夜の目がすぐに開いた。

「み、みなと、さん……?」紗夜は上体を起こして辺りを見渡した。「なっ、私っ、裸っ……?」

「紗夜、落ち着いて。誰も居ないから……」

「こ、ここはどこなんですかっ?」

 紗夜の声は震えていた。得体の知れない不気味さに動揺しているようだった。

「わからないわ。私もさっき、隣の部屋で目が覚めたの」

「ら、拉致……? さらに監禁まで……?」

 紗夜は自分に言い聞かせるように呟いた。

「とにかく紗夜、ここから出ましょう」

「そ、そうですね……」

 紗夜は呟きながらベッドから降りた。

 

 二人は廊下に出て進んだ。とにかくこの廊下を進んでみようと思った。

 しかしその足はすぐに止まった。紗夜が居た部屋の隣に同様の扉があった。二人は無言で頷き合うとノブを回した。扉は何の抵抗も無く開いた。二人は素早く中に入った。

 三つ目の部屋もやはり同規格だった。八畳間で、中央にベッドがあった。二人はベッドに駆け寄った。

「リサ!」

 そこに横たわっていたのは今井リサだった。友希那や紗夜と同様に全裸であり、乳房と股の陰毛がよく目立っていた。

 友希那が激しくリサの両肩を揺すった。リサはすぐにその目を開いた。

「ゆ、友希那……? あれ、紗夜も……。どうして裸なの……?」

「落ち着いてください今井さん。あなたも裸です」

「ええっ?」リサがベッドの上で飛び跳ねるように上体を起こした。「な、なんで……?」

「わからないの。私も紗夜も、隣の部屋でそれぞれ起きたのよ」

「え、えっと……、どういうこと……? な、何かのドッキリとか……?」

「私たちも何もわからないんです。とにかく――」

「あ、あの……!」

 それは開かれた出入り口の辺りから聞こえて来た声だった。三人は一斉に出入り口の方を見た。

「り、燐子っ!」

 そこに立っていたのは白金燐子だった。三人同様に全裸で、大きな乳房と股間の陰毛が丸見えだった。

 控え目な顔をしている燐子は両手で乳房を隠しながら、おどおどした足取りで入室した。

「燐子、あなたもここに居たのね」

 友希那がはっきりとした声で燐子を見た。

「こ、ここは何なんですか……? 私たち、一体……」

「それが、何もわからないんです。全員ここで目が覚めて……」

 不意に燐子が室内を見渡した。何かを探しているような目つきだった。「あの、あこちゃんは……? あこちゃんは居ないんですか……?」

「そういえば、あこだけ見てないよね?」リサが燐子同様に室内を探った。「友希那、紗夜、ここに来るまでに会わなかったの?」

「見てないわ」

「私もです。宇田川さんだけ居ないとなると、気になりますね……」

 紗夜は下を向いた。その目にはどこかに消えてしまったあこへの心配の感情が確かにあった。

「で、でもっ……、私たちRoseliaの全員がここに連れてこられたのなら、あこちゃんもどこかに居るはずです……」

 燐子は確信めいた強い口調だった。

「私も燐子に同感だわ」友希那が鋭く全員を見渡した。「あこだけ仲間外れなんて、そんなことありえないもの」

「そ、それじゃあさ、とりあえずあこを探さない? 五人そろえば、ここから出る方法も見つかるかもじゃん?」

「あまり動き回るのは得策とは言えませんが……、今はそんなことを言っていられるような状況でもありませんからね。私も宇田川さんを探すべきだと思います」

「よし、決定だねっ! 大丈夫、きっと私たちなら、なんとかなるよ!」

 全裸の四人は微笑みながら、この無機質な部屋からひとまず出た。

 

 四人は薄暗い廊下を進んだ。リサが寝ていた部屋のすぐ隣に燐子が寝ていたという部屋があるだけで、それ以降この廊下に扉は付いていなかった。窓の類も無く、そのまま数十メートルほど続いてから唐突に右に曲がった。四人は誘われるようにその曲がり角を曲がった。

 一メートルほど前方に扉があった。これまで見てきたものと同じ黒一色で、銀色のノブが怪しく輝いていた。

 四人は無言で見つめ合った。そして友希那が、自分から前に出た。すぐに扉に接近し、そのノブを握った。ツンと冷たく、つるつると丸っこい感触だった。友希那はノブを一気に回した。鍵の類はかけられていないようだった。友希那は慎重に扉を開いた。

 中は学校の教室のちょうど半分ほどの広さだった。天井には棒状の蛍光灯が連なり、そこから薄っすらと光が垂れていた。また、室内中央には赤色のレバーが設置されていたが、それの用途はわからなかった。他には左右の壁に二つずつ扉があるだけで他は何も無かった。室内を見渡した友希那は違和感を抱いた。壁はどこも黒色だったが、扉の位置から見て正面の、つまり一番奥の壁だけはその黒色の質感が違った。他はペンキでも塗りたくったような色だったが、そこだけは全く違う雰囲気だった。友希那はぎゅっと目を引き締めて壁を見た。そしてあることに気が付いた。硝子だった。正面の壁は一面硝子であり、さらに存在しているらしい向こう側から暗幕が設置されて見えないようになっているようだった。

(何か、ある……?)

 壁をぎゅっと睨む友希那は、全身の神経を最大限に尖らせて入室した。三人がその後に続いた。

 室内中央まで来た四人は控え目だったが激しい目つきで辺りを見渡した。この謎の施設からの脱出の手がかりを探していた。

 すると唐突に、正面の暗幕が左右にサーッと開いていった。まるでこれからライブでも始まるような感覚だった。四人はようやく見えた向こう側に目をやった。そして絶句した。

「あ、あこちゃん……?」

 こちらと同じ大きさの室内の向こう側には、天井から全裸の宇田川あこが吊り下げられていた。首にはめられた赤色の首輪から伸びる鎖が、天井に連結していた。その口には黒いガムテープが貼られており、四人を認識したあこは、しかしむふーっ、むふーっ、と声にならない声を上げることしかできなかった。

「あこちゃんっ……!」

 燐子が素早く駆け寄り硝子を叩いた。しかしその拳がズドンと音を立てるだけで、硝子はびくともしなかった。燐子はそれでも硝子を叩いた。このままではあこが死ぬ可能性があった。

「あこちゃんっ! あこちゃん!」

 あこの真下には、あこの身体がすっぽりと収まりそうなほどの大きさの、ビーカーのような透明な容器が設置されており、さらにその底面にはヘリコプターのプロペラのような巨大な『刃』があった。さらに装置の隣には、こちらの部屋にあるのと同じ赤いレバーがあった。

 燐子は必死に硝子を叩いた。この透明な壁を破壊し、一刻も早くあこを救出したかった。遅れて駆けつけた四人も同様に硝子に手を置いた。しかし四人が一つになり努力したところで硝子は少しも砕けないどころか、ひびすら入らなかった。

「ちょっとっ、な、なにこれっ!」

 リサが叫んだ。硝子を介したあこと、あこの下にある刃を交互に見つめていた。するとその刃がおもむろに回転を始めた。ブウン、ブウン、と風を切る音と共に刃が高速で回転した。もし身体がこれに触れればその瞬間に貧弱な身体が刻まれるはずだった。回転する刃を見下ろしたあこは、その呻き声がより一層強まった。むーっ、むーっ、と四人に助けを求めていた。しかし友希那もリサも燐子も紗夜も、どうすることもできなかった。ただ吊り下げられているあこを見つめることしかできなかった。

 紗夜が一歩引き、辺りを見渡した。何か打開策がないかと必死に室内を探った。そして一筋の光明とも言えるものが視界に入った。それはあのレバーだった。紗夜は迷わずそれを倒した。あこを助けるにはこれを動かすしかないような気がしていた。すると向こう側のレバーも一緒に動いた。さらにどこからともなく轟音が響き、あこを繋げている鎖がじゃらじゃらと蠢いた。あこの身体が十センチほど降下した。

「なっ……!」

 それを見た紗夜は慌ててレバーを逆方向に倒した。すると再び腹に響く低音が鳴り、次いで鎖の金属音が鳴ってあこの身体が十五センチほど上昇した。

「だ、駄目だよっ! まずはこの刃を止めないとっ!」

 リサが紗夜に迫った。

「で、ですがっ……、それらしいスイッチはどこにも……」

 紗夜が辺りを見渡しながら叫んだ。

 すると向こう側の、唯一の扉が開かれた。

 現れたのはピエロ衣装を着た長身の人物だった。まず上半身は右側が赤色、左側が黄色、しかし両腕は黒色と青色の縞模様で、手の部分は真っ白だった。下半身は胴の逆で、右足部分が黄色で左が赤色、黒色の長靴を履き、腰には黒のベルトを巻いていた。頭部は全体的に白く、鼻にあたる部位は完全は赤色の球体だった。目の位置に黒色の十字と、口元に赤色の化粧が施されていた。頭髪の類は見えず、赤色の上に黄色で彩られた斑点模様の、先端に白のボールが付いた二つの角が生えた帽子を被っていた。

 ピエロは硝子壁まで近づき、そして真っ赤に彩られた口をぐにゃりと歪曲させて笑みを表現した。それを見た四人は背筋を貫く寒気を感じた。ピエロの口の中は真っ赤だった。歯茎だけではなく歯列までもが赤色で、その赤一色が覗く笑みは極めて不気味だった。

「だ、誰ですか……?」

 ようやく口を開いたのは紗夜だった。威嚇するようにピエロを見つめ、慎重に訊ねた。

 しかしピエロは答えなかった。その代わりと言わんばかりに、装置の隣のレバーに近づき、勢い良く倒した。すると四人側のレバーも同時に動いた。轟音と共にあこを繋げている鎖がじゃらじゃらと降下した。ピエロはそれでもレバーを下げ続けた。あこがどんどん下に向かった。

「ちょっと! やめてよ!」

 たまらなくなったリサが叫んだ。ピエロに叫び、止めさせようとした。しかしピエロはそんなリサを無視し、まるでお気に入りの玩具を中々離さない男児のような、ぎゅっとした執拗な手つきでレバーを倒し続けた。

「や、やめなさいあなた! な、何を考えてるのっ!」

 友希那が叫び弱弱しく硝子壁を叩いた。脳裡では残酷なあこの『死亡シーン』が流れていた。しかしやはり硝子はびくともしなかった。ピエロもその動きを止めることはなかった。

「や、やめて下さいっ! あ、あこちゃんがっ……!」

 燐子も必死に叫んだ。その目は涙で潤んでいた。脳裡の映像は友希那同様に凄惨を極めていた。しかしピエロは聞く耳を持たなかった。笑みのまま、レバーに体重を掛けて押し込んでいた。

 やがてあこの足先が回転する刃に触れた。

「う、宇田川さんっ!」

 紗夜が硝子壁を叩いた。同時にあこの絶叫が室内に響いた。ピエロは笑顔でその様子をじっと眺めながらレバーを倒し続けた。あこの身体が降下し、足を素早く刻んでいった。柔らかい肉と骨までもを簡単に粉々に切断した。血の飛沫が飛び、それは容器にとどまらず硝子壁にまで付着した。足が終わると次は腰だった。しかしその腰もすぐに終わった。股間がずたずたに引き裂かれていた。次に差し掛かったのは胴だった。高速回転する真っ赤な刃があこの柔らかい肌を貫き、中の腸が飛び出して容器に勢い良くべっとりと付着した。

 ピエロはそこでようやくレバーから手を離した。あこの身体はちょうど半分ほどが刻まれていた。容器の中にはペーストになった『あこだったもの』がねっとりと溜まっていた。血飛沫があちこちに飛散し、赤色の斑点を作っていた。そんな容器の中でも腸は意外とそのままの形で残っており、ゆったりと真っ赤な液体の上に浮いていた。

「そんなっ……、あこちゃんがっ……」

 燐子は容器の中を見つめたまま、へなへなとその場に倒れ込んだ。目の前で友人を惨殺されたことによって感情が死滅し、全身が弛緩していた。するとピエロがその表情を一気に暗くし、素早く退室した。数秒で友希那たちが居る側に入室したピエロは燐子の元で素早くしゃがみ、燐子の頭をゆっくりと撫でた。何度も、自分の素手の感触を擦り付けるように撫でつけた。

「こんなの、狂ってるとしか言いようが無いわ……。どうして、どうしてこんなことを……」

 紗夜がピエロの背中に語り掛けた。しかしピエロは燐子の頭から手を離すだけで振り向かなかった。

「あなたっ! ふざけてるの……?」

 友希那もピエロに迫った。しかしピエロは振り向かなかった。

「ちょっと――」

 紗夜が近づこうとしたその瞬間、ピエロが勢い良く振り向いた。

 その手には片手で扱える小ぶりののこぎりがいつのまにか握られていた。ぐにゃりと歪曲した口元はやはり真っ赤だった。

「なっ……!」

 紗夜は後ずさった。友希那もリサも身構えた。目の前のピエロがとてつもない驚異として迫ってきていた。ピエロが一歩迫った。のこぎりを数回振りながら接近した。三人は歯を食いしばるだけで何もできなかった。ただこのピエロから逃げることしかできなかった。友希那は燐子を見た。燐子は容器の中の、まだ上半身だけが残っているあこを見つめていた。あこの瞳からは完全に光が失われ、すでに絶命していることがわかった。

(あこ、ごめんなさい……)

 友希那は迫り来るピエロに背を向けて、一目散に駆け出した。

 

 友希那、紗夜、リサの三人はそれぞれ、室内にある扉に飛びついてノブを回した。一刻も早くピエロという驚異から遠ざかりたい一心だったため、その素手はとても震えていた。不思議なのはピエロの方だった。ピエロは逃げようとしている三人を完全に無視し、ひたすら燐子を見ていた。燐子は相変わらず硝子壁の向こうの、すでに肉塊になったあこを見つめて涙していた。

 三人は一斉に扉を開いた。それぞれの眼前に現れた薄暗い廊下に同時に飛び出して力の限り走り出した。後ろの様子は見なかった。ピエロはその姿を見ているだけで追うことはしなかった。

 三人の姿が消えるとピエロは燐子の肩を叩いた。トントンと二度ほど叩いても燐子は無反応だった。最愛の友人を失った悲しみが脳を包み、全身を硬直させていた。ピエロはそんな燐子の眼前にのこぎりを向けた。すると燐子が小さく「……殺してください」とだけ呟いた。燐子にとって、あこが居ないこの世界に生きる意味は無かった。未練など少しも無かった。それよりも、少しでも早く絶命し、あの世であこと再開したかった。燐子は自分から、ピエロの黒と青の縞模様の腕を掴んだ。そしてのこぎりの刃を自分の首元に押し付けた。すぐにぎざぎざの刃が肌を切り裂いた。熱のある痛みが襲ったがそんなことはどうでもよかった。燐子はさらにのこぎりを押し込んだ。中の肉が音を立てて裂かれていった。そこでピエロが動いた。のこぎりを持った手を豪快に動かし始めた。燐子の頭部を支えながら、燐子の首にのこぎりを押し付けて首を切断していった。すぐに血が溢れ、燐子の真っ白な肌に飛沫となって垂れた。それは葡萄酒そっくりの赤黒いものだった。燐子は削がれていく自分の首を見つめながら、(これでようやくあこちゃんの元に行ける……)と脳内で独り言ちた。あこと再開することができると思うと、この激痛までもが祝福のような何かだと思えてきていた。やがて意識がすうっと溶けていった。絶命が近いようだった。燐子はもう自分でピエロの腕を動かすことができなかった。両腕はだらりと垂れていた。ピエロは自発的に燐子の首を切断していた。その顔は愉悦に満ちていたが、燐子はその顔を目撃することなく絶命した。

 出血多量によって死んだ燐子の首を、ピエロは数秒で完全に切断した。

 真っ赤な断面はぐちゃぐちゃだった。それはぎざぎざの刃であるのこぎりで作業をしたが故のことだった。ピエロは燐子の長い髪を持って頭部を持ち上げた。燐子は両目を閉じ、安らかな笑みを浮かべていた。ピエロはその燐子の両目をぐいと開いた。すると紫色の大きな瞳が現れたが、その中には当然何の光も無かった。

 頭部を置いたピエロは燐子の死体に目をやった。頭部が無く、ぐったりと前方にうなだれていた。ピエロはその肉体を乱雑に蹴って後ろに倒した。

 仰向けの体勢になっている燐子の死体で最も目が行くのはやはりその乳房だった。大きく実った二つの女神の果実だった。ピエロはしゃがむと燐子の右乳房を掴んだ。五指を広げて上から鷲掴みにすると一気に引っ張った。だるんと肥えていた乳房がピンと張った。にたにたと笑っているピエロはその根元にのこぎりを入れた。乳房の肌は柔らかくすぐに刃が入った。ピエロはのこぎりを激しく動かした。乳房は脂肪の塊のため何の抵抗も無く削がれた。すでに絶命しているためか出血も無く、流れるように切断することができた。

 乳房があった断面は赤黒かった。それは先ほどの首切断の時に飛び出した鮮血よりはまだ赤みが強かったが、それでもどす黒さは健在だった。ピエロは乳房を床に置くと今度は左乳房を鷲掴みにした。先ほどと同様に上に伸ばして根本にのこぎりを入れた。右乳房を切断したためその表面には脂が乗っていたが、それでものこぎりの驚異的な切れ味は衰えていなかった。ピエロはまたもや大した苦労もせずに燐子の乳房を切断した。

 乳房を切断している間のピエロは笑っていた。女子高校生の発達しすぎた部位を弄び、身勝手に切除している感覚が楽しくて仕方がなかった。剥がれていく乳房を見下ろしながら高速でのこぎりを動かした。ぬちゃぬちゃという血と脂が奏でる音が室内に響いていた。

 元々あったものが無くなった時の違和感は凄まじかった。あんなにも大胆で存在感のあった乳房が二つとも無くなり、その代わりと言わんばかりに真っ赤な肉が露出し、派手さだけは前よりも勝っている胸元になった。

 ピエロは二つの乳房を抱きかかえるようにして持ち上げ、燐子の死体を放置して部屋から退室した。

 

 部屋から逃げ出した紗夜はそのまま廊下を適当にさ迷った。廊下は薄暗く、どこまでも続いていた。紗夜は走った。脳裡では、あこが強靭な刃によって刻まれる映像がいつまでも流れていた。

(どうしてっ……、どうして宇田川さんが……)

 どんなに思考をかき乱しても、その光景は思考を支配していた。むしろその現実から目を背けようとすればするほど、現実は激しく存在を主張し、紗夜の情緒を乱していた。

 やがて映像の中のあこが自分に置き換わった。自分があの鋭い刃に刻まれ、苦しみながら死んでいく映像が脳に蔓延った。その瞬間紗夜の身体は硬直した。脈拍が上がり、全身が小刻みに震えていた。背筋から冷たいものが流れ、神経を凍り付かせていた。

(死にたくないっ! 死にたくないっ!)

 紗夜は素早くしゃがんだ。身体の震えが止まらなかった。紗夜は頭を抱えて床を見つめた。脳裡の映像はあのピエロに惨殺されてしまう自分だった。それはとてつもない痛みを伴う行為のはずだった。

(死にたくない! わ、私はっ……)

 紗夜は唐突に下半身の辺りに強烈な違和感を抱いた。それは股間の辺りに集結し、一気に黄色い尿として身体の外に放出した。両足の間から伸びる透明な液体だった。それはじゃー、と音を立てながら床に黄色い溜まりとして放射状に繁栄していった。

 紗夜は泣いていた。しくしくと、肩を震わせながら涙していた。黄色い体液溜まりの上に、無色透明な涙の大粒が落下して染み込んでいった。

 すると右肩が叩かれた。突如として現れたその柔らかい打撃に紗夜は両肩をびくりと震わせて振り向いた。

「ひいっ!」

 そこにはあのピエロが立っていた。笑みを浮かべ、紗夜のことをじっと見つめていた。驚異の象徴と再開してしまった瞬間だった。両手には何も持っておらず、しかしその白かった素手は赤色に塗れており、いつまでもにこにこと笑いながら右手を振っていた。

 紗夜は激しく直立するとそのまま走り出した。がむしゃらに走った。一刻も早くこの驚異から遠ざかりたかったため疾走した。

「来ないでっ! こっち来ないでえっ!」

 肺が激しく動き、冷たいようにも熱いようにも感じられる空気が身体を出入りしていた。両足の筋肉は今にもはちきれてしまいそうだったが、紗夜はその棒のような足を無理やり動かして走った。後方は見なかったが、足音でピエロが追ってきているのがわかった。紗夜は全力で走った。廊下を素早く見渡した。どこか、どこか逃げれる場所はないかと視線を必死に走らせた。

 一つの扉が目に入った。それは灰色の扉だった。紗夜は迷わずその扉に飛びついた。そして素早くノブを回した。幸運にも扉は開いた。紗夜は躊躇わずに入室した。

 中は倉庫だった。シンプルな棚が並び、その中には多種多様な道具が置いてあった。あまり頻繁に入っていないらしく、全体的に埃っぽかった。紗夜は扉を見た。しかし鍵をかける機構は無かった。紗夜はすぐに奥まで進んだ。扉を閉じる術が無かったため、あのピエロが入室してくる可能性があった。奥まで来た紗夜は棚を探った。この中に何か武器になるような道具があればすぐに使うべきだと思っていた。そのため乱立する棚の中に視線を走らせた。早くしないとピエロが来るはずだった。紗夜は焦りながら高速で棚の中を睨んだ。

 結局紗夜が選んだのは一本のバットだった。木製で、大した装飾も無い簡素な物だった。しかし紗夜は思った。こういう場において、一番役に立つのはシンプルな道具に違いないはずだった。バットを握る両手は震えていた。その震えは下半身にまで達し、腰が引けていた。

 紗夜は部屋の奥から灰色の扉を見つめた。

 やがて扉が開かれた。ピエロが堂々と入室してきた。紗夜は震える全身でバットを握りしめ、前に突き出した。情けないへっぴり腰だった。今の紗夜に、普段から風紀委員を務め、自分にも他人にも厳しく接してきた強固な信念は無かった。ただひたすらに眼前のピエロが恐ろしく、圧倒的な驚異として脳裡に君臨していた。

 ピエロは奥に居る紗夜を見つめながら右手を棚の中に突っ込んだ。そして取り出したのは一台のチェンソーだった。紗夜は驚いた。この部屋にそんなものがあることが意外だった。どうして自分が棚を見渡した時に気付かなかったのかと不審に思ったが、焦りによって気付かなかっただけだと理解した。

 ピエロは紗夜に視線を合わせながらチェンソーのスターターグリップを引いた。ブルン、と音が鳴り、続いてエンジンの駆動音が響いた。それは鼓膜を貫き、腹にまで響く轟音だった。金属のチェーンが高速で回転していた。あれに身体が触れればすぐに弾け飛び、削がれるはずだった。

「い、いやあああああっ!」

 紗夜は叫びながらバットを振り上げ、ピエロに突進した。こはやここまで来れば後はこうするしかなかった。まさに窮鼠猫を噛むだった。しかし紗夜とピエロの力の差は圧倒的で、馬鹿力を発揮した紗夜のバットをピエロはチェンソーで防いだ。高速回転する刃が木製のバットを切断した。先端が無くなったバットを見つめた紗夜はそのまま硬直してしまった。急ごしらえの武器があっさりと蹂躙されたことで脳裡にはどろりとした敗北感があった。眼前を見るとピエロがチェンソーを突き出してきていた。紗夜が両手で防ぐよりも先に、チェンソーが腹部に突き刺さった。

「ああああっ! ああっ!」

 回転する刃が紗夜の腹にめり込んだ。皮膚を簡単に裂き、中の小腸に突き刺さった。左右に飛び散る血がこの室内の壁や棚に飛び散り、赤色に濡らした。

 体内に異物が入り込んだ紗夜は「ごほっ!」と口から血を吐いた。飛び散った血がピエロの顔面に触れて、壁や棚同様に赤色に染めた。

 ピエロは紗夜からチェンソーを離した。紗夜は力無くその場に倒れた。圧倒的な激痛によって指一本動かせなかった。必死の抵抗がこんなにも簡単に駆逐されてしまったことに対する拭えない屈辱が脳裡にあった。チェンソーで付けられた縦の亀裂からは赤色でぬるついた腸が飛び出ていた。紗夜は残された少しの力で手を動かし、その腸を腹部にしまおうとした。しかし素手は思うように動かなかった。ぬるぬるとした肉の管は温かかった。

 ピエロがしゃがみ、紗夜のすらっとした右足にチェンソーを当てた。その瞬間激痛が走った。紗夜は悲鳴を上げたがもう身体を動かすことはできなかった。ピエロはそのままチェンソーを動かして紗夜の右足を削いだ。エンジンの呻る音と共に刃が高速回転し、辺りに血飛沫が散布した。ピエロは太腿の辺りの肉を薄く切り取った。肉の表面は真っ赤であり、どこからともなく血が滲んでいた。ピエロは分離した紗夜の肉を大切そうに握ると立ち上がった。チェンソーを停止させると棚の元あった位置に戻し、そのままこの倉庫から退室した。

 ピエロが居なくなった後、紗夜は生死の堺をさ迷っていた。あこに続き自分までもがあのピエロに惨殺される現実が憎たらしかった。しかし自分の身体はもう少しも動かず、意識も消えかけていた。最期の脳裡に上がってきたのは妹・日菜の姿だった。あの天真爛漫な笑顔が、死にかけている紗夜の脳細胞に映像として流れていた。

(日奈……、最後にあなたと、もう一度、話したかった……)

 紗夜は日奈の幻想に腕を伸ばした。紗夜の腕は血飛沫にまみれており、ぬるついていた。紗夜は幻想の中の日奈をぎゅっと掴もうとした。しかしそれは所詮幻想の中の映像であり、そのため当然、紗夜は何も掴まなかった。

 空を掴んだ紗夜の手は、そのまま力なくぱたりと倒れた。

 

 部屋から逃げ出したリサはそのまま廊下を渡っていた。

 長い長い廊下にはいくつか扉があった。しかし扉には何の表札も無く、その先に広がっているであろう部屋がどんな内容なのか察することができなかった。そのため危険を冒したくないリサはそのまま廊下を走った。

 脳裡にあるのは友希那の姿だけだった。あの後、ばらばらに逃げてしまったため友希那ともはぐれていた。今どこに居て、何をしているのかがとても気になっていた。あのピエロによって危機に陥っていないかだけが心配だった。

 ふと、一つの扉が目に入った。

 そこには表札があった。

『手術室』とだけ書かれていた。

 リサは素早く思考した。手術室なら医療用のメスがあるはずだった。凄まじい切れ味を持つメスならば、あのピエロに対抗する武器になるのではないかと思った。入室してメスを手に入れれば、もしピエロと遭遇しても戦い、勝利すれば友希那たちを救うことができるのではないかと思った。

 リサは固唾を呑んだ。覚悟は決まっていた。すぐに『手術室』の扉を開いた。

 施錠の類はされていなかった。

 室内は学校の教室とほぼ同じ広さだった。天井に蛍光灯が設置されていたが、電気は通っておらず室内は暗かったため、リサは室内の様子を観察することができなかった。

 リサは出入り口周辺を探った。すぐに壁に設置されたスイッチを見つけた。リサは迷わずそれを入れた。パチン、と音が鳴り天井の蛍光灯に電気が入った。室内が一気に明るくなった。

 リサは室内を見渡した。四方の壁には棚が連なり、中には書類や医療器具がぎゅっと収納されていた。室内中央には二台の手術台が置かれ、上には何も無かった。

(こんな部屋、一体何に……)

 リサは二台の手術台を見つめながら、ここで行われているであろう『手術』を連想した。執刀医はおそらくあのピエロであり、そうなると執行される『手術』も、その名を冠しただけの殺戮の可能性があった。リサは顔をしかめた。自分たち以外にもピエロの餌食になった人間が居る可能性を考え、心の辺りがきゅっと痛くなった。

 すると唐突に室内の蛍光灯が消えた。リサは突然やってきた暗闇に困惑しながら辺りを探った。しかしまだ目が暗黒に慣れていないため、視力は使い物にならなかった。

 リサはさらに唐突に襲ってきた首筋からの電撃によって、それがピエロの奇襲であると気付くことなく、意識を喪失した。

 

 覚醒したリサはすぐに上体を起こそうとした。

 しかし身体は動かなかった。リサは首だけを動かして辺りを見た。そこで頭が軽いことに気が付いた。遅れてリサは、自分の長かった頭髪がばっさりと切られているということに気付いた。今の自分は、髪型で言えば『ベリーショート』だった。

 リサは四肢を動かそうとした。しかし身体は動かなかった。リサは首だけを動かして自分の身体を見た。自分は台のような物に仰向けで寝かされており、さらにその身体は胸元、腰、膝の位置にある三つの革バンドによって拘束されていることを理解した。そして辺りの景色からここがさっきまでと同じ手術室で、自分は二台あった内の一つの手術台の上に居るということも理解した。

 こんな仕打ちをするのはあのピエロに違いなかった。しかしどれだけ周囲を見渡してもピエロの不気味な姿は無かった。

 台に頭を乗せ、先ほどと同じように輝いている蛍光灯がある天井を見ていると、視界にピエロの顔が現れた。ピエロはリサから見て左側に立っていた。口元はにやけており、今にもげらげらと声を上げて笑い出すような勢いだった。

「あ、あなたっ! 私たちをどうするつもりなのっ!」

 リサは力の限り叫んだ。しかしピエロは何も言わずにリサの近くにワゴンを持っていった。リサの声を無視した、というよりは人間の声そのものを聞き取ることができない、といった雰囲気を感じた。

 ピエロが持って来たワゴンの上にはメスが置かれていた。リサがこの部屋に侵入した目的だったが、こんな状況で出会いたくはなかった。ピエロはメスを拾い上げると切っ先をリサに向けた。

「ちょ、ちょっと待ってよ……。それを、どうするの……?」

 リサはその燦然と煌めく医療の刃に息を呑んだ。この部屋に入室した目的が眼前にあったが、当然希望の類は微塵も感じなかった。あるのは恐怖心だけだった。今からこのメスで何をされるのかなど、考えるより先に脳裡に答えが出ていた。

「や、やめてよ! やめて!」リサは叫んだ。次いで、震える口角で笑みを作った。「ね、ねぇっ……、そうだっ、私の身体、好きにして良いからさ、それっ、やめて? ね? ねっ?」

 リサは涙を流しながら懇願した。この際生き残れることができるのなら何でもやるの精神だった。自分の純潔すらも捧げる覚悟だった。

 しかしピエロは全てを無視してリサの腹部にメスを入れた。チクリ、とした痛みがリサの神経に襲い掛かり、熱が全身を包んだ。

「痛いっ! 痛いよおっ! やめてっ!」

 ピエロはリサの静止を勿論聞かなかった。リサの身体の上でメスを進めた。スー、と赤色の線が引かれ、リサの腹に十センチほどの亀裂が出来た。皮膚はぱっくりと瞳の形に裂け、血が溢れると同時に中の黄色い脂肪が見えていた。ピエロはその脂肪にもメスを入れた。何度も擦り付けるように切り付けるとリサに激痛が走った。こんなにも強烈な痛みに苦しんでいるにもかかわらず、意識だけは喪失せずに保てていることが不思議だった。

「痛いっ! どうしてっ、どうしてこんなのこするのっ!」

 やがてリサの脂肪も瞳の形に裂けていった。メスを置いたピエロはその穴に右手を突っ込んだ。その瞬間リサには猛烈な違和感が襲った。まるで腹の内側を何度も突かれているような感覚で、嘔吐感にも似た痛みだった。

 ピエロはリサの呻いている顔をにやけ顔で見つめながらリサの腹の中を探った。

「く、苦じいっ……。やめて……」

 やがてピエロは何かを掴んだ。それは腹の中心の核のようなもので、掴まれたリサはさらに強い圧迫感を抱いた。本当に口から吐瀉物が出てきてしまうのではないかと思った。ピエロが一気にリサの穴から手を引き出した。その素手は最初から赤かったが、より強い赤色に染まっていた。さらに五指は何かを掴んでいた。それはリサの小腸だった。

(う、嘘っ……、私の腸、外に出ちゃってるっ……)

 リサの小腸は全体が真っ赤でさらに光沢があり、その臓器が体外に出た瞬間血の風味が散布していた。それを丸い鼻孔で掴んだピエロは勢い良く鼻で空気を取り込み、リサの血の香りを吸引した。

 リサの身体から出た小腸を、ピエロはリサの腹に乗せた。どろどろと流動する小腸はリサの腹の白い肌を赤色に濡らし、さらにピエロの白かった素手を真っ赤に汚した。

 小腸から手を離したピエロは再びメスを手に取った。そしてリサの眼前で見せつけると、素早くリサの胸元を刺した。その切っ先は心臓まで達し、冷たい刃の感触がはっきりとわかった。心臓が破裂していくような感覚であり、同時に自分の意識そのものが消えていく感覚だった。

(ああっ……、私、死ぬんだ……)

 リサは必死に身体を動かそうとした。しかし身体は拘束されており、さらにピエロからの切開によって体力を消耗しているため少しも動かなかった。ピエロはリサにメスを突き立ててから、そのメスを離して小腸を掴み、にたり、と笑っていた。人間の生き死にを自由自在に弄ぶ感覚が心地良くてしょうがないようだった。ピエロは小腸を持ち上げた。両手いっぱいに持った小腸を鼻に近づけ、その香りを楽しんでいた。その顔はまさに、高級料理と相対した美食家そのものだと、消えかけていく意識の中でリサは思った。

(ゆ、ゆきな……)

 リサは最愛の人の名を胸中で呟きながら、視界では自分の小腸を楽しむピエロを睨みながら、ゆったりと絶命していった。

 

 部屋から逃げ出した友希那はそのまま廊下を歩いていた。

 脳裡には、あこが刃によって殺害された光景がいつまでもぐるぐると流れていた。それは凄惨な光景であり、それを仕組んだあのピエロの残虐性をそのまま表しているような気がした。

 思考しながら歩いている友希那は、やがて一つの扉の前に立っていた。それは両開きの扉で、深い赤色だった。友希那は迷わずその扉を開いた。キィィ、と軋む音と共に大きな扉が開いていった。

 先は長方形の大きな部屋だった。友希那が開いた扉の他に三つほど別の扉があり、室内中央には長いテーブルが置かれ、その左右にそれぞれ五つの椅子が置かれていた。ここは食事をするための部屋だった。友希那はゆっくりと辺りを見渡しながら室内に入った。中はなぜかひんやりとしており、全裸な友希那にはその冷たさが鋭く刺さった。

 友希那は適当な椅子に座った。椅子は空気より冷たく、むき出しの尻にひやりと刺さった。しかしそれでも友希那は、その寒さを無視して椅子に座り続けた。

 すると、閉じられていた扉が大きく開かれた。出入り口にはあのピエロが立っていた。両手に大きな盆を持ち、その上には赤色や肌色の何かが乗った二枚の円形の白い皿と、桃色の液体が入れらえたワイングラスに、二人分のナイフとフォークががあった。

 友希那はピエロを認めると立ち上がった。そしてピエロに笑みを向けた。

「遅かったわね」

 友希那は柔らかい声で話しかけた。完全に心を許した相手にのみ見せる笑みだった。ピエロは友希那の隣までくると、盆を置いて着席した。すぐに盆の上の皿とグラスとナイフとフォークをテーブルに移動させ、そのうちの一セットを友希那の方に差し出した。

「これがあのリサたち? ずいぶん血生臭いわね……」

 友希那も再び着席し、皿の上のものを見た。そこにはまず中央に肌色の物体があった。それは円形で、しかし中心にかけてぷっくりと膨れていた。まるで茶碗をひっくり返したような形だったが、その山頂は桃色で、中心に硬く実った突起があった。燐子の乳房だった。そしてそんな物体のすぐ上には、適当にとぐろを巻いている真っ赤な管があった。少し太い麺で作ったナポリタンのようにも見えた。リサの小腸だった。さらにその『麺類』の近くに添えられているのは、同じように真っ赤な薄い破片だった。輪切りにしたソーセージにそっくりだった。それは紗夜の足の肉だった。皿の内容を確認した友希那は最後にワイングラスを見た。中には桃色のどろりとした液体が入っており、さらにその上に赤色の瞳を持った眼球が浮いていた。あこを切り刻んだことで出来上がった液体だった。

「美味しそうね」友希那はナイフとフォークを持った。その顔は愉悦でまみれていた。念願の四人の肉体をようやく食べることができることに、この上無い幸せを感じていた。「どれも、新鮮だものね」

 友希那はまず紗夜の足の肉にフォークを突き刺した。

「あら、思ったより柔らかいわね……」

 血が滲んでいるため少し滑ったが、数回突き刺すことでしっかりと保持し、持ち上げることができた。友希那は紗夜の足の肉を口に運んだ。一口で頬張ると咀嚼した。ぬちゃぬちゃと音が鳴り、噛みしめる度に口内で血の味が広がった。紗夜の肉は旨かった。香ばしい風味が血と混ざり、舌触りは滑らかだった。あの紗夜の肉を食らっていると考えるとそれだけで恍惚とした。頬が火照り、心臓の辺りがじんわりと温かくなった。友希那はすぐに紗夜の肉を飲み込んだ。ゴクン、という強い喉越しがあった。肉を取り込むと紗夜と一体化したような感覚となり、さらに気分が高揚するのを感じた。

「とっても美味しいわ。……ねぇ、生きたまま削いだんでしょう?」

 友希那はピエロを見た。ピエロは友希那に優しい目を向けると激しく頷いた。

「やっぱりね……! とても新鮮で瑞々しいわ」

 嬉々とした声色を出す友希那は次に燐子の乳房にナイフを刺した。乳房は予想よりも柔らかく、ナイフの刃はスッと入っていった。左端一センチほどを切り取るとそれにフォークを刺し、断面を覗いた。脂肪の黄色と目が合った。

「これもすごく美味しそう……」

 唾液がグッと口内に溢れた。友希那はたまらず乳房を口に運んだ。その瞬間ぬるっとした感触が舌に現れた。それは燐子の乳房が何よりも柔らかく、ぶよついた舌をどこまでも受け入れている証拠だった。いつも見せつけるように存在していた燐子の乳房が、今まさに口の中に入っているという事実に友希那は興奮を通り越して微細な緊張感すら抱いた。この口内の乳房を余すことなく味わうべきだという使命感も持っていた。

 友希那はそのまま慎重に目を閉じて乳房を噛み砕いた。こりこりとしておりとても美味だった。友希那は乳房を飲み込んだ。紗夜の肉ほどの硬い喉越しは無かったが、脂肪のねっとりとした後味が口内に迸り、脳がくらつくほどの風味を感じた。

「……燐子の胸、いつも食べてみたいって思ってたのよね。こうしてありつけるのも、全部あなたのおかげだわ」友希那はピエロを見た。「本当に、ありがとう」

 ピエロに対して本心から来る感謝を告げた友希那はナイフとフォークを一旦置き、横にあるワイングラスに手を伸ばした。細っこい脚の部分を無視し、丸々と膨らんでいる部分を鷲掴みにして口を付けた。どろっとしたあこの液体が口内になだれ込み、刺激的な鉄臭い味が広がった。脳裡ではあのあこの『死亡シーン』が鮮明に流れていた。

 グラスを上に傾けると液体はどんどん流れ込んできた。友希那はそれを半分ほど飲んだ。

「あこのあれは刺激的だったわ。ちょっと驚いたけれど、だからこそこんなに美味しい飲み物になったのよね……。私たちが責任を持って食べ尽くさなきゃ、よね」

 グラスをダンッ、と置いた友希那は隣の席のピエロを見た。ピエロはにやにやと笑みを浮かべながらリサの小腸にフォークを突き立てていた。そのまま一気に持ち上げると口に運び、ズズッと音を立てながら大口で啜っていた。ピエロはそのまま全ての小腸を口に含むとぐちゃぐちゃと音を立てながら咀嚼し、一気にゴクン、と飲み込んだ。

 小腸を食べ終えたピエロと目が合った。二人はその瞬間笑い合った。念願のあの四人の肉体を喰らっているこのひと時が何よりも強い幸福として脳を潤し、それによって通じ合っている二人の間に、通常の人間たちが抱くいわゆる『愛情』にも似た感情が流れていた。

「ふふふ……」

 ピエロから目を離した友希那はリサの小腸をフォークで刺した。ピエロのように一口で食べれるとは思えなかったため、適当な位置にナイフを入れた。リサの小腸は見た目よりもぶよついており、切るのに苦労したが友希那は執拗にナイフを動かした。この、良くも悪くもしつこい雰囲気は本人の性格故なのかと勝手に思った。やがて小腸が切れた。何度も刃を押し付けたため断面はぐちゃついていたが、むしろその散らかり具合が美しく、興奮に値する、と友希那は思った。

「それじゃあいただくわ、リサ……」

 友希那はリサの名前を愛おしそうに呟くと、小腸を口に運んだ。その瞬間強い血の香りが鼻孔に抜けていった。脳裡では、(これがリサの内臓か……)という強い独白が流れていた。友希那はゆっくりと、一つ一つの動作を確かめるように小腸を噛んだ。滲み出る血が唾液を混ざり、口内のありとあらゆる箇所に散布した。それは至高だった。やはりこの四人の中で最も自分を理解しており、こちらもまたその人格を最も理解しているリサだからこそ、その肉体の一部は最高の一品として口が、脳が認識していた。友希那は激しく小腸を噛んだ。ぶよついた肉壁がぷちぷちと千切れていた。脳裡ではリサの顔があった。今まさにそのリサの内臓を食らっているのだと考えると口の動きが速まった。その興奮は脳を焦がし、すぐに下半身に落ちて膣口を濡らした。

 友希那はすでに唾液と一体化しどろどろになっている小腸を一気に飲み込んだ。食道を下る小腸はいつまでもその存在感を放っており、友希那が押し殺すまで続いていた。

 

 友希那とピエロの二人は、その『肉塊プレート』を楽しく完食した。先に食べ終えたのはピエロの方だった。皿に付着した三人の血が混ざった血をも綺麗に舐め取ったピエロは友希那がナイフとフォークを動かし、音を立てながら咀嚼する光景をじっと眺めた。そのため友希那は若干の羞恥を感じながら、しかし肉塊の旨さをじっくりと堪能した。残りの燐子の乳房を食べ尽くし、残ったリサの小腸を大切に味わいながら食らい、最後にワイングラスの中に残ったあこの眼球をデザートとして咀嚼して完食した。

 食事を終えた二人は食器類を乗せた盆を持って部屋を後にした。

 外には長い廊下が続いていた。それは一本道であり、左右の壁に等間隔で扉が設置されていた。二人は廊下を歩いて一つの部屋に入った。そこは大きな台所だった。ピエロは一つのシンクの中に盆を盆ごと入れた。それを確認した友希那はすぐに台所から出た。ピエロがその後に続いた。

 二人は再び廊下を歩いた。すでに目的地は決まっていたため一切の躊躇いも無く歩いた。五メートルほど進むと二人は一つの扉の前で止まった。その扉には表札が設置されており、そこには簡素な文字で『寝室』と書かれていた。

「やっぱり、食後の運動は大事よね……?」

 高揚した頬の顔でピエロのにやけ顔を見つめながら、友希那はノブを回した。


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