湊友希那となんか煩い医者モドキ。

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湊友希那となんか煩い医者モドキ。


湊友希那路上手術。

 轟音と共に高速で迫って来る巨大な影に、湊友希那は一切対処することができなかった。振り向いた時には、自分の背丈よりもはるかに高い紺色の物体が眼前に迫っていた。甲高い汽笛のような音が鳴り、同時に友希那の全身に衝撃が走った。強烈な痛みが駆け抜けたと思ったら、身体が上空に吹き飛んだ。数メートルほど浮遊するとすぐに落下が始まった。身体はものの数秒で硬いアスファルトの地面に落下した。ドチャリ、という肉が潰れるような音が鳴った。ありとあらゆる関節が変形し折れ曲がり、体内の臓器が破裂し、至る所から鮮血が流れていた。

「おい! 人が轢かれたぞ!」

「大変だわっ!」

「救急車っ! 誰か救急車を呼べっ!」

「やっばぁ! 写真に撮っちゃおう!」

 辺りに散らばる人間たちの、思い思いの叫び声を聞きながら、友希那は意識を喪失した。

 

「おい、君っ、大丈夫かね……。ふむふむ。大丈夫かねっ! ふむう」

「う……、あうあ……」

 身体を揺さぶられながら友希那は両瞼を開いた。眼前には、澄み切った空を背景に、一人の男が居た。白髪で、ニンニクのような特徴的な形の浅黒い鼻で、丸い黒の眼鏡をかけ、ワイシャツの上から白衣を着ている男は仰向けに寝ている友希那の身体を強く揺さぶっていた。

「あなたは……、誰っ……」

 友希那は途切れ途切れに質問した。

「私は医者だ。君を助けに来た」

 医者を名乗る男は鮮明な声で答えた。低くもなく高くもない男の声だった。

「助け……?」

 友希那は掠れた声を出した。なぜか腹から力強く声を出せなかった。

「わからないか? 君はこの場で車にはねられたんだ」

「車……?」

 友希那は思考した。すぐに、意識を失う直前の事を想起した。横断歩道を渡ろうとした時、信号を無視して突っ込んでくる巨大なトラックに轢かれた事をすぐに思い出した。

「なるほど……」

「思い出したか! 思考は正常らしいな! ふむう」

 男は幼稚園の園長のような温かいにっこりとした笑みを作ると友希那から視線を外した。そして左脇に置いた巨大な鞄に、青いゴム手袋をした右手を突っ込んだ。鞄の中からがちゃがちゃと音がした。

「君の身体の容態は少しまずい。だからここで緊急の手術を行う。いいね?」

「はいぃ……」

 友希那は答えながら身体を動かそうとした。しかし四肢は動かなかった。それどころかその感覚すら無かった。まるで最初から両手両足など無かったかのように、綺麗にその感覚がすっかり消えていた。

「今の君には麻酔を打っている。身体の回復を診るために意識だけはそのままだが、腕や足の感覚は無いだろう?」

 友希那の思考を読み取った男が説明した。そういうことか、と友希那は思った。

「しかしなぁ……。君の今の身体は、やはり少しまずいんだ、ふむう」

 男は鞄の中身をいじりながら、独り言のように呟いた。

「どういう、ことですか……?」

「ああ、せっかくだし見せてあげよう」

 男は鞄の中から鏡を取り出した。そして光景を反射する面を友希那に向けた。

 鏡に映る自分を視て、友希那は絶句した。

「な、なにこれえっ……」

 身体が半分ほど、無かった。腹の真ん中辺りから下が雑に千切れていた。断面からは中の真っ赤な腸がどろっと露出していた。

「すごいだろう。こんなになっても絶命せず、意識もそのままなんだから、君の生命力は素晴らしいな! しかし安心したまえ。君は運が良い。君の元にやってきた医者である私は名医だ。君のぐっちょんになってしまった身体も、私が綺麗に治してあげよう! ふむう!」

 男の声が、どこか遠くに聞こえていた。全ての光景が幻のように虚ろで、何もかもが偽りのように思えた。自分の身体が真っ二つになっているという現実が、友希那の脳裡に冷たく突き刺さっていた。友希那は生きたいと思っていた。身体がこんなになっても、それでもまだ生きていたいと思っていた。そしてこの状態から回復して生き延びるには目の前の『自称・名医』に全てを賭けるしかなかった。

「おねがい、します……」

 友希那は精一杯の力を込めて懇願した。しかしやはり声は掠れており、下手くそなリコーダーの音のように聞こえた。

 それでも男は太陽のような笑みで友希那を見つめ、すぐにまた鞄の中に手を突っ込んだ。

「まずは止血だ。君の流れる血を全て止めなくちゃいけない。むうう……」

 男は説明をしながら鞄から白い布を取り出し、広げると友希那の露出している腸にかぶせた。すぐに腸に付着している血が染み込み、真白い布はあっという間に真っ赤に染まった。

「まあこれでいいだろう。次は腕のやつだ。いいか、君の腕は崩壊したトラックから飛んできた硝子の破片で血まみれだ。君が眠っている間に硝子は抜いたが、傷口の対処はまだだ。これからそれをやる」

 男はしっかりとした説明をすると、唐突に口の中に右手の親指と人差し指を突っ込んだ。友希那はわけがわからなかった。どうして急に口に指を入れたのか理解不能だった。

 すると男は口の中から灰色の物体を取り出した。それはぐにゃぐにゃとしており、男が指で押し潰すと簡単に形が変形した。

「これを使う……」

 男は指の中の物体を友希那に近づけた。友希那は反射的に身体を動かして避けようとした。正体不明だったがその物体が奇妙なものであることは確かだった。しかし身体は言うことを聞いてくれなかった。やがて物体が友希那の右腕の傷口に触れた。それは男の口内にあったためかほんのりと温かく、見た目通りに柔らかい感触だった。粘土のようだ、と友希那は思った。男は傷口に乗せた物体を指で伸ばし、傷口を覆うようにした。

「止血完了……」

 男はやりきった仕事人のような深みのある低音で呟いた。友希那は戦慄していた。口の中から出したものはおそらくガムだった。男の不潔な口内で何度もぐちゃぐちゃと咀嚼され、男の唾液が中まで染み込んだガムを使って止血をする男の情緒が信じられなかった。友希那は男に抗議しようとした。しかし身体は依然として動かなかった。指一本動かせなかった。口を開いてもでてくるのはやはり下手くそな笛の音のような声だけだった。

「おっと……。いけない、最後の手当てを忘れていたよ。むうう……」

 男は唐突に思い出したかのように呟くと、その場で立ち上がった。友希那はそこで初めて男の下半身を視た。芥子色の短パンとゴム製の深緑色のサンダルを履いていた。短パンから伸びる二本の細い足には、濃い体毛がびっしりと生えていた。上半身のワイシャツと白衣と合わせて視ると、その頓珍漢な見た目に頭が混乱した。その出で立ちはどこからどう視ても医者ではなかった。ふざけた論文を何枚も書いているだらしない不真面目な教授のようだ、と友希那は思った。

 立ち上がった男はおもむろにズボンを脱いだ。下から出てきたのは豚のような桃色の上にデフォルメされた蟻のキャラクターがたくさん書かれたパンツだった。男はそのパンツも脱いだ。途端に焦げ茶色の陰茎が現れた。ミル貝の水管のような見た目の陰茎は、その先端から透明な粘液が垂れていた。

「ふんふんふんふん……、よし! これを使おう!」

 下半身を露出した男は膝を付いて友希那の近くに接近すると、右手に持ったパンツを友希那の腕の、ガムで止血した位置に巻き付けた。何度も巻き直したことでパンツの布が腕の肌に擦れた。男は五回ほど巻き直してからようやく結んだ。

「止血完了!」

 男は再度叫んだ。

「ふざけないでよ!」

「え、どうして?」

「どうしてって――」

 唾液まみれのガムに続いて陰茎を覆っていたパンツを使うという男の神経が、友希那は理解できなかった。腕に不潔なものがたくさんついていることがどうしようもなく嫌だった。一度命を預けた相手にここまでされると、裏切られたような気持ちとなり喪失感が襲った。しかし今の友希那には何もできなかった。この不審者から逃げることも、他の人間に助けを求めることもできなかった。ただ何もできない無力感だけが脳裡に溜まっていき、歯列を噛みしめながら男を睨みつけることしかできなかった。

 友希那が男を睨んでいると、唐突に男と視線が合った。友希那の怒気にまみれた顔を視た男はにやけた。その顔は悪人そのものだった。異常なほどに歪曲した唇から覗く歯列は悉く黄ばんでいた。そんな歯で何度も咀嚼したガムが今自分の腕に貼り付いていると考えると、全身がわなわなと震える怒気が身体を包んだ。

「貴様、医者である私にそんな態度でいいのか? このまま貴様を放置して、どこかにさっさと去ってもいいんだぜ? むうう?」

「ひきょう、ものっ……」

「へへ。なんとでも言えばいいさ。私の患者になった以上、私への態度には気を付けたほうがいいぞ。麻酔だって無限じゃないんだからなっ! むう」

 男は笑っていた。その笑みは、視た者に不快感を誘発させる不気味に歪んだ笑みだった。

「さてと……。とりあえず君の名前を訊こうかな? 正直に話さなければ、わかるね?」

「湊友希那よ……」友希那は仕方なく正直に答えた。

「友希那君か! 私は……、まあ名乗るほどの者でもないさ。これからよろしく。むむう」

 男はへらへらとした笑みを浮かべながら友希那に右手を差し出した。どうやら瀕死の友希那と握手をしたいようだった。友希那は動かない腕を無理やり動かそうとした。しかしまだ体内に残る麻酔によって腕は少しも動かなかった。

「あ、そっか……」男が何かに気付いたように目を見開いた。「君は今麻酔か」

にやけた男はそのままおもむろに立ち上がった。友希那は男の突然の行動に言葉を失くして見つめた。男は萎んだままの陰茎を右手で撮み、その先端を友希那の露出している腸に向けた。

「ちょっとあなた、何を……」

「うう、出るっ!」

 次の瞬間男のぷっくりと膨れた陰茎の先端から黄色い尿が飛び出した。それは緩やかな放物線を描いて友希那の腸と、それの上に被されている真っ赤な布に飛び散った。びちゃびちゃと音を立てながら布と腸を濡らす尿からは強烈な汚臭がした。

「ああああっ。気持ち良いっ! 女の子の腸におしっこかけるの気持ち良いいいっ!」

 叫ぶ男を前に友希那は言葉を失った。ありえない行動に泣き叫ぶことすらできなかった。この場から逃げ出したかったが足はすでに欠損している上に、残っている両腕は動かすことができなかった。故に友希那は男の放尿をそのまま無抵抗で受けていた。腸に落下する尿の感触がはっきりとわかった。男の陰茎から散る尿は飛沫となって顔面や衣服に付着していた。そこから香る独特の臭みが鼻孔に絡みついて目眩が発生していた。

「ふう。やっぱりおしっこは女の子の腸にかけるに限るな!」

 尿を全て出し切った男はすっきりとした顔つきで、確認するように呟いた。そして下半身全裸のまましゃがみ、尿でしとどに濡れた友希那の腸の上の布をはぎ取った。今だにむわっとした熱を放射している臓物が再び外気に触れた。

「旨そう……」

 男は本気で友希那の腸に食欲を抱いているような眼光だった。そのまま数秒ほど顔を接近させて腸を見つめてから、唐突に立ち上がって友希那の視界から消えた。

「友希那君っ! こんなものはどうかな?」という叫び声と共に、男は友希那の視界に戻ってきた。

 その手には肌色の物体が握られていた。

 友希那はそれが何なのかを理解するのに、数秒の時間を必要とした。視界の中のそれが一体何なのかを、脳が徐々に理解していった。そしてその理解と共に、友希那は双眼を大きく見開いた。

「そ、それって――」

 足だった。トラックとの事故によって身体から分離したはずの、正真正銘の友希那の二本足が、男の左右の手に握られていた。事故によって離れたのだから、こうして男が持っているのもおかしい話ではないはずだったが、それでもやはり自分の身体の一部だったものが他人に握られているという状況は、脳に混乱を巻き起こした。

「友希那君の足!」男は右手にある友希那の足に鼻梁を近づけて吸引した。「んーっ! 良い臭いだっ! むうむうっ!」

「き、気持ち悪いっ……」

 友希那は恍惚としている男に毒を吐いた。それが精一杯の抵抗だった。しかし男はそんな友希那の慣れない罵倒など一切気にせず、そのまま足の臭いを嗅ぎ続けた。少女である友希那にとって、自分の足などどんな臭いがするのかわからない魔境でしかなかった。それが他人である男に無遠慮に嗅がれているという事実は、そのままどうすることもできない屈辱として全身に伝っていた。

「や、やめなさいよ! 汚いじゃないっ……」

「うーんっ。香しき友希那っ……」

 男は呟くと左右の足をそのまま下半身に持っていった。友希那はそこで改めて男の陰茎を見つめた。それはいつの間にか大きくなっており、牡丹色の丸っこい先端がピンと上を向いていた。男は友希那の足の裏で左右から陰茎を挟んだ。

「おほっ! 友希那足気持ち良いっ! 気持ち良いよおおっ!」

 男は声を荒げながら左右の足を動かした。つるつるとした足裏が陰茎の竿を擦っていた。男の腕の動きはすぐに速くなった。友希那はその羞恥心を捨てた光景をただ見つめることしかできなかった。足の無い自分は当然動くことなどできず、目の前で繰り広げられる友希那の部位をただの玩具として扱っている男の姿を見ることしかできなかった。

「ああっ! もう出るっ!」

 男は叫びながらしゃがんだ。友希那には男の言う『出る』の意味がわからなかった。もう一度陰茎から尿を出すのかとも思ったが、男の緩んではいるが気迫のある顔からは尿以外の何かを読み取った。男はしゃがんだ上に友希那の顔面に接近した。鼻先に亀頭があった。男の陰茎からは酸っぱいような激臭が漂い、それを嗅いだ友希那は脳がくらつく思いをした。

「ううううっ!」

 男が呻きながら腰を前に突き出した。鼻先に亀頭の先端が触れると同時に、そこから何かが炸裂した。それは友希那の顔面に大胆に飛び散り素肌をねっとりと濡らした。

(なに、これっ……)

 男の体内から発射されたそれは男の熱量をそのまま友希那に知らしめ、香ばしい汚臭と共に顔面に滞在した。両腕を動かせない友希那は顔の粘液を拭うこともできず、ただその不快な気配をいつまでも感じることしかできなかった。

「むふふぅっ……」男は自分の竿から友希那の足を離した。陰茎はすっかりその勢いを喪失し、充電期間に突入していた。

「さて、次は何をしようか、友希那君っ……」

 男は友希那の足を鞄に押し込みながら呟いた。

「もうやめて……」

 友希那は精一杯の声を出した。こんな仕打ちはもう勘弁してほしかった。事故に遭うだけではなく、こんな意味のわからない医者モドキに足を好き勝手にされたことで、脳裡には悔しさと困惑が同等の割合で蔓延り、友希那の平穏だった情緒を揺るがしていた。

「そうはいかない……。なぜなら私は君の名医だから! むむう」

 男は張りきっている弾んだ声で叫んでから立ち上がった。

 すると後方から藍色の衣服を身に着けた男が接近してきた。友希那は反射的に身体を隠そうとしたが、しかし当然両腕は動かなかった。

「すみません、ちょっとお話良いですか?」

「はい?」

 男は眉間にハテナマークを浮かべながら振り返った。

 そこに立っていたのは警察官だった。藍色の制服に身を包み、同色の帽子を被っていた。男に鋭い眼光を向けている警察官は友希那のことをちらりと見るとすぐに目を離した。今の友希那にはそれがとてもありがたかった。

「あなたを逮捕します」

 警察官は明瞭な声で宣言した。その右手にはいつのまにか黒色の手錠が握られており、下半身に何も身に着けていない白衣の男のことを睨んでいた。

「刑務所の食事に内臓はありますか」

 男はにやけながら両手を警察官に差し出した。


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