(、、、、、、)
書斎までの道中でトールは考えていた。
その内容はもちろん、自らの師匠コーエンに対する向き合い方についてだ
まだ若年とは言え、毎年の様に伝説級の活躍を残すトールは事あるごとに師であるコーエンから「謙虚であれ、用心深くあれ」と言われている。
側から見れば厳しいが、この歳になればそれだけではない事に気づく
そして毎年窮地に陥る度に、彼の教えが頭を掠めるのだ。
感謝するべきか?それとも教えの通りだったと謝るべきか、、、?
その答えが迅速に出せる程、トールはまだ大人ではなかった。
ガチャン、ギイィ
書斎の扉の前に着くと同時にトールは躊躇う事なく扉を開ける。
躊躇えば、見透かされるからだ。
「、、、トール、帰ったか、こっちだ、」
「、、、、あぁ」
書斎、、、と皆は言うがその実は図書館だ。
大きさは大ホールとほとんど同じでありながら吹き抜けで2階まである。
壁は天井までぎっしりと本で埋まっている。
大昔にここは一度雪崩で崩れてしまったらしく、現在の図書館は再度建て直されたものだとコーエンから聞いた、、、
、、、俺は木製の棚が乱立する更に奥、声がした方向に向かう。
一階の隅、本棚の後ろの読書スペース、そのさらに隅の一段下がったところ
日当たりも悪く薄暗い隅の隅の一角、ここがコーエンが気に入っている場所だ。
常にここにコーエンがいるから、皆はここを(コーエンの)書斎と呼ぶのだ。
薄暗い一角、そこに座っていたのは白髪混じりの壮年の男性であった。
顔全体にかかった髭と綺麗に整えられた白髪混じりのオールバック、それがより一層威厳を醸し出している。
「やぁ、コーエン」
「、、、どうだった、今年の『道』は、、、?」
「少し南に下ったよ、元レダニア領のノヴィグラドまで」
「、、、ノヴィグラドか、、、あそこの連中は品がない、、、」
「まぁ、その意見には概ね賛成かな、怪物呼ばわりされてあんまり良い気はしなかったな」
「、、、やはり、か、、、まぁ、良い経験になっただろう、、、、」
「、、、トール?何をしている?、、、座りなさい、、、」
「ん、、、?あ、あぁ」
トールは促されるままコーエンの向かいに座る。
「、、、それで?どうだった、、、?今年の『道』は、、、?」
コーエンはトールに向き直り、再度同じ質問をする。
(あぁ、これだよ、、、何でもかんでも根掘り葉掘り聞いてこようとしてくる、、、こっちは話したく無い事もあるのに、、、)
トールはここに来るのを躊躇った理由を思い出した。
「コーエン、、、?まだボケる歳じゃないだろ?ノヴィグラドに行ったんだ」
「ボケとるのはお前だろう、、、?俺は具体的な事を聞きたいんだ」
「具体的な事ねぇ、、、村を転々としながら南下して、、、人を助けて、、、」
トールは言葉に詰まった。
「人を助けて、、、?」
コーエンが話の続きを促す
「あぁ、、、猫流派のウィッチャーに出会った」
「、、、、」
コーエンは眉をしかめる、、、当然の反応だ、猫流派のウィッチャーは数十年前までは大陸全土に悪名を轟かせていた。
その世代が全盛期のコーエンは彼らを嫌っているはずだ。
トールも同様、少し躊躇った後に覚悟を決めた。
自分の胸でつっかえているものを取り除く為だ。
重要な事では無いとたかを括って、後から大問題になる事は何度も経験したからだ。
「はぁ、、、なぁコーエン、本来ならここで他愛のない話をしたいところなんだが、相談があるんだ、、、厄介ごとに巻き込まれたかもしれない」
「、、、話せ」
「あぁ、でもその前にコーエン、白髪の猫流派のウィッチャーを知らないか?」
「白髪?リヴィアのゲラルトか、、、?」
「あの人は狼流派だ。なんだコーエン、やっぱりボケ始めてるじゃないか」
「お前は俺をボケさせたいのか?残念だがあと200年は先だな、まぁその前に死ぬだろうがな」
「話を戻そう、それで、白髪の猫流派のウィッチャー、、、背丈は52寸程で目の下に平行に2本の傷がある、心当たりは?」
「ふむ、、、無いな、52寸、随分と低いな、、、発育不良かハーフリングか、、、?、、、そもそも本当に猫流派なのか?」
「ハーフリングか、、、俺も最初に聞いたよ、でも間違いなく人間族だ、発育不良、、、そうかもな、、、猫流派、、、それも疑わしい、なぁコーエン、昔は自分の流派のメダルを自作してたってのは本当か?」
「、、、?お前は一体いつの話をしているんだ?そんなものは、かのヴェセミル卿が新米の頃の時代だぞ、、、?」
「ヴェセミル、、、狼流派の、、、?」
「、、、あぁ、、、狼流派の中でも一際誇り高いウィッチャーだった。俺もあの方から多くを学んだ、多くをだ、、、メダルを自作していた話はその時に聞いた、とても興味深く食い入る様に聞いていたのを覚えてる。」
「それで、、、そんな大昔の風習が何故関わってくる、、、?」
「あぁ、そのウィッチャーが首から下げていたメダルがそれだった。」
「、、、大昔のウィッチャー、、、もしくはウィッチャーを語る不届者という事か、、、?」
「あぁ、だがそのウィッチャーは老けていなかった。一見すると子供の様にも見える。ウィッチャーは人間より遥かに遅いがそれでも歳をとる、これは明らかに不自然だ。」
「そいつの目は?」
「確認したさ、俺達と変わらない猫の目だった。ウィッチャーを語る人間って線も無しだな。」
「、、、そうなると、どこぞの流派の新米が大昔のウィッチャーの死体から奪ったか、師からメダルを譲り受けたか、、、?」
「、、、新米か、、、俺が思うに、それも無いな」
「、、、何をもってそう思った?」
「コーエン、俺は何度もあんたに、依頼は注意深く観察し、遂行しろと言われたよな。」
「ほう、覚えているとは感心だな、何度も言い聞かせた甲斐があった」
「耳にタコが出来るほどな、、、そうだ、奴は驚く程注意深く依頼を観察し、その後に起こる出来事も全て予知していたかの様に振舞ったんだ、事実その通りになった。」
「振る舞いか、、、経験のみが成せる技、、、だな」
「あぁ、この際だから白状するがその時俺は報酬に目が眩んで安易に受けようとしてた。」
「、、、トール、、、あれほど言ったのにお前はまだ、、、」
「コーエン、説教ならまた後にしてくれ、今はもう反省してる。本気でだ。」
「、、、まぁ良いだろう、勉強になったな、そろそろ本題を話せ、巻き込まれた問題とは何だ?」
「あぁ、依頼を終えて、俺とその猫流派の男は細心の注意を払って依頼主の家で彼と敵対しない様に穏便に交渉していた、額面通りの報酬を受け取ろうとな、しかし依頼主は報酬を渡さないと言い放っただけでなく、俺達に衛兵を差し向けやがった。」
「下衆め、、、減額は提案したのか?」
「減額、、、?ありえない、俺達ウィッチャーは依頼された通りに仕事をする、依頼主は提示した通りの額を払う、当たり前だ。それが信頼というものだろ?それに奴は俺達を怪物呼ばわりしてびた一文払う気すら無かった。」
「はぁ、、、いいか、トール、、、今のお前の言った事は全て正しいが、世の中は正しいかそうでないかでは割り切れんのだ、、、」
「コーエン、今はよしてくれ、、、」
「、、、まぁ良い、そうだな、説教は置いておこう、それで、、、逃げたのか?」
「いいや逃げられなかった、、、結局、、、衛兵を全員殺すハメになった、、、」
「、、、殺しただと、、、!?トール!自分が何をしたか分かってるのか、、、!?」
「囲まれてたんだ、、!あぁするしかなかった!」
「はぁ、、、なんて事だ、、、死体は、、、?」
「死体の話は置いといて、、、コーエン、あんたの言いたい事は重々承知している、、、俺達ウィッチャーが大勢を殺せば虐殺として語り継がれる可能性がある、、、それは俺達グリフィン流派の立ち位置すら危なくさせる行いだとも理解してる、、、それでもあぁするしか無かったんだ、、、あの数相手に背中を向ければこちらの命が危なかった。」
「、、、そこまで理解しているのであれば何も言わん、、、本当にやむを得なかったのだな、、、」
「そうだ、、、ここからが本題だ、猫流派の男に生き残った使用人達を一箇所に集める様に指示された。」
「、、、殺したのか、、、!?」
「、、、俺も最初はそうするかと思った、事実俺がいなければそうしていたと語っていたが、使用人達は殺されなかった、、、」
「お前がいなかったら殺していた、、、?そいつはお前の気持ちを汲み取ったとでも、、、?」
「恐らくそうだ、、、彼は依頼主を妙な方法で殺した時、激しい怒りに苛まれていた。」
「妙な方法、、、?」
「あぁ、依頼主はウィッチャーを捕らえて拷問していたと語った、その瞬間猫流派の男は激昂し、依頼主の心臓に手を突っ込んで、蒸発させた。」
「蒸発、、、?何か特別な魔術か?」
「あぁ、本人はそう語ってた、その他にも奴は相手を凍らせる念力波、アードを放っていた。」
「特別な[印]か、、、お前の件もある、これについては否定しきれないだろう、、、」
「、、、そうだな、そして猫流派の男の怒りの引き金はウィッチャーへの扱いだった、、、よほど仲間意識が高いと見える」
「猫流派に仲間意識か、、、」
(あー、、、俺もその反応してたな、、、)
「あぁ、、、だが地下で拷問されていたウィッチャーの装備が戦利品の様に飾られているのを俺達が見た時、奴は酷く落ち込んでいた、そして隠していたが恐らく怒ってもいた、、俺がいなければ使用人達も殺してしまいかねん程にな、、」
「奴らにとっては幸いだったな、」
「あぁ、そして男は邸宅の金目の物をかき集めて、使用人達に配ったんだ」
「、、、ただのお人好しってわけでは無さそうだな、、、おおかた、口止め料と言ったところか、、、、」
「その通り、口止め料だ、、、だがそれだけじゃない、奴は契約だと言った、この邸宅で起こった事を口外してはならない、俺達ウィッチャーがここにいた事も口外してはならないと、使用人達が金目の物を受け取り終えると皆胸を押さえて苦しみ出した、恐らくは何らかの呪いだ、、、男は約束を破れば悲惨な死に方をすると言っていたが、俺の勘が正しければ彼の言葉は本当だ。」
「、、、不老、、、呪い、、、妙な魔術、、、ジンか、上級吸血鬼の類か、、、?」
「その線が怪しいと思ってる、だがそうなると奴のウィッチャー、、、変異体の同胞に対する執着は何だ、、、?」
「現時点ではわからない事の方が多いな、、、」
「あぁ、更に驚いたのが奴は使用人達を近くのノヴィグラドまで護衛したんだ。考えられるか?金を与えて、彼らの無事まで保証した。」
「それは口止め料とは別の思いやりの心だと?」
「俺にはそう見えた、そしてそれは間違ってないとも思う。」
「そうして猫流派の男は死体を邸宅に集めて焼き払った、目撃者は誰1人としていない、証拠も残さず、不自然に燃えた邸宅と白骨死体だけを残してな。」
「証拠を全て消し去ったのか、、、」
「あぁそうだ、俺達と同じで奴もウィッチャーの評判がこれ以上下がるのを恐れていた、だから、しつこく俺達に関与する証拠を消そうとしていた。恐らく奴も悪評がもたらす偏見とその先のウィッチャーへの憎悪、その先の虐殺を理解しているんだと思う。」
「その上で、目撃者を殺すのではなく、契約で縛り付ける方法を彼が選択したのは使用人達にとって幸運だった。本当ならあの邸宅で骨になっていてもおかしくは無かったからな、、、」
「奇妙な奴と出会ったな、、、」
「あぁ、邸宅で見つけた金目の物を全て俺に渡すと奴は消えた、奴が言うには金目の物はほとんど全て盗品で、どこで売ろうが足はつかないと、俺はそれを持って帰ってきた。」
「信用して良いのか?我々グリフィン流派が、、、お前が強盗殺人を犯したと判断されれば、お前の命すら危ういぞ?」
「あぁ、、、奴はそれすら警戒していた、その上で大丈夫と言い切り、更にその上で慎重に慎重を喫して誰にもバレないように遠いこの地で売れとも言っていた、、、」
「執拗なまでの慎重さ、か、、、それで、その邸宅の連中を皆殺しにした挙句金目の物を奪ってきた事が厄介ごとって訳か。随分と遠回りだったな」
「まぁ、そんなとこだ、、、コーエンはこの話を聞いた上でどう思う?金目のものは全て寄付に回した、今ならまだ取り返せるが、そのままコヴィリとポヴィスに売って大丈夫だと思うか?」
「まぁ、俺の見立てでは大丈夫だと言っておこう、そこまでの慎重さを喫する男、例え猫流派とて信用に値する。それにもし全てが明るみになって問題になったとしてもさっきの話をすればお前の無罪放免の確率は五分五分だ、そこに俺の口添えで七分、お前の今までの功績で八分、十全とは言い難いが、事件が起こったのは自由都市ノヴィグラドだ、場所が場所なだけに外交問題にもなりづらい、、、案ずる事はないだろうな」
「そうか、、、良かった」
「トール、仕方がなかったとは言え、他人を殺して手に入れた物だ、あまり褒められたものではないがよく話してくれた、我々グリフィン流派である限り、問題の共有、そして助け合いは素晴らしい事だ、ようやく口を酸っぱくしてお前に言い続けた理由をわかってくれたか、、、褒めてやろう、、、しかしまだ依頼に対する注意深さが足りないな、その猫流派の男がいなければどうなっていたか、、、そして争いを回避しきれなかったのはお前の未熟さ故だ、トール、良いか?我々はウィッチャーだ。そもそもウィッチャーというのは「コーエン、わかったから説教は後にしてくれ、、、」
「いいやダメだトール、そもそも後があるという考えがダメだ、ウィッチャーはいつ死ぬかわからん職業だという自覚がないようだな、、そもそも、、、、、、、」
(始まった、、、これだよ、、、だから会いたくなかったんだ、、、)
その後のコーエンの説教は数時間に渡り続いたそうだ、、、