1287年 7月 自由都市 ノヴィグラド近郊
ガラガラガラガラガラガラガラガラッッッッッ!!!
時刻は夕暮れ
山道から少し外れた場所にて男は馬車を必死に走らせていた。
車輪は大きな音を立て、山道を駆けていた。
「走れっ!!!!クソッ!!クソッ!!」
男は叫びながら必死に鞭を叩き、馬を急がせる
「お父さんっっ!!!!早い!!!!止めてぇ!!!!」
後ろの乗室からは少女の声が聞こえる
少女は馬車の異常な速さと体に伝わる山道の衝撃で動転してしまっている
「黙ってろ!!!止めたら死ぬ!!!走れっっ!!!」
「お父さん!!!!!!」
「ユスティアナ!!!静かにし、っっっ!?」
ガシャァァァァァァァァッッ!!!!!
男が後ろで叫ぶ娘に気を取られた一瞬、馬が倒木に足をとられ、馬車と男は宙に放り投げられてしまう。
男の視界が映したのは咄嗟に受け身をとろうとして前に出した手
そして自らの視界一杯に広がる巻き上がった泥
それが男が意識を手放す前に最後に見た光景であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
グチャ、ベギッ、パキキッ、、、パチャ、パチャ、パチャ
耳を刺す不快な音で男は時を置かずして目覚めた。
(、、、、、、、、何の音だ、、、?)
男がところどころ痛む上体を上げ、最初に目にしたのは
最愛の娘の腑を怪物が貪る光景であった
恐らくもう息絶えてるであろう娘の目は見開き、まるでこちらに助けを求めるかのようにこちらを見据えていた。
「ユスティ、、、、、ッッ!!」
最愛の娘の名前を叫ぼうとした男は怪物に気取られないように咄嗟に両手で口を塞ぐ
しかし、男の口を押さえたのは左手だけであった
違和感に気づき、男は自らの右手に目をやると
右手は人のものとは思えないほどぐしゃぐしゃにひしゃげていた
「、、、、、、、、ッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!」
認知してしまった瞬間、痛みが脳内を駆け巡る。
しかし、残った理性で声を押し殺す。
「うぐ、、、、、っ!!ぐぅ、、、、!!、、、」
男の目からは大粒の涙が溢れ続けた。
それは痛みによるものなのか、それとも
最愛の娘が目の前で怪物に貪られるのをただ黙って見ているしかできない
無力感からなのか、それとも次にこうなるのは自分だと理解してしまった事からくる恐怖なのか、、、、、、
男はもうわからなかった。
しかし
(そうだ、、、ベルン、、!ベルンは、、、!?)
男は気づく、もう1人の子供の存在に
男には子供が2人いた。
最愛の娘、そして息子。
(まだ、馬車の中かもしれない、、、!あの子だけは、、、、!)
それは父としての気持ちの強さだったのかもしれない
男は右腕の痛みを忘れ、息子だけでも連れて逃げようと立ちあがろうとする
しかし
「、、、ッッ!!ウヴッッ!!ゲヴォッ!!ッッハッ!」
肺に圧迫感を感じ、男は胸に溜まっていた血をたまらず吐いてしまった。
恐らく衝撃で肺が潰れて少し出血してしまったのだろう。
男は痛みには気にも止めずに怪物に目をやり、馬車へ向かおうとする。
そこでさっきの吐血の音を聞いた怪物と目が合ってしまったのだ。
「ケェアアアアッッッッッ!!!」
鳥類の怪物はこちらに短く叫ぶと、今にも襲い掛かろうと足をバタつかせ始めた。
「ッッッ!!!」
男はもう最後に残った息子の事すらも頭になかった。
ただ死にたくない一心で走り出そうと地面を足が蹴る。
しかし、満身創痍の身体はすぐによろけ、男の視界にはまたしても泥が被さる
走馬灯
まさしく、男の頭の中に流れたものはそれだった。
バサッッッ!!!
しかし、「私」は走馬灯を最後まで見ることはなかった。
一瞬だった。
薄緑の服を纏った男自分と化け物の間に割って入るように走り込み、
地面に手を置いた。
その瞬間
バシュウッ!!!
「キャウワァァァァァッッ!!」
独特の音と共に紫色の光が男と怪物を囲む円を形成するように現れ
怪物が苦しみだした。
すかさず薄緑の男は背中に背負った2本のうち一本を引き抜き怪物に切りかかった。
「ふんっ!」
ブシャァッ!
「グゲェアァァァァァァァァッ!!」
怪物はたった一振りで足を切り落とされ、先程までの鳥類のような甲高い声から苦しみに満ちた声を放つ。
怪物が必死に反撃に転じようとしても、男が手をかざすと球体のようなものが男を包み込み、怪物の攻撃を防いでしまった。
「、、、ちっ!急いで来たのにコカトリスかよ、、、」
怪物の鳴き声と羽の音がうるさい中でも男の声はしっかりと聞き取れた。
なにやら悪態をついているようだった。
「まぁ、いいか」
バァァンッッ!!
男がそう呟くと、男を包む球体は爆発して怪物を怯ませる
「ふっ!、、、ゔらぁっ!」
男はその隙に剣を振り上げながら怪物の腹を掻っ捌き、無駄のない綺麗な剣筋でそのまま怪物の首を落としてしまったのだ。
あっという間だった。
怪物と1人で渡り合う人間
聞いたことがある、、、、、
そして間違いない、、、、ウィッチャーだ。
魔法と剣を同時に操る、怪物退治の専門家。
初めて見た。
それにあんな恐ろしい怪物を1人で、、、、
「失礼」
「!」
気づけばその男は私の目の前に立っていた。
男は2メートルもあろうかという大柄な男だった。
髪の色は目を引く金髪で、とても爽やかで整った顔立ちをしていたが
左目の下から首にかけての古い切り傷が彼の整った容姿に一種の厳さのような印象を与えていた。
なにより目を引いたのはその目だ、眼球は全て赤黒くなっており
目の周りまで黒くなっている。
そしてその目を中心にして血管が浮き出ており、その姿はまるで
「怪物、、、、」
「、、、、、、」
「あ、、、、、っ!!!誠に申し訳ない!!!」
私が咄嗟に口をついてでた言葉を訂正しようと頭を回転させると
男は慣れた所作でこちらに一礼してきた。
人間離れした見た目で慣れた所作で丁寧な対応をする男の違和感により
更に私は混乱してしまった。
「構いません、それより助けが遅くなってすまなかった、、、見たところあちらの少女はあなたの娘でしょうか?。こちらで埋葬するのであれば手伝います。」
金髪の男が向いた先には最愛の娘の姿があった。
先程まで怪物が貪っていた内臓は殆ど残っておらず、腹部から胸部にかけてところどころ骨が飛び出している無惨な姿だった。
しかし、顔は大量の血に覆われてはいるものの、はっきりと確認できた。
その目は見開き、虚空を見つめていた。
「あぁ、、、っ!!!ユスティアナ、、、!神よ!!!何故、、、!!!!」
「っ!そうだ!!!ベルン!!!ベルン!!!!」
「落ち着いて、馬車の中にまだ誰か?」
「息子だ!息子がまだ中にいるんだ!!」
「いいですか、今のあなたではあの馬車の扉は開けられません、私が確認します。あなたは娘さんの目を閉じて、別れを告げてあげてください」
「ぐ、、、っううううう、、、、っ!!」
満身創痍の男は、ただ金髪の男が馬車へ向かうのを見届けながら涙を流し、ただ最愛の娘の血だらけの亡骸を抱きしめることしかできなかった。