シアナ教授に対する質問責めは講義の時間が終わるまで続いた。
・彼女はいるのか?
いない
・女魔術師と寝た事があるか?
ない
・性別は?
見ての通り、男
・目の下の傷は何故ついたのか?
吸血鬼と戦った際に爪が掠った
ざっとこんなもんだ
いくつかの質問に答えるうちに、気づけば講義は終わりの時間になっていた。
「それじゃあ、まぁ自己紹介はこんな感じだ。もう俺の事はわかっただろ?次の講義の時はできる限り怪物の事を教えるからなー」
シアナ教授は時計を見て切り上げた。
「シアナ先生ー!他の講義は受け持つんですかー?」
「俺の講義は怪物についてだけ、だから一日か二日に一回だけだ、次の講義は、、明日だな、遅刻するなよ、ほら解散しろー」
シアナ教授は手を叩いて生徒達をはけさせる。
しかし、生徒達はまだまだ聞きたい事があるようで、シアナ教授を取り囲んで未だに質問責めしている
「シアナ先生!聞きたい事が、、、」
「先生!猫の目を見してください!なんで黄色なんですか!?」
「シアナ先生!剣を教えてください!」
「シアナ先生!剣を触っても良いですか!?」
「先生!猫みたいでかわいいです!」
「待て、、、っ!お前ら!俺はウィッチャーだぞ、、、!?なんでお前ら怖がらないんだ、、、!?とにかく、、、!また明日、、、だ!」
シアナ教授は人混みをかき分けてそそくさと立ち去ってしまった。
他の生徒達は渋々諦めて、次の講義へと向かった。
俺はそれを見届けると、次の講義を確認して、指定の講義室へ向かった。
しかし、俺はある事に気づき途中で足を止めた。
(あの子、臨時教授だったのか、、、しかもウィッチャー、、、っ!!?だとすると錬金術もできる筈だ、、、!!バカか俺は!)
錬金術
それは今現在俺が最も興味を注いでいる分野だ。
そして更に言うなれば俺が最も興味を抱いているのは霊薬の調合技術だ。
薬学の神童ともてはやされていた俺だが、ある時読んだウィッチャーの霊薬についての本は俺の心を掴んで離さなかった。
反射神経、治癒能力、その他の能力を一時的とはいえ向上させる。
人間の能力を向上させる事ができる、、、!
そんなのまさしく神の業だ、、、!
、、、それ以来俺は人を助ける薬学から離れ、人間の能力を向上させる霊薬を研究し続けてきた、、、お陰で他の薬学を研究している物達からは見下され、愛想を尽かされたが。
その鍵を握っているウィッチャーに何故何も聞かなかったのだろう、、、本当に愚かだ、、、!
俺は次の講義をすっぽかして学院を走り回り、彼を探した、、、するとさほど時間はかからずに見つかった。
「シアナ教授!シアナ教授!」
「、、、ん?、、、あぁ、さっきの生徒か、、、君は珍しくただ1人ずっと黙っていたな」
驚いた、あれだけの生徒がいたのにしっかりと自分を覚えていたのか、、、
「えっと、、、はい、ところで、その、、、聞きたい事が、、、」
「はぁ、、、今日の講義はもう終わりだぞ?また明日な。」
シアナ教授はため息をついた後に、手を振りながらさっさと立ち去ろうとする
「ま、待ってください!」
ぐいっ!
ガシャンッ!
「んぐぇっ!」
俺はこの場を後にしようと踵を返した教授の背中を捕まえようとするも、まるで後ろに目があるかのように避けられてしまい、咄嗟に彼の背負っていた剣を掴んでしまう。
シアナ教授の口からは、間抜けな声が出ていた。
「、、、、、」
シアナ教授は顔をしかめてこちらを見ている
「、、、あー、えーっと、すみません、、」
「、、、まぁいい、、、ここまで必死に止めるって事はどうしても聞きたい事があるんだろ?聞いてやる、、、ただ、つまらない質問だったら許さないからな。」
シアナ教授は不機嫌そうに話を聞く姿勢を示した。
「、、、!はい!ありがとうございます!」
「私はその、、、独自に霊薬を研究しておりまして、是非ウィッチャー直々にご教授願いたいのです!」
「、、、まぁひとまずはちゃんとした質問で良かった、、、それにしても霊薬か、、、その存在を知っている人間すら珍しいのに、何故霊薬に興味を?」
「ウィッチャーについて書かれた本を見たんです。霊薬について言及している項目があって、、、初めて見た時は作り話だと思いました。人間の身体能力を底上げするロジック、そしてそれを可能にする技術、全てが私の想像以上でした。」
「ふむ、、、面白い考えだ、、、だが難しいだろうな、、、」
「難しい、、、とは?」
「二つ問題がある、、、まず一つ目は、知ってると思うが霊薬は劇薬だ、、、普通の人間が飲んだらほぼ確実に死ぬ、普通の人間である君に製法を教えても、なんの役にも立たないと思うぞ?」
、、、わかっている、、、霊薬は普通の人間に使えない事は本の著者は言及しなかったが語り口から容易に想像できた。
だがしかし、俺の知的好奇心はそんな些細な事でなくなったりはしない。
「はい、、、確信はなかったのですがそれはなんとなく気づいていました、、、ここで得た学びはほとんどが無駄かもしれないでしょう、、、ですがそれは私の歩みを止められる理由にはなりません、、、!それに!どんな些細な事も学んだ事は必ずどこかで役に立つと信じています!」
「、、、随分と大人びた考え方だな、、、お前歳はいくつだ?」
「あと4日で19になります!」
「そうか、しっかりした奴だな、、、あぁ、、そしてもう一つが、、、少し難しい話をしていいか?」
「、、、?えぇ、はい。」
「ウィッチャーには流派があるのは知ってるか、、、?流派ってのはその、、、それぞれの学校って感じで、、、指導方針や何に重きを置くかがそれぞれ違う感じの、、、まぁそういう感じのやつ。」
「はい、それも本で読みました、、、ですが、その項目には興味がなく、あまり詳しくは、、、ですが狼流派は知っています!あの有名な、、」
「言わなくても良い、、、『リヴィアのゲラルト』だろ?彼の話はもう飽き飽きだ、、、」
シアナ教授は苦虫を噛み潰したような顔で愚痴をこぼす。恐らく何度も彼について言及されてきたのだろう
「さて、それじゃあ一つ質問だ、俺達ウィッチャーには怪物に対抗する為のいくつかの武器がある、何かわかるか?」
「えっと、、、」
急に話題を振られた為、うろたえてしまった。
シアナ教授は満足げな顔で話を続ける。
「まずは基本的な『剣術』、、、まぁこれは当たり前だな」
スー、、、カシャンッ
シアナ教授は自らの背負っている剣を少し抜いて刀身を見せ、手を離して再び鞘にしまった。
「そして片手で扱える簡素な魔法『印』」
シアナ教授が片手を握って、開くと、、、
、、ボッ!
炎が手のひらで広がった。
「霊薬と怪物に有効的なオイルを作る『錬金術』、、、お前が学びたいのはこれだな。」
シアナ教授はポケットから小瓶を取り出して中身をこちらに見せつけるように振る
「そして最後に、一番大事なのが、、、『知識』」
「、、、、、」
シアナ教授は人差し指をこめかみに当てて、こちらをじっと見据えながらゆっくりと話した。話し方と空気を使い、最も重要な事だとこちらに言い聞かせるように。
俺はその黄色い瞳に見つめられ、圧を感じ、瞬きすらできずにいた。
自分よりも二回り近く小さい相手に少し身がすくんでいた。
「よし、ここまでは良いな、話を続けよう」
彼がこちらから目線を切ると、俺の心は不思議な安堵に包まれた。
「ウィッチャーの流派ではそれらの基礎を学ぶが、流派ごとによって戦い方、政治や他者への考え方、そして印、剣術、錬金術、これらの武器のどれに重きを置くかがそれぞれ違う。」
「そこで二つ目の問題は、、、俺の流派はあまり錬金術に重きを置いてないから与えられる知識には限りがある。せいぜい数種類しかお前に教えてやれないって事だ。」
「、、、えぇ、構いません。それでも僕にとっては大きな進歩です。」
俺はまっすぐ彼を見据え、伝える。
「、、、わかった、、、時間がある時にどこか空いている部屋を探そう、、、そこで教えてやる。」
「ありがとうございます!、、、それでしたら私に当てられた研究室をお使いください!今すぐにでも向かいましょう!」
「研究室、、、?お前の、、、?、、、一人の生徒にそんなのがあるなんてこの学院はずいぶん気前がいいんだな。」
「あぁ、私は特別なんです、数年前に書いた私の薬学についての論文がここの教授達に評価していただけたようで、なかなかの待遇のお話をいただけたんです。」
「論文?薬学?ただの生徒じゃないのか?」
「はい、一応は特別待遇という扱いですね!まぁ話すと長くなりますので、さぁさぁ、ひとまずは歩きましょう。」
俺はシアナ教授の背中を押しながらぐいぐいと自らの研究室の方へ押していく。
「あ、あぁ、、、」
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少し歩いた後、俺は口を開く。
どうしてもらあと一つ、シアナ教授に聞きたいことがあったからだ。
「シアナ教授」
「あと一つ、どうしても知りたい事があるのです。」
「、、、なんだ?」
「、、、ウィッチャーの変異誘発剤についてです。」
「、、、!、、、、それをどこで知った?」
シアナ教授は立ち止まり、俺に向き合う。
真剣な顔だ。
睨まれているわけではないが眼光は鋭く、地雷を踏んでしまった事を明確に気付かされた。
「、、、本に書かれていました。ウィッチャーは変異誘発剤を使い身体を作り替えると。」
「そうか、、、そりゃそうだよな、、、、それで?何が知りたい?」
シアナ教授は先程までの雄弁さを潜め、最低限の受け答えのみとなっている。
いくら俺でもわかる、警戒されている、、、先程まで会話を交わしていた者の口を重たくしてしまうほどに、きっとこの知識は重いのだ。
「この変異誘発剤は本当にあるのか、そしてこれらを使う理由、効果、そして願わくば、、、製法です。」
「、、、何故だ?」
「、、、好奇心です、、、」
嘘はついていない、本当に、ただ好奇心が俺を突き動かすのだ。
人間を異形の存在へと作り変える禁忌。
そしてそれを可能にしてしまう錬金術の最終到達点に。
俺はシアナ教授をじっと見据え、心からの言葉を紡ぐ。
「、、、、、、、、、」
「俺の反応でわかる通り、変異誘発剤は実際にある、、、理由か、、、例えば吸血鬼、、、」
シアナ教授はしばしの沈黙の後、重い口を開いた。
「彼らはまるで風のように素早い、アルプやブルクサなら尚更な。彼らがその気になれば常人の反射神経では太刀打ちできない、気づいた頃には八つ裂きにされて終わりだ。」
「そして他の怪物も例外なく、速さ、力、どれをとっても常人を遥かに凌ぐ、、、そこでだ、さっき教えた剣、印、錬金術、知識を全て用いて戦う」
「しかしいくら常人が鍛えていても、その身体能力には限界がある、、、そしてその限界は、大抵の場合は怪物の力には及ばない、、、だから作り変える、身体能力と五感、そして治癒能力の底上げを目的にしてな、、、そして霊薬で自らの身体機能を上げ、、、ここまでしてやっとそこらの怪物と五分五分になる。」
「わかったろ?怪物に対抗する為には自らも怪物の領域に片足どころか全身を突っ込まなきゃいけない、、、変異誘発剤はウィッチャーになる為の最後のピースでもあるんだ。」
「、、、変異誘発剤を投与された者の具体的な変化は?、、、」
「変化、、ねぇ、、超人的な免疫能力の獲得に、代謝機能の制御、治癒能力の大幅な向上に五感の拡張、あとは長寿、、、メカニズムはわからないがざっとこれくらいか、、他にもあるだろうが思い出したら話してやる。」
「製法については、、、悪いが俺もわからない、、、ウィッチャーですら製法を知ってる者はいない、大抵はウィッチャーの拠点に魔術師か錬金術師が一人だけいて、その者が管理をする事になっていた、、、それも、ウィッチャーが絶滅しかけてる今では、失われた知識だろうな、、、だが、悪い事は言わない、知らない方がいい事も世の中にはある。」
「、、、、厳重に秘匿されていたのですね、、、それも納得です、、、これほどまでの効果をもたらす代物は存在そのものが危険です、、、世界のパワーバランスを変えかねない、、、まさに神の御業だ、、、。」
「神の御業、か、、、お前、ウィッチャーがどうやってできるかわかるか?」
「え、えぇ、確か、子供のうちから訓練を積んで、、、変異誘発剤で身体を作り変えるんですよね。」
「あぁそうだ、字面だけ見たらただの厳しめの学校かなにかのように見えるだろう、だがその実態はもっと悲惨だ。」
目の前のウィッチャーは真剣な顔でこちらに語りかける。
「考えてみろ、達人と呼ばれる人間が一生をかけて到達する技の練度、それを子供のうちから叩き込むような訓練量だ、死人が出て当然だ。そして時には怪物だらけの森に放り込まれたり、落ちたら即死の高さの場所にロープを張ってその上を目隠しで歩かされたりする、、、試練と称してな、、、それらの訓練だけで連れてきた半数以上の子供が死ぬ。」
「、、、、、、」
「そして訓練終盤まで生き残れば変異誘発剤だ、、、煎じ薬を飲むのとはわけが違う、身体のほとんどを破壊して、作り変える。そしてほとんどの子供はそこで死ぬ。身体を内側から破壊される激痛に苦しみ抜きながらな、、、これを13歳前後の子供達が経験して、彼らはウィッチャーになるんだ。」
「、、、、、、、」
「いいか、お前が求めているものの正体は神の御業とは呼び難い、強いていうなら人間の罪と愚かさ、残酷さを煮詰めたドス黒い禁忌だ。」
目の前のウィッチャーは、冷静に諭すように結論を述べた。
「、、、、、」
「、、、、、、、、、、」
彼の話が終わるが、俺は相槌すら打てないでいる
俺は俯いたまま固まっていた。
彼の言葉が理解できない。
それに尽きる。
一息に話されたのもあるが、、、想像以上の惨状に、あまりにも世界が違いすぎる事を思い知らされた。
なんて話せばいいかわからない、どんな言葉を紡げばいいかわからない、、、
自らが知りもしなかった現実と犠牲を前にして、持ち前の知的好奇心は粉々に砕かれた感覚だ。
(俺は、、、なんていえばいい?今の話を受け入れろと、、、?)
あまりにも残酷な話に俺の頭は現実逃避の方向へと舵を切っていた。
「理想的なまでに信じられないって顔をしているな」
シアナ教授がこちらに助け舟を出すかのように話しかけてくる。
「、、、そ、、それはそうですよ、、、」
「おかげで変異誘発剤ってのがどれだけマズイ代物が知れただろ?悪用する気も起きんくらいには」
「、、、はい、、、少なくとも知らなくていいかもなって思えるくらいには、、、」
「あぁ、だから深刻そうに話した。効果があったようで何よりだ。」
「まぁ、心得て欲しいのは、そんな代物を作りだすための材料は、大抵金をかければ手に入るって事だ。人間を怪物に作り変える人智を超えた薬も、下手をすればそこらへんに生えている草から作れる可能性があるって事だ。それを研究したいんじゃなかったのか?」
「、、、はい、、、」
「その代表が霊薬だろうな、人体に作用するからこそ、毒にも薬にもなるんだ。」
例えるなら、核心という槍で心臓を突かれた感覚を覚えた。
毒にも薬にもなる、、、か、、、
「シアナ教授、、、あなたが私を導こうとしているのはわかります、、、ですがまだ、、、まだわかりません、、、私は、、、この道を進み一体どんな結末を迎えるのでしょう?」
俺は、目の前の白髪のウィッチャーに縋るように答えを求めた。
「それは俺もわからない、とりあえずは気の向くままに作って、研究して?、、、満足したら放置でいいんじゃないか?そういうもんだ。」
あまりに素っ頓狂な返答に肩透かしをくらった気分になった
「えぇ、、、、」
先程まで頼もしく見えていた男が急に見た目通りの少年に見えてきた。