1287年 9月 自由都市ノヴィグラド近郊
セブンキャッツイン
時刻は16時
「あの死神、まだあそこにいんのかよ、、、」
「もうすぐ14世紀だぞ、、、まだあんな奴らがいんのかよ、、、」
「あんな奴らをほっとくなんて永遠の炎はなにしてるんだ、、、」
「、、、、、」
ノヴィグラドの街を出て少し歩いた場所にある宿屋兼酒場。
セブンキャッツインの店内、時刻は夕方の為、店には1日の疲れを発散しに来た人達で賑わい始めていた。
その中で
店の奥の壁に面した机に座り、他の客の白い目線と陰口を背に、トールは依頼の張り紙を見ながら考えていた。
南下してきて半年近く経過しても、トールは未だに自らに向けられる忌避の目を克服できずにいた。
しかしトールを悩ませているのは他の事であった。
放浪に出て初めての南下、もし今日から出発すれば余裕を持ってコヴィリにある我がグリフィン流派の拠点、『ケイアセレン』に到着できる筈だ。
しかし、今自分が睨めっこしている張り紙の依頼内容はそこそこ金になる。
問題は依頼の内容が特殊で10日後に実行に移すと言う約束であった。
依頼の内容はドラウナー、場合によってはグールの巣の破壊と殲滅
怪物は冬の間に繁殖する為、冬が来る前にその数をできるだけ減らしておきたいとの事だ。
よくあるドラウナー退治にしてはかなり実入りが良い。
しかしコヴィリの冬は早く、10月に入ればもう既に怪しくなり
雪が降り始めて10日もあればいくつかの道が使えなくなるなんて事はザラなのだ、帰る途中にトラブルに巻き込まれ帰りが遅れる可能性もある。
この段階で拠点に帰った方が賢明な判断だろう。
砦には4週間後、長くても5週間後には到着する算段だ。
あちらに着く頃には10月中旬、、、
そう思うと少しのんびりしすぎたかもしれないな、、、
(よし、この依頼は流して帰還するか、、、)
「ご主人!ヴィジマ・チャンピオンを一杯くれ」
決断を下したトールは酒を入れる事に決めた。
今晩はここで夜を明かして、明日の朝に出発しようと決めたのだ。
「まぁ、金は十分に稼いだしな、、、それどころか今年の帰還者の中で一番稼いだろうな、、、」
トールは二ヶ月前にコカトリスから助けた男を思い出した。
娘を亡くしたが、息子と本人は軽症で済んでいた運のいい男だ。
あの後、森で一夜を過ごし、日がでてから馬車を物色したが
結果は大当たりだ。
わずかな装飾品と大量の通貨が入った巾着が見つかったのだ。
しかも貨幣はこの地では使えないニルフカードの通貨、フロレンスだ。
ニルフガードが世界を手にしてから10年以上経つが、未だ貨幣の統一は行われていない為、心を躍らせながらヴィヴァルディ銀行へ行って換金すると、とんでもない額が返ってきたのだ。
「あの男には感謝しなきゃいけないな、、、」
トールは癖になっている独り言を呟きながらビールを二口で飲み干す。
次はニルフガードレモンと蒸留酒か何か頼もうかと考えていると
店内がざわつき始めた。
「おい、、、また増えたぞ、、、」
「今日は何があるってんだ、、、」
「疫病神共が、、、さっさとでてけよ、、、」
(店の喧騒が少し落ち着いた、、、?誰か来たのか?)
普通の人よりかなり控えめな足音はどこか席を探しているのだろう
しばし、店の中を歩き、しばらくするとまっすぐこっちへ向かってきた。
ウィッチャーの感覚は鋭い、、、
人が向かってくるのがわかる、、、
そしてそう言う時は大抵面倒事も一緒だ、、、
足音の大きさと歩く速度から歩幅を割り出すとどうやらあまり身長が高く無いようだ。
(ドワーフか、ハーフリングか?、いやそれよりは高い、、、子供か、、、)
「まさかこんなところで同胞に会えるなんてな、、、」
男(?)は遠慮なしに俺の隣の椅子を取り、俺に向き合って座る
机の反対側は壁に面している為、嫌でも隣になるのだ。
声はとても落ち着いていた、落ち着きすぎていてどこか哀愁を感じられた。
「、、、失礼、どなたですか、、、?」
「俺もウィッチャーだ、お前のお仲間だね」
そう語る男は己の目を指差した。
男の目は俺と同じく変異体の特徴を示す黄色の猫の様な目をしていた。
だがそれだけではない、男の髪は白く、右目の少し下には横に古い傷跡が2本短く刻まれていた。
白髪だが、年老いてるように見えないのは座っていてもわかる身長の低さと童顔、、、ありふれた表現をするなら綺麗な顔をしている、といったところか
整った顔立ちはより、彼を幼く見せてしまっていた。
「少し待っててくれ、飲み物を頼んでくる」
男は席を立ち、女性店主に注文をしに行った。
俺は後ろからそのまま男を目で追った
(目視するとわかる、160センチ、、、いや、もっと低いな、156か7センチだな)
更に男は特徴的な白髪をハーフアップで後ろで結っており。
ゆらゆらと髪の束が揺れていた。
そして立った姿をみて確認できる、身につけている装備は一目でわかるほどに年季が入ってる
ケイアセレンでもらえる鎧のようにも見えるが、ところどころ違う、何より素材が全て革で出来ており、真っ黒であった。
だが何より不自然なのは剣を一本しか背負っていなかったのだ。
ウィッチャーは2本の剣を背負う。
銀の剣と鋼の剣だ。
簡単に言うと銀の剣は怪物用、鋼の剣は人間や怪物以外、主に銀でしか対処できない怪物がいる為、使い分けているのだ。
だが見たところ彼の剣は一本しか確認できなかった。
なにより、先ほど確認した時、自らの流派を示すメダルをぶら下げる首には妙な平べったいコイン?メダル?がぶら下げられていたのだ。
「待たせた」
「あぁ、、、ハーフリングか、、、、?」
「何が、、、?」
「種族だ」
「、、、?、、いいや、普通の人間、、、いや変異体か、、、なんでハーフリングなんだ、、?」
「そこまで背丈が低い奴はなかなかいないからな」
「、、、お前が失礼な奴だってのはよくわかったよ」
白髪の男はむすっとした顔で悪態をつくと机に目をやった。
それと同時に二杯のニルフガードレモンが運ばれてきた。
(俺の分も頼んでくれたのか、、、?)
「冬が来る前のドラウナー退治か、、、」
男は依頼の紙を手に取ってこちらに話しかけてきた。
「ん?あぁ、、、でもこの依頼は流す。」
「そうか、、、理由を聞いても、、、?」
「今から帰らないと雪が積もるまでに間に合わないからな」
「ポヴィスか、、、確かに10日も待てば大分積もるな、、、」
「あぁ、、、今から帰っても、怪しいところだ、、、待て、なんで俺の目的地がポヴィスだって知ってるんだ?」
「そりゃわかるさ、お前が首から下げてるそのメダルはグリフィン流派のもんだ、グリフィンっつったら拠点はポヴィスのケイアセレンだろ?」
「、、、他の流派に詳しいんだな、、、かの狼流派のケイアモルヘンならとにかく、俺たちグリフィン流派の拠点はあまり知られてない筈だぞ?」
「同胞の話には聞き耳を立ててるもんでね、まぁ、話に聞いただけで行った事はないがな」
「そうか、、、ところで、お前はどこの流派なんだ?ケイアセレンでは一度も見なかったって事は違う流派って事だろ?、、、それにそのメダル?見た事がないものだ」
「俺か、、、?俺は、、、まぁ、、、猫流派だ」
「、、、、っ!」
(こいつが、、、っ!?、、、クソッ!)
「そうか、それじゃあな」
俺は即座に席を立って、店を出ようとする
「待てよ、お前の分も頼んだんだぞ?」
「『猫』の連中とは飲まん」
「待てって、、、猫流派を嫌ってるのか?」
白髪の男は俺を追って店を出て、並んで歩きながら話しかけてきた。
俺は足を止めてその男に向き直った。
、、、立って相対するとやはり小さい、160cmもないな、、、
それに鎧で誤魔化しているが体格が良いとは言えない、、、
こんなのでよくウィッチャーを名乗れるな
「猫流派を嫌わない人間がいるとでも?」
「いやまぁ、嫌われるような事もしてきただろうけど、少なくとも1人はいるだろうさ」
「それがお前と言う事か」
「、、、はぁ、、、このままじゃ拉致があかん、こうしよう、お前の依頼の悩みを解決してやれるって言ったらどうだ?」
「、、、どう言うことだ?」
「お前は今日明日にでもここを発ちたい、でもあの依頼を受けて最後に一稼ぎしたい、そのどちらも叶えられるって事だ」
「そんな美味しい話は無い」
「暖かい城に帰ろうとしてる奴を引き止めてドラウナーの巣に一緒に突っ込もうっていうのが美味しい話に聞こえるのか?」
「都合のいい話しという事だ、、、待て、、、、一緒にって言ったか?」
「あぁそうだ、俺もこの依頼を受ける、そしたら早く終わるだろ?」
「この俺に猫流派と組めって言うのか?」
「あーもう、とにかく今は俺が猫流派だって事を忘れてくれ、詳しく説明してやるから店に戻ろう、、、どうだ?」
「、、、話だけ聞いてやる」
「流石グリフィン流派、賢い判断だ。戻ろう」
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「話せ、どうやって10日後の依頼を今日明日で終わらせるんだ?時間を早めるなんて言いだしたらぶっ飛ばすからな?」
「酷い言い方だな、、、いいか?時間っていうのは止める事はできても早めたり遅めたり、ましてや戻すなんて事は、、、、、わかったから睨むなよ、、、」
「いいか?まずこの話には裏がある。」
「裏?」
「まぁ待て、、、そのまえに、、、ほら」
白髪の男は飲み物が入ったジャッキをこちらに差し出した。
ちなみに先程までにあったものは俺達が一度店を出た時に店主が片付けてしまった物で、今あるのはこの白髪の男が頼み直したものだ。
「なんだ?」
「乾杯だよ、一緒に仕事してくれるんだろ?話はそれからだ」
男は意地悪くジャッキをこちらの目の前で揺らす。
「、、、、チッ!」
ガシャンッ!
俺はジャッキを掴み、乱暴に白髪の男のもっているジョッキに叩きつけると一気に飲み干した。
白髪の男は急に叩きつけられたジャッキに驚いたのか目を丸くしている
強くぶつけられた衝撃でジャッキから溢れた大量の飲み物が男の顔や服にかかっていた。
「、、、グリフィン流派は礼儀を重んじるって聞いたんだけど、、、」
男は固まったままジト目でこちらを見つめながら悪態をついてきた。
「重んじてるぞ、、、じゃなきゃとっくにぶん殴ってる、早く本題に入れ」
「、、、まぁいいか、、、話を戻そう、この依頼はウィッチャー1人で受ける事を想定されてない」
「どういう事だ?」
「考えてもみろ?範囲は指定されてるがドラウナーの巣を二つか三つ潰すにしては報酬が多すぎる」
「まぁ、確かにな」
「しかもウィッチャーを指名していない、てことはこれは所謂金の無い『勇気ある若者』達に向けた依頼だ。この報酬の多さは恐らくは山分け前提での提示額だろうな」
「、、、そんな馬鹿げた話」
「無いって?いいや、怪物と運命を共にしたかのようにウィッチャーはもうほとんど残ってない、しかも最近は村人ですら怪物の狩り方を知ってる連中もいる、しかもこの依頼の内容、わざわざ日にちと集合場所を指定するか?この10日でドラウナーが生き返る訳じゃあるまいし、、、」
「つー事はだ、間違いなく金がない馬鹿なガキを指定した場所に一箇所にかき集めて人数次第では適当な武器を持たせてドラウナーの巣にぶつけようとしてやがる、はなからウィッチャーの登場なんて期待しちゃいないんだよ。」
「、、、、、、、、」
俺は気付けばこの男の話に耳を傾けていた。
その話には説得力があったからだ。
この男は恐らく俺がこいつが猫流派だと知って一度店を出るまでのほんの一瞬目を通しただけで依頼の内容を深く洞察し、推測をだした。
思えば不自然な点は多かった。
報酬の多さ
それに日にちと集合場所の指定
ドラウナーの巣を潰すだけで報酬の交渉をしないなら事後報告だけで集合も事前報告もいらないはずだ。
、、、正直、少し苛立っていた、、、
見下していた猫流派の、しかもこんなガキにしか見えない男にここまでの技量を見せられたのだ。
それに比べて俺は早くケイアセレンに帰りたい一心で大事な部分を見落としてしまっていた、、、
「、、、そこでだ、この依頼主んとこまで行って直接請け負う、どうだ?」
「、、、、クソ、、、わかった、お前についていく、、、」
俺は勝手に感じた敗北を認め、嫌っている猫流派の男と組む事に決めた。
、、、これは己への罰だと思えば良い、依頼を注意深く観察しろと何度も『コーエン』に諭された、でなければ死ぬと、、、
良い教訓になったと思おう。
「それじゃあ早速行こう」
男は飲み物を一息に飲み干し、席を立つ
「依頼主のところか?」
俺もすぐに男の後を追って店を出る。
「あぁ、集合場所は邸宅だ、おそらく依頼主はそこの家主だろうな、交渉は任せるぞ」
「お前が交渉しないのか?」
「俺の見た目だと絶対に値切られる、でもお前の見た目なら大丈夫だ。胸を張ってムスっとした顔で威圧感をだしながら詰め寄ってビビらせてやればちゃんと期待通りの額がもらえるさ」
「そんな事をする必要はない、相手も弁えてるだろうさ」
「そうか?考えてみろ、報酬の額は500クラウン、そこそこの額だ。でも山分けするって考えが当たってたら?10人集まれば50クラウン、20人なら25クラウンだ。そんな額で人に命をかけさせようって奴がマトモだとは思えないな。」
「さらに言ってやろう、俺の考えが正しければ死んだ奴の報酬は山分けじゃなくて没収だろうな、多分当日集まった連中はそういう類の誓約書を書かされる筈だ。多分俺達もそうだぞ、覚悟しておけよ?」
「そんな、、、」
「そんな事はないって?金持ちがなんで金持ちかわかるか?出すべきところとそうじゃないところを見極めるのがうまいからだ。奴らにとって所詮他人にしか過ぎない馬鹿な若者の命はどっちなんだろうな?」
「、、、、、」
「そう気を落とすなよ、この街の連中は皆こういう考えだ。」
「、、、もしそうならこの街の連中は堕落している、、、」
「正解、ようこそ自由都市ノヴィグラドへ。」
男はぎこちなく左手を胸に当てて右手を伸ばし、こちらを挑発するように一礼した。
、、、、、礼の仕方が間違ってる、伸ばす腕が逆だ、、、、