ひろちゃん、おかえり!~一人のクラスメイトを救った少女の話~ 作:松下ポテト
オリジナル:現代/ノンジャンル
タグ:R-18 R-15 学校 おもらし 失禁 お漏らし 小学生
https://syosetu.org/novel/301252/1.html
私は
そんな小学3年生の時のある秋の日。それは突然のことだった。
(ビチャビチャビチャビチャビチャ…)
道徳の授業中、教室の中に本来するはずのない水音が響いた。私も含めたクラスの全員が、何があったのかとあたりを見回している。
すると、衝撃の光景が目に飛び込んできた。
ひろちゃんが自分の席に座ったまま顔を両手で覆って泣いていて、椅子の下には大きな水たまりが広がっていたのだ。
「ひろちゃんが教室でおもらしをしてしまった」それは私にとって、とても信じたくない光景だった。でも、これが現実だ。
「あの… 先生… 紘深ちゃんが…」
保健委員の荒木ちゃんが、ひろちゃんがおもらしをしてしまったことを先生に報告した。仕方ないとはいえ自分がおもらしをしてしまったことがクラス全体に拡散されたひろちゃんの心境がどんなだったか、私も考えただけで胸が痛くなった。
担任の先生の指示で荒木ちゃんはひろちゃんを保健室へ連れて行った。そのひろちゃんの顔はよく見えなかった、というより見るのはひろちゃんがかわいそうだと思ったからあまり見なかったが、恥ずかしいというより絶望感でいっぱい故の悲しい顔をしているような感じだった。
ひろちゃんがいない教室。その教室にはおしっこで水浸しになったひろちゃんの席が残った。
梨苗「先生、私が後始末やります。」
増田「私も。」
クラスの女子C「私も。」
クラスの女子D「私にもやらせて下さい。」
「ひろちゃんの席の後始末ができるのは私しかいない。」そう思った私は、一番にひろちゃんの席の後始末を名乗り出た。するとそれに続くように、増田ちゃんをはじめとしたクラスの複数の女子が同じように後始末を名乗り出た。その後私たち4人で、雑巾でひろちゃんの席の後始末をした。
後始末が終わる頃には4時間目の授業が終わっていた。給食の時間になり、増田ちゃんが保健室にひろちゃんの分の給食を届けにいくという。
「じゃあ増田ちゃん、お願い。」
「分かった。」
昼休みになって、ひろちゃんのママが教室に来た。
「こんにちは。」
「こんにちはー。」
ひろちゃんのママは、ひろちゃんの荷物や防災頭巾を持って行った。後で保健室を訪ねたところ、ひろちゃんはママと一緒に家に帰っていったと保健室の先生は言っていた。
その後の帰りの会。
「黒藤さんはもしかしたら明日学校に来ないかもしれない。でも、みんなで優しく待ってあげて欲しい。あと絶対今日の事で黒藤さんをからかったりしないこと。いいね?」
と、担任の先生は言った。
一同「はい。」
家に帰った私はお母さんに今日の事を話した。
「―という事があって…」
「あらあらそうだったの。紘深ちゃん、きっとトイレに行きたいって言えなかったのかもね…」
するとお母さんはこんなことを言った。
「ねえ梨苗、担任の先生、なんて言ってた?」
「うん… 『もしかしたら明日学校に来ないかもしれない。』とか、『絶対今日の事でからかったりしないこと。』って言ってた。あと『みんなで優しく待ってあげて欲しい。』とも言ってたよ。」
「やっぱり梨苗のクラスの先生はいい先生だと思うわ。実はお母さんもね、小学校の頃クラスの子が授業中におしっこ漏らしちゃったことがあったんだけど、その子クラスの男の子たちにそのことでからかわれて学校に来なくなって、結局転校しちゃったのよ。」
「ええ… じゃあ、もしかしたらひろちゃん下手したら…」
「あまり考えたくはないけどあり得なくはない話かもね…」
お母さんのその話から、「ひろちゃんが転校してしまうのでは」という、私にとって今回の出来事の最悪の結末が頭をよぎった。
次の日、やっぱりというべきかひろちゃんは学校に来なかった。
その日の2時間目と3時間目の間の休み時間のことだった。
クラスの男子数人が1か所に集まって、ひろちゃんの悪口を言っているのが聞こえてきた。そのことは真っ先に私の耳に入ってきた。でも私はぐっと耐えて、
しかしそれとは裏腹に、ひろちゃんの悪口はどんどんエスカレートしていった。
そしてついに、私の堪忍袋の緒が切れた。
(男子のもとに詰め寄る梨苗)
増田「ちょっと梨苗!?」
梨苗「ちょっと何言ってるの!ひろちゃんがかわいそうじゃん!」
梨苗「そういう問題じゃないでしょ!?―」
私とクラスの男子との口論は続く。その中で私はとうとう、本当に怒りが爆発した。
(梨苗が
事態はとうとう、私と
「ひろちゃんを傷つけるなんて、絶対に許さないから…!」
こんなことをしたってひろちゃんは喜ぶことは決してない。そんなことは分かっている。でも私は、昨日のおもらしのことでひろちゃんをバカにする男子が、何よりも許せなかった。
事態を知ったクラスメイトたちが止めようと入ってくる。でも私は止めることができなかった。殴るのを止められたのは、先生が教室に駆けつけてからだ。
思えばこれが、私が人生で誰かに暴力を振るった、唯一の出来事である。
私も
家に帰った後のお母さんの反応は、当然とも言えるものだった。
「―あんたが紘深ちゃんの悪口を言った男子を許せないのは分かるけど、だからって殴っていい理由になんかならないのよ。紘深ちゃんもそれ聞いたら、絶対悲しむと思うわ。」
そのお母さんの言葉は、私が一番分かっていた。
そのさらに次の日もひろちゃんは学校には来なかった。やっぱりクラスの男子にからかわれることを怖がっているのではないかという疑念が私の中にあった。
その日の昼休みのことだった。
長井(クラスの女子)「ねえ!ひろちゃんのママが来てるよ!」
ひろちゃんのママが学校に来て、保健室の先生とお話をしているという知らせを受けた。
(こうしちゃいられない)
私をはじめとしたクラスの女子が、次々と教室を出る。向かう場所は保健室であることは言うまでもない。
保健室の前には人だかりが出来ていた。ひろちゃんのママと保健室の先生のお話が終わるのを、今か今かと待つ私たち。
すると…
高山(保健室の先生)「あら?みんなどうしたの?」
どうやら私たちがいることが保健室の先生にも分かったようだ。
増田ちゃんがドアを開け、保健室に入る。
高山「あら、あなたたちは―」
梨苗「勝手にお話を聞いてしまってごめんなさい。私たちはただ、ひろちゃんに学校に帰ってきて欲しくて…」
増田「それで紘深のお母さんが来ているって聞いて、居ても経ってもいられなくなって…」
すると、ひろちゃんのママが私たちのところに歩み寄ってきた。
紘深の母「ありがとう。紘深のためにここまで一生懸命になってくれて。紘深のお母さんだから分かることだけど、紘深も本当は学校に行きたいって思ってるところがあるみたい。」
ひろちゃんのママからのその言葉に、私もとても嬉しくなった。
その日の帰りの会、私は一念発起して、こんなことを言った。
「すいません。女子の皆さんはこの後少しだけ残っていただけますか?」
男子が全員教室を出たのを待って、私はみんなの前に立つ。
「この後行ける人はみんなで、ひろちゃんのお家に行きませんか?」
かえってひろちゃんの迷惑になってしまうかもしれないのではと思うところもあったが、物は試しという言葉もある。私は「ひろちゃんを元気づけてあげたい」その一心で、みんなにそう呼びかけた。
すると、
荒木「私も行くー!」
中条(クラスの女子)「私も!」
その後も次々と、「私も!」「うちも!」などと、クラスの女子が声を上げた。最終的にクラスの女子の8割が乗ってくれた。担任の先生も頷いてくれた。
みんなでひろちゃんの家に向かう。ひろちゃんの家はお寿司屋さんで、近所でも人気のお店だ。ちょっと前にも地域について調べる授業でも、ひろちゃんの家に行った班がクラスの内外に複数あったっけ。
ひろちゃんの家のお店に着いた私たち。「こんな集団で来て迷惑になっちゃわないかな?」なんてことを思いながら、家のドアを開ける。
「ねえ、誰がドア開ける?」
「ここは学級委員の布下っちが…」
「ええ私?何このいきなりのプレッシャー…」
布下ちゃんがドアを開けることになった。
(引き戸を開ける音)
布下「こんにちはー。」
紘深の父「いらっしゃいませ… って君たちはもしかして紘深のお友達?」
布下「はい。梨苗が『みんなでひろちゃんのお家に行きませんか?』って提案してくれて…」
紘深の父「そうだったのか。そういうことなら、さあさあ、みんな入って入って。」
実を言うと、昨日もひろちゃんと家が近いクラスの女子が2人ほどひろちゃんの家のお店に顔を出していたみたいで、ひろちゃんのパパは
「昨日も来てくれた子もいるね。」
なんてことを言っていた。
その後は私たちは、ひろちゃんのパパママといろいろおしゃべりをした。ひろちゃんのパパはみんなにお寿司を2貫ほどタダで食べさせてくれた。
ひろちゃん本人に会うことはできなかったけど、とても楽しい時間を過ごせた。傍から見たら、ただクラスのみんなでクラスメイトの家のお店に遊びに行ってるだけかもしれないだろう。
紘深の父「みんなが来てくれたこと、紘深にも伝えておくから。みんな今日は本当にありがとう。」
梨苗「どういたしまして。ひろちゃんは絶対戻ってくると信じてます!」
その次の日もひろちゃんは学校に来なかった。でも少なくともクラスの女子全員の気持ちは、ひろちゃんに帰って来て欲しいという気持ちで一つになっていた。ひろちゃんをからかう人がいなくなったのは、今更言うまでもない。
後でお母さんから、女子には同調圧力というものがあると聞いた。それ故に渋々私に協力した人もいるのかもしれない。でもそんなことは抜きにして、クラスの女子がひろちゃんのために一つになってくれるのが、とても嬉しかった。
そして、週が明けた月曜日のこと。
(教室のドアが開く音)
教室のドアが開く音がした。
教室に入ってきた人、それはひろちゃんだった。
「あ!」
ひろちゃんが学校に帰ってきた。私はそれを見た瞬間、小学校に入って以来の大きさの嬉しいという感情でいっぱいになった。
もう、言う事は一つだ。
「ひろちゃん、おかえり!」
「うん… ただいま!」(満面の笑み)
そんなひろちゃんの笑顔は、見ている私も元気になるような、とても明るいものだった。
それから2年が経ち、小学5年生になったある日のこと。
(も… 漏れるっ… 漏れる…!!)
(ジュ… ジュジュ… ジュジュジュ… ジュウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ…!)
私は理科のテスト中に教室でおもらしをしてしまった。頭が真っ白になっていると…
紘深「梨苗!?大丈夫?」
ひろちゃんが私のもとに駆け寄ってきた。
紘深「私が保健室に連れて行きます。」
当時の梨苗・紘深たちのクラスの担任「分かった。じゃあお願いできる?」
紘深「はい。」
ひろちゃんが私を保健室に連れて行ってくれた。
梨苗「ひろちゃん… 本当にありがとう…」
紘深「それくらいいいよ。梨苗。」
あの時のひろちゃんの恩返しなのかもしれない。言わないでおいたけど、私はそう思っている。