海のハーレ~海の国の男装王女は押しかけ補佐官(婿)に溺愛されてます~ 作:露草ツグミ
「王子が二人来てる?」
秘書のお姉さんの報告に私は首を傾げた。
ドーランには王子が三人いる。主に外交を担っているのは第二王子。わざわざ王太子がいらっしゃるとは思えないので、ゼノン王子が一緒なんだろうか?
各国の使節団とはまず玄関ホールの先の小広間で挨拶を交わす。
ドーラン使節団が入場し、思わず私は半眼になった。誤魔化すように口角を上げて笑みを作る。
……これは王子が二人と勘違いされるわ。
先頭を歩くのは、黒を基調とした上着に
二人とも王宮晩餐会にでも行くような服装である。
それ自体は珍しいことではない。海のハーレを初めて来訪する使節団の代表、特に王族はたいてい正装をしている。それだけ海の国に敬意を払っているのだ。
ロックマンが青い服を着ているのは意外だった。騎士団の制服が黒だからというのもあるけれど、記憶にあるロックマンは黒系の服を着ている印象がある。
ゼノン王子の衣装は銀細工の飾りが随所に散りばめられており、精悍で品のある顔立ちによく似合っている。一年半前に比べてますます男前になり、王族の威厳も感じられる。
他方、ロックマンはゼノン王子ほど華美な服装ではないものの、金色の前髪を半分撫で付けて、美しい顔を惜しげもなく晒しており、鮮やかな色調の服に華やかで整った容貌が際立っていた。
長い金髪は緩く結ばれ、涼し気な目元からは色気が漂い、宝石のような赤い瞳は穏やかで、見目の良さを最大限に発揮している。
いかにも優男という感じで、舞踏会などではさぞかしお姫様や令嬢たちをたらしこんでいるのだろう。
ふだんのロックマンと比べてキラキラ度が何十倍、いや何百倍増しという感じがして、王子様が二人やって来たと勘違いするのも無理はない。
ゼノン王子の従兄だからかもしれないが、後ろに並んでいる騎士団の騎士たちとは別格なのがわかる。
ゼノン王子と型通りの挨拶を済ませ、王子を応接室に案内する。
応接室で話をするのは代表と文官、護衛が一人だけである。私のそばには常に秘書の人魚のお姉さんたちと、護衛の屈強な人魚のお兄さんが数人控えている。
ゼノン殿下とロックマンだけが応接室に入ってきた。ロックマンは文官と護衛を兼ねているんだろう。他の騎士たちは人魚のお姉さんが別室に連れて行く。
応接室の長椅子を勧めると、ゼノン王子だけが座り、ロックマンは椅子の横に立った。
「私はドーラン王国騎士団の副団長を務めております。実は海の国と個人的に御縁がありまして、使節団の代表に選ばれました」
「そうなのですね。海王様にお伝えしておきます。海王様も懐かしく思われるでしょう」
「王子殿下とお呼びすればよろしいでしょうか?」
「エフィネティアで結構ですよ。私もゼノン殿下とお呼びしますね」
王族としてゼノン王子と対等に話をするなんて妙な気分だ。六年間同じ教室で学んだ学友であり、あのサタナースとも親しい気さくな方だけれど、私にとってゼノン王子はいつだって高貴な
「こちらは私の従兄で側近のアルウェス・ハーデス・アーノルド・フォデューリです」
「……アルウェス……アーノルド?」
私の口から小さな呟きがこぼれ出た。それを耳ざとく聞きつけたロックマンがにっこりと笑って答える。
「アルウェス・ハーデス・アーノルド・フォデューリです。ドーランでは侯爵位を賜っております。殿下にお目にかかれて光栄に存じます」
……ロックマンはロックマンを名乗ってない。
ドーランでは独身の貴族は家名ではなく親の爵位名を苗字として名乗る。つまりロックマンは──フォデューリ侯爵と呼ぶべきか──結婚したってことだ。
当然だろう、ウォールヘルヌスが終わってから一年以上経っている。セレイナの海で会ったときに私の気持ちは伝えた。それだけで十分だ。
*
今回の使節団の目的についてひと通り話を済ませ、海の国への依頼──相談を受け付け終わったときだった。
ゼノン王子が「お願いがあるのですが」と話を切り出した。
「アルウェスにエフィネティア殿下のお手伝いをさせていただけないでしょうか?」
「お手伝い……ですか?」
「そうです。海の国と大陸の国々は政治も社会制度も何もかもが違います。殿下おひとりで対処するのは手に余ると思われます」
「ですが、フォデューリ侯爵はドーランで重要なお仕事をされているのでは?」
「彼は現在ドーランと海の国を繋ぐ外交官としてセレイナに常駐しています。これまではセレイナ王を通じて海の国と外交を行ってきました。我々は海の国と直接交渉ができる海のハーレの重要性を理解しているつもりです。より円滑に海と陸が協同できるよう、微力ながら力になりたいと思っています」
外交官?
ロックマンが?
「おっしゃることはわかりますが、海の国は大陸との交流を始めたばかりです。ドーランの外交官を補佐として受け入れたら他国も同様に外交官を送り込んでくるでしょう。それこそ私には対処ができなくなります。それに……」
私は言い淀んだ。
「それに? 他にも何か問題が?」
ゼノン王子と私が話をしている間もロックマンは私を見ている。彼は穏やかに微笑んでいるようで、その赤い瞳の奥には鋭い光を宿していた。私の正体を見極めんと観察しているように感じるのは穿ち過ぎだろうか。
「何か問題があるのでしたら遠慮なくおっしゃってください」
「……その、フォデューリ侯爵は奥様がいらっしゃるのではございませんか? ご覧の通り、ここは孤島です。職員用の住居は少ないですし、お店もありません。セレイナから通うおつもりですか?」
「なぜアルウェスが既婚者と思われたのでしょう?」
「え? だって苗字が……」
ほんの一瞬、ゼノン王子とロックマンが揃って口角を上げたように見えた。顔も性格も全然似てない
「その件に関しましては込み入った話になりますので、人払いをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「え? あ、は、はい」
込み入った話ということなので、ロックマンにも椅子を勧め、三人分のお茶を淹れてもらって人払いをする。人魚のお姉さんたちと魚人たちが退室し、部屋には私たちだけになった。
温かいお茶を飲みながら、チラッと向かいに座る二人の様子を窺った。
先ほどから私と会話をしているのはゼノン王子で、ロックマンはほとんど喋っていない。公的な場ではあのロックマンも静かなのかもしれないが、あまりにも大人しくて不気味だ。
ゼノン王子が喋っている間は伏し目がちに控えていて、私がロックマンに視線を向けるとにっこりと笑う。
………………胡散臭い。
突然ここで働くとか言い出すし、いったい何を企んでいるんだろう。
外交官になったのなら騎士団は辞めたのだろうか? 第一小隊はだれが率いているんだろう? セレイナに住んでいるなら宮廷魔術師長も辞めてしまったということか?
ドーラン王は始祖級の魔法使いが外国で暮らすのをよく許したものだと思う。それともセレイナで海の魔法の研究でもしているのかもしれない。
ん? 待てよ、海の魔法の研究?
まさか海の魔法で私がコイツに負けていたりしないよね?
いやいや、いくらロックマンでもそんなことはないだろう。始祖級の魔法使いとはいえ、陸の人間が海の魔法を使えるのかどうかも判然としないのに。私は母が元人魚という特殊な例だ。
色々と考えていたら眉間に皺が寄ってしまった。ゼノン王子は関係ないのに不機嫌な顔をしては失礼である。
爽やかなお茶の香りを吸い込んで、こくんとこくんとお茶を飲む。
「……珍しいお茶だな、ナナリー」
赤い珊瑚に太陽の光を一滴溶かし込んだような明るい橙の海の国のお茶は、色にそぐわず海の碧を彷彿とさせる爽やかな香りのする不思議な飲み物だ。
「そうですね。海の国で飲まれるお茶なんですよ」
「ほう。海の国のお茶か。これは貴重な体験だな。海の国は大陸と交易はしないのか?」
「交易ですか? ここは海のハーレですからそういったことは……」
あれ?
いま「ナナリー」って言った?
パッと顔を上げるとゼノン王子の意志の強そうな黒い眼差しにぶつかった。
「どうやらアルウェスの仮説は正しかったようだな。何らかの綻びを見つければそこから海の魔法を解くことができると」
ゼノン王子が腕を組んで背もたれに寄りかかるとフゥ、と息を吐き出した。
私は魚のように口をハクハクさせる。言葉が出てこない。
ごくごく自然にゼノン王子が「ナナリー」と呼ぶから、つられて返事をしてしまった。それが綻びってこと?
サーッと顔から血の気が引いていく。
「ナナリー」
「は、はい……」
「お前のご両親からだいたい話は聞いている。海の国と大陸では時間の流れが違うのも理解しているが、手紙なり何なり、俺にも直接知らせてくれてもよかったんじゃないか?」
「は、はい。……あの、そうはおっしゃいますが、殿下に直接お手紙を出すなんて畏れ多くてですね……」
「ニケやサタナースたちには知らせたのか?」
「えーと、ニケとベンジャミンとマリスには手紙を書きました。海のハーレを開設した後になってしまいましたけど。その、私は手紙を書くのがあまり得意ではないもので……」
手紙を書こう、書こうと思っていても筆不精の私はずっと先送りしてしまい、ここの仕事を始めてからようやく短い手紙を書いてセレイナ経由でドーランに送ったのだ。
ニケやベンジャミン、マリスに出す手紙でさえこんな調子である。ゼノン王子宛てに私的な手紙を書く発想はなかったし、たとえ書こうと思っても数か月は先になってたと思う。
だが殿下からは手紙を頂いていたし、返事を書かないのは非常に失礼だったのではないだろうか。
とても申し訳なくて、私は大きな長椅子の上で小さくなるしかなかった。
就職してからは親友とも数か月会わないことはあったけれど、ドーランで暮らしていたころと今は違う。これまで私的な手紙を海の国へ届ける手段は無いに等しかったのだから。
海のハーレができて、各国から海の国宛てに手紙が届くようになった。その中には「ナナリー・ヘル」宛ての手紙もある。
「まぁ、過ぎたことだ。それよりもこれからの話をしよう」
「あの……」
「なんだ?」
「ゼノン王子とロックマン……には私がナナリー・ヘルに見えてるんですよね?」
「そうだ」
「いつからですか?」
ゼノン王子とロックマンは顔を見合わせて、揃ってちらりと私に視線を投げた。今日の二人は妙に仕草や表情が似ている。なぜだ。
ロックマンの肩をたたいてゼノン王子が席を立つ。上着の皺を直しながら凛々しく優しい顔で笑った。
「ここから先はアルウェスと話をしてくれ。俺は先にセレイナに戻る」
「え? どうしてですか?」
「俺が伝えるべきことは伝えた。返答はアルウェスに持たせてくれ。じゃあな」
「ええぇ!」
行儀悪く立ち上がって手を伸ばした私に、ひらひらと手を振ってゼノン王子は退室していく。
どこまでも爽やかな王子だ。彼は今も昔も変わらず、私がずっと敬愛している王子のままだった。
ゼノン王子は小広間で自己紹介が済んでます。重要でない部分は省略してるので。