海のハーレ~海の国の男装王女は押しかけ補佐官(婿)に溺愛されてます~ 作:露草ツグミ
「アンタが私と結婚なんて無理でしょ? ナナリー・ヘルは平民だし、海のハーレの私はエフィネティア王子なんだから」
絡めていた指を解き、ゆるく手を取ったままロックマンは私の隣に腰をおろす。いつまで手を繋いでいるつもりだろう。
「僕は褒章で婚姻の自由を得た。厳密にはヘルはもう平民とは言えないけれど、君が陸に戻っても婚姻は可能だし、エフィネティア王子として海と陸の狭間で暮らすなら僕は君に婿入りする」
「男同士よ!?」
「それのどこに問題が?」
「だって、あの女好きのアルウェス・ロックマンが……」
「そんなもの、とうとう女に飽きて男に走ったと思われるくらいで済むでしょ。一部では男色家なんじゃないかと噂されてるくらいだしね」
「えぇぇぇ……」
私は頭がくらくらしてきた。
それでいいのかアルウェス・ロックマン!?
「ちょっと待ってよ。アンタはドーランの国防の要でしょ? ゼノン王子の側近でしょ? セレイナで外交官やるのはともかく、海の国に婿入りは無理でしょうよ」
たとえゼノン王子が許してくれても、始祖級の火型の魔法使いをドーランが手放すとは思えない。
「海の国はドーランと敵対する国じゃない。ある意味、大陸のどの国よりも信用できる。海の国の王族に婿入りするならドーランを出ても問題ない。もともと王族や貴族の婚姻は他国に相手を求めることが多いんだ。国内だと血が近くなりがちだから」
「ああ……クライブね?」
マリスから聞いた話だが、貴族は貴族同士で婚姻を繰り返すため血が濃くなりすぎて、時として未成分児が生まれてしまうことがあるらしい。
クライブの問題は抱えつつも、マリスは侯爵家の跡取り娘なのでドーラン貴族と婚姻する必要があるという。そういった意味でも公爵家次男のロックマンは理想的な相手だったのだろう。
……そうだ、マリス。
まだマリスには私の恋について何も伝えていない。
どうしよう。海の国のエフィネティアがナナリー・ヘルだと教えるわけにはいかないし、でもエフィネティア王子にロックマンが求婚したことが周知されれば、ロックマンは男色家決定だ。
「……どうしたの、ヘル? 顔色が悪いけど」
考え込んでしまった私にロックマンが訝しげに顔を覗き込んでくる。
「私、マリスになにも言ってない。それにアンタが男に求婚したって知ったらマリスがどれだけ悲しむか……」
「マリスには僕がドーランを発つときに話をしたよ。君を手に入れるために全力を尽くしたいって。彼女なら君の正体に気づいても口外しないよ」
「ぜ……」
全力を尽くすって何それ!?
なかなか強烈なことを言われた気がする。
マリスのことを考えて青くなっていた私の顔が真っ赤になる。我ながら騒がしい。
海の国に婿入りするだの、男色家と誤解されてもいいだの、……全力で私を手に入れるだの、ロックマンの言葉ひとつひとつが破壊力がありすぎる。
当のロックマンは相変わらず穏やかな口調で話を続けていて、私だけあたふたしているではないか。
「申し訳ないけどマリスの気持ちには応えられない。君たちの友情に関しては僕は何も言えないけれど、君に求婚することで僕とマリスの友人関係が切れてしまってもそれは仕方ないと思っている」
「……そういうもの?」
ロックマンは微苦笑を浮かべて頷いた。……大人の顔だ。
私にはよくわからない。マリスはずっとロックマンを好きで、すでに何度も告白してふられているけれど、ロックマンが誰か一人を選ぶまでは諦めないという感じだった。それぐらいマリスはロックマンを好きなのだ。
だから不特定多数の女性にいい顔をするロックマンが憎らしかったのだが。
「僕がドーランを出ることに君は驚いているようだけれど、他国への移住はずっと僕の中に選択肢としてあったんだよ。他国では貴族と平民の婚姻が認められている国もあるから」
「……ん? もしかしてアンタ、結婚したい平民の女性がいたの?」
「…………」
「あ、そっか。だから仮面舞踏会でキュローリ宰相の謎かけなんてしたのね?」
そうかそうか。やっと長い間の謎が解けた。
ハリス姉さんが「他に好きな人がいます、って意味よ!」と謎を解いてくれたけれど、さらに踏み込んで「婚姻を望む平民の女性がいる」という意味だったのだ。
私を好きだとか言うし、意外とロックマンは庶民派なのかもしれない。平民の女性を好む貴族男性もいると聞く。
でも、公爵令息のロックマンが平民の女性と婚姻は無理だ。マリスはロックマンの好きな女性を知っていて、ロックマンがその女性と別れるなり婚姻を諦めるなりするのを待っていたのかもしれない。
マリスのことだから平民の私に気を遣ってロックマンの恋愛事情を秘密にしていた可能性もある。どうせ私は興味なかったし。
何度ふられても諦めないバイタリティはどこから来るのだろうと思っていたけれど、一縷の望みがあったからマリスも諦めなきれなかったんだろう。
身分違いがわかっているにも関わらず、その恋のために王女との婚姻を断るとは。
ロックマンが恋をしていた平民の女性が誰かは知らないけれど、いろいろと謎が解けてさっぱりすっきりだ。
「……どうしてそれが自分だって思わないのかな」
「ん?」
「さっきも言ったでしょ? ずっと君に恋していたって」
言った。確かに言った。
いつからロックマンが私を好きだったのかなんて知る由もないが、恋多き男だからこれまでに恋人が何人いたとしても驚きはしない。
「アンタの過去についてとやかく言うつもりはないわよ」
「……盛大な誤解をされている気がするんだけど?」
「長年の謎が解けてすっきりしたのよ」
「僕の謎?」
「アンタだけじゃなくて、他にも……いろいろ?」
「謎が解けたなら君の気持ちを聞かせてもらってもいいかな?」
「私の気持ち?」
繋いだ手に力が込められる。
私を映す赤い瞳が燃える。ちりちりと熱せられて眼差しが痛い。ごくんと唾を飲み込んだ。
フッと長い睫毛を伏せて、なだめるようにロックマンが指の背で私の頬を撫でた。親指が唇をふにふにと押し始める。彼が触れる頬や唇が急に熱く感じられる。
唇に付いた液体を拭うように、親指がつっ……と唇をなぞって離れていった。
「僕は君に求婚した。君は……僕が好き?」
懇願するような声音はどこか儚げで。
常に余裕の笑みをたたえているような、完璧な貴公子然としたいつもの姿はどこにいったのか。
本性は嫌味な猫かぶりの女タラシ野郎で、とにかく腹が立つ男なのに、どうしてか私は気になってしまう。好敵手で、
人魚のお姉さんたちには『嫌い嫌いも好きのうちよ』とか言われたけど、よくわからない。
ロックマンが本当はそんなに嫌な奴じゃないこともわかってる。いや、実はかなり善い部類に入ることも。長いこと私に喧嘩を吹っ掛けてきたのは、私に魔力を発散させるためだったと今では理解している。
正直なところ、どうしてロックマンが私に求婚し、海の国に婿入りするなんて言うのか訳がわからない。
きっといっぱい恋もしてるだろうし、周りには私よりも綺麗で魅力的な女性がたくさんいるだろう。
……ロックマンが既婚者だと勘違いしたときは胸がギュッと締め付けられるように苦しくなった。目の前が暗くなって、息が止まるかと思った。
ああ、私はこんなにロックマンが好きなのか、と心に
ロックマンのことを考えていると喉が詰まる。
息が苦しくなってくる。
私は自分の首に手を当てた。シャツの詰まった襟の中から小指で鎖骨に触れ、目を瞑って細く息を吐き出した。
ロックマンはまだ私と手を繋いだままだ。彼の指の力が増していく。
「……好きよ」
隣に座ったロックマンを見上げて、思ったよりも近くにある赤い瞳を真っすぐに見つめて想いを告げる。
人生で二度目の告白だ。ドキドキして、苦しくて、恥ずかしくて、でも大事にしたくて。そんな想いのこもった言葉を同じ人に二度もいう羽目になるなんて。
ロックマンは眩しそうに目を細めて、ハァ、と大きな溜め息を吐いた。
「いつの間に……こんな顔をするようになったの?」
「こんな顔って何よ? 化粧もしてないし、特に変わってないわよ。……男装するようになったけど」
「そうじゃなくて」
両頬がロックマンの手に包まれる。ふわりと暖かなお日様のような香りが鼻腔をくすぐって、私の記憶が刺激される。
ロックマンの馨りだ……。
蜂蜜色の前髪はさらりとして滑らかで。甘い匂いが漂ってくるような、むせかえるほどの金色が私の視界を染めていく。
頬に添えられた指は優しく、宝物でも持っているかのよう。
熱いものが唇に吹きかかる。これはロックマンの吐息だろうか、震えるような息遣いが破廉恥だな、とぼんやりと考えていたら、しっとりと濡れた柔らかなものが私の唇に重なっていた。
咄嗟に手でロックマンの胸を押し返そうとする。触れた胸板は思っていたよりも逞しく、鍛えられていて、図らずも鼓動が鳴った。
柔らかく吸い付くような感触は甘く、ふわふわと夢見心地で、ごちゃごちゃとした理性は急速にしぼんでいき、私は目を閉じる。
重なっていた唇はやがて食むように動き始め、ロックマンの舌が私の上唇を舐めて、下唇を吸い上げる。
恥ずかしいけれども嬉しくて、自分の心に嘘をつくことはできなくて、私はロックマンにされるがままになっていた。
「……んっ……」
角度を変えては何度も食まれていく。余すところなく味わいたいとでもいうように、吐息が漏れたと思ったら再び噛みつくように吸いついてくる。
ロックマンに食べられてしまいそうだ、と思ったけれど、頭の奥がしびれるようで思考はまとまらなかった。
*
……長い長い初めての口づけが終わって。
早鐘を打つ胸を押さえながら荒い息を整える。
なんて手が早い。いったい何人の女性に手を出したんだろうか。こんな口付けをされたらたいていの女性はころりと落ちてしまうに違いない。
「……反則よ、アンタ」
ロックマンを見上げると、彼は眉を下げて困ったような、でもとても嬉しそうな、甘さと優しさが
「反則なのは君でしょ?」
自分の指で唇をなぞってみると、私の唇は恥ずかしいくらい腫れていた。指先を氷の魔法で冷やしてから熱を持った口元に当てる。
「……海の国では君は何をしていたの?」
「え? えーと、お母さんに海の古代文字を教わって、先生についてもらって海の国の地理や歴史、魔法について教えてもらったわよ」
「勉強以外には?」
「宮殿には侍女の人魚のお姉さんたちがたくさんいてね、お茶の時間や夜にいっぱいお喋りしたかな。私は一人っ子だし、従兄弟もお兄ちゃんしかいないから、お姉さんたちとお喋りするのがすごく楽しかった」
「そっか」
「人魚って長生きだから色んな話を知ってるのよ。お母さんも子供のころからお世話係りのお姉さんたちの話をきいて育ったから耳年増になったって言ってた」
「なるほど」
お母さんやお姉さんの話を思い出し、ハッとした。
いつの間にやらくっつくような位置にいるロックマンからささっと離れて、長椅子の端っこに座り直す。
「ヘル?」
「お姉さんたちの話で思い出したのよ。すぐに口づけするような男は駄目だって。そういう男は口づけさせたら言葉を飲み込んじゃうから駄目なのよ!」
「僕たちはかなり話をした後だから、それは問題ないと思うよ」
「好き、って言ったらいきなり口づけするなんてタラシ以外の何だというのよ!?」
「それは否定できないけど。でも僕は君にしか口づけしたことないし、したいとも思わない」
ピクッと私の体が動きを止める。
「う、嘘……」
「嘘じゃありません。でも、いきなり口づけしたことは謝ります。ごめんね」
「…………わかった」
「これからはちゃんと君に許可をもらうから」
「許可?」
「口づけしてもいいかって」
「はぁ!?」
赤くなった頬を押さえて、ロックマンに背を向ける。
海の国でのんびり過ごしてきたことをちょっと後悔した。一気に様々なことが起きて頭が沸騰しそうだ。
肩越しにちらっとロックマンを窺い見れば、彼は私と距離を保ったまま、私と目が合うと柔らかく微笑んだ。
パッと顔を戻せばくすくすと笑う声が聞こえてる。ロックマンの朗らかな笑い声を聞くのは弟のキース君に会ったとき以来かもしれない。
婚姻と結婚の言葉はなんとなく使い分けています。
貴族の結婚→婚姻
平民の結婚→結婚
砕けた会話のときは「結婚」を使う
という感じです。
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話のストックがなくなってしまったので次の更新は少し遅くなります。