英雄戦争終結後、ガトーの力で暗黒戦争直後へとマルスがタイムトラベルするお話です。DQ11からアイデアを得ました。カップリングはマルス×クリス(マイユニット・男)。

※pixivにも投稿済み。


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警告!:シーダの人物像について独自の解釈があります。

備考:作中に出て来る「時のオーブ」はゲーム本編には存在しません。


もう一度、君と

 二度目の戦争が終わった。攫われたシスターたちも皆無事に戻り、メディウスの復活は阻止された。だがマルスの腹心であり友、勝利を支えた影、影の英雄、英雄戦争の多大なる功労者である近衛騎士クリスは戦死した。

 

『マルス・・・様・・』

 マルスが辛うじて伸ばされた震える手を取ろうとした瞬間、クリスの手は力を失ってパタリと地に落ち、頭がガクリと垂れた。

『クリス・・・・!目を開けてくれ!クリス・・・・!!』

 光の王子は騎士の亡骸に縋りつき、泣き叫んだ。

 

 ――あの時、僕はクリスを愛していることに気づいた。

「マルス王子。」

 後ろから声を掛けられ、マルスは物思いから覚めて自身が一人、庭園を臨むテラスにいることを思い出し、振り返った。白の大賢者ガトーが立っていた。城の大広間から明るい光が漏れている。今は二度目の戦争の勝利を祝う祝賀会の真っ最中だった。

「ガトー様・・・」

「何故そんなに悲しげな顔をしておる?我々が勝ったというのに。」

「・・・多くの人が死にました。クリスも・・・」

「戦争に犠牲はつきものじゃ。」

「ですが・・・ですが、やはり僕は考えてしまうのです。もしかしたら誰も死なずに済む方法があったかもしれないと・・・」

「マルス・・・。」

 ガトーが痛まし気に眉を顰めて。

「・・・・もし、時を遡れるとしたら、そなた、どうする?」

 暫く思案した後、言った。

「時を?」

「過去に戻って、やり直せるとしたら?」

 マルスが目を見開いた。

「も・・・もちろん、僕は喜んで過去に行くでしょう!」

「せっかく苦労して掴んだ勝利はなかったことになるのじゃぞ?」

「それでも・・・誰も死なずに済む可能性が少しでもあるなら僕は・・・」

 ――それでクリスが死なずに済むのなら・・・!

「ふむ。・・・・それなら、ついて来るがよい。」

 ガトーが杖を一振りすると、マルスとともにワープした。

「ここは・・・ガトー様のマケドニアのご自宅・・・伺うのは先の戦争でスターライトの魔道書を授けてもらったとき以来ですね。」

「ここで待っておれ。」

 そう言うとガトーは奥の部屋へと消え、程なくして金色に輝くオーブを手に戻って来た。

「・・・・これが時のオーブじゃ。」

「時のオーブ・・・」

「実は英雄アンリも今のそなたと同じ理由で一度、このオーブを使ったのじゃ。」

「え・・・」

 ガトーは掌のオーブを目の高さまで掲げた。

「マルスよ、戻る時は自ら選べぬ。オーブの意思が時の分岐点へとそなたを導くじゃろう。」

「ガトー様。時を遡ったら”今”の僕は・・・」

「時を遡るのはそなたの精神だけじゃ。そなたは過去の自分自身として生きることになる。そして変わった過去によって”今”も上書きされる。」

 ガトーは叡智に満ちた双眸でマルスを見た。

「・・・どうする?時を遡るかね?」

「はい。」

「運命を変えられるとも限らぬし、事態はもっと悪くなる可能性もあるが、本当に時を遡るのか?」

「はい!」

「よし、いいじゃろう。」

 大賢者が何かを呟くとオーブの光が増し・・・そこでマルスの意識は途切れた。

 

*

 

 気づくと、マルスは城の片隅に立っていた。

「ここは――」

 ――ドルーア城?今は“いつ”なんだ?

 目の前を駆け去って行くシーダの後ろ姿。彼女が去ると入れ違いでニーナ王女がやってきた。

「どうしたのです、マルス。シーダが、悲し気な顔をして出て行きましたけど。」

 マルスは彼女の言葉にはっとする。

 ――暗黒戦争が終結した直後?確かシーダと話していて彼女が立ち去った後にニーナ王女が・・・

 そして気づく。今がニーナ王女に警告できる絶好の機会なのだと。マルスはニーナに向き直った。

「ニーナ様。カミュ将軍は生きています。」

「え?」

「貴女がまだ彼を忘れられないのなら――ご結婚はされない方が良いでしょう。」

「・・・・・・。」

「特に貴女を心から愛している――ハーディン殿とは。」

「マル・・・」

「伴侶の心が別の者にあることは人を絶望させます。その心の隙を悪しき者につかれないとも限りません。どうか僕が今言ったことをお忘れなきよう――・・」

 マルスはそう言うと呆然と立ち尽くすニーナを後に残し、その場を辞した。

 ――僕の助言でニーナ王女がハーディンと結婚しなければ、二度目の戦争を回避できるかもしれない。そしてあとは、メディウスを復活させないために四人のシスターを守ることだ。

 マルスは皆の許へと歩きながら考える。

 ――ニーナ王女はアカネイア城にいる限り安全。姉エリスもグルニア遠征が起こらなければ大丈夫だ。マリア王女はリュッケ将軍のクーデターによる混乱の最中に攫われてしまったから・・・彼に気を付けるようにミネルバ王女に言わないと。シスター・レナは・・・マチスとジュリアンに守ってもらおう。

 マルスは考えを纏めると仲間たちの処へ歩みを速めた。

 

 

◇

 

 

 マルスはアリティアに戻ると、時を渡る前の時間軸では暗黒戦争を終えてから一年後に始めた騎士登用試験をすぐに開始した。それも偏にクリスと早く再会したいからだった。

 そして。マルスの期待通り彼は現れる。騎士登用試験の模擬戦の後、従騎士たちに言葉を掛けるべく訓練場へと赴いたマルスはそこに会いたくて堪らなかった人を見た。

 ――クリス。また、君に会えた。今度は決して君を失わない。これからずっと僕と共に――・・

 次にマルスはクリスの隣りに佇む小柄な女性に目を遣った。

 ――カタリナ。いや、真の名はアイネだったな。彼女がもうすぐ裏切ることは知っているけれど・・・あのときの戦いでは誰も死ななかった。この過去は修正しなくていい。

 マルスは最終的に彼女が改心することを知っていた。

 それから三か月後の騎士叙勲の日。叙勲式の最中、カタリナの策略によりマルスは窮地に陥るが、クリス始め若き騎士たちの活躍で切り抜ける。彼は今回の功績でマルスの近衛騎士となった。

 

 その日の夜。第七小隊の面々が兵舎の一室に集まった。

「さあ、乾杯といこうじゃないか。」

 セシルがジョッキを掲げたのを合図にクリス始め皆も手に持ったジョッキを掲げる。

「第七小隊の騎士叙勲及びクリス隊長の近衛騎士昇格を祝って――乾杯!」

「「「「乾杯!!」」」」

セシルの音頭にクリス・ロディ・ルーク・ライアンが合わせる。

「イキナリ近衛騎士に抜擢、ってか?騎士になってすぐにそこまで信頼されるなんてスゲエじゃねえか、クリス!」

 飲み始めて幾らも経たないうちにルークが片腕をクリスの肩に廻して絡んできた。

「・・・身に余る光栄だと思ってるよ。」

「はあ~~、俺もエリス様の近衛騎士に抜擢されねえかな。そしたら――王女と騎士の恋物語が始まるかもしれねえ。」

 謙虚に答えたクリスにルークがうっとりとした顔で語る。

「おいルーク、知らないのか?エリス様は暗黒戦争の英雄の一人、風の魔導士マリク様と恋仲なんだぞ?」

「な、なぬ!?ぐ・・・そ、そうだったのか・・・」

 冷静なロディのツッコミにルークが撃沈した。

「・・・もっとも、マリク様と恋仲でなくてもエリス様がルークに惚れるなんてありえないけどね・・・」

「僕もそう思います。」

 セシルとライアンがジョッキを傾けながら小声で呟く。カタリナの裏切りに皆傷つきながらも、誰も彼女の話題を出さなかった。今日は栄えある騎士叙勲の日。何があっても前に進むと決めていた。他愛のない話をしながら(主にルークが)賑やかな宴は続き、夜は更けていった。

 

 

◇

 

 

 叙勲式から数日経ったある日。

「クリス。国も大分落ち着いたし、タリス王に勝利のご報告と今までのお礼をするためにタリスに発とうと思うのだけど、一緒に来てくれるかい?」

 マルスがクリスに訊いた。

「もちろん、仰せとあらばどこまでもお供致します。他にはどなたが同行されますか?」

「いや、君と僕の二人で行こうと思うんだけど・・・」

 マルスは僅かにはにかんだ様子で言った。シーダは暗黒戦争終結後すぐに隊長のオグマ始めタリスの傭兵連中と共に既に故国に帰っていた。

「二人で!?・・・お、俺は腕に覚えはありますが、ペ、ペーペーですし、念のため他にも・・・」

「うーん、身分を隠しての旅だから目立たない少人数の方がいいと思ってさ。もう戦争は終わって平和になったんだ。そんなに危険はないと思うよ?ジェイガンも君なら適任だ、って太鼓判を押してくれたし。」

「で、ですが・・・」

「・・・そうだ!君とは髪と瞳の色が同じだから旅の間は僕たち兄弟、ってことにしない?」

「き、兄弟!?」

 王子が笑って提案すると、クリスが呆気に取られてマルスを見た。

「いい案でしょ?クリス。」

「・・・・・・。」

「出発は明日ね?」

「・・・・はっ。わかりました。」

 もはや二人で行くことが決定事項になっているらしく、クリスは進言を諦めて渋々頷いた。

 

*

 

 翌日二人は庶民が着るような簡素なチュニックとボトム、ブーツに茶褐色のマントを羽織り、馬に乗ってアリティア城を発った。途中の街や村、砦で休みながら今はアリティア王国の一部となったグラへと入り、それからメニディ砦、アカネイア、ディール城を通り過ぎて二人は港町ワーレンへとやってきた。

 

「・・・活気のある美しい街ですね。」

 ワーレンの共同馬舎に馬を預けた後、二人で街道を港へと歩きながら、キョロキョロするクリスをマルスが見遣った。

「うん。先の戦争の最中、ここを訪れた時はすぐに敵が迫って来てね。ちっとも街を見て廻れなかったからほとんど僕も初めてのようなものだよ。」

「それは・・・大変でしたね。」

「けれどワーレンの傭兵、シーザとラディも協力してくれてペラティに逃れることができたんだ。」

 マルスが懐かしそうに目を細める。

「そのお二人は今ワーレンにいるのですか?」

「いや、わからない。彼らは傭兵だから、仕事があれば何処へでも行くだろうし。」

「そうですか・・・。いつかお会いしてみたいです。」

「僕も会いたいよ。」

 話しているうちに二人は港に着き、タリス行きの船の出航予定を確認した。

「明日まで船は出ないから、今日はゆっくりしよう。」

「ええ。」

 クリスは白い歯を見せて嬉しそうに笑った。

 

 ――クリスと二人で旅ができるなんて夢みたいだ。

 街中をぶらぶら歩きながらマルスが思う。二度目の戦争中は一緒にいる時間は長くても、二人になれることはほとんどなかった。タリスへの旅は良い口実だった。

 ――“今”のクリスとは死線を共に何度も潜り抜けた経験はない。それでも、君は生きてここに居るんだ。また初めからになるけれど、これから君との友情を育んでいくことができる・・・。

「・・・マルス様?俺の顔に何かついてますか?」

 クリスに言われてマルスは彼を見つめていたことに気づいた。街中を歩き回って疲れてしまった二人は小さなテーブルと椅子が幾つか置かれた街角の休憩スペースで休んでいたところだった。夕陽が街を橙色に染めている。

「・・・・あ。ごめん、ぼーっとしてた。」

「マルス様。お疲れならもう宿に入りましょう。」

 夕焼け空を背景に、クリスが気遣うように優しく微笑んだ。彼の笑顔にマルスが一瞬目を奪われるが、すぐに我に返って。

「うん、そうだね。」

 クリスに微笑み返し、立ち上がった。

 

「今日は快適な部屋で寝られますね。」

 市場で夕食を済ませた後に入った宿屋の一室を見回しながらクリスが言った。ごく普通の旅人のための宿屋だったが、今まで宿泊した処から見れば格段に良かった。

「うん。・・・これまでの道中、殺風景な砦や宿もない寒村の民家の納屋とかで悪かったと思ってる。」

「マ、マルス様!俺はそんなつもりで言ったんじゃ・・・」

 クリスが慌てて手をワタワタさせる。マルスはくすりと笑った。

「僕も嬉しいよ?戦争中は天幕の中で眠ることも多かったし、暖かく快適な部屋で休めることに感謝しなきゃね。」

「マルス様・・・」

「人心地ついたら、さっき露店で買ったお酒、一緒に飲まない?」

「・・・喜んで。」

 クリスはマルスの提案に微笑んだ。

 

「・・・何故だろう。初めて会った時から、僕は君に特別な絆を感じていた。運命が、君を僕の許に遣わしてくれた・・・そう思えてならない。」

 荷物の整理と沐浴を済ませてゆったりとした衣服に着替えた二人が部屋で酒を酌み交わす中、ぼんやりとクリスを見つめてマルスが言った。

「・・・俺も、命を賭ける主君があなたでよかった、と思っています。」

 クリスは口端を僅かに上げて微笑み、言った。主君は酔っているのだろうか?

「・・・ところで、マルス様はタリスに着いたらシーダ王女に求婚されるのですか?」

「え?」

 マルスの頭が急にはっきりした。

「どうして・・・」

「? シーダ様は暗黒戦争のとき・・・いえ、マルス様がタリスに亡命していた頃からずっと貴方をお慕いしていたとライアンから聞きました。彼自身は兄のゴードンから聞いたということですが。」

「・・・・・・。」

 マルスが目を伏せた。マルスにはわかっていた。シーダは小国タリスで燻っているのが嫌で、広い世界に連れ出してくれる誰かが欲しかっただけなのだと。彼女はいずれマルスが決起するのを見越してタリスに亡命してきた彼を何かと気にかけ、落ち延びたアリティア軍が逗留する東の砦まで足繁く通ったのだ。

 ――思った通り僕たちについてタリスを出国したら、シーダはもう僕など眼中になかった。初めて見る世界、新しく知り合う人々に夢中だった。

「・・・・求婚は、しない。彼女は僕を慕っているわけじゃないよ。」

 沈鬱な表情でマルスが呟く。彼女が愛しているのはタリスの外の世界だ。だが周囲は皆、彼女がマルスを慕っていると思っていた。そしてニーナ王女もそう思い込んでいた一人だった。

 ――だからドルーア城で・・・

 元の時間軸でメディウスを倒した後、ニーナに説かれてマルスはシーダを追いかけた。

 ――打算の愛でもあのときの僕は別に構わなかった。その時点で僕に他に想う人はいなかったし、王族同士の結婚に愛は必要なかった。

 タリス王もジェイガンやモロドフ始め周囲の皆もそれを望んでいて、”そう”なるのが自然だった。だが、とマルスは思う。

 ――その後クリスと出会い、彼の死を経て自身の気持ちに気づいた僕は、過去の同じ場面でシーダを追いかけなかった。

「・・・僕にとっても彼女は戦友で同志以外の何者でもない。それに彼女は――・・」

「シーダ様は?」

「・・・いや、何でもない。」

 ――戦争中も”僕の為”と言いながら何人もの敵方の兵士を説得して寝返らせた。その“説得”が言葉だけで為されたとは到底思えない――・・

 頭に浮んだ不快な妄想にマルスは眉を顰めた。

「・・・マルス様?」

 顔を上げるとクリスが心配そうに見ていたので、マルスがぎこちなく微笑んで見せる。

「ああ、ごめん。ちょっと昔のことを思い出して。・・・・そうだ。君は愛を信じる?君には愛する人がいる?」

 ――確かシーダはこう言ってロジャーを口説いた、って言っていた。

「な、何ですか急に。びっくりするじゃないですか。」

 ――こんな言葉で本当に人の心が得られるの?祖国を裏切らせるほど?

「君は愛を信じる?君には愛する人がいる?」

 マルスが端正な貌に悪戯っぽい笑みを浮かべて繰り返す。

「な、何を・・・大丈夫ですか、マルス様?」

「ふふ・・・ごめん。君はとても優しそうだから少し訊いてみたくなったんだ。よかったら教えてくれないか?君のことをもっと知りたい。」

 少しの間クリスは当惑して王子を見つめたが、観念して小さく溜息を吐いた。

「愛、は・・・まあ、信じている?かな。愛する人・・・は、今はいません。」

「前はいたの?」

 ――クリスに愛する人がいたなんて初耳だ。

「ええ。孤児の俺を育ててくれた祖父のマクリル・・・少し前に亡くなりました。」

「・・・・ああ。」

「その・・・マルス様、もうお休みになられた方が・・・」

「うん、そうだね。・・・そろそろ寝よっか?」

 マルスはそう言ってグラスを片付け始めた。

 

 

◇

 

 

 翌朝。二人はタリス行きの船に乗り込んだ。船の主な目的は積み荷を運ぶことで、渡航者はごく少なかった。

「晴れて良かったね。明日の午後には着くはずだ。」

「俺、船に乗るのは初めてで、何もかもが新鮮です。」

 マルスが甲板の縁に寄りかかって隣のクリスを見る。藍色の髪を潮風に乱され、憧れの眼差しを遥か彼方に向ける彼の横顔は精悍で美しかった。思わず僅かに開いた彼の唇に目が行ってしまい、マルスは慌てて前を向いた。

 ――落ち着け。クリスに僕の気持ちを悟られては――ああ、でも。もし彼と友達以上になれたらどんなに素敵だろう。見つめ合い、囁き合って、・・・触れ合うことだって、できる。

 マルスが船縁に置かれたクリスの武骨な手をちらりと見た。

 ――彼の手に僕の手を重ねることも――・・

 マルスが重ねた手にクリスが驚いて振り向き、けれど次の瞬間には照れたように微笑んで、見つめ合い、どちらからともなく近づき、唇を重ねる――

「マルス様。」

 マルスはクリスの声にはっとして顔を上げた。

「風が強くなってきました。船室に入りましょう。」

「あ・・・ああ、そうだね。」

 マルスは頷き、クリスとともに船室へと歩き出した。

 

 二人に宛がわれた船室は今は空き部屋になっている水夫のためのもので、扉の正面に丸窓、窓の下に小机と丸椅子、扉の両側に数段の棚、奥に造りつけの二段ベッドがあるだけの簡素な部屋だった。

「この船は客船じゃないからね。他の客と相部屋でないだけマシ・・・」

「うゎ、壁に嵌め込まれた動く絵みたいだ!」

 マルスが眉をハの字にしてクリスを振り返ると、彼は少年のように目を輝かせて丸窓に駆け寄り、感嘆の声を上げた。マルスは笑ってしまいそうになるのを懸命に堪えた。

 

「あんたたち、兄弟?」

 二人が船の食堂で早めの夕食を摂っていると、前に座っていた気の良さそうな壮年の男が訊いてきた。食堂は限られたスペースを有効に活用するために細長い大きなテーブルに向き合って椅子が並べられたもので、水夫や他の客とかち合うこともあった。

「ええ。僕が兄で彼が弟。」

 男の問いにマルスが卒なく答える。

「タリスへは傭兵に志願するために行くのかい?」

「え?いや、僕たちは友達を訪ねに・・・」

「ふうん?二人とも強そうだから俺ぁてっきりそうかと思っちまったぜ。」

 男が快活に笑う。そしてマルスをじっと見て。

「・・・・それにしても。兄ちゃん、綺麗な顔だな。おっと、ソッチの趣味はないぜ?ただ、まるでお貴族様みたいだ、って思っただけで・・・」

「はは、何故か時々言われます。」

 クリスは『お貴族様』という男の言葉にドキリとしたが、マルスはあっさりと笑って受け流した。

「そうだろ、そうだろー?」

 男が膝を叩いて相槌を打ち、三人で可笑しそうに笑い合った。

 

 ――これでもう二度目の戦争は起こらないのだろうか?ニーナ王女がハーディンと結婚しなければ・・・

 小机に置かれたランプの淡い常夜灯だけが照らす夜の船室で、マルスはベッドの下段に横たわり、向かいの二段ベッドのやはり下で寝ているクリスを見るともなしに見ながら考えた。彼の胸は規則正しく上下し、平和な眠りに就いているのがわかる。

 ――だが地竜の封印が弱まっていることに変わりはない。シスターたちの誘拐を防いだとしても、いずれ封印は解ける。オーブを集めなければ・・・星のカケラも・・・

 考えを巡らせているうちに眠くなり、マルスは上掛けを肩まで引き上げると目を閉じた。

 

 

◇

 

 

 翌日の午後、船はタリス王国に到着した。

「港から王都はそんなに遠くないから、このまま向かおう。」

 幸いにも船から積み荷を受け取った商人の幌馬車が城下町へ向かうというので二人は後部の空きスペースに乗せてもらうことにした。互いの脚がぶつからないように斜めの位置で左右の幌にそれぞれが背を預けて座る。

「・・・懐かしいな。タリスの地を踏むのは一年ぶりだ。」

 ガタゴトと揺られながら、マルスが呟く。

「美しい島ですね。」

「うん。ここで僕は二年の月日を過ごしたんだ。」

 マルスが遠い目をした後、クリスに微笑んだ。

「ねぇクリス・・・君がアリティア騎士になりたいと思ったのはいつ頃?」

「物心つく頃からです。俺は幼い頃から、アリティアのために尽くすよう祖父に育てられました。祖父のことは好きでした。だから俺は、祖父の期待に応えたいと願っていました。騎士見習いに志願したのもそれが理由です。」

「そうか。お祖父様の・・・。子供時代は?君は何をして過ごすのが好きだった?」

「え・・・俺は物心つく前から、セラ村で祖父に『クリスよ、アリティアの剣となれ。決して折れぬ力と忠義を身につけよ。』って言われながら厳しく鍛えられました。だから、好きなことをして過ごした記憶がありません。」

「そっか・・・。マクリルが鍛えてくれたおかげで君は騎士として僕の傍にいてくれるのだから、彼には感謝しかないけれど、・・・その、もし・・・今も君が好きなことができていないなら、できるように僕も力になるよ。」

 遠慮がちに申し出たマルスをクリスがポカンとして見る。

「そんな・・・マルス様がお気になさることでは・・・」

「ああ、ううん、主君じゃなくて、友達として、さ。」

「友達?」

 クリスの戸惑った声にマルスはハッとした。

 ――あっ・・・。このクリスは戦友として長い時を過ごしたクリスじゃなかった・・・

「あ・・・えと・・・君とは歳も近いし、友達のように思ってくれると嬉しい、って意味で・・・」

「はは・・・光栄です。」

 二人が話していると程なくして幌馬車は城下町に到着した。マルスが商人に十分なお礼をした後、二人でタリス城へと向かう。

「マ、マルス様!?」

 タリス城に着き、マルスが門番に身分を明かそうとしたところで先に門番が気づき、王に知らせるために城の中へと入って行った。

 

*

 

「マルス様!!」

 タリス王との謁見が終わり、二人が玉座の間を出るとシーダがマルスの方へ駆け寄ってきた。

「やあシーダ。久しぶり。」

「ああ、間に合ってよかった!いらっしゃるなら先に手紙で知らせてくれればいいのに・・・。お会いできて嬉しいです!」

 シーダが目に涙を浮かべながらマルスを見上げる。シーダは暗黒戦争終結後、すぐにタリス王国に帰ってしまったので、クリスが彼女に会うのは初めてだった。美しい女性だ、とクリスは思った。

「それでその・・・、お父様とはどのようなお話を?」

「亡命した僕と騎士たちを二年間匿ってくれたことと、戦争中に君とオグマたち傭兵の力を貸してくれたことへの十分なお礼をしたよ?」

 実際、タリス王にお礼としてマルスが献上した宝石は換金すればタリス王国の民たちが一年間働かずに済むほどの価値があった。

「そ・・・そうではなくて、その・・・」

 シーダが頬を紅潮させ、お腹の前で両手を落ち着きなく組み合わせたり解いたりする。

「シーダ。僕はタリス王に今までのお礼をするために来たんだ。それ以外の目的はない。暗黒戦争が終わったときに、君の父上にご報告に行くと言ったじゃないか。」

「マ・・・マルス様・・・・」

「君はかけがえのない戦友で同志だ。会えて嬉しかったよ。・・・用事は済んだからそろそろお暇するね。行こう、クリス。」

 マルスはショックを受けた様子のシーダに微笑むと踵を返し、クリスは内心彼女を痛ましく思いながらも主君の後に続いた。

 

「ワーレンへ向かう船は今日はもう出ないから、タリスの城下町で羽を伸ばそう。」

 城を出るとマルスが言い、夕刻だったことから二人は手近な食堂へと入った。

「・・・・マルス様。一介の騎士である俺が差し出がましいとは思いますが、シーダ王女とご結婚されないのですか?」

 食事をする手を止めてクリスが尋ねる。

「・・・何故そんなことを言うの?」

「シーダ様はマルス様を慕っているように見えます。」

 ――君も彼女を見てそう思うんだな、クリス。二日前にワーレンで『彼女は僕を慕っているわけじゃない』と言ったばかりなのに・・・

 マルスは誰もがシーダを見てそう思い込み、彼女の味方になるのにうんざりしていた。

「僕には想う人がいるんだ、クリス。」

「えっ!?」

 クリスが驚いて思わず持っていたフォークを落とす。

「僕の一方的な片想いだけどね。」

「そ、そうなのですか?」

「うん。」

「その方にお気持ちを告げないのですか?」

「・・・いつかは告げたいと思っているけれど・・・今はまだその時じゃないとわかってる。」

 ――”今”の君はともに過ごした時間が短すぎる。

 ふいに頭に浮かぶ、時を渡る前のクリスの姿。

 ――・・・もしも。二度目の戦争中、クリスに想いを伝えることができていたら。

 マルスは埒もなく考えるが。

 ――・・・いや、それはあり得ない。彼への気持ちを自覚したのは彼が死んだときなのだから・・・

「・・・・マルス様。苦しい恋をされているのですね。」

 クリスの言葉にマルスはハッとして、自身がひどく辛そうな顔をしてしまっていたことに気づいた。

「俺、何も力になれませんが、マルス様と想う方がうまくいくことを願っています。」

「・・・・・・。」

 ――ああ、本当に、そんな日が来るだろうか。

 マルスは元の時間軸のクリスがかなりモテていたにも関わらず、彼が恋愛に鈍感で関心がないことから多くの女性たちが嘆いていたのを知っていた。それでも。

「・・・ありがとう。頑張るよ。」

 微笑んでそう答えた。

 

 だが転機はその夜、訪れた。二人が街に一軒しかない宿屋で寛いでいると、俄かに階下が騒がしくなり、複数人の階段を上がる足音がしたかと思うと部屋の前で止まり、ドアがノックされた。

「マルス様。オグマです。入ってもよろしいですか?」

「どうぞ。」

 マルスが返事をするとドアが勢いよく開かれ、オグマを始めマジ、サジ、バーツが部屋の中へと入って来た。どうやら主君の知り合いのようだが、あまりの物々しい雰囲気にクリスが思わず立ち上がる。

「やあ。久しぶりだね、オグマ、マジ、サジ、バーツ。会えて嬉しいよ。」

マルスも立ち上がって両腕を広げたが、誰も抱擁を交わそうとはせず、オグマが厳しい口調で話し始めた。

「マルス様。このまま帰られるおつもりですか?」

「うん。もうタリス王にはお会いしたから。」

「シーダ様は・・・」

「うん?」

「シーダ様は貴方を心から慕っておられます。」

 ――また、盲目的な彼女の信者が・・・

 マルスは内心溜息を吐いた。シーダを崇拝しているこの傭兵隊長はマルスが幾ら『シーダは僕を慕っていない』と言っても信じないだろうことを良く知っていた。どうやってこの場を切り抜けようか考えあぐねる中、クリスの存在を思い出す。

「クリス・・・」

 マルスがクリスの肩に手を掛け自身の方を向かせ、空いた手で彼の襟を掴み、引き寄せて・・・

「「「「「!!」」」」」

 唇を重ね合わせた。その場に居たマルス以外の五人が凍り付く。そのまま少しの間留まった後、ちゅ、とリップ音を立ててゆっくりと離れた。マルスはクリスの襟を放すと傭兵4人の方を見た。

「僕は彼を愛しているんだ。」

「・・・・な・・・そん・・・な・・・」

 後の言葉が続かずオグマは口をパクパクさせていたが、漸く我に返ると『行くぞ。』と言って部下たちとともに去って行った。静まり返った部屋には、マルスとクリスが残された。

 

「マ・・・マル・・・マルス様!」

 オグマよりも更に遅れて呆然自失状態から回復したクリスは主君に抗議の声を上げた。

「い・・・幾ら何でも、こんなやり方・・・し、信じられません!」

「・・・嫌、だった?」

 マルスが傷ついたように眉を顰める。

「そーいうことを言っているのではありません!想う人がいてシーダ王女に求婚できないなら、はっきりそう言うべきだったのです!たまたま近くにいた俺にあんなことをして断る口実にしたことが問題なのです!」

「僕はそうしたじゃないか。君を『愛している』とはっきり言ったよ?」

「はっ?え・・・?」

「僕の『想う人』というのは君のことだ。」

「・・・・・・なっ、なっ、何で・・・マルス様と俺は知り合ったばかりで・・・俺のことをほとんど知らないのに・・・」

 テンパるクリスにマルスは小さく溜息を吐いた。

「・・・こうなったからには全部話すよ。実は・・・」

 

*

 

「・・・ではマルス様、あなたはこの後に起こる二度目の戦争の終結直後に過去へ、時を渡ってきたと仰るのですね?」

 それぞれのベッドに座って、マルスの長い話を聞き終えたクリスは慎重に訊き返した。

「うん、そう。多大な犠牲を出した戦争が再び起こるのを防ぎたいんだ。」

「マルス様・・・」

 元の時間軸でマルスと強い絆で結ばれていたことを知ってクリスの胸が熱くなる。

「それならば、俺も戦争を回避するためにできる限り協力します。」

「ありがとう。君の理解と協力があれば心強いよ。」

 クリスの揺るぎない瞳にマルスが微笑む。そしてふと、さっきの出来事を思い出して目を泳がせると頬を染めた。

「・・・・ところで、さ。さっき・・・僕とキスしてみて・・・どう、だった?」

「・・・・え?」

「イヤじゃなかった?」

「・・・・・・別に嫌、では・・・」

 鍛錬の最中に頭から地面に突っ込んで口に泥が入ったこともある。それに比べればマルスの唇は温かく柔らかく気持ちいいくらいだった。だからクリスは笑って、

「寧ろ気持ちよかったですよ?」

と言った。幼い頃より鍛錬ばかりで恋愛経験のないクリスにとって、自身を好きだという相手がこの発言をどう思うかなどわかるはずもなかった。彼の言葉にマルスが目を瞠り、更に顔を赤らめる。そして立ち上がって片膝を腿の脇のシーツにつき、ずい、と身を乗り出した時、クリスは驚き思わず後ろに両手をついて上体を斜めに倒した。

「マ、マルス、様・・・?」

「クリス・・・」

「は、はい?」

 マルスがクリスの肩を掴み、更に身を乗り出すと、彼はより一層倒れて肘で身体を支える格好になった。

「ちょ・・・マルス様・・・」

 焦った面持ちで見上げるが、マルスの動きは止まらず、クリスは背がシーツにつきそうなほど斜めになり、ほとんど腹筋で持ち堪えている状態になった。

「僕ね・・・ずっと我慢してたんだ。」

「な・・・ななな何をですか?」

 マルスはにっこり笑うと、勢いよくクリスに口づけた。

 

 角度を変えて何度も触れ合わせ、恐らく何かを言おうとして開いたクリスの口に、言葉を発する前に舌を押し込む。マルスはくぐもった声とともに肩を押し戻そうとする彼の手首を掴みベッドに縫い留めた。

「はぁっ・・・」

 漸く口づけが解かれ、クリスは大きく息を吐いた。唇は艶やかに濡れていて、含み切れなかった液体が口端から細い筋を成していた。

「クリス・・・」

 マルスが熱に浮かされたような目で、若い騎士を見下ろす。王子の熱情を前にクリスは逆に冷静さを取り戻し、先ほどのマルスの言葉を思い出した。

「マルス様・・・本気、なのですか?」

「え?」

「俺を・・・あ、愛・・・」

 その先は、あまりのことに喉に痞えて言えなかった。だがマルスははっきりと。

「うん。僕は君を愛している。」

「マルス、様・・・」

 改めてはっきりと言われてクリスは今居る世界が輝いたような気がした。祖父に『愛している』と言われたときとは異なる、心の中に宝石が輝き始めたかのような、感じ。それと同時に自身を見下ろす王子がどんなに美しいかということに気づいた。

「・・・もう一度、キスしてくれませんか?」

 思わず、言っていた。マルスは躊躇なく再び唇を重ね、深くキスをする。今度はクリスは王子の柔らかな髪を梳き、頬や首を撫でながら口づけに応えた。

「は・・・・ぁ・・・」

 長い口吻けが終わると、クリスは肩で息をした。マルスの滑らかな頬を親指で愛撫する。

「・・・貴方は美しいです、マルス様。貴方にもっと、触れたい・・・。」

 クリスは頬に触れていた手を撫で下ろし、マルスの首筋に指先を滑らせた。それだけの示唆で十分だった。マルスは口端を僅かに上げて微笑み、一度身体を起こして上衣を脱いだ。細身に見えた彼だったがしっかり筋肉がついていてクリスは思わず目を瞠った。

 ――考えてみれば当然だ。三年ほど前、祖国を後にしてタリスに亡命して以来、きっと必死の思いで鍛錬を重ねてきたはず。そして暗黒戦争を勝利に導いたのだから。

 クリスも上体を起こして上を脱ぐとベッドに乗り上げた。そして半裸のマルスが覆い被さってきたとき。

「あ、・・・ち、ちょっと待って下さい。」

「クリス?」

 クリスに緊張した面持ちで押し止められてマルスが眉を顰めるが。

「・・・その、俺、同性同士でどうするかわかりません。」

 クリスの言葉にマルスが笑った。

「ははっ・・・そんなの。僕も君にしたいことするし、君も僕にしたいこと何でもしたらいいよ。」

「な、何でも・・・?あ・・・」

 頬を染めたクリスの首、肩、鎖骨、胸にとマルスがキスを落としていく。

「・・・・っ」

 危うく変な声を上げてしまうところだった。唇に加えて手でも素肌のあちこちに触れられ、クリスが身を捩る。

「声、抑えなくていいよ。この宿、僕たちの他は離れた部屋に一組しか泊まっていないから。」

「あ・・・っ」

 マルスが囁き、クリスの片方の乳首を口に含んだ。

「あ・・・あ・・・」

 吸われ、舌で転がされ、押しつぶされる。初めての感覚に羞恥でどうにかなりそうだったが、主君を押し退けることもできず、クリスは王子の藍色の髪を掻き回すだけになってしまう。やがて下方に這い下がっていったマルスはクリスの引き締まった腰を掴み、親指で脇腹を愛撫しながら臍の辺りに唇を這わせた。

「ひ・・・あっ・・・」

 クリスは際どい処に触れられて下腹に熱が溜まるのを自覚した。そして下衣のウエストに手を掛けられたとき、マルスの次の行動を予測して焦り出す。

「マ・・・マルス様!ちょっと待・・・」

 思わず声を上げるが、マルスは構わずクリスの部屋着の下衣を勢いよく下ろし、脱がせてしまった。

「あっ・・・マル・・・っ!」

 そして露わになった、兆し始めた自身を含まれて、クリスは息を呑んだ。幹や先端を掌と舌で愛撫され、慣れない快感から悩まし気に腰を蠢かせる。

「・・・はっ・・・、マ、マル・・・」

 高められ、危うくマルスの口の中に欲を出してしまいそうになったが、クリスは鉄の理性で王子を押し止めた。

「だっ・・・ダメ、です!貴方の口に出すなんて・・・!」

 頭を挟む腿と髪を掻き回す手の必死さにマルスが根負けして顔を離す。

「・・・じゃあ、後で一緒にイこう?」

 眉をハの字にしてマルスが囁き、クリスの片脚を持ち上げて腿の内側に沿ってキスをした。そしてクリスと目を合わせ、おずおずと尋ねる。

「・・・・その。次に進んでも、いい?」

 ――次?

 具体的に『次』が何を指すのかわからなかったが、拒否される不安に怯えたようなマルスの様子にクリスは安心させなければと思い、微笑んで、答えた。

「・・・はい。貴方が、望むなら。」

 マルスはほっとして肩の力を抜き、一度ベッドから下りると荷物袋から小瓶を取り出し、その小瓶を持ってベッドに戻ってきた。

「それは・・・?」

 マルスはきまり悪そうにクリスを見た。

「・・・僕を軽蔑しないで?・・・その、ただ、万が一、・・・何かの切欠で?そうなる可能性もゼロじゃないと思って一応用意してたんだ。」

 ――?

「軽蔑なんて、しません。あらゆる可能性を考えて準備を怠りなくするのは良いことだと思います。」

 クリスの言葉にマルスはランプの灯火が照らす中、安堵して柔らかく微笑った。そして下衣を脱いでクリスと同じく一糸纏わぬ姿になると、クリスの脚の間に入り込み、彼の両脚を自身の肩へと引っ掛けた。小瓶の蓋を開け、中の液体を掌に垂らす。クリスはマルスのその一連の行動を不思議に思いながら見ていたが。

「ひゃ!?」

 ぬるついた指先で奥まった窄まりをなぞられて身体を撥ねさせた。

「ごめん。冷たかった?」

「え?いえ・・・」

 気遣うように尋ねるマルスにクリスは否定した。実際、特に液体が冷たいわけではなく、ただそんな処に触れられて驚いただけだった。

「う・・・っ!?」

 縁をなぞっていたマルスの指が中に入り込んだのにクリスが息を呑む。

「少し、我慢して。」

「は、はい・・・。」

 暫くの間、マルスはそこに指を出し入れし、中を探り掻き回していた。ぐちゅぐちゅと濡れた音が響き、そこが柔らかく解れてきたと思った頃、漸くマルスは指を抜いた。そして勃ち上がった自身にも小瓶の中身を塗り付けるとそれをクリスの後腔に当てがう。

「マ、マルス様・・・ぅ・・・!?」

「く・・・・っ」

 動揺して今からマルスがしようとしていることを問い掛けようとしたクリスの言葉を遮って怒張が、そこに押し入る。クリスは身体を貫かれる衝撃と痛みに頭が真っ白になった。

「あ・・・あ・・・」

「・・・クリス・・・」

 マルスは決して急がなかった。ゆっくりと、着実に、そこを拓いていった。

「・・・はぁっ。クリス、大丈夫?」

 根元までクリスの中に納めて、マルスが言った。

「は、はい・・・。圧迫感はありますが、痛みは鈍麻してきました。」

「よかった。初めてはもっと大変かと思ったけど、君と僕は体格がそんなに変わらないから良かったみたい。」

「そう、なのですか?」

「うん。」

 ランプの淡い灯りの中、微笑って答えたマルスの額に汗が滲んでいるのを見てクリスは心配になった。

「マルス様、ご無理はされませんよう。苦しいならここで止めても・・・」

 マルスは軽い笑い声を立てた。

「その台詞、僕が言うのが理想的だけど、」

 そして弱ったように眉尻を下げて。

「止められるわけ、ないでしょ?」

 一転、にやりと雄の顔で笑ったのでクリスはどきりとした。

「あ・・・っ」

 一度入口付近まで後退させてから奥を衝かれてクリスが息を呑む。マルスはクリスの腰骨を両手でしっかりと掴むと、本格的に抽挿を開始した。

「あ・・・はっ・・・、マル、ス、様・・・!」

 ――何だ、これは?

 クリスはナカの前側を擦られる度に広がる、疼くような快楽にただ喘ぎ続ける。いつの間にかクリス自身も完全に勃ち上がり、透明な蜜を滴らせていた。最中、マルスは首を伸ばして閉じられないまま引っ切り無しに喘ぎ声を漏らすクリスの唇にキスをした。それを合図にしたように、抽挿が速くなる。

「クリス・・・、一緒にイこう?」

 マルスの囁きにクリスはぼんやりと視界の焦点を合わせた。見上げた先にはマルスの端正な貌。伏せられた長い睫毛の下から見つめる澄んだ藍瞳、通った鼻梁、艶めいた息遣いを零す唇、滑らかな頬。着痩せするタイプなのか、服の上からではわからなかった、マルスの鍛えられた身体は彫刻のように美しかった。

 ――ああ。本当に、美しい、人だ。故国を遠く離れた異郷の地で、剣を捧げた高貴な方と俺は今――・・

 クリスが霞がかかったような頭で思う。そして。

「あ・・・っ・・・」

 ふいに勃ち上がったモノを掴まれてクリスはビクッと身体を撥ねさせた。

「あっ・・・あっ・・・あ・・・」

「クリス・・・」

 奥を衝かれながら扱かれて、先の撥ねた藍色の髪を振り乱し身悶える近衛騎士を見下ろし、マルスが熱い吐息と共に呟く。

「一緒に・・・」

 

 

◇

 

 

 快晴の空の下、ワーレンへと向かう船は順調に航海していた。

「今日も晴れて良かった。」

「ええ。」

 甲板の縁に寄りかかり空を見上げながらマルスが呟き、隣のクリスを見ると彼も微笑んで空を見上げていた。ふとマルスは目を落とし、船縁に置かれたクリスの手を見る。その手に自身の手をそっと重ねた。

「マル・・・」

 クリスが驚いて振り向き、マルスと目が合う。

「誰も見ていない。」

 マルスが囁くとクリスははにかんで微笑み、どちらからともなく顔を寄せ合って青空の下、二人はそっと唇を重ねた。




この後もお話は続くのですが(全17話完結済み)、ハーメルンにはUPしません。もし続きを読んでみたいという方がいたらpixivでお願いします。「ファイアーエムブレム新・紋章の謎SS」というシリーズ名です(“マルクリ”タグで検索するとすぐに出ます)。

作品を読んで下さり、ありがとうございました。

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