(……なんだ?)
デリタは目覚めた。真夜中でまわりは真っ暗だ。火はとうに消えており、明かりを探すなら木に登らねばならぬぐらい、何も見えない黒に満ちていた。
「デリタ、きみも気づいたようだね?」
闇の中で響くヴァーリンデンの声。きみも気配を察して起きたのかと問われると、
「いいえ。あたりに張り巡らせた索敵の術が知らせてくれましたから。遠くにいる相手を察知するなんてできやしません」
「なるほど。眠る前にきみの魔力があたりに散るのを感じて合点がいったよ。でも、その索敵術式というのは、かえって敵方に探知されるんじゃないかな?」
それは恐れている。頭の血の巡りがいい魔道士ならば見つけ出して探り出すに違いないだろう。
ただ、デリタの探知に引っかかったのは、魔法の適性が無さそうな感じの、一般の兵士のようだった。
「北から飛竜騎士が来るね。おおよそ50ぐらいかな。森の中を進むのは遊撃歩兵。街道からは騎兵と魔道士団だね」
「……わかるのですか?」
「大体ね。半径1キロなら大体の数がわかるよ」
信用していいのかわからない事をヴァーリンデンは言った。グロッグ城からやって来たのはほぼ全軍みたいだ。3000はくだらない。
「逃げたほうがいいですかね?」
「言っただろ? 私を信用してくれとね。叩くなら森の中の遊撃歩兵だろう。暗視鏡を使ってそうだから闇討ちは無理だよ。正面突破で行こう。それから一気に森を駆け抜ける。馬を奪えるとなお助かるね」
ヴァーリンデンは立ち上がった。北に向かって歩き出す。デリタは印を切り暗視術式を自分の目にかけた。闇の中でもものがはっきりと見える術だ。
視界に見えるものの色が白と黒になった。もっと精度をあげると草や木の葉の輪郭がくっきりと見えるようになった。
「暗視魔法が使えますが、ヴァーリンデン様もそうですか?」
「私は目を閉じてても気配でわかるから大丈夫さ。そういうのを使って探られたりすると怖いからね」
この術式は本当に微弱だが、魔力を漏らす。敵に探知をかけられるかもしれないが、それは予想の範囲内だ。この世界の魔法の有効射程範囲はバマとフラの2人から詳しく聞いている。『前世』の世界の3分の1未満。
しかも相手が離れれば離れるほど、威力がだいぶ減じる。そこが『前世』のそれとは違った。ただ、当てる部位をかなり絞れば、それなりの威力は見込めたが。
ただ、術法は違う。『前世』と同じぐらいの有効射程距離でしかも威力が減衰することが無い。これを運用する戦い方を続ければ、南の大陸の者達は数で圧倒するベイオルブと戦えるだろう。
(術法士を『円盤』に乗せての対地攻撃……も悪くは無い。戻ったらカシャ家とガルテナーハ家に進言しようか。)
今後の戦い方のことを頭の中に巡らせながら、デリタはヴァーリンデンの後ろについて行った。絡みつくような草や石が転がっているのにすいすいと歩くヴァーリンデンに興味を持った。
「そういえば、魔法はどのくらいお使いになられるのですか?」
「せいぜいが聖魔法ときみの大陸の術法を少々、といったところだよ。治癒魔法はからっきしだよ。術法は旅の術法士から教えてもらったんだ。凄い威力だよね、『
『
ヴァーリンデンにそれを、1日にどのぐらい放てるのか尋ねてみた。
「あれって、一日の使用回数が決まっているの?」
デリタは苦虫をかみつぶしたような顔になった。
(……くそ。神に愛されたヤツというのは、どこまでも!!)
妬みながら10分ほど歩く。複数の影を見た。歩兵。剣と槍を構え弓矢を番えたまま、こちらに向かってきている。間隔を大きく開けて。およそ100はくだらない数だろう。
「ヴァーリンデン様?」
「わかっている。鎧をつけていないきみは下って……後方支援に徹して欲しい」
「そうさせていただきます。大して強いわけじゃありませんから」
デリタはそこで身を伏せた。叢の中でゆっくりと剣を抜き、見つからない様に刃を紛れ込ませた。身を伏せたのは流れ矢に当たらないためでもあるが、自分たちの背後や左右に伏兵がいないか探るのと、相手方の魔道士の位置を探る為に集中したかったからだ。
(魔道士は……必ず殺す。)
暗視魔法を切る。まずは自分の腹の下の草に索敵魔法をかけ、根に染み込ませる。絡まったほかの草の根を伝わせ、遠くへ伸ばす。たちまち彼の周囲から50メルタルッドの周囲に、分散する点を集積した索敵網が生み出された。
「デリタ、きみはすごい魔道士なんだね?」
そうささやくヴァーリンデンの声が聞こえる。『前世』の自分ならこれの3倍ぐらいの距離と数をやれた。あちらの世界の凄腕エルフと同じぐらいである。魔力量は拮抗しつつあるが、まだ修練が足りない。
デリタがようやく聞こえる程度まで離れた時、ヴァーリンデンは後ろを振り向かずに呼びかけた。
「じゃあ……すぐに終わるよ」
北の英雄が走り出した。鎧をまとっているのに全裸で走るみたいに軽やかな足取りだ。しかも恐ろしく速い。歩兵の第一列とたちまちかちあった。
敵方が叫んだ。剣と槍を振り回すが、ヴァーリンデンにかち当たった直後、彼等の剣は折れて槍の穂先は切り落とされる。彼は持っていた剣で相手を斬るのではなく殴った。胴だけを守る鎧だが、それなりに体格が大きくて重そうな大人の男を、木の枝に引っ掛けそうなぐらいに高く飛ばしていた。
「こいつは、まさか!」
「ヴァーリンデン! こいつは聖者大公だぞ!!」
その時、前方の敵兵の中に強い魔力の気配が起こった。伝達の為だろう。その数は3。位置がわかったデリタは逃さなかった。
(この距離であれば、あれぐらいなら!)
詠唱を始めた魔道士……若い女の3人ばかりだったが、彼女たちは一斉に喉笛から血を噴き出した。デリタが使った風切り刃の魔法を無防備に喰らったからだ。
ごぼっと血を吐くだけでうずくまり、倒れた者を見て回りの兵士たちが助けを呼んだ。風切りの魔法を食らわせた数だけ女の名前が上がったのを聞いてデリタはにやりと笑った。
(女がいるとやり易い。男どもは真っ先に救い出すだろうからな!)
デリタは動いた。背後左右に気を配りながらだ。剣の切れ味をよくする魔法をかけると、畏怖を次々と振りまくヴァーリンデンの横に並び、女魔道士らを介抱する者達の中に突っ込んだ。
「新手か!」
「南の大陸のやつみたいだ! 顔が黒く染まっているぞ!」
その後に森と己の死とを血の黒で染めるは、彼等と負傷して倒れる女魔道士だった。
命の狩人と化したデリタは悪鬼のごとき強さと風の悪霊のような速さで彼等を斬り裂いて行った。強化が付与された剣は早々に折れなかった。その場にいる敵たち全員を狩るまでは。
皆殺しにした後に剣が折れた。死んだ兵士からデリタは剣を奪った。3本。なまくらでも予備があれば心強い。
魔道士3人も刈り取れた。若くてよい香りがするにおいを放つ身体が、血と脳漿のくさいにおいに包まれていた。
周囲にいた敵が散ろうとする。デリタは追いかけて狙おうとするが、ヴァーリンデンに呼び止められた。
「……ここまででいい。さあ、森を抜けよう」
デリタはうなずいた。その顔は頼りになる男の顔そのものだったが、ヴァーリンデンは危惧を抱いていた。
(デリタ……彼はちょっと、危ういな。)
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